ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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行進、前日談《the previous night》

 

 旧ルシファー領から北にある領地の街中をヴァーリ・ルシファーとアーサー・ペンドラゴンは歩く。賑やかな街の喧騒を背にヴァーリが怪訝(けげん)な面持ちで言う。

 

「さて、どうしたものか」

「目的地は目の前だというのに歯痒(はがゆ)いですね」

 

 これより南下して旧ルシファー領に入ろうとしたの二人だったが予定外の足止めを喰らっていた。

 ここまで来て、旧ルシファー領に繋がる全ての街道や関所が通行禁止になったのだ。今や旧ルシファー領は陸の孤島である。

 原因は何となく察している。

 

「これはバアル軍が動き出したかな」

「……かもしれません。あまりゆっくりはしていられないようです」

 

 戦いの匂いに敏感なヴァーリが不敵に笑う一方でアーサーは眼鏡を上げて真剣な声音だ。

 彼らの目的は拉致された思われるアーサーの妹、ルフェイの奪還だ。事の始まりは実家を出て"禍の団(カオス・ブリゲード)"に身を寄せている最中にアーサーに届いた密書からだった。送り主はアーサーが最も信頼する実家のメイドからだ。

 

 ──ルフェイ様が行方不明になりました。捜索が難航しています。

 

 文はそれだけだったがアーサーは妹の救出を決意する。ただ如何(いかん)せん手掛かりがなかった。そんな中で優れた捜索能力者の使い手を有したヴァーリに協力を(あお)ぎ、今に至るのだ。

 

「人目を避けて侵入するしかないようです」

「いや、あれを見てくれ。旧ルシファー領を囲むように結界が張られている。触れたものに反応する(たぐ)いのものだ。時間があれば対抗術を組めるんだが……」

 

恐らく正規ルートを通らないと警報がなり、冥界の軍隊が直ぐに駆け付けてくる。

 

「しかし時間はありません、強行します」

「そうなるな。良い手じゃないが嫌いじゃない」

 

 アーサーの案にヴァーリが同意を示す。

 

「──もう一つ、手がありますよ。異邦人の御二方」

 

 そこにいたのは全身黒ずくめの女だ。喪服のようなドレスに顔を薄暗いベールで隠している。

 急に声を掛けられたヴァーリとアーサーは警戒心を高めた。気づけば人が一人もいない。あれだけ活気が静まり返り、生命の息吹すら無くなっていた。まるで箱庭に閉じ込められた気分だ。

 恐らく結界に閉じ込められたのだろう。ヴァーリとアーサーは各々が同じ結論に辿り着く。襲撃する時によく使われる手なのでそこは警戒に値しない。しかし閉じ込められたのに全く気づけなかったのは驚きだった。

 相手は相当な術師なのは明白だ。

 

「何者だ?」

「私はバアルの宰相(さいしょう)を務めるレギーナ・ティラウヌス。以後お見知り置きを、白龍皇ヴァーリ・ルシファー、聖王剣アーサー・ペンドラゴン」

「これは随分と偉い方が来たようですが、私たちになんの御用です?」

「取引……いえ、契約を結ぶ為に脚を運びました。条件付きになりますがルフェイ・ペンドラゴンの身柄確保の手伝いが出来るかもしれない」

「こちらの目的もお見通しと言うわけか。だがいきなり現れた貴女に俺たちが素直に頷くとでも思っているのか?」

 

 レギーナからは感情が窺えない。

 ただヴァーリの第六感は彼女に対して警鐘を鳴らしていた。そんな得体の知れない人物を前にするヴァーリを手で制したのはアーサーだ。

 

「聞きましょう」

「アーサー、彼女は──」

 

 危険性を指摘しようとするがアーサーは短く頷いた。彼とてヴァーリと同じ気持ちなのだろう。

 

「貴方の懸念は理解しています。しかし折角現れた手掛かりです。ここはどうか……」

「元々は俺はキミのサポートだ、指示に従うさ」

「配慮に感謝します、ヴァーリ。ではレギーナ・ティラウヌスさん、お話を(うかが)いましょう」

 

 黒いベールで隠された女の顔が細く笑んだのをヴァーリは見た気がした。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「明日、フェニックス領への移動を開始します」

 

 渚はアルンフィルの天幕で彼女の言葉を黙って受け入れた。ここにいるのは渚とルフェイ、そしてシアウィンクスを初めとした旧ルシファー領の主メンバーだ。アリステアと譲刃は新参ということもあり遠慮して貰った。

 ウェルジットの住民を避難させてまだ半日しか経っていない急な決定だが誰も反論はしない。バアルが動き出した以上は猶予はないからだ。

 全員が無言の賛成を促すとアルンフィルは一息入れてから天幕の奥へ歩を進めた。

 

「その前に()()に挨拶をしておきたいと思いま~す」

「先方?」

「はい~。これです」

 

 アルンフィルが引っ張り出したのは等身大の鏡だった。大層な魔力を放っている所からみて魔具の一種だろう。鏡がうっすらと光を帯びると人の姿を写し出す。

 

『やっと繋がったか。急に使者を送ってきたと思ったら今度は中々に待たしてくれるとはやるじゃねぇか、旧ルシファーの皆々様はよ』

 

 鏡の中に写し出された者が悪態を吐くが本気で怒っている様子ではない。聞き覚えのある声に渚は唖然(あぜん)とする。

 

「ら、ライザー?」

『よう、久しぶりだな。面倒な事に巻き込まれてるじゃねぇか、渚』

 

 気安い雰囲気で片手を挙げるライザー。

 

「どうしてアンタが……」

『俺もフェニックスだぜ、おかしくはないだろう。……って言いてぇが仕組まれた様だな』

 

 ハッと短く笑い飛ばしたライザーは親指で後ろをさす。その先にいたのは、またもや意外な人物だった。

 

『俺がライザー殿に頼んだのだ』

 

 落ち着きの中に覇気がある声。

 その主に天幕内が更に騒がしくなる。特に旧ルシファー領の面々は度肝を抜かれた気分な筈だ。

 

「おいおい、どうなってんだぃ」

「こりゃまたたまげたねぇ」

 

 まずカルクス、ククルがどよめく。

 その表情は固く、まるで理解できないと言いたげだ。

 

「パイプがあるからアルンに任せたけど……」

「はい、これは驚きです」

 

 シアウィンクスとルフェイはポカンとしている。

 渚も同じだが、すぐに正気に手を伸ばして口を回す。

 

「サイラオーグ・バアル……さん」

『あのパーティー以来だな。リアスから行方が分からないと聞いていたが元気そうで何よりだ、蒼井 渚。……少し痩せたか? 疲れも見える、余り無理をするなと進言したいところだが俺にそれを言う資格はないか』

 

 大柄な男がなんとも爽やかに笑う。

 優しいぞ、この人。本当にバアルの血筋なのだろうか? 

 いや、そんなことよりもだ。

 

「あ、アンタ、バアルでしょ? 何してんですか?」

『アルンフィル殿には色々と世話になっているのでな、無下には出来なかった』

 

 気にした様子を微塵たりとも見せないサイラオーグに全員の視線がアルンフィルへ向く。しかし本人はただただ笑顔だった。このメイド、案外と侮れない。

 

「私は旧政権であるルシファー側の者。そんな私が新政権のフェニックスと交渉するなど不可能ですよ~。だから持ってる手札で勝負しました~」

 

 だからと言ってバアルの人間を使うなどアリなのだろうか? 

 

「サイラオーグ君はバアルでありながらフェニックスを擁護した人物なので関係も良好です。それにライザー君を説得するのに最適な人物もいましたので~」

「こっちにそんな人いるんですか?」

「何言ってるんですか~。渚君ですよ、ライザー君だけでなく妹君も救ったという情報を仕入れたのでサイラオーグ君を介して利用させて貰ったんですが、予想を越えた効果を発揮して逆に驚かされましたよ~。……名前だけで数十万の移民をすんなり受け入れてくれる程です。フェニックス家でのあなたの評価はある意味恐ろしい」

「……は?」

 

 渚が唖然とする。そんな大層な恩を売った覚えがないからだ。

 

『本来なら借りがある俺だけが動く予定だったんだが話を聞いたレイヴェルが張り切っちまってよ。両親を巻き込んで全面的に協力する事になった。難民の受け入れ体制は母上とレイヴェルが主体になって組上げっちまってる。我が妹ながら見事な手腕だよ』

「なんか、ありがとう?」

『いいさ。ただこの案件が落ち着いたらレイヴェルと話してやってくれ、アイツ、かなり頑張ってるからよ』

「わかった」

 

 レイヴェルにも大きな借りが出来てしまった。どうやって返したらいいか分からないな。あとでじっくり考える必要がある。

 

『……と、まぁ俺らが出来るのは()()()()だけだ。話を聞いた限りじゃあ"ルオゾール大森林"を抜けるんだろ? あの場所は長時間いると()()()()って話もあるし、何より森の魔素粒子が濃すぎて長距離転移も邪魔される、そんな中で数十万の規模の移動とか大丈夫なのか?』

「移動の目処は付けてあるし、魔素が酷い奥は避けるから大丈夫だ」

『そうかよ、なら待ってるからさっさと来い』

「そうするよ」

『蒼井 渚、身内が仕出かした事に巻き込んですまない』

「いやいや、何も悪い事をしてない人に謝られても困る」

『それでも奴は俺の弟だ』

 

 下の兄弟がやったことに怒りを覚えているのかサイラオーグは固く握り拳を作っていた。

 

「そっか、兄ちゃんか。アンタは良い兄貴なんだな」

 

 不思議なほどに自然と喉から出た言葉。

 これは親近感と同情が混じった感情だった。なぜそんな想いをサイラオーグに感じたのは不明だ。

 

『不出来な兄だ、だからこんな事態になってしまった』

「俺が言うのは違うかもだが気にしない方がいい」

 

 渚が苦笑するとサイラオーグも似たような顔をする。

 そんな中、シアウィンクスが前に出た。

 

「ライザー・フェニックス、今回の件に礼を言う」

『あんたが旧ルシファーの頭か。若いと聞いていたが……』

「若輩な自覚はある。あまり言ってくれるな?」

 

 緊張してるのか、威圧的な態度のシアウィンクス。彼女の素を知らないライザーの顔が引き釣る。これはライザーが臆病なのではなく、シアウィンクスから出る雰囲気が純粋に強烈なためだ。

 

『……ッ。そんなガンを飛ばすなよ』

「悪い癖でな、謝罪しよう」

『チッ、いいさ。互いにバアルに苦しめられた側だし、そっちに余裕がないのも聞いている』

「そうか。それとサイラオーグ・バアルにも礼を……」

『私は貴女方を苦しめているバアルです。礼など言われる資格はありません』

「言わせてくれ。バアルではなくサイラオーグという個人に向けての感謝だ」

 

 シアウィンクスがライザーとサイラオーグを見つめて礼を述べた。

 

「此度の件、本当にありがとうございます」

 

 その誠意と善意にシアウィンクス以外の者もライザーとサイラオーグに頭を下げる。

 精一杯の感謝を込めて……。

 ここに全ての準備が完了した。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 今回の作戦で最も困難だったのは"ルオゾール大森林"から数十万規模の集団をフェニックス領へ移動させる事だった。本来なら転移を使うのが正攻法だが"ルオゾール大森林"は特殊な魔素溜まりであるため神秘による術式を反発する性質がある。

 だからと言って徒歩で行くには遠すぎるし危険も大きい。それでもこの計画を推奨したのは()()()()()()()()()()

 

「"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"と"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"を使う、ですか」

「随分と思い切りがいい案ね」

 

 渚がアリステアと譲刃に移動手段を話すや二人は半ば呆れ顔をされた。

 渚とて似たような心境なので自然と肩を竦めてしまう。

 

「まぁティスからの案なんだけどな」

 

 ティスが言うには引力を超圧縮すれば空間が歪む。そこに穴を穿てば距離を無視した移動が出来るそうだ。歪曲空間に(くさび)を打って次元と空間に干渉するとかなんとか……。

 詳しい話は学のない渚にはチンプンカンプンだ。要約すると引力の"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"と斥力の"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"をセットで使えば大勢の人を運べるとの事。

 

「正直、歪曲空間(?)とやらに人を入れるとか危険だと思うんだが……」

 

 何故かシアウィンクスやルフェイからは許可が降りた。寧ろルフェイの食い付きが凄かった。神秘ではない奇跡にもは等しい現象に興味を惹かれたようだったのでティスの言葉をそのままトレースして答えてあげた。因みに渚にとっては一欠片も理解できなかった話である。

 ともせず、あの二人ちょっと自分を信用しすぎじゃないかと渚は心配になる。

 

「なぁ俺がやろうとしてる事って転移と何が違うんだ? ティスがこの方法なら問題ないって言ってたがワケわからんだ」

 

 遠くに素早く移動するのだから結果は同じだ。だからこそアリステアは渚は問うた。

 

「結果は同じでも至る過程が違います。転移は魔力や光力などで対象を移動させる神秘の具現です。対して貴方がやろうとしているのは自然現象の延長線上にある時空干渉に該当します。要は空間をねじ曲げて作るトンネルですね。これは科学現象になりますから神秘に属する魔素で阻害できないでしょう」

「お、おう……」

「ステアちゃん、ナギくんがオーバーフローしてるわ。簡単に言えば、"ルオゾール大森林"に蔓延(まんえん)してる魔素は悪魔や天使が使う神秘に属する力なの。だから同じ側にある以上は干渉されしまう。けれどナギくんのやろうとしてるのは神秘とは全く違う超科学の果てにあるワープよ。これは神秘にならないから魔素に干渉される心配はないって解釈で良いわ」

 

 成る程、オカルトの転移ではなく科学のワープを使ってるから問題ないか、それなら分かりやすい。

 譲刃は案外と説明が上手いな。

 

「あ、そうだ。譲刃、帰ったら"蒼"の制御法を勉強したいんだ、手伝ってほしい」

「急にどうしたの?」

「俺はド素人、ティスは手加減を知らないって思い知った。刀を使ってた時は譲刃が力をコントロールしてたって聞いてさ。それにおんぶに抱っこもどうかなって」

「う~ん。必要かな、それ?」

「"蒼"を使った力は強力過ぎるんだ。制御できないといつか大変な事になりそうで怖い」

「"蒼"の加減かぁ」

 

 頭を捻る譲刃。なんというか反対はしないが渚の言っている言葉にどう返すか悩んでいる様子だ。

 

「難しいのか?」

「太陽を電池くらいの器に詰め込むようなものかしら」

 

 意味の分からない例えをされたがニュアンスだけで難しそうである。

 そもそも太陽を電池になんて出来ない。どんな高性能な未来電池だ、それは……。

 

「ナギくん、前提が違うんだよ。"蒼"というのは制御するんじゃなくて必要な分を汲み取って使うのが正解。感覚的には砂粒よりも極少の粉を使うのに近い。それだけでも人ひとりが持つには膨大な力が手に入る」

「じゃあ譲刃は制御が上手いんじゃなくて……?」

「そうよ。私は"蒼"から汲み取った力を削り落として限りなく"蒼"に近い高純度霊氣として扱っている。簡単に言うなら"蒼"をわざと劣化させてるの。だから厳密に"蒼"の制御は出来ないわ」

「むぅ」

 

 (あて)が外れたか。

 "洸剣"や"魔拳"を安全に扱う為の相談だったのだが上手くはいかないものだ。

 渚が悩んでいると譲刃が肩を叩いて微笑む。

 

「?」

「ナギくんの悩みは"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"の力が強すぎる点よね?」

「あぁ」

「なら別に"蒼"を制御する必要はないんじゃない。ね、ステアちゃん?」

「どういう意味だ?」

 

 黙っていたアリステアが話を振られて、言いたくなさそうなジト目で口を開いた。

 

「……初めに言っておきますがナギの武具は"蒼"を装填して使うのが正しい運用方法です。わざわざ威力を落とす必要があるのですか?」

「そうしないと他所様と連携できないんだよ。味方を巻き込む奴と一緒に戦いたくないだろ」

「私は問題ありません。勿論、譲刃もです。第一、ナギが群れる必要は無いでしょう」

「お前は俺を孤高の戦士か何かにしたいのかよ……」

「私と譲刃がいますが?」

 

 二人だけとか勘弁して欲しい。

 グレモリー眷属たちと戦うなかで連携の大事さは身に染みているのだ。以前の"はぐれ悪魔"討伐マラソンみたいなソロプレイはもうやりたくない。確かに単独かつ周囲の被害を考えなければ渚は易々と負けないだろう。だがあの戦い方は危険だ。一つのミスで死ぬし、自分が犠牲者を出してしまう可能性もある。それは決してダメだ。

 

「それでも必要だ。例えばイッセーたちと一緒に狭い空間で戦わないといけない場合もあり得る。加減の有無は必須だよ」

 

 アリステアは諦めたように首を小さく振る。どうやら渚の意見が正しいと納得したようだ。譲刃がアリステアから見えないように笑顔で「よく言った」と控えめにピースをしていた。ちょっと可愛いと思っているとアリステアが喋り出す。

 

「ナギの使う武具は高密度の霊氣でも機能はします。元々、"蒼"とは霊氣の最果てにあるものだからです。動力の質が落ちれば自ずと威力は減衰するでしょう」

 

 漠然とだが答えを見つけた気がする。

 要は何処からか無限に流れてくる滝のような"蒼"じゃなく、自らの霊氣を装填すれば出力を調整しやすいということだろうか。威力は自分の霊氣次第という課題はあるが必要なら鍛えるだけだ。

 

「少しアプローチを変えて霊氣を使うやり方を試してみる。ありがとう、ステアに譲刃」

「世話の焼ける人です」

「まぁまぁ。役にたったら(さいわ)いと言うことでね ……ところでナギくん、"彼女"とは会ったようね?」

 

 空気が若干重くなるのを感じた。

 覗き込むような視線で譲刃が問うとアリステアの気配が鋭くなる。

 一瞬、誰の事かと聞きそうになたったがすぐに気づく。譲刃の言う"彼女"とは、渚の中にいる自称"暴力"を司る牢獄美女のことを指すのだろう。

 アッチも譲刃を知っていたし、隠す必要もないと素直に答える

 

「牢屋のいた人か?」

 

 渚の返答に譲刃とアリステアがほぼ同時に嘆息した

 

「その感じ、使ったのね」

「あぁ。……不味かったか?」

「あまり良くはないかな」

「確かに恐ろしい力だったけど……」

 

 ──"黄 獄 獸 鵺(クレプスクルム・アウルムレオス)"。

 

 渚が持つ数ある力の一つであると同時にティス(いわ)く唯一"蒼"に属さない反存在。渚の意思で振るわれる武器ではなく、自らの意思で敵を喰らい尽くした(けもの)だ。残虐なまでの暴力とはあのようなモノを言うのだろう。

 だが、その力を司る彼女は自分を卑下にするところはあったが害意は向けてこなかった。

 

「彼女自身は悪い者には思えないんだが?」

 

 意外にも譲刃は渚に同意するように頷く。

 

「性格じゃなくて性質の問題だね。彼女はティスよりもナギくんに深く繋がっているの。きっと何かしらの影響が出るわ」

「怖いぞ、影響ってなんだよ」

「アレは人が持つ衝動や本能のタガを外して魂を狂わせます」

 

 身震いする渚にアリステアは"彼女"を非難するような冷ややかな声音で言う。

 ティスも危険性を示していたが改めて聞くと相当にヤバそうだ。

 

「魂を狂わせる、か」

「少し"彼女"を擁護するけど、前とは随分違ってるから利己的にナギくんをどうこうしようとはしない筈よ。ただ注意はしてね」

「まぁティスも力を貸してくれるみたいだし、今は様子見かな」

「何かあれば対処はしてあげますよ、不本意ですが……」

「あぁ頼む」

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 移民のために必要な全ての準備を終えた。

 シアウィンクス達から休むように言われた渚だったが中々寝付けず、コロニーの外れまでやって来ていた。

 ふと空を見上げる。

 人間界とは違う色の満月が森の天幕から顔を覗かせていた。こうして見ると遠い場所に来てしまったと自覚する

 

「後先考えずに随分と顔を突っ込んだもんだ。大丈夫かよ、俺……」

 

 今さらながらに苦笑してしまう。けれど不思議と後悔はない。(むし)ろやる気に満ち(あふ)れているくらいだ。

 

「ん?」

 

 誰かが近づいてくるのに渚は気づく。

 姿は闇に紛れているが見知った気配なので警戒心を解いて名前を呼ぶ。

 

「……ルフェイ?」

 

 木の影から現れたのは年下の魔女っ娘だ。

 渚と顔を合わすや困ったような照れるような笑いを浮かべる。

 

「あはは、こんばんは」

「こんばんは。どした、こんな夜遅くに?」

「少し寝付けなくて。ちょっと外の空気を吸いに来ました」

「こんな場所に一人は危ないぞ」

 

 自分の事は(たな)にあげる渚だがルフェイは女の子だ。同列には扱えないだろう。

 

「いえ、渚さまがいるのは分かっていました」

「森に入るの見てたのか」

 

 首を左右に動かすルフェイ。

 

「私は渚さまの召喚者なのでパスが繋がっているんです。だから繋がっているラインを辿れば会えちゃいます」

「あれ? 召喚者ってシアじゃないのか?」

「召喚の完成度を高めるには術者を私に変更する必要があったんです。あ、これ、シアさまには言わないでくださいね? (にな)うリスクも私に移しているのでバレた場合、あの方は責任を感じてしまいますから……」

「シアは責任を負い過ぎるきらいがあるからな」

「真面目と言ってあげてください」

 

 ルフェイが「ダメですよ」と前置きしてからシアウィンクスを庇う。別に責めていた訳じゃない、寧ろそういう所があったから手を差し伸べたのだ。

 

「まぁ真面目が悪いとは言わないけど誰かが諌めないとな」

「それもそうですが……」

 

 ルフェイは何処まで行ってもシアウィンクスを肯定する立場にある。だからこそ渚は安心して逆の方向に立っていられる。

 気づけばその頭にある魔女のとんがり帽子のつばを下げた。

 

「はわっ。な、何を……?」

「いやぁルフェイもシアに似て真面目だと思ってな」

「ま、真面目ですか?」

「あぁ。シアとルフェイ(主従)が揃ってそうだと潰れちゃうだろ? 俺くらいは不真面目な方がバランスがいい」

「それもどうかと思います」

「いざって時には本気を出すさ」

 

 渚が茶化すように言うとルフェイは怒るわけでも呆れるわけではなく真剣な顔を見せた。

 

「やっぱり渚さまは変わってますね」

「え、何が?」

「とてもお強いのに、そうは見えないんです」

 

 なんかかなり酷い言われ方をしてる気がする。

 そう言えばアリステアからはZAKO of the ZAKOなんて不名誉な渾名を付けられたのを思い出す。

 俺ってそんなに雑魚っぽいのだろうか? 

 渚が遠い目をしているのに気づいたルフェイが慌てる。

 

「あ、あの、違うんです! 決して悪い意味では無いのです!」

「え? ならどういう意味なんでしょうか、ルフェイさん」

「なんで敬語なんですか?」

「ナントナクデス」

「もう、真剣に聞いてくださいっ」

「あ、はい」

 

 ルフェイが頬を膨らませた、素直に可愛い。

 

「渚さまの纏う雰囲気はとても暖かいんです」

「暖かいとは妙な例えだな」

 

 お日様か、俺は? 

 

「──それに言動に嘘がない」

 

 ルフェイの瞳が一瞬だけ光った。

 月の光りが反射したかと思ったがルフェイは首を振ると再び輝きを見せた。あまりに幻想的な淡い光に心を魅了されそうになる。ルフェイは魔眼持ちなのだろうか。

 

「これは"妖精眼(フェー・プリュネル)"。人の内面を映し出す最上級の幻想眼の一つです。ペンドラゴン家には妖精の因子も混じっているので先祖返りの一種と聞かされています」

 

 揺らめく瞳は自慢する所か自嘲が含まれている。

 ルフェイにとってあまり良いのじゃないのが今ので分かった。

 

「人の心が読めるって解釈で構わないか?」

「はい」

「それはいつも見えてるのか?」

「……はい、基本的に眼球が開いてる間は見えてしまいます」

 

 相手の思考が読める。

 それは便利な能力だ。

 日常、非日常を問わずに他者の行動を把握できる力は優位に働く。相手が何を望み、何を嫌がるのかを知れれば常に上手く立ち回れるだろう。

 ルフェイが大人びて見えたのは、その目があったからかもしれない。

 一見して素晴らしい力だが渚は逆に心配になった。

 

「今までよく無事でいられたもんだ」

 

 渚がそう言うとルフェイは少し驚いた表情を見せた。

 

「無事、ですか?」

「人の中身が見えるなんて恐ろし過ぎるぞ」

 

 人の心には誰にも見せられないモノが潜んでいる。黒い情欲を初めとした醜い感情がソレに値する。そんなものを見せられたら人間不信になりかねない。

 

「貴方は理解してくださるんですね……」

「理解なんて出来ないよ。その悩みはルフェイにしか持てないもんだ。だけど想像はしたら怖いと思った、それだけだ」

 

 現実と想像の苦しみを比べるなど馬鹿げている。自分のイメージなどルフェイが持つ苦しみの足元にも及ばない。だから、分かったふりなど出来る筈がないのだ。

 

「気味が悪いとは思いませんか?」

「へ、何が?」 

「こうしてる間も私は渚さまの考えを読んでいます。実際、この力を知った人たちは上辺では褒め称えつつも、思考の奥底では()(きら)っていました」

 

 微笑みながら問い掛けるルフェイの顔はよく見る笑顔だった。その穏やかな笑みが仮面だと気づく。本心を笑顔で覆う様は魔王のフリをして弱さを隠すシアウィンクスによく似ている。

 今、彼女が望んでいる答えはなんだろうか? 

 優しい慰めか、厳しい激励か。

 いや……と静かに前置きして渚は考えずに反射的に答えた。

 

『ルフェイは可愛いッ!!』

 

 とりあえず渚がルフェイをどう思ってるかを心のなかで叫んでやった。

 

「ふぁ!」

『可愛い! 超可愛い!! めっちゃ可愛い!!!』

「あ、ああ、あのっ!」

『頭も良い! 性格も良い!! 料理も旨い!!!』

「な、ななななっ!?」

『清潔感もある! 品性もある!! 炊事洗濯も出来る!!!』

「あわわわっ!」

『最高! 俺の召喚者さまは超最高!! 気味が悪いって言った奴にはいつか"漆黒の焉撃(ジオ・インパクト)"で制裁します』

「そ、そこまでは求めてませんっ!!」

 

 とにかく褒めちぎる。バグったような思考をルフェイに叩き付けた。渚の故意的な暴走でルフェイが纏っていた不穏な空気もなくなっている。

 

「──というのが俺がルフェイに対して向けてる感情だ」

「……もう、あんなにうるさい心の声は初めてですよ」

「ははは」

 

 はにかんだ笑顔を見せるルフェイ。

 恥を忍んでヘンテコな事をしたかいはあったと渚も満足げに笑い返す。

 

「もしも、もしもですよ? 私が……」

「ルフェイが大変な目にあったら駆け付けるよ」

「あ……」

「俺とルフェイは繋がってるんだろ? ならピンチの時は絶対に呼べ。逆に呼ばないと怒るからな?」

「……いいんですか?」

「なんでダメなんだよ。……アレだ、恥ずかしい話だが俺はもうルフェイを友人と思ってたりする。そっちが良ければそうなってくれ」

「わ、私、変な子ですよ」

「いや多分、変な具合では俺も負けてない」

 

 記憶がない上に中身は色んな謎存在が詰まってるのだ。相当、変である。

 そう考えたら敬遠される人間なのかもしれない。自分で言っていて少し凹む。

 

「まぁ嫌ならいいんだが……」

 

 渚が身を引こうとするがルフェイに止められた。

 

「い、嫌なんて滅相もない! 私は故郷でも親族以外で親しい人がいないので嬉しいです!! 末長くよろしくお願い致します!!」

「なんか結婚みたいだぞ、それ」

「──っ!! では明日も早いので私は休みます、渚さまもあまり遅くならないようにお願いしますね!」

 

 顔を背けて早足で逃げるように渚の下を去るルフェイ。

 

「どうしたんだ、一体……? まぁ元気になったみたいで安心した」

 

 ルフェイの慌ただしい行動に首を傾げる渚。そんな呑気な彼を他所に夜は更けていくのだった。

 

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