ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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禁忌の霊薬《 Medicine which was forbidden》

 

 渚は"(けもの)"の爪を繰り出してガイナンゼの拳に乗ったバアルの"滅び"を受け止める。互いの力は反発し衝撃波を撒き散らす。

 

「簡単にはいかないか……」

 

 渚はガイナンゼの力に驚嘆しつつ攻勢に出た。一歩も退かないゼロ距離での殴り合いが展開される。拳に伝わるのは障壁を砕く感覚と肉と骨を潰す手触りで、なんとも不快極まるものであった。

 

「くくく。楽しいなぁ、蒼井 渚ぁ!?」

「どこがッ!!」

 

 殴り、殴られる。

 そんな両者の浮かべる表情は対極にある。ガイナンゼは存分に振るえる暴力の歓喜に(つづ)られ渚は心底遺憾(いかん)だと言わんばかりに顔を歪めていた。

 

「喜べ。私の力をこれだけ受けて滅びなかったのはお前が二人目だ!」

「会話する気ないなら黙ってろッ。すぐに()してやるから!」

 

 渚が腕を薙げば追従するように暗闇色の爪や牙が現れ、ガイナンゼが魔力を駆使すれば"滅び"の風が吹き荒ぶ。

 人外同士の衝突が大気と大地を激しく揺らす。両者とも揃って最上級悪魔クラスの実力を発揮しているのだ。こうなるのは必然とも言えるだろう。

 

「チッ、"(けもの)"の(あつか)いが難しいな。"蒼"とはまるで違うってか」

 

 渚は激烈な魔力を浴びて傷付きながらもぼやく。

 "蒼"で防御して"(けもの)"で攻撃する戦術。

 予想はしていたが"獸"は"洸剣(こうけん)"や"魔拳(まけん)"と大きく違う。今まで世話になった武器たちは体の延長線にあるように扱えるが"獸"は生物としての意志がある。端的(たんてき)に言えば息を合わせる必要があるのだ。

 今の渚の戦い方は戦士(ウォーリアー)というより獣使い(テイマー)に近く、初めての感覚に振り回され気味で制御に難ありだった。しかし(さいわ)いな事に、この闇色の"(けもの)"は"彼女"を大元しているらしい。甲斐甲斐(かいがい)しく渚の動きに合わせてくれる。

 それもあり徐々にであるものの、二人三脚の戦いもサマになってきた。

 

「次は……こうだ!」

 

 試行錯誤(しこうさくご)をしながらガイナンゼ・バアルへ突撃するが渚の拳は簡単に止められた。

 (いか)つい片眼野郎がニヤリと頬を釣り上げる。強者の余裕というヤツか、とにかく腹立たしい笑みだ。

 

「どうした、先よりも力の圧が弱いぞ。ひよったか?」

 

 ガイナンゼから反撃の蹴りを受けるが"蒼"で強化した腕で防御する。踏ん張りを効かせた渚の脚がザザザッと後ろへ流される。渚は苦痛を我慢しながら不適に指を差す。

 

「いんや、本命は()()だよ」

 

 ガイナンゼの背後で地面が盛り上がり昏い炎が噴出する。出てきた龍にも似た"獸"の顎だ。

 闇色の炎はギチギチと引き千切るような音を立てて口を開くや背中から噛み付く。肩から腹部にかけて上半身の殆どを飲み込まれたガイナンゼだったが腕力で牙をこじ開ける。

 

「ぬぅうん……ッ!! 小癪だな、渚ぁ!」

「なんとでも言えや!」

 

 したり顔で霊氣を収束させてガイナンゼを打ち据える。両手が使えないガイナンゼはガードすら出来ずに攻撃をマトモに受けて手を放す。再び噛み付いた牙はガイナンゼを容赦なく地面に押し倒し、全てを喰らい尽くさんとばかりに蠢く。それは空腹の肉食獣が脇目も振らず血肉を(むさぼ)るような光景だ。なんとも(おぞ)ましい。

 

「ぐぉおおおおッ!!」

「ほら笑えよ、楽しいんだろ?」

 

 そう言ってやると渚は後方へ跳びながら(てのひら)を上向きにして差し出す。

 

「闇に喰われろ。……なんてな」

 

 広げていた指をギュッと握り締めた。

 渚の霊氣に呼応した"(けもの)"がガイナンゼへ食らい付いたまま熱を()びたように泡立つ。瞬間、その実態のない体が炸裂した。昏い炎と噴煙が周囲に破壊を撒き散らし、渚は爆風で木の葉みたいに打ち上げられる。

 我ながらアホみたいな火力だと辟易しながらなんとか着地に成功。

 

「ふぅ~」

 

 疲労を吐き出すように大きく呼吸する。

 肺から全身に酷い痛みが広がった。

 一歩も退かない殴り合いをしたのだから当然の代償だ。くの字に降り曲がった体を支えるように両膝へ手を置いて立つ。痛みに耐えながら首だけを上げて"獸"が作った凄惨な破壊跡を眺めた。

 流石に無事じゃないだろう。これで消し炭になっていれば終わる。

 しばらくして舞い上がった煙のなかで立つ人影が見えた。……どうやらまだ続くようだ。

 渚が口の中に溜まった血をプッと吐き出してガイナンゼへ向かって歩き出す。

 

「一応、聞いとく。まだ()るつもりか?」

 

 渚はガイナンゼの状態を見て問い掛けた。立ってこそいるが戦闘が出来る状態じゃない。渚同様の全身打撲、鋭い牙による深い咬傷(こうしょう)、爆発による火傷、内臓だって無事か分からない姿だ。

 しかしガイナンゼは片方しかない目で渚を見ると不気味に口許を釣り上げた。

 

「当然、()るとも……」

 

 息も絶え絶えな短い答えが返ってくる。

 気は進まないがトドメを刺すしかない。

 渚がガイナンゼへ歩み寄ると、その手に見たことのある注射器が握られているのに気づく。

 

「お前、ソレ……」

 

 渚が目を見開く。それはライザーが使った霊薬によく似ていたのだ。

 

「ほう、"禁忌の果実(フォビドンフルート)"を知っているようだな。どこかで使われたか? ん?」

「アンタには言いたくないね」

 

 知っている。ライザーを"不死鳥"に変えた恐るべき薬だ。あの注射器の中にある黄金色の液体を見るだけで嫌な気分になる。まるで神経が逆撫でされるような不快感が込み上げて来るのを止められない。……それは脳からではなく魂から来る嫌悪感だ。

 どうしてアレがこうも嫌いなのかは分からない。しかし蒼井 渚の全てが否定するのだ。

 ともせず、バアルがあの薬と関係があるとは驚きだった。渚は低い声でガイナンゼに問い掛ける。

 

「ソイツの出所はどこだ?」

他者(ひと)に教える気はない分際で問うとは傲慢だな」

「ソレの危険性は解ってるのか。使えばよく分からんモノになって正気を失うんだぞ?」

「くくく、正気を失う? とんだ笑い草だ、貴様は何も解っていないようだ」

 

 渚の忠告に対してガイナンゼは気にした様子もなく首筋に霊薬を打ち込む。

 

「ガイナンゼッ」

(わめ)くな。()せてやろう、この霊薬の真価をな」

 

 ガイナンゼの瞳が黄金色に染まるや"滅び"の魔力が溢れ出す。近づくだけで滅されてもおかしくない力に渚は表情を凍らせる。

 ガイナンゼ・バアルから感じていた膨大な魔力が消失した。代わりに研ぎ澄まされた霊氣を纏い始める。

 

「ふふ、ははは、はぁはははははは!!!!!!」

「おいおい、聞いてねぇぞ。なんで魔力が霊氣になりやがる?」

 

 これは予想外だ。

 かつてのライザーみたいに何らかの怪物に変異すると思っていたが変わったのは外見ではなく中身だった。

 

『不思議なことはない。魔力に限らず、この世界に存在する異能の起源は霊氣をルーツとしている。あの悪魔は超圧縮した魔力と"黄昏"の因子を混ぜ合わせて逆行生成を行い、霊氣を造り出した』

 

 渚の疑問にティスは冷静に答えた。

 

「霊氣が全てのルーツか。ティス、ガイナンゼの危険性は?」

『自軍戦力と比較しても油断は大敵、命取りになる』

 

 頬に冷や汗を流しながら渚は思わず笑ってしまう。

 ガイナンゼの外観に大きな変異はない。ただ巨大な霊氣が"滅び"と絡み合って信じられない重圧を放っている。中身がまるで別物なのだ。もはやアレを悪魔と言って良いかも疑問に感じてしまう。

 

「ククク、"禁忌の果実(フォビドンフルート)"は魂へ直接的に力を与える劇薬だ。通常であれば凶悪な外部刺激に耐えきれずに精神ごと人格が崩壊する。やがて急激に魂へ作用した力はひたすらに増殖して肉体の変容を引き起こす。恐らく貴様が戦ったのは、そういう不適合者であろう」

「聞くにアンタは違うみたいだな?」

「当然だ。この霊薬に適合した存在を()()()と呼ぶ。今の私は冥界の()()()に限りなく近い存在だ」

「超越者か、神すら葬る悪魔の中のイレギュラーに近いとか本当ならシャレになってないな」

 

 渚の知る限り、絶対戦ってはダメな相手だ。

 魔王を越えた魔神とも呼べる化物みたいな輩に与えられるのが超越者という称号である。そんな者らと同格なんて考えただけで眩暈を覚える。

 

「これが最終ラウンドにならんよう祈るぞ。──では抗えよ」

 

 仕掛けてくる!! 

 渚は全力で"蒼"で応戦しようと隙なく構えた……が次の瞬間、腹部から激痛が登ってきた。何が起こったかを目にすることは叶わなかった。空が幾分か近くなっている、どうやら宙へ舞い上がっていたようだ。少し遅れて喉の奥から鉄臭いものが競り上がって吐き出す。

 鈍痛に(さいな)まれながら頭の上に地面を見つけた。

 

「くっ、このまま落ちてたまるか……!!」

 

 頭からの落下は避けようと空中で体勢を立て直そうとするが脚を掴まれた。

 

「そう言うな、手伝ってやろう」

 

 ガイナンゼが渚を引き摺るようにして凄まじい速度で急降下すると地面に叩き付けた。

 あまりの衝撃に全身をバラバラにされたと思った。信じ難いパワーに防御障壁の上からですらダメージが伝わってくる。最早、巨大な魔物の腕力に匹敵する力だ。そこから何度も何度もハンマーみたいに叩き付けられる。大地が激震する度に蜘蛛の巣みたいな亀裂が拡がっていく。

 

「──がッ」

 

 視界が赤一色になった。

 ろくな受け身も取れない状態で頭から落とされたのだ。

 文字通り、頭が割れた。そのせいで大量の血液が流れ出て眼球を真っ赤に染める。

 それでもガイナンゼは止まらない。ひたすらに渚を大地へと打ち続けた。挽き肉にでもするつもりなのだろかと思考の隅で思いながら、流れ出る血と共に体が壊れていくのが分かる。視界が赤から黒へ落ちようとした瞬間にガイナンゼは言った。

 

「どうした、もう死ぬつもりか? まだまだ楽しませろ!!」

「──うらあぁあぁあああああ!!!!!」

 

 "獸"の爪を出してガイナンゼを斬りつける。障壁に邪魔されて小さな傷しか残せなかったが脚を掴んでいた手は緩む。渚は自由だった逆の脚でガイナンゼを蹴り飛ばして何とか脱出に成功した。

 ──世界が揺らぐ。

 頭を初めとした身体中からボタボタと落ちる赤色の液体が血溜まりとなって渚の影を隠す。

 出血の激しい頭に手をやれば、パックリと()けており頭蓋を通り越して触れてはダメな柔らかいモノに指が届く。

 

「クソッタレ。……これで死ぬなとか無理があるぞ」

 

 危機的状況に苦笑してしまう。

 "蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"が起動していなければ間違いなく立っていない。"蒼"の不思議パワーに生かされているのを感じながらも冷たい死が一歩ずつ迫るのも感じる。痛みと寒さで体が上手く動かせなかった。

 

『敵の攻撃力と異能力が急激に上昇。こちらの肉体も過度なダメージも確認。展開している"蒼"を治癒に回す事を推奨する』

「ダメだ、"蒼"は現状維持だ。少しでも出力を落としたら殺される……!」

 

 ガイナンゼが膨大な"滅び"を引き連れて渚を再び肉薄する。死にそうな体に鞭を打ちながら攻撃を捌き続ける渚だが"蒼"を使って強化した障壁が(ことごと)く滅ぼされる。その度に新しい障壁を用意して対抗するが一切気の抜けない防衛戦となってしまう。

 こんなギリギリな状態で"蒼"を回復に回せば推しきられるのは明白だ。

 どうすればいいのかを悩む渚の中で声が響く。

 

『防御が甘いでありんす! ナギサ様を殺す腹積もりですか、蒼獄の!!』

『これは相手の特殊能力による弊害、他意はない。そちらこそ攻撃が手緩い。黄昏が聞いて呆れ果てる』

『ワタクシの特異性を知って、その言い様。"叡智"の名が泣いていましょうや』

『……そちらこそ"暴力"と言うわりに大したことはない』

『生意気な。舌を引き千切ってやりんしょうか』

『沈黙を要求する。獣は黙って首輪に繋がれておくべき』

 

 中で二人が(やかま)しく揉めている。渚が注意しようとするもガイナンゼが嬉々として邪魔をしてきた。

 

「もっと、もっとだ。せっかく"禁忌の果実(フォビドンフルート)"まで使ってやったのだ。簡単には死ぬことは許さん。私が更なる高みへ到達する糧となれ!」

 

 ちくしょう、クソ五月蝿(うるさ)い。

 人が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのに中も外も騒がしくて考え事の邪魔をする。

 渚は半ばヤケクソ気味に声を張り上げた。

 

「いい加減にしやがれぇ!!」

 

 ガイナンゼの拳を頬のスレスレで受け流して自身の拳を振り抜く。

 俗に言うクロスカウンターである。その一撃は障壁を砕いてガイナンゼの脳を存分に揺らす。一歩、二歩とフラつき、やがて膝をついた。

 渚はこのチャンスを逃しはしない。伏せるガイナンゼの横っ面に霊氣でブーストした猛烈な蹴りをお見舞いする。

 

「が、はッ」

 

 流石に効いたようでガイナンゼの目の焦点は合っていない。やっと掴んだ千載一遇の瞬間に全てを賭けるため渚は二人に叫ぶ。

 

「行くぞ!」

『敵の行動パターンを算出する』

『噛み千切ってやりんす』

 

 "蒼"の拳が貫き、"獸"が噛み砕く。

 ガイナンゼの肉は弾けて骨は抉られた。右の手足は欠損し、左半身には大穴が空いている。

 あとはトドメを刺せば終わりだ。

 渚は必殺の一撃を繰り出すため霊氣を高めた。

 

「……ク、クククッ」

 

 死の間際、ガイナンゼは血塗れの肉体を小さく揺らして嗤っていた。

 なんだ、何かがおかしい。

 異様な雰囲気のガイナンゼから嫌な予感がする。渚は千載一遇のチャンスを前に脚を止めた。

 

「どうした? 折角(せっかく)の好機を無にする気か、渚?」

 

 わざとらしく手を広げて挑発するガイナンゼ。

 渚は警戒しつつ、動かずに黙っていると詰まらなさそうな顔をする。

 

「ふん、流石に掛からんか」

 

 片足だけにも関わらず、すんなりと立ち上がるガイナンゼ。その顔は不自然なほどに平然としたままだ。まるで痛みを感じていないような態度に渚は冷や汗を流す。

 

「どんな造りしてやがる……?」

「"覚醒者"の力を見せてやろう、今の私をな」

 

 ガイナンゼの片眼を隠していた眼帯がパサリと地面に落ちると塞がっていた瞼が開かれた。それは異質な輝きだった。黄金色に輝く片眼の瞳孔は縦長の爬虫類を思わせる。そして髪は逆立ち金色に染まる。

 

「……黄金の獣」

 

 渚は強い既知感に目を見開く。"獣"ではない人型のソレに使う言葉ではないのは分かっている。だがガイナンゼに対して渚はそう見えてならない。

 

『アレは"黄昏"の力。ナギサの使っている"獸"の大元』

「……黄昏」

 

 胸の奥から言い様のないザワつきが込み上げる。

 ガイナンゼの欠損した部位と胴体に空いた大穴が泡立ちながら再生していく。

 

「──これが"覚醒者"だ。加減はするな、でなくては直ぐに終わるぞ」

 

 渚は返事をする代わりに全力でガイナンゼへ突進した。

 これは予感と確信による行動だ。

 もしも先手を許せば負ける。傷だらけにも関わらず身体の状態を無視した一撃を放つ。

 加減など考えない"蒼"をガイナンゼの顔面に叩き込む。

 

「ぬるいなぁ?」

 

 ニヤァと嗤うガイナンゼ。

 まさか効いてないのか? 

 驚きながらも距離を取る。今出せる全霊を受け止められた。

 

『敵個体の霊氣反応、増大。──戦力対比、凡そ我らの400%。撤退推奨』

 

 ウソだろ、4倍近くも戦力が違うッ!? 

 渚は身震いした。"蒼"を起動した自分はバアルの軍勢すら容易く葬られる力を持つ。だからこそ"蒼"を超える力を秘めたガイナンゼの恐ろしさは良く理解できる。つまりは──勝てるビジョンが見出(みい)だせない。

 

『敵、接近』

「考える時間もナシか!」

「何を呆然としているッ!!」

 

 ガイナンゼの攻撃をガードするが吹き飛ばされた。まるで防御など意味をなさずにダメージを受ける。

 あまりにも衝撃的な一撃に受け身すら取れずに石ころように地面を転げ回った。

 

「チッ!」

 

 左手が有らぬ方へ折れ曲がっていた。

 叫ばなかったのは"蒼"が既に治癒を始めていたからだ。相も変わらず妙な力だ。強力な力と思えば、武器も造り出して傷も癒す。便利だが()()()()()

 

「いや、今はそんなことはいい」

 

 渚は焦燥に追い立てられる。これまで数いる強敵に勝てたのは力の総量で上回っていたからだ。今の渚は経験というハンデを有り余る霊氣で補って戦い抜いてきた。

 しかし今回はそうはいかない。

 

「こりゃ死地ってヤツかな」

 

 全く笑えないとは、この事だ。どうして自分はこうも分の悪い敵に当たるのだろうか。何かに呪われてしまっていると言われても否定できない。

 

「愚痴ってもしょうがない。やるだけやってやるだけさ」

「そうだ、それこそが貴様の義務だ」

「独り言だ、アンタに言ったんじゃねぇよ。だいたい覚醒して髪型と色が変わるとか、どこぞの戦闘民族かよ」

「まだ余裕があるようだな、私は嬉しいぞ!」

「ねぇよ、そんなモンはなぁ!!」

 

 勝ちは見えない。けれど負けてやる義理もないのだ。

 渚は嬉々として迫り来るガイナンゼを迎え撃った。

 

「「うぅおおおおおおおぉぉぉ!!!!!!」」

 

 互いの拳が重なる。

 渚の"蒼"とガイナンゼの"黄昏"を帯びた"滅び"が互いを喰らい合う。拮抗は一瞬、すぐに"滅び"が"蒼"を圧倒した。

 霊氣の力を帯びた"滅び"が濁流のように押し寄せる。防御壁は簡単に崩壊した。今のガイナンゼの"滅び"を直接受ければ如何に"蒼"で強化されていようと只ではすまない。

 渚は回避できないと悟り、自身を巡る"蒼"の霊氣をわざと暴発させて自らの周囲を消し飛ばす。

 天を突く光と爆砕が轟く。

 

「うらぁッ!」

 

 爆煙を目眩ましに奇襲を仕掛ける。

 しかし、そんな浅はかな考えなど当然のように読まれていた。

 

「隠すなら最も上手くするのだなぁ!」

「かはッ!!!!」

 

 ガイナンゼが黒煙を払い除けて渚の腹を殴り付けた。肺の中にあった酸素を根こそぎ奪われた()()、息をする間もなく首を鷲掴みにされる。

 ミシミシと脛椎が圧迫されて呼吸を阻害する。窒息させるつもりかと思ったが違う。このままへし折る気だとすぐに分かる。苦しいなんてレベルじゃない、眼球や頭蓋骨が破裂しそうな怪力に渚は身体をばたつかせる。

 酸素が足りない。呼吸を封じられた渚は陸で溺れる。

 

「やはり(いき)が良い、ならばこういうのはどうだ?」

 

 ガイナンゼが嗜虐的な顔をすると首を掴む手から"滅び"を放つ。それは渚の首を徐々に削り千切るような仕打ちだった。

 

「──ッッ!!!!????」

 

 声なき悲鳴が木霊する。

 "蒼"によって頑丈になった体だけに即切断とはいかないが削られていく苦しみのせいで思考が痛みに支配される。叫びをあげる暇もない激痛に耐える。分かっていたが正面からでは歯が立たない。

 

「素晴らしいな、この力を受けてなお存在しているか」

 

 "滅び"の霊氣が渚の存在を否定するように身体を蝕む。弾けた肉も流れる血すらも滅ぼされて為す術もなく蹂躙される。なぜまだ首が付いてるのか渚自身も不思議なくらいだ。

 

「貴様が終わればシアウィンクス・ルシファーはどんな顔を見せてくれるのだろうな?」

 

 俺が死んだらシアがどう思う……だと? 

 渚は手放そうとした意識のなかでシアを想う。

 素っ気ない態度を取りながらも性根は優しい少女、魔王の血筋という理由で狙われた運のない少女、過去のトラウマから自己の犠牲を良しとするようになった哀れな少女、弱い自分を隠すため理想の魔王を演じ続ける強い少女。

 

 ──お願い、お願いします。助けて……あたしの全部をあげます。だから、だからどうか……。

 

 そんな少女が渚に助けを求めたのだ。それを承諾した以上は完遂する義務がある。

 シアウィンクス・ルシファーは身内の死に敏感だ。ここで渚がそうなれば彼女は罪悪感の刃で自らを傷付けるだろう。だからガイナンゼ・バアルに殺されてやる訳にはいかない。

 

「──そろそろ離せや、コラ」

 

 渚は奥歯を噛むと首を絞めていたガイナンゼの腕を取る。ミシリと骨が軋む感触が指に伝わる。

 

「ぬ!?」

 

 流石に危機感を感じたのかガイナンゼは渚を解放した。渚は酸素をめいいっぱい吸いながら瞑目する。

 煮え滾る怒りに"蒼"が呼応して霊氣がとめどなく溢れ出して生命力となり怪我や痛みをカバーしてくれる。完治とまではいかないが戦闘には支障はない程度に持ち直す。けれど勝つには全然足りていない。

 どうすれば良いのかなど考えるだけバカらしい。足りないのなら足せばいい、それだけだ。

 

「("蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"を出力を上げる……)」

『許可できない。現状のナギサでは25%以上は反動で予期せぬ事態が発生する可能性がある』

「(でも、やるんだ。やらなきゃ死ぬぞ。もう記憶はないけど前は100%で使ってたんだろ?)」

『しかし』

「いいからやれッ!!」

『ッ!?』

「(怒鳴って悪い、ティス。──けど、やらせてくれ)」

『…………分かった。出力を30%まで解放する』

 

 重い沈黙のあとティスは渋々といった様子で同意した。渚は寄り添ってくれたティスに内心で感謝しつつ、話を続けた。

 

「(解放したら"蒼"を"(けもの)"に喰わせろ)」

『──危険すぎる。"獸"がナギサにどんな影響が与えるか予想が出来ない』

「(やるんだ、ガイナンゼは今まで戦ってきたヤツらよりヤバい。ここで確実に倒す。……"獸"の"喰らい尽くす者(ヴォア・アエテルヌス)"は物質や霊質を問わずに取り込んで肥大化するならば"蒼"ほどのエネルギーをエサにしたら必ず攻撃性能でガイナンゼを上回る筈だ。──キミも出来るか?」

『勿論でありんす』

「(ティス、いいな?)」

『……承認する』

 

 ティスの承認を受けた瞬間、焼き尽くすような"蒼"が稲妻となって体を駆け巡る。

 血管が弾け、神経が千切れる。眼球も破裂して視界の半分が闇に染まった。だが使い物にならなくなった部分を"蒼"が治す。

 "蒼"が壊して"蒼"が造る。

 地獄の痛みが無限サイクルのように繰り返されるなかで脳内も掻き乱された。

 見たことも聞いたこともない大量の情報が記録となって次々と渚の自我を押し潰そうと流れてくる。

 

「……くッ、意外に、キツいな」

 

 意識も肉体も巨大な力の奔流に呑み込まれる。

 少し粋がったかな……と無意識に手を伸ばす。

 

『──やれやれダナ、アオイ 渚?』

 

 懸命に耐えていると誰かが自分を呼ぶ。ティスや"彼女"じゃないノイズが混じった不可思議な男の声だ。

 

「誰だ?」

『そんなコトはどうデモいい。今、肝心なノはテメェが相対してるモンのことだ。ガイナンゼとか言っタな。野郎は少し踏み込み過ぎダ。胸糞悪くなる顔が見エル』

 

 顔? 一体なにを……? 

 男がガイナンゼに舌打ちをしながら言う。

 

『"蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"の30%起動カ。コッカラは肉体ダケじゃなく精神にも影響が出る領域だ。テメェにもコッチの領域に入るンダ。嫌でも見ル羽目にナル。……精々、楽シメヨ』

 

 嘲笑うようで言い聞かせるような言葉の意味を問う事は出来ない。なぜならガイナンゼが目前に迫っていたからだ。

 

 ──()えている。

 

 渚はガイナンゼを"滅び"を片手で軽くいなした。

 不思議と焦りはない。先程まで熱く煮え滾った感情は何処までも冷めて冷静だった。自分という存在が世界に広がるのを感じてならない。大いなる意思に渚の意識は溶けていき、ティスや"彼女"と深く混ざり合う。

 万能感が渚を満たしていく。

 

「──よし」

 

 確かな手応えに渚は呟く。

 脅威的だったガイナンゼまで今なら手が届く。身体能力、五感、霊氣脛脈の全てがそう語る。

 今までよりも遥かに強い力の奔流が自身の中を駆け巡り、解き放たれる瞬間を待ち望んでいた。

 かつてない優越感を胸に自分でも気がつかぬまま口が動く。

 

「『『蒼獄の炉が満ちて黄昏の灯が照らす。祝福と災厄が今、汝が世界へ下る……』』」

 

 ──お前を倒す(守る)

 ──蒼の(いただき)にて全てを超越する。

 ──黄昏の時、来たれり。我が爪牙にて闇に誘いましょう。

 

 人と蒼と獸が宣言した。

 三つの意志が完全に一つとなり、目的遂行の為だけに力を解放する。

 

 

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