ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

73 / 86
例外なる者たち《Outbreak of War》

 

 真っ正面からガイナンゼを迎え撃つ。

 渚の体格(ウェイト)を上回るガイナンゼが"滅び"の魔力を纏って迫り来る。

 その迫力は凄まじく、繰り出される拳は人ひとりなど容易く消し飛ばす威力を誇る。渚はそんな凶器をスレスレで掻い潜り、ボディにパンチを突き入れる。

 

「ぬっ!」

「まだ終わりじゃねぇぞ!」

 

 続けざまに前のめりとなったガイナンゼの顎を打ち上げた。

 純血の悪魔は魔力を使った中遠距離戦を得意とする。だから対峙する際は距離を詰めるが基本戦術だ。

 しかしそれは基本であり例外も存在する。

 

「軽いぞ、その程度かぁ!」

「がっ!」

 

 渚の顔面に拳が突き刺さる。

 腰の入った技術のある打撃に身体がふらつくが、なんとか踏ん張りを効かせて耐えた。

 

「悪魔に接近戦を挑むが正しいと思ったか? 軽率にも程があるぞ、愚か者め!」

「……コイツ!」

 

 流れるような連撃が繰り出される。なんとかガードで防ぐもダメージを殺しきれない。霊氣の防御膜を張って"滅び"を相殺していなければ今ごろ後片もなくなっている。……とは言え全身に鈍い痛みを走り、肉体が悲鳴を上げていた。渚は隠しきれない動揺にガイナンゼを忌々しく睨む。

 

 ──格闘術。

 

 ガイナンゼが使っているのは間違いなくソレだ。

 接近戦闘を得意とする悪魔。

 一誠や小猫がソレに当たるのだが純粋種の悪魔ではガイナンゼが初めてだ。

 悪魔を相手にするなら接近戦がセオリーという固定概念に囚われ過ぎたと後悔するがもう遅い。

 ひたすらにサンドバッグにされた渚は気付けば全身に打撃を受けてフラフラだ。

 

「くはは、見謝ったな。私は接近戦にこそ真価を発揮する。……潰れろ」

 

 密度の濃い"滅び"を拳に宿す一撃が目の前に迫る。渚の"(けもの)"すら削ぎ落とした力だ。当たれば渚とて無事でいられる保証はない。このままでは挽き肉のように潰されてしまう。

 

 ──冗談じゃない。

 

 渚は"(けもの)"の力を更に解き放つ。

 本能に身を任せて腕を乱雑に横へ()いだ。

 その手から一瞬だけ遅れて巨大な爪が現れ、ガイナンゼへ振り抜かれるも手応えはない。勘が良いのか、上手く後退したガイナンゼは胸を浅く裂かれた程度で済んでいた。

 デカイのによく動く奴だと渚は舌打ちする。

 

「ふぅ~」

 

 大きく息を吐く。

 全身が痛すぎて倒れ伏したい気分だ。

 

『ナギサ様、お怪我が……! 申し訳ありんせん、ワタクシともあろう者が不甲斐なく──』

「(謝罪はいい。相手の戦い方を読み違えた俺のミスだ。奴は接近戦を得意とする。今みたいに俺の動きに合わせて牙や爪を出してほしい。各個撃破される前に一緒にやるぞ)」

『──ッ。分かりんした!』

 

 自分の迂闊さが招いた結果なので"彼女"を責める気はない。それに今は目の前にいる(いか)つい格闘系悪魔を倒すために力を注ぐべきだ。

 

「ふん、あのまま終われば良いものを……。だがまぁ目的は達した」

「目的……?」

「バアルの軍勢よ! "(けもの)"なぞこの通り、ガイナンゼ・バアルが打ち負かそう。──恐れず進軍せよ」

 

 "獸"を操る渚をガイナンゼが圧倒した事によってバアル軍の士気が戻る。

 

「(ガイナンゼが直接出てきたのはコレが狙いか!)」

 

 一見して野蛮そうな奴だが中々に頭がキレる。

 あの男は自ら挑んで"(けもの)"に負けない所を見せた。つまりバアルの軍勢に広がった"獸"へ対する恐怖を払拭(ふっしょく)したのだ。あまり好ましくない状況である。悔しいが崩れ掛けた軍勢を立て直したガイナンゼは上に立つカリスマ性を持っている。

 

「ガイナンゼ殿」

 

 ガイナンゼの隣に皇帝(エンペラー)、ディハウザー・ベリアルが現れる。

 一目で分かる、あの悪魔とガイナンゼを同時に相手するのは不可能だ。流石にアレまで出てこられたら手に追えない。厄介な援軍に冷や汗が頬を(つた)う。

 

皇帝(エンペラー)か」

「貴殿から初めて王の気質を感じ得た」

「今さら何を言うのかと思えば……。やるなら早くしろ、でなければ下がっていろ」

「レギーナとの契約は貴殿に従うことだ」

 

 皇帝ベリアルが魔力を高めて渚を見た。

 

「(不味い、戦る気だ)」

 

 ガイナンゼが求めるのは勝利だ。目的のためなら一対一に拘る必要がない。つまり軍勢やベリアルと共に渚を叩き潰しに来る。

 

「随分と見窄(みすぼ)らしいご様子で。よもやお困りですか?」

「もう。そうやって意地悪してはだめよ」

 

 ふわりと寄り添う声。

 渚の両隣にアリステアと譲刃が凛然と立ち並ぶ。

 たった二人の援軍だが、どうしてかこんなにも頼もしい。

 

「こんな状況だがやってくれるか、二人とも」

 

 渚の問い掛けにアリステアは()まらなそうに嘆息(たんそく)する。

 

「譲刃、こんな状況とはどのような状況を指すのでしょう? 今現在、何か不味いのですか?」

「万を優に越える軍勢に魔王クラスの悪魔、それを統括する大王。対してこっちの戦力はたったの三人。一般的に見れば詰みかな」

「それは大変ですね」

「そうね。けれど──」

「ええ。けれど──」

 

 アリステアと譲刃は不適な笑みを浮かべながらバアル軍を指差す。

 

「「私たちには大した問題にならない」」

 

 全く臆してないアリステアと譲刃の女傑ぶりに渚は苦笑した。こんなの見せられては弱音を吐くなど出来るはずもない。

 

「ここは分担するのが良さそうかな」

「ならば場を整えましょう」

 

 二人が短く会話をすると荒野の地面が光り輝き、戦場の全てを呑み込んだ。

 なんだ、これ……?

 眩しい光に思わず目を塞ぐ渚。

 

「これはギャザリング。対象を特定の場所に集める術式です。今からその効果を利用して敵を三つに割ります」

 

 アリステアの声が聞こえる。

 次に目を開けるとガイナンゼ・バアル以外の敵が消えていた。いや遠くに軍勢が見える。

 渚を挟んで逆側にディハウザー・ベリアルの気配もある。綺麗にガイナンゼ・バアル、ディハウザー・ベリアル、バアル軍勢に(わか)たれていた。

 

「小賢しい、分断したつもりか」

「どうやらそうらしい。仕切り直しの第二ラウンドってトコだ」

足掻(あが)くな、苦しみが長引くだけだぞ」

「何、勝つ気でいやがる。ここまで御膳立てして貰ったんだ。負けたら後が怖いってのッ!」

 

 渚がそう言うや威勢良くガイナンゼへ跳び掛かる。

 二人の拳が激突するや"獸"と"滅び"が周囲を暴風と激震の渦へと変えるのだった。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

「ふむ、こういう分け方をするのね」

 

 譲刃が渚とガイナンゼが真っ正面から殴り合う光景を手で(ひさし)を作りながら覗く。距離にして10kmといった所だ。彼女がその気になれば一瞬で距離を詰められる絶妙な間合い。

 

「ステアちゃんは皇帝(エンペラー)さんか。そうなると私が残った有象無象の担当になるのは必然かな」

 

 譲刃が後ろを振り向くと数万に昇るバアル軍が真っ直ぐ睨み付けていた。『ほぅ』と呟きながら眺めていると空からも大多数の戦艦とグリフォンらしき魔物で構成された軍勢も現れる。

 「おぉー」と慈悲のない大軍勢と大艦隊に感心していると艦隊の砲門が一斉に譲刃へ向けられた。個人に向ける火力にしてはオーバーにも程がある。

 しかし譲刃を涼しい顔で空を見ていた。

 

(いくさ)の匂い。久しぶりだね、こういうのは……」

 

 空気を漂う戦い(予感)の匂い。

 風に混じる鉄の焦げた(生き物が焼けた)臭い。

 そして命を摘み取ろうとする死の香り。

 吸い込む酸素がここは戦場(いくさば)だと示す。

 指先が震える。これは恐れではなく高揚から来るものだ。今から始まる戦いに喜びを感じる。

 

(たぎ)りが止まらない。やれやれ、戦いを求めるのは千叉の(ごう)か、私自身の本性か。……まぁどの道やる事は変わんないか」

 

 細く笑みながら納めていた刀を抜くと逆手持ちだった鞘を翻して順手に持ち変えた。

 鞘が淡く光を帯びる。

 ソレを遥か上空を飛ぶ戦艦に向けて振ると真っ二つになって墜落した。

 鞘が握られていたはずの左手には一本の刀が握られている。御神刀より少しだけ短い鍔の無い刀を一瞥して敵を見据えた。

 

「右銘 "御神刀 譲刃(ごしんとう ゆずりは)"、左銘 "御祓刀 鞘禍(みそぎとう さやか)"。双刃にて斬り捨て(たまわ)る」

 

 両手の刀を携える譲刃。

 

刻流閃裂(こくりゅうせんさ)天鐘楼(てんしょうろう)が極致、──断空(だんくう)

 

 譲刃が腰を落として平行に双刀を構えると右へ斬り上げた。

 空へ離れた斬撃は凄まじい剣風を巻き起こして雲に覆われていた空を大々的に斬り開く。その衝烈は強烈な鎌鼬(かまいたち)となるや空にある全てのモノを八つ裂きにする。割れた空から無惨に解体されたスクラップやらが降り注ぐ。

 アリステアが行った超精密射撃の(わざ)とは対照的な超絶剣技による(わざ)の撃墜。

 

「少しだけ雑が過ぎたかな? でもこれで上が静かになった。はてさて相手どう出るやら」

 

 御祓刀 "鞘禍(さやか)"を肩に(かつ)いで地上にいる軍勢に視線を落とす。空は全部斬り堕とした以上、あとは地上の敵だけになる。

 

「ん?」

 

 軍勢から一人の悪魔が突出した。

 他の悪魔たちとは違う装飾のされた服からして立場が上なのが分かる。譲刃は警戒をそのままに構えを解いて悪魔を待つ事にした。そして声が届く場所に降り立ったのを見計らって声を掛ける。

 

「降伏する気になったのなら嬉しいのだけど?」

「ガイナンゼ・バアルを支援するのがあの御方からの命ぜられた使命。降伏はないとお考えを……」

「その言い分、ガイナンゼ・バアルの部下ではないようね」

「そうだ……とだけ答えよう」

「わざわざ敵である私の前にあなたが来た理由は?」

「最後に一つ、お聞きしたい」

 

 敵意ではなく敬意の籠った瞳に譲刃は即答する。

 

「どうぞ」

「貴女と先の白い女性が使う異能は"蒼"に殉ずる力ではありませんか?」

「どうして悪魔がそれを知っているのかな?」

「言えません。ですが合点がいった、勝てないわけだ」

 

 悪魔が自嘲的な笑みを浮かべると懐から一本の注射器を取り出す。怪しげに光る黄金色の薬を見た譲刃は目を見開く。

 

「この感じは"黄昏"? まさかライザーくんが使っていた薬か──!!」

「全軍、(うけたまわ)った霊薬に身を捧げよ。──さぁ我らの意地をあの御方の御見せしろ、同胞たちよ!!!」

「やめなさいッ」

 

 譲刃の制止など聞く筈もなく首に黄金の霊薬を突き刺す名も知らない悪魔。

 彼の体を形作る全ての細胞が死滅して新たに生誕する。全身の筋肉は膨れ上がり、骨格は肥大しながら変異を始めた。

 

「我ラニ、勝利ヲ与エタマエ」

 

 その言葉を皮切りにバアルの軍勢が化物に変性する。全軍が目の前にいる悪魔だった人の声に呼応して薬を打ったのだ。

 一瞬にして人とは程遠くなる悪魔たちの姿に譲刃は目を鋭くする。

 

「……馬鹿な選択をした。それは忠義なんかじゃない、盲信の類いよ」

 

 その憂いを帯びた言葉は化物たちの咆哮にかき消された。強大な力を帯びた見るも悲惨な化物たちの()れが本能のままに襲いかかって来る。

 

「もはや問答すら出来ないのね。ならば──」

 

 譲刃は諦めたように目に閉ざし、全身から殺気を放つ。

 

「"心虜神刀(しんりょしんとう)荒神刀滅(あらがみとうめつ)(ちぎ)千切(ちぎ)るが戦の刃摂(じんせつ)なれば乾坤一擲に劔理(けんり)を為さん"」

 

 その祝詞を皮切りに一匹の小さな鬼が巨大な化物たちに斬り掛かるのだった。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 敵の分断を実行したアリステアは皇帝(エンペラー)と呼ばれる悪魔、ディハウザー・ベリアルと対峙していた。

 ディハウザーに驚きはない。急に風景が変わり、ガイナンゼもバアルの軍勢も居なくなった異常さを前にして冷静さを保っている。そんな王の貫禄を崩さないディハウザーがアリステアに軽く一礼する。

 

「初見になる、ディハウザー・ベリアルだ」

「初めまして、アリステア・メアです」

 

 アリステアは礼を尽くしてきたディハウザーに礼を以て返す。しばらくの沈黙を挟んだ後にディハウザーは感嘆した様子でアリステアに言う。

 

「私も様々な者と戦ったと自負しているが君は異質に()える。どうやら手加減して勝てる相手ではなさそうだ」

皇帝(エンペラー)ともあろう者が弱気なことです」

「その称号を誇りには思うが自身で語ろうとは思わないものだ。……早速だが始めよう。バアルのご子息の手助けが課せられた盟約でね、あの少年と戦わせるのは避けたい」

「大王バアルの血筋が人間如きに負けると思っているのですか?」

「脅威に価すると考えている。しかし君も心にも無いことを言う。その目は(くだん)の少年の勝ちを疑っていないでは?」

「さぁどうでしょう」

 

 アリステアがスナイパーライフルの銃口をディハウザーへ向けてから引き金を引く。マズルフラッシュが広がり、射出された鋭い弾頭が真っ直ぐに跳んで行く。

 

「バアルの戦艦を沈めた特異な弾丸か、防御壁をも貫く力を感じるが……」

 

 ディハウザーが言うと広げた(てのひら)で弾丸を受けた。回転する弾丸だったが、やがて推力を失って地面に落ちた。

 

「それが"無価値"ですか」

「その通りだ。君の力は既に把握してある」

 

 ディハウザーの姿が消えるとアリステアのすぐ背後に現れる。

 アリステアは振り返らずにスナイパーライフルのグリップから右手を離して、左手でバレルを背後に引いてストックでディハウザーへ打つ。

 

「狙撃主と見て距離を()めたが良い判断ではなかったようだ」

「貴方こそ悪魔のわりには近距離攻撃への心得があるようですね」

 

 向けられたストックを片手で防ぐディハウザー。

 余裕のある対応からして接近戦も弱点にはならな様子様だ。悪魔は遠距離主体の戦いをするという情報はもう古いとアリステアは把握する。

 

「悪魔の中には距離を選ばない手練(てだ)れも存在する。(もっと)も転生悪魔というシステムが出来た影響で若輩にも多くはなった」

「レーティング・ゲームの覇者でいるのは苦労しそうですね」

「そうでもない」

「大した自信です、ならば少しだけ試してあげましょう」

 

 アリステアが身を(ひるがえ)しながら右の裏拳を繰り出す。華奢(きゃしゃ)な拳とは思えない力強い一撃だがディハウザーは優雅(ゆうが)(かわ)す。

 

「もう一つ如何(いかが)です?」

 

 左手で銃のバレルを握ると棒術のような二擊目を振るうが、それも腕でガードされた。

 

「二段構えの攻撃か……」

「残念、ハズレです」

 

 斬撃のような蹴りがディハウザーの腹を打った。

 

「……ッ!」

「刻流閃裂が崩し、輝夜(かぐや)月影(げつえい)……だそうです」

 

 アリステアが放ったのは、かつて自らが受けた渚の技だ。見よう見まねだが譲刃が()れば「お見事」と称賛(しょうさん)するに違いない。自画自賛するアリステアだがそれを裏付けるように今まで顔色一つ変えなかったディハウザーが僅かに苦悶の表情を浮かべて後方へ吹き跳ぶ。

 

淑女(しゅくじょ)の蹴りとは思えない力強さだ」

「それはそれは、ごめん(あそ)ばせ」

 

 アリステアはライフルを構え、弾丸による追撃を加えた。

 

「それは()たと言った」

「そうでしょうか?」

 

 ディハウザーがアリステアの貫通弾を"無価値"にしようとする。

 しかしソレが成される前に弾丸が炸裂して爆風を起こした。致命的なダメージを避けたディハウザーだったが目に驚きを宿していた。

 

「先程とは違う。しかし一切効力を減衰出来ないとは……」

「"無価値"を"無力化"しました。()()が分かれば対策は造作もありません」

「よもや私の"無価値"の特性を見破ったか」

「"眼"が人より良いのですよ。さて私は強いですよ。それを知ってなお挑みますか?」

 

 子供に言い聞かせるような優しい声音のアリステアだがその体からは凄まじい霊氣が吹き荒ぶ。

 戦う気持ちを削ぐ圧倒的な重圧を前にしたディハウザーは魔力を猛らせた。

 

「──素晴らしいな」

 

 可憐でありながら化物じみた白雪の少女(スノーホワイト)に君臨者である皇帝(エンペラー)は怒りではなく歓喜を以て応えた。

 

「人生とは時に思いがけない贈り物をくれる。まさかバアルの尖兵に成り下がった私に本気を出さざる得ない敵を与えるとは……」

 

 ディハウザーがアリステアを"無価値"にするため牙を剥く。高められた超魔力がアリステアの霊氣と衝突した。余波によって炸裂した魔力と霊氣がヤスリのようなザラついた痛みを叩き付けて来る。

 

「大した闘争本能です」

「悪いが初めての本気だ。加減は期待しないで貰いたい」

 

 常人なら立っていられない痛みを前にしたアリステアは砂埃を払う素振りを見せた後に冷ややかな微笑を浮かべた。

 

「加減? 愉快な物言いをするものです。良いでしょう、私という"価値"を否定出来るか採点してあげますよ、Mr.皇帝(エンペラー)

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 深い森林をシアウィンクスは歩く。

 辺りは薄暗く、空気も重い。本能がこの森に忌避を感じていた。恐らくソレはシアウィンクスだけでは無く、この場にいる全員が胸の中にある。

 馬に跨がるシアウィンクスは背後を見た。深い森の中とは思えない程の人だかりの集団が付いて来ている。最後列など遥か彼方で視界に映すことすら不可能だ。

 

「ククル、最後列はどうなっている」

「問題ないさね、兵団が付いてる。シアウィンクス様は前進しな、あんたが行かないと後ろの連中がつっかえる」

 

 渚の案でワープトンネルを作ったは良いがウェルジットの住人を急遽受け入れた事で移動に時間が掛かっている。ルートは渚が森を大きく斬り(殴り?)開いてくれているので乱雑ではあるも道がある。子供や老人でも十分に歩ける快適さだ。千を越える人が横一列に並んでも余裕があるのでかなり広いと言えた。とはいえ移動する領民は数十万であり、トンネルは一つしか維持できない。だからこうして危険な森を歩いているのだ。

 

「(渚にはお世話になりっぱなしだなぁ。どうやってお礼をすればいいんだろ……)」

 

 シアウィンクスはロザリオのような首飾りに触れ、手足に装着された漆黒の籠手に目をやる。これらは渚から与えられたモノで、この大移動の要だ。ロザリオの名が"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"、漆黒の籠手が"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"というらしい。

 見ただけで強力な武具だと分かる。最初はこんなものを渡してきた渚に対してシアウィンクスは急に使えと言われても無理と反論した。

 

『大丈夫、(ティスが)シアウィンクスでも扱えるように最適化した(らしい)から』

 

 この時の渚は妙に目を泳がせていた気がする。

 しかし蓋を開ければ割りとマトモに扱えている。ワープゲートを作る時はシアウィンクスの望みに応えるように勝手に展開してくれるし、進行方向に魔物の気配を察したらロザリオが剣の姿になって自動迎撃を行う。

 優秀な武具に至れり尽くせりでかなり助かっていた。

 

「ん?」

 

 ロザリオみたいな待機状態になった"聖天斬堺の洸劒(シュベアルト・フリューゲル)"が急に(あわ)(かがや)いて浮遊する洸剣に変化すると同時にアルンフィルが小声で耳打ちしてくる。

 

「シアちゃん、ここから3kmくらい先に魔物を発見したわ~。命令をくれたら片付けてくるわよ~?」

「いや、剣に任せる。危険性の排除をしてくれ」

 

 短く言葉に出すとて洸剣は光の帯を引きながら"ルオゾール大森林"の奥へ消えた。

 シアウィンクスが緊張を胸に隠しているとアルンフィルが感心した顔で声を掛けてくる。

 

「すごいですね、あの武器。まるで生きてるみたいです」

「あぁ。随分と助けられている。ルフェイ、今はどのエリアだ?」

 

 ルフェイは手に地図を出すとマーキングされたエリアに目を通した。

 

「第八エリアです」

「あと二つか」

「はい、深奥を監視している使い魔も動きがありません。かなり順調かと思います」

「……そうね。でもここからは違うみたいですよ」

「アルンフィル?」

 

 急に真剣な声音になるアルンフィル。

 

「シアちゃん、どうやら追っ手が来たみたい」

「バアルは渚たちが足止めしてる筈、まさかやられたのかッ?」

「違いますね、これはガイナンゼ・バアルとは別口です」

 

 アルンフィルがシアウィンクスの前に出ると馬から降りた。すると岩影から素顔をベールで隠した黒ドレスの女性が現れる。

 

「こうして直接に顔を会わせるのは久しいですね、アルンフィル」

「まさか貴女が直接動くとは驚きですね~」

「なんです、その間延びしたふざけた喋り方は?」

「はてさてなんの事でしょう~」

「まぁ良いでしょう。簡潔に用を伝えます、大人しくシアウィンクス・ルシファーを渡すように」

「寝言は寝て言ってくださいね~」

 

 シアウィンクスはアルンフィルに寄って素顔の見えない黒い女性の正体を聞いた。

 

「アルン、あの人は誰?」

「バアルの宰相(さいしょう)、レギーナ・ティラウヌスです」

「あれが大王の側近(そっきん)……」

 

 シアウィンクスがレギーナと視線を交わす。

 

「シアウィンクス・ルシファー様、お初に御目掛(おめにか)かるレギーナ・ティラウヌスです」

「そうか。こんな場所まで何用か?」

「知れたこと、私と来ていただきます」

「民の無事を保証するなら考えよう」

 

 シアウィンクスの言葉に各々がリアクションを見せた。アルンフィルはダメだと首を振り、ククルが目を見開く。ルフェイは無言だが目で撤回するように進言していた。勝手なのは重々承知だ。命を懸けている臣下たちには悪いが出来る限りの手は尽くしたい。自らの身を捧げて血が流れなくなるのなら戦いなんかしない方が良いに決まっている。例え皆に恨まれようと皆に生きていてほしいと心から思うから……。

 シアウィンクスの覚悟の一言にレギーナは短く返した。

 

「何故?」

 

 感情のない声にシアウィンクスの内心は薄ら寒くなる。

 

「それはどういう問いだ?」

「そのままの意味ですが? 何故、ルシファー領の民を助けなければならないのですか? 難民など他の領地から言わせればイナゴのようなもの。その土地の食物を食い荒らす害悪に他ならない。生かしておく必要性は皆無です」

「──なっ!?」

 

 ルシファー領の民をイナゴ()と断じただけでなく、死ねとまでレギーナは言った。

 幾らなんでも酷すぎる言い分である。

 

「それが人の上に立つ者の言葉か!」

「上に立っているからの言葉です。この領民が消えれば丁度良い"間引き"に出来ます。今の冥界が抱える人口危機は食料問題も含む。人口が少ないと言うことは生産力も低いにイコールする。……分かりますか?」

 

 どこまでも冷厳なレギーナ。

 シアウィンクスはあまりに血の通っていない考えに怒りを覚える。

 

「今は人間界との交易も始まっている。食料問題は大丈夫なはずだが?」

()()です。疲弊した冥界の経済力は綱渡りを繰り返しています。そこを交易相手に突かれれば侵食されますよ」

「だからと言って民を犠牲にするなど馬鹿げているぞ! それでよくバアルの宰相をやっているものだな、レギーナ・ティラウヌス!」

 

 シアウィンクスの罵りにレギーナは寸分も揺らぐ気配がない。不動の人形じみた女である。

 レギーナは一呼吸おいてシアウィンクスへ言葉を投げ掛けた。

 

「随分と立派なことをおっしゃられますが、交渉できる立場とお思いで?」

「貴女とて無益な殺生は望まないだろう」

「無益? 彼の者たちの目をご覧なさい。私に向けているのは憎悪です。バアルに故郷を焼かれ、親しい者が殺されたのでしょう。──十分な危険分子です」

「何を言う!」

「奪われた者が奪った者を簡単に許せるなどと考えないことです。その恨み辛みが芽吹く前に摘んでしまうのが正確かつ正解です。貴女がどのような選択をしようとルシファー領の者には未来を与えない」

 

 レギーナはシアウィンクスの後ろにいる者達を皆殺しにすると言った。

 交渉できる相手ではなかったと後悔する。シアウィンクスは戦う道を選ばざる得ない。

 

「ならばその未来、我らは勝ち取る」

「──抗いますか。純血の魔王がどの程度かを見るには良い機会です」

 

 レギーナはいつの間にか持っていた鴉羽の扇子を広げる。それを合図に転移陣が出現して人影が現れた。

 

「転移陣!! "ルオゾール大森林"の魔素に阻害されるはずなのに何故!?」

「この程度の妨害など苦ではない。さぁ契約履行の時間です。──来なさい」

 

 レギーナの転移陣から現れた二人組だ。

 

「出番か、随分と人がいるな」

「移民ですか、あまり興味はありませんね」

 

 ヴァーリ・ルシファーとアーサー・ペンドラゴンが各々呟く。

 

「お前、まさかヴァーリか?」

「久しぶりだね、義姉(ねえ)さん。随分と苦労してるみたいじゃないか」

「お、お兄様」

「ルフェイ、迎えに来ましたよ」

 

 思わぬ再開に驚きを露にするシアウィンクスとルフェイに対してヴァーリとアーサーは穏やかに返すのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。