ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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最悪を引き連れたバアルが動き出す。



悪意再来《Devil's Feast》

 

 かつて旧ルシファー領は冥界最大の領土だった。

 地球の広さで言えばユーラシア大陸をも上回る規模だ。しかし支配力と影響力を持ったのは過去の話。今やその力は失われて領土の大半は他の悪魔に渡り、その大きさは日本の四国程度まで縮小している。しかも"ルオゾール大森林"のある東を除いた三方には大王(バアル)側の息が掛かった悪魔が見張りのように領土を構えている始末だ。いや、()()()ではなく確実に警戒していた。それを証明するかの如く旧ルシファー領と外を繋ぐ要所には城塞じみた関所が多数存在している。

 その一つ、南の領土にある関所からガイナンゼ・バアルは旧ルシファー領土に入った。片目を眼帯で隠す巨漢は、馬に跨がり軍勢を率いて再び侵略にやって来たのだ。

 

「ここからは休み無く、旧ルシファー領土を蹂躙する。──出来るな?」

 

 隣にいる男を睨みを利かせるガイナンゼ。男はレギーナの部下であり、この数万規模の軍勢を(まと)める悪魔だ。立場は副官とされているが威圧された男は気にした様子を見せずに答えた。

 

「我らはレギーナ様に仕える者。あの方が貴方の為に死力を尽くせと申した以上は(じゅん)ずるのみ」

 

 淡々と伝えるやガイナンゼへ反論せずに離れていく。伝令に行ったのだろう。若輩のガイナンゼに負の感情を見せないのはレギーナへの忠誠心からか。気に入らないが利用価値のある奴だ。

 

「来たか」

 

 ガイナンゼを迎えるように上空から巨大な存在が降り立つ。

 それはバアルが持つ戦術魔導飛空挺、全長2000mを越える空飛ぶ巨大な戦艦だ。

 ガイナンゼは船に乗り込みながら旧ルシファー領土の彼方を見据えた。

 一度目は遊び感覚だったが今度は違う。

 確実に滅ぼす、バアルの名に懸けて……。

 レギーナへの想いを胸にガイナンゼ・バアルは虐殺の風となる。

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 300からなる兵団が街道を掛ける。その先頭を走るのはシアウィンクスであり、直ぐ後ろからはカルクス、ククル、ルフェイが続く。

 シアウィンクスは馬を急がせる。ガイナンゼが旧ルシファー領に入った知らせを受けたからだ。

 寝る間も惜しんで領土を駆け回り、領民たちを"ルオゾール大森林"へ避難させていたが最早、時間はない。

 戦う兵を持たない旧ルシファー領の町や村は悉く蹂躙される。幸いなのは、避難が済んでいない町があと一つということだ。

 

「見えた、ウェルジットよ!」

 

 旧ルシファー領の中でも巨大な街、それがウェルジットだ。この街は商会が牛耳っており、金と商談で成り上がった欲望の都である。その活気は首都であったルシファードすら上回る程だ。

 つまり裏を返せば旧ルシファー領の民が多くいる事を意味する。ここが襲われた時の死傷者数は想像したくない。

 シアウィンクスは町の中央にあるウェルジット商会本部まで走り抜ける。

 街は出店や商店で賑わっており、兵団の馬が猛烈に走り抜ける様子を懐疑的な目で見ていた。

 シアウィンクスは違和感を覚え、周囲に目配せした。ルフェイもまた顔を(くも)らせる。

 

「シアさま、かなり不味い状況です……」

 

 カルクスが困惑した表情を浮かべる。

 

「あぁコイツはどうなってやがんだ?」

「金の亡者どもが、何を悠長にやってんだい……」

 

 カルクスが困惑の表情を浮かべるとククルは忌々しそうに語尾を強めた。

 

「書状は届いているのに、なんの準備もされていないわ」

 

 避難が必要だという書状は現存する町や集落には送ってある。だからシアウィンクスたちが来る頃には出る準備をするように領主権限で指示してある。……なのにその準備がされていない。街は平常運転であり、ガイナンゼの部隊がやって来ている危機感すらなかった。

 これでは直ぐに移動と言うわけにはいかないだろう。

 

「……商会本部に急ぐわよ」

 

 その一言だけを絞り出すのが精一杯だった。

 商会が何を考えているのかは不明だがガイナンゼの侵略は知っているはずだ。村や町を無慈悲に焼いて民を見せしめにした挙げ句、女は連れ去る。拐われた女がどうなったなど想像に容易い。そんな悪漢が攻めてくるのに何故こうも平和を享受出来るのか。

 シアウィンクスは苛立ちと疑問を胸に商会本部へたどり着いた。

 馬から飛び降りると早足で巨大な建物の入口を潜る。

 商会の窓口に責任者を出すように言うと渋られたのでシアウィンクスはルシファーの名を出す。

 効果は覿面(てきめん)で受付担当は慌ててシアウィンクスを奥へ案内した。

 書斎のような一室に迎えられると椅子に座った小太りな男性が嗤う。彼の名はロスルト、この街の最大権力者だ。明らかに協力的ではないのが伝わってくる。

 

「これはこれはシアウィンクス・ルシファー様、今日はどのような御用件で?」

 

 舐め回すような目付きで下から上まで全身を品定めするようにシアウィンクスを見るロスルト。

 恐らく癖なのだろう。武力ではなく金で成り上がった男だ。物だけではなく人すらも商品的な価値でしか見れない欲望に満ちた目に鳥肌が泡立つ。

 だがシアウィンクスは頭を切り替えて魔王の仮面を被る。

 

「──貴様は()が出した書状を見なかったのか?」

 

 高圧的な如何にも魔王な自分を演じる。

 不機嫌そうな圧力を出すのも忘れない。威圧感には自信がある。アルンフィル、カルクス、ククルの三人を含めてルフェイからも合格を貰ったシアウィンクスの数少ない特技だ。

 ()き目は抜群で初対面の小娘から出る禍々しい圧力にロスルトは顔色を変えて数歩引き下がる。顔を真っ青にして身体中から冷たい汗を流している姿に同情はしないが、少しだけ複雑な気分だ。

 そんなに怖いの……? 

 すぐ側にいるルフェイは困った笑みを浮かべ、ククルは満足げに笑う。カルクスは何故かこちらを見ようとしない。

 どうやら相当凄いようだ。このなんとも言えない悲しみをロスルトにブツけてやろう。

 シアウィンクスは目を細めてロスルトの近づく。まるで化物に詰め寄られたように腰を抜かすロスルト。流石に驚き過ぎだと少し不機嫌になるシアウィンクス。

 

「今すぐウェルジット全体に避難勧告を出せ」

「ひぃ! し、シアウィンクス殿。我らはバアルと密約を交わしております」

「……なに?」

「以前の侵略時に結んだもので、物資や食料を与えるならウェルジットには手を出さないと言う約定です!」

 

 その言葉にシアウィンクスだけではなく他の者も目を見開いた。

 

「ざけんなぁ!」

 

 カルクスがロスルトの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

 

「てめぇ何やったのか、わかってんのかぃ! 攻めてきた敵への幇助(ほうじょ)とはぁ、どういう了見だぁ!」

「ぐふっ。は、放せ! ガイナンゼ殿は交渉をしたが旧ルシファー側が受け入れなかったと言っていたぞ!? 元々、現政権の最高位にいるバアルと争うことが間違いではないのか? 私から見れば、この領土を戦禍に巻き込んだのはあなた方だ!!」

 

 軽蔑するようにカルクスを睨むロスルト。

 

「……降ろせ、カルクス」

「お嬢!?」

「降ろせ」

「ちくしょうが!!」

 

 カルクスが毒づきながらも解放する。床に尻餅を突いたロスルトは忌々しくシアウィンクスに言う。

 

「ゴホゴホッ!! 既に貴方たちの信用は地に落ちている。勝手に戦いを始めて街を棄てろなど度し難い言い分だ! どれだけ殺せば気が済むのか、是非聞かせてほしいものだよ!!」

 

 半狂乱で怒鳴り散らすロスルト。頭に酸素が回らず朦朧としながら言いたいことを口にしている。

 悪態以外の何物でもないが彼の言い分も間違ってはいない。この戦いは初めてはならないモノだった。民は殆どが殺され、集落や街も焼き払われた。どう足掻いても敗けであり、勝ちはない。そんな不毛な争いに不満が出るのは当たり前だ。

 

 ──分かっている。

 

 己の無能さが招いた最低のシナリオが現在進行形で進んでいるなぞ宣告承知だ、言われるまでもない。それでもやれることはしなければならないのだ。

 シアウィンクスは知らずの内に唇を噛む。口内に血の味が広がる。

 

「ひっ!」

 

 余程、凄い顔をしていたらしく、ロスルトが正気に戻って尻を床に付けたまま後退(あとずさ)る。

 シアウィンクスは逃がさずに彼の服を掴むと魔王さながらの狂気に満ちた目を見開く。

 

()いたい事はそれだけか? なら早く動け、私は気が短いんだ」

「は、話を聞いていたのか? 私はあなた方に協力する気は……」

「協力? あぁ書状の文が綺麗すぎたから勘違いしたのだな。私は頼んだのではない、命令したのだ。邪魔だから去れとな」

「お、横暴な! 我らにも生活がある!!」

「貴様は誰に意見している? 一介の商人風情が魔王ルシファーに意見するとは己が分を弁えろ。言うことを聞かないのであれば仕方がない。貴様の首を(さら)して住民には出て行ってもらうか」

「そ、そんな!」

「黙れ、そして五秒で選べ」

「わ、私は──」

「時間はないぞ? その商人思考で早々に勘定をしろ、自らの命の価値とやらを……」

 

 シアウィンクスの圧倒的な王の覇気にロスルトは観念して(かしず)く。

 

「(ごめんなさい)」

 

 シアウィンクスが内心で謝罪するが脅威が迫る可能性がある以上は動いてもらわなければならない。手遅れになったときの悲惨さは身に染みているのだから……。

 ともせず、一悶着あったがウェルジットの掌握には成功した。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 人通りがない商会本部の片隅でシアウィンクスは膝を抱えて座っていた。先の覇気ある姿は見る影もなく随分と落ち込んでいる。ロスルトが避難勧告を出したお陰で退去が始まったが彼の言葉はシアウィンクスを(へこ)ませるには充分だったのである。

 

「……効いたなぁ」

 

 意気消沈、まさに今のシアウィンクスを言うのだろう。

 ロスルトは痛い部分を突いてきた。

 この戦いはシアウィンクスが立ち回りで下手を打ったから悪化した側面もあるからだ。

 顔を俯かせて罪悪感に耐える。

 

「何にこんな場所で油売ってんだい、シアウィンクス様」

 

 そう言ってきたのは初老のメイドのククルだ。

 彼女はシアウィンクスの前に立つと静かに見下ろした。

 

「避難は?」

 

 膝の上で組む腕に顔を俯かせながら問う。

 上から溜め息が聞こえた。

 

「まだ時間が掛かるさね。いい加減に立ちな、パンツ見えてるよ」

「……見ないで」

 

 頬を染めながら立ち上がる。

 はしたない姿を晒したとおもうがククルは「けけけ」と笑っている。どうやら嘘をつかれたようだ。

 意地悪と思うが励ましてくれてるのは理解出来たので文句は言わないでおく。

 

「分かってる、拗ねるのはお終いにするわ」

「そいつは重畳(ちょうじょう)だねぇ」

「ルシファーなのに頼りなくて悪いとは思う」

「そうさね。けどもウチは好きでシアウィンクス・ルシファー様に仕えてる、後悔はしてないさ」

「そ。ならルシファーらしく振る舞うとするわ」

 

 シアウィンクスが商会を出ると街は混乱の最中にあった。十万近くの人々が動いているのだから当然だ。

 ガイナンゼとの密約は上だけの秘密らしく、住民たちは暴動を起こさずにひたすら荷造りをしていた。

 

「ロスルトさんが素直に言うことを聞いてくれて良かった」

「あれは単にシアウィンクス様にビビっただけさね」

「ねぇククル、あたしってそんなに怖いの? カルクスみたいに強面じゃないし大柄でもない。前から結構気にしてるんだけど……」

「圧力が段違いさ。私ゃ初代魔王様を見たことあるけど、他者に与えるならプレッシャーだけならシアウィンクス様が歴代No.1だ」

「なんだろう、嬉しくない……」

 

 それはつまりハッタリが冥界一に得意な悪魔だと言いたいのだろうか。この迫力に強さが付いて行ってないのが空しい。

 取り敢えず人が沢山いる場所では強者の仮面を被るとしよう。

 シアウィンクスは気持ちと表情を引き締めた。

 

「ククル、必要最低限の荷物だけを持たせろ。ガイナンゼがいつ来るか分からない以上、時間は掛けられない」

「奴はルシファー領に入ったばかりだ。ここは領土の東側、首都ルシファードに向かうなら来ないと思うけどねぇ」

 

 尤も言い分だ。この街はガイナンゼたちの進行ルートからズレている。狙いがシアウィンクスであるなら寄り道などせず真っ直ぐ首都へ向かうだろう。

 だがシアウィンクスは嫌な予感がしてならなかった。

 

「カルクス兵長より伝令、シアウィンクス様とククル様は何処におられますかッ!」

 

 そんな心配を肯定するようにシアウィンクスが率いていた兵士の一人が人混みから駆けてきた。

 焦りを顔に滲ませる様子からただ事ではない。

 ククルに顔を向けると頷かれた。シアウィンクスは早足で兵士の下へ向かう。

 

「どうした?」

「シアウィンクス様、直ぐに待避を!」

「なんだい、騒がしいね。具体的に説明しな!」

「ガイナンゼです! ヤツの軍勢がウェルジットに現れました!」

「そんなバカな! わざわざ回り道をして来たというの!?」

 

 何故だと思考が困惑に染まる。

 ここを攻めて何になる? 拠点として使うつもりなのだろうか? だが首都は陥落寸前で防衛機能が動いていない。それは破壊したガイナンゼも承知の筈だ。ならば、そのまま首都を侵攻した方が時間も効率も良い。

 渚の力を警戒している? いや違う、ガイナンゼはそんな事で臆するヤツじゃない。邪魔者は手早く処理してしまう性格だ。

 

「伏せな!!」

 

 ククルがシアウィンクスに覆い被さる。

 瞬間、街中で爆発が起きた。

 轟音爆砕。

 炎と衝撃が至るところで発生して多くの悲鳴が上がる。

 

「うそ……」

 

 既知感がシアウィンクスの脳髄を貫く。

 立ち昇る焔と黒煙、老若男女の断末魔。その光景は余りにも似ている、自らの故郷が終わってしまった日に……。

 呼吸が速くなり、心臓が緊張で早鐘を打つ。身体も震えて足元から崩れそうになる。

 あの地獄が再び繰り返されそうな場面にトラウマが甦り、シアウィンクスを苛む。

 だがそれでも心が全てを(くつがえ)す。

 思い浮かぶのは非力な自分を信じてくれた人たちだ。アルンフィル、カルクス、ククルを初めとした家臣であり家族の兵団のみんな。そして勝手に巻き込んでしまったのに惜しみ無い献身をしてくれるルフェイと渚。

 こんなにも多くに支えられているのに倒れるわけにはいかない。

 シアウィンクスは戦慄を振り払い王らしく振る舞う。

 

「ククル、無差別破壊の攻撃からしてガイナンゼの目的は制圧じゃないわ」

「あぁ間違いなく殲滅だねぇ。しかし戦うのかい? 数で()しきられるよ、ウェルジットは諦めな」

 

 逃げろとククルは言う。

 それが正解だ。シアウィンクスが居なくなれば旧ルシファー領の戦力の士気は致命的なまでに落ちて戦えなくなる。"ルオゾール大森林"に避難した民も道標を失うだろう。

 しかし心が叫ぶのだ。

 ここで一人で逃げ出すのは間違っている、と。

 

「ククル、聞いて。誰かを見捨てた先には良いことなんて何もなかったわ。だから怖いけど試すよ。ルフェイや渚がそうであるように、誰かを助けられるのかを……」

 

 一度は何も出来ずにアルンフィルに押し付けて逃げたのだ、二度目はない。ここで戦わなければシアウィンクス・ルシファーは弱いままで立ち直れない。

 

「けど一人じゃ出来ない。お願い、ククル。あたしに命を預けて」

 

 不退転。退くわけには行かないが犠牲なしには切り抜けられない。シアウィンクスはククルに死力を尽くして欲しいと訴える。

 その言葉に老メイドはニヤリと笑う。侍女としての顔ではなく戦士としてのソレだ。

 ククルは嬉しそうな表情を隠そうとせずに頭を下げた。あのシアウィンクスが命を賭けろと言った。今までは『死なないで』やら『帰ってきて』など命を大事にする命令しか出せなかったのにだ。

 他の誰かが言えば反論するが誰よりも敬愛する主の命令なら断る理由もないし、やっと旧ルシファー領で好き勝手した不埒者ども全力で殺せる。ククルはシアウィンクスには見えないように凶悪な笑みを浮かべる。

 今の言葉を聞けば300からなる兵団は万を越える大群にも引けを取らないだろう。

 主の成長に喜びながら殺意を胸の内で研いでおく。

 

「このババァも死力を尽くそうかね」

 

 シアウィンクスはククルの忠義に感謝しながら空を仰ぐ。ウェルジット上空には巨大な飛空挺が浮かんでいる。アレが砲撃を浴びせたのだろう。

 

「大層なモンを持ち出しおってからに」

 

 呆れた様子のククルが言うや再び砲撃が始まる。

 降り注ぐ砲弾。

 直撃すれば上級悪魔の障壁ごと爆砕する暴力が豪雨のように降り注ぐ。地上はパニック状態である。逃げ惑う人々だが逃げ場などない。ガイナンゼはウェルジットを火の海にする気なのだ。

 

「それじゃ、やろうかね」

 

 ククルが手をゆっくりと真横に払うと全ての砲弾が動きを止めて空中で制止した。

 そしてシアウィンクスへ視線を向ける。

 

「いいんだね?」

「……墜としなさい」

 

 シアウィンクスは覚悟を以て敵を殺せと命令を下す。

 ククルが敬意を示すように会釈して頭上の飛空挺へ目を向け、クイッと指で上に刺す。その合図により制止していた砲弾が反転して飛空挺へ突っ込んで行く。

 

「魔王様の御膳だ、頭が高いよ」

 

 ククルは唇を歪めて飛空挺に対して地面を指す。

 着弾と炸裂による業火が飛空挺の至る場所で発生するとゆっくりと降下を始めた。

 

「ククル」

「あいあい、流石に街中は不味いさね?」

 

 2000メートルを越える巨大な物体が街中に落ちれば大変な事となる。シアウィンクスの懸念をククルも理解している。

 

「少し小さくなりな」

 

 グッと拳を握ると飛空挺がひしゃげて圧迫されて潰された。その圧縮は凄まじく飛空挺は最終的に十数メートルの塊まで小さくなった。

 ゴトリと塊がシアウィンクスとククルの前に転がる。

 

「相変わらず凄いわね」

「デカくても所詮は鉄の塊、私の力との相性を考えれば大したことないさね」

 

 そうは言うが並みの悪魔では不可能だろう。

 しかしこれでバアルの脅威を払えた。

 安堵するシアウィンクスだったがククルは庇うように後ろに下げた。同時に二人の前に人影が現れる。

 

「なんだい。大層な船を持ってきながら降りたのかい、成金小僧」

「貴様がいるのに鉄の塊で胡座(あぐら)をかいているほど愚かではないぞ、老害」

 

 ククルと言葉を交わしたのはガイナンゼだった。立派な体躯の彼は以前と違い片目を眼帯で隠している。アルンフィルとの戦いで重傷を負ったのは知っていたが片目を失ってはいなかった。何かあったのは間違いないが敵の内情を察してやるほどの余裕はないし、ガイナンゼも気にした様子もなく片方の目だけでシアウィンクスとククルを見下していた。

 シアウィンクスは背筋に冷や汗を流す。

 彼の背からは気迫や執念を思わせる気配がしたのだ。今回は本気というのが嫌でも分かる。気圧される自身の弱さを隠しながらシアウィンクスはガイナンゼを鋭く睨む。

 

「寄り道か、ガイナンゼ・バアル? 真っ直ぐ首都を落としに来ると思ったのだが?」

「ふん、落とすとは笑わせるな、シアウィンクス・ルシファー。あんな廃街の何処を落とすとな? 私は旧ルシファー領土の潰すために来たのだ。貴様以外の全てをな」

「やらせると思うのか?」

 

 ガイナンゼに敵意をぶつけるシアウィンクス。その圧力は並みではなく、側にいるククルすらも呑まれた程だ。魔王の威圧を前にしたガイナンゼは油断はしないが挑発をやめなかった。

 

「先の軍勢を滅ぼしただけに威勢が良いな。余程、自慢出来るだけの駒を見付けたか」

「自慢だけに今度は骨だけでは済まんぞ?」

 

 シアウィンクスの嘲笑にガイナンゼがピクリと小さく反応を見せる。遊び半分で侵略してきて重傷を負わされたのだ、余程苦い思い出なのだろう。

 

「冥界四姫が一人、()()()()()()()()()()()()と同等の手勢か、ならば粋がるのも理解出来る。"磁界奏者"のククル・バクスといい、"孤人城塞"のカルクス・ナインズといい、没落した旧支配者の割には手駒の質は中々だ」

「褒め言葉として受け取ろう。我が家臣はどれも一騎当千の強者だからな」

「調子に乗るな。ソレらが一騎当千だろうと所詮は兵力の桁が違う。貴様こそバアルを舐めるなよ?」

「そちらこそ、私達を侮るな?」

 

 シアウィンクスが言うや遥か後方から砂塵を巻き上げながら人影が爆走(ばくそう)してくる。あっという間に距離をゼロにしたその影は巨大な鈍器のような大楯をガイナンゼへ叩き落とす。

 

「お嬢に近づくんじゃねぃ、バアルの糞餓鬼がぁ!」

 

 真っ直ぐな敵意をそのままに繰り出された大楯の一撃はウェルジットを激震させた。攻撃したのはカルクス、しかしその顔は歯痒そうに歪む。

 

「ちぃ」

「ふん、鈍器を振るうしかない脳筋め」

 

 ガイナンゼは障壁でカルクスの重い一撃を受け止めていた。

 

「その脳筋の攻撃に対してよぉ、そんなちんまい壁じゃあ足んねぇなぁ」

 

 カルクスは巨体と巨楯を軽くも重い体捌きで操り、障壁を殴り付けた。ガラスが砕けるような音ともにガイナンゼとカルクスを隔てる壁は消失した。

 

「なんだ? 存外、魔力の練りが甘ぇなぁ。もっと気張れやバアルのお坊ちゃんよぉ?」

「貴様……!」

「おらぁ!」

「ぬぅ!」

 

 カルクスから大楯の横殴りを受けるガイナンゼ。その体は撥ね飛ばされるが悪魔の翼を広げて着地する。

 

「(勝てる? いえ、まだよ。完全決着を見届けるまで気を抜くな、あたし)」

 

 カルクスも合流してククルも万全な体勢でいるのに対してガイナンゼの救援はまだ姿を見せていない。ククルの力で全滅したと考えるのが普通だがシアウィンクスの直感がまだ()()()()()()と告げている。

 

「2いや3対1か。田舎悪魔とは言え、最上級かつ上積み貴様らの相手は骨が折れるな。腐ってもルシファーの召し使いという訳か」

「泣き言さね? 今さら遅いよ」

「全くだぜぃ。てめぇは殺り過ぎた、ガキだから許せるって範囲はとうの前に抜けちまってる。首は置いていってもらうさ」

 

 ククルとカルクスの死刑宣告を聞いたガイナンゼは耐えきれないと言った様子で笑う。巌のような顔は緩みシアウィンクスたちを哀れと虐げる。

 

「愚かにも程がある。私の用意した物が飛空挺一隻だと思っているのか? ならば見せよう、貴様らとの格の違いをな」

 

 その言葉に応じて空の至る場所が歪み、次々に巨大な飛空挺が姿を現す。迷彩で隠れていたのだろうが規模が凄まじい。10や20でも足りない。まるで艦隊戦でもやらかすような船団だ。あんな集団から一斉砲撃を受ければ街は塵一つ残らない更地になる。

 

「ククル婆ぁ!」

「わぁちょる。撃たれる前に墜とすさね!」

 

 ククルが先と同じに船団全てを磁力で無効化しようと手を掲げるが今度は何も起きない。

 

「な、これは魔力が──!」

 

 驚愕するククルにガイナンゼは得意気に手を広げた。

 

「無駄だ。貴様らへの対策を(ほどこ)させてもらった」

「何をした?」

「ククル・バクス、貴様の前にはどんな火力を持つ船でも鉄屑に成り果てる。過去の戦争で"戦艦潰し"とまで言われた悪魔なだけはある。しかしそれは凶悪なまでの"磁力操作"の異能があったからだ。それを"無価値"にした」

 

 ガイナンゼのその一言にシアウィンクスを初めとした3人の表情が凍り付く。

 今、ガイナンゼは"無価値"と言った。

 わざわざそんな台詞を使ったのは"彼"がガイナンゼに与しているのだと誰もが察したのだ。

 冥界で"彼"を知らない悪魔はいない。

 まさかとシアウィンクスは身震いすると空から翼をはためかせた一人の悪魔が降り立つ。

 

「よくやった」

 

 ガイナンゼは不遜な口調だが"彼"を労う。

 

「レギーナとの契約だ。だが協力するのは今回だけと理解して貰いたい」

「構わん。しかし全力で事に当たれよ?」

「手は抜かんさ」

 

 "彼"が現れるだけで周囲の魔力が呑み込まれる。この場にいる誰よりも質が違う。圧倒的な強者の気配が満ちていく。

 "彼"こそは冥界で間違いなく最強格に分類される悪魔であり、最上級の中の最上に立つ一人であり、レーティング・ゲームの現王者、名をディハウザー・ベリアル。あらゆるものを"無価値"と断ずる最悪の存在だった……。

 

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