ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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絶対的な相対比率。
挑むは無謀な比率。
(くつがえ)すは理の外にある比率。



激突《3 on X00000》

 

 ──行軍が始まる。

 

 "ルオゾール大森林"の上空にバアルの船団が終結していた。紫雲の天空を覆う魔鉄の戦艦は既に武装を展開しており、森を焼き尽くすだろう砲口はソレがまだかと待ち続けていた。

 

『一番から三番艦、主砲発射だ』

 

 ガイナンゼ直々の命令が出されると先頭に配置された三隻の船が焦熱レーザーを放射する。目映い熱線は避難コロニー周辺を一瞬にして消滅させた。天より全てを焼き払う光景は、神が下す天罰さながらである。

 だがコロニーは無事だった。巨大な城塞が如く障壁が焦熱を防ぎ、焦熱を弾いたのだ。

 ガイナンゼは不快げに舌を打つ。

 ──カルクス・ナインズ。

 シアウィンクス・ルシファーの側近にして、三大勢力の戦争時には冥界最高の守護者とまで称えられ、"孤人城塞(フォートレス)"の異名を持つ悪魔。よもや個人で戦艦の主砲を弾くなど強固が過ぎる。正攻法では拉致が空かないとガイナンゼは切り札を出す。

 

「"皇帝(エンペラー)"を出せ」

 

 異常には異常で対応する。ガイナンゼはディハウザー・ベリアルを再び戦場へ送って終わらせようとした。

 例えカルクスの"城塞"が堅かろうが、ディハウザーの"無価値"の前では紙切れと化す。ウェルジットの焼き増しである。ただし、今回はそう簡単には行かなかった。

 

 ──先頭にいた戦艦が急に爆砕して墜落したのだ。

 

 それから次々に戦艦が炎を吐き出しながら地に落ちていく。驚きは一瞬、ガイナンゼは怒声をあげた。

 

「何事だ!」

 

 オペレーターが忙しなくコンソールを叩く。そんな中でも戦艦は落とされていく。

 そして悲鳴のような声で報告した。

 

「こ、攻撃です。恐らく狙撃されています! ピンポイントで動力炉を破壊された模様ッ!!」

「狙撃だと!? バアルの戦艦はドラゴンのブレスすら耐える障壁を展開しているのだぞ!」

「間違いありません。ガイナンゼ様、12番艦より狙撃地点を捕捉したとの連絡が入りました!!」

「映せ」

「主モニターに回します!」

 

 メインモニターが映したのは森の一区画だ。

 キラリと小さな光が走る。

 その直線上に浮かぶ戦艦が血を吐き出すように火を吹いた。映像がそこを更に拡大すると大木に背を預けて座る白雪を思わせる女がスコープ越しに銃口をバアルの戦艦に向けている。

 モニターに映された女の顔が不適な笑みを浮かべた。まるで見られている事に気づいたような素振りと同時に映像が途絶える。

 

「12番艦、轟沈ッ!!」

「あんな物で落とされたのか?」

 

 ガイナンゼが見たのはバレットM82という大口径スナイパーライフルを構えるアリステアだった。彼女の携えたライフルは人ではなく戦車などに使われる代物だ。確かに普通の銃に比べたら強力な部類に入る。しかし所詮は人間が作り出した携帯火器の一つである。冥界の戦艦は重装甲であり、その周囲を堅牢な魔力障壁で包まれている。撃ち抜こうと思うなら街一つを焼き払う火力が必要だ。矮小な鉛の弾丸で落とせる道理はない。なのに次々と巨大戦艦は小針のような弾頭の前に沈んでいた。

 個人兵装が戦略兵器を蹂躙するなど悪夢を見ているようだ。世の理を無視している光景は理不尽などという生易しい物ではない。

 

「流石は本筋のルシファー、このような戦力を温存していたとはな。客人を飽きさせぬ趣向を知っている」

 

 だがガイナンゼは笑みを浮かべた。その顔に恐怖ではなく歓喜に満ちていた。

 容易く滅ぼす筈が中々に食い下がるシアウィンクスをガイナンゼは打倒すべき敵と認識した。

 

「白兵戦を仕掛ける。奴等にも準備をさせろ」

 

 これだけの力を見せられてもガイナンゼは臆さない。むしろ高揚している。彼にとっては一方的な蹂躙よりも肉薄した(いくさ)こそが求めてやまない物だからだ。

 今のガイナンゼ・バアルは己が血と力のままに欲望を発散する悪魔らしい悪魔そのものだ。

 ただ彼は気づいていない。これから相手をするのは文字通りの天災に等しい存在である事に……。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 金色の薬莢が宙を舞い、バレットM82のスコープから目を離すアリステア。

 

「動き出すのに72秒ですか」

 

 渚から頼まれたのは時間稼ぎだったのだが、気づけば撃墜の嵐である。アリステアに慈悲はなく、淡々とした作業のように戦艦の心臓(メインエンジン)を撃ち抜く。

 堕ちた艦の悪魔が生き残っている可能性は低い。

 だがアリステアにとっては心底どうでも良い事だ。

 

 ──敵対する者は殺しても問題ないでしょう? 

 

 まさに口ではなく行動が全てを物語っていた。

 空を支配する大型戦艦の群れは、(ただ)のライフル弾を恐れて荒野に不時着して行く。情けないとアリステアは嘲笑うが少しだけ感心もした。敵の指揮官は、たった一挺のスナイパーライフルが脅威であるという非現実な状況を受け入れて柔軟に対応したのだ。どうやらガイナンゼ・バアルは思いの外、優秀なようである。

 

「さてナギ、"真 器(アーネンエルベ)"無しで何処(どこ)までやれますか?」

 

 アリステアがバレットM82を肩に(かつ)ぐと優雅(ゆうが)なステップで木々を飛び越えながら移動を始める。

 向かうのはバアル軍勢の中枢(ちゅうすう)。今頃、戦艦が着陸した場所で待ち伏せをしている相棒(ナギ)がガイナンゼに喧嘩を売っている頃だろう。

 それを特等席で見てやろうと歩き出すアリステアだったが思い出したように通信機をオンにする。

 

「カルクス・ナインズ、貴方の役目は終わりです。"城塞"への魔力供給は私が引き継ぎます」

『待ちなぃ、アリステア嬢ちゃん。確かに初撃だけを防ぐ算段だったが戦力は必要だろうがぃ!』

()りません、戦力は充分です。貴方を残したのは"城塞"を張る事でコロニーにまだ旧ルシファーの民がいると敵に誤認させる為です。加えてシアウィンクス・ルシファーとこれ以上離れれば"ルオゾール大森林"の魔素妨害により合流できなくなります。さっさと護衛に戻ってください」

『けどよぅ』

「──跳ばしますよ」

 

 マーキングしていたシアウィンクスの下へカルクスを跳ばすアリステア。短距離の転移なので問題なくアチラに移動させられただろう。

 現場からカルクスが消える前に"城塞"を自分の霊氣で(おお)い術式を奪い取るもの忘れない。

 

「では行くとしますか」

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 "ルオゾール大森林"の前に広がる荒野にバアルの軍勢が終結していた。

 アリステアの狙撃を留意してからか、空中からの爆撃を止めて数による進撃に切り替えたようだ。

 数ある戦艦からバアルの軍勢が隊列を成して続々と降りてくる。軍隊らしき足並みの揃った素早い隊列形成。流石はバアルの軍隊だと殿(しんがり)を勤めていたカルクスは感心と警戒を同時に抱く。

 しかし、それ以上に味方である白雪の少女に冷や汗を流す。

 

「綺麗な顔しておっかねぇな」

 

 羽虫のように叩き墜とされた戦略兵器の残骸を見ながら、果たして自分の"城塞"で彼女の弾丸を受けきれるのか、などと考えてしまう。

 

「いや、今はそんなことをどうでもいいか」

 

 お嬢(シアウィンクス)が信頼する渚のツレだ。

 臣下である己も信じるのが筋である。カルクスは"城塞"を展開しながら一際高い大木へ飛翔した。

 

「流石に歩兵だけじゃないか」

 

 あれはグリフォンだろうか。鋭い眼光と(くちばし)、立派な四肢に強靭そうな翼。大柄であるカルクスの三倍はありそうな体躯を持つモンスターは背に騎手らしき悪魔を乗せて整列していた。

 グリフォン部隊だけでも数えるのも馬鹿らしい大群なため、その他を含めれば間違いなく万単位は越える軍勢だ。全員が厳しい訓練を受けた屈強の兵団。

 

「初撃を受け切ったら俺は撤退させるって話だが流石に退けないわなぁ」

 

 予定では渚、アリステア、譲刃の三人だけで殿(しんがり)を勤めることになっているがカルクスとて退く気はない。

 しかし多勢に無勢である。"城塞"は戦艦の主砲すら弾くほど強固だが、あくまで盾という存在の延長線にある力だ。一方向なら兎も角、多方面から攻められたら弱い。つまり小回りが効く手合いには少々不利となる。

 どうやって戦うかを考えていると耳の通信機から声が届く。

 

『カルクス・ナインズ、貴方の役目は終わりです。"城塞"への魔力供給は私が引き継ぎます』

 

 通信はアリステアからだ。冷淡かつ簡潔に言うとそのまま切られてしまいそうだったので少し慌てて返事をする。

 

「待ちなぃ、アリステア嬢ちゃん。確かに初撃だけを防ぐ算段だったが戦力は必要だろうがぃ!」

『要りません、戦力は充分です。貴方を残したのは城塞を張る事でコロニーにまだ旧ルシファーの民がいると敵に誤認させる為です。加えてシアウィンクス・ルシファーとこれ以上離れれば"ルオゾール大森林"の魔素妨害により合流できなくなります。さっさと護衛に戻ってください』

「けどよぅ」

 

 それじゃ納得いかない。カルクスの言葉にアリステアの声が重なる。

 

『──跳ばしますよ』

 

 城塞の供給ラインがアッサリと奪われる。見事なまでの簒奪に舌を巻く暇もなくカルクスは光に包まれてシアウィンクスが目の前に現れる。景色も先よりも深い森に変わっていることから跳ばされてしまったと直ぐに把握した。これもまた見事な強制転移である。

 しかし人の気配が凄い。シアウィンクスを先頭に大量の移民たちが並んでいるのだ。

 

「来たか、カルクス。では第三ゲートを開くぞ」

 

 シアウィンクスが腕にある黒い籠手で巨大な空洞を作ると周りに浮かぶ光る剣に触れた。すると黒い空洞が裂けて向こう側が映し出される。

 

「あと七つ抜ければ森を抜けられる。しかし、ここからは魔力転移が使えなくなる。ギリギリだったぞ、カルクス」

「別に間に合わなくても良かったんだがねぃ」

 

 カルクスが言うとククルが寄ってきた。

 

「あんたは護衛さね、表層だからって油断してんじゃないよ、バカちん」

「わぁちょる。だが若いのだけを残すってのはどうなのかって話だぃ」

「大丈夫ですよ~。あの三人は間違いなく普通じゃないので~。ね、シアちゃん」

「そうね、アルンの言う通りよ。ルフェイ、ゲートは安定してるわね」

「はい、魔力と似ている制御方法なので問題ありません」

 

 シアウィンクスが作ったゲートにルフェイが魔法で干渉して安定させると移民たちが次々とそのトンネルへ入って行く。

 カルクスはその光景に圧倒されながらも戦場に残った渚たちに意識を向けた。

 

「死ぬなよ、渚」

 

 

 

 ●○

 

 

 

「はぁ~」

 

 渚は大きく息を吐く。

 別に今の状況に辟易(へきえき)した訳じゃない。ただ少しだけ現実逃避したかっただけだ。

 眼前に広がるバアルの軍勢。次々と着陸した戦艦から蟻のようにワラワラと出てくる。

 正直、こんな奴等の前になんて出たくない。出たら最後、本気で魔力弾の雨が降るだろう。

 

「不安なの?」

 

 横から憂鬱そうな渚を譲刃が覗き込んでくる。この一切の緊張が見られない少女の精神は鋼で出来ているのかもしれない。

 

「普通するだろ。しないのか?」

「私はあんまりね」

 

 すげぇや、この()。とんでもないメンタルモンスターだ。

 ドラのような楽器が戦場に(とどろ)く。どんな素材を使ったらこんなにも響くのだろうかって位にうるさい。

 辟易する渚に比べて譲刃は興味深そうな表情でバアル軍を眺める。

 

「士気高揚の儀式だね、悪魔って言うわりにやることが昔の人間みたいで面白いわ」

「どこら辺が面白いのかが分からない……」

 

 バアルの悪魔どもが武器を片手に雄叫びを上げていた。

 とことん殺る気で渚は心底ゲンナリした。

 瞬間、砲撃が避難コロニーを襲う。戦艦は艦砲射撃に専念するようだ。

 カルクスが残して行った"城塞"が爆音と衝撃で揺らぐ。傷一つなく健在なのはアリステアが魔力の代わりに霊氣で制御しているからだ。つまり渚がジッとしているだけアリステアに負担が掛かる。

 

「しょうがねぇ」

 

 領民の避難のために時間を稼ぐ必要があるので()らなければならない。今も戦艦からは砲撃が続き、アリステアが懸命(?)に受け止めているのだ。自分だけコソコソとするのはナシだ。

 クシャリと前髪を右手で無造作に(にぎ)り、三秒数えてから森を抜けて荒野へ出る。

 多くの視線を感じてならない。見晴らしの良い荒野で目立つのは当たり前だ。

 

「さて、と」

 

 事をおっ(ぱじ)める前に森へ意識を向ける。

 シアウィンクスに()()()()()が遠ざかるのを感じて懸念材料が消えた。どうやら避難は順調だ。ならば役目を果たすため渚は構える。

 

「待った。ここは私に任せてくれない?」

「譲刃?」 

 

 身バレを防ぐ為か、鬼のような面を被る譲刃。

 どこに持ってたんだよ、ソレ……。

 

「戦争を始めるんだから、やることはやらないとね」

 

 譲刃が前に出る。そして堂々と進んで行くや渚とバアル軍の中間あたりで脚を止めた。

 何をする気か分からないが黙って見守る。

 

「それじゃまず"一閃"っと」

 

 鞘から刀を抜くと地面を真横に斬り付けた。

 軽快な声音とは裏腹に刃は凄まじい衝撃と共に左右へ長大な切り口を地面に作る。

 それは警告だと渚はすぐに知る。

 ここから先は"不可侵領域"だと目に見えるようにバアルヘ示す行為に他ならない。

 譲刃は満足そうに斬痕(ざんこん)を眺めると納めた刀を大地に立てて鬼気迫る声を張り上げた。

 

「聞けッ! これより先は通るに(あた)わず、蛮勇を(しめ)したくば、この千叉 譲刃が冥府の最果てまで案内(つかまつ)る」

 

 その高らかな宣戦布告だ。

 渚だけでもなくバアル軍も一瞬だけ()まれる。

 それを見て譲刃は凄絶な笑みを浮かべた。

 

「あら臆したの、バアルの軍勢さん?」

 

 渚は風に流れ来た声に表情を引き釣らせた。バアル軍に声は届いてないが譲刃の姿は挑発的に見えていたのだろう。怒号と共に戦いが始まるや津波のように押し寄せる軍勢。

 

「──いざ」

 

 短く言うと押し寄せる敵軍を迎撃する。

 譲刃の小さな身体が呑み込まれた瞬間、血の旋風が吹き荒れた。譲刃が悪魔を斬殺したのだ。一振りで五~六人は斬り殺している。それがひたすらに繰り返された。

 刃鋼(はがね)の軌跡が残す(あと)(かばね)のみ。

 

「……凄ぇな」

 

 譲刃が強いのは分かっていたが、これは尋常じゃない。

 悪魔たちは彼女に一切触れられずに一方的な殺戮の餌食(えじき)になっている。果たしてアレは戦いと呼んでいいのだろうか。

 譲刃は刀一本で戦場を完全に支配していた。一騎当千という言葉ですら現せない異様かつ異常な強さに渚は身体を震わせる。

 本当に、あれはなんなのだろうか……。

 

『アリステアと譲刃は"臨界領域"にまで昇り詰めた単体生命。人を越え、獣を超え、蒼の真境に触れてなお自らをヒトと名乗る存在。その魂の根幹たる霊核は他の生命とは格が違うゆえ悪魔程度では相手にならない。あれこそが神すら屠る"真滅俱(ディー・サイド)"』

 

 "真滅俱(ディー・サイド)"、何処(どこ)か"神滅具(ロンギヌス)"を連想させる。どうやらアリステアと譲刃は渚が思っているより凄い人のようだ。

 だからと言って任せっぱなしは不本意だ。

 

「ティス、俺らも行こう」

『我が器して我が君よ、命令(オーダー)を』

「譲刃の邪魔をせずに、あの軍勢を相手する。……()()()()()がやれるよな?」

『問題ない。渚自身に"蒼"を纏えば徒手空拳ですら他を圧倒する』

「そっか。なら全面的なフォローをよろしく頼む」

『了承。殲滅対象の戦闘レベルを算出……完了。"蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"を10%の限定起動』

 

 心臓と重なるように存在する魂が脈動する。

 ここではない極めて近く限りなく遠い場所と繋がる感覚。流れくる力の奔流は血液に溶けて渚の全身を巡り廻る。

 瞬間、荒野は轟き、大気が吹き荒ぶ。

 渚から蒼いオーラが放出されるや火柱が如く冥界の天を貫く。

 怖いくらいに力が溢れる。今なら素手で戦艦を殴り壊せそうだ。自分の大概だなと呆れ果てるには充分な力である。

 

「さぁどうする」

 

 力は得た。それこそ強大過ぎて何が出来るか分からないくらいだ。その力を使い、どう立ち回るかを模索する渚にティスが口添えしてきた。

 

『初撃にて敵陣の勢いを削ぐ。"蒼"を霊氣変換して右腕に収束する』

 

 纏うオーラが右の掌に集まると閃光へ変換された。そして撃てと言わんばかりに荒れ狂う。

 分かったよ、やればいいんだろう。

 閃光を強く握り潰す、光は焔となり右腕を包んだ。

 渚は右腕とバアル軍へ交互に視線を送る。

 

「加減は出来ない。訓練する時間をお前らがくれなかったからな」

 

 もうどうなっても知らんからな。

 

『"事象観測(フェノメノン・オブザメーション)"を視界に適応』

 

 攻撃の意思を明確にするとティスがフォローを始める。

 渚の視界に文字や数字、計器などが現れた。まるでロボットのメインモニターである。幸いどの文字も半透明なので邪魔にはならない。ただ急にマシンみたいな視界に戸惑う。

 

「こいつは……」

『"事象観測(フェノメノン・オブザメーション)"という網膜に必要な情報を直接映すための術式。──これより最も攻撃が有効なポイントをマーキングする』

 

 ピピピッと機械チックな音が脳に届くと小さな赤い逆三角形が複数見えた。どれも数百メートル先にあるバアル軍の戦艦だ。眼を凝らすとズームが掛かってよく見える。

 

「狙えってか」

『今のナギサの腕は龍の息吹に等しい。その焔で敵を薙ぎ払う』

「腕から息吹とか訳わかんねぇ」

 

 そう吐き捨てて蒼焔を解き放つと猛々しい衝烈となり、燃えながら地を走った。

 渚の雑な一撃はバアルの軍勢を蹴散らして戦艦に直撃。堅牢なずのソレは飴細工みたいな脆さで溶けて爆発四散した。

 

「ハッ、マジ引くなぁ!」

 

 悪態を吐きつつも大雑把に"蒼"を振り回し続ける。

 大出力の霊氣によって大地が裂けて軍勢と戦艦が沈む。何も気にせずに暴れまわるのなら莫大な力の塊である"蒼"は最適ようだ。

 ホントに引くわ、これ……。

 

「自分でも少ないと思うくらいでこの威力か……」

 

 譲刃のアドバイスを受けてやってみたが上手くいった。"蒼"を指先で掬うイメージで霊氣に変換して使ったが威力は申し分ないうえ疲労も少ない。"蒼"を直接装填した"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"が如何にオーバーキルかつ高燃費だったかが良く分かる。

 だがコレだけで勝てるとは思っていない。

 

「流石に防御に回られたら防がれるか」

 

 魔力による防御陣が渚の霊氣の波動を弾く。

 軍勢だけあって大規模な攻撃に対する備えもあるようだ。

 バアルの軍勢から魔力砲弾が発射される。その反撃の豪雨に対して渚はティスへ叫ぶ。

 

「懐に飛び込むッ」

『霊氣を推進力へ変換する』

 

 ティスの戦術が直接脳で受け取った渚は重心を前へ傾けて身体を弾くように前へ跳ぶ。転瞬、脚部から霊氣を放出されて急激な加速が全身を襲う。正にロケットスタートとも言える豪快な突進だ。蒼いオーラを引き連れながらバアルの防御陣を破壊して一軍に自身を滑り込ませる。

 

「チッ」

 

 目の前にいた悪魔を腕で払い除ける。邪魔だったから退かそうとした渚に対して暴虐とも言える霊氣は蒼い焔となって、その悪魔ごと十数名を巻き込んで塵に帰す。

 

 ──身体が強張(こわば)る。

 

 蒼い(ほむら)に包まれて消失する悪魔たち。

 燃えながら散った命に対して思うことはない。ここは戦場、殺し殺される場所なのだ。知り合いなら()(かく)、死地で殺しに来る奴の命など気にしていたらコチラが死ぬ。

 渚が気分を害したのは明らかに危険な相手に勝てると思って襲う悪魔たちの内面にだ。

 

「今のを見て、勝てると思ってるのか?」

 

 苛立ちが募る。

 "蒼"は圧倒的だ。渚本人とてこの力の巨大さに恐れ(おのの)いている。疾走すればソニックブームが巻き起こり、腕を振るえば蒼焔が焼き尽くす。まさに命を容易く葬る怪物である。そんな単騎で大軍を相手に怪物に挑むなど普通は躊躇(ちゅうちょ)するはずである。しかし悪魔たちは自らが負けるとは(つゆ)にも感じていない。傲慢から来る慢心か、バアルへの忠誠か、なんにしても異常な精神性なのは確かだ。

 恐らく彼らに撤退はない。改めてこの戦いが殲滅戦だと渚は認識した。

 

「嫌になる、徹底的にやるしかないのかッ」

 

 向かってくる悪魔の一人が魔力の砲弾を跳ばしてきた。

 それを無造作に蹴り上げて返すと爆発霧散して吹き飛ぶ。その混乱とした場所に突撃した渚の眼球が世話しなく動いて悪魔の位置情報やらを確認する。

 

『眼前の21体をマーカー1からマーカー21と表示する。撃破順は3、5、9、15を推奨。厄介な異能を持っている、使われる前に排除すべき』

 

 眼球の中で21人の悪魔がマーキングされる。

 一秒にも満たない時間で位置を把握すると考えるより先に体が動く。ティスに(なら)いマーカー番号が3、5、9、15の悪魔から潰した。"蒼"によって強化した身体能力が残りの悪魔も効率良く蹴散らす。

 驚愕に目を丸める悪魔たちは為す術もなく沈黙。

 やはりというか圧倒的であった。

 渚は自身の強さに疑問を持たなかった。"蒼"を使い初めてから気づいたことがある。この力は一誠の"神滅具(ロンギヌス)"に匹敵する異能なのだ。一度、起動したら渚の個としての力は規格外にまで昇華される。

 

 ──それだけに恐ろしい。

 

 だからこそ迫ってくる悪魔が理解できない。

 敵を殺戮しながら、心の隅で『諦めて逃げろ』と思う自分がいる。だが悪魔は渚を嘲笑うように押し寄せてきた。

 

「死にたがりかよッ」

 

 吐き捨てる渚。

 これだけの強さを見せつけてもダメなのか。やはり罪悪感を捨てて純粋な殺戮者と成るしかない。心に蓋をして命を刈り取る選択をしようとした時だった。

 

『──強さだけでは相手の心を折るのは難しいで()()()()

「君か……」

 

 鎖の音を伴う"彼女"の声が聞こえる。

 肉体を悪魔と戦わせながら"彼女"の言葉に耳を傾けた。

 

『──必要なのは()()()()()()()にて。戦えば死ぬという真実でなく、挑めば恐ろしい結末になるという事実でありんしょう』

 

 君なら出来るのか? 死の恐怖を物ともしない、この狂人たちの戦意を折ることが……。

 その問い掛けに"彼女"は頷く。

 

『──アナタ様が望めば最上の恐怖で敵の命を救いましょうや』

 

 渚は直ぐに決断した。

 

「ティス、"彼女"を使う。──いいな?」

『それがナギサの選択ならばわたしはYesと応える』

「いいのか?」

『使える武器がない以上、アレの使用も想定していた。……危険があれば止める』

「じゃあ、それで」

 

 渚はバアルの軍勢から距離を取るように大きく跳ぶ。すると偶然にも譲刃の近くに着地した。

 

「やるじゃない、ナギくん。上手く"蒼"を使えてる」

 

 渚以上に暴れ回っている譲刃は汗を流す所か、息一つ乱してない様子だ。

 

「そりゃどうも。そっちこそ思ってた以上の武者ぶりにビックリだ」

「それ、褒めてる?」

「すんげぇ頼りにしてる」

「任せなさいな」

「譲刃、"彼女"を呼ぶ」

「……そう。ティスはなんて?」

「俺の判断に任せるってよ」

「なら私から言うことはないわ。……見せてキミたちの可能性を」 

 

 それだけ言うと再び敵陣に斬り込む譲刃。

 余裕そうだがアーシアの身体だというのは忘れてないか? そうツッコミをいれようにも譲刃は戦場で生き生きとしていた。

 止めるようにも止まらない気がしたので、コッチはコッチが出来るフォローをするとしよう。

 

()ぶぞ!!」

詠唱開始(コードコネクト)。"蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"が(くさび)にて、深蒼なる深淵へ囚われた古き獸を解き放つ。解錠──"黄 獄 獸 鵺(クレプスクルム・アウルムレオス)"』

 

 渚の前に黄金の物体が現れる。これを鍵にも剣にも見える奇っ怪な物だった。触れて廻せば"彼女"がやって来るのだろう。

 

『「来い(来たれ)、"喰らい尽くす者(ヴォア・アエテルヌス)"」』

 

 輝く"蒼"を糧に(くら)い"(けもの)"が目覚め、光が闇へ落ちるように力の性質が一気に反転する。

 

「行ってくれ」

御心(みこころ)のままに。──(いくさ)に狂う悪魔を更なる狂気を(もっ)て正気へ(いざな)いんしょう』

 

 甘ったるい声が脳に伝わった瞬間、渚の影から実体のない牙が(おど)り出た。その首は蛇のように伸びて数体の悪魔へ上から噛みつく。

 肉が潰れ、と骨が砕ける音が響いた。

 

 ──グチャ、ピチャ、ボキッ、クチャ、ボリ……。

 

 形容し難い禍々しい"(けもの)"が悪魔を喰らう姿はなんとも(おぞ)ましい。

 ソレは内臓を(すす)り、血液を浴び、喰い散らかす。そして見せびらかせるよう残虐に悪魔を痛ぶり尽くした。欠損した手足が獸の牙から零れ落ちる。悪魔だった()()達が凄惨(せいさん)な悲鳴をあげながら絶命して()く。

 恐怖に駆られた悪魔たちが"(けもの)"に魔力を放つも一切のダメージを与えずに(はじ)かれる。

 "(けもの)"は嵐のように降り(そそ)ぐ魔力弾を物ともせずに次々と悪魔を喰い殺す。

 

「なんだ、こいつはッ!?」

「攻撃が効かないぞ!」

「ぎぃやあああ、腕が、腕がぁ!」

「に、逃げ──クペッ!」

「だ、誰か……助け、て」

「あぁあああ!  撃て撃て撃てぇ!」

「何も見えない、何が、何が起こったんだ?」

 

 そこに尊厳や誇りを示す戦いはもう無い。あるのは狂い喰らう一匹の"獸"が支配するエサ場だけだ。()てる先はエサか肉塊か違いである。

 精神を侵す病魔にも似た鮮烈な恐怖を"獸"は撒き散らす。

 

 ──あんな死に方は嫌だ。

 

 戦場の誰かがそう言った。

 戦いの熱狂の中にいた悪魔達は冷水を浴びたように正気へと引き戻される。

 そんな中でも"(けもの)"は容赦などしなかった。

 

『──ギュィアァアアァアアアッッッッッ!!!!!!!!!!!!』

 

 恐怖の象徴から咆哮が轟く。空気が破裂し衝撃となって周囲を破砕する。血飛沫と共にバラバラにされるバアル軍の悪魔。端から見れば暴虐を為した"獸"こそ悪魔に相応しい。不気味に喉を鳴らす"獸"に戦場は凍り付いた。

 あんな光景を見れば嫌でもそうなる。元凶である渚もまた"獸"に戦慄しているのだから分かる。

 これで進軍を止められると思った矢先、"獸"が攻撃された。

 

「ふん、品性の欠片もない」

 

 一人の男が手を翳しながら言う。

 他の悪魔とは違う質の良い服装から身分の高さが伺える。そして今、放たれたのは間違いなく"滅び"の力だった。だとするならあの男こそが倒すべき敵だ。

 

「アンタがガイナンゼ・バアルか」

「私を知るか。いいだろう、この身を走る恐怖の褒美に聞いてやろう。……貴様はなんだ?」

「蒼井 渚。ただの高校生だよ」

 

 ──ガイナンゼ・バアル。

 

 話に聞いていた旧ルシファー領をメチャクチャにした悪魔。

 エルンスト・バアルと同様に人格破綻者かと思ったが少し違う。ガイナンゼは"獸"に恐怖しながらも渚を殺すつもりだ。全身に回る戦慄を自我の強靭さで抑え込んでいるコイツは本当の意味で死を恐れていないのだ。残虐に痛ぶられようが凄絶に殺されようが気にしちゃいない。あらゆる事態を許容する器、大王とは良く言ったものだが渚からしたらエルンストとはまた違う異常者である。

 

「このプレッシャー……。私の軍勢を滅ぼしたのは貴様で間違いないな、渚?」

「だったらなんだ、怒ってるのか?」

「くくく。いいな、貴様。本来なら刀使いの女を相手をするのだが辞めだ。まず貴様からにしよう」

 

 ガイナンゼの一つしか無い目が渚を射抜くと"滅び"を渚へ放つ。

 "獸"がすぐに渚の壁になったが"滅び"を受けた顔面の半分が削り取られる。

 

「コイツ、"獸"をッ!?」

「実体がない影とはいえ、私に滅ぼせないものはないぞ!」

 

 豪語しながら嗤うガイナンゼ・バアル。

 強い、思っていたよりもずっと。少なくとも手を抜いて勝てる相手ではない。

 渚は顔の半分が欠けた"獸"に問う。

 

「(まだやれるか?)」

『勿論でありんす。よたろうは頭から噛み千切ってやりんす』

 

 よたろうってなんだろう……。ニュアンスからして、あの野郎とかだろうか? 

 ともせず一瞬で"獸"の顔が復元し、ガイナンゼへ牙を剥く。

 こっちもまだまだ戦る気のようだ。お互い殺す気満々で結構な事である。

 渚は深呼吸して大王を倒すために身構えた。

 

「行くぞ、大王。──その傲慢な精神ごと噛み砕かせて貰う」

「来るがいい、高校生。──その(ことごと)くを滅ぼしてやろう」

 

 

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