ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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戦鬼、抜刀《The Demon bane》

 

 血の臭いが蔓延する戦場を美しい戦鬼が駆け巡る。刀は鋭く、その(わざ)(もっ)て怪物と成り果てた悪魔の首を次々に跳ね跳ばす。首元から鮮血が吹き出し、地を真っ赤に染め上げていく。

 効率的かつ容赦のない殺戮は()むことを知らず、まだまだ足りないと言わんばかりに首だけを落とす譲刃は正に飽くなき鬼そのモノだ。

 疾風迅雷を素で行く彼女は、人にして首を刈るための機械じみている。

 やがて万を超える敵の首を刈り終えた譲刃は両手の刀を納めることなく自らが作った屍山血河(しざんけつが)の惨状に目を向けた。

 

「やっぱり首を跳ねただけじゃダメみたいね」

『ギギ、ギヂヂヂッ。ギャギュキガガガガ!』

 

 死体の山が立ち上がり、首を無くした(むくろ)達の声なき怨嗟の(うめ)きが戦場に響く。そして気味の悪い音を立てて首が生え変わり、肉体も忌まわしく変貌した。筋肉は肌を千切りながら膨張し、骨は鋭さを増して身体を突き破る。最早、元が人の姿とは思えない。怪物ですらない異形の群れが大地を汚す。

 退廃的な新生を終えた異形の内の一体が譲刃へギョロリと目を向けた。

 

『ギィシャアアアァアアッッ!』

 

 理性のない咆哮と共に異形が四つん這いとなって襲い掛かってくる。それは獣というよりは虫を連想させる気味の悪い疾走だった。

 

「巨体のわりに速い」

 

 口から零れたのは嫌悪ではなく称賛(しょうさん)の一言。そう表現できる程の俊敏さだから出た言葉だ。ダンプカーのような巨体を誇る異形が(またた)きの間に距離を詰めるや、鋭い牙で華奢な譲刃を噛み砕こうとした。理性なき戦法に譲刃は顔色一つ変えずに左の"御祓刀(みそぎとう)"で受け、流れるような動作でもう片方の"御神刀(ごしんとう)"で斬りつけた。

 

 ──ガキン。

 

 刀を通して伝わってきたのは鉄を叩いたみたいな硬い感触。譲刃は「ほう」と小さな感心をもらす。

 

「皮膚が異様に硬質化してる、これはキミの特性?」

 

 異形の肉体へ幾度(いくど)か刀を振ってみるが全身が信じられないくらいに硬い。

 その一体を相手取っている間に背後から違う異形の奇襲を受けるが多対一を想定していた譲刃にとっては十分に対処が可能な襲撃である。

 

「奇襲にしてはお粗末。気配遮断くらいした方がいいよ?」

 

 冷静さ失わずに一体目をいなして二体目へ反撃の刃を繰り出すも当然のように弾かれた。先と同様にコチラも硬い表皮を持っているらしい。

 

「(また通らない、か)」

 

 流石にこれはおかしい。

 譲刃の霊氣と刀の切れ味が合わされば大概のモノは断ち斬れる。それこそオリハルコンやアダマンタイトなどいった伝説級の鉱物すらも両断してしまう。

 けれど自慢の斬術を二度も、しかも違う相手に跳ね除けられた。よくよく考えれば譲刃は戦場にいる異形達の首を一つ残らず刈り取っている。つまり今、斬擊を弾いた二体の異形も一度斬られている筈なのだ。

 少し考えて可能性を二つに絞る。

 斬擊に対する防御を隠していたか、甦ったときに習得したかのどちらかだ。譲刃は後者だと直感的に思う。似たような特性を知っているゆえの判断だ。

 

「高純度霊氣による自発的秩序形成(じはつてき ちつじょけいせい)かな。でもまさか"真域"の権能を使えるなんて恐れ入るわ」

 

 ──自発的秩序形成。

 

 "蒼"や"黄昏"といった古神(いにしえがみ)に連なるモノのみが辿り着ける力の領域を譲刃やアリステアは"真域"と読んでいる。

 "蒼"と"黄昏"が持つ霊氣は、純度が増すと霊気を超えた何にも属さない超エネルギーへと変貌する。それは無色だが巨大な力であり、霊質でありながら物質にもなる未知と可能性を秘めた代物だ。一度、手に入れれば願望すら具現化させてしまう力は、自己の中に新たな秩序を生み出す事すら出来る。簡潔に言ってしまえば新たな概念を付与する自己変成、さらに言えば昇格に近い。

 "黄昏"の力で異形と化したバアルの軍勢は(いのち)を絶たれ、偶然か必然か全員が同時に刀へ脅威を覚えた。結果、刃物に対する恐怖ないし驚異から耐性を得たのだ。(すなわ)ち譲刃の圧倒的な強さが敵を強化してしまったのである。異形の軍勢は斬擊という概念を否定したモノへと自身を定義、再構築して刃を通さないという秩序で武装したのである。もはやどんな名刀だろうと断ち斬るのはほぼ不可能だ。

 

「厄介かな。斬擊を否定した秩序を押し付けてくるとは"始神源性"らしいデタラメさね。けど剣士に対する礼が欠けてると思うなぁ」

 

 本当に厄介な……。

 譲刃は眉を潜めながら異形の攻撃を(さば)き続けた。

 斬擊耐性だけでない。力や速さも並みでなく、まともに受ければアーシアの身体はトマトみたいに潰される。更に異形たちは各々が独自の変貌を遂げているので特殊能力も様々な筈だ。

 

「(ここまで"黄昏"の権能を再現してくるとは意外だった。コレを造った人は間違いなくコチラ側の知識を持ってるわね)」

 

 長期戦は不利だ。

 譲刃は圧倒的な戦力を持つが十全に使える訳じゃない。もし全力なんて出したらアーシアの身体が譲刃の力に耐えきれず中から弾け飛ぶ恐れがあるのだ。

 異形の群れが嗤いながら譲刃へ飛び掛かってきた。どうやら余程に血を好むと見える。

 残虐なまでの猛攻から逃げ続ける譲刃。如何に霊氣で強化しているとは言え、アーシアの肉体が堪えきれる筈もなく、一度でもマトモに受ければ終わるだろう。

 防戦は悪手と判断して攻勢に移る。

 

「刻流が一つ、雷挺(らいてい)招来(しょうらい)

 

 刀の切っ先が蒼白い稲光(いなびかり)を帯びると落雷が真横に走って戦場を貫いた。

 凄まじい電撃と膂力による一撃は異形の全てを根刮(ねこそ)ぎから焼き穿つが異形たちは死なない。焼けた肉は時間が戻るように復元し、穿った穴はボコボコと気味が悪い音を鳴らしながら塞がる。

 ふりだしに戻った。けれど譲刃の表情に恐れなど微塵もない。

 

「ナギくん風に言うなら『まだ終わりじゃねぇぞ』かな?」

 

 瞬間、異形たちの体の一部が轟音を立てながら弾けた。

 連鎖する爆発音と苦痛による叫びが戦場の至る場所から沸き上がる。

 異形たちを襲ったのは肉体の中から迸る電撃だ。譲刃の攻撃はまだ続いたのだ。斬った部位から稲妻が発生して忌まわしき体を破壊する。

 これこそ雷挺・招来の真髄。雷光が如く突きを躱そうが電撃に変換された霊氣を受けたが最後、永遠と稲妻の洗礼を受ける事になる。

 二刀の切っ先を下ろす。

 

「そんな穴だらけの"接続"じゃ私に勝てないよ」

 

 譲刃は異形たちの"接続"が不完全なものと見抜いていた。力の大半は斬撃耐性に偏っており、その他の攻撃にはあまり効果が出ていない。つまり斬撃以外の力に対しては弱いと推測したのである。

 結果は大正解だ。異形達の体は鋭い稲妻に焼き裂かれていく。本来の"真域接続者"である自分が付け焼き刃みたいなニセモノに負けるなど有り得ない。

 

「千叉 譲刃の残滓だからと言って舐めないでね。一応、本物に限りなく近い存在なんだから」

『──ふふふ』

「…………え?」

 

 急に譲刃が呆けたような声を漏らした。

 視線の先にあり得ないのものを見てしまったからだ。死に行く異形たちの中にソレはあった。それは見惚れる程の黄金色の髪と瞳を持った幼さが残る美しい少女。年の功はアーシアと同じか少しだけ下に見える。

 こんな地獄にはそぐわない無地のワンピースを着た少女から譲刃は目を離せない。

 夢か幻か、それはかつて相対した大敵に他なら無かったからだ。

 

「……真滅者"アルキゲネドール"」

 

 絞り出すような声で譲刃が名を呼ぶ。

 アルキゲネドールと呼ばれた少女は譲刃の声に気づいたのか真っ直ぐ黄金の双眸で見つめ返してくる。そして返事の代わりに蠱惑的な笑みを浮かべるとゆっくり両手を広げて口を小さく動かす。

 

『━━The wheel of fortune is turning.(黄昏の時は来たりて)

 

 黄金が言うや異形の者らが狂ったように叫ぶと互いの体に牙や爪をめり込ませた。一瞬、喰らい合っていると譲刃は勘違いしたが実際は違った。

 異形たちは結合していたのだ。体を絡ませ、より巨大に、より禍々しく、それは見るも(おぞ)ましい蠱毒のような配合に見えた。

 真滅者"アルキゲネドール"はその中心で優雅に踊っていた。血と肉が飛び交う惨劇を舞台に両手を広げながら狂狂(くるくる)(たの)しいと言わんばかりに廻り続ける。

 

「……まさか、またその顔を見るとは思っても見なかったわ」

 

 譲刃が"時流を操る魔神"や"衰退を宿した悪魔"を前にした場面ですらなかったソレを解き放つ。

 戦うために必要な戦意ではなく、殺すと決めた意思表明の殺意をアルキゲネドール(黄金の少女)へ向けていたのだ。

 左手にある御祓刀(みそぎとう) "鞘禍(さやか)"を鉄拵(てつこしら)えの黒鞘に戻すと御神刀(ごしんとう)"譲刃(ゆずりは)"を納めた。

 精神を統一して今も躍り続ける敵に刃を閃かせる。

 

刻流(こくりゅう)極致(きょくち)輝夜(かぐや)貌亡(かたなし)

 

 次元断裂の斬撃が世界を斬り裂く。

 万物を絶ち、時流すら両断する月の名を持つ刃。

 刻流閃裂の中でも屈指の技が黄金の少女を微塵に(きざ)もうとした瞬間、巨大な何かが斬撃を空間ごと叩き潰した。

 

「……へぇ、そう来るんだ」

 

 それはお伽噺にでも出てくるような巨大な"鬼"だった。

 只でさえ強力だった異形たちが集合した結果の成れの果てが"鬼"とは中々笑える。戦鬼と揶揄された自分に対する皮肉が利いて愉快である。

 しかし譲刃は笑みを消して刀を構えた。

 目の前の"鬼"は強い。研ぎ澄まされた直感と死線を潜り抜けた経験から分かる。この"鬼"は唯の鬼にあらず、宿す力は災害に等しく、人の手どころか異能力者ですら手に余る領域に達している。

 

 "鬼"が吼えた。

 

 それは威嚇ではなく攻撃。口から放たれたのは大気と大地を同時に()ぜるソニックブームだ。

 刀で防御するが突き抜ける衝撃に全身が打ちのめされた。譲刃が施していた防壁など意味を成さず、膝から崩れそうに揺らぐと目の前に"鬼の"拳が現れた。ダメージの抜けきらない体を無理矢理動かして刀で受けるが刃を通さない凄まじい剛力に力負けする。

 荒野を無様に転がりながら刀を杖代わりに立つ。

 

「やっちゃったな、これは」

 

 上手く受け身を取ったので無傷で済んだと思っていたが刀を握っていた手の皮が裂けているのに気づく。手の平を伝って柄頭からポタポタと血が流れる。

 アーシアの体に傷を付けた事に罪悪を感じながらも意識は"鬼"へ向ける。

 斬撃無効の特性があるのに斬り掛かったのは単純なミスだ。剣士である譲刃は常に刀と共にあり、斬殺こそ唯一許された行為。ソレをしてしまうのはもはや(さが)であり(ごう)なのだ。

 しかし困ったものだと譲刃は頭を傾げる。自慢の武器が効かないとなればどう対処するか。

 手がない訳じゃない……が、今の状態では極力使いたくない(たぐ)いの手段だ。

 

「使うにしても少し様子を見てからかな。取り敢えず、やれることはやっておかないと」

 

 刀を鞘に戻し、無手で構えると徒手空拳のままで"鬼"の間合いへ侵入する。

 

「ガァアアァアアアアア!!!!!!!!」

 

 譲刃を潰そうと大木のような脚を落として来た。直撃は避けるが破片と言うには大き過ぎる岩石が重力に逆らって空を目指す。まるで豪雨のような岩撃を霊氣で強化した四肢で叩き落として、そのまま水面を蹴るように大木のような"鬼"の脚を払う。

 軸である脚が地面から離れると呆気なく"鬼"は転倒する。仰向けになった"鬼"の胸、心臓があるだろう部位に譲刃は手刀を突き刺した。

 

 ──手応えあり。

 

 上腕を丸ごと突き入れた譲刃はそのまま心臓を破壊するために手刀に纏わせた霊氣を一気に高めて解き放つ。

 臨界を迎えた霊氣は暴走して爆発。内部から"鬼"は炸裂して胸部から腹部にかけてが焼失。

 譲刃は『やはり』と内心で己の推測が正しかったと確信した。所詮は異形たちの集合体に過ぎない"鬼"は刃物以外の攻撃は無効に出来ないなのだ。例え手刀といえ刃に有らず、ならば通じるのは道理だ。

 背骨らしきモノまで露出した"鬼"が血反吐を吐く。

 戦闘どころか動くこともままならないだろう。間違いなく致命傷だ。譲刃が霊核を砕いて終わりにしようと霊氣を高めるが"鬼"がニィと不気味に嗤う。次の瞬間、体の前面を喪失した巨躯が譲刃に殴り掛かってきたのだ。

 まさか、あんな状態では動くなど思ってもみなかっただけに度肝を抜かれる。

 "鬼"が幽鬼のようにユラリと立つと戦場に寒く冷たい風が吹き、苦悶の声が流れた。

 それは異形たちの魂の声。バアルの悪魔たちのだった者の嘆きだ。怒り、苦しみ、悲しみ、あらゆる負の感情が"鬼"の中から沸いて消える。それに並び深傷が塞がっていく。いきなりの超速再生を前にした譲刃は一瞬で何が起きたかを理解して不快さを表す。

 

魂喰らい(ソウルイーター)か」

 

 "鬼"は失われた骨や肉、霊氣ですら瞬時に取り戻す。内包する何十万という悪魔の魂を使って(喰らって)傷を癒したのだ。

 とうとう"黄昏の獣"めいてきたと溜め息をこぼす。今ので使った魂は(いく)らだろうか? 百か千か、けれどバアルの総勢を考えればまだまだ余裕があるはずだ。

 

「参ったなぁ……」

 

 アーシアの肉体に負荷を掛かり過ぎている。元々、戦闘員じゃない者を無理矢理使っていたからだが、これ以上の戦闘行為は避けたいのが本音だ。

 けれど現実はそうはいかない。眼前の"鬼"は健在で、あと何回殺せば殺し尽くせるのか皆目見当もつかないという状況である。

 "鬼"が攻勢に出た。筋肉が盛り上がり、背中から二つの腕を出すや獣のような疾駆で迫る。その速さと力といったら疾風迅雷の如くだ。

 全神経を回避だけに割り振る。そうしなければ死ぬと直感が告げていた。

 回避の度に荒野に大穴が作られ、鋭い破片が飛び交う。四本の腕による猛攻は譲刃ですら反撃不可能と断ずる隙のない連擊だった。紙一重で躱そうもの背中の豪腕に捕らえられて終わる。そんな剛力無双かくやと言う攻撃を前に逃げに徹し続けて数分、荒野はまるで月のような凄惨な地表と成り果てる。

 ふと急に譲刃の動きが悪くなる。遂に体が限界を迎えようとしていたのだ。

 そして"鬼"はその隙を逃さない。豪腕を容赦なく小さな人間へ振り下ろした。

 譲刃は表情を強張らせて、すかさず納めたままの刀で受けて直撃は避ける。

 

「くっ」

 

 それでも無視できないダメージが刻まれた。刀を通してバラバラになりそうな衝撃が全身を痛め付ける。回避に支障が出るレベルのダメージに肉と骨が悲鳴をあげていた。

 譲刃は悟る。

 最早、"鬼"の攻撃から逃げるのは難しい、と……。

 

「ここまでね」

 

 明らかに譲刃の表情が悔しそうに歪む。

 "鬼"を睨む。正直、相性もあるがソレを抜きにしても強敵だ。単純な膂力(りょりょく)だけで破壊を撒き散らす災害。その強さは一国すら転覆させるに足るだろう。

 そんな敵に(かせ)をしたままで勝とうなど慢心が過ぎたというものだ。

 

 ──アーシア・アルジェントの肉体と魂。

 

 何より、それを最優先にした。

 当然だ、譲刃は体を間借りしている不純物。そんな(やから)がアーシアを傷つけるなど外道が過ぎる。

 並大抵の敵なら無傷で勝てると踏んでいたがこのザマだ。正に恥の極みであり、自分を斬り付けてやりたい衝動が止まらない。

 そして更なる恥の上塗りを行おうとしている。

 目の前の"鬼"は絶対に殺さなければならない。放置などしたら冥界を厄災を陥れるのは明白であり、多くの死者を出す。そして真滅者"アルキゲネドール"が関与しているならば決して渚には会わせられない。

 過去の幻影が今を生き初めた者を侵すなどあってはならないのだ。

 

「アーシアさん、申し訳ありません。私はあなたを酷使します」

 

 心からの謝罪。

 返事を期待したわけではないが自身の奥から包み込むような声が届く。

 

 ──一緒にナギさんを助けましょう。

 

 呆れと共に微笑みが零れた。

 聖女とは、やはりアーシアにこそ相応しいと譲刃は思う。そんな彼女の言葉に決意する。

 今出せる全てを次の一撃に込める、と。

 譲刃は静かに(まぶた)を伏せた。

 これは黙祷。悪魔だった彼らは譲刃が首を跳ねる事で死んだ。人としての死に哀悼を捧げて冥福を祈ったのだ。

 そして、ここから先は命の終わりを経て"黄昏"の尖兵へ身を堕とした怪異を祓う千叉の生業(なりわい)

 

「生を逸脱し、"黄昏"に魅入られた残り身よ。我が刃にて払い清めたもう」

 

 目には目を、歯には歯を……。

 刃を否定する秩序を盾にするならば、その戯けた理をごと斬り捨てる秩序を用意しよう。

 

神とは力である(God is force)

 

 それは真域に根差す言の葉であり、(みずから)に捧げる祝詞。

 

ゆえに我が身を切り裂きながら悪を斬る(It doesn't matter if I die if it is to protect you)それが悪鬼の所業であろうと誓いを果たす(fight one evil with another)この世に絶対的な正義など在りはしない(Justice does not exist )。……ならば(that's why)

 

 譲刃の纏う霊氣が噴出して体を包む。

 全体的に炎を思わせる霊氣が形を帯びる。

 

私を魔を絶つ剣とする(I take the sword that cuts off the Demon)

 

 燃え盛る霊氣が半透明な羽衣のようなに変異し、譲刃の額から実体のない光る双角が伸びる。そして両肩の上には二つの深紅で巨大かつ分厚い装甲のような物体が顕現した。その姿は鬼そのもの。

 

真域接続(Connect)、──修羅絶刀(Demonーbane)

 

 戦鬼が如くとなった譲刃を(たた)える。もしくは忌避するように冥界が震えた。

 譲刃が両肩の上で浮遊する巨大な深紅の装甲に目配せすると目覚めるように展開する。

 鋼鉄がスライドし霊氣が噴出して形を造る。それは輝く瞳に反立つ一本角、そして鋭い(てのひら)。即ち鬼の顔を持つ巨大な手甲(うで)だ。

 

「久方ぶりだけど問題は無さそうね」

 

 鬼の顔を持つ鋭い手甲(うで)を軽く動かして動作を確認した譲刃は敵を見据えた。

 

「待たせたかな。さ、()ろうか?」

『ぐぅるるぅ……』

 

 譲刃と"鬼"の間で戦意と殺意が交差する。

 先に動いたのは"鬼"だ。変貌した譲刃へ雪崩(なだれ)のような速さで迫った。呑み込まれたら少女の身体など粉々に磨り潰されるだろう。

 しかし譲刃は動かずに平然と立ち尽くしたままである。

 "鬼"が譲刃に爪を立てようと腕を伸ばす。

 

「はてさて今の私は見た目通り鬼強(おにつよ)だよ?」

 

 目前に迫った"鬼"の爪を深紅の手甲(うで)が掴み取る。浮遊しているとは思えない力強さの譲刃の手甲(うで)、それを巧みに操って"鬼"をぶん投げる。地面を破砕しながら倒れる"鬼"の隙を逃さず譲刃は左の手甲(うで)の五指を開く。

 すると次元が裂けて鞘に納められた大太刀が現れる。巨大な手甲(うで)が大太刀を取ると譲刃は腰を落として構えを取った。

 

「刻流閃裂 霊式……」

 

 譲刃の姿が幻のように消え失せ、研ぎ澄まされた疾風が吹き荒れた。

 それは縮地とも呼ばれる神速歩法と無駄のない動きによるモノだ。手甲(うで)の握る大太刀が解き放たれ"鬼"を容赦なく斬りつける。

 譲刃が再び現れたのは"鬼"を越えた先だった。

 

「──彼岸花(ひがんばな)閻魔殲辿乱叉慙迦(えんませんてん みだれさざんか)

 

 大太刀から繰り出された(わざ)は初擊の首断ちに比べれば掠り傷ひとつ負わせていない。与えたダメージなど小突かれた程度あり、命には全く届かないレベルだ。生命を逸脱した"鬼"は、せせら笑うような呻きを口からこぼした。

 そんな中で譲刃は大太刀を鞘に納めるや静かな動作で自身の右手を横に伸ばして中指と親指を合わせる。

 

「罪花は塵逝(ちりゆ)くが(さだ)めにて」

 

 パチンッ。

 小気味よい指鳴らしを合図に"鬼"の肉体が千切れ飛ぶ。吹き出す鮮血は乱れ咲く彼岸花を描き、例外なく命を散らしていく。再生を始める筈の身体は沈黙して"鬼"は死んだ。

 

「果たし合いに於いて斬られた者が骸となるは必定。剣の理に矛盾する世界など(とき)(なが)れの如く(せん)にて()く」

 

 譲刃が斬ったのは寿命。

 (きた)るべき遥かな天命を呼ぶ剣閃は鬼の王たる閻魔の所業である。

 霊氣で作られた羽衣と角が霧散すると巨大な鬼の手甲(うで)も消失した。ジャスト一分、それが今の限界だった。

 戦鬼から人に戻る。肩で息をする譲刃だったが刀をいつでも抜けるように構えた。

 

『──クスクス』

 

 "鬼"の死骸から聞こえる笑い声に譲刃を言葉を放つ。

 

「失せなさい、アルキゲネドール。この世界に"黄昏"は来ないわ」

 

 返事はない、ただ声は聞こえなくなった。完全に消滅したのを確認した譲刃はゆらゆらと地面に座り込む。身体が小刻みに揺れて頭がクラクラしている。肩で息をしながら汗で濡れた額に手を置く。

 譲刃は顔を苦痛に染めて苦笑する。

 予想よりもだいぶ強かった。

 まさかこんな場所で切り札である"霊式"を使うハメになるとは思いもしなかった。

 

「でも余所(よそ)様のところ(身体)で使うもんじゃないね、霊式は……」

 

 アーシアの肉体が悲鳴をあげていた。霊氣で保護していたは言え、筋繊維や骨、脳や魔力回路までダメージが来ている。

 

「バアルに"黄昏"の力を利用している人がいるのは確かめるまでもないか。これは調査しないと不味いかなぁ。……ここまで来て、亡霊みたいに因縁が付きまとうのは勘弁してほしいよね、ナギくん」

 

 立ち上がって渚の方へ歩き出すが霊氣が体の内から沸き上がる。それは譲刃の魂から出る"蒼"であり、非力なアーシアの体を勝手に作り替えようとする変性行為だ。

 かつて渚がコカビエルとの戦いで行った肉体の超強化が行使されようとしている。

 

「……く、大人しくしなさい!」

 

 本来なら身を任すべきだが譲刃は必死に抑えた。

 強化とは聞こえは良いが"蒼"が行っているのは"変性"だ。つまりアーシアの肉体を譲刃の肉体へ作り替えようとしているに他ならない。

 そうなったら間違いなく譲刃とアーシアの立場が入れ替わる。アーシアは永遠に譲刃の中に閉じ込められて表に出てこれない場合もある。

 懸念が現実になった。これこそ譲刃が全力を出せなかった理由だ。"修羅絶刀"は"蒼"を行使する譲刃の切札。莫大な力に肉体が持たないと察した"蒼"は勝手な変性を行う。

 冗談じゃない、アーシアの体を乗っ取るなど愚の骨頂。そんなことをしてまで生き長られるなど馬鹿げている。"御神刀"へ手を掛ける。自らの魂を斬ればアーシアは助かるだろう。

 逆手に持ち、刃を振りかざす。

 瞬間、強烈な襲撃が胸を貫き、荒ぶる霊氣が砕け散るように消えた。

 

「──っ」

 

 刀はまだ突き入れてない。それに衝撃を受けた筈の胸にも外傷はなかった。

 

「切腹を生で見られるチャンスですが次の機会に取っておきましょう」

「……ステアちゃん」

「"蒼"からの変性は今ので止めました。わざわざ貴女がいなくなる必要はありませんよ」

 

 銃を納めると譲刃に歩み寄るアリステア。

 そして何も言わずに譲刃の口へ丸い何かを押し込む。

 

「んっ!?」

エリクシル(回復薬)です」

「こほこほ。無理矢理だなぁ」

「その体で"修羅絶刀"を使う人に言われたくありません。アーシアを殺す気ですか?」

「うっ、返す言葉もない」

「どうせアーシアも()き付けたんでしょう。でなければあり得ない」

「ありがとう。ステアちゃんが居なかったら危なかった」

「構いませんよ。どうやら今回は二人揃って"大当たり"だったようですしね」

 

 楽な敵を任せたと思ったら厄介な敵を押し付けてしまった。ギャザリングという術式で譲刃をここへ回したのは他でもないアリステア自身だ。責任の一株でも感じているのか、無謀な行為を行った譲刃を責めるような事はしなかった。

 

「回復が利き始めるには少し時間がありますが、ナギの元へ向かいますよ」

「ん、委細承知」

 

 譲刃が差し出されたアリステアの手を取るとそのまま肩を貸す形で歩き始めた。そこでアリステアの霊氣が思いの外、少ないことに気づく。

 

「ステアちゃんも結構消耗してるでしょ?」

「えぇ。悪魔も中々やるものです」

「そうだね、私たちは以前の私たちじゃない、慢心な己を滅ぼす。今日は良い教訓になったわ」

 

 心底、そう思いながら新たな戦場を目指す譲刃なのであった。

 




 

 譲刃の修羅絶刀のモデルは某ソシャゲの雷の律者です。名前は憎悪の空から来る魔を断つ剣から拝借しました。
 アレ、カッコいいよね?
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