ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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白き闇《The Arch enemy》

 

 アリステアは幼かった頃、一度だけ魔物に肉を喰われたことがある。それは戦闘力を計る実験での出来事であり、敵はその地において災いと恐れられていた人狼に似たモノだった。確かに強い方であったが、それでも産みの親である"魔女王"アンブローズ・センツェアートや血縁と言われている"不死王"ユーリエフ・クレヴスクルムに比べれば塵芥(ちりあくた)に過ぎないレベルだ。それを戦う前から感じていたアリステアは油断し、初撃の牙を躱し損ねて肉を幾分か喰い千切られたのである。

 肩から流れる赤い血液。初めて感じる痛みに少し驚くもそれだけである。直ぐに対象を抹殺しようとするが人狼はアリステアが手を出す前にもがき出す。

 泡を吹いたかと思うや直ぐに血を吐き出した。そして背中の筋肉が皮を突き破り膨張すると卵が割れるように新たな()が天へ伸びる。それは枯れ木または老人みたいな細いモノだ。()は背中から必死に抜け出そうとするも次の瞬間、人狼が炸裂して血飛沫を撒き散らす。アリステアは血の雨を受けながら顔色一つ変えずに呆然と立っていた。蒸せるような血の臭いが充満するなか、ふわりと黒衣の女がそばに降り立つ。

 

「相手が格下だからといって油断したね? まぁいいか、初めての実戦だし許そう」

「……戦う前に死んだ」

 

 アリステアの独り言のような声に黒衣の女──アンブローズ・センツェアートは不気味に嗤う。

 

「不死王たるユーリエフ・クレヴスクルムの血を受けた結果だね。()の者の血は選ばれし者にしか力を与えない。君はその後継機だからその要素も受け継がれたのだろうね」

 

 幼いアリステアに魔女めいた魔王、アンブローズはそう語る。人として未熟なアリステアは感情を出さずに短く問い返す。

 

「……血?」

「クレヴスクルムとは"黄昏"を意味する名前だ。その名の通り()の血は神獣の力を強く継いでいる。ユーリエフと君は特別の因子を持つから精神や肉体になんら異変はない。けれど因子がない者がその血を取り込めば、あの始末さ」

 

 邪悪な笑みとは今のアンブローズを言うのだろう。魔女王は肩から血を流すアリステアの顔を些か乱暴に持ち上げてその瞳を覗き込む。

 

「戦闘と呼べるものじゃなかったが霊脈回路もいい感じに回ってるから問題ないね。しかし時間と手間を考えると量産性は劣悪、材料も理論も術式も完璧なのに完成が運任せとは兵器としての実用性も皆無だな」

 

 アリステアは光のない瞳のままだ。まるで人形のような少女を楽しそうに見ろす女。

 

「肩の傷は直ぐに治るよ。さて更なる実験を開始しよう。君には"真域"まで至って貰わなければならないからね」

 

 アリステアはそこで初めてアンブローズの目を見た。

 それは情愛などなく観察対象としてしか見ていない。まさに最悪ともいえる絆だった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 魔力の塊と霊氣の弾丸が衝突する。

 二つのエネルギーは激しい爆発を繰り返して荒野を揺らす。アリステアとディハウザーの戦いは遠距離からの撃ち合いにシフトしていた。

 冥界の空で暴力的な光と音が交差するなか、アリステアの弾丸の光が弱まるとディハウザーの魔力弾が降り注ぐ。"無価値"による異能無効が行われたのだ。

 

「ふっ」

 

 アリステアは口許を緩めると身を低くして荒野を駆けた。次々に大地を爆殺する魔力弾を躱しきり、すかさずスナイパーライフルの弾装を引き抜いて再装填する。放たれた鋭い弾頭はディハウザーの魔力を貫いて彼の頬を掠めた。

 小さく裂かれた傷に触れるディハウザー。

 

「"無価値"は確かに発動している。だが君の銃撃に対して効き目は薄い。実に興味深いな」

 

 "無価値"を否定するアリステアの弾丸にディハウザーは穏やかに笑む。長く生きた経験か、自慢の"無価値"に対応されても余裕がある。

 大いに結構な態度のディハウザーに対してアリステアは銃口を向けてやった。

 

「随分と喋りますね」

「私が相手した者たちは為す術がないと嘆く事が多かった。今、その気持ちが分かった気がする。正にこのような状況を言うのか。しかし残念ながらコレ以外の能はなくてね」

 

 嘆きなぞとよく言ったモノでディハウザーは"無価値"をアリステアに放つ。

 同じことの繰り返し……などではない。

 スナイパーライフルの弾丸から異能が消えるのが見えた。アリステアは装填したばかりの弾装を取り出す。

 

「まだ弾は充分な筈だが?」

「分かっていて言うとは存外に悪い人です」

「それは悪魔に対しての正当な評価だな」

「本来なら、その軽口に撃ち込んでいる所ですよ」

 

 アリステアは抜き取った弾装を見る。弾頭に宿した異能力どころか錬金術で施した霊的強化すら"無価値"にされている。もはやこの弾丸は人間界にある唯の鉛弾と同等の力しかない。悪魔や天使などは当然として低級の霊存在すら殺せない不良品だ。

 

「対応が早い。この弾装には貴方の知らない術が組み込まれていたのですが……」

「君はその弾丸を使っただろう? 頬に貰ったが一度見れば術式を読み解く事は出来る」

「この短時間で私の弾丸に"無価値"を組み込むとは思いませんでした」

「大変だがね。君の術式は一から全く別物に変わる。宿す能力も光力、魔力、気など様々だ。どうしたらこうも多芸になれるのか疑問しか沸かない。恐ろしい若人(わこうど)だよ」

「全てに対応しておいて良く言います」

 

 アリステアは"真 眼(プロヴィデンス)"によってベリアルの異能がどういうものかを理解している。彼らの異能は強力に見えるが分かりやすい弱点があるのだ。

 "無価値"はその効力を発揮する為に対象の力を知る必要がある。例えば消したいものが炎だった場合、発火が起こるプロセス、使用されたエネルギーの詳細と質と量、追従する特殊能力など、ありとあらゆる事細かな情報を網羅する事で初めて発動する。

 アリステアのような"眼"があるなら兎も角、普通は能力の詳細など知り得る筈もない。

 本来なら使用もままならない非常に使い勝手の悪い力だ。だが目の前のディハウザーはさも当然のように"無価値"をアリステアへ押し付けてくる。

 アリステアが弾丸に込めた術式は一朝一夕で見切れるほど単純じゃない。それを解読するなど一流の術士でも難しい。

 

「そういう事ですか。貴方は見えているのですね、私の術式が……」

 

 合点が射ったとアリステアはディハウザーを見た。

 何も難しく考えることではない。アリステアが"眼"を持っているようにディハウザーも似たようなモノを使っている。そう考えれば異様とも言える術式への対応力も説明がつく。

 

「見えている訳ではないが、ほぼほぼ正解だ。私は周囲に自らの魔力を散布することで広範囲に渡って相手の情報を読み取っている。それを"無価値"へ転用しているのだよ」

「秘密裏に魔力を使って相手の特異性を暴くとは、まるでクラッキングですね」

 

 小馬鹿にしたようなアリステアだが内心ではディハウザーの力を侮っていたと小さく反省する。

 アリステアの探知を逃れるほどに大気へ浸透させた魔力といい、知らぬ内に術式を理解されていた事といい、どれもが緻密に積み上げられた果てない努力の産物。全ては"無価値"というベリアルの力を最大に生かす為に極めたモノだろう。

 アリステアの"眼"を以てしても散布された魔力を見るのにかなりの注視を要した。このミクロの世界よりも微細な魔力を戦いながら見つけるのは不可能に近い。

 見事にしてやられている訳だ。

 もはや術式を全く別にしても意味はない。ディハウザー以外のベリアルならば事足りたが、ここまで暴かれるのならば術式を見せるのは得策じゃない。最終的にあらゆる術が"無価値"にされ、戦うという行為すら不可能となる。皇帝(エンペラー)の名を持つだけあって一筋縄ではいかないようだ。

 

「"無価値(コレ)"以外の能がないと良く言えたものです。活かすために独自の術式を開発しているではないですか」

「使えるようにするための付属品みたいなものだ。……いや、ここは君を騙すために吐いた嘘というのが悪魔らしいか」

「その発言が既に悪魔らしくないかと」

 

 アリステアが辟易(へきえき)するとディハウザーは優美に苦笑した。誠意の塊のような男である。どうしてバアルの虐殺に手を貸したのか疑問しか沸かない。

 アリステアは口から出そうになった質問を呑み込む。理由はどうあれディハウザーは敵だ。ならば撃滅するのが使命である。

 

「戦えば戦うほど弱体化を強いられるのは些か不条理ですね。……少し戦い方を変えますか」

「まだ手札があるのか」

 

 見せてみろ……と言わんばかりの挑発の籠った言葉だ。本来なら傲岸不遜に返してやるところだが許すことにした。ディハウザー・ベリアルは確かに強敵だからだ。彼の前では如何に強大な異能も全て読み取られて価値を(うしな)う。"無価値"という価値のなかったベリアルの特性を昇華させ、ある種の極みまで上り詰めたこの男は間違いなく悪魔という種族を凌駕する化物だ。

 しかし、とアリステアは自らに言う。誰よりも何よりも知っているのだ。

 

 ──本当の化物がどんなモノかを……。

 

「ディハウザー・ベリアル。悪魔の(きわ)みに達してなお凌駕(りょうが)しつある貴方へ一つ(うかが)います。貴方にとって"力"とは(なん)ですか?」

 

 急な質問にディハウザーは一瞬の間をおいて答えた。

 

「目的を為す(すべ)であり、辿り着く為の手段だ」

「面白い答えです」

「質問を返そう。君にとってはなんなのだ?」

「──神です」

「神?」

「ええ。……ですが貴方の知る神とは違います。神性や魔性など関係なく存在するだけで他を圧倒しる"力"。それこそが私の言う"神"を指します」

「随分と抽象的だな」

「ならば見せてあげますよ、私の(カミ)を……」

 

 アリステアが武器であるスナイパーライフルを何処(いずこ)へ消すと(うた)(つむ)ぎだす。それは静かだが風に乗ってディハウザーにも届く。

 

God is force.(神とは力である)

 

 それは神語りの歌。この世ならざる外のコトワリ。

 

All falls by my hand,(全ては私の手で墜ちて逝く。)the only thing I can do is that,(それが不変にして唯一の真実。)therefore will lie flat on you equally.(ゆえに汝等へ安らぎが訪れん。)and death comes as end.(されど最後には死がやってくるだろ。)

 

 それは理の顕現。カミをも殺す忌まわしき言の葉。

 

It's a messenger from the void……(其の者、彼方より来たりて……。)Declare.(告げる).

 

 それは力を為して世に轟く厄災にして白き天恵。

 

Connect(真域接続).

 

 それは審判を下す者、断罪の降臨。

 

Arch-enemy.(白夜ノ血脈)

 

 瞬間、獣が咆哮の如く轟音を轟かせながらアリステアの体から美しくも(くら)いを黄金のオーラが爆発のような閃光を(ともな)い周囲を蹂躙した。

 そして眩い光の中から変化したアリステアの姿が現れる。

 第一に目を奪われるのは王族のようなドレスを思わせる純白の服装、しかし戦うにも適するという矛盾を孕む洗練された戦闘服。

 次は流れる白雪の長髪、その永遠に溶けないであろう雪の糸は後ろで一つに束ねられていた。

 最後は瞳、そのアイスブルーだった双眸(そうぼう)は黄昏を思わせる黄金色に染まる。

 その(くら)い輝きがゆっくりとディハウザーを捉えた。

 

「この力は(いささ)か狂暴なので全身全霊で抗う事をお薦めします」

 

 アリステアは様変わりした自身に対して内心で嘆息した。

 全く嫌になる。"蒼"の者で在ろうとしても結局、"黄昏"に連なる者だと自覚してしまう。

 アリステアは嫌悪感を吐き出すようにトンっと地面を足で軽く叩いた。歩くよりも更に優しい踏みつけだったが次の瞬間、周囲の地面が悲鳴を上げながら大きく割れる。ただの足踏みだけで荒野に深い谷を作り上げたのだ。急に現れた自然災害にディハウザーは翼を広げて空へ離脱する。

 

「……信じられん」

 

 皇帝(エンペラー)が初めて見せる焦燥。

 当然である。アリステアは一切の異能を使っていない。眼下に広がる巨大な谷は彼女の身体能力だけで作り上げた災害なのである。

 

「異能に対しては非常に強い"無価値"も純粋な腕力には干渉し難いのでは?」

 

 ディハウザーを見上げながら言い切るアリステア。

 人知を越えた者ほど異能に依存している。神であれ悪魔であれ神力や魔力が在るからこそ人間を遥かに越える能力を持つ。それも無しでここまで破壊を持たらすアリステアは明らかに異常とも言える。

 

「この馬鹿げた力は"血"に刻まれたモノ。私の血縁者は腕力一つで山を砕き、脚力だけで大海を割る化物でした。荒野を谷へ変えるなぞ序の口です」

 

 アリステアの姿が忽然と消えるとディハウザーの背後に現れる。瞬間移動さながらの運動性能を肉体の膂力のみで行うなど人間業ではない。

 

「くッ」

「遅い、0点」

 

 パンっと乾いた音がする。アリステアが攻撃を行ったのだ。それは凸ピンと言われる挨拶めいた軽い一撃。けれど受けたディハウザーの骨は砕けて彗星のように地面へ墜落した。火山の噴火を連想する爆音と砂塵が吹き荒ぶなかでアリステアは僅かな忌々しさを目に自らの手を見下ろす。

 

「嫌気がさす野蛮な力です。軽く触れるだけでも気を使う」

 

 この術式の効果はアリステアの中に眠る"血"の解放。

 星の中心、"黄昏"より生まれ出た最強の一柱、不死王ユーリエフ・クレヴスクルムの後継機であるアリステア・メアの真髄が今の状態だ。究極の肉体を持つこの状態のアリステアは人の形をした怪獣にも等しい。迂闊に何かに触れば必ず壊す。まさに生きた災害である。

 

「……ふっ、素晴らしいではないか。敗北を知らないと息巻いていた皇帝(エンペラー)が全力を出しても勝てない者がいる。愉快かつ痛快だ、私の下にいるゲームのランカー達が見たらさぞかし喜ぶだろう。何せ私自身が嬉しさに打ち震えているのだからね」

 

 全身ボロボロな姿で砂塵から姿を現すディハウザーにアリステアは呆れた様子を見せた。

 

「貴方は死にたいのですか?」

「いいや。ただ私は余りに敗北を知らない。勝利を得ているだけでは見えない世界もある。その先に新たなモノがあると感じてならないんだよ、漠然とだがね」

「貴方は哲学者にでもなったらどうです?」

「柄ではないよ。……話し過ぎたな、そろそろ再開としよう」

「退くなら追いませんよ。貴方が最初から私に誠意を示していたのは知っています。なので──」

「有り難い申し出だが私も理由があってこの場にいる。戦わずして終わりは来ない。所詮は手の平の上で転がされている身ではあるが、君との出逢いは幸運だと思っている。だから無粋な事は言わないで貰いたい」

 

 力の差は歴然。

 "無価値"を無視する圧倒的な物理攻撃力を持つアリステアを倒すには真っ向から撃ち合って勝つしかない。

 しかし今のアリステアは純粋に強い。銃は使えないが、あの身体能力で体術を繰り出せばそれだけで大地を砕き、空を割る。

 だが一向に戦意を鈍らせない皇帝(エンペラー)。それは折れる事のない信念から来る退かぬ心に他ならなかった。

 

「失礼しました。そこまで言うのでしたら遠慮せずに叩き潰してあげましょう。──Advent Altar(雪月夜の祭壇)

 

 アリステアを中心に白雪が形成されてディハウザーを呑み込む。地は雪原、空は凍曇な異界が二人を包む。

 

「結界? ……いや違う」

「異界化という現象です。ここは私の世界、私が理であり、私こそが絶対の隔絶した異世界。さぁ掛かってきなさい、貴方の目の前にいるのは始神の(わざ)すら再現する化物です。加減などしようものなら後悔する暇もなく跡形も無くなりますよ?」

 

 アリステアの右腕に巻かれた包帯が血で(にじ)む。

 正直、かなり無理をしている。"Arch-enemy.(白夜ノ血脈)"はアリステアの潜在能力を100%まで引き出す荒業だ。

 本来なら兎も角、呪いを受けて弱体化している時に使うものではない。長期戦になれば右腕に刻まれた呪いが命を刈り取るだろう。ゆえに迅速で勝ちに行かなければならなかった。

 

「血が騒ぐとは今の状況を言うのだろな。行くぞ、アリステア・メア」

「来なさい」

 

 アリステアは心臓から四肢に伸びる体内の霊力経路へ力を注ぎ込む。そして前へ出た。大胆な正面突破、本来ならディハウザーの砲撃の餌食になる愚かな選択だ。しかし音もなく加速したアリステアはコンマ一秒すら掛からずにディハウザーを肉薄し認識される前に細い指を熊手のように広げて斬り掛かる。その指先は鋭利な獣の爪のように鋭く最上級悪魔の防壁が軽々と引き裂く。

 

「なんたる膂力(りょりょく)!」

「こういうのは品がないので(この)まないのですが他に()くリソースが少ないので腕力にて失礼します」

「ならば忠告通り、全力で抗うとしよう!」

 

 ディハウザーが魔力を高めた。収束されていく膨大な魔力は周囲の魔素すらも取り込んで戦場に熱破を振り撒く。冥界トップクラスの悪魔だけあり、"無価値"による相手の無力化だけが強みではなかった。攻撃に関しても恐るべき力を秘めている。あの出力の力を受ければ神クラスであっても甚大なダメージを与えるだろう。その一撃が放たれる。人間など簡単には消し炭に出来る極太の波動はアリステアを呑み込もうとする。

 

()りませんね」

 

 顔色すら変えずに裏拳一つで自身より巨大な熱線を弾き跳ばすアリステア。遠い背後で爆発が起きて白雪の髪が激しく揺れた。

 

「……これ程か」

 

 攻撃を難なく防がれたディハウザーは表情こそ変わらないが頬には一滴の汗が頬を流れていた。あまりにも大きな隔たりが二人にはあった。ディハウザーが本気で放った一撃でも傷を負わせられないアリステアは正に怪物である。目の前に現れた理解の外にある"ナニか(アリステア)"が近づいてくる。

 

「抵抗は無意味です」

「あぁそのようだ」

 

 言葉とは裏腹にディハウザーはアリステアの攻撃を避けていた。紙一重で躱したのに肉が幾らか削げた。避けてこの様とは理不尽でしかない。直撃したら間違いなく一撃必殺だ。

 

「だがッ!」

 

 構わず反撃する。アリステアの顔面に手を(かざ)して魔力を叩き込む。爆発が起き、黒煙が(おお)うもそのベールは腕の一振りで消える。

 

「言った筈ですよ、"無意味"だと」

 

 ディハウザーは距離を取ろうとするが拳打が彼を打ちのめす。凄まじい衝烈はディハウザーの肉体を突き抜けて背後に広がる大地をも蹂躙した。

 

「グッ……ガッ! ──それでも、挑ませてもらうッ!!」

「タフですね」

 

 魔力が爆発してアリステアを襲うが空と大地を支配し、粉雪が唸りを上げながら集まり相殺した。

 

「さて、こちらの番です」

 

 雪原が震え、無数の雪花の槍が現れるや鋭い先端がディハウザーを補足して弾丸のように飛翔する。

 直撃は危険と判断したディハウザーは悪魔の翼を広げ、音速を越えて雪原世界を縦横無尽に飛び回る。その後ろを雪花の槍が容赦なく追い立てていた。

 

「……私のスピードに付いてくるかッ」

「そんな体でよく動く。しかし無駄ですよ」

 

 その言葉に呼応するようにディハウザーがバランスを崩して雪原へ墜落した。本人も何が起きたか分かっていないようだ。そんな彼をアリステアは雪花の槍で滅多刺しにして雪原に拘束する。

 

「かはッ、翼が溶けている……?」

「この異界に降り積もる雪々はあらゆるモノを冷たく溶かす絶死の抱擁。自慢の翼はもう使えません」

 

 ディハウザーの翼は大部分が虫食いのように消失している。これは広域殲滅術式のひとつ、絶死の抱擁──"Last(ラスト) Embrace(エンブレイス)"。触れたものを痛みすら無く死に至らしめる優しくも残酷な術だ。

 

「まさか知らず内にここまでダメージを追わされているとは……」

「余裕ですね、塵一つ残さず消えるというのに」

 

 無数の槍が体を貫いているうえ、"Last(ラスト) Embrace(エンブレイス)"もゆっくりとだが確実にディハウザーを溶かし続けている。

 この異界は敵対者を確実な死へ至らしめる屠殺場(とさつじょう)そのもの。取り込まれた時点で死のカウトダウンが始まっている。

 そんな死に際にも関わらずディハウザーはアリステアを睨んだ。

 

「この期に及んで気づいたことがある」

「なんです?」

「私は自分が思っているよりもずっと負けず嫌いらしい」

 

 凄まじい魔力放出が熱波を引き起こして周囲を焼き払う。アリステアも防御に翳した手に小さな火傷を負った。

 

「(全盛ではないといえ、この状態の私にダメージを与えた?)」

 

 ディハウザーの攻撃力が上がっていると悟ったアリステアは"真 眼(プロヴィデンス)"でディハウザーの変化の原因を探る。やはり魔力値が異様な()()を見せていた。それもかなりの上昇率で魔王クラスなんてレベルではない、これでは神にも届く。

 

「(戦いの中で成長している?)」

 

 恐らくディハウザー・ベリアルは本気を越えた全力を出した事がない。

 相手を無力化する圧倒的な異能と悪魔のなかでも突出した魔力総量となれば、まともに戦えるのはサーゼクス・ルシファーやアジュカ・ベルゼブブなどといった超越者クラスぐらいだろう。しかし幸か不幸か、現魔王であるその二人はレーティング・ゲームには参加できないと聞く。

 そして今、初めてディハウザーは自身よりも強い相手を前にして追い詰められている。その絶望こそが彼に潤いを与え、死に物狂いで勝利を掴もうと()()(うなが)した。アリステアという強敵を糧に更なる高みへ登り出したのである。

 死闘という呼び水がディハウザーの(かせ)を崩す。その成長というには速すぎる力の躍進(よくしん)は再びアリステアを"無価値"で(むしば)み始める。悪魔よりも上位存在になる"黄昏"にすら影響を及ぼす渇望にアリステアは驚きを通り越して感嘆した。

 異能だけではなく、物理的な力にも干渉をし出したこの男はまだ伸び代があると……。

 

「どうした、動きが鈍くなっているが?」

「えぇ、貴方の"無価値"が効いています。身体能力が幾分か下がっているようです」

「多少は勝ちに近づいたか」

 

 手応えを感じているのだろう。それもそうだ、アリステア自身がディハウザーの"無価値"によって徐々に侵食されていくのが分かるほどだ。

 だがしかし──。

 

「期待以上の抵抗ではありましたが、予想外ではありせん」

 

 シレッと言うと右手辺りの空間が酷く歪む。

 

「私が異界を作った最大の理由を示しましょうか。──審判の時です、来なさい」

 

 歪みから出てきたのは装飾された白銀の双銃。

 ソレをアリステアが握った瞬間、異様とも言える圧力が空間を揺るがす。

 まるで意志があるように重厚な存在感を撒き散らすソレをアリステアは冷たく見下ろした。 

 

(ひか)えなさい」

 

 ピタリと圧力の伝搬(でんばん)が止まる。飼い慣らされた猛獣のような武器にアリステアは嘆息(たんそく)しつつもディハウザーへ銃口を向ける。

 

「それは銃か?」

「剣や槍に見えるなら眼科に行っても手遅れですね」

「私にはその銃口が巨大なアギトに見えてならんよ」

「いい線いってます、コレには確かに意志がある。今の私が唯一壊さないで使える専用の"真 器(アーネンエルベ) "、()を"審 銃(ユーディキュウム)"。撃てるモノは一つだけという芸がない残念な代物ですよ」

 

 "審 銃(ユーディキュウム)"が煌々(こうこう)と輝く(くら)き闇を集束していく。あらゆるモノを否定する虚無が広がる。

 

「生に飢えし飽く無き胎動よ 汝が名は"混沌(ケモノ)"なり」

 

 アリステアが言葉を紡ぐと同時にトリガーを引いた。

 その弾丸は狂暴な光を纏い、世界を(えぐ)り裂きながら疾駆(しっく)する。白き異界が魔弾に喰らい尽くされるように歪む。宇宙の秩序すら揺るがす恐るべき光は獣のようにディハウザーへ牙を剥く。

 

「なんだ、この感覚は。"無価値"が効かない……いや取り込まれているのか?」

 

 "無価値"で対抗するが、まるで効き目はない。むしろ光はより強くなって纏う力も大きくなっていた。

 ディハウザーは魔力を収束させると、小さな島なら軽く破壊出来るレベルの砲撃を放つがアリステアの弾丸はソレを容易く噛み千切った。

 流石のディハウザーも圧倒的な差を見せつけられて目を見開く。その瞳にあるのは恐怖というには生易しい畏怖であった。死をも越えた破滅が迫る。

 

「アレは"喰らい尽くす者"。干渉したモノの全てを糧とします。貴方の"無価値"どころか私の"異界"すら吸収して強大になる」

「アリステア・メア!」

 

 驚異の弾丸に意識を向けていたディハウザーの不意を突く形で背後にアリステアが現れる。

 弾丸が囮だと気づくがもう遅い。隙というには僅かな時間だが充分だった。アリステアの蹴りがディハウザーの腹部を鋭く捉える。えげつない壊音が響き、悲鳴すら許さない激痛と衝撃を受けながら超高速で雪原を割くディハウザー。

 

「おっと」

 

 アリステアが顔をずらして自身の放った弾丸を避ける。その2秒後、背後で弾丸の力が暴発して雪原の異界を消し飛ばす。

 景色が雪原から元の荒野へ変わった。

 

「誰が異界まで消し飛ばせと言ったのです。相変わらず使い勝手が悪い」

 

 アリステアが叱り付けるように二つの銃をガンと強くぶつけ合う。双銃が機嫌を損ねたみたいに禍々しい気配を(かも)し出すが無視して異空間へ雑に放り込む。

 そして戦いの終わりを悟ったアリステアは黄金のオーラを霧散させた。束ねられていた白い長髪がパサリと広がり、ドレス姿から普段着へと戻る。

 そのままディハウザーの倒れているだろう場所へ歩を進めた。

 

「さて少し強く蹴りましたが、ディハウザー・ベリアルは生きていますかね」

 

 声に反省の色はない。あの状態の膂力は悪魔からしても化物じみている。凸ピン一つで最上級悪魔の障壁を貫通して重いダメージを与えるのだ。その蹴りを受けたとなれば、例えディハウザーが強靭だとしても致命的なはずだ。

 

「本当にタフな方です」

 

 呆れと感心が半々といった表情を浮かべるアリステア。ディハウザーは地面に倒れ付していた。意識こそあるが、その口元を血で汚しながらも苦悶の表情でアリステアを見上げている。

 

「完、敗……だな」

「戦う相手を間違えましたね」

「……その、よう、だ」

 

 今にも死にそうなのが分かる。骨は砕け、臓器も潰れているのだ。よく見れば上半身が千切れ掛けており、すぐ治療をしないと助からないのは明白だ。……とはいえこうなったのは自業自得の面もある。

 アリステアはディハウザーの誠意さに対して一度は退くこと勧めた。それを聞かなかったのは彼自身だ。

 

「……最後に一つ良い、かな?」

 

 血を吐きながらディハウザーは問う。

 

「聞くだけなら」

「……ふ、君は、その力をなんの為に使う? それだけの強さだ。地位も栄光も手にする事が出来るぞ」

「下らない。私が力を振るう理由など一つしかない」

「それ、は?」

「愛する人のためです」

 

 アリステアの言葉が意外だったのかディハウザーは呆気に取られた顔をするが、すぐに憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべた。

 

「愛する者の為、か。ふふふ、君に、敗れるのなら、それはそれで良いかも、しれんな。……なぁ、クレーリア」

 

 ここにはいない誰かに想いを馳せてディハウザーは瞳を閉ざす。どうやら意識を失ったようだ。彼はそのまま死ぬだろう。アリステアとて助ける気は更々なかった。

 ディハウザーはこの戦いの結果に納得して受け入れているのだ。アリステアにとっても彼は倒すべき敵であり、障害でしかない。おいそれと助けるには立場が違い過ぎる。

 

「早くしないと彼は死にますよ?」

 

 誰もいない空間を一瞥するアリステア。

 なんの返事もないまま10秒ほど時が経つ。

 

「まぁそれもいいでしょう。あとは好きにして下さい」

 

 倒したディハウザーへ視線を落として直ぐに別の方向へ歩き出す。その脚が向かうのは渚がいる戦場である。

 

 

 

 

 

 アリステアが去ったあと何もない空間から人影が現れる。頭にターバンを巻いた商人風の青年──カージャが小さく笑う。初めてアリステアや譲刃に出会った頼りなさはない泰然とした雰囲気を背負いながら彼方に去った白雪へ言葉を贈る。

 

「なんでもお見通しとは恐れ入るよ、アリステア・メア。ただ彼を見逃した事に関しては借りにさせて貰う」

 

 魔性の微笑を浮かべるカージャは、指ひとつ動かさずにディハウザーを何処かへ転移させると自らも何処へと姿を(くら)ませるのだった。

 

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