ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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一振りの刃では何も変わらなかった。
血に染まり、屍を築く姿は悪鬼そのもの。
それでも"彼女"は斬る事をやめない。
斬って、斬って、斬って、何かが変わるまで斬りつづける。
やがて美しき鬼は摂理すら劔理(けんり)にて斬り捨てた。



刃意六業《Eternity Murder》

 

 金色の髪をなびかせながら前に出た"彼女"を白雪の少女(アリステア)可憐な少女(イオフィエル)が真っ直ぐ見つめている。疑念が多く含まれた視線に"彼女"は小さく笑う。

 この戦場に立つには"彼女"──アーシア・アルジェントと言う存在は余りにも非力だ。治癒者が無防備に敵の前へ姿を晒すなど愚の骨頂なのは"彼女"とて理解している。

 アリステアやイオフィエルも色々と言いたい事があるのだろう。けれど速やかに片付けるべき案件があるので説明は後にさせてもらう。

 誰にも悟られぬよう"彼女"は小さく息を吸って吐いてみた。

 久々に肌で感じる戦場の空気。生命の息吹が消えた領域は未だ戦いの中にある。

 

 ──静止する世界。

 

 その静寂は広がり、駒王町を越えて世界を侵し始める。死という概念を無視した終焉は魔王を止め、天使長を黙らせ、堕天使の総督さえ沈めた。

 この停止領域で動いてるのは味方は自分と後ろの二人だけだろう。

 "彼女"はソレを見た。

 闇夜のような黒い全身。背中から翼とも腕とも見えるものが生えており、下手な魔王よりも魔王らしい。

 まさに"時流支配の魔神"である。

 生物とは思えない昏い金色の目は怪しく光を灯す。

 並々ならぬ圧は物理的までに肌をひりつかせ、刺激してくる。

 

「いい加減に出てきたらどう? この界域にまつろわぬ者同士、名乗りぐらいはしておきませんか?」

 

 この惨状を作り出した魔神へ問う。シスター服の"彼女"が魔神と相対している姿は聖職者が悪魔と対峙しているように映る。

 

『ほぅ。私を知覚しているのですね。ただのシスターかと思っていたのですが中々に興味深い』

 

 ギャスパー・ヴラディの声なのに決して彼とは思えない言葉。それに気づいたアリステアとイオフィエルが僅かに反応する。"彼女"は最初からギャスパーに憑いているアレに感づいていたから驚きはない。

 

「確かにそちらにとって私は異様な存在なのでしょうね」 

『アーシア・アルジェント。なぜ貴方はこの領域で活動できているのですか?』

「体質ですよ」

 

 大方、予想通りの質問。

 アーシアの名を知っているようだが不思議はない。ギャスパーを取り込んだ輩だ。グレモリー眷属の名を把握していても違和感はない。(まと)は外しているがもう少しだけ黙っていよう。

 

「お名前、御聞きしても?」

『知っても意味はないでしょう』

 

 教えてはくれないようだ。こっちも自ら名乗っていないのだし責める真似はしない。だからギャスパーの声を使うアレを"彼女"はその見た目から魔神と呼ぶ事にした。

 

「では"魔神"殿とお呼びします」

『お好きにどうぞ』

「それでは魔神殿。どこぞの神の一柱とお見受けしますが何故(なにゆえ)彼を……?」

『彼と私は相性が良い。だから使った、それだけですよ』

 

 使える道具があったので使った。魔神は律儀にそう答える。答えてくれたのは友好からではない。これは決別の手向けから来る施しであり、魔神は間違いなくこちらを殺す気なのだ。

 

「凄まじい神氣。まさか禁種クラスの相手と合間見えるとは最悪この上ない。……けれど」

 

 力だけ言えば正に怪物。神の領域とはあのような者を指すのだろう。

 "彼女"が知る限り最上位の敵だ。

 絶望的な力を前に瞑目するが、凛とした表情で戦意を高ぶらせた。

 あの魔神に成長限界という概念はない。今も自身を強化、いや進化させながら成長を続けている。"彼女"の目算になるが現在の戦闘力は全盛期のアリステアに迫るだろう。バグった……もとい全盛のアリステアを止められる存在など世界でも数えるほどしかいない。それこそ最強と名高い龍神と真龍くらいだ。そんな輩と戦うなど正気ではないと誰もが思うはずだ。

 しかし"彼女"は臆した様子も無く華奢な左手を前に出す。強大な敵に対して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかしそれを踏まえても勝ちを確信している。なぜなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自身の魂に刻まれた殺理(せつり)を示すため言霊を(うた)う。

 

心虜神刀(しんりょしんとう)荒神刀滅(あらがみとうめつ)(ちぎ)千切(ちぎ)るが戦の刃摂(じんせつ)なれば乾坤一擲に劔理(けんり)を為さん

 

 これは宣誓の祝詞。

 神でも魔でもなく己に課した命題。

 魂が鼓動して霊氣が解放される。緩やかな頬を撫でるような静かな波動。だがこれは嵐の前の静けさだ。揺らめく霊氣は研ぎ澄まされた刃のように魔神を牽制している。彼女がその気になった瞬間、暴風のように牙を剥く。

 さぁここからは独壇場だ。

 眼の前にいる魔神は己が負けるなどと(つゆ)にも思っていない。そんな戯け者に目に物見せてやろうではないか。力の差を物ともしない相剋(そうこく)が存在することを……。

 あぁそうだ。自分から名乗り合おうと言った手前、義理は果たそう。

 

「さて始める前に一つだけお詫びを……。(ひとえ)に私は高尚さからは程遠い人斬り。アーシア・アルジェントの名誉が為、改めて名乗らせて頂く。真名(しんめい)──千叉 譲刃(せんさ ゆずりは)。聖女の身体に(ひそ)みし悪辣(あくらつ)血染(ちぞ)めの悪鬼羅刹なり。(ゆえ)、今や残骸なれど刃にて御身がお相手(つかまつ)ろう」

 

 "彼女"……いや千叉 譲刃が名乗ると空間を裂いて刀が現れた。自らと同じ銘を刻まれた御神刀。今は渚の愛刀となっている武具を取る。

 

 ──認証接続。千叉 譲刃の名に於いて所有権を蒼井 渚からアーシア・アルジェントに移行。

 

 刀を手に取り、刃を晒して魔神へ切っ先を向けた。

 シスター服に日本刀の組み合わせは一見するとおかしく見えるが刀を構える譲刃があまりに堂に入っているので違和感がない。

 

『……千叉、何処かで聞いた名ですね。しかし、まさか勝つおつもりで?』

「さも問題なく」

『大した自信だ』

 

 魔神がせせら笑いを浮かべる。

 当然だ、人が戦って良い相手じゃない。逃げに徹するのが賢い方法なのかもしれないが譲刃は鋭利な戦意で嗤う魔神に告げた。

 

「これより先は力のみで語りましょうや」

『では私もそうしますか』

 

 魔神が術式を展開する。

 譲刃の時間を延長して自らの時間を圧縮する。延長された者は限りなく鈍重となり圧縮対象は加速する。この理により、速さに於いて魔人を上回るのは不可能だ。時間を超えた神速にて譲刃を肉薄する。

 たが譲刃は既に動いていた。

 

刃意六業(じんいりくごう)(すべ)にて(はら)う。──まず一つ」

 

 (つか)の間、閃く銀光は魔神の知覚を凌駕する。

 まず背中の生えた腕のよう翼を千切った。

 魔神からは譲刃の姿は見えていない。

 故に驚く暇もなかった。

 

「──二つ」

 

 刹那、続け様に右腕を斬り刻む。

 痛みを感じる暇も与えず、体のバランスを崩す。

 やはり魔神に譲刃が見えていない。

 

「──三つ」

 

 転瞬、左脚を絶つ。

 音すら届かない静かな剣撃。

 魔神は動けずにいる。

 

「──四つ」

 

 寸刻、左腕が消失する。

 魔神の目が譲刃を追うも既にそこにはいない。隙だらけの部位が斬られた。

 

「──五つ」

 

 瞬間、最後に残った右脚も宙を舞う。

 何が起きているか解らないのだろう。次々と取られていった四肢に魔神は為す術もない。

 速さという概念で魔神を上回るのは不可能なのにソレを平然と為す譲刃に理解が追い付いていないのだ。

 疑問に苛まれた魔神の正面に譲刃が姿を現す。

 四肢を失った魔神を見る目は酷く淡白だ。

 ここに来て初めて魔神は現状を把握して狼狽えた。

 

『まさか時間に影響されていない!?』

 

 それを説明する舌を譲刃は持ち合わせていない。ただずっと前からこうだったからだ。

 ──(いわ)く、千叉(せんさ)は悠久を生ける妖魔を(とき)(なが)れごと(せん)にて()く一族らしい。

 "龍を殺す理(ドラゴン・スレイヤー)"があるように、"時を殺す理(クロノ・スレイヤー)"があった。(ゆえ)に着いた名が"刻流閃裂(こくりゅうせんさ)"、時を殺す人外殺傷の鬼刃。

 その理に従い譲刃は一意専心の構えで精神と肉体を極限まで研ぎ澄ます。両手で刀の柄を握り、ゆっくりと引き絞るように横へ振りかぶる。

 

刻流閃裂(こくりゅうせんさ) 天鐘楼(てんしょうろう)身無衝(みなつき)

 

 溜めを要した六つ目の斬撃で魔人を横一文字に斬りつけた。流麗さや鋭さを捨てたひたすらに破壊力を重視した技により魔神の外皮は粉々に弾け飛ぶ。残ったのは敢えて傷つかないようにしたギャスパー・ヴラディくらいだ。

 譲刃は残心を胸に刀を払って鞘へ納める。

 

「よいしょ、と」

 

 ふらりっと倒れそうになったギャスパーを譲刃は素早く受け止めた。ギャスパーに息があるのを確認して、ひとまず結果は上々だと満足する。本格的な戦闘でアーシアの肉体に懸かる負担が不安だったが、そこは技術と霊気でカバー出来た。多少の筋肉痛はあるが後遺症は残らないだろう。

 

『……まさかこれ程でとは誤算でした』

「やれやれ殺し損ねてしまったのね」

 

 魔神の残骸が言葉を放つ。やはり本体は死んでいないようだ。既に操り人形だった魔神は核となったギャスパーが救出されたので先程までの力はない。裏で操っていた声の主も斬らせて貰った。これ以上は何もしてこないだろう。

 

『怖い人だ。時の流れを意に(かい)さない馬鹿げた存在がいるとは、計算外にも程がある』

「こうまで相性が良い相手は初めてです。アナタは概念に近い存在のようだ。……面妖な」

『力の総量を無視して一方的な蹂躙(じゅうりん)する貴女に面妖呼ばわれとは心外です。しかし恐れ入りました。まさに相剋。まさに時流に対する超抗体。千叉 譲刃、私にとって貴女はアリステア・メアよりも脅威だ。まともに相対すれば勝ち目がない。次は策を以て相手をさせて頂く』

「ならば、その(ことごと)くを斬り捨てるだけ……」

『ふふふ』

 

 魔神の残骸が放っていた声が笑みと共に消えた、どうやら去ったようだ。とりあえず天鐘楼で魔神ごと時間結界も断ち斬ったから停まっていた人たちも直ぐに動き始めるだろう。

 自分の役割は終わり。

 あまりアーシアの身体で好き勝手するのも良くない。

 

「あとは刀の所持権をナギくんに返しておかないといけないなぁ」

 

 そんなこと呟呟いているとアリステアが歩み寄ってきた。

 

刃意六業(じんいりくごう)。四肢を千切り、首を跳ね、心臓を穿つ。対象を確実に殺す千叉の戦闘技法ですか、些かアレンジしたようですが……」

 

 その通りだ。"刃意六業(じんいりくごう)"とは必殺の型である。……かと言って胴体や頭を(きざ)んでは中にいるギャスパーが無事では済まないのだから自重した。

 アリステアが気を失っているギャスパーの頬に触れて、ぐにゅっと(つね)る。

 

「うぅ~」

「こらこら、あまり苛めない」

「人様に迷惑を掛けたのです、これくらいの罰は当然かと。……譲刃、ギャスパーの救出、ありがとうございます。貴女がいなければ更なる被害もあり得ました」

 

 褒めてくれるのは嬉しいが、骨やら肉やらが飛び出ている左手の治療ぐらいしてほしいと譲刃は思う。本人は気にしていないが見てるこっちは気が気でない。

 

「お礼は受け取るけど、まず左手の治療しない?」

「痛覚は遮断しました。問題ありません」

 

 見るも無惨(むざん)な左手をブラブラさせているアリステア。心配ないと主張しているが振り回す度に血やら肉やらが大変な事になっている。

 

「こらっ」

「はて何か問題が?」

 

 アリステアの頭に軽くチョップを食らわせてバカなことを止めておく。

 

「見てる方が痛いから自重ね」

「こんな程度では死ねませんよ」

「そういう問題ではないの。痛みが無いだけで応急処置にもなってないから。本当ならアーシアさんに変わりたいけど今は難しいのよ?」

「その件はしっかり聞かせてもらいます」

「後でね。イオさん、お願いしたいのですが?」

 

 イオフィエルが窺うように見つめてくる。まぁそうだろう。脆弱だと思っていたシスターが刀を振り回して大立回りをしたのだから警戒ぐらいする。

 しかしイオフィエルは少し考えてから頷く。

 

「……ふむ、いいよ。しかしわたしも話に参加させてほしいかな」

「勿論です。私もイオさんには二、三聞きたこともあります」

「交渉成立。仕事だ、バキエル」

 

 イオフィエルが指を鳴らすとシスターのような白い人型が現れる。シスターめいた白い人形はアリステアへすぅーっと足音なく歩み寄ると傷に手を当てる。淡く青い光が灯る。やがて肉塊だったアリステアの腕が徐々に人の形へ戻っていく。

 

「回復というより復元に近いのね。すごいわ……」

「あの魔神を圧倒したあなたに誉められるのは、こそばゆいね。察しの通り治療速度は遅いが体力や霊気も戻せる。流石に"血咒(けっしゅ)"は取り除けないがね」

「使えませんね」

「ステアちゃん?」

 

 治療をして貰っているのにその態度はない。譲刃は叱りつける口調でアリステアの名前を呼ぶ。

 

「……はぁ、感謝はしておき──」

「ありがとうございます。……でしょ?」

「……ありがとうございます」

「うん、素直な方が可愛いよ」

「不本意ですよ」

 

 素直にお礼を言わないアリステアに言葉を重ねると渋々という形だが合わせてくれた。色々と知り過ぎているイオフィエルに苦手意識を向けるのは仕方ないが礼を欠くのは頂けない。

 

「あなたにも頭が上がらない人がいたんだね」

「あまり触れてほしくないものです」

「まぁ治療費までは取らないさ。仕方なしとは言え、わたしがやったのだから」

 

 愉快そうなイオフィエルに面白くなさそうな顔をするアリステア。端から見たら無表情だが少しだけ口元がへの字に曲がっているのを譲刃は見逃さなかった。

 相変わらずな妹分に懐かしく思っていると空から校庭に何かが墜落してきた。落下の衝撃で砂塵が舞う。

 敵かと一瞬身構えるがすぐに解いた。

 

「あれは一誠さんだね」

 

 落ちてきた一誠が立ち上がる。

 堅牢な鎧は鋭い爪で引っ掻かれたみたいな傷やら黒ずんで焼けた焦げた痕やらでズタズタかつボロボロだ。

 彼は一体何と戦ってきたのだろうか? 

 確か相手は白龍皇ヴァーリ・ルシファーだったはず……。あの有り様を見たら巨大な魔獣にでも襲われたようにしか見えない。

 そんな一誠がヨロヨロと頼りない足腰で立ち上がる。

 

「く、そ。……トドメを刺し損ねた」

『いや、上出来だ。"覇龍"状態の奴を退けたんだ、これ以上は……』

 

 心底、悔しそうな一誠を励ますドライグ。

 

「あぁ、その通り。今回はキミらの勝ちだ」

 

 一誠を追ってきたのか、ヴァーリが姿を現す。こちらも一誠に劣らず鎧に多大なダメージを受けている。自慢の光翼が片方しか無いことから余程の激闘だったのだろう。だが肉体より精神が消耗しているように感じる。

 どうあれ、あの状態なら問題なく処理出来る。少し様子を見るとしよう。

 譲刃はアーシア・アルジェントの皮を被りつつ、いつでも割り込める姿勢で待つ。

 

「……殴られ過ぎて目が覚めたのか?」

 

 戦闘能力を極限まで削がれたヴァーリを見た一誠が安堵(あんど)しながらも呆れたように愚痴(ぐち)る。

 

「お陰さまでね。まさか精神的な負荷がこれ程とは思わなかった。俺としたことが完全に呑まれてしまったよ。キミが止めてくれなかったら歴代の残留思念と覇龍の力のままに暴れ続けていただろうから、そこは感謝している」

「ざまぁねぇの」

「"覇龍"を甘く見積もっていたのは事実だ。問題も色々とあるが解決策も立てられる。有意義な体験だった」

 

 一誠の皮肉にヴァーリは素直に頷く。有意義というのは本心のようだ。

 

「んで、寝起きの白龍皇さまはまだやるのかよ?」

「勿論……と言いたいがこれ以上は流石に無理だな。ここは素直に退()くとしよう」

「なら、ささっと行けよ」

「あぁそうしよう。それと兵藤 一誠、キミは俺の好敵手に相応しい。侮った物言いは訂正させて貰うよ」

 

 そう称賛を残して白龍皇が空の彼方へ消える。

 どうやら彼らの戦いも終わったようだ。

 

「ちぇ、カッコ付けやがって。……はぁああ!! もうダメだ~!」

 

 一誠が叫ぶも力尽きたように倒れた。限界だったのか、直ぐに寝息が聞こえてくる。鎧が解除された身体は傷だらけだが顔は何処か満足げである。口では悪態を吐きつつもヴァーリに認められたのが嬉しいのだろう。

 イオフィエルが心底意外そうに一誠を見た。

 

「へぇ~。あの白龍皇に食い付いたようだね。中々にやるね、彼」

「大方、ナギが力を貸したのでしょう」

「それと彼女……"覇王"も来てくれたよ? 一誠くんとドライグさんに肩入れしてくれたわ」

「あの人が……? 白龍皇が勝てないわけです」

 

 納得したようなアリステア。

 

 ──覇王。

 

 かつて譲刃やアリステアスと並び、渚と共に戦った女性。彼女は"双覇龍(シュプリーム・ルーラー)"とまで呼ばれた覇者であり祖龍。あの女性が赤龍帝に力を貸したならば、とてつもないアドバンテージを与えたに違いない。それこそヴァーリの血や才能、努力や経験すら凌駕した筈だ。だからこそ譲刃とアリステアは一誠ではなくヴァーリを評価している。

 

「……"覇龍"の名残があるね。あれは自爆技なのだが、お互い無茶をする」

 

 イオフィエルの言葉からは何を考えてるかは分からない。しかし深く疑問に思っている様子もない。多分、覇王についても何か知ってるかもしれない。彼女がどこまで知っているのかキチンと聞く必要がある。

 

「今はギャスパーさんと一誠さんを運んであげよう?」

 

 残る敵は魔法使いだが、グレモリーの眷属たちに駆逐されてほぼ全滅している。色々と大変だったが会談は無事に進むだろう。

 幸い、アリステアとイオフィエルにしか自分の姿は見られていない。しばらくはアーシア・アルジェントの振りをしておこうと思う。

 

「アーシアさん自身が戻るつもりがない以上、ナギくんが頼りなんだけど……早く起きてくれないかなぁ」

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 人の喧騒から離れた小高い丘。

 駒王の住宅街を見下ろせるその場所にラグエルは立っていた。人の気配がないのを確認してラグエルは少しだけ全身の力を抜く。

 瞬間、ボトリっと片腕が勝手に落ちる。

 やれやれ、と腕を拾って再び繋げるも上手く結合できずため息を吐いた。片腕だけではない全ての四肢が千切れてダルマのようになりかねない。

 

「まさかギャスパー・ヴラディではなくリンクしていた私のみを斬るとは中々どうして常識外れな事をやるものです」

 

 己の身体を改めるとその凄まじさが分かる。

 四肢だけではない。六つ目に放たれた技によって中身も相当なダメージを受けた。内臓なんてレベルではない、存在の要たる霊核まで及んでいる。もしも破壊されていたら再生や復元など意味を為さず、問答無用で消滅していたところだ。

 確かに千叉 譲刃だったか。自らを"時流を司る者"とするなら彼女は"刻流を斬る者"。まさかあんな隠し玉が居ようとは……。

 しかし、あそこまで相性が悪いと悔しさよりも愉快さが上回る。自分にここまで手傷を負わせる者はそうはいない。

 アリステア・メアに並ぶ蒼の眷属、千叉 譲刃──"刻殺しの修羅"。やはりあの蒼に連なる者は理を無視した異常者だと再度、自覚する。

 愉悦に顔を歪ませつつ崩れそうな肉体を支えていると人影が現れた。

 

「おっすおっす。もぉ探したぞー?」

 

 なんとも軽いノリで挨拶してきたのはフード付きのダボダボの服を着た少女だ。ウサギの耳のようなモノが生えたフードを被り、口には棒つきの飴を含んでモゴモゴさせている。

 

「おや、タブリス。久しぶりですね」

「二億年ぶりくらい?」

「さて、昔過ぎて数えてませんので。しかしいきなり接触してくるとは何かありましたか?」

「そ。【III】の席に戻っておいで。アルマゲスト全員集合だぞ、と」

「全員? 穏やかではありませんね」

「物知りな君ならもう分かってるんでしょ?」

「"蒼獄界炉"の出現ですか」

「ご明察。そーごくかいろの門にして鍵? みたいな人がこの駒王にいるらしい。しっかし、やっぱり君は色々と知ってたんだね? そーしゅ様が警戒するわけだ」

 

 フードの少女、タブリスがラグエルを見るなり楽しそうに嗤う。口が滑るとはコレを言うのだろうな。"蒼"について知っている者は少ない。それこそ数えられるくらいだ。だから()()に近しい者に触れて気分が舞い上がっていたようだ。

 

「別に君がそーしゅ様しか知り得ない情報を持っていても責めないから安心しなって。こういう謎は自分から知りにいくのが楽しいしね」

「貴女の言う通り私は"蒼獄"を知っている。ここにあると分かったのはアリステア・メアを見たからです。あの者が駒王にいる以上、蒼井 渚も共にあると確信しました」

「聞いた話だけど渚君はそれで"始神源性(アルケ・アルマ)"をコロコロしたらしいじゃん」

「確かな情報ですよ。逆に言えば"蒼獄"に対して切れるカードはそのレベルでないとなりません。なので同じ"始神源性(アルケ・アルマ)"であるオーフィスが率いる"禍の団(カオス・ブリゲード)"と接触して手を貸したのですよ」

「勇気あるねぇ。あの龍神様と直接交渉とはタブリスちゃんもビックリだぜ?」

「実際にあの無関心のオーフィスが興味を持ちました。だからこうして駒王は襲われた」

「三大勢力の和平を邪魔したいだけじゃなかったわけね」

「それはカテレアさんたちの事情です」

 

 今回の騒動は自らが所属するアルマゲストの意思はない。個人的な興味で動き、失敗した。

 天界には情報召集およびイオフィエルの監視という任で潜入していたが、今回は派手に動き過ぎた。

 抜けるには丁度良い機会だ。まぁアルマゲストの面々からはお叱りがありそうだが……。

 

「もしかして派手に動いた事を警告とかされるって思ってる? 嫌だなぁ、ボクらんトコは基本的に自由ってスタンスだよ? そーしゅ様は優しいから、空いてるなら手を貸してねって感じ」

「前から思っていたのですが組織として成り立つのですか?」

「なるよ? ボクやセクィエスがいるだけで大抵のことは出来るし、そーしゅ様がその気になったら誰も逆らえない。──例え君でもね」

 

 傲慢とも思える自信だが苛立ちはない。タブリスは嘘を言っていないのだ。世界の深淵に潜み、誰からも認識されていない"偉大なる者(アルマゲスト)"、それがマスティマ・テトラクティスなのだ。

 

「解っていますとも。ならば私も微力ながら力になれるよう勤めましょうか」

「もう勤めてるって。オーフィスさんトコ(禍の団)とのパイプも作ってくれたし感謝だよ。独断専攻も怒らないよ、きっと♪」

 

 グッジョブっとサムズアップするタブリスがラグエルの周りを歩きながらマジマジと全身を眺めて笑みを浮かべる。

 

「何か?」

「ふふ、酷い傷を負ったんだねぇ?」

「今回は相手が悪かったのです。土産物も用意したのですが見ての通り持ち運ぶには不自由になりましてね。お陰で手ぶらでの合流ですよ。マスティマさんにはどう詫びたらいいか」

「ん~。気にしないじゃね? そーしゅ様が求めたのは君がアルマゲスト(ウチら)と合流することだし? ま、長い間の潜伏、ごくろーさんぐらいは言われるだろうねぇ。そんで天使の振りはどだったよ? 君から言わせると()()()()の真似は絶え難かったかなぁ?」

 

 意味深な目でタブリスが嘲笑した。敵愾心はない、ただ興味と僅かな不快感が向けられる。

 ラグエルは相容れない瞳だと感じつつ答える。

 

「思いの外、有意義でしたよ。世界をよく知る事が出来た」

「ふーん。案外と俗物だね。──異世界の旧神(かみさま)も」

「はて、貴女ほどではないかと。──新世界の異神(かみ)よ」

 

 二人が笑い合う。だが言い知れぬ異空間がそこに形成される。敵意もなく悪意もない。なのにお互いを飲み込もうとする圧がある。異質な空間のなかでタブリスが「あは」と笑いを溢す。

 

「いやぁ。いくらボクが超絶美少女だからって女神扱いはテレるー、そういうのはそーしゅ様が担当なのにぃ」

 

 空気が弛緩(しかん)する。二つの神性が感情的になればそれだけで世界に影響を与える。タブリスはわざとおどけて話題を変えたようだ。

 確かに美少女というのは間違っていないがもう少し真面目に出来ないのかともラグエルは思う。

 

「誰もそこまでは言ってませんが?」

辛辣(しんらつ)だね。まぁいいや。そう言えば新入りに紹介する時、ラグエルって名前のままでいいわけ?」

「私にとって名はあまり重要ではないですが……。そうですね、アブラクサスと紹介していただければ幸いです」

「ok、略してアブラね」

「それはやめてください」

 

 悪意のあるニックネームを他所にラグエルの姿が変わる。天使の姿は崩れ、白いスーツを着こなすビジネスマンのような人間となる。ラグエルだった頃の名残を失った姿にタブリスが「おぉー」とわざとらしく拍手をした。

 

「イメチェン?」

「あの姿は目立ちます。何よりイオフィエルさんにもバレますからね」

「あぁ納得した。んじゃ帰る前にちょちょい、とさ」

 

 タブリスが何らかの術式を展開した。

 小さい呪いのようだが、あまりにも弱い。

 

「呪術ですか? それにしてはか細い」

「殺す気ないしね。そんなのやったら真っ白ちゃんが殺しに来そう。ま、ちょっちしたマーキングさ。今、人間を強制転移で冥界に拐う事件が起きててね? それに選ばれやすいよう細工した。色々試してこれが限界なんだね。ま、ただの嫌がらせ」

「どちら様に?」

「秘密ぅ。──わぉ! ほらほらグッドタイミング! 早速、お呼ばれしてるよ! やっぱり運命力が高いなぁ、彼は……」

 

 ケラケラと嗤うタブリスはとても楽しそうだ。

 術式が展開された方に目を凝らす。そこは高級マンションが立っており、中で一人の少年が寝ている。

 その人物が誰か解るや「なるほど」っと納得した。

 

「タブリスに気に入られるとは貴方もツイてませんね、蒼井さん」

 

 転移陣の中に消えたその少年に同情するラグエルもといアブラサラクスだった。

 





たぶりす は 呪いを つかった。
なぎさ は どこかへ とばされた。

寝ぼすけ主人公の受難は続く……。


11/10 キャラの台詞を訂正しました。
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