ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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燃ゆる街の悪鬼《Flame of Slaughter》

 

「ねぇ、これってどんな状況だと思う?」

 

 アーシア・アルジェントに憑依している譲刃。

 その碧い瞳(エメラルド)に確信を持ちつつ、敢えて白雪が如くの美しい少女へ問うた。

 

「観光に使うしては些かご立派な船ですね。自己顕示欲が透けて見えます」

 

 戦艦に皮肉を混ぜるアリステアらしい返答だと譲刃は苦笑する。

 

「あ、あれ、バアルの船ですよ。ほ、本格的に旧ルシファー領を墜としに来てますよ」

 

 慌ただしく狼狽えるのは、途中から旅のお供になったターバンとビン底メガネが際立つ自称商人のカージャだ。アリステアもこれぐらい素直になってくれれば可愛げがあるのだが今さら求めるのも無理な話と譲刃は諦める。

 

「穏やかじゃないわね、状態は分かる?」

 

くだらない考えは即座にシャットアウトして必要な思考に意識を()く。

 

「動力炉の熱量からして各機関がフル稼働しています。あれは砲撃準備と見て間違いありませんね」

 

 アリステアの『真 眼(プロヴィデンス)』が飛空挺の内部情報を読み取って聞かせてくれる。

 譲刃たちがいるのは旧ルシファー領にある商業都市ウェルジットから数km離れた街道だ。

 そんなウェルジットが目に入るなり上空には武装を展開している船、しかも似たような大型飛空挺がステルス機能を使って姿を隠している。

 穏やかに安らげる日々を過ごすには物騒な空である。

 瞬間、冥界の空に轟音が轟いた。飛空挺が街に砲撃したのだ。

 

「……始まった」

「容赦の無いことです」

「ま、街が!」

 

 相次ぐ爆砕により、炎と黒煙がウェルジットを支配し譲刃が目を細めた。あんな砲撃が続けば間違いなく街にいる人々の命は絶えるだろう。

 

「見るからに対空迎撃機能がないあの街では空爆の前に成す術もありませんか。まさかこうして客観的に制空権の大事さが学べるとは思いませんでした。やはり戦争の仕方は悪魔も人間も変わりません」

 

 燃え盛る街にアリステアは淡々としている。

 一見、冷たいとも思わせる発言だが譲刃は何も言わなかった。

 

「相変わらず価値観が揺るがないね」

「数多い長所です」

 

 事も無げに言い切るアリステアは基本的に渚の為にしか動かない。彼女の中にある天秤は常に渚の方へ傾いているのだ。

 個人を尊重して数万を見捨てようとする行為は一見して冷酷な見える。しかし他人よりも身内を大事にするのは人として当たり前の考えだ。

 アリステアは、その()()()がハッキリとしてるだけにブレない。

 絶対的な信念を持つアリステアを譲刃は羨ましく感じる時がある。

 

「私も芯が強ければ良かったのだけど……」

 

 譲刃の中からは声無き訴えが込み上げてくる。借り物の身体の主──アーシアだ。

 無駄な戦いをする必要はない。見て見ぬ振りが賢明な状況にも関わらず、譲刃の心情とアーシアの良心は重なった。

 

「……仕方ない。ステアちゃん、フォローをお願い」

 

 譲刃の言葉を聞いたアリステアは「やっぱり」と言いたげに眉間へ指を添えた。

 悪いとは思うがこればかりは性分なので許してほしい。

 

「行くのですか? 冥界の事情に首を突っ込むのは賛成しかねます」

 

 気乗りしないアリステアを他所に譲刃は歩き出す。その歩みは今も爆発が轟くウェルジットへ進む。

 

「この一件、ナギくんが関わってる可能性が高いわ。なら私たちも動かないと、ね?」

「どういう理由でバアル軍と交戦したかは分かっていませんよ」

「意図的に蹴散らしているのだからバアルは私たちの敵。──違う?」

「単純に考えればそうですが……」

 

 あまりに安易過ぎないだろうか? 

 口には出さなかったアリステアの逡巡(しゅんじゅん)を察した譲刃だったが既にやると決めたので止まらない。渚がバアルと戦うならば譲刃とアリステアは剣と銃を使う。それが自分達の義務であり、与えられた権利だ。尤もあんな光景を見過ごしたくないと言う私情も混じっているのだが……。

 

「ならもっと単純にしましょう。私はあの船の暴挙を止めたい。その私をステアちゃんが助ける。それでどう?」

「『どう?』とは全く……。貴女たちはいつもそうなんですから」

 

 譲刃の提案にアリステアは諦めたように肩を竦めた。

 生粋の剣士である譲刃は斬ることでしか誰かを救えない。彼女が一度、戦場に降り立てば鬼と()りて殺尽(さつじん)()す。それが()い方法でないのは本人がよく解っている。

 けれど理不尽を前に奪われる人々を思えば刀を抜くことに躊躇(ちゅうちょ)はない。

 鬼が正義の味方にはなれないのは宣告承知。しかし悪の敵にはなれる。

 悪を以て悪を討つ、それが千叉の名が持つ宿業なのだ。

 少しずつ遠ざかる譲刃の背中にアリステアの呆れ半分の声が届く。

 

「いいでしょう。ならば殲滅と救命、どちらを優先に?」

「無論、救命。やり方は任せる。じゃあ()ってきます」

「急いだところで貴女が活躍する暇はありませんので、ごゆっくり」

 

 アリステアの遠回しかつ不器用な気遣い。

 譲刃は羽織っていた外套のフードを笑顔で被り直すと忽然(こつぜん)と姿を消す。

 流石というか譲刃は既にウェルジットの街中である。瞬間移動のような速さは(まさ)に縮地が如くの脚力だ。

 

「さてエセ商人、この領土で十数万規模の人を避難させられる場所はありますか?」

 

 その姿を見ながらアリステアはカージャに問うた。

 

「エセとは失礼ですな!」

「早くしてもらっていいですか?」

 

 カージャの反論をアリステアは冷徹に流す。

 

「うえぇ、なんで睨むんですか!? 言っておきますけどバアルが本気になったら、この領地で安全な場所はないですよ! あ、いや、そう言えば旧ルシファーの人たちは"ルオゾール大森林"に避難しているとか……。そこなら、ていうかそこしかない? いやでもあそこかぁ」

「決まりです。その"ルオゾール大森林"とやらの地図、もしくは座標。なければ(およ)その方角と距離を教えて下さい」

「ちょっと待って、確か地図があったかと!」

 

 カージャから渡されたのは精密な旧ルシファー領の地図だ。アリステアは一瞥しただけで"ルオゾール大森林"の場所を把握する。距離はウェルジットから数百km、方角も確認した。ならば問題はないと術式の準備を始めた。

 

「あの、アリステアさん、何をしようとしてるんです?」

「ギャザリングと呼ばれる術式です。本来の使い方とは異なりますが術式特性を拡張および拡大してウェルジットに住む者を全て"ルオゾール大森林"へ強制転移させます」

「正気かい、何人いると思ってるんだ?」

「たかが十数万。私の"眼"と"霊氣"があれば造作もない」

「それが本当なら恐ろしいよ」

「なら精々恐れては?」

 

 アリステアの周囲に術式の光が展開されて、光文字が描かれ始める。その光景をカージャは真剣な瞳で見守っていた。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 爆砕音が轟き、砲弾がウェルジットを蹂躙する。

 建物は衝撃で吹き飛び、人々は爆発の業炎によって燃え尽きる凄惨な光景にシアウィンクスは言葉を失う。さっきまで賑やかな街並みは断末魔と炸裂音に支配されて死の活気に包まれている。

思考が停止して呆然とするなかで急に手に痛みが走った。自分でも気づかぬ内に血が滲み出る程の拳を作っていたのだ。流れる血と共に恐れが抜けて、心臓から出る新たな血と共に怒りが全身を巡る。

返ってきた思考が別行動を取ったルフェイの安否を気にするも最悪の考えは振り切る。見た目は可愛らしくてもシアウィンクスを助けてくれた最高の魔法使いだ、きっと無事でいてくれる。

今はこの砲弾の雨を防ぐのを優先しなければダメだ。

 

「ククル、カルクス、迎撃体勢ッ!!」

「カルクス、あんたの城塞を展開しぃ!」

 

 磁力を封じられたククルの言葉に間髪入れずカルクスは答えた。

 

「わぁたい!! うらぁ、『不動の城塞(フォート・イミュータブルネス)』ッッッ!!」

 

 カルクスが怒号を鳴らして大楯を空に構えると魔力で編まれた城塞が砲弾を防ぐ。圧倒的な火力を前にカルクスは一人で全てを防ぎ切っていた。

 これこそカルクスの異能。彼の大楯を起点とした巨大かつ強固な防御を可能とする力。その領域は最上級悪魔の攻撃すら弾くという代物だ。

 シアウィンクスの知る限り、カルクスの城塞が展開されて破られたことはない。

 ルシファーの誇る不動堅牢の"孤人城塞"、どんな攻撃であろうと守り抜く盾はあらゆる害意を退く。

 

「あれだけの砲撃を一人で止めるか、"孤人城塞"とはよく言ったものだ。これを抜ける者は冥界にもそうはいない。良い駒だと言っておこう、シアウィンクス・ルシファー。だがこちらは更に凶悪だぞ?」

 

 ガイナンゼが黒煙と爆発の広がる空を仰ぎ、大半の呆れと少し称賛を贈る。その余裕の表情にシアウィンクスは内心で苛立ち焦っていた。

 この城塞の強固さには何度も救われた。普通なら安堵している場面だ。

 けれど今回ばかりはそうは出来なかった。

 シアウィンクスの焦燥はガイナンゼではなく彼の側に立つ悪魔によるものだった。

 ディハウザー・ベリアル。

 魔王と同様に皇帝の称号を与えられた王の悪魔。恐らく冥界でも五指に入る実力者だ。こんな強力なカードを切ってくるなど誰が予想出来たか。

 

「出番だ、皇帝(エンペラー)磁界奏者(コンダクター)と同様に孤人城塞(フォートレス)の価値を奪え」

「この状況で盾を奪えば街は滅ぶ。……よろしいか?」

 

 懐疑的なディハウザーをガイナンゼは冷たく突き放す。

 

「レーティング・ゲームの皇帝(エンペラー)が下らん質問をする。従わないならレギーナ様にそう報告するだけだ。あの方となんらかの契約を結んだのだろう? 履行しなければ無効となるが?」

「威を借りた傲慢は己を滅ぼす事になる」

「今のはバアルに向けての言葉となるがいいのか?」

「失言だった、謝罪しよう」

「そう思うのなら力で示せ」

「仰せの通りに」

 

 ディハウザーの"無価値"がカルクスから絶対防御という価値を奪う。理不尽なまでの力に抗う術は無く、城塞は砲弾に撃ち抜かれた。

 

「王者ベリアルの"無価値"、これほどなの……」

 

 シアウィンクスは絶大な力に全身を強張らせた。

 あらゆる力の効力を消す"無価値"。こうして見るのは初めてだが数ある悪魔の異能の中でも際立って特異な能力だ。この力が作用する以上、カルクスの"城塞"が如何に強固だろうが"価値"を失ってしまう。

 これが最上級悪魔の中の最上。シアウィンクスの家臣が優秀でも今回は相手が悪過ぎる。

 

「畜生がぁ、なんつうデタラメな力だぃ!」

「貴方がた旧ルシファー側の力は既に解読した。いくら魔力を練ろうと磁力が発生することも城塞が建つこともない」

「てめぇ……!」

「旧ルシファーの者にもウェルジットの者にも謝罪はしよう。だが私は止まらない」

 

 ディハウザーの懺悔をガイナンゼは鼻で笑い飛ばしてシアウィンクスへ言い放つ。

 

「カルクス・ナインズという城塞は価値を失ったぞ。ほらどうした、私を止めるのではないのか?」

「くっ!」

 

 悔しいが打つ手がない。

 ククルにカルクス、この二人の力があれば防げる虐殺だがディハウザー・ベリアルの"無価値"が全てを阻害していた。

 砲弾を止められるククルの"磁力"も圧倒的な防御を誇るカルクスの"要塞"も完全に無効にされているのだ。

 王者、皇帝(エンペラー)とまで言われたディハウザーにシアウィンクスは吠えた。

 

「ベリアルの王者よ、確かに私たちはバアルに牙を剥いた! だが貴方ほどの方がこの殺戮を良しとするのか!?」

 

 これは非難であり懇願だ。

 ここで"無価値"という異能を何とかしないと全てを焼き払われる。シアウィンクスはディハウザーがこれを良いと考えているとは思えない。彼の表情は明らかに強ばっていたからだ。

 しかし……。

 

「ルシファーの姫君よ。バアルは……冥界はこのやり方を"是"としました。私は冥界に生きる悪魔として従うまでです」

「馬鹿な! バアルの言いなりになって無辜(むこ)(たみ)を殺す手助けをするというのか!! 狙うなら私だけをしろ、皇帝(エンペラー)ッ!!」

 

 シアウィンクスの糾弾にディハウザーは表情を変えない。ただその瞳は揺らいでいた。

 目は口よりも真実を語る。

 これが誇りや(ほま)れのためにあるレーティング・ゲームとはかけ離れた悪辣な殺戮だと分かっていて彼はバアルに付いている。

 不本意なのだろうが、なぜディハウザーのような悪魔がこんな行為に手を貸しているのかがシアウィンクスには理解できなかった。そんな疑問にディハウザーは感情を殺した声で答えてくれた。

 

「その怒りも尤もだ、私は大量殺人に手を貸している。しかし、それでも私にはやらねばならない理由があるのです。()()()()()()()を知るためなら……古来の悪魔らしく振る舞う覚悟でここに馳せ参じた!! ルシファーの姫君、悪鬼と罵りたければ好きにしてくれても構いません。私はその憎しみを受けて尚、貴殿と相対しなければならない」

 

 葛藤はあっても迷いのない強い言葉だった。

 その返答を聞いてシアウィンクスはディハウザーの説得を諦めた。彼は彼の目的のためにバアルに着いた。ならばこれ以上の問答は無意味だ。

 

「なら……!」

 

 シアウィンクスは隠していた魔力が付与されたナイフを取り出してガイナンゼへ走り出そうとした。

 あのアルンフィルに手傷を負わせた奴だ、自分程度が勝てるなんて思い上がりである。けれど刺し違えてでも止めなければならない。決死の覚悟で特攻しようとした時だった。

 

「見過ごすには少し目に付きすぎるかな」

「……え?」

 

 凛々しさと可愛らしさが同居した不思議な声と共にふわりシアウィンクスとガイナンゼの間に何者かが降り立った。全身を外套で隠しているが声と背格好からして女なのは確かだ。

 その頭上には砲弾が迫っていた。

 

「逃げなさい!」

 

 シアウィンクスの悲鳴にも似た声を背に受けた彼女は外套を翻すとシアウィンクスを庇うように、ガイナンゼへ挑むように、威風堂々と立つ。

 それは心配無用と断言した小さくも大きな背中だった。

 

「大丈夫」

 

 フードで隠れた顔が笑った気がした。

 そんな彼女の外套から一本の刀が姿を現す。

 破壊の弾頭が迫るなかで、ゆったりとした動作で中腰に居合いの構えを取る外套の少女。

 

 「刻流閃裂(こくりゅうせんさ)輝夜(かぐや)極致(きょくち)──貌亡(かたなし)

 

 ブワッと一陣の風が吹き、刀が鞘に納まる短い金属音。

 シアウィンクスが五感で感じられたのはこの二つだけだ。しかし空から降る(おびただ)しい巨大砲弾は数ミリサイズまで細切れになって無害な鉄の粉となり、風に拐われて行った。

 シアウィンクスは何が起きたか理解出来ずに立ち尽くす。静かな一時(ひととき)が支配し、外套の少女に皆が注目する。

 

「何者だ。もしや貴様がルシファーの切り札か?」

 

 ガイナンゼの言葉にシアウィンクスはハッとしながら外套の少女へ視線を向けた。

 違う、シアウィンクスは彼女なぞ知らない。

 

「切り札? なんの事か分からないわ、私は完全部外者よ」

「部外者だと? 英雄気取りの大馬鹿か」

「英雄を名乗れるほど立派じゃないわね。今もただ自分の"感性"で物を斬ろうとしているわ」

「ただの辻斬りか」

「ふーん。冥界にもその言葉があるの、意外だわ。でもいい線いってる。前いた所では"剣鬼"なんて呼ばれていたしね」

 

 ガイナンゼの嘲りに外套の少女は気にした様子もなく言い返す。

 

「ところで話は変わるけれどアナタが空に浮かぶ船の責任者?」

「そうだ」

「理由は分からないけど今の行動はどうかと思う」

 

 無差別の爆撃に関して物申す外套の少女。

 

「部外者を名乗るなら口を挟むな、死にたいのか?」

「簡単に死を為す、か。将来はさぞ立派な"罪花"を開かせそうな御仁ね」

 

 シアウィンクスは鳥肌が立った。

 こちらに背を向けている外套の女性の声のトーンが下がったからだ。そこから感じられるのは研ぎ澄まされたような鋭い圧力。

 ガイナンゼも一瞬だけ目を見開くが直ぐに魔力を高めた。

 

「この私がガイナンゼ・バアルと知って刃を向けるか。滅ばすぞ、女」

「へぇ、バアルの人なの? 丁度良いわ、魔であれ神であれ"厄"ならば斬るのが家訓なの。アナタこそ鬼を前にしてるのだから食べられても知らないわよ?」

「大王を前によく吠える!」

「あら、王様だったの。これは失礼いたしました」

 

 ビュンっと風が鳴る。

 外套の少女は一足俊迅(いっそくしゅんじん)の速さでガイナンゼを肉薄して刀を抜き放つ。

 シアウィンクスの目には残像すら映らない。

 

「ふん!」

 

 ガイナンゼは刀を紙一重で躱すと魔力を解放して少女の外套を鷲掴みにする。外套に隠された彼女の顔が感心した素振りを見せた。

 

「中々やるじゃない」

「潰れろ、小鬼がッ」

 

 魔力を込めた打撃が打ち下ろされ地面が破裂する。

 千切れた外套が宙を舞う。シアウィンクスは悲鳴を上げそうになるが懸命に押さえた。

 そして気づく、外套は既に脱ぎ捨てられていたのだ。

 

「逃げ足は速いな」

「アナタも巨躰のわりによく動くかな」

 

 外套を脱ぎ捨てた彼女は片手で顔を隠すと何かを被るように手をスライドさせる。すると晒されていた素顔を隠すように仮面が現れる。それは鬼と武者を合わせたような作りをしていて、彼女の(なびか)かせる綺麗な金髪とは相反した禍々しさを放っていた。

 

「危なかった。もう少しで可愛い顔を晒してしまう所だったわ」

 

 冗談のような言葉を至極真面目に言う彼女。

 

「顔も見せないか、臆病な奴め」

「お好きにどうぞ。けど仮面(コレ)を被らせたからには──斬るわよ」

 

 更に加速した斬撃がガイナンゼの首へ走る。

 今度はガイナンゼも反応できていない。そんな音すら斬り裂く刀に誰もが首を断たれたと思った。しかし絶命の刃はディハウザーが割り込んだ事で防がれる。

 

「割り込むとはやるね。アナタが王様のボディーガード?」

「キミこそ鋭い。幾層もの防御壁が紙切れのように裂かれた挙げ句、肉も絶たれた。若いのに末恐ろしい素質だ」

「お褒めに預り光栄です。アナタみたいな人からの称賛は特にね」

 

 濃密な魔力を迸らせた左手を盾にして刀を防いだディハウザー・ベリアルだったが腕には刃が深々と刺さっていた。

 

「そこの雰囲気ある人!」

 

 急に外套もとい仮面の少女が背中越しに誰かを呼んだ。彼女の様子からもシアウィンクスの近くにいる者に声を掛けているようだ。

 シアウィンクスが右を向くとククルが首を降り、左を向くとカルクスが目を泳がせた。

 まさか自分のことか!? 

 少し間を置いて自身を指差すとククルとカルクスが頷いた。取り敢えず誰かが答えなければならないので人違いと願いつつシアウィンクスが返事をしてみた。

 

「…………なんだ?」

「今からちょっとした()が起こるけど、終わったら皆を落ち着かせる手伝いをして欲しいの」

 

 当然のように言葉が返ってくる。

 やはり自分が"雰囲気ある人"のようだ。

 雰囲気ある人とはどんな意味なのか気になってしょうがないが、彼女のハプニングとやらは更に気になる事柄だったので前者は流す。

 

「どういう意味だ、何が起きる?」

「説明する前に始まるわよ」

 

 仮面の少女が言うやシアウィンクスの立っている場所に魔法陣らしき光が現れる。それはククルやカルクスも同様でウェルジットのあちらこちらで確認できた。

 

「転移陣……いや構成術式が違うか」

 

 ディハウザーが呟くと仮面の少女は刀を鞘に納めた。彼女の足元にもまた陣が輝いていたのだ。

 ガイナンゼは面白くなさそうに顔をしかめる。

 

「私を殺すのではないのか?」

「確かに斬るとは言ったけど殺すなんて言ってないわ」

 

 仮面の少女が自身の眉間をトントンと指先で軽く突く。瞬間、ガイナンゼの眉間が小さく裂けて出血する。

 ガイナンゼが指先で傷に触れる。

 

「最初の一合でか」

「あら、驚かないのね」

 

 意外にもガイナンゼは愉快げな表情を見せる。

 それは敵への賛辞と怒りが混在した顔だ。

 シアウィンクスは獰猛な野獣を思わせるガイナンゼを見て密かに身震いする。

 

「貴様、この傷は貸しにしておいてやる」

「挑むならやめておきなさい。アナタに私は倒せない」

「その言葉、覚えておく」

「さよなら、裸の王様。果たして私と再戦出来るかは分からないけど精々頑張りなさいな」

 

 2人の会話を聞いている内にシアウィンクスは光に包まれながらウェルジットから消えた。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 光の先に辿り付いたの見たことのある風景だった。

 バアルの艦隊も業火に包まれたウェルジットもない。

 そこは"ルオゾール大森林"の入り口、広野と森の狭間にシアウィンクスは立ち尽くしている。

 何が起こった? 

 困惑するシアウィンクス。

 

「大丈夫?」

「(ぴゃあっ!?)」

 

 困惑していると視界の横からひょっこりと鬼の顔が現れた。変な声を出しそうになったシアウィンクスだったが(なん)とか心の中で留める。ここで間抜けな悲鳴をあげようならメッキが剥がれてしまう。表情の筋肉に力を入れて平静さをアピールする。

 その時に険しい顔をしたらしく、鬼の面をした彼女はシアウィンクスを怒らせたと勘違いしたのか頭を下げた。

 

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの」

 

 柔らかな声で謝罪される。

 シアウィンクスも取り繕うように咳払いをして切り返す。

 

「いや、先程は助かった。こちらこそ礼を言おう」

「好きでやったことだから気にしないで。私は千叉 譲刃、アナタは?」

「シアウィンクス・ルシファーだ」

「ルシファー? 貴女が?」

「見えないか?」

「逆、納得した。これだけの圧力(プレッシャー)を与えてくるんだもの。さっきのいかつい彼よりも断然に王に見えるわ」

 

 "いかつい彼"とはガイナンゼの事だろう。

 しかし、あのガイナンゼを差し置いて王に見えるとは心外だ。その辺の木っ端悪魔にすら負けると自覚しているだけに譲刃の評価は過剰である。シアウィンクスの魔王を装う仮面と演技が凄いと誇るべきか悩ましい所だ。

 

「無事ですか、シア様っ!!」

 

 小走りでシアウィンクスへ駆け寄るのはウェルジットで別行動だったルフェイだ。避難誘導を頼んでいたが、あの砲撃の中でも生きていてくれたようだ。

 安堵と感激でルフェイに抱き付きそうになるのを押さえて威厳を保つ。けれど自然に笑みがこぼれてしまう。

 

「そちらこそ怪我はないか?」

「はい、咄嗟に防御陣を展開したので」

「相変わらず優秀な魔法使いだ」

「えへへ」

 

 可愛らしく笑うルフェイにシアウィンクスも釣られて笑みを深くする。

 そんな二人にカルクスとククルも周囲の状況を訝しげに確認しながら近づいてきた。

 

「何が起こったかサッパリだがベリアルとバアルから逃げ切ったのかぃ?」

「"ルオゾール大森林"が目の前と来た以上は転移だろうね。ウェルジットの住人も一緒なのが驚きさね」

 

 ルフェイが笑みを消して真剣な表情を作る。

 

「この場所に来る直前に術式の展開を確認しました。転移とは違う感触でしたが意図的に私たちをここまで運んだのは確かかと。……ただこれだけの人数を霊脈や高位触媒なしで転移をさせられるとしたら人間業でありません」

 

 ルフェイが魔法使いの視点で答える。

 その言葉にシアウィンクスたちは譲刃へ視線を移す。彼女はガイナンゼと戦いながら"別れ"の挨拶をしていた。つまりこの事を事前に知っていた節がある。

 譲刃はシアウィンクスの疑いに肯首で答えた。

 

「察した通り、これは私の仲間によるものよ」

「なぜ」

 

 助けたのか? 

 シアウィンクスの疑問に鬼の面をしたまま譲刃が笑った……気がした。

 

「アナタたちに何かを求めた訳じゃない。ただ情報収集に寄ったウェルジットがあんな状況だったから成り行きで助けただけよ」

「成り行きでウェルジットの住人を全て拾い上げたのか?」

「──全員ではありませんよ。集めたのは生存者とそれが可能な者だけです」

 

 譲刃の背後から静かで良く通る声が割り込む。声の主はゾッとするほどの美人だった。その白雪のような彼女は背筋の良い歩みで譲刃の隣まで来るとシアウィンクスを下から上まで見た。品定めされているみたいで、あまりいい気はしない。

 

「……貴女は誰だ?」

「問う前に名乗ったらどうですか? エチケット不足で0点です」

 

 急に残念な点数を付けられたと思ったら拳銃を抜く白雪美人。

 驚き一色に内心を染めたシアウィンクスだったが近くにいたルフェイを慌てて腕の中に庇う。カルクスとククルもまたシアウィンクスの壁になるように立つ。

 

「仲がよろしい事で」

 

 暖かい言葉とは裏腹に声音は極寒の極致だ。

 ガイナンゼよりも深く冷たい圧力がシアウィンクスの精神を締め上げる。殺意でも敵意でもない無情なナニかに呼吸が上手く出来ない。庇っているルフェイの温もりがなければ気を失っていただろう。

 初対面の人からまさかこうまで負の感情を向けられるとは思いもしなかっただけに対処法が分からない。

 確かなのは一つ、あの白雪の怪物はシアウィンクスの大切な人を容易く殺せる。

 実力差なんて知るものか。理解するのに本能や直感なんていらない。きっと子供にだって理解できる。それほどまでに彼女の冷たい表情の下には底知れぬ深淵が広がっていた。

 

「貴女ですね?」

 

 刺すような問いにシアウィンクスは全霊で己を奮い立たせる。ルフェイの愛しい体温を手放しつつ、カルクスとククルを退かして前に出る。止めようとする家臣を目で黙らせた。

 

「質問はもっと具体的にしたらどうだ? それと私はシアウィンクス・ルシファーと言う。ようこそ我が領地へ、可憐さと鮮烈さを兼ね備えた客人」

 

 シアウィンクスは懸命に唇を吊り上げた。

 白雪の怪物は一瞬だけ眉を潜めるも笑い返した。美しさが余計に恐怖を駆り立てる。

 もう誰か助けて……。

 

「ルシファーの血筋なだけはありますね。紹介にお答えします、私はアリステア・メアと言います」

「では互いに名前も知った。知り合いとなった記念に私に聞かせてくれ。どうして貴女から銃口を向けられているのだろうか?」

 

 アリステアから笑みが消えた。

 怖い、人をこれほど怖いと思ったことはない。

 逃げてしまいたいが、アリステアの狙いが不明瞭だ。

 彼女の銃が自分以外に向けられる可能性があるならば目的を知る必要がある。

 

「シアウィンクス・ルシファー。私から奪ったものを返して下さい」

「奪った?」

「シラを切るのはお勧めしません。私は気が長い方ではありませんので」

「顔に似合わず激情家なのだな。残念だが貴女からは何も奪っていない」

 

 アリステアが無言で引き金に指を掛けた。

 銃口の奥で凶悪な光が輝く。

 

「殺しはしません。ただ四肢の一つくらいは貰います」

 

 殺す気はない? 四肢の一つだけ? 絶対、嘘だ。あんなの喰らったら塵も残らない。

 この人、冷静に見えて全然冷静じゃない。

 シアウィンクスはせめて後ろにいる大切な人だけは守ろうと銃へ飛び掛かろうとする。

 

「ウェルジットでもそうだったけどルシファーちゃんは少し向こう見ずな所があるね。──アリステア、やめなさい」

 

 譲刃が横から銃身へ手を伸ばして少し下げさせた。

 アリステアは冷たい目を譲刃へ向ける。

 

「邪魔をしないで下さい」

「そんな殺気立ってどうしたの?」

「彼女がナギを拐った元凶です」

「それは『真 眼(プロヴィデンス)』から導いた答えね? 信用に値する理由だけど、ここまでする必要はあったのかしら?」

「危険ですよ、彼女は?」

「知ってる。"眼"のあるステアちゃんほどじゃないけどね。でも彼女は多分()い人よ。それにナギくんが今のステアちゃんを許すと思う? 彼、怒ると怖いわよ?」

 

 譲刃の説得で渋々といった様子で銃を仕舞うアリステア。どうやら危険は去ったようだ。

 シアウィンクスは未だに分からない銃を向けられた理由を聞いた。

 

「アリステア・メア、私は貴女からは何を奪った?」

 

 アリステアは冷静さ取り戻したのか。圧力を消してくれた。

 会話をしてくれる気になったみたいで安心する。あとは身に覚えのない冤罪に弁明すればアリステアも大人しく帰ってくれるはずだ。

 シアウィンクスはアリステアの言葉を余裕の心持ちで受け入れる準備をした。

 

「返してほしいのは貴女が強制転移で連れ去った蒼井 渚です」

 

 ピシリっと全身が石化した……ような気がした。

 転移の痕跡は念入りに消したのに彼女たちは人間界から渚を探してここまで辿り着いた人たちだった。シアウィンクスが冤罪と思っていた件は普通に有罪になってしまう。つまりアリステアの怒りは勘違いではなく、正当性があるものだったのだ。

 シアウィンクスは表情を凍らせながら言った。

 

「そうか、彼の知り合いか。なら正義はそちらにある。謝罪するよ、千叉 譲刃にアリステア・メア。すぐ彼に会わせよう。──カルクス、ククル、ルフェイ、森のコロニーへ向かう。ウェルジットの住民も連れて行く」

 

 魔王モードのせいで随分と上からになってしまったのを心底恥じた。素直にごめんなさいも出来ないとは本当にどうしようもない。

 しかし渚にあんな美人な恋人たちがいようとは……。

 

 シアウィンクスは誰にも気付かれないように静かに(へこ)むのだった。

 


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