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新たな火種は生まれたが、長きに渡る三大勢力の因縁に終止符が打たれた。
この三大勢力の和平成立は歴史的な快挙であると同時に否応なく世界に変化を強いるだろう。
他の神話たちが動き始めるのは明白であり、敵となるか味方となるかはまだ分からない。
だが今だけでも束の間の平和が訪れたのは事実だ。
「ちゅ〜」
放課後の部室。
ソファーに座るギャスパーはトマトジュースを飲む。大好物なのに味気がないのは自分が落ち込んでいるからだ。隣には小猫がいて朱乃が出して来たショートケーキをチマチマと食べていた。
「「はぁ」」
ギャスパーと小猫が同時に溜息を吐く。
ここ数日に渡ってこんな調子だ。
会談の最中に起こった襲撃であまりにも役に立たなかったのを気にしているのだ。
しかしギャスパー自身、小猫はまだマシだと思っている。なんせ敵にやられただけだ。
当の自分はどうだ?
時間停止に利用された挙げ句、周囲に洒落にならない迷惑をかけたのである。ダンボールの中にでも入って引きこもりたい気分だ。
本来なら何らかの罰則もあり得た。
だがリアスが庇い、アリステアとイオフィエルも弁護に回った結果、"
利用された時の記憶はある。夢のようにあやふやで所々が欠けているが……。
特に自分と小猫は拐おうとした人物を誰だか
ただあの事を切っ掛けに神器の力が強くなっている。
アリステアから貰った
「ううん。頑張らないと……」
そう、頑張らないといけない。
自分は色々な人に助けて貰った。ならば恩を返すために努力すべきだ。もうウジウジするのはやめよう。怯えて引き篭もっても何も解決しないし、そうさせてくれない人もいる。ならば少しずつでも前へ進むべきだ。
そんな風に考えて表情を引き締めるギャスパー。
「ギャーくん?」
「小猫ちゃん、僕はたくさん迷惑を掛けた分の恩返しをしたい。だから会談での失敗で落ち込むのはやめるよ」
いい加減に吹っ切って今日からまた時間操作の訓練する。決意して言い切ったギャスパーに対してゼノヴィアが嬉しそうに笑う。
「ふ、ならば私も協力するぞ」
「え、えとゼノヴィア先輩? なんでそんな嬉しそうなんですかぁ……」
獣のような眼光にギャスパーは後ずさる。
「時間停止にやられた身として思うところがあってね。これからグレモリーの騎士としてやっていく以上は自分を売り込まなければならないと思うんだ」
「別に私は今の貴女に不満はないわよ、ゼノヴィア?」
「主からの嬉しい言葉だ。しかし悪魔としての初陣で停められた自尊心の問題もある。ギャスパー、私はグレモリー眷属では若輩だ。胸を借りるぞ?」
「ひぃ! この先輩、目がマジですぅ! 絶対、デュランダル抜いちゃう前提で話してますぅ!!」
男らしく堂々と進もうとした矢先だが、ビッグ過ぎる聖剣ルーキーから変な対抗心を燃やされて早くも心が折れそうになるギャスパー。
隣の小猫がジト目で睨んでいた。
「……少しだけカッコいいと思ったのに」
「ご、ごめんなさいぃ、調子に乗りましたぁ!!」
ギャスパーが謝罪していると乱暴に部室の扉が開く。
入ってきたのは凄い剣幕の一誠だった。そのすぐ後に佑斗が少し慌てた様子で追ってきた。
一誠はズカズカとリアスの座る部長席に向かう。
「なんでですか!?」
「ぴぃ!!」
苛立ちを含む怒鳴り声にギャスパーはビクリと肩を震わせた。声の主は一誠であり、向けられたのはリアスだ。凄く珍しい光景にギャスパーは目を見開く。リアスを慕っている一誠が彼女を怒鳴るなど相当な怒りだろうからだ。
「祐斗から聞いてるでしょう? 捜索するには情報が少な過ぎるの。今は無闇に動かずに待つべきだと思うわ」
「ジッとしてるなんて出来ませんよ……!」
一誠の震える肩に祐斗が手を乗せると諌めるよう言う。
「落ち着いてイッセーくん。部長だって好きでこうしてる訳じゃない」
「……分かってる、けどよ!」
リアスから引き離すよう祐斗がソファーへ引っ張っていく。ギャスパーの対面に一誠が座るもその表情は固い。
一誠が荒れている原因は渚だった。コカビエルとの戦いで眠り続けていた彼は和平が実現した日を境に行方を眩ませたのだ。鑑識をした際に強制転移による物だと判明したが他は何も分かっていない。結果、グレモリーは渚の探索から手を引いた。ただそれは自分たちより上が動いてくれているからであって渚を見捨てた訳じゃない。けれど一誠は納得がいかないのだろう。感情を抑え切れないほどに心配なのが伝わって来る。
本当に慕われているんだなとギャスパーは内心で呟く。
一誠だけじゃない。止めた祐斗は穏やかに見せて陰がある。小猫もいつも以上に静かだし、ゼノヴィアだって気落ちしているみたいだ。朱乃ですら無理やり笑顔を作っていて、リアスに至っては最近ため息が多い。
この部室で、いつも通りなのは渚との関係が薄いギャスパーくらいだ。
そんな雰囲気の中でも朱乃が一誠の前に紅茶を置いた。
「気分を落ち着かせる紅茶ですわ」
ソーサーに触れる手は小さく震えている。
一誠がハッとしながら朱乃を見ると見繕うように笑顔を向けられた。
「すいません。心配なのは俺だけじゃないのに……」
「大丈夫。部長も一誠くんの気持ちは分かってくれますわ」
「えぇ、イッセーたちの気持ちは理解しているつもりよ」
「……一誠先輩が騒いでもしょうがないです」
「そうだけどさ」
小猫のツッコミに居たたまれなくないのか、バツの悪そうな顔になる一誠。
バカみたいに明るい一誠が項垂れているのに耐えきれなくなったギャスパーはなんとか元気付けようと躍起になる。
「し、ししょーが動いてるから大丈夫ですよ!」
「ギャー助……。この野郎、後輩の分際で心配か?」
「あわわわ! 頭が爆発しますぅ」
ガシガシとギャスパーの頭を撫でる一誠。感謝に照れ隠しが混ざるせいで少し乱暴になるがギャスパーはされるがままにする。
少しだけ元気になったみたいでホッとする。
「しかし困ったな。彼には色々と相手になって欲しかったのだが……何処にいるのやら」
「見つかるよ、きっとね」
ゼノヴィアも呟きに祐斗が返事を返す。
「アリステアが捜索するのは分かるんだけどね」
ふとリアスの瞳に疑問が宿る。その関心はここにはいない眷属に向けられていた。
「アーシアちゃんですか?」
「えぇ」
朱乃が問うとリアスは頷く。
アリステアは何故かアーシアを手元に置きたいと言ってきたのだ。渚の捜索に果たして彼女が必要なのだろうか?
ギャスパーからしたら少しでも渚を発見する助けになるのを祈るばかりだ。
○●
「おーす。来たぞ、部員ども」
ガラガラと部室のドアを開けて入ってきたのはスーツを気崩した姿のアザゼルだ。
いきなりの堕天使の総督が登場したのに部員たちに驚きはない。彼は現在、駒王学園の教師をやりながらオカルト研究部の顧問を兼任しているからだ。
「茶をくれよ、茶」
「新入りの癖に
「当たり前だろ。俺は顧問でお前は部長、つまり偉いのは俺だ」
アザゼルは空いた一誠の隣にドカッと座り、手に持っていたクリアファイルをテーブルに置く。傍若無人な態度にリアスは青筋を浮かべた。
三大勢力の重鎮が、どうしてこんな真似をしているのかには理由がある。
リアスの周囲には"
総督の仕事と兼用なのだが本人は乗り気であっさり引き受けた。神器マニアの心が疼いたのだろう。
「兵藤 一誠」
「な、なんだよ」
「蒼井 渚なら心配ないさ。
「ナギは寝たきりなんだぞ!」
「アリステアは、いつ目覚めてもおかしくないと言ってたぜ。それにアイツ自身が慌てた様子がなかったし、案外余裕があるんじゃねぇの? 知らんけど」
「知らんけどって……」
「なんせ面識がなくてね。俺に出来んのはアリステアの態度からの予想までだ。……つか蒼井 渚よりもお前は自分の事を第一に考えろ」
アザゼルがテーブルの上にあった菓子の包みを開いてから、むしゃむしゃ食べる。
「俺?」
「ヴァーリから聞いたぜ? お前、不完全とは言え"
周囲の空気が驚愕色に変わる。
──"
二天龍を宿す"
"覇龍"とは本来、どうしようもなくなった場合に使う神器の暴走技に近い。ドライグやアルビオンの力を無理矢理引き出して使う諸刃の剣だ。担い手の命すら糧とする覇龍は神を超える圧倒的な力を持たらすが、その暴力は時として敵だけでは満足せず人々と共に国も呑み込む災害となる。
「"覇龍"って確かなの!?」
「間違いねぇな」
リアスが驚愕を乗せた口調でアザゼルに聞く。
可愛い一誠がヴァーリと戦い抜いたのは知っていたが、よもやそんな危険な橋を渡っていたのは予想外だったのだろう。
「あわわわ、変態さんかと思ったら超変態さんだったですぅ!」
「おい! 元々失礼だな!?」
ギャスパーに一誠がツッコむ。
「上手い言い回しをするじゃねぇか、吸血小僧。ヴァーリの"覇龍"を退けたんだ、確かに超変態だわな」
わはは、と笑うアザゼル。
「まぁ俺も昨日、本人から聞いて驚いたがな」
「ちょっと待ちなさい。本人ってヴァーリ・ルシファーの事?」
「あぁ。アイツってば裏切った事の詫びとか言って"
「裏切り者よね?」
「まぁな。こっちと
「男からの熱烈なアピールとか勘弁なんだけど……」
一誠が微妙な表情になる。ライバルとして認識されるのは嫌じゃないが本気で潰しに来る準備はして欲しくない。
「イッセー、何をしたの? 二天龍の"覇龍"は世界でも最高レベルの災害よ?」
リアスがちょっと変なものを見る目になった。
最弱の一誠が歴代の最強の白龍皇から認められて驚いているのだろう。
渚と彼の知り合いだろう少女の助力により神器が異常なまでの活性化、結果的にヴァーリを圧倒する。それで一誠を認めたヴァーリが嬉々として"
手強い相手だったがアスカロンの龍殺しや白龍皇から略奪した半減、更には研ぎ澄まされた龍の超感覚を使って食らい付いた。
最終的には痛み分けに終わったが、もう二度とやりたくないと疲れた表情をする。全てを話し終わった一誠にリアスが急に近づいてくると優しく包容する。
「ぶ、部長?」
「ごめんなさい。私たちが動けない間、貴方は頑張っていたのね。流石は私のイッセーね」
「あ、ありがとうございます!」
よしよしと頭を撫でて褒められながらリアスの胸を堪能する一誠。
二人を生暖かい目で見守りながらアザゼルが言う。
「やっぱ蒼井 渚について調べなきゃなんねぇだろうな」
「必要かしら、彼は味方よ?」
「味方にしては謎が多いのも問題だぜ? 神器に外部から干渉して
警戒というより興味が優っている。嬉々として語るアザゼルの顔は新しい玩具を見つけた子供である。
悪意はないがアリステアはアザゼルに渚を渡さないだろうとリアスは考えている。
アリステアという少女は詮索される事を余り良しとしない。特に渚の情報は一切洩らさないのだ。
アリステアがリアスの頼みを聞き入れてくれるのは、そう言った暗黙の了解に深く踏み入れないからだ。これはリアスの配慮であり、アリステアなりの感謝の印なのだろう。……とは言え気にならないかと言えば気になるのが本音だ。
「アザゼル、渚への詮索はオススメしないわ。最悪、アリステアと敵対するわよ?」
「実はもうした」
「あ、貴方ねぇ」
頭を抱えるリアス。そういえばこの堕天使、急に一誠に接触するわ、駒王学園にご降臨したりと妙にアクティブなのを忘れていた。
「まぁ無駄に終わったがな。"
「私も彼らが来た時期に調べたけど一切が不明だったわ。だから最初は警戒していたのだけど予想を越えて尽くして来たから毒気を抜かれた。実際、今まで私を何かしらの事に利用する気配もなく、逆に負担を代わりに背負って利益も与えたのよ。どうして、こうも良くしてくれてるのか」
「案外欲しかったのは居場所かもな。あのアリステアが付き従ってる辺り蒼井 渚も相当なんだろうぜ。力は在りすぎると孤立するもんだ。だから居場所ってのは結構大事だ」
「そうね。ここが彼らの安住の地になれば幸いなのだけど……」
あれ程の良き隣人は
渚の行方を追っているのはアリステアだけではない。サーゼクスやミカエル、目の前のアザゼルも動いてくれている。だからいずれは見つかるだろう。
リアスがそう思っているとアザゼルが持ってきたクリアファイルから資料らしき用紙を取り出す。
「なんすか、それ?」
一誠が興味ありげに用紙を指した。
「サーゼクスから貰った調査書のコピーさ、蒼井 渚のな」
「今、何も分からなかったって言いませんでした?」
「駒王に来てからの記録だ。しっかし成果がスゲェな。何々、魔王クラスの不死鳥を"
アザゼルが調査書にケチを付けながらリアスへ目を向ける。これのオリジナルを作成したリアスだったからだ。
「仕方ないじゃない、全部が理解を超えていたのよ。渚は斥力の応用やら重力の力らしいなんて曖昧だし、アリステアは何も言わない。情報が少なかったの。察しなさい」
「まぁいいさ。
リアスが少しだけ考える素振りを見せるが諦めたように手の平にUSBを召喚する。
「一応、極秘資料よ」
「いいね、話の分かる奴は嫌いじゃない」
リアスが机の上にあるノートパソコンにUSBを接続するとアザゼルの方へ向けた。
映画のようなに流れるシーンの数々はライザーとコカビエルの戦いを鮮明に映す。
それを真剣に見ていたアザゼルだったが映像が終わるや笑い出す。
「ははは。やべぇ、何だこれ? 一撃で新校舎を瓦解させやがったぞ。コイツも変態だな!」
愉快痛快と言わんばかりに再び映像を再生し始める。
その目は珍しい神器を前にした時とよく似た輝きをしていたのだった。
●○
人里離れた山脈地帯。
そこに二人組の人影が転移で降り立つ。
姿隠しのフード付きマント。
強風がマントを派手に揺らすと片方の人物のフードが後ろに倒れた。
流れる白雪のような銀髪にアイスブルーの瞳、アリステアだ。彼女は隣に立つ人影に声をかけた。
「分かりますか?」
問われた人影が風でバタつくフードを両手で後ろに持って行く。金髪碧眼の彼女は広い大地を見渡しながら言う。
「いる。……けれど詳細は掴めない。時間が掛かるかも知れないわ」
「強制転移による拉致ですか。リアス・グレモリーから聞いていましたが、まさかナギが巻き込まれるとは思いもしませんでした」
少し前、イオフィエルと初めて会った日の会話をアリステアは思い出す。
冥界に強制転移される事件。対象は人間であり、英雄の血族か強力な神器持ちが主だという。拐われた人物は帰ってくるという話だが動かないわけにはいかない。
座して待つのは性に合わないという理由もあるが、一番は目の前にいる譲刃が強く捜索を願ったからだ。
「私がアーシアさんと一緒にいる時に行方不明になるなんてね」
「何を焦っているのですか? 貴女がいなくても"蒼の少女"がいます。寝ているナギに悪意が近づけば黙っているはずがない」
「そこではないの。心配なのは私とティスで縛っていた子がナギくんと接触することね」
「縛っていた? ……待ってください、ナギの中にまだアレがあるのですか? "蒼の少女"が駆除したのでは?」
アリステアが口調を鋭くする。
「いるよ。……というよりもあの子は取り除けない。だってあの子はティスよりも早くナギくんを依り代にしたんだから。ある意味、ティスや私よりもナギくんの魂に定着してる。ステアちゃんもある程度は分かってたんでしょ?」
「……稀にですが微かに残滓を感じていました。余りに小さいので問題視していなかっただけです」
「奥の奥に潜んでいたし、私でも充分に抑えられたわ。けど妙にナギくんに会いたがっていた。一概に悪い子とは言えないけど元が元だからティスが酷く警戒してるの。私もあまり外に出すべきじゃないと思ってるしね」
困ったような顔をする譲刃。個人的には擁護したいが出来ない理由があるのだろう。
「それに、ナギくんが記憶を失ってから理性的になったのも少し問題がある。彼……ううん、彼女は学習したわ。既に一個の自我ある個体と言っても過言じゃない」
アリステアが僅かに顔を歪めた。
「笑えない冗談です。自我がある以上は危険過ぎます。手早く排除しないとナギが内から喰われる。アレは生きとし生ける者にとって害悪です。まさか貴女が忘れたとは言いませんよね?」
強く非難するアリステア。排除は難しくても対処は出来たはずだと言う。対して譲刃も曖昧な笑みを浮かべた。
「そうなんだけど、ちょっと変な方向に育ったのよ」
「変な方向?」
「私が話し相手になっていたのも原因かな。……ごめんなさい」
「貴方らしくない軽率な行動です」
「そうね」
「その"変な方向"とはなんですか?」
余程の理由だろうと問うが譲刃は少し
「……ナギくんの忠実な下僕になるって張り切ってるのよ、割と本気で」
「…………は?」
今、なんと言った?
アリステアは呆気に取られてしまう。
「だからね? あの子ったら自分の危険性を考慮して、私にもティスにも気を使って、ナギくんには迷惑掛からないように、魂の座の
「ソレ、何も出来なくなるやつでは?」
「責任を感じてるのでしょうね。一応、彼女は
「仮にも"
酷く困惑しているアリステア、譲刃もまた同様だ。
「私も信じられなかった……あの"黄昏"から生まれた怪物があんなヘンテコ存在になるなんて……。理性的になってもう直ぐ一年ぐらい経つけど日に日に自身に対する戒めが凄いことになってるわ。けどそこが怖いのよ、ナギくんに直接接触したら愛が爆発しそうで……」
愛が重い……とはこの事かもしれない。
ある意味、色々と危険だ。
アリステアは
「取り敢えず動きましょう。最初は首都リリスからでいいですね?」
そう言って二人は冥界の山を降り始めた。
地球と同じサイズの世界でたった一人を探すために……。
○●
渚は気づくと暗い闇の中を漂っていた。
いや、感覚的には沈んでいると言っていい。やがて底まで落ちたのか、地に足が着く。
──金属の擦れる音が聞こえる。
鎖だろうか?
暗いと思っていた場所だがただの闇ではなかった。自分の手と歩く脚が見えている。
変な夢だと苦笑しながら誘われるように歩を進めた。
「これはアレだな。魂の座とかデンデンの夢だな……」
感覚的に間違いない。譲刃とティスに会った時と同じだ。現実離れした光景なのに意識がハッキリしている。ティスが招いたのか、譲刃が送ったのかは不明だが何かにあるに違いない。いつもは誰かがいるのに今回は留守だ。これは初めての事である。
「ティス〜、譲刃〜」
流石に闇の中に一人ぼっちはイジメではないだろか? というより随分とバリエーションが豊かな心象風景の数々に辟易する。
最初は武家屋敷、その次は瓦礫の街。今度は真っ暗闇と来た。このまま進めば何か出てくるのかと不安になりつつ進む。
やがて、ある物を発見して足を止めた。
「これは予想できなかったな」
現れたのは巨大な鉄格子の壁だ。
上は天まで横は果てしなく。まるでここから先は立ち入るなと言わんばかりである。
誰もいないし、早く覚めないかなぁ。
なんて考えていると声が聞こえる。
「どなたか、いらっしゃるのでありすか?」
金属が擦れる音と心地の良い声が耳に入る。
渚は人の腕が一本入るかという狭い隙間から中を覗く。
そこに居たのは異様に長い黒髪の女性。歳は渚より2〜3歳ぐらい上で少女から女となる手前という印象だった。一番目を引くのはその格好だ。手と足、更に首には鎖の付いた拘束具。着ているのはボロボロの布で、
「ユズリハさん?」
落ち着きのある理性的な声に渚は返事を返した。
「え? あ、違います。俺は渚といいます、初めまして?」
長い前髪の隙間から見え隠れする黒い瞳が渚を見るなり大きく開かれた。こうして容姿を確認すると、かなりの美女っぷりだ。
「──あぁ来て下さったのですね」
嬉しそうに頬を染めると黒い美女は涙を流す。
「泣いた!? な、なんで!?」
「も、申し訳ございん……ございません。ワタクシとした事がつい感激で胸がいっぱいに!」
「もしかして前に会ったことあるのか?」
あり得る話だ。
渚は記憶は忘却の彼方だ。ティスや譲刃が自分を知っているのなら彼女もそうである可能性が高い。
しかし、拘束された少女は静かに頭を振る。
「いいえ。ワタクシは初めてあります」
「あ、そうなんだ」
「ワタクシはユズリハさんとよく話しておりな……まして。アナタ様の事はよく存じてございます」
「譲刃には俺も世話になってるよ。あー、ーつ聞いてもいいか?」
「どうぞ。アナタ様のお声を拝聴頂けるのなら罵詈雑言でも至福の内に果てまするゆえ」
果てまするゆえって死んじゃダメだろ……。
妙にへりくだる美女だ。変わった人だと感じつつ疑問を投げかけた。
「なんでこんな場所にいるんだ?」
四肢に装着された鎖に首輪。更には二人の間に立つ鉄格子の壁。まるで囚人だ。
自分ならこんな光のない奈落みたいな場所は御免だ。
目の前の少女は
「ワタクシはナギサさまには相応しくない
下卑たなんて言っているが彼女自体は美しい。奴隷スタイルだが髪は艶があるし、肌も傷一つない。顔は長過ぎる前髪でよく見えないが隠れてない部分を見るに綺麗だと思う。それに何処かピスティスに似ている気がした。
彼女は更には言葉を続ける。
「そして何よりワタクシはアナタさまに住み着いた絶望の象徴。戦うための力を与える者なれど寄り添うのは不届きと戒めております」
力を与える者……。
譲刃は刻流閃裂という"技術"。
ピスティスは蒼という"武器"。
どちらも力を持たらす存在だった。
三人目である彼女もまた同じだと言う。
「君は一体、どんな力を与えるんだ?」
これ以上の強みが欲しいわけじゃない。ただ興味本意で聞いてみた。自分にとっての絶望と断言した彼女が気になったからだ。
少女は自らな首輪に手を伸ばすと渚に微笑みかける。
「ワタクシは純然たる"暴力"を
誇るように媚びるように自身を"暴力"と言い切る美しい少女。
その黒かった瞳は恍惚と歓喜に染まると黄金に怪しく輝くのだった。
四章はこれで終わりです。
挑戦したけど主人公不在の話は書き難いですね(反省)
渚と会話している女性の口調を変えました。