ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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アルキゲネドールの呼び声《Voice of the abyss》

 

 ガイナンゼは渚との戦いを(たの)しんでいた。

 優れた戦いのセンスと大王の血筋に相応しい魔力量。若輩にも関わらず、既に上級悪魔の位にいる彼は並みの悪魔なら歯牙にもかけない強さ持つ。

 しかし、そんな彼が初めて地面に膝を突いたのは記憶に新しい旧ルシファー領の首都での一戦だった。

 

 ──アルンフィル・ルキフグス。

 

 シアウィンクス・ルシファーに仕える筆頭悪魔の名だ。

 思い出すだけで忌々しい戦いだった。悪魔の頂きとはあのような者を言うのだろう。ガイナンゼが如何(いか)に恵まれた戦闘センスを持っていたとしてもアルンフィルは年季が違う。現四大魔王と共にかの大戦を生き抜いた強者はレベルが違ったのだ。

 レギーナより(たまわ)った"禁忌の果実(フォビドンフルート)"のお陰で痛み分けとなったが無ければ恐らく死んでいた。格の違いをまざまざと見せられたガイナンゼは自らの強さに自信があっただけに屈辱という苦渋を味合わされたのだ。

 だが同時に新たな発見もする。

 

 ──極天へ至るための"悦"を覚えたのだ。

 

 圧倒的な力で他者を踏みにじる快楽よりもギリギリの所で命を削り合う方が(かて)となる。ソレが更なる高みへ至らせると実感できる。

 そして"悦"を覚えて間もなく蒼井 渚という極上のエサが現れたのだ。これぞ運命と言わずなんと言えば良い。

 それが愉快で堪らなかった、()()()()()()

 

蒼獄の炉が満ちて黄昏の灯が照らす。祝福と災厄が今、汝が世界へ下る……

 

 それは先の渚とは一線を画す口調と台詞だった。

 呪われたように耳と脳を巡り、さざ波のように静かでありながら天雷のように響く言の葉。まるで神が人に語り掛けるような隔たり。

 嫌に残る渚の声にガイナンゼは僅かに顔を強張らせる。

 これまで余裕のなかった渚が凄絶に笑ったのだ。獣のように歯を剥き出しに唇を歪ませたソレが渚だと認識出来たのは目の前にいたからに他ならない。ガイナンゼは愚かしい行為と自覚しつつも改めて確証を得るためその顔を睨みつけた。

 

「……貴様」

 

 渚は蒼く染まった瞳が返ってくる。

 ゾクリ、と背筋が凍る。

 こうして視線を交わしただけなのに頬から一滴の汗が流れる。焦燥しているような自身にガイナンゼは困惑する。渚へ向けていた歓喜は消えて、薄ら寒い感情に支配されると足が勝手に一歩退()く。

 

 あり得ん、何故退いた? 

 

 自身と渚の戦いの天秤は既に傾きつつある。"禁忌の果実(フォビドンフルート)"に適応したガイナンゼの前に、渚は(エサ)としての役目を終えようとしていた。そう、ガイナンゼの暴威は渚の"蒼"を上回っているのである。今さら何を恐れる必要があるというのか!! 

 

「今の今にも死にそうな者がなんの小細工を(ろう)したッ!」

 

 大量に血を流す渚を怒鳴(どな)りつける。

 骨を砕いて臓物も潰した。

 そんな死に体へ一時でも恐怖を覚えるなどプライドが許さない。ガイナンゼは霊氣を(たかぶ)らせて渚を打ちのめす。猛攻ともいえる乱撃により、肉が裂けて血が舞う。

 

「ど、どういう事だ!?」

 

 ガイナンゼが狼狽える。裂けたのは渚を殴打していた彼の両拳だ。血に染まった自らの拳に一瞬だけ気を取られるが斧のような蹴りで薙ぎ払う。

 大木すら容易くへし折る蹴りは強烈な打撃音を響かせて渚の横腹に直撃した。

 そう、確かに直撃したのだ。本来なら上半身と下半身が別たれて千切れ跳んでいる。……しかし渚は微動たりともせず立っていた。

 

「貴様は……なんだ?」

 

 口から出たのはそんな台詞だった。

 最早、確信に変わる。ガイナンゼの目に映る渚は()()だけであり、中身は恐らく違う"ナニカ"になっている。

 渚の瞳がガイナンゼへ向けられた。瞬間、今までとは比較にならない量の霊氣を纏い始める。燃え盛るような蒼いオーラは苛烈でありながら荘厳の一言だ。

 

……我が身を喰らいて我が力と()せ、"黄 獄 獸 鵺(クレプスクルム・アウルムレオス)"

 

 渚の背後、虚空より闇色の牙が現れた。

 アレに襲わせるつもりか……。

 ガイナンゼは構えを取る。しかし闇色の牙は渚の方を丸飲みにした。

 グチャグチャと肉が潰される音が響く。余りの意味不明さに言葉を失う。自害を選んだかと思ったが直ぐ間違いだと気づく。

 "獸"が収縮して食い破るように渚が現れたからだ。

 

 ──外見が変わっている。

 

 髪は腰まで伸びて、皮膚は死人のように白く、手足も細くなっている。ボロきれにも見える黒いローブを身に付けた姿は一見して少女であった。

 

……不味いな

 

 変貌を終えた渚が狂ったように霊氣を撒き散らす。

 神々しかった蒼いオーラは禍々しい闇色となり、ニタリと口を歪ませた。ガイナンゼの背筋に悪寒が走る。

 

殺戮したくて堪らねぇ

 

 渚が(わら)う。その口元に悪鬼のような邪悪な笑みを浮かべながら手を(かざ)して黒い闇を放つ。その凄まじい漆黒の波動はガイナンゼを容赦なく闇の中へ誘うのだった。

 

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 

殺戮したくて堪らねぇ

 

 大切な何かが壊れて行くのを感じる。同時に笑いが止まらない。沸き出る衝動はひたすらに渚の信条に反するものばかりだ。

 

 ──殺セ。滅ボセ。根絶ヤシニシロ。破壊シテマエ。

 

 物騒極まりないドス黒い感情が津波のように押し寄せてくる。しかもそれは渚の精神を悦楽の海と(いざな)う。内なる声が牙を鳴らしながら叫ぶ。

 目の前の敵を喰い千切れ、と。

 

 なんだ、コレ……。

 

 苛烈とも言える殺意が無尽蔵に沸き上がり、自我を汚染していくのが分かる。

 少しでも気を抜いたら流されてしまう。負の濁流とも言える快楽の中で自分という個を繋ぎ止めるため意識を強く保つ。

 

『──クスクス』

 

 笑い声? 

 少女の笑い声だ。嘲笑の中に愛しさを含めた(いびつ)な声。知らない筈なのに聞き慣れた声。不可解な矛盾を抱きつつ声の方へ瞳を向けた。

 そこにいたのはガイナンゼ・バアルともう一つ……。

 ガイナンゼに重なるようにして少女の姿が見えたのだ。半透明で今にも消えそうな幻影めいた少女は、黄金の長い髪と瞳を携えて魅力的な微笑で渚を見返す。

 

「(女……?)」

 

 ──ズキリッ。

 

 急に頭と心臓が刺すような痛みに襲われた。ズキズキと不愉快な鈍痛が続く。

 黄金の少女に何かされたんじゃない。自らの記憶と魂が悲鳴をあげているのだ。

 アレがなんのなのか、全く分からない。記憶にノイズが掛かって何も情報が得られなかった。

 役に立たない脳の代わりに心臓の奥、魂よりも更に奥、全ての果てにある"門"から流れる"知識"と渚自身の奥に眠る"本能"が答えを示す。

 

 ──アレなるは真滅者"アルキゲネドール"……と。

 

 それがガイナンゼに巣食う怪物の名。『禁忌の果実(フォビドンフルート)』の原料となったモノ。そんなこと知らないはずなのに間違いなく正しいと分かってしまう。だが今はそんな事はどうでもよかった。

 あの黄金の少女を破壊したくて堪らない。

 

『──クスクス』

 

 黄金少女が妖艶に笑う。

 

 ──あぁなんと美しいものか、この世の者とは思えない神の芸術を目の当たりにしているようだ。

 魅了されたように渚の理性と自我が一色の感情に支配される。ただ、その胸を焦がすのは愛や恋慕などとは程遠いモノ。渚の胸にある熱は煮え滾る怒りと憎悪だった。

 

 ──早く殺さねば……。

 

 怒り狂うか如く、渚が黒い霊氣の波動を撃つ。瞬く間に闇の中へ消えるガイナンゼ。

 

「蒼井 渚ぁ!!」

 

 渚の放った霊氣を咆哮を交えて消し飛ばすガイナンゼ。見るからに必死だ。だが彼と重なるように存在するアルキゲネドールは渚の殺意を心地良さそうに受け入れていた。黄金の幻影が抱き止めると言わんばかりに渚へ手を広げる。

 

何、笑っている?

 

 美しい姿の少女に対して渚は嫌悪感に支配される。

 正直、渚も何が起きているのか分かっていない。ガイナンゼに重なる少女を殺したい理由も理解の外にある。ただ底の無い殺意の源泉が自らの魂から流出したモノであるのは確かだった。他の何にでもなく、他の誰でもなく、蒼井 渚が殺さなければならない"大敵"があの黄金の少女だと魂が狂ったように叫ぶ。

 

「凄まじい、凄まじいな、こんな隠し玉があったと恐れ入ったぞ!!」

 

 こんな状況で喜びに震えるガイナンゼを渚は無視した。

 会話などする気はない。今はガイナンゼの中にいるヤツを殺したくて堪らないのだ。渚は淡々と三体の"獸"を闇より引き摺り出す。這い出たモノは空を飲む影となり、ガイナンゼへ迫った。

 城壁さながらの質量を持つ闇は"獸"の(かしら)と蛇の身体を持つなんとも身震いする怪物だ。アレらは軍勢すらも押し潰される闇の大河である。

 押し寄せる闇の濁流にガイナンゼは自らの力、"滅び"を纏う。逃げ場はない、防御も無駄、ならば挑むしかないと正面から大蛇の城壁の受け止める。()れど悲しいかな、質量と重量からくる圧倒的な差は埋まらず小さなガイナンゼは瞬く間に呑まれた。

 

「いいぞッ! いいぞッ!!」

 

 高笑いしながら闇を引き千切るガイナンゼを渚は静かに見下す。ガイナンゼの"黄昏"が大蛇を蹂躙した。流石に無傷とはいかないが、それでも未だ健在だ。

 

「その状態が貴様の全力というなら応えて貰おうかぁ!!」

 

 ガイナンゼが両手を上げて天を仰ぐと霊氣が収束して巨大な"滅び"の塊が生成される。

 ソレに黄金の少女が触れるや力の質と量が数段上がった。

 

「見ろ、貴様との戦いで更なる高みへ登ったぞ!」

道化が……

 

 悪態が自然と口からこぼれる。

 ガイナンゼはまるで気付いていないからだ。自らの力と思っているあの尋常じゃない力は所詮、借り物なのだ。アルキゲネドールにとってガイナンゼ・バアルなど遊びの道具以下の依代でしかない。

 それが分かっていない玩具が喜びに打ち震えている。

 

「くくく、ははははは! 力が溢れる、私はまだまだ強くなれるのだ! 渚ぁ、貴様を糧とし更なる上を目指すとしよう!!」

 

 余波だけで大地を裂き、空を轟かせた。絶大な力の顕現。戦略兵器にも分類される破壊は周囲を一片も残らず消し飛ばす威力が秘められている。

 だが、やることは変わらない。

 

いいぜ、後悔はさせない。大いに潰し合おうか

 

 渚が人差し指を上へ伸ばす。すると指先に3センチ程度の黒い球体が現れる。

 それを軽く押すように手首を捻るとフワフワと頼りない様子でガイナンゼへ跳んでいった。

 

「終わりだ、渚ぁ!!」

 

 彗星が如く暴威の嵐がガイナンゼより放たれた。触れば塵も残らない殲滅の理。"黄昏"を注ぎ込まれた"滅び"は既に摂理すら葬る域までに高められている。

 

"喰らい尽くす者(ヴォア・アエテルヌス)"

 

 渚の手を離れた矮小な黒い玉が震え出す。卵の殻が割れるように小さな亀裂が入ると黒い玉を中心に空間が歪む。

 それはガイナンゼの渾身の一撃を吸い込み、風船が膨らむように大きくなった。人間ひとり分ぐらいで成長は止まるが、今度は不気味に脈動を始める。

 あの小さな球は必滅を貪欲なまでに喰い尽くしたのだ。

 

「バカな、我が"滅び"を……!」

アルキゲネドール、お前という存在はオレが抹消する

 

 ガイナンゼの"滅び"を食らった球体の()が砕ける。(あらわ)るは金色の焔を思わせる猛々しい獸の頭だ。龍とも見紛うアギトが上下に開くと口内に鈍い光が収束する。

 膨大なエネルギーを発する光は間違いなくガイナンゼにとっての脅威となるだろう。だが今は別の所で驚愕する。

 

「なぜ貴様が()()を使えるッ」

 

 渚の"獸"が放とうとしているのはバアルの異能たる"滅び"。大王の血にのみ宿る至高の力が意図も容易く使われようとしている。しかも悪魔ですらない人間にだ。

 何がどうしたら、こうも巨大かつ強大な"滅び"を扱えるのだろうか。

 そんな疑問の答えにガイナンゼが辿り着くことは無かった。

 

……滅べ、アルキゲネドール

 

 それが誰なのか分からない。理性のない殺意だけが機能する渚は本能のまま名を口にしたに過ぎない。

 "獸"の口内の暗黒めいた光は肥大化し放たれた。暗黒が冥界の空を斬り裂きながらガイナンゼへ襲い掛かる。

 

「こんなものでぇッ!!!!!!」

 

 ガイナンゼは全てを()して(あらが)うも、余りにも力の隔たりが大き過ぎた。

 ガイナンゼという存在を食らうようにして渚の霊氣が更に肥大していく。

 

叫んだところで防げやしねぇよ。その"黄昏"に抱かれて消えろ

 

 この力を前には誰もが塵芥(ちりあくた)に等しい。

 何人たりとも触れられぬ暴虐の神域が自らの強さの証明。暴力こそがこの世で最も強い。巨大な敵を圧倒する力は何とも言えない快楽をもたらす。

 暗い喜びが心を染める。

 

今日、初めて殺し合いを楽しいと感じた。ガイナンゼ、どうやらオレもテメェと同類らしい

 

 あまりにも狂暴な獸の吐息(ブレス)は荒野に大きな爪痕を残しながらガイナンゼを彼方に吹き飛ばす。

 渚は闇を引き連れて"獸"の息吹により出来た巨大かつ長大な掘削跡を辿る。

 やがて敵だったものを見つけた。

 ガイナンゼは渚の"滅び"を受けてなお生きていた。いや生かされていたというのが正しいだろう。内包する"黄昏"──"禁忌の果実(フォビドンフルート)"が欠落した四肢や内臓を復元しようと蠢いていた。

 しかし上手くは行っておらず、放置すれば間違いなく死ぬだろう。

 

終わりだな

 

 倒れたガイナンゼの横に立つ黄金の少女(アルキゲネドール)は虫を見るようにガイナンゼを一瞥すると渚に信愛を乗せた笑顔を向けてくる。

 

『──また殺す?』

 

 初めてまともに声を聞く。それだけなのに渚は胸を締め付けられる。殺意よりも透明なのに、より深い衝動は哀愁に近いモノだった。急に到来した感覚に戸惑いながらも本能がままに言い返す。

 

お前が何かは知らん、だが消えるべきだと強く思う……

 

 アルキゲネドールはひたすらに(たの)しげだ。どんな最低な言葉だろうと渚が放ったものならば良しと言わんばかりだ。

 

『ふふふ、その狂ったような殺意が何かも解らず、ただ思い出の残骸に振り回されるなんて酷く滑稽です。でもいいよ、貴方になら食べられてあげる。──さぁおいで』

 

 可愛らしく微笑む幻影は渚の殺意を逆撫でする。

 渚の長い髪が揺れ、纏う黒いオーラが"獸の"頭を(かたど)り、ガイナンゼを前に大口を開ける。その鋭い牙が黄金の少女もといガイナンゼに触れようとした時だ。

 二つの神速が駆け抜けてくる。

 神速の風の一つは渚の側頭に銃身が当て、もう片方は首筋には刃を添えてきた。

 

「随分と変わり果てたものです」

「ホントね。ナギくん、私たちが分かる?」

 

 渚を止めたのはアリステアと譲刃だ。左右から武器を片手に渚の身体を拘束する。

 

ステアに譲刃か

「どうやらまだ私たちを認識可能なようですね」

「それは重畳(ちょうじょう)かな。……聞いて、ナギくん。キミは現状、精神に異常をきたしてるわ」

今のオレは確かに異常だな

 

 こんなにも人を殺したい状態が普通である筈がない。けれどやらなくてはならない。これは渚に課せられた義務であり当然の権利。理性ではなく本能が告げている。己が存在意義を証明せよ、と。

 渚らしくない軽薄な笑みに譲刃の表情が一瞬だけ曇るが意を決した様子で言葉を紡ぐ。

 

「ナギくんは二つの"源性"から流れ出た膨大な霊氣と同化して溶け合おうとしているの」

溶け合う? そんなことはない、オレはオレだ

「自覚がないのは自我境界線が薄くなっているからよ。今のナギくんは、蒼井 渚であり、ティスであり、獸の彼女なの。人の身で真域存在である"蒼 獄 界 炉(クァエルレース・ケントルム)"と"黄 獄 獸 鵺(クレプスクルム・アウルムレオス)"そのモノになっているわ。急激に"炉"の出力を上げたから天上の視点を得たんだね。人格と肉体に変質が起きたのもその影響だよ。……でも運が良かった」

 

 譲刃が刀を納めるとアリステアもそれに習って銃を仕舞う。『何が良かったのか?』という疑問の目を譲刃に向けた。声なき問いに答えたのはアリステアの方だ。

 

「ナギ、最悪なパターンとして蒼井 渚の自我が消え去る可能性もあったのです。"蒼"の無彩色の力と"黄昏"の破壊衝撃は自我こそありませんが意思はある。ソレに取って変わられたら機械あるいは獣のように破壊を撒き散らす怪物が出来上がっていたでしょう」

 

 傑作だ、今の自分は破壊の権化らしい。

 あらゆる知識が、溢れる力が、渚の心を塗り潰す。

 世界が(てのひら)にあるように小さく感じてならない。何もかもが些事に思えてくる。目の前にいる黄金の少女(アルキゲネドール)を除いてだが……。

 

それでもいいさ。今はソイツを殺せればなんだって良い

『アリステアさんや譲刃さんなんて気にしないで。私も貴方に殺されるなら構わない』

 

 魅惑的な黄金の少女に劣情が止まらない。それは殺意という名の衝動で、渚の顔を獰猛に染める。

 もう少しでコイツを目の前から消せる。邪魔をするなら例え誰であろうが……。

 ドス黒い感情が爆発する寸前に、ふわりっと暖かいものが体を包む。

 

「よしよし、ナギくんにそんな顔は似合わないかな」

 

 優しく譲刃に包容された渚は頭を撫でられる。

 遥か遠い過去に同じされた事がある気がした。

 脳裏に映像が映る。それは木漏れ日の下、長い髪をした女が渚の髪を撫でる記憶。

 

 ──あぁ。

 

 感慨深く確信した。顔は靄が掛かったかのように見えない、けれどこれは母親だ。頭ではなく心が理解した。その暖かさが負の感情を散らしていく。

 そして自分がどれだけ道を踏み外しそうとしたか気づいた。

 意識が覚醒して行く。渚が人間性を取り戻すのとは逆に超然とした"力"は遠ざかる。

 

『──下らない結果……』

 

 ガイナンゼの隣にいた黄金の少女が呟く。そして幻影のように消える。最後に見せた顔は全てを見下す果てない"無"の感情だった。アレがヤツの本性なのかもしれない。

 彼女が姿を隠したからか渚の殺意もまた急速に収縮していく。

 

オレは……俺は何を──?」

「良かった、戻ってきたんだね」

「頭がボヤけて変な感じがする。たださっきのはなんだ?」

「深く考えちゃダメ。さっきのはキミではないんだよ」

「いや、確かにアレは俺だった」

 

 確かな憎悪、明らかな怒り。

 あれは渚の底にあったものだ、完全に無関係じゃない。

 しかし譲刃は首を振る。

 

「……だとしても今は忘れて」

「アレをか、無茶言うな。……譲刃、"アルキゲネドール"ってなんだ?」

「……ナギくんも会ったんだ」

「顔も姿も覚えがない、ただ見た瞬間に漠然とした確信があった。あの()と俺の間には何かがある」

「よりによってあの姿で見たんだね。彼女はキミの宿命だった存在よ」

「譲刃……!」

 

 珍しく語気を荒げるアリステアに譲刃は静かに首を振る。

 

「ステアちゃん、ナギくんは知りたがってる。だから言おう」

「今のナギには必要ない事です」

「そうだね。けど教えるべきだと私は思うんだ。ステアちゃんも分かってるでしょう? "黄昏"の災禍はまだ終わってない。そして"蒼"の担い手であるナギくんは必ずこの戦いの中心になる。……だから、ね?」

 

 アリステアは少し考える素振りを見せるが諦めたようにヒラヒラと手を振る。

 

「……分かりました。ここまで"黄昏"が世界に蔓延(はびこ)っている以上は仕方ありません」

 

 あのアリステアが譲刃の言う事はすんなりと受け入れる。唯我独尊を行くアリステアの意見を曲げる譲刃は相当に信頼されているのが渚にも分かる。どういった関係性なのだろうか。

 

「ナギくん、"アルキゲネドール"には色々な名前がある。"黄昏"、"黄金"、"獣"、"破滅"、そして"神"、沢山有りすぎて数えるのも馬鹿馬鹿しいかな。そのアルキゲネドールだけど一度、キミの手で倒されている」

「俺が?」

「"蒼"と"黄昏"は対存在。創造と破滅、理性と本能、あらゆる意味で対極になる。創造の"蒼"を司るピスティス・ソフィアはナギくんを器に選び、破滅を司るアルキゲネドールはキミが見た少女を模した。キミたちは幾度も戦い、果てに"黄昏"は倒されたけどナギくんも多くを無くした。記憶もその一つになるかな」

「そうだったのか……」

「ステアちゃんが(かたく)なに昔話しをしないのは、その戦いが余りに凄惨だったからナギくんに良い影響を与えないと悟ったからよ。だからあまり悪く思わないでね」

「知ったところで意味がないと感じたから言わなかっただけです」

 

 ぶっきらぼうなアリステアに譲刃は小さく笑う。

 

「さてこの話はおしまい。ナギくんはわたしが見てるからステアちゃんは彼の修復をお願いね」

 

 譲刃がガイナンゼを指差す。

 治療ではなく修復。つまりガイナンゼの体の損傷はソレほどまでに酷い有り様なのだ。我ながらやり過ぎだと思う渚だったがあれくらいしなければ勝てなかったのも事実だ。

 アリステアがガイナンゼを一瞥(いちべつ)して嫌そうな顔をする。

 

「そこに転がっている木っ端悪魔が死のうが心底どうでも良い事です」

 

 本心からアリステアを言っている。動く気の無いアリステアに譲刃は人差し指を立てて「駄目だよ」と前置きしてから言葉を重ねた。

 

「ガイナンゼくんが死んだらバアルに宣戦布告するようなもの。ナギくんの将来を考えたら生きててもらう方がいいわ」

「ここまで争った以上、どちらでも変わらないと思いますが?」

「これはあくまで旧ルシファーとバアルの争いよ。ナギくんはシアウィンクス・ルシファーに()()()()()()()ガイナンゼ・バアルを退けた。仕方なく駒として戦い抜いた……と言う具合に脚色すればリアスさんもナギくんを庇える口実になる。……ステアちゃんも分かってて言ってるでしょ?」

「"将"であるだけで死罪に処されるのは戦争の常です。そんな半端な言い訳が利く相手なら旧ルシファー領もこんな有り様にはなっていないでしょう。邪魔ならばバアルだろうが(なん)だろうが叩き潰せばいい」

 

 アリステアの過激な発言に譲刃は小さく頭を揺らした。

 

「ステアちゃんは頭脳明晰なのに、なんで力で解決しようとするのかなぁ」

「正面から殴って黙らせる方法が一番有効だからですよ。手を出したら終わりと相手に思わせれば抑止にもなります。小細工を(ろう)するより、その方が楽でしょう?」

「またまたぁ~。正直に言っても良いんだよ?」

「何がです?」

「大好きな()()がやられてキレてますってね」

 

 兄様とはなんの事だ? 

 渚がアリステアに問い掛けようとするが氷極な目で『何か?』と睨みを効かせてきた。無言で頭を左右に動かして追及をやめる。純粋におっかない、聞かなかったことにしよう。

 そんな渚にアリステアは小さく息を吐く。

 

「戯れ言です。……ガイナンゼ・バアルを修繕します」

 

 顔を背けるアリステア。その背中を可愛いものを見るように優しく微笑む譲刃。

 

「素直じゃないね」

 

 それだけ言って譲刃が渚へ顔を向ける。

 

「それにしても、そんなに髪なんか伸ばして女の子かと思ったわ」

「は? 女の子って……うわ、手が細いっ!? 髪も長っ! 身体も少し縮んでねぇか?」

「ちなみに顔も変わってるよ」

 

 譲刃が何処からか鏡を出して見せた。

 ソコに写っていたのは渚のようにも見えなくもない美少女だった。

 

「きぇええええええええっっ!!!!!?????」

 

 美少女が決して上げてはいけない悲鳴を出しつつ、ムンクの叫びのような顔をする渚。

 そう美少女なのだ。渚をベースにしているがティスや獸の彼女が融合して影響を受けた身体は女よりに変化している。彼女たちはどちらも人間離れした美貌の持ち主だ、間違いなくソレらが強く影響している。

 

「な、なななな、なんだこれぇ? 俺-(ティス×獸の彼女)っつう意味の分からん方程式レベルで意味が分からんくらい美少女になってるぅ~!?」

「面白いよね。スッゴい美少女なのに絶妙にナギくんって分かるように変化してるのが芸術的かな」

「源性の影響を受けて肉体が変異する事は多々あります。ピスティス・ソフィアと例の分霊は女性型なのでしょう。そう変異してもおかしくはないかと」

 

 感心する譲刃と冷静に分析するアリステア。

 

「も、戻るよな?」

「ステアちゃん、どう?」

「少し()ます」

 

 ガイナンゼを修復しながらアリステアは渚に対して眼を凝らす。渚の中を"真眼(プロヴィデンス)"で見ているのだろう。

 

「やはり融合の影響ですね。恐らく二人はまだ渚と分かれ切っていない。暫くはその姿のままですが元には戻るでしょう」

「そか。良かったよ」

「ナギくん、さっきまでの状況は覚えてる?」

「あぁ、少しボンヤリしてるけど大体はな。妙な感覚だったよ。俺なのにオレじゃないような……」

 

 まるで夢を見ていたような曖昧さと現実である確信が混じったのような色々と入り交じった(なん)とも言えない感覚に渚は戸惑うも直ぐに気を持ち直した。

 例え美少女になってしまったとしても、結果的にガイナンゼを倒せたのだから良しとする。

 

「これでバアルとの戦いも終わりだな」

 

 頭を倒して軍勢も止めた。だからこれ以上の戦闘はないだろう。

 渚が万事解決と安堵するが急に足元に魔方陣が現れて身体全体を光が包む。それは渚だけを対象にしておりアリステアや譲刃には発生していない。

 光が強くなる度に見知った気配が強くなる。

 

「……ルフェイ?」

 

 それは渚を召喚した魔法使いの少女の術式。

 渚が作戦実行中なのは彼女も重々承知の筈だ。なのに呼び寄せようとしている。つまりイレギュラーな事態が起こったという事に他ならない。

 渚は嫌な予感が頭を過り、アリステアと譲刃に言う。

 

「ルフェイが呼んでる。多分、アッチでヤバイ事が起きた可能性がある」

「特定の人物だけに作用する転移陣だね。なら一緒には行けないか」

「あそこの中で転移は無理な筈ですが……。いや、これはナギの"魔拳"と"洸剣"を使った触媒魔術。繋がりを持つ本体を引っ張るだけなら不可能ではない。成る程、良い発想力と魔法の腕です」

 

 アリステアが解析するように魔方陣を注視していた。

 

「取り敢えず行ってくるよ」

「分かりました、では早急に私たちも後を追います」

 

 真剣な声音にアリステアは答えた。

 転移が為されようとした瞬間、棒状の物体が譲刃の方から飛んで来たのでキャッチする。

 それは彼女(ゆずりは)と同じ()を持つ御神刀だった。

 

()っていって」

「いいのか?」

「その御神刀は、わたし自身でもあるからナギくんが持っていれば迷わず追えるわ」

 

 GPSみたいな役割らしい。

 けれど使いなれた得物が手に有るのは頼もしくもある。有り難く使わせてもらおう。

 渚は軽く礼を言ってから転移に身を任せる。

 次の瞬間、渚は光の中に消えていった。

 

 ──戦いはまだ続く。

 

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