渚が不在の中で会談が始まる。
果たして、平和の先に何が待っているのだろか。
アザゼルがグレモリー眷属たちに顔を出すようになってから少し時間が経つ。その間に三大勢力の和平会談が正式に決まった。堕天使側からは総督のアザゼル、悪魔側からは魔王サーゼクス、天使側からは
そして、その運命の会談の前日になってアリステアに一本の電話が掛かってきた。
「会談? 私は出席しませんよ」
『おいおいマジかよ。三大勢力の和平が実現する奇跡みたいな日だぜ?』
「必要性を感じませんからね。……それと今は部屋の掃除中なので切っても?」
『掃除だぁ? なんでまた?』
「気分です」
部屋の掃除をしている途中でアザゼルから電話が掛かってくるや、いきなり和平会談へ出席しろと言ってきたのである。
なぜそんな面倒なイベントに自分が脚を運んでやる必要があるのか
そんなアリステアの心情を無視してアザゼルは話を続ける。
『ミカエルやサーゼクスに名を売るチャンスだと思うんだがな』
「興味がありませんね」
名を売るなど笑わせる。金や地位が欲しいなら、どこぞの神話体系に魔王や熾天使の首を持っていけば簡単に得られる。
アリステアが求めているのは、そんなものじゃないのだ。
「それで? そろそろ私を誘う本当の理由を話したらどうです」
電話越しでガリガリと頭をかくアザゼル。やはり今のは話の前ふりに過ぎないのだろう。
『あー、お見通しか。今回の会談が騒ぎになるのは確実だ。他神話の刺客かそれ以外の奴かは分からんが来るだろうぜ。敵の予測が出来ない以上は戦力は確保しておきたい』
アザゼルは観念した様子で白状する。
やはり三大勢力が手を取り合うのは他所からしたら危険と見なされるようだ。滅びかけとは言え、世界最大の神話体系と呼ばれるのだから当然と言えば当然か。
この和平で三大勢力が再び勢い付くのを危惧している者らが多いのだろう。
だからリスクを無視しても妨害してくるとアザゼルは踏んでいる。
「総督もあろうものが弱気ですね」
『なんとでも言いな、俺はこの会談に懸けてんだよ。こっちからはヴァーリも出す予定だ』
「ルシファーの白龍皇……。彼は危険ですよ」
『どういう意味だ?』
まさか解らないというつもりなのだろうか。ヴァーリ・ルシファーの本質は戦争を求めている。しかしアザゼルが作ろうとする未来では実現しないのは明白だ。……となればどうなるのかは眼に見えてくる。
「魔王の因子、龍の力、人の業、まるで戦いの申し子です。そんな彼が和平を望むでしょうか?」
『アイツには十分に言ってある』
「信頼だけで止まる人物には見えませんがね」
『俺が目を光らせているから大丈夫だ……』
段々と声に覇気がなくなっている。
聡い彼の事だ。そうなる可能性も示唆しているのは間違いない。だがそれ以上にヴァーリを信じたいのだろう。あの戦犯であるコカビエルの殺害も
「心を鬼にするべきですね」
『仮にお前さんの思った通りになったとしたらケツは持つ』
「出来るのですか?」
『しつけぇぞ?』
「……ならこれ以上はやめておきましょうか」
身内には甘いと思っていたが予想以上だ。
アリステアは十中八九、ヴァーリは和平を良しとしないと思っている。
駒王学園でコカビエルと戦っている姿からも、闘争を是としている節が多く見られた。
それでもアザゼルはヴァーリを制御出来ると言い張る。
信頼なのか、情なのかは不明だ。だが相手は二天龍の片割れ。そう簡単に御せるなど考えが甘い。
最悪、白龍皇が裏切るという事態を考慮しなければならないのだが、アザゼルを宛にするには不安が残る。
「もう切ります」
『掃除中とか言ってたけど本当かよ?』
「何が言いたいのですか?」
『いや、お前さんが掃除しているトコなんて想像出来んわ。魔術で適当にゴミを吹き飛ばして終わりじゃないのか』
「そんな事をすると色々なものが破損してしまいます。あとで怒られるのはゴメンです」
『……誰に?』
「誰でもいいでしょう。……貴方の望み通り、会談には出席してあげますから掃除に戻らせてください」
『急に意見を変えて、どうしたんだ?』
よくよく考えれば会談でリアスに何かあれば今の生活は終わる。それが見過ごせないのも事実だ。やっと手に入れたかもしれない安寧の地が脅かされるのは避けたい。
「大事なパートナーがおやすみの最中でしてね。騒がしいものは取り除くのは当然でしょう」
『……お前、誰かのために動けるのかよ』
「動けますよ」
『面白い冗談──』
驚愕を含んだアザゼルの電話を今度こそ切る。
「失礼な堕天使ですね。……そう思いませんか?」
そう言いながら振り返ったアリステアの視線の先には渚が眠っていた。
ここは渚の自室。
現在、アリステアは眠りこける彼に変わって掃除をしている。しかもエプロンを着こなし、三角巾までかぶる気合いの入った姿だ。
もしも誰かが今のアリステアを目撃したら驚嘆するだろう。一見して炊事洗濯を全てやってしまいそうな新妻である。
「
もう一ヶ月は
アリステアは掃除を中断して彼に近づいて腰を下ろすと力のない笑みを浮かべる。
「そろそろ貴方の寝顔にも飽きてきましたよ」
少しだけ毒を吐いて立ち上がろうしたときだ。
「……なんて顔をしてんだよ」
「ナ、ギ?」
急に声を掛けられた事で面を食らう。
頬に触れる手の感触。
渚がうっすらと目を開けてアリステアを見ていたのだ。
「起きて──」
「またイジメられたのか? 大丈夫、兄ちゃんが守って……」
渚の視線はぼやけており、遠くを見ている。
どうやら意識はまだハッキリしていないようだ。きっとまだ夢の中にいるのだろう。
その証拠にアリステアをキチンと認識していない。
それでも彼が目覚めたのは嬉しい出来事だ。アリステアは幸せそうな渚の夢に付き合ってやることした。
「大丈夫ですよ。私はイジメられてなんかいませんからもう少し眠って下さい」
「……そうか、良かった。じゃあ、もう少し、寝る……よ」
「はい、お休みなさい」
"蒼"による強制的な肉体変成は負荷が大きい。
渚が次に目覚めた時、彼の世界は変わっているだろう。
蒼の継承者であり、
様々な
「私、もっと頑張るからね。──兄さま」
○●
三大勢力和平会談、当日。
深夜の駒王学園にアリステアは脚を運ぶ。
会談は新校舎の会議室を使うと聞いているが、基本的に旧校舎にしか用がない彼女は場所を知らない。だから旧校舎へ向かう。部室には誰かしらいるだろうと思ったからだ。
予想通り、グレモリー眷属が全員揃っていた。
「アリステアさん、今日は随分とご機嫌がよろしいんですのね?」
そう問うてきたのは姫島 朱乃だ。確かに彼女の言う通り機嫌は悪くない。一瞬とはいえ、やっと渚が目を覚ましたのだ。あの調子なら近い内に完全に回復するだろう。
「顔に出ていましたか?」
「いいえ。雰囲気……でしょうか。今日はとても柔らかく感じますわ」
「少し受かれているのは事実です。気をつけましょう」
「ししょー!」
気分を落ち着けようとしているアリステアに、ギャスパーが子犬のように走ってくるや腰に抱きつこうとする。
どうしてこの悪魔吸血鬼は自分に対してこうも好意的なのか謎であるが飛びかかって来るものを受け入れるほど甘くはない。アリステアは半歩引いて避けようとした。
「今こそ僕の訓練の成果を見せるときですぅ」
そう言うや"
一瞬だがアリステアの脚を中心とした時間が停止して動けなくなる。
「ほぅ……」
見事な時間操作にアリステアは感心する。
停止空間を限定し、一極集中させて効力を高める。これなら短時間とはいえ格上相手に動きを阻害できる。自らの訓練の成果を身を持って感じられるのは嬉しい限りだ。しかし抱きつく為にここまでするとは誰の影響だろうか?
「どうだ! ギャスパー、俺の作戦通りだろ!! やっぱりお前は凄い! 時間を停めて女子に抱き付く、男の夢の一つを叶えてしまった!!」
「はい、ありがとうございます、イッセー先輩にししょーの攻略法を聞いて正解ですぅ!」
「……ギャーくん、相談の相手間違ってる」
「まぁかなりいい作戦だと思うよ、僕は……」
テンションの高い引きこもり吸血と鼻息の荒い赤龍帝にツッコミを入れたのは小猫と祐斗である。
なるほど、元凶はどうやら一誠のようだ。
人見知り吸血鬼は眷属となら作戦を立てられる程度には成長したらしい。
そう呆れていたアリステアはギャスパーに捕まる。あまり体を他人に触れられたくないが裏のない好意を無下にするほど冷たくはない。褒美も兼ねてポンポンと優しくギャスパーの頭を叩く。
「今日のししょーはいやに優しいですぅ。はっ! まさか熱でもあるのでしょうか!」
「ふっ」
「いひゃい、いひゃいれすよぉ、ひひょ~」
生意気な口を聞く弟子を引き剥がすと左右同時に頬を引っ張ってやる。男子とは思えない弾力性だ。
他の眷属たちはそんな師弟のコミュニケーションを微笑ましそうに眺めていた。
「私に攻撃を当てたことは褒めてあげます。次は攻撃を避ける訓練を始めますか」
「うぅ、頑張りますぅ」
「精進してください」
ギャスパーの頬から手を離して自由する。
アリステアは部屋にいる人物に目をやる。
ギャスパー、リアス、朱乃、小猫、祐斗、一誠、アーシア、付き添いでミッテルトとレイナーレまでいる。何故かアーシアが笑顔で手を振ってきたので返しておく。そういえば最近は彼女と話していない気がする。渚の家には来ているようだが、どうにも時間帯が合わないのだ。いや、避けれている
そんな事を考えていたアリステアが意外な人物を目撃する。
「
アリステアの言葉の先にいたのはゼノヴィア。彼女は罰が悪そうに目を背ける。
「……色々考えた結果だ」
「その結果が悪魔となった、ですか」
今、ゼノヴィアから感じるのは悪魔特有の魔力だ。間違いなく彼女は転生悪魔となっている。経緯は不明だがリアスの眷属になったのだろう。
アリステアの言葉に自嘲を返すゼノヴィア。
「……背徳の罪人と笑えばいい」
「どこか可笑しいのですか? 貴方の選んだ道です、誰も笑う権利はないでしょう」
ゼノヴィアの顔を見れば
他の教会関係者が今のゼノヴィアを見れば
無責任な逃避ではなく、自分の人生を初めから見つめ直せたゼノヴィアをアリステアは決して笑わない。
何かにすがるのを辞めて、自身の足で歩き初める行為は自由だが辛い道のりでもあるのだ。
「しかし今日の会談に出席して大丈夫なのですか? 最強の聖剣の一つが悪魔側に渡るのです。問題になりますよ」
「大丈夫よ。ゼノヴィアを私の眷属にするように提案したのはイオフィエルなの。彼女が"
「あぁアレが手回しをしているのですね」
リアスの言葉に納得するアリステア。
あの小賢しい"
「そうですか。ではそろそろ会談場所に案内をしても貰っても?」
「ええ、小猫とギャスパーは残って頂戴。皆、行くわよ」
リアスの号令に皆が返事をする。
三大勢力の会談がついに始まろうとしていた。
○●
「学校の会議室にしては大袈裟な装飾ですね」
アリステアが会議室のドアに入るやリアスに問う。
扉一枚の隔たりなのに、そこは別世界だった。豪邸にでもありそうな絢爛で巨大なテーブルと荘厳な空気。明らかに学校にそぐわない見た目の一室にリアスは苦笑した。
「魔力でちょっと弄ったのよ。大事な会談だから頑張りすぎたわ」
「確かにそうですね」
アリアステアは周囲を観察する。
大きなテーブルを囲むように陣営で席が分かれている。
天使サイドには天使長であるミカエルらしき人物とイオフィエル。
堕天使サイドには総督のアザゼルと懐刀である白龍皇のヴァーリ。
悪魔サイドには魔王サーゼクスと給侍を
「あー☆ アリステアちゃんだ~☆」
元気に手を振る魔王少女セラフォルー・レヴィアタン。彼女を見るなり、アリステアの目から光が失われる。
「──帰ります、さようなら」
「待って、お願いだから待って! 今日の会談には、お兄様も貴方に参加してほしいって言ってるの!」
リアスが踵を返したアリステアを必死に止める。
魔王の頼まれ事を断れないのは分かるが自分の心境も理解してほしいと思わずにはいられないアリステア。
「リアス・グレモリー。私にも耐えきれないものがあります。イオフィエルぐらいは我慢しましょう、アレはいつでも
もう嫌な予感しかしない。
「そう、今冥界では魔法少女が何故かムーブじゃないの☆ だから二人で盛り上げるために戦おうよっ! 打倒ミルキーだよ!」
ほら、やっぱり……。
セラフォルーの斜め上に天元突破した思考に頭が痛くなる。
アリステアの言葉を思いっきり曲解したセラフォルーが拳を握って勧誘してくる。そんな魔王少女を諌めたのはサーゼクスだった。
「セラフォルー、アリステアさんが言ってる『戦う』の意味はそうじゃないと私は思うのだが……」
「え? じゃあ、どういう意味なのかな☆」
可愛らしく首を傾げるセラフォルー。
そのままの意味で受け取ってほしい。
「わたしはいつでも
「ケンカをするなら、どこか遠い場所でお願いします。大変迷惑なので」
笑顔で青筋を立てるイオフィエルから話を振られたミカエルは穏やかな笑みで受け流していた。
会談とあって誰もが装飾の利いた服を身に付けている。ふとアザゼルがアリステアに目配せしてニヤニヤとからかうように笑う。
「そこの真っ白美人さんはレヴィアタンのお嬢さんが苦手と見た。いやぁ完璧超人っぽいヤツにも弱点があって結構だな。そう思わんか、ヴァーリ?」
「あれは弱点なのか? 確かに相性はあまり良くなさそうに見えるが?」
「アザゼル総督、あとでお話があります」
「おい、無表情で言うのはやめろ。……マジ、怖いから」
「質問しますが、なんでアレがいるのですか?」
アリステアが苦い顔で見たのは、元気よく手を振っているセラフォルー・レヴィアタンだ。今日はコスプレではなくキチンとした正装だ。流石に場を弁えているようだ。なら何故、授業参観の時は魔法少女の姿だったのだろうか。やはりこの魔王は不可解である。
「アリステアちゃんも会談に出るんだね、感激だな☆」
「いえ、もう帰ります」
「き、気持ちは分かるけど本当に待って、ね?」
リアスが一生懸命引き留める。
アリステアの腕を取りながらリアスが会場に対して会釈した。
「お待たせしてしまったようで申し訳ありません」
「まだ開始時刻ではないし構わないさ。……我が妹とその眷属たちだ」
サーゼクスが各陣営のトップにリアスたちを紹介する。
「報告は受けてあります。始めまして私はミカエルと申します。聖剣の件は大変お世話になりました」
ミカエルの言葉にも冷静にお辞儀をして対処するリアス。小さく震えている所からも緊張しているのが微かに見て取れる。眷属たちの手前、強がって緊張を見せないよう努力しているのだろう。
「さ、席に座りなさい」
サーゼクスの言葉に従ってグレモリー眷属も席に座る。
セラフォルーが、おいでおいでしているが完全に無視する。適当な壁にでも背を預けておこうと決める。あくまで自分の依頼された仕事は護衛であり、会談に参加することではない。部外者として静かに終わりを待つのが無難だ。
「アリステア・メア、あなたはあっちだ」
部屋の隅にでも行こうとしていた時だ、イオフィエルが妙な事を言う。この会談に自分の席などあるはずがない。アリステアはとりあえずイオフィエルが指す方角に視線を向けた。
確かに三陣営の間にはもうひとつ空間があった。わざとらしく空いた最後の一区画にあるネームプレートにはアリステア・メア……ではなく蒼井 渚と書かれてある。会談との関係が薄いにも関わらず特別扱いされているような待遇に違和感しか感じない。だが渚の名前を出された以上はアリステアはあの席を使わなければならない。あの椅子を用意したのが誰かは分かる。犯人と思われる堕天使の総督に目配せするがドヤ顔で返された。勝手をされて苛立つと同時に関心もした。この椅子に座らせるというのは今いる三大勢力のトップ陣が同格と認めているようなものだ。
渚の解決した数々の問題に対する敬意と礼のつもりなのだろう。
「本来は彼のための席だが座ることを許可してあげよう、感謝したまえ」
偉そうにもイオフィエルが見下してくる。
「貴方の許可が必要で?」
「用意したのはアザゼルだが、名前はわたしのアイディアだ」
「虫酸が走りますね」
「あなたの席を用意するなんて、わたしだってごめんだったさ。それとも座らないのかい?」
「ナギの席ならば座りましょう」
イオフィエルはともかく各陣営の渚に対する礼節には誠意で返さなければ筋が通らない。
アリステアが席に着くと小さな本を取り出して読み始める。最低限の誠意は見せたが元より真面目に会談に参加する気などない。終わるまでは読書で時間を潰す算段だ。
そんなアリステアを他所に口を開いたのはアザゼルだった。
「よぉバラキエルの娘、元気してたか?」
アザゼルが朱乃に手を挙げながら声をかける。親しみのある口調に対して朱乃は嫌悪しているような瞳を向けた。
「普通ですわ。それとその名を私の前で出さないで」
「そんな怖い顔をしなさんな。せっかくの和平会談が台無しだぜ?」
「"王"が望む以上、和平に賛同します。ですが私個人が堕天使をどう思おうが勝手ではなくて?」
「まだ許してはやれないか?」
「堕天使は……嫌いです」
「……そうか」
アザゼルは一瞬だけ目を伏せるが次に瞬間にはレイナーレへ視線を移動させる。
「そっちはレイナーレにミッテルトだったな。お前らがコカビエルの為に戦ったのは知っている」
「罰なら如何様にも。あの方のために貴方の願う未来を壊そうとした身です。ですがミッテルトはお見逃しください」
「れ、レイナーレお姉さま!? ウチが罰を受けますから姉さまこそ見逃してくれッス!」
「あほ。道を違えたといえどアイツはダチだ。そいつが遺したモンをどうして裁ける。加えてお前らはアイツを止めるためにも戦ってくれた。礼代わりって訳じゃねぇが何か困ったことがあれば相談しろ」
「アザゼル様……」
深々とアザゼルへ頭を下げるレイナーレとミッテルト。
流石に堕天使のボスとなれば、いつもの反骨精神は身を潜めるようだ。
本に目を通しながらも殊勝なレイナーレの声に小さく笑ってしまうアリステア。
「レイナーレ、お前は赤龍帝の欠片を宿した堕天使でありコカビエルの遺産だ。──期待してるぜ?」
「はい!」
真面目に話していれば、こうしたカリスマ性を発揮できるのだから堕天使のトップをやっているのだろう。
いつもふざけた所しか見ていないので珍しいものを見せてもらった。
「やぁまた会えたね、アリステアさん。今日は私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ない」
アザゼルの話が終わったのを見計らって悪魔サイドに座るサーゼクスが挨拶をしてくる。
名指しで挨拶されては無視も出来ずに本から目を離して返事をするアリステア。
「なぜ私を誘ったのですか?」
「君と蒼井 渚くんには興味があったんだ。妹に力を貸す強者がどんな人物かがね」
「貴方の奥方に渚がお世話になったそうで……。しかし一方的にやられた人を強者扱いとはバカにされている様にも聞こえますよ」
サーゼクスの隣に立つグレイフィアに目配せする。
ライザーと初めて接触した際に渚とグレイフィアは小競り合いを引き起こした。一誠を殺そうとしたライザーに渚が横やりをいれてグレイフィアが介入した。結果だけを見れば渚が魔力弾で吹き飛ばされて完敗。
その辺はどう考えているのか。アリステアは冥界最強の"
「彼は紛れもない強者でした。あのまま続けていれば私の方こそ危険だったかと……」
グレイフィアの発言に会場が静まる。
サーゼクス・ルシファーの"
アザゼルやミカエルが懐疑的な表情をしているのはグレイフィアの強さをかつての大戦で味わったからだろう。対してヴァーリとイオフィエルは肯定するように小さく笑む。
そしてアリステアにとっては満足な答えだ。どうやらグレイフィアは物事を正しく捉えれる人物のようだ。少しでも渚を弱者扱いをしたら目に物を見せてやろうと思ったが必要はなそうだ。
「最強の"
「左様ですか」
「ええ、それだけでも来た甲斐はありました」
「グレイフィアを連れてきたのは正解だったようで良かった」
「貴方の噂も聞いています」
「私の? それはどんな噂だい?」
「賢王と呼ばれる冥界の超越者。その実力は神をも凌駕するとも……」
「いやぁ困ったね。そこまで持ち上げれると照れてしまうよ」
なんとも軽い印象の男だ。
本当にリアスの兄なのだろうか? もう少し魔王としての威厳を持った方が良いと思うアリステア。
「きゃー☆ サーゼクスちゃん、アリステアちゃんに惚れちゃったの? グレイフィアちゃんがいるのにやるぅ☆」
「いいんじゃねぇの? 悪魔は一夫多妻だろ?」
独特のイントネーションのセラフォルにケラケラと笑うアザゼル。
緊張感のない組織のトップである。
「ははは。確かに美しいお嬢さんだ、妻がいなかったら放っては置かなかっただろうね」
「サーゼクスさま、今は職務の全うしてください」
おおらかに笑うサーゼクスにグレイフィアは冷静に指摘する。
悪魔と堕天使が冗談を言い合う。そんな二人をアリステアは鋭く観察した。
「なるほど、貴方たちにとっての会談は終わっているのですね」
「どうしてそう思うのかな?」
「随分と昔から和平の話は進んでいたのでしょう? 貴方とアザゼルの間には親愛にも似た情を感じます。些か無駄な話し合いなのでは?」
アリステアがジト目でアザゼルを睨む。
こんな事ならもっと早く和平を結んでおけと言いたい。
「そんな訳にもいかないのだよ」
割り込んできたのは会議室の一席に座っていたイオフィエルだ。
彼女は何故か席の全てが見渡せる中央に座っている。アレではまるで話し合いの中心人物である。
「はぁ」
「なんだい、そのため息は? あなたはわたしが話すたびに嫌な顔をするね」
「よく分かっていますね」
「やはりあなたの事は好きになれそうにないね」
実際、アリステアにとってイオフィエルは過去の亡霊を思い出させる。
演劇めいた口調、探るような視線、ふてぶてしい態度。どれもがアンブローズという人物と重なる。エル・グラマトンの縁者となれば尚更である。
「イオフィエルさんがこうも言い攻める人も珍しいですね」
イオフィエルから比較的近い位置に座るのは金髪の男。恐らくアレが熾天使の長であるミカエルだ。こうして見てみれば確かに徳の高そうな顔をしている。
「ミカエル、彼女には気を付けなよ。見た目は美しくても必要となれば君の首を獲り掛かる
「そうですか、気をつけておきましょう。アリステアさん、イオフィエルさんがご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません」
熾天使のトップだけあって礼節を弁えている。
ミカエルは天界の代表であり注意すべきは部下にあたるイオフィエルなのだ。ここでアリステアを侮辱しようならその権威は地に落ちていただろう。
「おやおや、そっちに付くのかい、あなたは」
「和平を志す会談で揉め事をよくありませんよ。天界の代表として貴方の無礼をたしなめるのは当然かと。……もっとも代わってくれるのならば、どうとでもしてくださって結構ですよ」
「お断りだ、その席はあなたが相応しい」
イオフィエルが露骨に嫌な顔をするからに余程、上には立ちたくない様子だ。
アリステアはこの会話から一つの真実を知った。
イオフィエルは
「そろそろ会議を初めてはどうでしょう?」
今まで黙っていたグレイフィアがそう言う。
アリステアも大いに賛成だ。再び本に目を落とす。
「じゃあてめぇら会談すっぞ」
パンパンと手を叩いて全員を黙らせるアザゼル。
リアスたちには重要な案件だがアリステアにとって退屈な時間が始まる。
どんな議題から入るのかと思い耳だけを傾けておく。
「アザゼル、本題に入る前に私から悪魔の方々にお礼を言わせて貰っても良いですか」
「構わんぜ。友好的な行動は大歓迎だ」
ミカエルが挙手して意見するとアザゼルは快諾した。
「天使と堕天使の問題であったエクスカリバーの一件は大変ご迷惑をお掛けしました。紫藤 イリナからの報告は読ませて貰っています、リアス・グレモリーとその眷属、そしてここにはいない蒼井 渚さんにも心より感謝を」
リアスたちに礼を言いながらもアリステアへ頭を下げた。渚のことを含める辺り好感が持てる。
「それで是非とも受け取って貰いたいものがあるのです」
ミカエルが指先で小さく陣を描くと悪魔サイドの席に一本の剣が現れた。
アリステアは"真眼"で剣の真意を覗く。
「これが彼の有名なアスカロンですか」
ミカエルが少しだけ驚きを見せた。
「貴方には一目で分かるのですね」
「眼は良いので」
「恐ろしい方だ。……そう、これはゲオルギウスまたは聖ジョージと呼ばれる者が使用していた"
一誠がアスカロンから一歩だけ遠ざかる。
「すっげぇ嫌な気配なんだけど……」
「イッセー。貴方は絶対に触ってはダメよ。あれは龍を殺す事に特化した聖剣。悪魔と龍、二つの特性を持つ貴方には最悪の代物よ」
「りょ、了解ッス、部長」
「ご心配なく、これは特殊な儀礼によって悪魔でも触れられるように施しました。この聖剣を蒼井 渚さんにグレモリー眷属にはデュランダルの所持権をお譲りいたします」
「……ミカエル様、私は──」
「良いのです、戦士ゼノヴィア。元は私たち天界に落ち度がありました。責められる事はあっても責める事などあり得ません。貴方の意思を尊重します」
「ありがとうございます」
涙ぐむゼノヴィア。天界のトップからの許しだ、胸あった罪悪の念は薄れて当然だ。
それにしてもアスカロンとデュランダルを渡すとは随分と思い切ったことをする。どちらも高名な聖剣で天界の持つ強力な武器だ。それを交渉材料にしたミカエルの本気が分かる。
「有り難い申し出ですが聖剣は結構です」
アリステアの返答に、この場に集まっていた全ての人物が驚きを表す。
まぁその顔にも納得だ。無償で強力な聖剣を貰えるのに断っているのだ。そんな事をするのは余程の大バカか、無欲な善人である。尤もアリステアはどちらでもない。
聖剣アスカロンを渚が貰ったところで活躍の場はないと分かっているからだ。渚は"蒼"の特性のひとつで
「ナギは既に数多くの武器を所持しているので宝の持ち腐れなってしまいます。しかし折角ですのでグレモリーの眷属に渡すというのはどうですか? 個人的には赤龍帝へ渡したいですね」
「私としては構いませんが……」
「ならば決まりです」
「木場じゃなくて俺にですか?」
一誠の疑問も尤もだ。グレモリー眷属の中で剣の適正があるのは祐斗とゼノヴィアだ。しかし祐斗は過去に聖剣の実験で苦しめらているし、ゼノヴィアも既に最強の聖剣を持っているのだから必要あるとは思えない。加えて使いこなせるかは問題ではない。重要なのはアスカロンの特性にある。対龍、対悪魔に特化した力は将来的に一誠へ大きなアドバンテージとなる。
「龍殺しを持つ龍か、面白い。貰っておけ、兵藤 一誠」
アリステアの視線に気づいたヴァーリがアスカロンを受け取るよう強く推す。
彼とて宿敵となる赤龍帝を少しでも自分と同じ高みに誘おうとしているのだろう。
「いいのかよ、この力がお前に向けられる事もあるんだぜ」
「だからだよ。俺と君では戦力差が大きい。それぐらいが無いと張り合いがないというものさ」
ライバルに対して不敵に笑うヴァーリ。
確かに兵藤 一誠とヴァーリ・ルシファーでは実力に大きな隔たりがある。例え強力な
そこにヴァーリも期待しているのだろう。
清々しいまでの戦闘マニアだ。宿敵になる者が必殺の武器を得て嬉しがるなど普通ではない。
「へぇへぇ、雑魚で悪かったな。部長、俺が貰ってもいいんですか?」
「アリステアが良いと言うのだから貰っておきなさい」
「じゃあ、ありがたく。──後悔すんなよ、最強の白龍皇」
「しないさ。──君の成長を願うよ、最弱の赤龍帝」
侮蔑とも取れるヴァーリの言葉に一誠は熱い闘志を込めた瞳を向けた。
何時まで経っても赤白の龍は闘争心の塊だと辟易するアリステア。
「じゃあ持って帰るか」
「待て、そのまま持っていくのか?」
「んだよ、今さら怖じ気ついたなんて言わねぇよな?」
「違う。折角のアスカロンを神器に取り込まないのかと言っているだ」
「出来んの?」
「君のパートナーに聞いてみると良い」
ヴァーリの指摘を疑いつつも一誠が自分の左手と会話を始める。周囲には赤龍帝ドライグの声が聞こえないので、かなり奇っ怪な光景だ。
「……出来るだってさ」
「なら、するといい。左手と話す君は少々間抜けに見えたよ」
「うっさい」
一誠が左手で聖剣に触れると光の粒子になって消えた。
「おー」
「"
「なんでもありだな、神器って……。とりあえずアドバイス、ありがとよ」
「構わないさ、今の君では張り合いが無さすぎる」
「人が素直に礼を言ってんのに嫌な態度だな」
赤龍帝と白龍皇がバチバチと睨み合う姿を興味無さそうにアリステアは見ていた。
今の状態では、どう転んでも一誠はヴァーリに勝てない。喧嘩を売るだけ無駄と言いたい。
ともせず早く会議を終わらせたいアリステアが手を挙げる。
「一つ、質問があります」
「お、アリステアか。なんだよ?」
「三大勢力は血で血を洗う戦いを繰り広げた仲だと認識していますが間違いないですね?」
「ああ、そうだ。俺もサーゼクスもミカエルも多くの仲間や友を互いに奪い合った間柄だ」
「しかし端的に言って、あなた方は仲が良すぎです。この和平は前々から計画されていたと見受けられますがどうなんです?」
「その事については、わたしが話そうじゃないか」
イオフィエルがアリステアの疑問に答える。
「アリステア・メア、和平は随分と前から計画されていたんだ。さらに時期を言えば三大勢力の最後の決戦後に提案されたのさ」
「骨肉の争いの経て、すぐに手を取り合おうなど常軌を逸していますね。提案者は余程の大物かバカなのですか?」
「始まりはイオフィエルだよ。コイツから俺は提案された。サーゼクスにミカエルはどうだ?」
「ええ。和平の始まりは彼女からです」
「私に魔王になるよう薦めたのはイオフィエルだったね」
アザゼルの問い掛けに対してミカエルが肯定するとサーゼクスも頷く。
こんな悪魔みたいな天使が和平を提案したなど信じられない。
「これに関しては裏はないよ」
「では何故です、博愛主義には見えませんが?」
「わたし自身が三大勢力に潰れてもらっては困るというのはあった。だがそれ以上に平和を望んだ人がいた。わたしはそれに少し協力したんだよ」
「誰です?」
「わたしからは教えない。これは約束であり誓約だ。死んでも言うつもりはない」
断固とした決意で答えるのを拒むイオフィエル。
大方、"エル・グラマトン"だろうとアリステアは思っている。イオフィエルを使って和平を実現させたあとに何を得るかは不明だが目的もなしに動く奴ではない。
「どうして今のタイミングかと言えば、ちょうど各勢力の力が戻り始めたからだ。戦後の間もなく和平を結べば他の神話系統の奴等が潰しに来るのは分かっていた。だから表向きは仲が悪いと見せつけて、裏では手を取り合う準備をしていた訳だ」
ツラツラと台詞を並べるイオフィエル。
種族の存命が懸っているとはいえ、なんとも狡猾で豪胆なトップ陣である。
天使、堕天使、悪魔が手を取り合う。確かに良いことのように聞こえる。
しかしだ、歪み合って潰しあう事を望んでいる者達からしたら由々しき事態なのも事実。
この期に三大勢力を争わせたかった輩たちが動き出すだろう。内部からは和平を認めない者、外部には三大勢力を疎んじている神話体系など敵は随分と多い。アザゼルが警戒しているのはそこなのだろう。
「(和平を結んだ先は更なる戦いの始まりとは皮肉ですね)」
このトップ陣も新たな戦いの兆しに気づいているはずだ。
だからこうして手を取り合うための会談を実施した。結束とは良く言ったものだが、少なくともこの会談に出席したトップ陣は本気なのだろう。アザゼルは各陣営に積極的に働きかけ、サーゼクスやセラフォルーは自らよりも大事な妹がいる場を会談に選び、ミカエルは最上位の聖剣を複数も差し出した。
やり方は違えど
「(さて、こうなると決まれば最初に手を出してくるのは何処の誰やら……)」
致し方ないとは言え、少々面倒でもある。
魔王の妹が管理する駒王町は間違いなく狙われるだろう。サーゼクスには、おいそれと手は出せないがリアスは違う。"超越者"の急所である妹ならば利用価値など幾らでもある。人質、交渉、脅迫、挙げればキリがない。
「(主神級の存在に襲撃してもらえば見せしめに出来るのですがね)」
そんな物騒な事を考えた時だった。
アリステアは急な魔力の増大を感知するや時間が凍結した。体の動きが鈍くなるのを感じる。これは時流操作による空間固定だ。
そんなことを出来る者はギャスパー・ヴラディの神器の他にはない。
つまり彼の身に、ここまでの力を発現してしまう程の何かが起きた。
「全く以て世話のかかる弟子です」
アリステアはパンっと片手で本を閉じるとギャスパーのいるだろう旧校舎へ向かうため立ち上がるのだった。