ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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──反撃開始。



極光の旗印は深淵の狼煙にて《Rebellious》

 

 旧ルシファー領の首都から南へ数百kmほど行った平原にバアル兵たちの駐屯地がある。

 何千と並ぶ天幕。象や虎によく似た魔物。鎖で繋がれたワイバーンの群れ。攻城兵器の数々。確かにあれだけの人員と装備を整えればルシファー領の首都を陥落させられるだろう。

 しかしバアル軍の兵である悪魔達からは緊張感が感じられなかった。敵領土であるというのに朝から酒をあおり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。まるで勝利を祝う祝賀会である。

 そんな勝利気分に酔いしれる駐屯地の様子を渚は遠くから(うかが)っていた。

 

「ざっと一万は越えるか」

『悪魔12762、ワイバーン3756、その他の魔物2000を確認』

「よく分かるな」

 

 双眼鏡にも似た魔具を目から放す。

 距離にして8kmぐらい離れた小高い山からバアル軍を見下ろす。あれは首都から1番近いバアル軍であり、侵略部隊だ。

 悠長に構えている様子からも進軍はまだ無さそうだが動き出せば終わりだ。ルシファー側の首都は防衛機能が破壊されたまま働いていない。もし今の状態で攻められでもしたら数で圧倒される。だからこそ早急にあの軍勢を排除する必要があった。

 

「よし、やろう」

『了解。"蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"、20%限定起動。霊氣廻転率の上昇率を確認』

 

 渚は頭を切り替える。命を奪う覚悟と誰かを守る決意を抱いてゆっくりと伏せる。

 俗に言うクラウチングスタートの構えだ。

 

洸天(こうてん)より(まばゆ)き光、()はあらゆる(つみ)を浄化し正義を()剣撃(けんげき)なり。そして()たれ純白なる執行者(しっこうしゃ)。──"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"

 

 言霊詠唱(コード)を読み上げると洸剣が降臨する。渚がなにも言わずに目配せすると、浮遊していた6本の洸剣は閉じた翼のように背中で待機状態になった。

 

『闇にて祓わんとする者よ。汝が覚悟に応え、鋼は轟き打ち砕く。さぁ更なる(うた)にて力を願え』

 

 渚の中の"蒼"が力を生む。純粋な力の塊に飲まれないようにしながら言葉を(つむ)ぐ。

 

深淵(しんえん)より(くら)き闇、()はあらゆる(ばつ)弾劾(だんがい)し悪を討つ拳撃(けんげき)なり。そして来たれ漆黒の断罪者。──"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"

 

 黒曜石を思わせるガントレットとグリープが渚の四肢に装着された。

 禍々しくも美しい闇色の顕現。

 "洸剣"と"魔拳"が互いに共鳴して力を高め合う。流石に二つ同時は体に掛かる負担が大きく体が軋む。

 

「ティス」

『"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"を特定位置にセット』

 

 背中の洸剣が光の帯を引っ張りながら飛翔して渚の後ろに花開くように展開された。するとキュイィィンと甲高い音を立てながら刃たちが光を強める。

 

『演算照準0.75及び6.33修正。弾道軌道、動作予測、角度調整、オールクリア。"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"、指向性斥力領域を形成……準備完了(レディ)』 

 

 ピスティスの言葉に渚は項垂れた。

 

「最後に聞くけど、これしかないんだな?」

『私は戦術効果の最大を提示している』

「死なないよな?」

『発射時の反動は重力で遮断する。空気抵抗も斥力で調整可能。今のナギサの肉体なら充分に耐えられる』

 

 渚は観念したように"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"に"蒼"を装填する。

 黒々とした波動が噴出して超重力の塊に大地が悲鳴を上げる。

 肺に大量の空気を送り込んで思いっきり吐き出すと顔をあげた。

 

「始めろ」

斥力解放(アクティブ・リバルシブ)……発射(ゴー)

 

 地面を蹴ると同時に突き抜けるような圧力が背中を推す。渚はそのまま真っ直ぐバアル軍に向かって飛翔した。一瞬、体がバラバラになったと思ったがなんとか五体満足だ。自分の頑強さに驚異を覚える。

 

「────────」

 

 しかし殴り付けるような大気の壁が口を開く事すら許してくれない。

 やるんじゃなかった!! 

 今さら後悔するがもう遅い。

 "聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"の力を応用した斥力カタパルトは第三宇宙速度並みの速さで渚を弾き飛ばす。

 意識が飛びかねるが根性で耐えた。もうバアル軍が目の前にいるのだ。

 渚は右手を引いて拳を作る。

 

冥 天 核(アトラクト・コア)、起動。単一指向性重力圏を展開』

 

 ガントレットの甲部分がスライドして青い宝玉が現れる。"蒼"を取り込んだ"魔拳(ゲペニクス)"が暗闇を模した波動を噴出させた。渚は構わず更に力を流し続ける。

 

『術式解放──"漆黒の焉撃(ジオ・インパクト)"』

 

 バアル軍の頭上を通り抜けるタイミングで超重力の塊を叩き落とす。

 漆黒が膨張して唸りをあげると空は鳴き、地は震える。

 巨大かつ強大な黒き一撃は最早災害とすら見紛う破壊の渦となりバアル軍を容赦なく蹂躙する。

 天幕は壊れ、魔物は吹き飛び、ワイバーンは捻り切れ、悪魔は押し潰されていく。

 次々と命を吸い上げる嵐のような闇にバアル軍は阿鼻叫喚(あびきょうかん)となった。

 そんなこの世の地獄を産み出した渚だったが、バアル軍の事を考えてる余裕はなかった。地面が目の前に迫っていたからだ。

 対処法を考える前に派手に激突。その衝撃で天を突かんばかりの高い砂塵がそびえ立つ。それから投げ出されるような形で豪快に転がる。

 口に鉄の味が広がり、額から流れてきた液体が片目を赤く染めた。

 

「このッ!」

 

 かろうじて体勢を立て直すもスピードが一向に落ちない。左手で大地を掴み、両足を突き刺すようにしてブレーキを掛ける。幾分かの減速するが、それでも地表を大きく掘削しながら進む。このままでは遥か彼方まで跳ばされるだろう。三半規管をイカれさせながら、冗談ではないと頭を働かせる。

 

「"洸 劒(フリューゲル)"!!」

 

 "聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル) "の斥力で逆方向へ自身を押す。

 圧迫されてサンドイッチになるかと思ったが、なんとか止まることが出来た。

 

「ふぅ──」

 

 酸素と一緒に緊張も吐き出す。

 しかし静止するためとはいえ結構な距離を使ってしまった。バアル軍の駐屯地も目視不可能なまで離れて状況が掴めない。

 仕方ないと渚は抉れた地面を目印に逆走する。

 その間に体を改めると結構血だらけなのに気づく。着地に失敗した時の傷みたいだ。見た目は痛そうだが骨も内臓も無事だ。洸剣と魔拳の併用(へいよう)で多少の疲れはあるものの、ある程度なら戦いに影響もないだろう。

 けれど……。

 

「やらない、もう二度とやらない。死ぬかと思った」 

 

 うぅと呻き声を出しながら作戦を振り返る。

 

 1.バアル軍の駐屯地に素早く移動(第三宇宙速度とは聞いてない)

 2.頭上から不意打ちして敵の戦力を削る(多分、被害甚大で削るどころじゃない)

 3.初手の奇襲で混乱してる間に殲滅する(初手が強烈かつ凶悪過ぎて必要あるかな?)

 

 つまり渚は人間爆撃機というアホみたいな事をしたのである。本当にアホだと本人も思っている。

 最小のコストで最大のリターンを得るとの言い分だったのだが、最小のコストというのが渚のトラウマに成り兼ねないのだから始末に追えない。

 やがてバアル軍のいた場所まで戻る。

 そこにあったのは底の見えない大穴だ。バアル軍どころか地表すら消え失せていた。

 

完 璧(パーフェクト)

「完璧過ぎて引くわ! というかコイツ、ヤバさに拍車掛かってないかっ!?」

 

 どこか覚えのあるやり取りをしながら叫ぶ。

 "冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"さんが()り過ぎて引くレベルだったのだ。コカビエルの時より明らかに威力がアップしてる。

 ますます扱い所が難しいヤツだと辟易(へきえき)しながらガントレットを眺める。その黒光りする刺々しい"魔拳(ゲペニクス)"は渚の気持ちとは裏腹に自慢げに見える。錯覚だと思いたい。

 

「まぁ悪いとは言わないけどな」

 

 もう一度だけ大穴に視線を落とす。

 一万以上の悪魔が死んだのだろう。

 渚は手を合わせて黙祷する。大量殺人に心は痛んでいない。自覚はないが恐らく慣れているのだろう。こういう自分の異常性を垣間見る度に自身の過去が怖くなる。だから記憶を戻そうと努力しないかもしれない。

 

「帰るか」

 

 無駄な思考をしたと思いつつ苦笑する。

 渚にはバアル軍の命を奪う理由があった。今はそれで良い。しかし軽んじず、その重さを噛み締めながら歩き出す。

 

 こうしてルシファーからの反撃はバアル軍の消滅という結果から始まる。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 渚はルシファー領の首都へ戻ると兵舎を目指した。

 今は昼時、朝イチから出たので腹が鳴る。加えて無理をした代償に倦怠感が酷くなりつつある。恐らく"蒼"を使った反動で疲れているのだろう。重い体を引き摺るように兵舎へ入るとカルクスに出会う。

 

「あ、こんにちは」

「やけに早いな、ルフェイ嬢からバアル軍の偵察任務に行ったと聞いたぞ? というかよぉ傷だらけじゃねぇかぃ、魔物にでも会って引き返したんか?」

「任務は終わりましたよ。これは()けました」

「はははは! ドジなヤツだぃ!」

 

 バンバンと背を叩かれる。

 カルクスは大柄なだけに力が強いので、もう少し手加減してくれと内心で思う。背中が痛くてならない。

 渚がシアウィンクスの自責を拭う手伝いをしてからと言うものカルクスを初めとしたルシファー領土の兵達が妙に気安く話し掛けてくる。仲間だと思ってくれているのだろうか? 根が善人な悪魔ばかりなので、上手く付き合えたのは嬉しく思う。

 

「とりあえず報告してから飯を食べたいですね」

「まず治療しろぃ。足取りはしっかりしてるから強くは言わんが次から俺に相談しろ。護衛の兵ぐらいつけてやるぞ」

「了解です」

 

 カルクスと共に歩きながら渚は兵舎の会議室へ向かった。扉を開けるとシアウィンクス、ルフェイ、ククルが一斉に渚を見た。

 

「ただいま」

 

 軽く手を挙げて挨拶をする。

 ルフェイが微笑み、ククルが呆れ顔をした。

 シアウィンクスは何故か大股で寄ってくると不機嫌そうに睨んできた。

 

「ルフェイに聞いたわ、勝手にバアル軍の偵察に行ったそうじゃない」

「勝手じゃないぞ? ルフェイに伝言は頼んだ」

「せめてあたしにも相談しに来てほしかった」

「行ったさ。けど眠ってたみたいだからな」

 

 渚の言葉にシアウィンクスは気まずそうに黙り込む。

 別に責めてる訳じゃない。今まで気を張り続けたシアウィンクスは録な睡眠を取っていなかった。昨日、カルクスやククルの気持ちを聞いてから精神的なゆとりが持てたのだろう。顔色だって今日が一番良い。

 

「別に起こしてくれても良かった」

「俺は休んでほしかったんだ」

「……ごめん」

「謝んな。急ぎだったから事後報告になるけど、こっちこそ勘弁な」

 

 渚は旧ルシファー領周辺地図が置かれた台に近づく。

 青い駒と赤い駒が各地に置かれており、青は味方、赤は敵である。昨日の内でこの会議室へ案内されていたので敵の位置などは把握していた。尤もこれは首都侵攻直後の配置なので正確ではない。

 渚は首都から一番近かった赤い駒を手に取ると斜め後ろへ移動させた。

 

「首都を襲ったバアル軍はここまで撤退してた。3週間も大人しかったのは損耗した兵や物資を補給していたからかもしれない」

 

 渚の言葉にルフェイが頷く。

 

「加えて司令官の復帰を待っているのかもしれません。首都侵攻のおりに重症を負ってるので」

「ガイナンゼのクソガキは首都の戦いで戦線離脱したようだからな。しかし兵だけ残してアタマがトンズラとかあり得ねぇだろ、なに考えてんだかよ」

 

 カルクスから嫌悪感がヒシヒシと伝わってくる。相当嫌っている様子だ。

 

「ウチらは首都が陥落寸前で防衛機能は修復不可能。兵も激しく損耗して、周辺領土は全てバアルに掌握済みと来てる。戦う術のない孤立無援な状態と高を(くく)ってんのさ。抵抗されるとすら思っていないよ、コイツらは……。それに周辺領土の悪魔が見張ってるからどこにも逃げられない。だから兵は悠々とガイナンゼを待ってられるんさ」

 

 実際、渚はパーティーみたいな馬鹿騒ぎをしているバアル軍を見ている。彼らは勝利を確信していたからあんな事をしていたのだろう。軍としてどうなんだと思うが……。

 

「周辺領土が大王の権威に(ひざまづ)いたのは嬉しくないね。前までそれなりの交流してた領土もある、間違いなくウチらの情報は洩れてるだろうさ」

 

 ククルが忌々しそうに周辺領土へ赤い駒を置く。

 地図に配置された駒は殆どが赤だ。

 青の駒は旧ルシファーの首都と東にある"ルオゾール大森林"と書かれた場所のみである。

 

「見事に敵ばかりね」

 

 シアウィンクスが目を細めて地図を見下ろす。

 戦力差1対10000を肌で感じているのだろう。

 

「やはり第一関門はこのバアル軍です」

 

 ルフェイが指差したのは渚が下げた駒だ。一番大きくて場所も近い。シアウィンクス達が表情を曇らせたので渚が声を上げようとする

 

「あ、コイツらなんだが──」

 

 しかしカルクスの声が重なる。

 

「奴等はいつ来そうだ?」

「そんなの決まってるさね、ガイナンゼが戻ってきたら直ぐだよ」

「やはりバアルの司令官が不在の内に手を打つべきです。逃げるか、戦うかの選択も重要になるかと……」

「けど一万を超える軍勢よ、戦える数じゃない。逃げるにしても"ルオゾール大森林"はダメ。非戦闘員が多すぎるうえに血の臭いを辿って中心部から強い魔物がやって来る可能性がある。バアル軍と"ルオゾール"の魔物に挟撃されたら間違いなく生き残れない」

 

 真剣に今後を相談する4人に割り込めず、渚は恐る恐る手を挙げる。大事なことを言っていなかったのだ。

 全員の視線が集まると目を泳がせながら悩みの種であるバアル軍の駒を取り上げた。

 渚の行動は訝しげに見られる。

 

「これの心配はないよ。もう居ないから」

「「「「はい?」」」」

 

 疑問がハモる。

 まぁそうだろう。何せルフェイにも偵察してくるとしか言ってない。だから本当の事を言うことにした。

 

「さっき壊滅させてきた」

 

 その駒は、今朝がた人間爆撃機と化した渚の手で滅んだ軍勢を示す物なのだ。

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

「幾らなんでも非常識。一人でバアル軍に挑むなんて有り得ないから」

 

 渚は何故か正座をさせられて説教を食らっていた。

 これが戦術効果の最大なやり方だと説明するが無視された。腕を組んだシアウィンクスは静かながらも凄い剣幕だ。

 

「あなたがここまで危険を侵すとは思わなかったわ……」

「と、当面の危機は去ったからもっと喜ぼう、な?」

 

 シアウィンクスが凄く怒っている。冷ややかな瞳とは裏腹に背後ではメラメラと怒りの炎が燃えていた。

 渚だってやりたくてやった訳じゃない。

 やれるのが自分だけで時間も有限。ピスティスのお墨付きだったので実行した。結果的には大成功だ。そんなに(たけ)らなくていいんじゃないかと思う。

 

「ククル」

「あ~いよ」

 

 シアウィンクスが言うやククルが会議室を出て行った。

 何処に行くのだろう。

 その背を目で追っているとシアウィンクスが更に睨んできた。迫力に負けて背筋を伸ばす。

 

「偵察に行くと言ったらそうして。無理に動いて命を落とされたら溜まったもんじゃない」

「い、威力偵察なんていう言葉がありましてね?」

「絶対それだけで済ますつもりじゃなかった」

 

 鋭いな。

 ピスティスと相談して無力化を前提に動いていたのは事実だ。偵察と言ったのは一人で万を超える軍勢と()り合うと言えば止められると思ったからだ。

 

「シアさま、どうかその辺りにしてあげて下さい」

「ルフェイ?」

「渚さまが単独で動いたのは勝算があったからと思います。結果的に状況はかなり好転しました。目前の脅威が払われたんです、これは間違いなく喜ばしい事じゃないですか?」

 

 優しく諭すルフェイ。

 渚に直接騙されたルフェイからは怒りを感じない。寧ろ「やっぱり……」と納得している雰囲気だった。どうやら彼女には見透かされていたようだ。可愛い顔ながら底の知れない魔法使いである。

 

「そうだけど渚に何かあったら……」

 

 心配してくれるのは嬉しいが、そのせいで渚という強い駒を出し惜しみされては困る。寧ろ、もっと前へ押し出さなければダメだ。

 シアウィンクスが他人の命に敏感なのは知っている。だから渚は敢えて強気の言葉で彼女の不安を取り払う事にする。

 

「俺は"今"を覆すために召喚されたんだろ? だったら気にせず使え。俺も納得して闘ってるんだからシアはもっと頼れ」

「その気持ちは嬉しい。でもね、あなたやルフェイを死なせたくないの。こんな酷い場所に呼んでおいて何を言ってるかと思うかもしれない。矛盾してるのも分かってる、けれど無茶だけはやめて。全てを押し付ける為にあなたを呼んだんじゃない」

 

 懇願するように(さと)すシアウィンクス。

 他人をそれだけ想えるのは美徳である。だからリアス達を天秤に掛けてまで助けたいと思ったのだ。彼女の優しさにはそれだけの価値がある。既に関わってしまった以上は全力でやるつもりだ。

 

「俺はシアとルフェイが召喚されたんだぞ? バアルの軍勢なんて本気を出せば、ちょちょいのちょいよ」

「何よ、ちょちょいのちょいって」 

「余裕ってことだ」

「変な言葉」

「違いない」

「渚、あのね……」

「悪いけど必要なら無茶をする。けど必ず生きて帰るよ、シアの重荷になりたくないからな」

「ホントに?」

「ちょちょいのちょいさ」

 

 シアウィンクスがクスッと笑う。言葉のニュアンスが面白かったのだろう。

 ククルが帰ってくる。その手には救急箱らしき物が握られていた。

 

「貸して、あたしがやる」

「あいさ、優しくしてやんな」

 

 シアウィンクスが言うや正座する渚の前に伏せた。

 

「椅子に座れば──」

「ダメ、正座して」

「ア、ハイ」

 

 どうやら渚の反省はまだ続くようだ。

 大人しくするとシアウィンクスは渚の全身を看る。

 

「ケガだらけね」

「かすり傷だよ」

「そうね。でも痛みはあるし(あと)だって残る」

 

 傷口を消毒するシアウィンクス。

 渚は()みる感覚に顔を歪ませた。

 シアウィンクスは渚の表情を見て少しだけ俯く。

 

「痛む?」

()みただけだ」

 

 チョンチョンと控えめに消毒が再開される。

 シアウィンクスは(いたわ)るみたいに傷を診てくれた。第一印象は冷めた少女だった。しかしその実、感情表現が不器用なだけで性根は優しく繊細だ。

 真剣な顔から見るに責任を感じているのだろう。

 律儀と言うか、真面目というか。戦っているんだから怪我ぐらいする。いちいち気にしないで欲しい。

 

「自己責任だ」

「……何も言ってないわよ」

 

 ツンケンして隠そうとしてるが下手すぎだ。その顔は絶対に気にしてる。

 

「気にされると俺が困る」

「……」

 

 沈黙は答えなり、とは良く言ったものだ。

 

「図星って顔に書いてるぞ」

「うるさい。そうよ、また勝手に責任感じたけど悪い? あたしは一応トップなんだから心配ぐらいさせなさいよ」

「するな……とまでは言わないけど程々にな」

 

 渚がそう言うとシアウィンクスは小さく肩を落とす。

 

「その、さっきは勢いで怒っちゃったけどあなたの働きには感謝してる」

「シアってさ感情表現が苦手だろ?」

「いきなり、なに?」

「クールだと思ったら妙に熱くなりやすいし見てて面白い」 

「そ。楽しんで貰ってるみたいで、う・れ・し・い・わ!」

 

 グイッとガーゼを押し付けられた。

 消毒液が容赦なく雑菌を殺戮する。その反動が鋭い痛みとなって渚に返ってきた。

 

「あだだだだだだ!」

「うるさい」

「いや、痛いよ! あ、ちょっと、そんなグリグリしないで!? あだ! 滲みる滲みるぅ!! つか傷が広がるから!!」

「かすり傷なんでしょ? ならちょっとくらい開いても問題ないわ」

「鬼か!?」

「悪魔よ」

 

 冷めた目で荒々しく治療してくる。

 落ち込ませるよりは良いだろうと少しからかったが大きな代償を払う結果になった。

 

「渚はカッコいい時とそうじゃない時の落差が激しいねぇ」

「見てて飽きねぇし良いじゃねぇの、ルフェイ嬢もそう思わんかぃ?」

「はい、とても素敵な殿方とは思います」

 

 その答えにニヤついたのはククルの方だ。

 目に皺を増やしながらルフェイとシアウィンクスを交互に見やる。

 

「おやおや、渚も隅に置けないねぇ」

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 ──バアル領。

 

「♪」

 

 エルンストは嬉々として大理石の廊下を歩いていた。

 古き良き旧ルシファー領とはまた違った(おもむき)の城は、数ある領土の中でもトップクラスの巨大さと絢爛さを誇る。

 目的の部屋に近づくと微かに甘ったるいお香のような匂いが鼻孔を(くすぐ)った。

 

「エルンスト様。ここからは通すなと命を受けております、お引き取りを」

 

 そう言って立ち塞がったのは二人の衛兵だ。中々の魔力に胆力、そして主に言われた仕事を忠実にこなす精神。とても良い兵だとエルンストは感心した。

 

「兄上に大事な知らせがあるんだけどダメ?」

 

 美少女のような可憐な笑顔で通すように頼むが首は横にしか動かない。

 

「重要事項ならば伝令役を通して頂きたい」

「我らは何人(なんぴと)も通すなと厳命されてるゆえ、ご容赦を」

 

 頑として譲らない衛兵たち。

 あくまで主人だけに従う忠誠心は素晴らしいものだ。

 しかし困った。

 今から伝令役を探すの手間が掛かる。

 

「あ、そうか」

 

 ポンと手のひらを拳で叩き、笑みを深くした。

 瞬間、衛兵の上半身が消滅する。残った下半身から噴水のように血が吹き出して廊下を汚した。

 

「な、何を!!」

 

 あは、驚いてる驚いてる♪ 

 エルンストはイタズラが成功した子供のように内心ではしゃぐ。

 

「何って殺しただけだよ? 僕はここを通りたい、でも君らは通したくない。話が通じないなら片方が居なくなれば良いだけだと思わないかい?」

 

 自分は話し合いで解決しようとしたと言い張るエルンストに残る衛兵は表情を強張(こわば)らせた。

 

「貴方のソレは暴論だ。話が通じない相手は殺すのか!」

「邪魔ならね」

 

 エルンストが衛兵を一瞥すると首から上が吹き飛ぶ。

 倒れた体を通り越して首だけを無惨な死体へ向けて目を細めた。

 

「お仕事、ごくろーさん♪」

 

 理不尽な殺人を当たり前のようにしたエルンストは床に血の足跡を着けながら目的の部屋まで辿り着く。

 中へ入ると甘い匂いが一層強くなった。

 エルンストはニコニコしながら部屋の更に奥にある扉を開ける。

 その先にあったのは酒池肉林の世界だ。全裸の女が部屋中に転がっており、ビクリとたまに痙攣するだけで薄く開かれた目には光がなく焦点も合っていない。まるで壊れた人形のようで不気味である。

 エルンストは正気を失った女たちには目もくれず奥に向かう。

 目的の人物はベッドで上で行為に及んでいた。肌と肌を叩きつけるような音と肉欲に濡れるあえぎ声。

 男は女を暴力的なまでに犯している。

 エルンストは気にした様子も無しに薄いレースカーテンを開く。

 女と目が会う。酷い有り様だ、それなりに整った容姿は涙と鼻水でグチャグチャになっていて下の恥部からは乙女の証が流れてベッドを赤く染めていた。

 

「エルンストか」

「や、ガイナンゼ兄さん。ケガの具合はどうだい?」

「問題ない」

「良かったね。ソレ、新しい玩具かい?」

「旧ルシファー領土の村で見つけた。顔と体の品質がよかったから拾ってやったのだ」

 

 女はボソボソと誰かに謝りながらガイナンゼにされるがままだ。

 

「なんか言ってるね」

「婚約者の名だ。目の前で私が殺してやったな」

「やるじゃん」

「……して何のようだ? 首でも献上しに来たか?」

 

 女に腰を打ち付けながら太く鋭い声で聞いてくる。

 

「首はガイナンゼ兄さんが勝ったらあげるよ。今回は報告。ルシファー領に置いてきたそっちの兵たちね、全滅したよ?」

「……なんだと?」

 

 ガイナンゼの動きが止まった。

 そして顔をエルンストへ向けるや巌のような顔に険が広がる。

 

「あの領土に戦う術はない筈だ」

「だから首都を崩壊させたのに放置してたの? ダメだよ、追い詰めた奴は死に物狂いになる。ちゃんと最後まで徹底的にやらなくちゃね」

「女が溜まってきたのでな、連れて帰って消費する必要があった」

 

 療養しながら女を抱く悪魔などガイナンゼぐらいだろう。

 

「まるで戦利品扱いだね。部屋中にいる壊れた女の子たちって全員ルシファー領土の人?」

「そうだ」

「相変わらず精豪だなぁ」

「全ての雌は私に犯されるための道具だ」

 

 素晴らしい価値観だとエルンストは肩をすくめた。

 美しい者を抱きたい欲求は理解できるが、ガイナンゼは女を本当に性の捌け口としか思っていない。バアルの子を成すというより自身の快楽を満たす事を優先させているのだ。

 別にそれが悪いとエルンストは思わない。元来、悪魔とは邪悪なモノだ。殺戮と色欲に酔うのも悪辣な証である。だがルシファー領を中途半端にしているのは見逃せない。いつでも潰せると慢心した結果、噛みつかれるのは馬鹿みたいだ。

 

「ガイナンゼ兄さんが忙しいなら僕が引き継ぐけど?」

 

 エルンストの何気ない言葉にガイナンゼは魔力を(たかぶ)らせた。濃厚な殺気が充満して当てられた女たちが泡を吹いて気絶する。

 

「シアウィンクス・ルシファーは私のモノだ。よもや横から掠め取るつもりか?」

「掠め取るも何も、これはバアルの後継者を決めるゲームの一つだ。僕だって当主を狙う者としては得点を稼いでおきたい。けど最初に兵をあげたのはガイナンゼ兄さんだから、こうやって確認に来てるんだよ?」

「良く言うものだ、既に手を出しているのではないか?」

 

 ガイナンゼの怒気を笑顔で受け流すエルンスト。

 ルシファー領土侵攻はバアル家次期当主を見定める為に仕組まれた継承者争いの一つだ。

 五人いるバアルの子供たちは当然のように互いを貶め合っていた。

 

「エルンスト、私は貴様らを殺す。不出来なマグダランも殺す。そして無能な癖に兄貴ぶるサイラオーグは、より惨たらしく殺す」

「あぁ勿論構わないさ。ガイナンゼ兄さんにはその力がある。だから存分に争おう? 悪魔らしく貪欲な欲望のまま相手を潰し、自分も潰されようじゃないか。このエルンスト・バアル。此度(こたび)の破滅遊戯、心から楽しませてもらうよ」

 

 暗い歓喜に身体を震わせるエルンスト。

 その顔は真なる悪意と悦楽に染まり切っていた……。

 





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