ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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誤字を修正しました。



自責の果て《Crybaby》

 

 シアウィンクスはふと目を覚ます。気づかぬ内に少しだけ寝てしまったようだ。

 突っ伏していた机から体を起こす。窓からは月明かりが射していた。

 憂鬱(ゆううつ)な気持ちを(かか)えながら立ち上がる。

 

「このまま次の戦いが始まったら間違いなく全滅か」

 

 こちら側には、もうマトモな戦力はない。

 主力だったククルやカルクスは負傷、アルンフィルは戦闘不能、他の家臣も疲弊しきっている。ルフェイは有能だが戦闘が得意な訳じゃない。

 打てる手どころか戦いに出せるカードすらないのだ。

 降参は出来ない。最早、バアルはシアウィンクスの全てを捧げても止まらないだろう。

 死ぬ、絶対に死ぬ。

 自分の誤った判断で民や兵が皆殺しにされる。

 

「……うッ」

 

 胃から競り上がるモノを意識したシアウィンクスは耐え切れず床にぶちまけた。

 

「げほ、けほ、あぁやっちゃった。ルフェイに気づかれる前に片付けないと……」

 

 シアウィンクスは慣れた手際で吐瀉物(としゃぶつ)を片付け始める。

 頭がガンガンする。喉も焼けるように熱い。お腹の中が気持ち悪くて息も苦しい。

 全身を襲う苦痛に震えながら耐える。

 

「このまま死ねば楽になれるのかな……」

 

 目頭が熱くなり視界が(にじ)む。

 責任感に追い立てられた惨めな自分が情けなく感じる。

 シアウィンクスは忌々しいと言わんばかりに目尻に溜まる水を乱暴に拭くが次々と(あふ)れてくる。

 泣くな、泣いた所で何も解決しない! あたしはルシファーの代表なんだ!! 

 必死に言い聞かせながら自分を追い詰める。

 まだやれる事を探さなければと己を奮い立たせた。

 

「今度こそ上手くやるのよ、シアウィンクス」

 

 シアウィンクスは決意を胸に頼りない足取りで部屋を出る。

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 (あて)がわれた部屋のベッドに寝転ぶ渚。

 見慣れない天井を眺めながら、これからどうするかを悩んでいた。

 恩人であるグレモリーを無視してバアルと戦うか否かを……。バアルの容赦なさを知っている渚はあまり乗り気になれない。

 自分一人なら良い。

 だが誰かに迷惑を掛けるとなれば話は変わってくる。

 

「……でも」

 

 それで良いのか? そう自分の中の何かが問うてくる。

 ルフェイは今のルシファー領土の有り様に心を痛めて味方した。英雄の血筋なだけはある誇り高い選択だ。

 

「俺の手は小さいなぁ」

 

 手を顔の前に翳す。

 渚は英雄ではない。多少の力はあるが中身は一般的な感性しか持たない学生である。

 渚にとって今の仲間たち以上に大切なものはない。

 ならばどうして、こんなにも揺れてしまうのだろうか。

 

 コンコン。

 

 部屋のドアが遠慮がちに叩かれる。

 こんな時間に誰だ? 

 渚はルフェイかと思いながらもドアを開く。

 目の前にいたのはネグリジェ姿のシアウィンクスだった。風呂でも入ってきたのか、髪がほんのり濡れており頬も蒸気させている。

 

「シアウィンクスさん?」

「遅くにごめん、少し話したい」

「それは構いませんが……」 

 

 渚は取り敢えずシアウィンクスを部屋に招いた。

 シアウィンクスはベッドに進むと腰を落とす。

 そして自分の隣をポンポンと叩いた。

 

「こっち、座って」

「はぁ」

 

 意図が分からないので渚は大人しく従う。

 隣り合う二人。

 

「(ち、近いな)」

 

 シアウィンクスからいい匂いが漂ってくる。隣に座ったことを後悔する渚。どこか色気のある風呂上がりの美少女に心臓が高鳴ってしまう。

 しかし平静を装いシアウィンクスに目を向ける。

 

「それで用件は?」

「……やっぱりあなたの力を貸してほしい」

「バアルと戦えと?」

「あたしたちが生き残るには、あなたの力が必要なの。もうそれしか方法がない。……もちろん、ただなんて都合の良いことは言わないわ」

 

 シアウィンクスが渚の前に立ち、ネグリジェを脱ぎ捨てるとショーツだけの姿になる。

 露になる白い体は月明かりに照らされて幻想的にまでに魅力的だ。慎ましくも自己主張する双丘に引き締まった腹、足だって細くしなやかだ。

 一種の芸術品とも言える美は男性を惑わす魔性を放っているが、その持ち主は顔を真っ赤にして俯き胸とショーツを隠していた。

 

「な、なにを!?」

「……対価よ」

 

 声を震わせながらもシアウィンクスは渚に詰め寄るとベッドに押し倒す。銀白の髪が渚を撫でる。正面にはルビー色の瞳が渚を無感情に見下ろしていた。

 

「あたしを好きにしていい。メチャクチャしてもらっても構わない。前に望むものを与えるって言った。アレはあたしの体も含まれてる。なんだってする、だから……」

 

 ──だから助けてください。

 

「……っ」

 

 無表情だったシアウィンクスの顔が歪みポロポロと涙を流す。その滴が渚の頬に当たる。

 

「お願い、お願いします。助けて……あたしの全部をあげます。だから、だからどうか……」

 

 泣き落とし……なんて生易しい物じゃない。彼女からは後悔、懺悔、嘆き、哀愁、あらゆる悲哀が伝わってくる。

 その細い体は小さく震えていた。こんなこと本当はしたくないのだろう。

 全てはルシファー領の為に……。

 かつてバアルに自分を捧げなかった自分を罰するように渚へ全てを捧げようとしている。

 

「シアウィンクスさん」

 

 渚は彼女の肩に触れる。

 ビクリ、と体を反応させるシアウィンクスに苦笑した。怖がりながらも頑張った彼女を座らせる。

 そして決意する。

 

「──助けるよ」

「ほ、ほんと?」

「あぁもう決めた」

 

 返事は自然と口から出た。

 シアウィンクスはずっと耐えてきたのだ。多くを殺し、多くを死なせた重責に……。

 一見して冷めた性格に見えるが、どうも性根は真面目すぎる。言動の端々から精神がズタズタなのが分かってしまった。彼女が今も(こぼ)している涙は心が流す血と同様なのだ。

 もういい加減に腹を括る。

 泣き虫な彼女が泣かなくていい様になる程度の力は貸そう。そんな考えになるくらい彼女の涙は渚の心を動かした。

 涙は女の武器なんて言うがその通りだ。渚は思い知らされながらも悪い気はしない。寧ろモヤモヤが晴れる気持ちだった。

 

「俺はバアルと戦うよ」

 

 渚の言葉を聞いたシアウィンクスは目にいっぱいの涙を溜めると手で拭いた。

 そしてベッドの上で姿勢を整えるや深々と頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 色々と忙しくなりそうだ。

 渚は明日からの事を考えて寝ることにした。

 シアウィンクスも協力を得られると分かったなら部屋に戻るだろう。

 そう考えていたが、顔をあげたシアウィンクスは四つん這いで渚に近寄るとズボンに手を伸ばして脱がそうとする。

 

「え、ちょ、な、なに?」

「その、奉仕を……。助けてもらうから。あの、あたし、経験ないから気持ち良くないかもしれない。けど、好きに、シて? 乱暴にされても頑張るから」

 

 この娘、なんでまだ抱かれようとしてるの!? 

 今、助けるって言ったのにまだ何か求めてるのか? 

 お願いだから、もう許して欲しい。流石にこれ以上は理性が炸裂する。

 ガリガリと削れる理性を総動員して言葉を選ぶ。

 

「最初ってのは大事なものだと俺は思うんです。だからそんな風にシていいものじゃない。少なくとも俺は怖がってる人にスるのは嫌だ」

 

 渚の言葉にシアウィンクスの手が止まる。

 

「あたしって魅力ない?」

「ある。こんなキレイな子と出来るのは興奮する。でも初めてはお互いが想い合ってがいい。シアウィンクスさんを抱かないのは俺の勝手な我が儘です」

「渚って童貞なの?」

 

 グサリと鋭い言葉を刺してくるシアウィンクス。

「おぐぇ!」と内心で吐血、心が瀕死の重傷を負う。

 記憶がないからハッキリとは言えないが多分そうだと思う。しかしなんか情けない事を暴露した気分だ。

 

「わ、悪いか?」

「別に。そんな変な顔しなくてもいいよ、あたしも処女だし」

「とにかく、そんなことしなくても俺はシアウィンクスさんに協力しますから」

「……ホントにいいの? あたし、頑張るよ?」

「傷心の女性に乱暴するほど落ちてないですよ」

 

 渚はシアウィンクスに服を着せる。

 そして部屋に送ろうとするが断られた。

 代わりに手を取られる。

 

「シアウィンクスさん?」

「ルフェイのように喋って欲しい。少し距離を感じるから」

 

 寂しそうに言うシアウィンクスに渚は肯首する。

 

「わかった、シアウィンクスさん」

「……シア」

「ん?」

「長いからシアでいい」

「了解だ、シア。それじゃおやすみ」

「……うん」

 

 返事とは裏腹に立ち去ろうとしないシアウィンクス。

 渚が首を傾げているとシアウィンクスに握られていた手が引っ張られた。

 

 ──むにゅん。

 

 恐ろしく柔らかいものに手が包まれた。

 あまりの触り心地に渚は呆気に取られる。

 

「……んっ。こ、これはお礼。男の人はこーいうのが好きって見たから。じゃまた明日……!!」

 

 手を離すと小走りで去っていくシアウィンクス。

 渚は未だ残る胸の感触に顔を真っ赤にする。

 シアウィンクスの勇気ある行動に、完全にスイッチが入る渚。健全な青少年は完全に魔王に拐かされていた。

 

「な、なんつう奴だ……」

 

 流石は魔王の血筋、まさに魔性だと想い知らされる。

 もはや煩悩に悩まされて眠気など消し飛んでいた。

 

「惜しい事をしたかな。……いや、あんな悲壮感たっぷりで来られたら互いのためにならんか」

 

 そんな言い訳めいたことを呟きながらベッドにダイブするも、結局悶々としたまま朝まで眠れない渚であった。

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 空が明るくなってから少し経つ。

 窓から見える空は地球とは違う紫色だ。

 別世界に来たんだと感慨深いものを感じながら渚は身の内に声を向ける。

 

「ティス、いるな?」

 

 ピスティスに問い掛ける。いつもは魂の座とか言う渚の奥深くにいる彼女なのだが、エルンストとの戦いから浅い表層と言えばいいのか、とにかく近い場所にいた。

 彼女なりに今の渚の状況を心配して気を張っているように思える。悪いと思うが強く意識して呼ばなくて良いので有難くもある。

 

『いる』

 

 淡白な返答はいつもの事だから気にしないで渚は続けた。

 

「知ってるかもしれないけど、ここの陣営で戦う事にした。けど俺は戦闘は出来ても戦術はからっきしだ、知恵を貸してほしい」

 

 ピスティスは恐らく戦術の心得がある。

 ルシファー領の状態から兵力や兵糧なども見抜き、撤退を推奨した。例えそうでなくとも、とんちんかんな自分よりは絶対にマシだ。

 

『了解。勝利条件と敗北条件の提示を願う』 

 

 渚の期待にピスティスは即答した。なんとも頼れる幼女である。

 しかし勝利条件と敗北条件か。

 渚は頭を悩ませる。

 敗北はルシファー領の壊滅だと思ったが、既に首都であるここが半ば終わっている。言ってしまえば勝利は絶対にない。

 

暫定的(ざんていてき)なやつでいいか?」

『構わない。けれど状況から考えるに必ず死者は出る、味方全ての生存は不可能だと断言する』

 

 それは一瞬だけ考えた。けどすぐに諦めた勝利条件だ。戦争をするんだから人は死ぬ。全てを救えるほど渚は万能じゃないし、(おご)ってもいないつもりだ。

 

「……優先順位を付ける。第一がシアウィンクスとルフェイ。第二が非戦闘員、第三が戦闘員の生存。最悪、シアウィンクスとルフェイが助かれば勝利にする」

 

 そう言っている自分に胸クソ悪くなる。けれどこれはハッキリと線引きしなければダメだ。欲張れば全て失うのだから……。

 

『その条件を前提に戦術を組む。しかし最初にやらなければならない事がある』

「シアのケアだろ? トップが家臣を避けるなんておかしいからな」

『肯定。あの者の精神は非常に不安定だと推測する。元より争い事に向かない人格なのを考慮しても改善すべき』

「戦いには出てるから勇気はあるんだよな。ただその結果で誰かが傷付いたり死んだりしたら自責を募らせるタイプだ」

『その自己否定的な精神は改めるべき』

「本人次第だろ、それ。とにかくシアの自責癖を治すとこから始めるかな」

 

 渚が部屋から出ると丁度ルフェイがやってきた。

 どうやら朝ごはんの誘いに来てくれたようだ。

 渚はルフェイのお誘いに乗って一緒に朝食を取ることにした。

 ショボショボする目を擦る。寝不足だが慣れているから問題はない。トロトロと廊下を歩く渚にルフェイが一瞬だけ何か言おうとするが直ぐに前を向いた。

 

「どした?」

「シアさまから渚さまが共に戦ってくれると聞きました」

「もう聞いたのか。まぁこれからよろしく」

 

 渚が手を差し出す。

 彼女の性格なら笑って握り返してくると思った。

 しかしルフェイは渚の手を見つめるや真剣な顔をした。

 

「申し訳ありません、渚さま。実は私はこうなると予想していたんです」

「ん?」

「渚さまが情に厚い人なのは玉座の戦いで分かっていました。だからルシファー領の状況を見せて味方をしてくれるように誘導したのです。……けれどこれは私の独断でシアさまは関係ありません」

 

 渚の次の言葉を待っているようだ。

 まさか怒られると思っているのだろうか? 

 渚は差し出した手を小さく震わせる。

 

「手が寂しいんだけど?」

「あ、ごめんなさい」

 

 少し慌てた様子で放置していた手を取る。

 握手完了だ。

 

「よしよし、じゃあこれからは仲間な」

「ふぇ?」

 

 してやったりと笑う渚。呆気に取られるルフェイ。

 

「変に気に病む事もない。俺が戦うのはルフェイとシアウィンクスのためだけじゃないんだ。この事を見て見ぬ振りをしたら傷になる。そんなの痛みを背負うのはゴメンだ。だから全部俺の為でしかない」

 

 どうせ帰れないのだ、出来ることをやろうと今は決めている。ルフェイとシアウィンクスの転移陣を壊した負い目もある。二人を助けるのは少しでも自分の罪悪感を払拭する為の代替行為だ。

 

「バアルとは戦いたくないんですよね?」

「もうエルンストに睨まれてるから今更だ。バアルのやり方は気に入らないし、知り合いも酷い目に逢わされた。そんな奴らの顔色を窺うのはやめる」

「……そうですか」

 

 目を伏せるルフェイ。

 どうやら完全に渚を巻き込んだと思っている。確かに最初はそうだったが戦うと決めたのは渚の意思だ。

 この娘もシアウィンクスに劣らず真面目で優しすぎる。

 渚はルフェイの両頬を引っ張る。もちろん軽くだ。

 

「にゃぎしゃしゃま?」

「さっきみたいに笑え~、とにかく笑え~」

 

 彼女は笑っている顔が一番だ。渚は塗り固まったルフェイの感情を(ほぐ)すように頬を(もてあそ)ぶ。

 

「にゃ、にゃにお」

「はは、面白い顔」

「ひ、ひろいれひゅ〜」

「知らなかったのか、俺は割りと酷い人間だぞ?」

「うぅ~、お兄さまにもされたことないのに」

「そんな顔をするルフェイが悪いな」

 

 不満げなルフェイを解放してやる。

 

「ぬぅ〜」

「ルフェイ、二人でシアを助けような」

「あ……。はい!!」

 

 渚の言葉にポカーンとするが強く頷いた。

 そこからいつものルフェイに戻ってくれたので世間話に花を咲かせながら渚は朝食が並べられた部屋にお邪魔した。

 昨日の今日でどんな顔でシアウィンクスと会おうかと考える渚。

 

「来たの」

 

 渚が来ても気にした様子なく料理を並べるシアウィンクス。一切こちらを見ないで次々と料理の乗った皿を配膳する。妙に手慣れている動きのシアウィンクスを目で追う。そこでシアウィンクスがエプロンを身に付けていると気づく。

 

「もしかしてシアが作ったのか?」

「そうよ」

 

 やはり目を合わせないで答える。

 なんか怒ってるのかとルフェイに目で訪ねるが何故か苦笑していた。

 

「座りましょうか」

 

 ルフェイに(うなが)され席に着いた。香ばしいパンの匂いがする。バスケットに入ったパンは焼き立てなのか湯気が出ていた。その他にはスープやスクランブルエッグ、サラダなど正に朝ごはんという顔触れだ。シンプルだがどれも旨そうだ。

 

「これ、あなたの」

 

 エプロン姿のシアウィンクスが置いたのはローストビーフのような食べ物だ。シアウィンクスやルフェイにはない料理。

 

「二人の分は?」

「歓迎の品だと思って」

「ありがとう」

 

 シアウィンクスの横顔に素直に礼を言う。

 料理を配り終えたシアウィンクスも席に座った。

 渚は両手を当てて「いただきます」と呟く。

 

「それ知ってる、日本の儀式でしょ」

「儀式ってほどのもんじゃないよ」

「そ。『いただきます』」

 

 シアウィンクスが渚に合わせて食事を取り始めた。

 ルフェイも真似をするとシアウィンクスを見た。

 

「……なに?」

「いえいえ、とても楽しそうで嬉しいです」

 

 楽しそうか? 

 渚はシアウィンクスの横顔を覗くが冷めた態度で黙々と食事していた。

 渚は会話のない食卓に居心地が悪くなり話題を探す。

 

「シア」

「……なに?」

「美味しいよ」

 

 コミュニケーションを始めるため絞り出すように料理を褒めた。無論、嘘は入ってない。本当に美味い。

 渚がシアウィンクスの返答を待つと彼女は小刻みに震える。

 

「……黙って食べられないの? バカなの?」

 

 顔を真っ赤にして睨まれる。

 なんか凄い怒っていた。昨日の夜に見せたしおらしさは何処かに置いてきてしまったようだ。

 とにかくシアウィンクスはマナーに厳しいと脳内にインプットした。

 ルフェイがクスクス笑っている。

 そんなに笑わなくても……。

 怒られた渚は少ししょぼくれた。

 ひたすらに渚と目を合わさないシアウィンクスと終始機嫌の良さそうなルフェイに挟まれて食事を済ませる。

 食器などの片付けは3人でやった。

 

「さてとシア。現状を詳しく聞かせてくれるか?」

 

 渚はテーブルの席に着いて尋ねた。

 ティスの予測では兵糧なし兵力なし陣地は崩壊寸前という三大苦らしいが、やはり本人からも聞いておかなければならない。

 ルフェイもシアウィンクスの言葉を待っている。

 

「戦える人数は300よ、食料もあと2週間で尽きる。首都の防衛機能も陥落して使えない」

「なるほどな」

 

 概ねティスの予想通りだ。

 

「シア、兵士以外の人はどこにいるんだ?」

 

 渚は首都に住む人々を一切見ていない。兵士は沢山いたが民間人らしき人が見当たらないのだ。

 皆殺しにあった可能性もあるがシアウィンクスの性格から逃がしていると渚は考える。

 

「首都から東に行ったところに"ルオゾール大森林"と呼ばれる場所がある。民間人はそこへ避難させてる」

「敵に見つかる可能性は?」

「大丈夫だと思う。あそこは冥界で最も古い樹海で普通は誰も近づかない」

「バアルでもか?」

「あの樹海は強力な魔力スポットだから生息する魔物は強力なのが多い。最上級悪魔でも命を落とすわ」

「またすごい場所を選んだな」

「特殊な結界を張る魔具を使ってるし奥には近づかないように厳命してある。でも出来るだけ早くに出したい、凄く危ないから」

 

 100%安全な訳ではないとシアウィンクスの態度が表している。なら早速、行動するべきだ。

 椅子から立ち上がりシアウィンクスに近づく。いきなり寄って来た渚に落ち着きを無くす。

 

「……な、なに?」

 

 そわそわとしながらも目を合わせず言う。

 なんで視線を横に逸らすのだろうか。まぁ多分、昨日の事が尾を引いているのだ。クールなくせに初心(うぶ)過ぎるだろ、この魔王様……。

 こうまで、あからさまだと渚の方が引っ張らなくては……と思ってしまう。

 状況も切迫している。次に襲われたら終わりと言っても過言じゃない。バアルが攻めてくる前に動かないと不味い。渚は予想し得る最悪を回避するために遠慮というのを捨てる決意をした。

 

「行こうか」

「あ、ちょ、なんで手を……!?」

「さ、ルフェイも」

「……あ、分かりました!」

 

 察したようにルフェイも立ち上がった。

 渚はシアウィンクスの手を取って大股で歩く。戸惑うシアウィンクスは小走りだ。

 

「ね、ねぇ、どこ行くの? それと手を……」

「兵舎だ。カルクスさんとククルさんも含めて、これからどうするか話し合う」

 

 シアウィンクスが真っ青になる。

 カルクスとククルに会わせる顔がないと言いたげだが遠慮はしてやらない。既に詰みの状態に片足を突っ込んでいる。いい加減にトップであるシアウィンクスにはちゃんとしてもらう。

 

「待って。あたしは戦術に疎い、だから話し合いに私は必要──」

「ある。昨日、兵舎を尋ねた時に確信した。兵の士気はまだまだ高い。それはあの人たちにとってシアウィンクス・ルシファーが命を懸けて戦えるほどに大事だからだ。だからきっと良い鼓舞(こぶ)にもなる」

「う、ウソ……。あたしは我が身の可愛さにバアルの要求を突っぱねた臆病者よ。大事なんて思うはずがない」

 

 まるで信じられないと言いたげだ。

 

「だから戦い以外の時は城に引き込もって英雄を召喚しようとしたのか?」

「そうよ、成功すれば皆を助けられると思ったから……」

「努力の方向性が間違ってる」

 

 行動力はあるのに進むところが明後日(あさって)すぎる。

 彼女がすべきは話し合いだ。自分が悪いからと他人を遠ざけるなど支えてくれたカルクスやククルの気持ちを勝手に決めつけているにすぎない。それはある種の傲慢とも言える。

 

「違わなくない。ルフェイと渚が来てくれた! ルフェイは助言者としてあたしを助けてくれたし一緒に戦場にまで出てくれたわ。あなただって──」

「まだ何もしてない、だから今からする。いい加減、自分を許してやれよ。誰もシアを悪く思ってやしない」

「違うの、違うのよ。あたしは自分が領主失格と知ってる。交渉の時、アルンフィルがバアルを殺そうとしたのを見て安心した……してしまった。これで酷いことをされずに済むってッ! これからバアルが攻めてくると頭の隅でわかっていながらよ!!」

 

 息を荒くして胸を押さえるシアウィンクス。

 その苦渋とも言える顔から、まるで魂を削りながら喋っているようである。

 渚はそんなシアウィンクスを一瞥(いちべつ)して再び前を向いた。

 

「だから?」

「……え?」

「自分が大事なのは当たり前だろうに。何をそんなに騒いでんだ? シアは悪魔だろ。だったらもっと欲を持て。俺の友人なんかハーレムのために命懸けてる色欲の塊だぞ。そんな小さな欲で自分を嫌いになるとか。……もしかして天使にでもなりたいのか?」

 

 心底、呆れたように渚は言う。

 領民の前で犬のように犯すと言われたんだ。嫌に決まってる。なのにそうした方がマシだった? 馬鹿げている。そんな要求を飲むなど正気の沙汰じゃない。

 どうしてこうも真面目にネガティブなんだろうか?

 

「人を思いやるのも程々にしておけ。見てらんない」

「何よ、それ。あなたがそんなこと言うの?」

 

 キッとシアウィンクスが睨んできた。何か間違ったのだろうか? 

 

「俺が言っちゃ悪いかよ」

「欲を持て? 笑わせないで。自分は他人を無償で助けてるじゃない!」

「怒るなよ。俺、何かしたか?」

「そう、何もしなかったわ。対価を渡そうとしても受け取らなかった……!」

 

 顔を真っ赤にしがら睨みを効かせるシアウィンクス。

 昨日の夜の事を掘り返すなよ……。

 ああ言えばこう言うシアウィンクスに渚もイライラしてきた。

 

「怯えてる人を襲う趣味はない。それに酷い顔だった、襲われる気があるなら目の下の(くま)ぐらい隠せ」

「なっ!」

 

 シアウィンクスはメイクで隠しているが目元にはうっすらではあるが疲れが見えた。それも最初からずっとだ。不眠症か徹夜かは知らないが録に眠れていないのだ。

 もっとも元の顔立ちが良いので気にならないレベルだ。ただ今は苛立ちがソコを誇張して言葉を走らせてしまう。

 渚の指摘に目元を隠すシアウィンクス。

 

「み、見たら叩く。とっても叩くから」

「両手を使えない状態でどう叩くんだよ?」

 

 右手は渚に左手は退かす気配のない目元だ。

 

「ああ言えばこう言う人……!」

「お前が言うか……?」

「うふふ。仲良し、ですね」

「「どこがっ!?」」

 

 口喧嘩のような口論を続ける二人を見るルフェイは嬉しそうだった。

 そんな事をしている内に兵舎までやって来た。さっきまで元気の良かったシアウィンクスは渚の後ろに隠れて目立たないようにしていた。

 余程、人に会うのが怖いらしい。

 こんな無理強いはあまり好きじゃないが、今は仕方ないと渚はシアウィンクスを引っ張りながら兵舎へ入る。

 

「おう、ルフェイちゃん。今日はどうした? ──シ、シアウィンクス様!?」

 

 兵がルフェイに声をかけようとして顔を驚きに染めた。

 

「えらいこっちゃ!」

 

 兵士は渚たちに会釈すると奥へ走って行った。

 

「当然ね、あたしの顔なんか見たくもないはずよ」

 

 自嘲混じりに言葉を吐き捨てるシアウィンクス。

 渚はバレないように嘆息する。あの兵士にあったのは嫌悪ではなく喜びだった。きちんと顔を見れば分かる。

 

「ルフェイ、ククルさんかカルクスさんの居場所って分かるか?」

 

 その名を聞いたシアウィンクスが渚の手を強く握りしめた。最後の抵抗というより少しでも恐怖を紛らわしたいのだろう。

 

「はい。ククルさんが近くにいます」

「まずはそこだな」

「案内しますね」

 

 ルフェイに付いて行き、とある一室の前にやって来る。

 

「ククルさま、ルフェイです」

 

 ルフェイがノックすると「開いてるよ」という許可が出たので入る。

 中では椅子に座ったククルが顔の包帯を外していた。片目を中心に焼け爛れた傷跡。瞳は白く染まり光を写している様子はない。

 

「すまんね、丁度包帯を変えてるとこなのよ。少し待っとくれ」

 

 ククルが渚たちに振り返ると椅子から立ち上がった。その顔は先の兵士同様に驚きに満ちている。

 

「し、シアウィンクス様? どうしてここへ?」

「渚に連れて来られたの。ごめん、驚いたよね。すぐ帰るから……」

 

 泣きそうになりながら踵を返すシアウィンクスをククルは慌てて止めた。

 

「後生だ、お願いだから待っとくれ」

「ククル……」

「シアウィンクス様、顔を見てもいいかい?」

「……うん」

 

 ククルに顔を向けるシアウィンクス。

 

「酷い顔だよ。メイクで誤魔化してるけど疲れてるね。それに少し痩せた。ちゃんと食べてるのかい」

「……食べてるよ」

「相変わらず人の為なら平気で嘘を吐くねぇ」

 

 ククルが破顔してシアウィンクスを抱き締めた。

 

「ど、どうして?」

「ずっと謝りたかった。ウチらはバアルに勝つつもりで戦ったんだ。けど結果はこのザマ、シアウィンクス様の期待に応えられなかった」

「ち、違う。あたしがバアルとの交渉でちゃんとしなかったから……」

「いんや。シアウィンクス様は悪くない。ここにいる連中は皆そう思ってるさ。なぁカルクス?」

 

 ドアが開いて鎧姿のカルクスが膝を突いて頭を下げた。

 

「我らシアウィンクス・ルシファー様の矛にも盾にもなれなかった愚臣なれど忠誠が揺らいだことはありませぬ。首都防衛の失敗は兵士長であるこのカルクスの責です。どのような罰でも受けます」

 

 深々と謝罪するカルクスからシアウィンクスへの不平不満は感じない。

 

「か、顔をあげて、カルクス。あたしが悪いの。戦い方を知らないで、ただ戦場で嘆いていた。役立たずでごめんなさい」

「お嬢……。そんなことはねぃ、そんなわけが! いつだってお嬢は必死だったのを知ってる。……なぁお前たちぃ!!」

「「「「「おぉーー!!!!!!!」」」」」

 

 カルクスの言葉に応じたのは兵士たちだ。

 扉の外で片膝を突いて礼をする鎧の音が反響した。かなり集まっているようで多くの者たちがいるのが分かる。本物の忠誠というものを肌で感じた渚は圧倒されて鳥肌が立つ。

 

「みんな……」

 

 やはり誰もシアウィンクスを恨んではいない。

 ただ罪悪感から自分が悪いとして相手を見ていなかっただけだ。一度開いた溝は勘違いを肥大化させて、やがて埋めるのが難しくなる。

 ともせず無理矢理ではあるがシアウィンクスの自責の念はある程度は取り除けた。

 渚がルフェイに目配せをすると彼女は頷いて口を開いた。

 

「皆さん、これからの話し合いを致しましょう」

 

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