ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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最近、忙しくて投稿が遅れてしまいました。
独自設定が多々ある本作ですが生暖かく見守ってください。



再会《Promised Reunion》

 

 ──たまに夢を見る。

 

 特別な家に生まれず、ただの平民として育つ夢を……。

 父は農夫で、母は専業主婦。

 わたしは質素な服を身に付け、どこにでもあるパンやスープを食す。

 毎日、夕暮れまで友達と遊んで泥だらけになった自分を母は怒り、父に笑われる。

 豪華とは程遠く、贅沢とは言えない生活の夢。

 

 ──たまに夢を見る。

 

 時には服屋の娘、時には菓子屋の娘。

 毎日、毎日、眠れるようになってから楽しい夢が(さいな)む。

 それは争いからは遠い平穏な日々。

 心から望んだそうなりたいという願望。

 これまでも、これからも望めない幻想。

 

 ──たまに夢を見る。

 

 最近は同じものばかり。

 地獄のような町で途方に暮れる中、一人の男性が出てきて助けてくれる。ヒロインのような甘い夢。

 届かない星を掴もうとする子供みたいな妄想に自分ではない自分がせせら嗤うのが聞こえる。

 

『なんだ、その憐れな願いは? あの人間がほしいのならば傲慢のままに望めよ、シアウィンクス・ルシファー。"私"は何時でも良いのだぞ』

 

 それは悪魔の囁きそのものだった。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 "ルオゾール大森林"の表層にあるコロニーはアルンフィルの主導で作られた広大な避難場所であり下手な町より充実、発展している。

 だが魔物が蔓延る危険地帯に旧ルシファー領の民を住まわせるのは愚かな行為だ。しかも総人口は数十万に達するのだから自然と使う土地も広大になってしまう。

 リスクを背負ってまで"ルオゾール大森林"なんて場所を選んだのは魔物の目なら誤魔化せる手段を有していたからだ。なんの備えもなしでここにコロニーを築いた訳ではない。

 

「ん? これって隔離空間の一種かな?」

 

 譲刃がコロニーの敷地に入るや否や周囲を見渡して呟いた。それに反応したのは近くにいたルフェイである。

 

「本来は小さな村落ぐらいの土地に特殊な魔具を使用して空間歪曲させています。必要ならば国に一つ程に拡張できるようなので人口密度は問題にならないみたいです」

「凄いわね、これならウェルジットの人達も収容できそう。それにこの安定性、その魔具ってかなり上等な物じゃない?」

「はい。旧ルシファー城の宝物庫にあった貴重な物です。他にも音や光景を歪める高位魔具がフル稼働しているので魔物も簡単には侵入できません」

「それは紛失やら破損が怖いわね」

「構わない」

 

 譲刃の疑問にシアウィンクスは馬鹿馬鹿しいと言いたげに手をひらひらと振った。

 

「所詮は城が幾つか程度の価値だ。それ一つで金で買えないものを取り零さないのだから惜しくはない」

 

 失われた命は取り戻せない。それを実感しているシアウィンクスはルシファーの宝物など湯水の如く使い潰していた。既に宝物庫にあった魔具はバアルに対抗するため七割は使い潰している。中には世界に二つとない国宝級にも数えられる魔具もあったため歴代のルシファー達が見たら泡を吹くかもしれない。

 

「(けれど知るもんか、居ない奴のご機嫌伺いなんてしてやらないわよ)」

 

 今いない人達に文句を言われる筋合いはない。生きるか死ぬかの瀬戸際にケチ臭いことをしている余力はない。シアウィンクスにとっては宝よりも領民が大事なのだ。

 それを生かすためなら魔具や宝など喜んで捨てる。

 

「立派かな。敬意を(しょう)する位にね」

「敬意を持ってくれるなら相方をなんとかしないか?」

 

 シアウィンクスは譲刃の隣にいるのはアリステアだ。

 さっきから無言でシアウィンクスに視線を固定しているのだ。なぜか監視されてるようで、圧力こそないがこうして見られ続けるのは息苦しい。

 

「だそうよ、ステアちゃん」

「そんな細かいことを気にしてるんですか、魔王の血筋が呆れます」

「銃を向けて来た相手にジロジロ見られていたら警戒もするだろう?」

「向けられるような事をしたのですから因果応報ですよ」

 

 ダメだ、この超絶美人。顔は綺麗なのに中身が全然可愛くない、(むし)ろ怖過ぎる。

 シアウィンクスは内心でアリステアにビク付きながら賑わいのある区画まで辿り着く。

 

「ククル、連れて来た領民たちを居住区の所まで案内してくれ。この大人数だ、カルクスたちも手伝うように。負傷者はすぐに手当てに回しておけ」

「あいさ」

「おうよ」

「ルフェイ、アルンフィルに会いに行くから付いて来い。譲刃とアリステアもだ」

「わかりました」

「ナギくん、驚くかな」

「ええ、貴女は特に驚かれますよ」

 

 シアウィンクスはルフェイを引き連れてアルンフィルの天幕までやってくる。

 こうしてアルンフィルに直に会うのは久しぶりだ。ガイナンゼとの戦いで負傷した彼女に対して要らぬ罪悪に囚われた事で臆していたせいで避けていた。けどもう自己嫌悪を盾にして逃げないと決めたのだ。

 

「私が入って事情を説明するから待っていろ」

 

 天幕からは何も聞こえないし、人の気配も感じない。それは盗聴などを防ぐ結界が張られているからだろう。

 さて、どんな顔をして会えば良いのだろうか。まずは謝罪からしよう。

 そう決めてからシアウィンクスは深呼吸をすると天幕の入口へ手を掛けて中に入る。

 

「アルンフィ──」

「ふがふがぁー!」

 

 意を決したシアウィンクスの目の前に全身包帯だらけのミイラ男が目を血走らせて突っ込んでくる。

 

「ダズゲデェ~!」

「──ッ!!!!!!!!??????」

「ふべぇええええしっ!」

 

 急な恐怖と驚愕から反射的にミイラ男の顔面へ張り手を叩き込む。

 ミイラ男は意味不明な奇声を上げながら吹き飛んだ。地面に転がったミイラ男は首が変な方向に曲げて白目を向いている。

 

「へ、え、なにっ!! これ、なにっ!!!???」

 

 ピクピクしながら倒れるミイラが恐ろしいと言わんばかりに後退るシアウィンクス。

 

「あ、シアちゃ~ん、久しぶり~」

「あ、うん、久しぶりね、アルンフィル」

 

 アルンフィルがミイラ男を引きずって椅子に座らせる。首が斜めに傾いているのはシアウィンクスのビンタのせいだ。

 

「ま、まさか折れた? でもなんでこんなクリーチャーがいるの?」

「大丈夫大丈夫。よいしょ~」

「げぅ!」

 

 ボキンッ! 

 

「あ、アルンフィル!!!???」

 

 アルンフィルが後ろからミイラの(あご)と頭を掴むと笑顔で首を元の位置に戻す。その有り様はネックツイストで首をへし折る暗殺光景にしか見えない。ミイラ男の口から魂みたいのが出てるのはきっと気のせいだと目を逸らす。

 

「起きてくださいな~、渚くん」

「え! ソレ、渚!?」

 

 まさかの真実にシアウィンクスは目を見開く。

 

「はい。治療していたのに逃げられたんです」

「治療? もしかして怪我したの!?」

 

 何をしたらこんなクリーチャーめいた姿になるまで包帯を巻かれてしまうのだろうか?

 

「"ルオゾール大森林"の深奥に踏み行って怪我したのですよ」

「深奥に!? なんでそんなことをっ!?」

「大森林の移動ルートを選出していたみたいです。表層を迂回するより深奥を抜ける方が早いと考えたんでしょうね~。それで怪我して帰ってきたんで、休んでくださいと懇願したのに聞いてくれなかったから簀巻(すま)きにしちゃいました」

「あ、そう……」

 

 うん、もう意味が分からない。

 冥界屈指の危険地帯に挑んだ渚もそうだがソレを簀巻きしたアルンフィルも大概だ。

 取り敢えず息が出来なそうなのでスルスルと包帯を解いていくと虚ろだった渚の目に光が戻る。

 

「はっ! なんか上から自分を見下ろしていた気がする」

「あらら~?」

「き、気のせいよ?」

「あれ、シア、なんで目の前に……? ていうかアルンフィルさんにグルグル巻きにされてから記憶がない。けど酷い目にあった気もする」

「治療を受けずに逃げようとするからですよ~」

「ほっとけば治ります。一応、人より傷の治りは早いんだ」

 

 アルンフィルが渚の頭を撫でている。

 妙に仲が良い二人にシアウィンクスは不機嫌な気分になる。

 

「むぅ」

「痛てて、つねるなよ」

「あらら~」

「あげないわよ」

「意味が分かんないぞ?」

「もう、なんでもない……!」

 

 プイッとそっぽを向く。

 アルンフィルが微笑ましそうに笑っていた。

 何が面白いのだろうか? 

 ムッとするシアウィンクスに対して満足げなアルンフィルに胸がざわつく。

 

「うふふ~。さておきシアちゃん、外に人を待たせてない?」

「そうだった。渚、あなたに尋ね人がきてるわ」

「俺に?」

 

 困惑する渚を見て少し機嫌を治るシアウィンクス。

 取り敢えず、色々と予定外な出会いがあったので説明することにした。

 しかし、その前にやることがあったのを思い出す。

 

「……アルン」

「はぁい?」

「そのね、今までゴメン……」

「なんに対しての謝罪ですか~? 私はシアちゃんを悪く思ったことはありませんよ。だからあまり自分を卑下したり責めたりはしない下さいね~」

 

 優しく頭を撫でられた。

 柔らかな声に手のひら。

 それは妹をあやす姉のようでシアウィンクスは目尻が少しだけ熱くなったのだった。

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 "ルオゾール大森林"の深奥を探索していた時、シアウィンクスはバアルの軍勢と一悶着あったようだ。

 深奥に住む桁違いに強い魔物に遭遇した渚もそうだが、避難を(うなが)すために行った街でガイナンゼが率いる艦隊に遭遇したシアウィンクスも相当に運が悪い。

 身近で起きた事を軽く説明すると渚とシアウィンクスは同時に溜め息をこぼした。

 

「大変だったな」

「あなたもね」

 

 妙な親近感を抱いたのはお互い様のようだ。

 

「それで俺に尋ね人がいるとか言ってなかった?」

「千叉 譲刃とアリステア・メア、聞き覚えある?」

「ある。信頼できる人だ」

「招いて正解だったわけね」

「でも、やっぱ来たか」

 

 あのアリステアなら遅かれ早かれ自分を見つけてくれる、そんな予感はあった。

 そこまで考えて「……ん?」と違和感に襲われる。

 シアウィンクスは譲刃の名前も挙げた。

 アイツ、刀だぞ。アリステアが渚の為に持ってきたのだろうがシアウィンクスを見る限り譲刃を人として見ている節がある。

 

「もしかして譲刃って(刀の状態でも)喋れるのか?」

「え、何言ってるの? 普通は(人なんだから)喋るでしょ」

 

 驚愕、冥界では剣が喋るのが普通らしい。

 やはり世界は広いなと自身の常識の稚拙さを反省する。

 

「あんまり待たして良くないし入れるわよ。アルンフィル、いい?」

「どうぞどうぞ~」

 

 シアウィンクスが客人を天幕に招いた。

 ルフェイに続いてアリステアが入ってくると渚を見るや彼女らしくない早歩きで詰め寄る。

 

「来ましたよ」

「あぁ待ってた」

 

 頼もしい相棒の到着に喜んでいると、その相棒がジト目で睨んできた。

 

「ナギ、今週のゴミ出し当番は貴方です」

「ん?」

「貴方が居なくなったせいで当番制だった生活が崩れています。一週間の内、月水金はナギが食事当番の筈です」

「あ、うん、ごめん?」

「謝って済む問題ですか」

 

 そう言われても冥界に来たのは不可抗力なので勘弁してほしい。

 それにしてもお小言を並べる割にはさっきから身体をペタペタと触って怪我の具合を改めている。心配してくれたのは嬉しい。けれど頭の天辺から足の爪先までを調べる様は転んだ子供の怪我を調べる母親みたいで恥ずかしい。

 

「す、ステア、あのさ──」

「チッ、ここにも怪我がありますか」

 

 今、舌打ちしたぞ、この娘。

 

「裂傷、打撲、火傷、壊死。酷い有り様で笑いも出来ません。ナギはZAKO of the ZAKO(クソ弱ゾンビ野郎)なのですか? 雑魚を決めるグランプリがあれば優勝できますよ。良かったですね」

 

 凄く酷い言われようだ。こんなボロクソなのは久しぶりだった。

 

「素直に"心配したんですよ"って言えば良いのにね」

 

 (あき)れたように言ったのは声に釣られて目で追うと見知った金髪の少女がいた。しかし口調や雰囲気がまるで別人だ。

 

「アーシア……じゃないな」

「うん。久しぶりだね、ナギくん」

 

 御神刀 譲刃を携えた彼女を見て渚は色々と納得した。

 瞳が映すのはアーシアでも第六感は譲刃だと訴えかけてくる。どうしてこうなったかは理解できないが目の前にいるのはアーシア・アルジェントの肉体を持った千叉 譲刃だ。

 

「なるほど、譲刃か」

「あんまり驚かないのね」

「驚いてるよ。まるで意味が分からないから逆に冷静になっただけだ」

 

 確かにこの状態ならシアウィンクス達とも普通に会話出来るだろう。説明は欲しいが、この場でして貰うには少し一身上の都合が過ぎる。今は旧ルシファー領の問題を何よりも優先すべきだ。

 

「譲刃」

「分かってる。説明するから私たちは後回しでいいよ」

「アーシアは大丈夫なんだな?」

「それは保証する。アーシアさんも納得してるわ」

「わかった、なら俺から言うことはない」

 

 シアウィンクスが渚と譲刃の話を聞いて訝しげにしている。

 

「渚、アーシアとは誰の事だ?」

 

 魔王モードのシアウィンクスが話に割り込んできた。どうやら譲刃やアリステアの前ではこれで行くみたいだ。

 

「譲刃が使ってる体の所有者だよ。なんか俺の知り合い同士が融合(?)してるんだ。彼女は譲刃であって譲刃じゃないって話」

「なんだ、それは?」

「まぁ気にすんな、こっちの問題だから」

「ふん、そうか」

 

 睨まれた。何か怒らせることを言った覚えはないのだが……。どうにもシアウィンクスが不機嫌に見える。魔王モードの彼女は圧が半端ないので素を知らないと臨戦態勢を取っていただろう。実際、周囲を知らぬ内に威圧していた。アリステアが目を冷たく光らせているので落ち着いてほしい。

 

「ステア、大丈夫だから」

「これだけ威圧。殺し合いを吹っ掛けられているのと同じですよ」

「そうなんだけどやめといてくれ、危ないから」

「私が負けると……?」

 

 アリステアが妙にシアウィンクスを気にしている。こんなにも他人を警戒する彼女はかなり珍しい。

 けれど、らしくない勘違いだ。アリステアが本気になったらシアウィンクスの方が危ない。シアウィンクスの威圧は確かに他を圧倒する凄まじいモノだ。渚の主観になるがコカビエルやヴァーリの方が可愛く見えるレベルである。だがこの()、戦闘力は並みだ。これを言っても多分信じてはくれないだろう。

 シアウィンクスが魔王の仮面を被ったらそれぐらい強者に見えるのだから色々とバランスが崩れた悪魔だと思う。

 いっその事、もうバラすか……? アリステアには例の"真眼"もあるし、その内にシアウィンクスは化けの皮を剥がされる。

 

「ステアちゃん、シアウィンクスさんの"罪花(ざいか)"は問題ないわ。この子は善人よ」

「今から悪人になるかもしれません」

「決め付けはいけないかな。あなたに何が見えていようとね」

「……そうですね」

 

 譲刃の説得を受け入れたアリステアは静かに引き下がる。どうやらアリステアは譲刃に弱いらしい。

 渚が大人しくなったアリステアに安堵していると、何を考えてかシアウィンクスが口を開く。

 

「お前は余程、私が嫌いと見える」

「嫌いとは違いますね、危険と思っているのです」

「よく言われる言葉だ。この威圧感に関しては許せ、それと危険に思うなら撃て。私がお前にやった事を思えばそれくらい許す」

「ほぅ」

「シア!!」

 

 渚が声を荒げる。

 アリステアは既に銃を構えていた。

 ──速い、間に合わねぇ。

 渚が動くよりも早く引き金に指が掛かる。そんな事を言えば撃つのがアリステアという人間だ。

 渚の言葉通り、銃弾が発射される。

 光と硝煙の名残を残す天幕。

 

「それで満足なのか?」

 

 シアウィンクスが表情を変えずに問う。

 弾丸は彼女の頬の数cm横を通り抜けて行った。

 アリステアは返事をする代わりに銃を収める。

 

「今の言葉に(いつわ)りはないようですね、ならば私は退()きましょう」

 

 緊張感が霧散する。

 来た早々に変なトラブルを起こしたアリステアに詰め寄る。

 

「やり過ぎだ」

「必要な事です」

「どこがだよ」

「貴方がこうならない為にですよ」

 

 アリステアは包帯の巻かれた右手を渚に見せつける。

 まるでその傷を負わせた者と同じぐらいにシアウィンクスが危険だと言っている。

 否定するのは簡単だ。渚はシアウィンクスの優しさと脆さを知っているだけに誰かを害する者じゃないと確信がある。けれどアリステアはそういう冗談は言わない。

 渚はアリステアの肩に手を置くと耳元で(ささ)く。

 

「一応、(とど)めておく」

「信じるのですか?」

 

 意外だったのか、珍しく目を丸めるアリステア。

 今まで助けてくれた相棒を信じれないわけがない。未だに疑問は残るが、万が一という言葉もある。

 

「ステアがそう思うんなら無下(むげ)には出来ない」

「そうですか」

 

 アリステアは小さく笑う。久しぶりに見る裏のない綺麗な笑顔だ。

 これでシアウィンクスに妙な因縁を付けるのをやめてくれたら良いのだが……。

 ともせず今はルシファー領の問題を解決したい。増援として期待していたアリステアに加えて譲刃まで来たのは予想外だったがそろそろ計画を進めるために渚は気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 ガイナンゼが再び兵を率いて再侵攻を始めた。予想していたよりもかなり早い動きだったので渚たちの計画であるフェニックス領への退避も早まる事になった。

 

「ちょっとアレ、どういうことよ……?」

 

 シアウィンクスのために用意された天幕に呼ばれるや文句を言われる渚。

 

「アレ?」

「多分、アリステアさんの事じゃないかと」

 

 シアウィンクスに背中から抱きつかれたルフェイが困ったような笑みを浮かべて答えてくれた。

 シアウィンクスも恨めしそうな目で頷いている。

 

「あ~」

 

 素のモードのシアウィンクスはムスッとしつつも、ベッドに腰掛けて小さくプルプルしていた。ルフェイも成す術がないのか黙って抱き枕にされている。

 

「(ステアに怯えていたミッテルトを思い出すなぁ)」

 

 妙な懐かしさを感じているとシアウィンクスが(うめ)く。

 

「あの人、怖すぎよ。常にブリザードみたいな目で見てくるの。確かにあたしが悪いけど……」

「いえ、それを言うなら転移陣に手を加えた私も同罪です。もしもアリステア様がシア様を断罪するのなら最後までお付き合いします」

「ルフェイ、ありがと」

 

 何やら反省会が始まりそうだ。

 アリステアに裁かれる前提で話しているが、渚からしたらそうさせるつもりはない。シアウィンクスに危害を加えたらアルンフィルたちが黙ってはいないのは目に見えているからだ。今の状況で内輪揉めなどしたら色々と台無しになる。

 渚は自陣の平穏のため二人をフォローすることにした。

 

「ステアは冷たく見えるけど話は分かるやつだ。俺からも手は出さないように言っとくから」

 

 素のシアウィンクスを見せれば異様に高いアリステアの警戒心も薄れるかもしれない。けれどシアウィンクス本人は嫌がるだろう。

 シアウィンクスが素を見せるのは本気で信じている相手だけだ。渚はそこに自分がいることを疑問に思うが喜ばしくもあるので有り難く好意と信頼を受け取っている。

 

「……ねぇ」

「なんだ?」

 

 シアウィンクスが上目使いで聞いてくるが、口をモゴモゴさせるだけで言葉を発しない。聞き難い質問でもするのだろうかと思いつつ渚は黙って待つ。

 

「あの、立ち入った事だけど、その、アリステアさんと譲刃さんとはどういう関係なの?」

「ステアは相棒で譲刃は師匠かな」

「…………恋人なの?」

「違うな」

「違うの!?」

 

 食い気味に返された。

 残念だがそんな甘ったるい相手はいないし、しばらく作るつもりもない。

 理由は単純に自分がどんな人間だったか分からないからだ。渚は記憶を無くす前は危険人物だった可能性がある。"蒼"なんていうヤバい能力を持ち、"敵"を殺す事に最初から抵抗すらない。アリステアも過去を語らないと来た。そして何よりも渚自身が本能的に過去の詮索を避けているフシがあるのだ。

 最初から普通じゃない自覚はあった。それでも日常を送れると言い聞かせていたが微かな違和感は常に残り続けていた。そしてコカビエルやヴァーリなどの怪物めいた相手を制した事で己の力と過去に恐怖と興味を覚え始めている。そんなんで呑気に女の子と付き合っている余裕などない。

 

「家族……に近いと思う。俺は多分肉親がいないと思うから」

「ごめん、変な勘繰りした」

 

 シュンと分かりやすく落ち込むシアウィンクス。

 

「いいよ。俺はな、人に恵まれたんだ。住む家もあれば学校にも通えている。今は割りと幸福だよ。だからそんな顔をするな」

「うん、でも学校か……」

「学校がどうかしたのか?」

「話には聞いたことあるから。若い子たちが集まって勉学をする場所なんでしょ」

「そうだな。あとは年に何回か催しもある」

「催しって?」

「クラス同士でスポーツを競いあったり、お店なんかをしたりする」

「……楽しそう」

「シアウィンクスは学校に通ったことがないのか?」

「冥界に教育機関はないわ、習い事の大体は"家"で学ぶのよ」

 

 家庭教師とかそんなのだろう。

 なるほど、義務教育ない悪魔にとって人間社会の教育機関は珍しいようだ。少なくともシアウィンクスは興味があるように見える。

 

「じゃあウチ来るか?」

 

 自然とそんな言葉が出た。

 

「へ?」

「フェニックス領に脱出したらシアウィンクスは領主じゃなくなる。なら身の振り方も考えた方がいい」

 

 恐らくこの件がどんな結末を迎えようとも旧ルシファーの領土はなくなると渚は考えている。悪いのはバアルだとしてもシアウィンクスたちは現政権に歯向かった。

 どんなに弁明しても旧政権の指導者が起こしたクーデターとでっち上げられるだろう。

 首都ルシファードが陥落した地点でシアウィンクス・ルシファーの役目は終わっている。いや、勝ち目のないバアルとの戦いが始まった瞬間から旧ルシファーの滅亡は確定していた。

 領民は苦労はするだろうが違う場所でも生活できる。

 しかし旧ルシファー直系のシアウィンクスはそうはいかない。バアルがいる限り冥界に彼女の安寧はないのだ。

 リアスに迷惑は掛かるだろうが、行く場所がない彼女を放っておくのも後味が悪い。渚は何とかしてやりたいと思うくらいにはシアウィンクスに情が湧いている。

 

「一人が不安ならアルンフィルさん達も連れてくるといい。三人か四人くらいならなんとかしてやる」

「……っ」

 

 シアウィンクスが顔を伏せた。

 やはり彼女は領民の安全を確保した"後"のプランは無かったようだ。旧ルシファーの血筋を善意だけで匿う酔狂な輩などそうはいないだろう。

 

「あ、有り難い提案だけどやめた方がいい。あたし、かなりの地雷女よ」

「だな。旧ルシファーの悪魔だ。利用したい奴も殺したい奴も幾らでもいる」

「そうよ、だからね……」

 

 やめておこう?

 寂しそうに笑うシアウィンクス。気丈に振る舞うその顔に耐えかねたのはルフェイの方だった。

 

「渚さま」

 

 優しい魔女は期待するように懇願するように渚と目を合わせる。

 そんな顔しなくてもやれることはやるよ。乗り掛かった船なんだ、嫌と言われても次の場所まで付き合うさ。

 下を向くシアウィンクスの前に立つと彼女の柔らかな両頬に手を添えて上を向かせた。

 目と目が交差する。

 

「くだらないったらありゃしねぇ」

「な、なにを……」

「その遠慮が本当にくだらない。俺は"どうすべきか"じゃなくて"どうしたいか"が聞きたいんだ」

「そんなの行きたいに決まってる!」

 

 シアウィンクスはハッとした様子で口を閉じた。

 今さら慌てても遅い。渚は悪っぽく嗤い、ルフェイも嬉しそうに何度も頷く。

 

「決まりだ。今回の成功報酬として旧ルシファー領からシアウィンクスを貰い受ける」

「ちょっ!」

「それぐらい良いよな、ルフェイ?」

「はい、相応の報酬かと」

 

 いい笑顔だ。

 シアウィンクスが顔を赤めて渚とルフェイを交互に何度も見て口をパクパクさせている。

 それが面白くて渚とルフェイは同時に吹き出す。

 

 頑張ったシアウィンクスには安寧と平穏を享受させるため渚は力を尽くすと決めた。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 旧ルシファーの集落コロニーの外。

 "ルオゾール大森林"の表層にアリステアはいた。

 その瞳は深奥に向けられており、一切の淀みもない。

 

「気になる?」

 

 背中から声を掛けるのは譲刃だ。

 音も気配もなく、眼で視認しないとそこにいることが分からない程の隠匿術である。

 アリステアは忍者のような侍に対して頷いた。

 

「中央から半径50kmに渡って"異界"が形成されています。あの中は混沌としているでしょう」

「まさかここに来てお目にかかるとは思わなかったわ。……やっぱりいるのね」

「"異界"は人智を越えた超存在が降臨した時に現れる世界を侵す侵食領域を()します。ムゲンやケモノと同じ、けれど全く違う"始神源性(アルケ・アルマ)"に近い"ナニカ"がいるのは間違いありません」

 

 アリステアの言葉に呼応するように森の奥から風が吹き荒ぶ。まるで二人の会話を森自体が聞き耳を立てているような不気味な感覚。

 深奥に誘う禍々しい呪いの風を頬に感じた譲刃は刀を抜いた。

 その刃は呪力を帯びた風の一切を斬り捨てる。

 

「言葉には"(しゅ)"が乗る。あまり迂闊な言動はすべきじゃないわ。異界が近いこの場では特にね」

「この程度の"(しゅ)"なら問題はないですよ」

 

 アリステアは事も無げに言うが常人なら発狂していてもおかしくない呪いだ。未踏区域だけあって、やはりこの森は普通ではない。

 

「やれやれね。ナギくんって"始神源性"に呪われてるのかな? 一つでも厄介極まりないモノが五つも存在している。この世界、いつ滅んでもおかしくないわね」

「どうせ、エル・グラマトンのせいでしょう」

「そうやって何でもエルくんに責任を押し付けるのはよくないわよ?」

 

 諌める譲刃にアリステアは無言で一冊の古い本を差し出す。辞書かと錯覚するほどに分厚い本だ。譲刃は首を傾げつつも受け取ってページを捲る。

 

「これは冥界の歴史書?」

「数ある物の一つです。暇潰しにコロニーの書庫を覗いたのですが、中々に興味深い内容だったので借りてきました。特に最後の章になる2421ページがオススメです」

 

 アリステアの言われるがまま譲刃はパラパラとそのページまで読み飛ばす。

 

「なになに、『遥かな遠けき時代。偉大なる者が新たな大地を創造し、繁栄を築き上げた。しかして無空の天より厄災の星が墜つ。厄災の星、大地に根差して喰らう脅威となり世に仇なす。偉大なる者はその所業を前に御使いと龍を統べて厄災の星を封印したり。その星の名こそ"ルオゾール・ディ・ベネディクシオ"』なり。……これは?」

「昔からある冥界のお伽噺だそうです。悪魔が生まれる前、冥界という土壌が出来上がって間もなく現れた"侵略者"を偉大なる者、御使い、龍の三組が倒したのだとか」

「"ルオゾール"ね。まさにこの森の名前って訳か」

「所詮は未開の地である"ルオゾール大森林"に(あやか)った子供騙しと思っていましたが、そうではないようです」

「"異界"が発生する事案だしね。冥界政府はどうして放置してるのかしら、"異界"が発生してる時点でかなり深刻よ」

 

 譲刃やアリステアにとって"異界"というのは世界に厄災を持たらす要因に成りうる現象だ。それこそ優先的に対処すべき事案である。

 放っておくなど破滅を受け入れているようなものだ。

 

「恐らく"異界"の研究が進んでいないのでしょう。加えてこの"異界"による侵食は異常なほどに遅い、放置されているのも納得します」

 

 確かに、と譲刃は納得する。

 この"ルオゾール大森林"は太古の昔から存在していると言う。譲刃とアリステアが知る限り、こんな大人しい"異界"は初めて見る。彼女たちにとって異界侵食は津波のように問答無用で全てを飲み込む害悪でしかない。

 つまりこルオゾールの"異界"はかなりイレギュラーと言うことだ。

 

「どうするの?」

「いずれは解決しなければならない問題ですが、今は下手に触らない方がいいでしょう。渚の"蒼獄界炉(クァエルレース・ケントルム)"が不完全な手前、戦闘は避けたいですね」

「避けられなかった場合は?」

「私と貴女が命を捨てれば二割くらいの可能性は出来るかもしれません」

「今の私たちじゃ、それが精一杯か」

「申し訳ないですが"もしも"の場合はナギを優先します」

 

 真剣なアリステアに譲刃は含み笑いを浮かべた。

 

「案外、助けられるのは私たちかもしれないわよ。土壇場のナギくんの爆発力は知ってるでしょう?」

「それは"蒼"があってこそです」

「"蒼"なんて力の一つに過ぎないわ。人の真髄は意思と心よ」

「精神論で勝てるなら苦労はしません」

 

 アリステアはキッパリと切り捨てたが譲刃は気にした様子もなく笑うだけだった。

 

 




データファイル


『異界』

この世の理をねじ曲げる現象。
始神源性(アルケアルマ)と呼ばれる存在による世界の上書きが主な原因、その摂理は多種多様だが総じて人が生きていける環境ではない。大抵は気は狂い、果ては怪物に変貌する。
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