ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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彼女が強靭な肉体を得た代償は悪夢だった。



記憶の地平にて《Speculative Fiction》

 

 "私"、塔城 小猫は奇妙な夢を見る。奇妙というのは断続的で物語のような夢だからである。

 それは冒険談であり英雄談、そして最も新しい神話だった。

 この夢……ある少年を主人公にした蒼の物語を初めて見たのは半年ぐらい前だ。

 "蒼"との出会いから始まり、"戦鬼"と巡り、"白雪"と歩き、"魔導の王"に認められ、"白い騎士"と"黒い騎士"から忠誠を誓われて、"究極の覇"を連れて歩いた記憶。

 

 ──記憶。

 

 そう、これは"私"の夢ではなく"彼"が、かつて進んだであろう過去なのだろう。

 常に戦いの光景しかなく、常に死が転がっている。

 世界の終わりに続いているような悪夢。

 "私"は決してこれが現実に在ったことを認められない。

 知らない巨大な怪物に、知らないおぞましい化物。

 "はぐれ悪魔"ですらない異形の群れが街を、国を、世界を侵している。気が狂いそうなほどに、この夢の世界は終わっていた。怪物に喰われた人間は糧となり、化物に殺された人間は同じモノにされる。

 

 ──人の力ではどうにもならない。

 

 そんな真実で嘲笑うように人間は次々と駆逐されて逝く。

 今日もまた"彼"が何処かの国で怪物たちを殺す夢なのだろうと思った"私"はいつも通りに静観を決めた。

 "私"の体が勝手に動く。あくまでその眼を借りているに過ぎない"私"は記憶の主である"彼"の行動に黙って追従するしかなかった。

 今回は瓦礫と化した都市だった。冷たい雨がコンクリートを打つ音が聞こえる。

 "私"……いや"彼"がそんな終わる世界を一人歩く。

 

「見つけたぞ」

 

 "彼"が言葉を放つ。その先には人影が見える。外見からして女だろう。

 後ろを向いて空を仰ぐ女へ"彼"が一歩一歩近づくと地面や空間を突き破って怪物と化物が現れる。そして女を守るようにして"彼"へ立ち塞がった。

 余程に女が大事なのだろう。見た目は怖ましい怪物やら化物だが、その姿はまるで姫君を守る騎士である。

 

『──ある日、地の底から神様がやってきました』

 

 異形たちの姫君は"彼"に背を向けながら物語を綴るように喋り出す。"彼"はその言葉に耳を傾けながらも進む。

 

『──とても綺麗な神様でした。大きくて金色な誰もを魅了する、そんな神様です』

 

 "彼"は手に持った刀を真横に払う。斬るというより、なぞるような一閃。

 だがその刀により自分より遥かに強大な怪物の群を一刀の下に両断する。まるで邪魔をするなら斬り殺すと言わんばかりだ。

 

『──でも、その真は破壊を司り、あらゆるものを破滅させ、奪い、貪り、糧とする邪神でした。その神様はとても強く、人間の武器や兵器では殺せません』

 

 怪物の死体を越えると今度はおぞましい化物が"彼"に襲い掛かる。

 

『──時を同じくしてもう一柱の神様が空から現れました。今度は蒼く尊い神様です』

 

 謳うような言葉を無視して"彼"は化物をひたすら斬り刻む。

 

『──しかして、その真は創造を司り、あらゆるものを昇華させ、与え、育み、享受する女神でした。その神様はとても強く、怪物の爪でも化物の牙でも殺せません』

 

 化物たちを全て駆逐した"彼"はとうとう女まで数メートルの所に立つ。

 

『──ならどうすれば良いでしょうか? 答えは簡単です、神様同士で殺し合って生き残った方が世界を手にすると良い』

 

 女が振り向く。

 金色の髪に金色の瞳。

 "彼"の眼を通して"私"が見たのは可憐な少女だった。

 しかし、その美しいはずの双眸(そうぼう)は異質にして異様。一切の輝きをもたない闇色の黄金──黄昏。

 幼さ残る綺麗な容姿が両手を広げて"彼"の事を招く。

 "私"はその姿に恐怖した。あの手に包まれば死ぬと予想できたからだ。目に映るのは抱き締めようとする可憐な少女でも、纏う気配では天をも凌駕(りょうが)する巨大な(けもの)が大口を開けているようにしか見えない。

 

『であれば開演にて終焉の幕開け。これより最後の詩で世界の全てを満たしましょう』

「詩的な言葉が多過ぎて付いていけないな。けどよ、お前との因縁にはオレもうんざりしていた所だ。ここらでキッチリと清算しておく」

 

 愉快そうな彼女の宣言に、"彼"は不愉快そうに顔を歪めると刀を強く握る。

 

『あは。やっと顔を見て喋ってくれた。私、嬉しいです』

「せめてもの手向(たむ)けだよ」

 

 少女を見る少年の心が軋むのを感じる。鎖で心臓を縛られて圧迫されるような苦しみに"私"はない腕で胸を押さえてしまう。それは嘆きとも言える感情だった。"彼"の心を知ってか知らずか彼女は蠱惑的に笑みを浮かべる。

 

『うふふ、照れ屋さん』

「……もう喋るな、そろそろ抑えが効きそうにない」

『ええ、ええ! この(とき)こそを待ちわびていました……!!』

 

 "蒼獄"が刀を構えて戦意を高ぶらせ、"黄昏"が胸に手を当てながら愉悦に誘う。

 

「さぁ殺してやるぞ──神様よぉ!」

『さぁ愛してあげます──兄さん!』

 

 瞬間、世界が弾ぜた。大規模な力の暴風と光により空を厚く覆っていた雨雲が消し飛ぶ。

 そして彼と彼女は泡沫のように閃光の中へ消え去る。

 白い世界で最後に垣間見たのは彼の決意と憎悪、彼女の殺意と愛。

 相反する感情の衝突を焼き付けながら"私"──搭城 小猫はもう何度目になるか分からない悪夢から現実世界へと浮上していく。"彼"──蒼井 渚の胸を裂くような嘆きによって目に一杯の涙を流しながら……。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 とある日の放課後、小猫はグレモリーの訓練施設にいた。駒王学園がすっぽりと入ってしまいそうな大きな空間。ここは一誠の家に造られた地下施設だ。 

 一誠の家で暮らし始めたリアスが兵藤家を魔改造した結果、なんの変哲もない2階建ての一軒家は4階建ての西洋屋敷になり、地下には広大なトレーニングルームが出来上がったのだ。

 ともあれ、いつまでも旧校舎の空いたスペースで訓練するよりは便利だ。いちいち結界なんか張らなくても造りが頑丈でちょっとやそっとじゃあビクともしない。加えてグレモリー関係者なら直通転移で訪れる事が出来るため小猫も足繁(あししげ)く通っている。

 そんな地下に広がる訓練場は眷属の特性に備えた場所もあり、小猫のスペースにはボクシング事務を思わせるトレーニング装置が多く設置されていた。

 その一つであるグレモリー特製の重硬度サンドバッグを前にボクシングスタイルで構えを取る小猫。

 魔力を練り込んだサンドバッグの砂は非常に重く、並みの悪魔では決して動かすことの出来ない強度だ。

 

「すぅうう、はぁぁぁあ」

 

 息を大きく吸って吐き出すと左へ重心を傾けせながら円を描くように踏み込む。

 

 ゴォオン! 

 

 吊るされたサンドバッグが重厚な音を響かせて小猫の左フックを受け止める。

 サンドバッグが勝ち誇ったように小猫の前で僅かに揺れた。

 しかし小猫はまるで解っていたと言いたげに右のフックを叩き込む。次は左、更に右、繰り返される拳打は徐々に加速して連撃となる。

 呼吸を止めての連続攻撃。

 サンドバッグは段々と揺れを大きくして最終的には90度近くまで跳ね上がる。

 さらに小猫が一歩踏み込むと腰を落として右手を背後に引っ張った。

 

「……えいっ」

 

 ボソッと力のない言葉とは裏腹に撃ち出された拳はサンドバッグを無惨に千切る。大量の砂を撒き散らしながら跳んで行くサンドバッグ。

 小猫はトドメを打った右手をワキワキさせながら、次のサンドバッグを片手に取ってズルズル引き摺って「よいしょ」と掛け直す。

 そして再びドス、ドスと重低音を響かせて殴り始めた。

 自分よりもずっと重くて大きいサンドバッグを相手にする様子はなんとも凄まじい。

 

「はぇえ、小猫ちゃんはすごいですぅ」

 

 声を掛けて来たのは下手な女の子よりも女の子をしている男の娘こと同級生のギャスパーだった。

 

「……ギャーくんも訓練?」

「う、うん。出ないとししょーに怒られるから。あ、ししょーっていうのはアリステアさんの事だよ」

「……そう。怖いもんね、アリステアさん」

「怖いけど優しいよ?」

「……それどっち?」

 

 人見知りのギャスパーがテレテレと笑いながら話す。

 小猫とギャスパーは眷属内でも同い年とあってか気が合う。彼が旧校舎に封印される前はよくプライベートでゲームやアニメなどを見ていた仲だ。だからこそギャスパーの性格もそれなりに知っている。気弱かつ内向的で他人に対して酷く警戒心が強い。そんな彼が、あのアリステアとここまで良好な関係を築けるとは意外であった。

 

「あのね、ししょーはね、僕が化物でも良いって言ってくれたんだ」

「……どういう意味?」

「僕がずっと家族から化物扱いされてたって話したよね」

「……聞いた」

 

 吸血鬼は悪魔以上に傲慢で自尊心が高い種族と聞く。

 ギャスパーはその吸血鬼でも異常なほどに才能に恵まれたうえ、人間とのハーフなため強力な"神 器(セイクリッド・ギア)"も所有している。誰かれ構わずに時を止めてしまう力があってか同じ種族からも(うと)まれて酷い扱いを受けていた過去がある。

 

「化物と言われるのは力を扱えていない未熟さのせいなんだって、だからちゃんと制御して僕を忌避していた奴等を見返せる程度にはしてやるって言ってくれたんだ」

「……あの人がそんな事を?」

「うん!」

 

 理解した。

 ギャスパーは自分の力が通じないアリステアだからこそ恐れていないのだ。彼が一番我慢ならないのは自分の力の暴走で相手を傷つけしまう事。だがアリステアがいればその考えは杞憂に終わる。

 依存に近い形なのかもしないが、こうして外に出れるまでに持ち直した所を見るに悪いことばかりではないのだろう。

 

「……これからギャーくんがまともなってくれるとうれしい」

 

 小猫が旧友の成長を内心で喜んでいるとトレーニングルームにセットされた転移装置から誰かがやってきた。

 リアスだろうと思いきや意外な人物に小猫は驚く。

 

「ししょー?」

「その師匠と言うのはどうにかなりませんか?」

「で、でも色々と教えてくるのでこれがいいですぅ」

 

 アリステアは呆れた様子で肩を落とすもギャスパーの前に重箱を置いた。

 

「なんですか、これ?」

「貴方は華奢過ぎる、食べなさい」

「わぁあ、ししょーが作ったんですかぁ」

 

 蓋を開ければ、これでもかと盛られたおかずやおにぎりの数々だ。だし巻き卵、エビフライ、ハンバーグ……どれもが美味しそうで食欲を駆り立てる。ギャスパーも小猫も弁当に釘付けになった。

 

「……けど、なんでお弁当?」

「ですです」

 

 小猫の疑問にギャスパーが何度も頷く。

 

「まず答えてください。ギャスパー・ヴラディ、昨日は何を食べましたか?」

「昨日ですか? カップヌードルです」

「で、その前は?」

「えと、カップヌードルです」

「では最近食べたカップヌードル以外の食べ物は?」

「…………カップ焼きそば」

「でしょうね。貴方の食生活が乱れているのは顔色と肉体を見れば一目瞭然です。体の状態は魔力にも影響を及ぼします。同じものを食べ続けるなら栄養補助食材にしておきなさい」

「えぇえ! あの飲み物ゼリーやらパサパサのスティックですよね、美味しくないですよぉ」

 

 あんな物は食べ物じゃないと言いたげなギャスパー。もっとも目の前に放っておくとずっとソレで栄養を補給する人間がいるのだが小猫が知る由もない。アリステア自身も強要する気はないのでこうしてキチンとした食べ物を作ってきているのだろう。

 確かにギャスパーの言う通り優しいのかもしれない。

 

「引きこもりで人見知りなダメ吸血鬼がワガママとは随分と良いご身分ですね」

 

 なんて言いつつもお箸をギャスパーに渡した。

 

「うぅ、でもでも、食べるなら美味しいものがいいですぅ」

「ならば黙って食べてください」

 

 アリステアの持ってきた弁当は作りたてなのか、どれもホカホカに湯気を立ち上らせている。食欲を誘う匂いにギャスパーは魅了されている。

 そして小猫もまた和洋中の様々な料理に惹かれていた。察したアリステアが重箱の内の一つを差し出してくる。

 

「余分にあります、欲しければどうぞ」

「……いいんですか?」

「リアス・グレモリーから今日ここに貴方がいることを聞いています。そこのダメ吸血鬼だけに食べさせると私の料理が悲しみますので」

「ひ、酷いです。僕、そんなにダメですかぁ?」

「さ、食べて下さい、搭城 小猫」

「……じゃあ、いただきます」

「無視しないでくださいよぉ~」

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 小猫たちが食事を終えた後、ギャスパーがうたた寝をしてアリステアに持たれ掛かった。

 一瞬だけ緊張が走る。あのアリステア・メアに無遠慮が過ぎる。彼女にどこか壁を感じていた小猫はギャスパーを起こそうとするが、意外にもアリステア本人が小さく首を振って止めた。

 

「……あの、ごめんなさい。ギャーくんが迷惑をかけて」

「なぜ貴方が謝るのですか? 指導役をリアス・グレモリーから頼まれた以上は多少の無礼には目を瞑ります」

 

 リアスの事は別にしてもアリステアは妙にギャスパーに優しい気がした。

 小猫が知る彼女は圧倒的な戦闘力を持つ天涯の者。その真眼(まがん)と銃で幾多の敵対者を葬った白き闇だ。

 こうしてすぐ近くにいるだけで緊張してしまうのにギャスパーからそんな様子が一切感じられない。人一倍臆病なくせにアリステアにだけは心を開いている。ある意味、旧友の斜め上にある図太さに感心する。

 

「こうして二人きりで話すのは初めてですね」

「……はい」

「私が怖いですか?」

「…………はい」

 

 少し言葉を選ぶも正直に答える。恐らく、リアスを含めた眷属の中で一番にアリステアに怯えるているのは自分だと小猫は自負している。誰も知らない彼女を見てしまったせいだろう。

 

「やはり、貴方とナギは繋がっているのですね」

 

 ドクンと胸に衝撃が走った。

 それは誰にも言ってなかった秘密。

 一度はネクロ・アザードによって死に瀕した自分が渚の手によって再び塔城 小猫として生を受けた時より始まった。

 小猫は記憶にない筈の夢を見る。

 最初はただの夢と気にしていなかったが鮮明で感情的で胸が裂ける程の悪夢だった。それが渚の記憶なのかもしれないと思ったのは夢の登場人物にアリステアがいて、自分を指して"ナギ"と呼んでいたからだろう。

 しかし小猫はアレが本当に現実にあったのかは信じきれていない。

 彼女()の見る夢はいつも死が転がっており、街も山も海も例外なく破壊された場面が多い。もしも本当にあったことなら今ごろ世界は……。

 認められない夢の記憶を確認するために、恐らく当事者であろうアリステアへ胸の内をさらけ出す。

 

「……夢を見るんです。全て違う光景なのに同じ夢だと分かるんです。アリステアさんもいました、多分これは渚先輩の……」

「記憶だと証明できますか?」

 

 鋭く言葉を重ねられた。小猫はアリステアが信用できそうな夢の場面を思い出す。

 あるにはある。ただこれは間違いなくアリステアにとって地雷だ。

 彼女の出生にも関わった人物。──メアという姓に籠めれた願いと呪いの発端とする二人の名を挙げれば信じざる得ないだろう。言ったらどうなるか分からないが小猫は意を決してその名前を口にする。

 

「……"魔王" アンブローズ・センツェアートに"不死王" ユーリエフ・クレヴスクルム」

 

 その名を聞いた時、アリステアの目に驚きが写された。

 やはりこの二人に良い思い出はないのだろう。

 だがそれも一瞬、次には元の冷めた瞳に戻っている。

 

「イオフィエルに続いて貴方もですか。しかし出所がハッキリしている分、マシと思うべきですね」

 

 アリステアが額を抑えた。頭の痛い悩みに直面したと言いたげである。

 

「……すいません」

「私が強要したのですから謝る必要ありません。しかしナギの記憶が貴方に転写されているのは驚きました。いえ、零から肉体を構成されたのだからあり得ないこともない……ということでしょうか。まぁ良いでしょう、分かってると思いますがその記憶については他言は無用で願います。──ナギにも、です」

「……やっぱりアレは先輩の記憶なんですか?」

 

 小猫が見ているのはあくまで断片的なシーンばかりだが生々しい光景の数々は今でも脳裏に刻まれている。それでも到底現実に起きただろうとは思えない。

 渚が戦っていたのはこの世のモノとは思えない"ナニカ"。その戦場は多岐に渡る。時には日本、ヨーロッパ、ロシア、アメリカまであった。どれもが都市を瓦礫の山とするスケールの大きい戦闘だと記憶している。

 しかし小猫が知る限り、そんな情報は存在しない。

 例えば夢の中での"ナニカ"との戦闘で日本列島を大きく両断された記憶を小猫は見た。そんな事をすれば全世界の勢力が黙ってはないのだが、現実の日本は無傷だ。

 記憶だと断言する自分と絶対にあり得ないと否定する自分が小猫の中にはいるのだ。

 そんな彼女を見たアリステアは記憶の真意を肯定するように首を縦に振る。

 

「それは私と渚の過去に確かにあった現実です。あなたのように困惑する者がいるから伏せているのですよ」

「これはいつの話ですか?」

「さて」

 

 適当にはぐらかされる。これが遠い過去なのか最近なのかは分からない。ただ本当にあったことなら恐ろしい隠匿術式を使っている。世界を騙すなど神ごとき所業だ。

 本来なら嘘だと笑っている。アリステア・メアと出会っていなければ……。

 彼女は小猫の知る理の外に存在だ。誰もが不可能と思う事柄も普通にやってしまいそうである。

 

「渚先輩には?」

「貴方自身も理解できているはず、あれは()()()()()渚にとって不要なものです」

 

 アリステアの言葉に小猫は眉を潜めた。

 

「……先輩はいつだって人間でした。たくさん失って、たくさん泣いて、たくさん助けた」

 

 夢の渚は自分のためと偽り、誰かを助けるために力を振るう偽悪者だった。

 疎まれつつも退かず、呪詛を吐いた相手を背に庇って、泣きそうなほど痛い思いしながらも戦いをやめない。

 彼の"蒼"とは強大無比な力だ。それこそ"神滅具(ロンギヌス)"以上の厄災を招く。使い方次第では多くを奪い、欲を満たせる。

 そんな力を手に入れたのに人間として正しくあり続けた渚の精神は気高いものだと小猫は思っている。

 

「知っています。私が言っているのは客観的な意見ですよ。誰にも到達できない破壊の臨界者であり、頂きに座する守護の君臨者。──もはやそれは人ではない」

 

 重たい沈黙が二人を包む。

 小猫は反論したかったが言葉を見つけられない。きっとアリステアは小猫以上に渚を理解している。

 小猫は渚の記憶と想いを知っているから彼の側に立っているに過ぎない。

 これがアリステアだったらどうだろうか? あいにく小猫はアリステアの内に秘める思いを知らない。何を考え、何のために戦うのかが分からない。だからこうして緊張してしまう。彼女は小猫にとって巨大な戦闘力を持つ未知の存在なのだ……。

 力ある者を人を恐れる。自らより上位の存在に対して生まれるのは基本的に二つの感情だ。

 恐怖か、畏敬か……。

 どちらにしても人間として扱わない。つまりアリステアが言っているのはこういうことなのだろう。

 渚の中身を知る由がない人たちにとってみれば簡単に自分を殺せる怪物としか映らない。

 歯がゆいが、これも真実だ。

 

「この話は終わりにしましょう。さて塔城 小猫、私から一つ質問を良いですか?」

「……どうぞ」

 

 アリステアは小猫に答えを求めなかった。

 助かったと思う反面、情けないと項垂れながらもアリステアの質問を待つ。

 

「貴方はリアス・グレモリーと蒼井 渚、どちらにするつもりです」

「え?」

「どちらを主として仰ぐのか、と聞いているのですよ」

 

 急な質問に呆気を取られた。

 今まで考えたこともない。自分はリアスに救われて悪魔となったが一度死んで渚に救われて生き返った。

 こうして考えたら自分はアリステアと同様に渚と寄り添うべきなのだろうか。しかしリアスも大事な主だ、裏切る事は出来ない。

 

「はっきり言いますが貴方はもう悪魔ではない。表面上はそうですが中身は私と同様に蒼に連なる者となっています。いずれは魔王を越えて神すらも討ち滅ぼせる力を秘めている。……その力で何を為すのですか?」

 

 アリステアのアイスブルーの瞳が鋭く小猫を貫く。

 自覚はある。もはや小猫の力は最上級悪魔に比肩しえる。未熟な今でもこうなのだから成長していけば更に上を目指せるのだ。

 自らの内を覗き込めば魔力でも妖力でもない、もっと純度の高い力が巡っているのが分かる。

 気づけばアリステアに助けを求めるような目を向けていた。

 

「……私は選ばないといけませんか」

「最終的にはそれがいいかと。しかし別段、こちら側になることを強制している訳ではないのでゆっくりと考えて下さい。……もう渚に()()()は必要ないのですから」

 

 アリステアは悲しげな瞳で小猫を七人目と言った。

 小猫は知っている。

 かつては渚の元にいた蒼で結ばれた六人の仲間の記憶はある。しかしその仲間はアリステアを残して渚のそばにはいない。

 記憶を見ているといっても、全てではなく断片的にしか知らない小猫には渚の仲間たちがどうなったのかはわからない。

 ただアリステアの様子からして無事ではないのだろう。

 

「そろそろ訓練を始めましょう。……起きなさい、いつまで私を枕代わりにするのですか」

「あいた」

 

 アリステアがビシッと凸ピンをギャスパーに加える。

 

「ししょー、痛いですよぉ」

「勝手に寝る人が悪いのでは?」

「うぅうう」

 

 半泣きで抗議を訴えてくるギャスパーがアリステアを恨めしそうに見つめていると再び転移装置が起動して新たに人影がやってきた。

 

「……あ、部長」

「朱乃さんもいますぅ」

 

 やってきたのはリアスと朱乃だ。恐らく学校帰りだろう二人は剣呑な雰囲気で小猫たちに方へ歩いてくるやアリステアの前で止まった。

 

「アリステア、戦争へ行くわ。力を貸してちょうだい……!」

「色々と言いたいことはありますが敵対勢力は?」

「堕天使 アザゼルよ」

「あー、彼ですか」

 

 憤怒に燃えるリアスに対してアリステアは気のない返事を返すだけだった。

 あのアザゼルが動いたというのに、大事に(いた)らないと解っているような素振(そぶ)りに見える。

 そう感じた小猫はアリステアの余裕に首を傾げるのだった。

 





果たして渚は何と戦っていたのだろうか……。
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