ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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まつろわぬモノ《Other world》

 

 ドライグは既に諦めていた。

 自分の宿主である兵藤一誠は白龍皇に挑んで今死にかけている。

 この結末は最初から分かっていた。自分の相棒は歴代最弱の赤龍帝であり、対する相手は歴代最強の白龍皇。巡り合わせが悪かったと言うには些か理不尽が過ぎる。

 ドライグは一誠を最弱と表したが、決して軽んじている訳ではない。寧ろ宿主としては好感を持っていた。自らの最弱を受け入れ、慢心せずに努力し、力の扱い方もドライグに相談してくる。歴代の赤龍帝がドライグに語りかけるなど滅多に無かったので中々に良好な関係だったと思っている。

 それに今回に限っては面白い事象が確認された。外部からの触発で神器が異様なまでに活性化し、一誠を禁手化(バランス・ブレイク)まで至らせたのだ。これならば鍛え方次第で白龍皇にも勝てると踏んでいたドライグだが相手も相手で素のステータスが馬鹿げている宿主だった。

 現白龍皇のヴァーリが言った通り、挑むには早すぎたのだ。

 致命傷を受けて消えていく一誠の命を見つめながらドライグは終わりを悟る。

 

『……おわら、せるの?』

 

 ふと小さな呟きが聞こえた。

 一誠ではない。ましてや神器に内包されている歴代赤龍帝の残留思念かと思ったが違う。

 声は女で、か細いが確かにドライグに語りかけていた。見ればドライグの足元に一人の少女が立っていた。歳は一誠と同じか少し下に見える。そんな少女だが初めて見る顔なはずなのに魂が震えた。この感情がなんなのかドライグにもわからない。

 

『俺の許可なしにここに来るとは何者だ』

『……わから、ないの?』

 

 妙に癖のある喋り方だ。しかも歳のわりに幼い印象受ける。誰かと話しなれていないのか声は今にも消え入りそうだ。

 だが不思議と不快感はない。逆に心地いいと感じている自分に疑問を抱くくらいである。本来なら不審者として排除するのだが、どうしてもそんな気にはなれなかった。

 

『……だから聞いたのだが』

『そう。どらいぐ、あのひと、すき?』

『相棒の事か? 確かに今までの宿主に比べたらマシな奴ではある』

『たすけ、ないと』

『無理だ。既に死に体、そして敵は強大な白龍皇だ』

『はくりゅうこう? はくりゅう……あるびおん?』

『そうだ』

 

 女が小さく笑った気がした。

 

『またけんか、してる』

『喧嘩か。そうだな、俺たちは理由も忘れて争っている』

『……ごめんなさい』

『なぜ謝る』

『しってるから』

『俺たちが忘れた記憶をお前は持っているのか?』

『おしえる?』

『いらん。知ってもやめられん。今回は敗けだが次は俺が勝つ』

『そう。……どらいぐ、あるびおんに、いじめれて、る?』

『ふ、"白いの"が着いている奴の性能がおかしかったからな、確かに一方的ではあった』

『どらいぐ、ついているひと、いいの?』

『仕方がないさ。欲を言えばもっと語り合いたかった。もしかしたら戦友(とも)になれたかもな』

『わかった。どらいぐ、たすける。ともだち、だいじだから』

『助けるだと? いったい何をするつもりだ』

 

 少女がドライグに触れる。

 

『わたしがどらいぐ、なぎさが宿主』

 

 瞬間、ドライグの周囲が"蒼"に染まり、聖書の神が施した楔が崩れていくのを感じる。神器が脈打ち、ドライグの力を少しずつ紐解(ひもと)かれ、一誠との繋がりがより強くなっていく。

 これなら自分の力を存分に相棒へ送れる。生命力を活性化させて助けることも出来るかもしれない。

 

『お前は何者だ?』

 

 もう一度、ドライグは聞いた。

 今度は言葉の一つ一つに重みを効かせて相手から答えを聞き出すように。

 少女はドライグを見上げると淡い光に包まれた。

 

『──"はおう"』

 

 それだけ呟くと少女は儚く笑うと、光の粒子となってドライグの前から消えるのだった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「終わったか」

 

 ヴァーリは一誠の顔面に拳を入れて呟く。フルフェイスの装甲が砕け晒される素顔。欠片が宙を舞い、意識を失いながら倒れて逝く一誠をヴァーリは見下ろす。

 気合いと根性だけは認めるが肝心な力が足りていない。

 意地だけ倒せるほどヴァーリ・ルシファーという存在は容易(たやす)くないのだ。

 

『ヴァーリ、グレイフィア・ルキフグスによって与えられたダメージが大きい。自己修復に入らせてもらう』

「全力で防御をしていたんだが、流石は最強の"女王(クイーン)"と言ったところか。修復時間は?」

『本来なら撤退を推奨したいが……』

 

 それは戦闘に支障が出るレベルのダメージということだろう。

 だが退く気はない。ここには三大勢力の中でもトップレベルの実力者が揃っているのだ。こんな機会は中々ないのだからもう少し楽しみたい。

 

「撤退はしない」

『無理はするな』

「分かってるさ。最悪、"覇 龍(ジャガーノート・ドライブ)"で乗り切る」

『それを無理と言うのだ、決して使うな』

「やれやれ」

 

 相棒であるアルビオンの言葉に従う事にする。口煩いこともあるが多くの場面で助けてくれたパートナーだ。無下にはしない。

 さて次は誰を狙おうか。近いのは魔法使いと戦っている聖魔剣とデュランダルだが、あの二人もまだ自分と戦えるまで強くはない。やはり本命のサーゼクスにするか……いや、あのイオフィエルというのも気になる。

 

「アルビオン、あのイオフィエルという天使は何者だ? 智天使(ケルビム)と聞いているが、どうも実力者たちから一目置かれているような気がするんだが?」

『あの女は三大勢力の決戦時に尤も多くの敵を殺害した天使だ』

「殺戮性能に特化した天使か、是非とも手合わせ願いたいね。それに、この時間停止を行っている彼もかなりのモノだ」

『見境がない奴め。戦いを楽しむのも良いが引き際は間違うな。目的を果たす前に死ぬのはお前も本意ではないだろう?』

 

 呆れるアルビオン。

 より強い者と戦うためにアザゼルと袂を分かったのだ。狂っている自覚はあるがこればかりは変えられない。

 ヴァーリが次の獲物を探していると仰向けに倒れていた一誠が空に向かって手を伸ばしていた。

 

「あのダメージでまだ生きているのか……」

 

 今にも力が抜け落ちてしまいそうな震える一誠の左腕。その手は死に瀕しながらも懸命に何かを掴もうと足掻いている。

 ヴァーリが、その光景を黙って眺めていると一誠の震えが止まり、何かを掴み取るように強く握り拳を作った。

 

Welsh Dragon(ウェルシュ ドラゴン) Supreme Ruler(シュプリーム ルーラー)!!!!!!!

 

 "赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)"の宝玉が輝き叫ぶ。すると炎のように蒼いオーラが一誠を包む。

 ヴァーリは驚きに目を見開きながら距離を取った。

 一誠がゆっくりと、だがしっかりと立ち上がる。

 燃え盛るような蒼いオーラがボロボロでひび割れの酷い"赤龍帝の鎧(ブーステッドギア・スケイルメイル)"を修復していく。

 より強く、より固く、より高みを目指すが如く損傷箇所を燃やしながら鎧は生まれ変わる。

 ヴァーリの頬から一筋の汗が流れた。

 

「なんだ……?」

 

 一体、何が起こっている? 神器の隠された機能か……? 

 思考を巡らせていると警戒色の強い声音でアルビオンが語りかけてきた。

 

『ヴァーリ、気を付けろ。今まで赤龍帝とは違うと思え』

「何かわかるのか?」

『いや……だが、この感覚は……』

 

 アルビオンもまた何が起こった解りかねているようだった。やがて赤龍帝の鎧は修復が終わり、一誠がヴァーリを睨み付ける。

 

「最強の白龍皇。……ここは俺がなんとかさせて貰うぜ」

 

 大胆不敵な勝利宣言をするやフルフェイス装甲が一誠の頭部を格納し、カメラアイが呼応するように光を灯す。同時に蒼いオーラは真っ赤に染まり、更に密度を高めてヴァーリを威圧した。

 ヴァーリはふと一誠のすぐ背後にもう一つの気配と幻影を見た。それは彼が求めてやまなかった好敵手。超えるべき壁、打倒すべき人間の姿に他ならない。

 

「──蒼井 渚かッ!」

 

 アザゼルから蒼井 渚は神器に干渉できる能力を持つと聞かされている。彼に近しい一誠が(なん)らかの助けを受けたとしてもおかしくない。

 ヴァーリは体を震わせながら歓喜する。

 

「そうか、これがキミからの条件という訳か! 自分に挑む前に赤龍帝を倒せと言いたいんだな!」

 

 ──面白い! 

 

 侮るなとは言うまい。一度破れた身だ、それがリベンジマッチのチケットになると言うなら甘んじて受けよう。相手が格下だろうと再び挑めるならば容赦なく赤龍帝を叩き潰す。

 

「兵藤 一誠、悪いがここからは本気で行かせて貰う。彼との再戦を果たすためにね!」

「手加減されて勝ったんじゃアイツに合わせる顔がねぇ! とっと来やがれ、ヴァーリ・ルシファー!」

 

 二つの龍が己が野望と信念を胸に互いへ喰らい付く。

 宿命された対決はここより始まる。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 アリステアの放った銃弾が(ことごと)()められる。まるで見えない壁でもあるように弾丸はギャスパーの目の前で制止して小気味良い金属音を鳴らしながら地面に転がった。

 ギャスパーを(おお)っているのは時間という絶対の障壁であり、例え核兵器の爆発でもダメージは与えられないだろう。

 時間を操る手合いとの戦いで(もっと)も厄介なのは防御力だ。時間停止はあらゆるエネルギーの働きをゼロにするからだ。それが魔力でも光力でも関係はない。高度な時間操作はソレらの働きにすら容易(ようい)に干渉する。

 アレを突破する方法を模索して再び銃を構えた。

 銃口の奥で高密度な霊気エネルギーが収束して稲妻を(ほとばし)らせる。

 

「まずはこれからですね」

 

 閃光と轟音が轟く。

 それは光熱量の弾丸だった。ギャスパーが知覚するよりも速く彼を滅そうと飛翔する。

 しかし弾丸は時間の壁を突破できず、膨大な光と熱を消失させた。

 アリステアは落胆(らくたん)の色を見せず冷静にこの結果を受け入れた。全て予想通りだったからだ。

 難しい理論は(はぶ)くが、単純に時間の壁を抜けるなら光の速さを越えさえすれば撃ち抜ける。だがそれは一般常識の範疇(はんちゅう)でしかない。

 今放ったアリステアの弾丸のスピードは秒速9,593,344km、光で加算すればの凡そ32倍の超々速度の弾丸だ。

 光を遥かに超えた速さでもギャスパーに傷一つ付けられないという事は通常の時間停止ではないと見るべきである。つまり力押しでは攻略できないのだ。

 時流操作に対抗する術式もあるにはあるが正面から挑む気はない。魔力総量の上限が上がり続けるギャスパーに、限定された霊氣しか行使出来ないアリステアでは物量差で押し負ける。やるならばギャスパーの魔力量を(くつがえ)す突出した異能が必要だ。

 

「対時流に特化した力ですか」

 

 一人だけそれが可能な人物に心当たりがある。だがこの状況で頼んでいいか迷う。

 アリステアはコンマ3秒の合間に数々の思考を重ねた結果、その人物を頼るには不確定な要素があり過ぎて現実的ではないとして自分が行える最善で打開すべきと判断する。

 ギャスパーを狂いに狂わせている異物──"黄昏"の欠片。あれをアリステアの術式で取り除ければ正気には戻せる。しかし流石に直接触れないと術は行使できない。

 せめて意識を刈り取れればベストなのだが今となってはソレすら難しくなっている。

 

「("永劫の霊器"とやらがここまで強力とは……我ながら判断が甘かったですね)」

 

 アリステアは最初の判断を誤った。

 ギャスパーがこれ程までに強くなるとは予想外だったのだ。現れた直後だったら対処は簡単だったが、時が経つに連れて力を上昇させている"永劫の霊器"とやらのせいで収集がつかなくなっている。

 どうするか悩んでいるとギャスパーが拍手をしながら称賛してきた。

 

「すごい攻撃でビックリです、普通なら終わってました。それじゃあ次は僕の番でいいですよね!」

 

 ギャスパーが地面に手を置くと彼の影が伸び、駒王学園の敷地内全体まで広がる。果ては影が光を求めるように立ちあがり、空を飲み込まんと光を遮る。吸血鬼の使う影術だろう。

 影の牢獄は駒王学園を闇に包む。

 ピシリっと意識が一瞬だけ固まる。空間を密閉することによって時間停止がさらに強くなったのだ。

 

「そろそろ決断しないといけませんか」

「さぁ行きますよぉ!」

 

 暗い地面から影が形を()した。黒い影が見るも(おぞ)ましい魔物となってアリステアを襲う。100は越えるだろう影の魔物を前にアリステアはもう一丁の拳銃(M92F)を装備する。

 

「(ただの魔物ではありませんね。しかし吸血鬼の能力というには少々逸脱(いつだつ)し過ぎている。神器に秘められた能力かもしませんが、今は観る暇も考えてる場合でもありませんか)」

 

 上下左右からやって来る魔物の群れを神懸かった照準と正確な位置予測で迎撃。マズルフラッシュの光の中でアリステアは舞うように次々と弾丸で魔物を千切っていく。だが魔物もまた影から這い出て際限無く襲い掛かってきた。

 終わりの見えないギャスパーの猛襲に対して左右の銃が同時に弾切れを起こさないように銃撃のリズムをずらして対応する。

 片方の銃がスライドを後退させて弾切れを知らせるとすかさず"物質の転送移(ア ポ ー ツ)"で弾装を取り寄せる。文字通り手が空いてないので弾装は空中に転送して銃本体を巧く振って空中で装填、同時にスライドが前進して初弾が薬室にセットされるのを確認して魔物へ向けて発砲、その身を撃ち貫く。

 

「(魔物の巣穴にでも放り込まれた気分ですね)」

 

 先が見えない持久戦は体力的にも精神的にも難儀だ。弾丸だって無料じゃないし、時間を使えば使うほど危機的状況に追い込まれる。

 活路を見出だすため銃撃しながら思考を高速化する。

 何を捨て、何を拾うのが合理的で、何をどうすれば最善か。しかし何度やっても出る"答え"はひとつだった。

 ──まだ早い。

 アリステアはその"答え"を保留し、また最初から考え始める。

 

「時間切れだ、アリステア・メア」

 

 アリステアの思考を遮るように少女の声が届く。

 転瞬、爆風がアリステアを囲んでいた魔物たちが粉々に吹き飛ばした。

 空から重厚な出で立ちで白き者が着地して魔物を殴り払ったのだ。

 それは大木のように太く、岩石よりも固そうな四肢。その手足に恥じぬ巨人を思わせる巨躯。三メートルは越えるだろう長身。立っているだけで誰もを威圧してしまいそうな白き者はさながら太古の戦士である。

 その姿は人型であるが人ではない。全身が彫刻のように白く石像と言われても納得するだろう。だが鎧の中で彼は息づいており、生命体として存在していた。

 そんな彼の肩からふわりと柔らかく降り立ったのはイオフィエルだった。

 彼女が手で伏せるように指示すると白き巨人は片膝立ちで(こうべ)()れる。

 アリステアは"真眼"で巨人を覗く。流石にアリステアの"眼"を警戒してか何重にも隠匿されている。

 深く見るのは労力の無駄と悟ったアリステアは巨人から"眼"を逸らす。

 しかし使い魔というには混在する力が大き過ぎる。かと言って何処(いずこ)の神話体系から召喚した魔物にしては神話特有のクセもない。

 ただ1つ見えたのは"蒼昏の巨腕(そうごん かいな)"という仇名(あだな)らしき(めい)だ。"蒼"と関わりがあるのは予想していたので驚きはない。

 今は、何故この天使がら乱入してきたのかが問題だ。

 

「何か用ですか?」

「あなたには失望したよ。まさか情に(ほだ)されて(みな)を危険に合わせるとは思わなかった」

 

 軽蔑するようなイオフィエルの視線にアリステアは不快さ隠さずに冷たく返す。

 

「言ってる意味が分かりません。邪魔をしに来たのなら消えてください」

「あなたは陣営のトップたちよりギャスパー・ヴラディの命を優先している。本気で戦っていない事ぐらいお見通しだ」

 

 苛立った口調のイオフィエルは敵意さえ(にじ)ませてアリステアを睨む。

 

「彼が私の予想を越えたのも事実です」

「取れる手段を限定しながらよく言うものだね。時間停止の障壁は確かに厄介だ。だがあなた程の実力者なら突破は可能だろう。既にその"眼"はギャスパー・ヴラディを倒す未来を観測している、違うかい?」

 

 イオフィエルの言っている事は正しい。

 アリステアはギャスパーを止める方法を既に幾つか考えてある。ギャスパーを守る障壁は強固であるが所詮は数ミリの厚さに過ぎず内側は通常の時間軸だ。

 アリステアの術式の中には空間に越えて認識した場所で弾丸を炸裂させるモノもある。これなら問題なくギャスパーに攻撃ができる。

 では何故しないか? それは単にギャスパーを本当の意味で止められないからだ。今のギャスパーは正気じゃない。精神を狂わされた状態で中途半端に傷を負わせれば録な事が起きないとアリステアは分かっているのだ。手負いの獣ほど危険なものはない。

 

「あなたの考えている懸念は尤もだ。しかし時間がないと解った上で行動に移さないのは愚かでしかない。わたしには殺害を躊躇っている風にしか見えないよ」

 

 アリステアの思考を読んだイオフィエルが的確な状況判断で非難してくる。

 確かにやり方を変えるなら殺害事態は可能だ。

 先に説明した術式を頭部か心臓に撃ち込めば終わる。それを理解しながらアリステアはギリギリまでギャスパーを救う手段を脳内で何度もシミュレートを繰り返している。要するにイオフィエルの言うことは図星だった。

 

「まぁ良いさ。あなたが出来ないのならわたしがやろう。──行け、ウェルキエル」

 

 (こうべ)()れていた巨人がイオフィエルの命令を受けて走り出す。巨躯にも関わらずその脚は速い。

 下の影から出現する魔物たちを次々と踏み潰し、上から襲う魔物の群れは腕の一振りで粉々にする。

 見た目通り肉弾戦に特化しているようで魔物の攻撃を歯牙にも掛けていなかった。

 

「イオフィエルさん、邪魔しないで下さいよぉ」

 

 白けた様子で立ち尽くすギャスパーが手を前に出すと影が収束して肥大化する、やがて巨人の体躯を上回る魔物となって現れる。

 巨獣が咆哮と共に大口を開けて飲み込もうするが巨人は上下を抑えて阻止する。

 

「あはは! そのまま噛み砕けぇ!」

 

 拮抗しているように見えた両者だが巨人がその豪腕で巨獣の口ごと身体を引き裂く。荒々しく両断された魔物は地面の影に還る。

 

「あ、負けた」

 

 ギャスパーが魔物の敗北を詰まらなさそうに認識した直後に巨人の拳な叩き付けられた。隕石でも落下したような衝撃に学園の校庭が隆起し、大地が砕ける。

 しかしギャスパーは無傷で巨人を嗤う。

 

「ダメでしたね」

 

 余裕のある態度で挑発するギャスパーだったが、イオフィエルの口は三日月に歪んでいた。

 それを見ていたアリステアはまだ攻撃が終わっていない事に気づく。

 痛烈な死の予感。

 それはアリステア自身ではなく、ギャスパーに対してだった。アリステアは即座に1発の弾薬を"物質の転送移(ア ポ ー ツ)"して薬室に直接装填する。

 ──"認識座標強襲型衝裂弾(インベイジョン・ゼロポイント)"。

 これが先に言ったギャスパーの時間障壁を無効にする回答だ。この弾丸はアリステアの"真 眼(プロヴィデンス)"とリンクしており、彼女が読み取った座標に直接跳躍して炸裂という結果のみが現れる。つまり弾道という概念を取っ払った防御不可な弾丸であった。

 アリステアは"認識座標強襲型衝裂弾(インベイジョン・ゼロポイント)"をギャスパーへ向けて撃つ。

 マズルフラッシュと火薬の匂い。たが発射された筈の弾丸の軌跡はない。代わりに炸裂音だけが響く。

 

「あぅ!!」

 

 アリステアの銃撃は時間停止の障壁を飛び越えてギャスパーの脚に命中していた。

 その炸裂によってふともも辺りの肉を焼き削がれたギャスパーは体勢を崩して横に倒れて行く。

 瞬間、背後から何者かに突き刺された。

 ギャスパーは右胸から生えるのは3本の鋭く太い刃だ。彼が背後を見れば異様に長い爪を持つ白き人型の異形が立っていた。

 白き異形の爪が引き抜かれる。ギャスパーは出血に困惑しながら両膝を突いた。

 

「な……んで?」

 

 息苦しそうに血を吐きながら咳き込むギャスパーにイオフィエルが軽やかに歩み寄る。

 

「彼、ガムビエルは生粋の暗殺者でね。高い機動性と隠密能力が自慢なんだけど特質すべきは"爪"なんだよ。彼の"爪"はあらゆる守りや加護を無効化するんだ。それが時間でもね」

「あ、あり、えない……」

「時間障壁が絶対だと思っていたようだが、あんなもの少しその気になれば突破できるんだよ? 現に『ししょー』もあなたの脚を削いだ。手加減されていると気づけないなんて哀れだな、少年。──彼の心臓を()()け」

 

 ガムビエルに命令するイオフィエルはゾッとするほど無感情だった。そんな彼女に対してアリステアが銃撃する。その弾丸はイオフィエルの耳先数センチを通り抜けてギャスパーの心臓を狙っていたガムビエルの爪を弾き、処刑を中断させた。イオフィエルは冷めた目でアリステアの方へ振り向いた。

 

「さっきギャスパー・ヴラディを助けたね? あなたが彼を撃っていなければ心臓を貫けたというのに、なんのつもりだい?」

「これは私の仕事です。横やりは許しませんよ」

「仕事ね。出来れば穏便に済ませたかったんだけど邪魔をするなら仕方ないか。──打ち砕け」

 

 アリステアの背後で巨人が巨碗を振り落とす。

 その不意打ちを回避して太い腕を伝って駆け登ると至近距離から顔面に銃弾をお見舞いする。

 

「堅いですね」

 

 白き巨人ウェルキエルはアリステアの弾丸を受けて平然としていた。並の悪魔なら容易く撃ち抜いている威力なのだが巨人相手には火力不足のようだ。

 ウェルキエルの頑強さに辟易していると横から鋭い爪が伸びてきた。アリステアは後方に宙返りをしながら校庭に降りてガムビエルへ発砲。弾丸は暗殺者の顔面に真っ直ぐ飛ぶも鋭い爪に防がれてしまう。

 "暗殺者(ガムビエル)"と"拳闘士(ウェルキエル)"がアリステアに死を与えようと機を窺っており、その後ろではイオフィエルがギャスパーにトドメを刺そうとしていた。

 

「ゲホッ! な、治らない、僕は、吸血鬼なのに、傷が回復しない……!?」

「時間障壁を無力化したように吸血鬼の不治性もガムビエルの"爪"には意味を失くす、諦めたまえ」

 

 甚大な負傷で障壁が解除されている今のギャスパーなど簡単に殺せるだろう。

 ギャスパーの顔に怯えが混じる。それに対してイオフィエルは慈しむ笑顔で手を高くあげた。

 彼女の手に光の剣が握られる。

 アリステアは霊氣を全開に解放し、立ち塞がるイオフィエルの下僕を無理矢理に突破するため走り出す。

 ウェルキエルがアリステアを叩き潰すため拳を繰り出して来るも回避する。直撃した校庭は地割れを起こして大量の岩石を巻き上げるがアリステアは速度を落とさずにウェルキエルの巨体の下を潜り抜るように駆けた。

 しかし()いでガムビエルが凄まじい速さで迫り爪を突き出してくるがこれも躱す。

 頬を小さく裂かれたが脚は止めない。このままイオフィエルの下へ行けると確信する。だが思いも()らぬ方角からガムビエルが奇襲してきた。見れば巻き上げられた岩石を利用して忍者のような駆け抜けている。

 四方八方から次々とアリステアを爪が襲う。油断無く対処したが予想を越えた(はや)さと(うま)さに身体に爪を受け始める。

 

「(闇雲に力を振るうだけでなく、私を討つ為に知恵も使っている。ただの雑兵と侮ると狩られますね)」

 

 恐らくウェルキエルは意図的にこの状況を作った。いくら攻撃力が高いとは言え巨人の彼ではアリステアを捉えきれない。だが迅さが武器のガムビエルならば追いつけると判断したのだろう。加えて平坦な2次元ではなく高さも含む3次元の戦闘にすることでガムビエルの特性を更に高めた。結果、加速を続ける殺し屋の完成である。

 ガムビエルの動きを予測して弾丸を撃ち込むが庇うようにウェルキエルの巨碗が割り込む。

 アリステアの表情が僅かに歪んだ。

 ──思った以上に手強い……。

 特化型の個体が互いの弱点を補い合っている。それは高度な訓練を受けた兵士にも似通った連携だ。

 ガムビエルの爪を上手く避けたつもりなのに腹を裂かれた。そのひるみを見逃さずウェルキエルは重い一撃を入れてくる。攻撃は届かず、こちらは少しずつだが削り取られていく。このままでジリ貧でしかない。

 打開する案を探そうにも、まともに相手をしていたらギャスパーが殺される。

 

「(こういう手段は好かないのですがね)」

 

 内心でぼやきながらアリステアはウェルキエルの攻撃をわざと受けた。

 限界まで硬度を高めた防御陣を展開するが飴細工のように簡単に砕ける。左腕を強化して盾代わりにするがウェルキエルの一撃は凄まじく、アリステアの華奢な腕をあらぬ方向にへし折った。砕けた骨が内側から筋肉を千切り裂いて外まで飛び出る。左手から血飛沫を流しながらもアリステアはイオフィエルまで辿り着く。そしてそのまま振り下ろされた断頭の刃を右手の銃を止めた。

 

「(ふぅ。今のは危うかったですね……)」

 

 ギリギリ間に合わせた自分をこっそり褒めるアリステア。そのファインプレーにイオフィエルが怒気を孕ませつつ言う。

 

「いい加減、怒るよ?」

「そうですね、貴女にはその権利がある。非は私にあります。判断ミスや決断の遅れ、数々の要因が重なったのは確かです」

 

 不機嫌になり描けていたイオフィエルの表情が僅かに驚きが混じる。今回、間違ったのは自分だとアリステアも痛感している。冷静さも欠いてたし、身勝手な理由で味方全員を危険に陥れている自覚もあった。

 見るも無惨に壊れた左手はイオフィエルの責任ではなく、自分が持たらした結果だとすら考えている。

 

「へぇ。認めるんだ」

「全てを終えたあと弾劾するなり好きにしてください」

「それまで生きていたらね。ほらギャスパー・ヴラディの"黄昏"が表に出てきたよ。──獸化(けものか)だ」

 

 ギャスパーが悶え苦しむなかで体に変化が起きる。

 背中から赤黒い血のような腕が生えてくるとアリステアとイオフィエルへ爪を立てた。寸での所で距離を取る二人。

 ギャスパーの肉体が血を流しながら"黄昏"によって獸へ堕ちていく。影がギャスパーを食らうように侵食して呑み込もうとしていた。華奢な肢体は強靭に、姿は人を保っているが最早、魔物と言っても差し支えない。

 ギャスパーの肉体が徐々に変異し、進む度に時間停止が強く作用する。

 そして遂にその時が来た。

 獸化により更に高められたギャスパーの力がイオフィエルの術式を上回り、一誠を除いたグレモリー眷属を停止させたのだ。

 

「半端に傷つけるからこうなる。どう責任を取るんだい?」

「……責任を果たします」

「それをもっと早くしてほしかったね」

 

 もう猶予はないとアリステアはギャスパーの殺害を決める。

 

「(……らしく無いことをして失敗するとはなんとも無様この上ない。やはり感情に流されると録な目に遭わないですね、私の場合は特に)」

 

 アリステアは猛省しながらギャスパーに銃を向けた。

 そして引き金へ指を掛ける。

 刹那、ギャスパーと目が合う。

 自分が自分ではない"ナニか"に変わる恐怖が狂気から一瞬だけギャスパーを正気に引き戻したのだ。

 それを見てしまったアリステアは引き金に掛かっていた指の力をほんの僅かだが緩めてしまう。

 

「た、助け──」

 

 ギャスパーがそこまで言い掛けるが慌てて手で口を抑える。自分がやっている事を思い出して自らを戒めた。

 

 ──ここまでやって助かるのは都合が良すぎる。

 

 その瞳が映すのは怯えだ。死への恐怖もあるが、何よりも助かった後の生に向けられている。多くの人に責められるのなら、恨まれるくらいなら、このまま消えてしまった方がいい。そんな考えをする者の目だ。

 ギャスパーはアリステアに向けて謝罪するように笑う。そして遂には肥大化した"黄昏"の欠片に肉体は呑まれて漆黒の異形に成り果てる。

 新たに生まれた獸が生誕を喜ぶように雄叫びをあげた。

 

「成ってしまいましたか」

 

 そう言いながらアリステアは呑み込まれる直前のギャスパーの顔を思い出す。

 唇なんて真っ青で目には涙まで浮かべて震えているのに絶対に笑顔は崩さなかった。

 その事に苛立ちを覚える。

 余裕など無いくせに、泣き虫が歯を食いしばって終わりを享受した。

 

「少しは改善したと思ったらまた引きこもりに逆戻りですか。良いでしょう、ならばその居心地が悪そうな場所を徹底的に破壊してあげます」

 

 意地でもギャスパーを引きずり出す、アリステアはそう決断する。

 しかし今のアリステアでは獸化したギャスパーを救えない。やるのなら"血咒(けっしゅ)"の侵攻の抑えに割いている膨大な霊氣リソースを解放する必要がある。

 下手をすれば死。上手く行っても寿命を大幅に削ることになる。渚以外のために死ぬつもりはないので必ず生還する。生きていればピスティス・ソフィアの力でどうにでもなる。

 アリステアは右腕に集中させていた霊氣を使うため包帯を解こうと結び目に触れた。

 

「駄目よ、それは駄目」

 

 そっと横から右手の包帯に手が乗せられた。静かに語りかけてきた声に引っ張られるよう視線を向ける。

 

「……アーシア?」

 

 隣に居たのはアーシアだ。彼女は目を細めながらアリステアの白い髪を撫でると前へ出る。アリステアは優しく触れられ、懐かしさに囚われた。思わずその場に立ち尽くしてしまったほどだ。

 

「アーシア・アルジェント、なぜあなたは動いている?」

 

 イオフィエルの疑問も(もっと)もだ。アリステアやイオフィエルですら時間停止の影響を幾ばか受けている。

 そして聖魔剣やデュランダルなどの使い手が停止されているなかでアーシアは平然としているのだ。

 

「時間関係の異能に強いんです。本来なら私の出る幕なんて在ってはいけないのだけど頼まれては仕方がありません」

 

 それはアリステアやイオフィエルに言ったようで自分に言い聞かせている口調だ。

 アリステアは前々から感じていたアーシアへの違和感が確信に変わる。

 アリステアの"真眼"でも異常はなかったから気のせいだと思っていたが、やはり彼女は……。

 

「何をする気なんだい?」

「そんな怪訝そうにしなくて大丈夫ですよ、イオさん。ギャスパーさんは時間を操るんでしょう? なら私が適任かと想います」

 

 金色の髪を振り返ると無表情だが自信と余裕さを感じさせる。

 アリステアは最後通告のようにアーシアに確認した。

 

「……やれるのですか?」

()()()()()()はケガしてるんだから下がっていて。あとは任せなさい」

「貴女はやはり、ゆず──!」

 

 アリステアの言葉に「しぃー」と唇に人差し指立てるアーシア。そしてギャスパーへ視線を向けて立ちはだかる。その目はギャスパーではない何かを見ているようだった。

 

「いい加減に出てきたらどう? この界域にまつろわぬ者同士、名乗りぐらいはしておきませんか?」

 

 アーシアがギャスパーに向けて言うや、ギャスパーの背後で何者かが嗤う。

 そして世界の時が容赦なく凍結した。

 


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