ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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天敵《Class Observation Day》

 

 これと言ってやることのない平日。

 必要な情報収集も"はぐれ悪魔"討伐も済ませてしまったアリステアは暇を持て余していた。

 いつまでも寝ている渚を眺めているのも悪くはないが、これでは体が鈍ってしまうだろう。無駄に1日を消費してしまうのも本意ではない。(さいわ)い気になっていた本の発売が今日からだった筈だ。

 どうせ、やることないのだから買いに行くか。

 そう決めるや渚の自宅を出て、繁華街を目指す。

 刺すような日差しが降り注いでいた。もう夏がやってくるのだ。

 暑さこそ満ちるが(いた)って平和な町並みだ。

 ()()()()()()()とは大違いで気を張る必要すらない。

 

「──っ」

 

 アリステアの右手に鋭い痛みが走ると呼応する様に瞳が赤く染まる。

 刹那、視界がボヤけると目の前に魔女を(かたど)った人影が現れた。

 その全身を黒影で覆われた魔女の口が三日月を描く。

 

『おやおや右手に厄介な呪いを貰ってるみたいじゃないか、メア?』

 

 (いたわ)るフリをしているが、その影がアリステアに向けているのは幻滅したと言わんばかりの(あざけ)りである。

 

「魔王 アンブローズ・センツェアート」

『やだなぁ、魔女と読んでくれたまえよ。もしくは、お母さんでも構わないよ?』

「母親? 脳内に残った令属術式のバグが良く喋る」

『そう、今のわたしは只の幻。愛しい娘の中にあるアンブローズの霊氣が残骸。──けれど、こういう事ぐらいは出来る』

 

 転瞬、町が炎に包まれた。燃える家、焼ける人、噴煙に隠れる太陽。この世の地獄が顕現した風景が広がる。

 

『やはり()()がメアの日常に相応しいね』

 

 血肉、骨、脳髄、果ては遺伝子にまで刻まれた殺戮本能が『戦え』と叫ぶ。

 自らの生まれた意味を示せと狂乱の感情が闘争本能となってアリステアを呑み込もうと暴れ出す。

 それは戦うことを宿命付けされた者にとって死ぬまで逃れられない魔女王からの呪いの残影だ。

 

「消えてください。過去の異物はただ(もく)すれば良い」

『異物はメアも同じなだろ?』

 

 アリステアの瞳がアイスブルーに戻ると炎の町並みも幻のように消えた。

 

「貴方と話すことはありません」

『それは残念だ、ふふふ』

 

 魔女もまた不気味な笑い声を残して塵となる。

 白昼夢ともまた違う光景はアリステアの中にある魔女の残骸が見せたモノだ。それを強靭な理性で圧殺する。

 他人にインプットされた命令(コード)に従うほどお利口ではないのだ。アリステア・メアは己が信念にのみ殉ずる。

 

『──オレは穏やかに安らげる日々を願っている』

 

 今は遠い、かつての渚が言った言葉。

 誰よりも強く、何よりも殺戮に長けた男は常に平和を求めていた。

 闘争が人を強くし、高みへ(いた)らせる。平和な世界など堕落でしかない……そう思っていた。

 しかし今は少し違う。戦いでしか得られないモノがある中で平和でしか経験できない事も多い。

 それが読書であり、知人との交流であり、寝坊助の看病だ。

 命を軽く見ず、(はぐく)み、繋いで行くのは、その中だからこそ出来る祝福なのだ。

 かつて渚が求めていた穏やかで安らげる日々といのは、アリステアの現状を言うのかもしれない。

 そしてアリステア自身も、こういう時間も嫌いではなくなってきている。

 そんな平和ボケした思考をしながらも、よく使っている書店で買い物を済ませる。

 家でゆっくりと読もうと帰路に着いた時だ、とあるものが目にとまった。

 目を閉じて小さく咳払いをするや心を落ち着けて眼鏡をクイッとあげる。

 

「……幻覚ではないようですね」

 

 今しがた似たような経験をしたので祈るように目を開けたが、やはりそれは実在していた。

 派手な配色の服に短いスカート、そして謎のステッキ。

 俗に言う魔法少女という者がいた。テレビであんなアニメが流れていた気もする。ともせず、余りに場違いなファンシーな服装(パンモロ)だが着ている本人が美少女なので周りには人だかりだが出来ていた。……主に男性だが。

 

「すげぇミルキーだ!」

「か、可愛いでござるぅ」

「写真いいっ!?」

「いいよー☆」

 

 わいわいと賑わうギャラリーにも嫌な顔をせずファンサービスもとい握手を()わす魔法少女。

 まるでアイドルの握手会だ。

 あのような(もよお)しには関わりたくない一心でアリステアはコスプレ少女を中心とした謎空間から離脱する。

 

「あ、ちょっと待って☆」

 

 魔法少女が誰かを引き留める声がした。

 どうせ誰かが握手を忘れたとか何かだろうとアリステアは無関係を決める。

 

「あー無視しないでぇ☆ じゃ私は行くねぇ、ばいばいみんな☆」

 

 握手会は終了するみたいだ。

 人通りのある町中であんな騒がしくしたら迷惑なので手早く切り上げたのは評価に値する。非常識な格好のわりに常識的な考えも出来る魔法少女のようだ。

 しかし、さっきからトコトコと小走りで足音が近づいてくる。それでも無関係だろうと言い聞かせて気にせず歩くアリステア。

 

「だから待って~☆ そこの真っ白い髪の美少女ちゃん☆」

 

 珍しいこともあるものだ。自分と似た人物がもう一人いるみたいである、偶然とは恐ろしい。

 

「ねぇ、わざと無視してるでしょ☆」

 

 魔法少女がアリステアの前に立ちはだかる。ぷくーっと頬を膨らませる様子は拗ねた子供のそれだ。

 やはり用があったのは自分なのかと諦めの胸中で魔法少女と視線を交わす。

 

「…………何か?」

「うわぁ☆ 全く歓迎されてない感じ?」

「分かっているのならば道を開けてもらえますか?」

「正直な子なんだね☆ じゃあ頼みにくいかな☆」

「察して頂いて何よりです、では失礼します」

 

 流し目でチラチラと(うかが)う魔法少女の横をスタスタと通り抜けるアリステア。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待ってぇ行かないでぇ☆ お願い、助けてよぉ☆」

 

 背後から腰に抱き付かれた。

 ズルズルと引きずる形になる。なんともしつこい魔法少女にアリステアは観念する。このままでは家まで着いてきそうだ。

 

「話を聞くから離して下さい」

「やったー☆」

 

 本来ならば、適当にはぐらかしてサヨナラなのだがこの魔法少女に限ってはそうはいかない。逃げたら地獄の果てまで追ってくると鋭い観察眼が訴えてくる。随分なハズレを引いてしまったものだ。

 

「それで、どう助ければ良いのですか?」

「うん☆ それはね──私を駒王学園に案内してほしいの☆」

「……何のためにそこへ?」

「そこに私の可愛い妹が通ってるんだよ☆ そして今日は授業参観っていうイベントらしいの☆」

 

 そもそも授業参観とは普通は親が参加するものであって姉であるこの人が行く必要はない。そこは家庭の事情というものだろうか。まぁ百歩譲って姉が出向くのは良いとして、その姿で本当に授業参観に出るつもりなら、彼女の妹には同情は禁じ得ない。魔法少女の姿をした姉が高校生の授業参観に来るなど拷問よりも酷い公開処刑になるはずだ。 

 しかしアリステアは彼女の妹ではないので願いを聞き入れる事にした。さっさと案内しないと厄介払いが出来ないためである。

 

「分かりました、案内しますよ。……不本意極まりないですが」

「ありがとー☆」

 

 彼女にその胸を伝えると目を輝かせながら抱きついてきた。なんとも馴れ馴れしい、少しはパーソナルスペースというものを考えてほしい御仁だとつくづく思う。相手が彼女でなければ顔面を吹き飛ばしていたところだ。

 

「優しいね☆ 私はセラフォルーというの、あなたは?」

「アリステアです」

「アリステアちゃんかぁ☆ すごい逸材を発見したかも☆」

 

 何故か嬉しそうな顔をしてはマジマジとアリステアを観察するセラフォルーを尻目に、辟易としながらも駒王学園へと歩き出すアリステアなのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「ねぇねぇ☆ アリステアちゃんって髪綺麗だね☆ お手入れはどうやってるのかな☆」

 

 道中、黙っていられないのか魔法少女は常に話し掛けてくる。駒王学園に向かってる間までの辛抱だと思っていただけにこの異様なまでのコミュ力の高さは少し辛い。

 内容も、やれ『彼氏はいるの☆』やら『お人形さんみたい、お持ち帰りしたいよ☆』やら『モデルさんのような体型してかっこ可愛い☆』やら『魔法少女に興味ないかな☆』など、どうでも良い内容ばかりだ。最初は適当に返事をしていたが疲れてきたので無視を決めると『クールビューティーさんなんだね☆』とポジティブに受け取るセラフォルー。姿だけじゃなくて、頭の中もお花畑のようだ。

 嵐のような会話を背にアリステアは駒王学園にたどり着く。

 どうやら今は休み時間らしくチラホラ生徒が歩いていた。流石に関係者じゃない自分が堂々と入るわけにはいかないので電話を掛ける。相手はリアスだ。数回のコール音のあとに応答が返ってきた。

 

『──もしもし、どうしたの、アリステア?』

「貴方に届け者があります、正門に来てください」

『届け物? 何を届けにきたのか聞いても良い?』

「はい。魔王セラフォルー・レヴィアタンを拾いました、至急引き取りに来てもらえると幸いです」

『せ、セラフォルー様ですってぇ!? なぜ駒王に!?』

「町で野良の撮影会していました。どうやら授業参観とやらにお越しになったようですよ」

『うそ!? お兄様だけじゃなくてセラフォルー様までいらっしゃってるの!? すぐ行くわ!』

「お待ちしてます」

 

 魔王サーゼクス・ルシファーまで来ているらしい、なんとも魔境な事である。

 

「私が魔王って知ってたんだ☆」

「ええ、眼がいいので……」

 

 そんなもの一目で見抜いている。だからここまで付き合ったのだ。

 

「ふーん☆ やっぱり頼って良かったよ☆」

「なぜ黙っていたかは聞かないんですか?」

「細かい事は気にしない性格なんだよ☆」

「貴方の場合はしたほうがいいですね」

「心配してくれるんだ☆」

「はい、特にその頭と妹さんの心労を……ですが」

「ぶー☆ バカにしてる?」

「ほら、迎えがきましたよ」

 

 セラフォルーを無視して昇降口を指差す。

 呼び出したリアスとは他に二人の男女が共にやってきた。

 

「あぁ☆ ソーナちゃんだぁ!」

 

 パタパタと手をふる魔王少女。対する妹のソーナ・シトリーは顔を真っ赤にしている。

 

「姉さん、どうして来たのですか!」

「可愛い妹の授業参観だよ、来るよ~☆」

「それにその格好はなんですか! 来るとしても普通の姿で来てください!」

「普通? これ正装だよ?」

「どこがですか!? だから内緒にしていたのに……」

 

 全く持ってソーナに賛同するアリステア。あんな姿で身内が授業参観など来てみろ、自分だったら迷い無く弾丸を撃ち込む自信しかない。例え相手が魔王だろうが関係無しにだ。

 

「そ、ソーナ、落ち着いて? セラフォルー様も悪気があるわけじゃないし」

「だから困ってるんですよ」

 

 リアスが言葉に力無く項垂れるソーナ。だんだんと哀れに思えてくる。

 

「ははは。君も来ていたんだね、セラフォルー」

 

 そう声をかけたのは紅色の髪の青年、サーゼクス・ルシファーだ。こうして直接見るのは初めてだが冥界の"超越者"を(かん)するだけであって大した魔力量だ。しかも器用に隠しているのだから実力の高さが窺える。

 

「サーゼクスちゃん☆ うん、来たよ☆ サーゼクスちゃんだけリアスちゃんと会うなんてズルいよ☆」

「妹の晴れ舞台を見れるんだ、来るしかないだろ?」

「そうだよね☆」

 

 冥界のトップを誇る四大魔王の半数が暢気に授業参観になど参加していていいのかと思う。そんなアリステアの心配を他所に二人の魔王は和気藹々としていた。以前に会ったアジュカは魔王()()()()()が、この二人は随分と軽い印象を受ける。

 

「ところでそっちのお嬢さんは?」

「あ☆ この子はアリステアちゃん。私が困っていたら手を差し伸べてくれた良い子だよ☆」

 

 差し伸べた覚えはない。どちらかと言えば引き込まれたが正しい。どうせ訂正を求めて無駄だと感じたので敢えて言葉にはせず黙るアリステア。

 

「──っ! なるほど君がリアスの言っていた協力者だね。サーゼクスだ、今後とも妹共々よろしくしてくれると嬉しい」

「アリステアです、まさか魔王とこうしてエンカウトするとは夢にも思いませんでしたよ」

「そうかい。君とはもう少しゆっくりと話をしたいのだがね」

 

 妙に食い気味の魔王に若干の違和感を感じた。妹の近くにいる絶対強者への不安だろうか。

いや……少し違う。

これは純粋な興味から来る感情だ。どうやら彼からは悪くは思われてないようだ。

 

「そういうわけにもいかないでしょう。そろそろ授業がはじまるのでは?」

「そうだね。では後ほどとしようか」

「ではこれで──」

「じゃ行こっか、アリステアちゃん☆」

「ん?」

 

 サヨナラをしようとしたアリステアの手をガシッとセラフォルーが掴む。

 はて、この魔王少女は何をしようとしているのだろうか? 

 急な奇行に不覚にも理解が追い付かない。その間に風のようなスピードで校舎まで引っ張られてしまう。流石は魔王だけあって高速移動もお手物らしい。

 しかし昇降口まで来て理性が『待て待て』とストップをかけた。

 

「セラフォルー・レヴィアタン、何故私がここに連れて来られているのですか?」

「へ☆ そりゃ勿論、ソーナちゃんの授業を見るためだよ? あと私の事は『レヴィアたん』って呼んでね☆」

 

 誰が呼ぶものかとアリステアは内心で冷静にツッコミを入れた。

 いやいやそうじゃない、話が脱線してしまっている。

 アリステアが聞きたいのは、どうしてソーナ・シトリーの授業を他人である自分が見なければならないのかという事だ。

 

「君を見たときビビッと魔法少女アンテナが反応したの☆ この子はきっと逸材だ、仲良くならなければならないって☆ だからあのソーナちゃんの晴れ姿を見て仲を深めようよ☆」

「凄い。仲を深めたい理由に一切の説得力がないうえに、その方法が論理的に逸脱し過ぎています」

「魔王が敷いた魔法少女ルールです☆ 私、前から欲しかったんだ、相棒の魔法少女☆」

「………………は?」

「ソーナちゃんを含めた三人でチームを組もう☆ アリステアちゃんは白を基調とした服がいいかな☆」

 

 アリステアは初めて目の前の魔王少女を恐ろしい怪物だと思った。

 不可解な服装に、不可解な☆付きの言葉に、不可解な思考。何を取っても不可解だ。本当に同じ人種なのだろうか? 言葉を交わせても一生、解り合えない気さえする。この魔王少女と二人きりでいるくらいなら、あのイオフィエルと笑いながらお茶でもしているほうが良いと一瞬考えてしまうほどだ。

 セラフォルーの思考を理解しようとする程に脳がスパークしそうな錯覚を覚える。このままでは深淵よりも暗い考察に呑み込まれそうだ。

 命題は『魔法少女と魔王の関連性について』で決定だ。

 いやいや、どうして自分がここで変なレポート書かなければならないのだ。そもそもセラフォルーが意味の分からない行動をした事が原因だろうに……。何よりも自分がセラフォルーみたいにファンシーな服装かつヒラヒラで短すぎるスカートを履いてパンツ丸出しでステッキを振る姿を想像してみる。

 

『魔法少女ステアたん☆ 今日も邪悪を射殺します☆』

 

 寒気がした……。

 

「だから魔法少女なってよ☆ アリステアちゃん☆」

「──よし、ならば戦争ですね」

 

 おぞましすぎる物を想像したアリステアは思考を単純化させて自己防衛を計る。

 解り合えないのなら滅ぼそう。そうすればこんな意味のわからない生物に付きまとわれる事もないし、脳髄がスパークするような事もない。

 うん、そうしよう。

 人間、未知と遭遇した時の行動は割りと突拍子がなかったりする。

 

「ちょ、ストップ、ストップよ、アリステア!?」

 

 急にリアスがアリステアを羽交い締めした。

 

「どうしたのですか、リアス・グレモリー?」

「どうしたのって、その手にあるのは何?」

「S&W M500 10.5インチバレル、通称ハンターモデル兼ハンドキャノンとも呼ばれる拳銃ですよ?」

「そ、それで何をどうする気か聞いてるんだけど?」

「私を邪道に引き込もうとする魔がいるのでちょっと狩っておこうかと」

「まさかそれって……」

 

 リアスが冷や汗を流しながらセラフォルーを見た。

 大正解である。自身の尊厳のため戦わないといけない日がきてしまったのだ。

 そんなセラフォルーは興味深そうにアリステアの持つ殺傷能力抜群な巨大拳銃を眺めていた。

 

「うわぁ☆ おっきい鉄砲だね、そっか、アリステアちゃんはそっち系か☆ 大丈夫、最近の魔法少女は銃器もOKだよ☆」

「そーですか」

「助けて、ソーナ! アリステアの目から光が消えたわ!! 完全に殺る気よ、これ!!」

「姉さん、こっちへ来てください! これ以上、人様に迷惑を掛けないで!!」

「何言ってるのソーナちゃん☆ 今、聞いたでしょ、アリステアちゃんも(魔法少女を)やる気だって☆」

「もう! 日本語って難しい!!」

 

 必死なリアスとソーナに、言葉の意味を履き違えたセラフォルー。そして考える事をやめたアリステア。

 最早、しっちゃかめっちゃかである。

 そんな混沌とした場所に苦笑いでサーゼクスが割り込んだ。

 

「やれやれ、魔法少女の件になると暴走するのはセラフォルーの困った所だね。……よいしょっと」

「サーゼクスちゃん、ちょっと襟首を持たないでぇ☆ あ、どこ行くのぉ☆ アリステアちゃんを勧誘できそうなのにぃ☆」

「はいはい。これ以上は学校にもアリステアさんにも迷惑だから大人しく授業を参観しようね」

「あぁ~☆ 逸材が遠ざかっていく~☆」

 

 サーゼクスがセラフォルーを連れていく。

 嵐が去り、アリステアの正気も戻る。正直、肩の荷がおりた気分だった。

 

「……恐ろしい敵でした」

「あの姉が大変ご迷惑をお掛けしました」

「貴方も大変ですね」

「はい、とても……」

 

 ソーナの目が死んだ。

 今しがた体験したアリステアがこうなのだ。姉妹である彼女の心労は想像を絶すると言う他ない。これ以上踏み込んでも益はないとアリステアはリアスへ話を逸らす。

 

「あれで魔王なんて務まるんですか?」

「えと、一応優秀な外交官なのよ?」

「外交? あれが? 私が国の代表だったら即戦争です。人選を誤っていますよ?」

「相当に貴方を気に入ったのね。ソーナ以外であんな暴走するなんて初めてだわ」

「私が何をしたというのですか……」

「ごめんなさい。本当に姉がごめんなさい」

 

 本気で途方に暮れる。

 魔法少女に勧誘されるなど誰が予測できただろうか。あの魔王にはもう近づかないで置こうと決めるアリステア。

 

「さて、じゃあ私はもう行くわ。またね、アリステア」

「本当に大変ご迷惑をお掛けしました」

「もういいですから」

 

 リアスとソーナと別れ、いい加減に家に戻ろうとした時だった。

 

「ししょー?」

 

 ギャスパー・ヴラディと会ってしまった。

 まさか昼の学校で彼を見るとは思っていなかったアリステアは驚く。

 

「何をしているのですか?」

「へ? あ、授業に出てます。最近からですけど昼の学校にも通ってるんです」

「貴方が?」

 

 あの引きこもりだったギャスパーが普通に登校しているなど一体、何があったというのか。

 

「だって、ししょーも出てほしいんですね」

「そうですね。いつまでも引き込もっているのはどうかと思っていました」

「だ、だから頑張ってます! 僕、偉いですか!!」

「ええ、とても。しかし、その姿でですか?」

 

 ギャスパーの制服は男子用ではなく女子用だった。

 彼の女装を見慣れたアリステアは気にならないが普通の学校でその姿は不味いのではないのだろうか? 

 

「一応、女子として見られてます」

「いいのですか、それで……」

「か、かわいいは正義って兵藤先輩が言ってました!」

「悪魔って変わり者が多いですね」

「あ、あれ? ししょー、なんか疲れてます?」

「ええ、ついさっき理解しがたい怪物に出会ってしまったんです」

「か、怪物!?」

「あぁ大丈夫ですよ。紅い方の魔王が持っていたので」

「よ、良かったですぅ」

 

 本気で安堵するギャスパー。相も変わらず気が小さいことだ。

 

「そろそろ授業だそうですが行かないのですか?」

「……う」

「なるほど、嫌な授業なのですね」

「なんで分かったんですかぁ!?」

「顔に出過ぎです。早く授業に戻りなさい」

「うぅでも次の科目の先生が苦手なんですぅ」

「そんな理由で単位を落とすつもりですか」

「じゃあ、ししょーも来てください!! ししょーが一緒なら僕、頑張れます!!」

 

 懇願するような顔で迫るギャスパー。

 すぐにでもあの魔王少女がいる領域から退散したいアリステア。

 しかし教科ではなく先生が苦手というギャスパーの言い分が少し気になったので付き合うことにした。

 兄や姉が参加しているのだ、自分がいても問題はないだろうとギャスパーの教室へ向かう。

 少し歩いて一年の教室の扉の前に立つ。

 外からでも騒がしいのが伝わってきた。あまり得意ではない空間だったが付き合うと決めた以上は入るしかない。

 アリステアは教室へ足を踏み入れる。

 瞬間、教室にいた全員の視線がアリステアに降り注ぐ。

 

「……誰かの家族か? しかし若いな」

「ウチの娘とあまり変わらないわよね?」

「うわ、すっごい美人」

「モデルさんなのかな」

「やっべ、惚れた」

「あとで名前を聞こうっと」

 

 生徒と親がアリステアを見てコソコソと好き勝手言ってくる。

 アリステアは他人の言葉を気に止めず親たちに混じって授業を眺める事にした。

 すぐに始業の鐘が鳴る。

 そのタイミングに合わせたかのように女教師が入室してきた。

 歳は三十代くらいでインテリ気質かつプライドの高そうな女性だ。

 

「日直」

 

 短く言うや日直に始業の挨拶をさせる。

 独特な緊張感が教室を包んだ。生徒は喋らず、親たちも黙る。

 それは彼女が発するオーラだろう。一目で分かる、あの女教師は授業の邪魔をするなと教室にいる全員に無言の圧力を跳ばしているのだ。

 

「あの先生、有名な数学者らしいわ」

「まぁすごい。駒王に息子を入れてよかったわ」

 

 母親同士が小声で喋ってるのを聞く。なるほど高名な先生らしい、確かにプライドも高そうだ。

 

「そこの保護者二名。授業の邪魔をしないように」

 

 ピシャリと責めるような声が教壇から発せられた。

 喋っていた母親たちは罰が悪そうに謝罪する。

 保護者も関係なく威圧する様は、まるで女帝である。

 

「ギャスパー・ヴラディ。わたしが出した課題は終わらせたかしら?」

「や、やってきました」

「出しなさい」

「は、はい」

 

 ギャスパーからプリントを受け取る女教師。どうやらギャスパーだけ宿題を出されていたようだ。

 そのプリントを上から目で追う女教師だったが、やがて幻滅した顔をするや急に破り捨てた。一瞬だけ教室がざわめく。

 

「え?」

「15問中14問しか当たってないわ。わたしは満点を取れと言ったはずよ?」

「ご、ごめんなさい! どうしても最後の問題が分からなくて……!」

「あなたは授業にも出ずに怠けていた。その無為に過ごした分を取り返す努力をするのが当たり前よ。そんな事も理解できないの?」

「……ごめんなさい」

「謝罪で物事が解決すると思っているのかしら?」

 

 クドクドとギャスパーに説教をする女教師。過激かつ神経質な性格でもあるらしい。

 しかし気づけば5分は過ぎている。無為な時間を取り返せという割りには無駄な時間を使う教師だと思う。我が身を振り返る事が出来ない人間のなんとも醜いことか。

 

「あなたのせいで時間を無駄しました。立って、みなさんに謝罪をしなさい」

「え、えと」

 

 なんとも勝手な台詞にアリステアは眉をピクリと動かす。

 あのコミュ力が極端に低いギャスパーに難度の高い要求をする。

 プライドもそうだが気も強い。いや、これは支配欲が高いと言うべきか……。

 

「早くなさい!」

「そ、その、ご、ごめん、なさい」

「あなたはきちんと挨拶も出来ない? 引きこもり生活でコミュニケーション能力も無くしたの、将来が不安よ、先生は……」

「ご、ごめんなさい」

 

 もはや半泣きである。

 しかし、こんな人が大勢いるなかで引きこもりを暴露し、生徒をなじるなど下手をすれば苛めに発展する。教員としては下の下である。

 

「ギャスパー・ヴラディ、そもそもあなたは──」

「……先生、そろそろ授業を初めてください」

 

 手を挙げてギャスパーに助け舟をだしたのは小猫だった。

 どうやら同じクラスのようだ。顔に若干の苛立ちが見てとれる事から女教師に対して良い感情を持っていないのは明らかだ。

 

「ふん。確かに無為な時間ね。では教科書の89ページを開きなさい」

 

 ピリ付いた雰囲気の授業が始まる。クラスメイトや親たちもギャスパーに同情しているが女教師の迫力に気負わされて黙っている。暴君の教室とはこの有り様を言うのだろう。

 アリステアは関与せずにひたすら授業内容を見ることにする。

 

「このaをbに代入することで三方の答えが出ます。よってxはこうです」

 

 プライドがあるだけあって授業の内容は高レベルで教え方も悪くない。ひとつおかしいところを挙げるとすれば()()()()な所だろう。黒板を書きながら説明して終わるとすぐ次に行く。なまじ教え方が上手いので付いて行ければ為になる。だが生徒の半分は恐らく付いて行けていない。まるで(ふる)い落とすような授業だ。

 実際、付いていけない生徒など気にも留めていない。優秀な者だけが自分の授業を受ける権利があると言いたげなやり方である。

 ギャスパーは一生懸命に食らいついているが徐々に追いてけぼりにされている。

 ふと女教師がギャスパーを見て、細く笑んだ。

 

「ではギャスパー・ヴラディ、この問題を解きなさい」

「へ?」

「授業を聞いていれば分かる問題よ。早く来なさい」

 

 苛立った様子で黒板を指し棒で叩く女教師。

 どうやら完全にギャスパーは女教師にマークされている。確かに自己主張が苦手で従順な彼だ、多少なり理不尽な要求をされても歯向かう事はない。扱い安さはピカイチなのだろう。

 そんなギャスパーはビクビクしながら黒板の前に行くと『えとえと』と(つぶや)きつつもチョークで答えを求め始める。

 クラス中の視線を浴びるなど、人見知りの彼にとって凄まじいプレッシャーだ。小さな体が震えている。小猫も心配そうに見守っていた。

 

「これをこーして。それでこれをここに……出来た!」

 

 それでも見事に正解に辿り着く。

 女教師が面白くなさそうに眉を潜める。正解するとは思ってなかったのだろう。

 席に戻るギャスパーに向かって小猫が小さくグッジョブと親指を立てた。

 

「えへへ」

 

 それに嬉しそうにするギャスパー。するとアリステアに向かって笑顔を向けてきた。まるで良い点をとった子供みたいな顔をする。

 アリステアは呆れつつも誰にも聞こえないように拍手をしてあげた。少しだけ胸がスッとしたのは内緒である。

 その後の授業は苛烈を極めた。ギャスパーのファインプレイによって機嫌を損ねた女帝が更にスピードを上げたのだ。

 

「(チンケなプライドですね)」

 

 つくづくそう思う。

 授業とは生徒を育てるための教育だ。なのにあの女教師は自身の優秀さを見せつけるために行っている。それなら教師ではなく数学者になるべきだ。間違いなく教員としては失格である。

 ふと、あることに気づく。今、女教師は何問か問題を黒板に書いているのだが一つだけ異様に難しいものがある。間違いなく高校一年生では習うものではない。

 

「では指名された人に問題を解いてもらうわ」

 

 次々と指名される生徒。そして最後にある難問を指名されたのはギャスパーだった。

 それにしても嫌らしい人選をしてくる。全員が(ふる)いから落ちなかった優秀な生徒だったのだ。間違いなくギャスパーだけを間違わせてやろうという魂胆が透けて見える。しかも難問を難問と気づかせないために巧妙に上手く問題を調整している。あれでは普通の生徒は気づかないだろう。

 本当に教師なのかアレは……? 

 沸々と苛立ちが募る。

 案の定、ギャスパーは答えを導き出せずに書く手が止まった。

 

「どうしたの? その程度が解けないとは言わないわよね?」

 

 ひっそりと嗤う女教師。

 先の意趣返しのつもりなのだろう。大変ご満悦の様子だ。

 

「はぁ。ずっと学校をサボっていたからこうなるの。これはあなたが怠けていた結果よ」

「それは……その……」

「だいたい──」

 

 長くも詰まらない説教が続く。

 生徒たちは女教師に目を付けられたくないのか、黙っていた。授業参観にきている親たちも彼女の雰囲気に呑まれている。

 この教室において女教師は一種の支配者。自身の知識を分け与えているのだから、有り難く教授せよと言わんばかりの傲慢さが目立つ。そしてどうやら支配者にとってギャスパーは(てい)の良いオモチャらしい。

 あの女教師はギャスパーを貶めて精神的快楽を貪っているのだ。ギャスパーがこの教師を苦手とする理由が分かった。

 

「──いつまでこんな下らない説教を続けるつもりですか、授業をするつもりがないなら教師は辞めたほうがいいですよ」

 

 傍観者でいたアリステアはついに言った、最高級の侮蔑を乗せて……。

 女教師は数秒沈黙するが言葉の全てを把握するや睨みを効かせてアリステアへ視線を向ける。

 

「わたしの授業に何か文句があるの?」

「無いとでも? ──14分27秒。貴方の言う無為な時間です、授業参観に来ていたはずが個人的な自尊心を満たすお言葉を長々と聞かされる身にもなってほしいものです」

 

 女教師が怒りの表情を見せた。自己を(かえり)みず感情を剥き出しにするとは精神的に問題がある。

 

「随分と若い保護者だけど、もしやギャスパー・ヴラディの関係者?」

「そうですが、何か?」

「いえいえ、見たところ十代のようですが学校はどうしたのかしら? まさか抜け出して来たなんて言わないわよね?」

「まさか。学校という場所には縁がないだけですよ」

「ハッ! 中退でもした? それはそれは将来が不安ねぇ」

 

 嘲笑を向けられた。

 全く今日は本当に運がない。魔王少女には不可解な勧誘をされて今度は学校に通ってないという理由だけでバカにされている。

 

「……本当に無為な時間とやらが好きなのですね。貴方ごときに将来を心配されずとも問題ありませよ」

「ふん。大したこと学歴もない癖に!」

「学歴?」

 

 今度はこっちが笑ってしまった。

 こんな程度の事で人を見下せるとは恐れ入る。女教師にとってそれが絶対的なステータスのようだ。

 アリステアはコツコツと前の黒板に脚を運ぶとチョークを取る。

 ギャスパーが解けなかった半端な式に数字をスラスラと付け足して問題の答えを導き出すアリステア。

 チョークを置いて女教師へ近づく。

 

「補足説明としてb=-a2ー2aー8/aのaが√3の場合、b=ー3ー2√3ー8/√3=5±2√3/√3=(5±2√3)(5ー2√3)/√3(5ー2√3)=13/5√3-6になります、以上。……確かに私の学歴はないに等しい。ですがこの程度なら容易く解ける。貴女の価値観(学 歴)が全てではありませんよ」

「ただの馬鹿ではないようね」

 

 女教師は顔を歪めて言葉を吐き捨てる。苦虫を噛み潰したような顔とはああ言うのを指すのだろう。

 

「おやおや、そんな言葉を使ってはいけませんよ、先生?」

 

 そう言って教室の後ろにもどる。女教師がアリステアへの嫌悪感を隠さないまま授業が再開される。

 今度は黙って静観する気はない。

 授業の進行を細かく目で追う。

 

「先生。そこの式はaから求める方が良いと思います。その解き方では式を二つも増やす事になりますよ?」

 

 その過程で女教師の小さなミスを発見してわざと報告する。

 

「……ちっ。私のやり方に指図しないでほしいわね」

「どうしてそんな遠回りをするのですか? 貴方、有名な数学者なのでしょう?」

 

 女教師は優秀だが完璧ではなかった。当然だ、完璧な人間などいるわけがない。

 本来ならこんな細かな事への指摘をするなどナンセンスだ。しかし女教師が他人に完璧を求めるのならばせいぜい完璧を振る舞ってもらわないとギャスパーに対しての仕打ちは許されない。だから少しでも非効率な数学式を並べれば容赦なく声にさせてもらう。

 なんせ今日は授業参観なのだ。散々好き勝手してきただろう女帝に対してはモンスターペアレントとしてを対応する。

 

「無学歴でも分かる式です。ちゃんとしてもらって良いですか?」

「~~っ!」

 

 優秀だからこそアリステアの指摘が正しいと分かり、反論できない。

 そうやって腐った性根が育てたプライドを叩き潰す。何度も何度も指摘されて明らかに疲弊していく女教師だったが、アリステアは攻撃の手を休めない。人をバカにしたのだから当然の報いだ。

 

「授業はこれで終わりよ!」

 

 やがて授業終了の鐘が鳴ると女教師はアリステアから逃げるように去っていく。

 

「こんなモノ(数学)、将来になんら役に立ちはしないというのに」

 

 アリステアは学園で教わった知識の殆どは忘れられると思っている。偉そうに授業をしていた女教師の数学も例外じゃない。だがそれでも学園生活で残る物はある、その生徒の中で育まれたものこそ本当の教育と言う名を持つのだ。

 ともせず、あの教師の素行は目に余るのでリアスに報告しておこうと決める。

 敵として捉えた者にはどこまでも厳しいアリステア。

 こうして不本意な形で来てしまった授業参観は終わりを迎えた。

 





アリステアに天敵が現れる。
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