ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

79 / 86
黒き者《Dark Side》

 

 召喚に応じ、参上してみれば召喚術の主であるルフェイがシアウィンクスの手の中で血塗れ状態で倒れていた。

 考える前に体が動く。

 顔色が真っ青な二人の少女に素早く身を寄せた渚はルフェイの傷を()る。

 そして一瞬、息をするのも忘れた。

 ルフェイは肩口から胸まで綺麗かつ深々と斬り裂かれていて、ぱっくりと開いた胸部からは血に染まったアバラらしき骨が見え隠れし、呼吸する(たび)に肺から血液が押し出されていた。

 

「……あまり動かすな、シア。この出血は命に関わる」

「な、渚なの?」

「こんな時に何を言って……。いや、そうだった」

 

 自分のナリを思い出す。美少女もどきな今の姿では渚とは分からないだろう。

 

「見た目はこんなんだが正真正銘の蒼井 渚だよ。シア、どうしてルフェイが傷を負っている?」

「て、敵が来たの。それで戦ったけど、あたし、全然ダメで……」

 

渚は直ぐに周囲を観察すると白龍皇のヴァーリを発見する。他の二名は始めてみるが、アレらがシアの言う"敵"なのだろう。

悔しそうに拳を作るシアの手を優しく開いてやる。

 

「よく頑張ったな」

 

 カルクスやククルが動けない中、一人で戦い続けたのだろう。

 渚がルフェイの応急処置を進める。この手の知識はアリステアから学んでいる。その知恵と技術に感謝しながらもルフェイを看るが、かなり不味い状況だ。

 出血も問題だが、肋骨と肺が綺麗に裂かれて呼吸が出来てないのが相当にヤバい。出血死よりも先に呼吸困難で窒息死になる。

 

「(クソ! 普通の処置では間に合わない!!)」

 

 聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)やフェニックスの涙といった一級の回復手段があれば別だが生憎そんな都合のいい物は手元にない。

 

「(何か速急に治療できる手段は……ッ)」

 

 ふと渚は自分の体を振り返る。人とは思えない強靭さと生命力。それは"蒼"によって変成した事で得た。その血肉を他者に与えれば渚と同じ性質を習得させられるのではないのだろうか? 

 突拍子もない考えだが、その考えが正しいと漠然とした確信がある。自らの中にいるティスが肯定している気すらした。危険がないとは言えないが何もしなければルフェイは確実に死んでしまう。

 考えている暇はない。

 渚は手にある鞘から刀を抜いて、その刃を強く握り絞めてから引き抜く。(てのひら)に熱い痛みが広がる。そのままルフェイの口許に血を流すが飲み込んではくれなかった。

 

「(意識がないせいか)」

 

 一刻の猶予もないと渚は迷いを捨てる。自らの掌から出る血を口に含むとルフェイの中へ流し込んだ。

 血の味と匂いのする接吻は何処かで儀式めいていて蠱惑的だ。ルフェイの喉がゴクリと渚の血を飲み込む。その血を媒体に"蒼"を発動させてルフェイの生命力を活性化させるが小さな身体が激しく痙攣する。

 

「あっ……あぅ、ぐぁ、あぁ!」

 

 ガクガクと苦しむルフェイを渚は押さえ込む。

 シアウィンクスが心配そうに渚を見るが構わず意識をルフェイの中にある"蒼"に集中して彼女の肉体を殺させないため操作する。

 "蒼"は劇薬に等しい。下手するとルフェイの肉体を破壊してしまう。だからルフェイの全てを渚が支配する。

 魔力回路、血の巡り、臓器の動き、神経経路を乱さないように"蒼"をルフェイへ浸透させる。

 時間にして1分くらいだろうか。ルフェイは、やがて落ち着きを取り戻す。

 

「……よし」

 

 随分と危険な賭けをしたがなんとかなった。

 渚はルフェイを見下ろす。傷はふさがり掛けており、呼吸も落ち着いている。これなら大丈夫だろう。

 ルフェイの頭を優しく撫でた後に嬉しさで涙ぐんでいるシアウィンクスの肩へ手を置いてから立ち上がる。

 

「さてと」

 

 ルフェイの件が無事に片付いた。ならばと渚は動き出す。爆発のような轟音、渚は怒りを発散するように力を全解放して呆然と立ち尽くす眼鏡の青年──アーサーの首を掴む。仲間を傷つけられた以上、ただで帰すつもりはない。

 

「ルフェイを斬ったのはテメェだな?」

「くっ」

 

 青年が刃を振るう。

 怒れる渚は闇の炎を思わせる獣の牙を出現させて、振るわれた聖剣ごとアーサーを地面へ叩き落とす。

 この青年が強いのは一目で分かった。まとも戦えば苦戦するだろう。だから本気を出す前に潰す。

 獣の牙を禍々(まがまが)しい豪腕に変えて敵の頭を掴んで持ち上げる。

 

「ルフェイとシアの痛みを思い知れよ」

 

 憤怒を隠さず地面に打ち据える。猛攻は続き、アーサーを徹底的に叩きのめす。殴り、蹴り、ひたすら怒りのままにアーサーを痛め付ける。

 血だらけになったアーサーを見ても怒りは収まらない。ギチギチと闇の豪腕が拳を造る。

 襲ってみて理解できた。この男は強いが()()。悪魔や天使に比べれば肉体強度は脆弱だ。渚が本気で殴れば粉々になって砕け散る。

 

「──死ね」

 

 こんな痛みすら生温い。コイツはルフェイを殺し掛けたのだ、だから殺してしまおう。一点の曇りの無い殺意がそう判断させる。

 視界の隅で光る翼を持つ白いのが動く。(わずら)わしいので獸を呼び出して相手をさせておく。

 絶対に息の根を止めてやる。

 

「やめて、渚ッ!」

 

 シアウィンクスが渚に飛び付く。

 何故、邪魔をする? 

 困惑する渚にシアウィンクスは背中に抱き付きながら早口で言う。

 

「彼はアーサー・ペンドラゴン、ルフェイのお兄さんよ!」

「兄さん? コイツは兄貴なのに妹を殺そうとしたのか!!」

「きゃ!」

 

 火に油が注がれたように渚の怒りが膨れ上がる。

 怒りを通り越して憎悪すら覚える。

 シアウィンクスが背中から回された腕に力を入れた。

 

「ルフェイは彼の死を望んではいない!! 許してあげてと言ったくらいよ! あんたは彼女の想いを踏みにじるの!?」

 

 殺意が一瞬揺らぐ。それでも許せずにいるとアーサーと目が合う。その瞳に写すのは後悔と懺悔、そして諦観だった。

 

「なぜ抵抗しない?」

「……剣を握る手に力が入らないんです。こんなのは初めてですよ」

 

 傷だらけの顔のわりにハッキリとした物言いをするアーサー。戦う気があるなら手にある聖剣を構えている筈だ。

 

「妹を傷付けた罪悪からか?」

「……これが罪悪の念ですか。まさか妹一人にこうも掻き乱されるとは私も人間だったようだ」

「クソッ!」

 

 アッサリと答えるアーサーに渚は苛立ちながらも手を離す。戦る気のない自殺願望に付き合う義理もない。

 

「意外だな、殺すかと思ったよ」

「ヴァーリか」

 

 渚とアーサーの間に白い龍が立ちはだかる。獸は倒されたようだ。そこに驚きはない、ヴァーリは世界から恐れられる二天龍の片割れ"白龍皇"であり、魔王ルシファーの血を継ぐイレギュラーだ、突破されて然るべきである。ただアーサーを庇う素振りを見せたのには少し驚きだ。孤高かと思った最強の"白龍皇"にも仲間意識があるのは意外だ。

 

「キミとは何処かであったか?」

「こんな姿じゃ分からないか、蒼井 渚だ」

「……すごいな、女にもなれるのか」

「おい、そんな目で見るな」

 

 ヘンテコな物を見る視線を感じる。

 

「言いたいことはあるが、まぁいいさ。俺はキミが半殺しにした彼を連れて帰りたいんだが?」

「治す宛があるのか?」

「まぁそれなりの組織に属しているからね。死んでいなければ、どうとでもなる」

「いいだろう、見逃す。だが彼女(ルフェイ)も一緒に連れて行け」

「元々彼女を迎えるのが目的だから断る理由はない。……だが良いのかい?」

 

 ヴァーリが怪訝そうな声で聞いてくる。そんな渚の提案にシアウィンクスが目を見開く。

 

「渚、何を!?」

「シア、ルフェイは早く治療しないといけない」

「傷は治したッ!」

「塞いだだけだ。血と体力までは戻せなかった、このままだと衰弱して命に関わる」

「で、でも……」

「勿論、保険は掛ける」

 

 渚は自分の肩に刀を突き立てて一気に切り裂く。ボタリと片腕が地面に落ちた。

 

「渚!?」

「大丈夫だ」

 

 驚愕するシアウィンクスを残った腕で制する。

 切断面を闇が包み、出血を止めた。今の渚はティスと獸の彼女、その双方と混じり合った超存在だ。人であり、獸であり、神に等しい。腕の一本無くなった所で何も問題はない。

 

「幾らなんでも無茶のしすぎよ!」

 

 シアウィンクスの悲鳴に似た怒鳴り声を受け流しながら渚は切り落とした左腕に自身が持つ"獸"の因子を注ぐ。すると凄まじい圧力を放つ闇の狼が形成された。

 ヴァーリの口が弧に歪む。渚の人外めいた力を見て喜びが隠せない様子だ。複雑な心境だが今はそれでいい、力の一部を見せ付けることで更なる関心を引ければヴァーリを利用できる。

 

「その身が朽ちてもルフェイを守れ」

 

 渚が言うと左腕を媒介に誕生した2メートル程の闇狼はルフェイを丁寧に背に乗せた。

 あとはヴァーリにダメ押しをしておく。

 

「ヴァーリ、これは借りにする。ルフェイの命と引き換えに俺個人が出来うる限り、一度だけアンタの望みを聞く」

「──ッ! それは魅力的だ。その取引、慎んで受けよう」

 

 そのイイ笑顔から何を考えてるから大体分かる。

 本来なら戦闘狂であるヴァーリとそんな取引は真っ平ご免だ。ただそれでルフェイの命が助かるならヴァーリの勝負だって受けてやるさ。

 

「行ってくれ。俺は最後の一人と話をする」

「あの狼も担ごうか?」

「いらない。アイツはアンタの匂いを覚えた、何処までも付いていく」

「なら行くとしよう。アーサーも良いな?」

「願ってもない状況です。私よりもルフェイをお願いします」

「いい番犬が付いてるから問題ないさ」

 

 アーサーを連れてヴァーリが飛び立つと闇狼も疾風のように駆け出す。その姿は一瞬で見えなくなった。

 シアウィンクスが渚にしか聞こえないように呟く。

 

「行っちゃった」

「悪い、勝手に決めて」

「ううん、いいよ。ルフェイのお兄さんもいるし、一応ヴァーリは弟だし信用したい」

「ルフェイになんかあったらキッチリ殺すさ」

 

 渚が言い切るとシアウィンクスは渚の服を控え目に摘まむ。

 

「……渚、ちょっと変わった?」

「見た目は原型がほぼ無いな」

 

 冗談めかして言うがシアウィンクスの顔は不安に染まる。

 

「そうじゃなくて、その、殺すとかあんまり言わない人だと思ってたから」

「俺だって怒るし、感情のままに悪口ぐらい叩く……と思う」

 

 煮えきらない言葉は渚が自身の発言の物騒さに違和感を覚えたからだ。無抵抗のアーサーを嬲った事といい、かなり自分らしくない行動だ。

 ティスたちが指摘していた"獸の彼女"から来る影響とやらか。"獸"には怒りや殺意といった負の感情を増幅させる特性がある。しかも使っている間はそれが当然のように考えてしまう。さっきも危うくアーサーを殺してしまう所だった。明らかに戦意を喪失していた彼を容赦なく襲ったのだから全く厄介だ。

 

手綱(たづな)をしっかり握っとけってか」

「手綱?」

「こっちの話だ、気にすんな」

 

 疲れたようにため息を吐いた後、シアウィンクスを下がらせてレギーナへ振り返る。

 

「それでまだやるか?」

 

 漆黒のドレスのレギーナは顔をベールで隠しており表情は窺えない。渚は油断なく構えるとレギーナは優雅に歩き出す。しっかりとした足取りでドンドン距離を詰めてくる。右手にある抜き身の刀を突き出して無言の警告をするが気にした様子も見せず、遂に刃の切っ先から数センチの場所で足を止めた。不思議と敵意は感じない。

 

「腕、簡単に捨てるのですね」

「それだけの価値はある()なんでね」

「理解に苦しみます」

 

 刀を細い指が撫でる。峰をなぞり、そのまま渚の耳元にレギーナの顔が寄る。あまりにも殺意や敵意がなかった事もあり更なる接近を許してしまう。気づけば体同士が触れ合う程に二人は近づいていたのだ。

 流石に不味いと感じて刀を返す。だが遅い、後手に回った渚を嘲笑うようにレギーナは言う。

 

「残った右手は私に捧げなさい」

 

 ゾワリと背筋が凍る。渚の第六感が危険を告げていた。

 瞬間、レギーナは手にある閉じた扇子で渚を横殴りした。脇腹に信じられない衝撃が走り、吹き飛ぶ。(あばら)が悲鳴を上げている。間違いなくヒビが……いや砕けて肺に突き刺さった。

 

「(──ッ!! ウソだろ、あの化物めいたガイナンゼの一撃よりも重い!?)」

 

 痛みの中で驚愕しつつ体勢を立て直して背後にあった大木に脚を付けた。足下から這い上がる衝撃で口の中を赤く染めながらも大木を蹴ってレギーナヘ飛翔する。

 

カルクエルス スティーダ エグプラー

 

 聞き慣れない言語が渚の耳に届く。恐らく目前に迫ったレギーナが発したものだろう。渚は構わずに刀を振るうが地面から半透明四角い物体が出現して刃を受け止めた。

 なんだ、これは? 魔力が一切感じられない。

 

「──"虚空暗漆(マテリアル・ウンブラ)"。この世には存在しない虚構物質です」

「そうかよ、でもこのまま絶ち斬って──」

「許すとでも?」

 

 すぐ真横の空間が歪み、立ちはだかる柱と同じ物体が勢い良く生えて渚の身体を()ね飛ばす。

 そこから猛撃が始まり、四方八方から空間を突き破って出てくる半透明の柱に滅多打ちにされる。

 速すぎて回避が出来ない。重すぎて強靭な筈の肉体が軋む。普通の状態なら間違いなくミンチになっていただろう。だが今の渚は人から逸脱した存在だ。傷の修復は"蒼"に任せて、見えない攻撃は"(けもの)"に託す。

 渚を破砕しに来た全ての柱を"獸"を使って噛み砕く。

 

「行ってこいッ」

 

 "獸"が走る。

 目の前の敵は予想の遥か上の強さだ。だから手加減の余裕はない。その身体を喰らい尽くす。女一人など簡単に呑み込む牙が届く瞬間だった。

 

「無礼な、(しつけ)てあげましょう」

 

 上から振り下ろした扇子で文字通り叩き潰した。

 ドォンと豪快な音ともに森が揺れる。

 

「……笑えねぇぞ」

 

 あまりの光景に表情が強ばる。

 何をどうしたら魔力を使わず、あんな力が出るのか疑問である。なんにしても戦えなさそうに見た目に反して随分と強い。さてどう攻めようか。

 渚が攻め時を窺っているとレギーナが閉じた扇子を斜めに薙ぐ。同時に虚空から円錐型の物体が渚を貫こうと斜め上から落ちてきた。刀で受け流して事なき得たが、目の前にレギーナが迫っていた。

 刀と扇子の打ち合いが繰り広げられる。

 

「貴方は何を想い、シアウィンクス・ルシファーに(くみ)するのです?」

 

 武器同士の激しい応酬の中でレギーナが質問を投げ掛けてくる。渚は答えるか迷うが会話を選択した。

 

「助けを求められたからだ」

「随分と安い行動理念です」

 

 愚かと言いたげに切り捨てられる。会話を振ってきながら随分と辛辣……いや冷たい。レギーナからは人間味が感じられない、まるで機械のようだ。

 

「じゃあ逆に聞くが、なんでバアルはコッチを執拗に襲う?」

「冥界の存続のためです」

「ルシファー領を滅ぼす事が冥界の為だと?」

 

 自然と口調に怒気が混じる。まるで意味が分からないからだ。そんな渚の怒りを意に介さずレギーナは冷たく返す。

 

「かつての戦争で今や悪魔は存続も危ういのは知っていますね?」

 

 無言で頷くとレギーナは扇子を広げて口許へ持ってくる。

 

「ならば、それ以上に資源が限りなく枯渇しているのは?」

「資源?」

「食料を初めとしたあらゆる資源は近い将来に底をつく」

「そんな話は初耳だ」

「冥界の極一部のトップしか知らない機密です。無能な旧魔王が無理な戦争を続けた結果、土地は荒れ、食料を生産していたプラントも破壊された。医療器具も薬も足りない。表面上は問題なく見えても我々は薄氷の上に立っているのが現状です。そして他勢力を侵略して略奪する力もない」

 

 冥界のかなりヤバイ裏側は理解できたが質問の答えになっていない。

 

「俺が聞きたいのはルシファー領を狙う訳だ」

「既に答えましたが?」

「何?」

「無能な魔王の領地から私は削減しているに過ぎない」

「アンタは責任を何もしてない子と領民に取らせるってぇのか?」

「何か問題でも? 冥界が滅び掛けているのは旧魔王の責任です。ソレらに連なる者から切り捨てるのは妥当な考えでは? 加えて旧魔王は冥界を捨てて"禍の団(カオス・ブリゲード)"というテロリストへ寝返り、現政権を脅かしています。シアウィンクス・ルシファーにも、その嫌疑が掛けられている」

「だから滅ぼすのか?」

「そうです。危険因子は徹底的に潰します。私は大を生かすためなら小を躊躇いなく殺す」

「冷徹だよ、アンタ……」

「決断の時、感情は邪魔になる」

 

 チリっとコメカミに苛立ちが(よぎ)る。

 思考に気を取られて肩辺りにレギーナの突きを喰らう。衝撃で肩甲骨が爆ぜて中から肉を突き破るが逆再生のように復元する。

 

「回復ではなく復元ですか。制すのに手間が掛かるか」

「俺も言葉ではアンタを制せそうにない」

「政治に疎そうな貴方では私と言葉は交わせない。だから合わせます、力で語りなさい。小を生かすため大に害を為す判断を否定はしません。しかし自覚しなさい、世はソレを"悪"と呼びます」

「ハッ、上等! 救えん"善"なんざコッチから願い下げだッ!!」

 

 熱の籠った渚の一閃が扇子を弾く。回転しながら地面に転がる得物に気を取られたレギーナの首元に刃を押し当てる。

 

退()け、俺の勝ちだ」

「甘い、私なら即刻首を跳ねています」

「知るか、俺はアンタじゃない」

 

 追い詰められているのに冷静さを無くさないレギーナ。

 渚は漆黒のベールに包まれたレギーナの目を睨む。

 するとレギーナは渚へ顔を近づけてきた。刃が首を薄く裂く。

 

「死にたいのか?」

「殺したければどうぞ。その鋭利な刃を前へ押し出すだけで私は終わる」

 

 レギーナは挑発するように更に顔を近づける。渚は刀を引くことも押すこともしない。ついには鼻先が触れ合うまで二人は近づいた。レギーナの血が刃から渚の手へ暖かく(つた)う。

 

「甘さが目に付きますが私を制した強さは認めてあげます」

 

 褒めれたのか? この(ひと)、いったい何を考えてる。

 レギーナの不審な行動を訝しげに観察していると小さな口調で告げてくる。

 

「褒美を一つ。シアウィンクス・ルシファーに気を付けなさい」

「何?」

「ルシファーは特殊な悪魔です。彼女は中でも選りすぐりであり、冥界どころか世界を震撼させる」

「あり得ねぇよ」

「信じろと言うのが無理な話ですか、当然の反応です。もう少し対話を楽しみたいのですが時間切れのようだ」

 

 スッとレギーナが渚から離れたタイミングでアリステアと譲刃が駆け抜けてくる。

 二人は渚を見るなり、顔をしかめながらもレギーナを警戒する。

 

「あの人は?」

「バアルの関係者だ」

「悪魔ですか、アレは?」

「多分な。気を付けろ、かなり強いぞ」

「今のナギくんに倒されていない時点で察しは付くかな」

 

 珍しくアリステアが笑っていない。

 譲刃も渚を支えながら油断なくレギーナを見据えていた。

 

「そこの二人。──名乗りなさい」

 

 レギーナがアリステアと譲刃に問う。女帝のような凍てつく覇気が身体を冷たくする。

 これは敵意か? 渚には無感情だったのにここで感情らしきモノを発露するレギーナ。

 

「名を聞くなら先に名乗るのが礼儀です。0点ですよ、バアルの宰相」

「私を知るか、白き魔性。本来、その不遜な物言いと傲慢な態度に無礼討ちをする所だが許そう。お前たちの持つ異様な力を鑑みれば増長もする」

「増長ですか。その趣味の悪いベールを剥ぎ取って泣きっ面を拝見してあげます」

「無理だな」

 

 アリステアが銃を構えるがレギーナは背を向けた。

 

「お前から"無価値"の残滓と重度の呪力を感じる。見るにディハウザーと戦ったようだが消耗具合は推して知るべしだ。もう片方も同様だ、かなり上質な魂を持っているが器が付いていけてない。戦えばお前たちも無事で済むまい」

「それでもナギがいる以上、確実に貴方は殺せます」

「そうだな。その超存在なら私を殺せるでしょう。けれど風向きが変わったようだ」

 

 レギーナが言うと渚が膝から崩れ落ちた。

 

「なんだ、力が入らない……」

「ナギくん、しっかり!」

「このタイミングでですか」

 

 譲刃が渚を支え、アリステアが僅かに目を細めた。

 渚の姿が再び変わっていく。艶のある長い髪が短くなり、華奢だった少女の身体から元の体格に戻る。同時に自らの中にあった超然性も消失した。

 

「先の可愛らしい姿より、今の方がお似合いです」

「なぜ元に戻ると分かった?」

 

 渚にレギーナは平然と答えた。

 

「気付いてなかったのですか? 私との戦いの最中、貴方の力は急激な減衰が見られました。その力は強力ですが制限ありの無理なバースト状態であったのでしょう。そういう力はピークが過ぎれば今の貴方のように著しく弱体化する」

 

 身体が戻ったのは嬉しいが、今の状態は不味い。力が入らず譲刃に支えられなければ立つことも難しい。まるでフルマラソンを走り終えたような重度の疲労感に襲われる。

 

「消耗著しく、烏合の衆に成り果てた貴方達なぞ敵ではない」

「試してみますか?」

「まだ絶対者を気取るか。弱り堕ちた半端者風情が思い上がりも甚だしい。お前の首を落とすなど造作も無いのだぞ?」

 

 フワリと涼やかな風が吹く。

 気付けばレギーナがアリステアの口下に指を添えていた。

 まただ、またレギーナの接近を知覚出来なかった。これは速いというレベルじゃない。

 実際、あのアリステアも反応できなかった。一瞬だけ彼女のアイスブルーの瞳が驚きに染まるが、直ぐにレギーナの手を弾いて銃を向けるが、その右手をレギーナはガシリと掴む。血の滲んだ包帯が更に赤く染まっていく。

 

「聞き分けのない。理知的に見えても中身は狂戦士(バーサーカー)のようだ」

「……ちっ」

「ほう、これは"血咒(けっしゅ)"だな? 既に"極死の断頭台"と相対したか。しかし本来なら魂すら残さず断絶してるだろうに一体どんな手品を使っ──あぁ、成る程。お前は"蒼"に連なりし者か。ならば納得だ。殺す事に特化した血咒の呪いにも抗える存在力を持つのも理解出来る」

「触らないで下さい」

 

 渚の全身が寒気に泡立つ。

 アリステアの殺意が膨れ上がり一歩も動けない。

 右手からポタポタと血を流すアリステアは空いた左腕で銃を引き抜く。

 銃声が響き、アリステアの放った弾丸はレギーナを顔面を捉えるが薄く小さな虚空暗漆(マテリアル・ウンブラ)が受け止めていた。だが弾丸はその壁を撃ち貫く。

 レギーナは間一髪避けるも頬に薄い傷を貰う。

 

「……消耗していてコレか。ベリアルは良い仕事をしたな。全快なら顔に風穴が空いていたかもしれん」

 

 レギーナがアリステアから離れる。

 アリステアが二射目を撃とうして引き金から指を放す。その背後にはシアウィンクスがいたからだ。

 

「撃たないか。シアウィンクス・ルシファーを盾にすれば容易いことを証明できたな」

「容易いとは言ってくれますね」

 

 何が? とは聞く必要はない。

 多対一ではあるが殆どが戦闘不能なルシファー側に比べて、強力かつ未知の力を持つ万全なレギーナ。戦えばどちらが不利かなど火を見るより明らかだ。

 

「事実だろう? だが潰すには惜しくもある」

 

 レギーナが言うと"ルオゾール大森林"の空に(おびただ)しい数の"虚空暗漆(マテリアル・ウンブラ)"が展開して槍のような形状となり切っ先を大地に向けている。狙いは渚たちではなく移動中の領民たちだ。正に槍の雨が降ろうとしているなかでレギーナはシアウィンクスへ問う。

 

「これで難民の命は私の手の平の上だが、シアウィンクス・ルシファーに聞く。──民を助けたいか?」

「……何が望みだ?」

 

 当たり前だとシアウィンクスはレギーナを威圧する。

 

「お前と蒼井渚の身柄。それで許そう」

「最初は皆殺しにするといっていなかったか?」

「状況が変わった。イレギュラーである彼らと争えば勝てるにしても私も無事ではすまない」

「容易い相手に随分と警戒するのだな?」

「若いな、シアウィンクス・ルシファー。まるで解っていない。容易いと評したのはお前という枷があるからだ。この者達が負けない為ではなく勝つために襲ってきたら私もただでは済むまい。特に蒼井 渚、アレは混沌としていて何が出てくるか予想も出来ん。死に物狂いになれば中身が暴れ出る可能性もある。闇雲に未知へ挑むより多少の譲歩を選ぶ方がリスクを少ないと判断したにすぎん」

「ルシファー領を破壊し尽くした貴様を信用すると?」

「信用など無用、私とお前に必要なのは妥協と誠意だ」

 

 シアウィンクスの凄まじい圧力を受け流しながらレギーナは手元に紙切れを召喚して投げた。風に流された紙切れをシアウィンクスは受け取る。

 

「これは……」

「契約書です。結んだ者同士を縛り、破った者は死ぬ。内容は蒼井渚とシアウィンクス・ルシファーが降れば、それ以外を害さずに見逃す」

「本物ね」

「当然です、返事は?」

「私だけならば──」

「決裂だな」

 

 レギーナが失望したように言うや空を覆う槍が殺意を帯びる。あと数秒で発射されそうなタイミングで大地から鋭い斬撃が伸びて空を支配する虚空暗漆(マテリアル・ウンブラ)を全て粉々にした。

 

「俺を無視して話を進めるなよ」

 

 今のが正真正銘の最後の力だった渚は刀を杖代わりにしてなんとか踏ん張り、レギーナを真っ直ぐ見つめた。

 

「勿論、当事者である貴方にも口を挟む権利はある。何を望むのです?」

「アンタの要求、受けてもいいが俺からも条件を付け加えさせろ」

「聞きましょう」

「シアウィンクス・ルシファーの安全の保証だ。ガイナンゼやエルンストは勿論、バアルが危害を加えないと確約しろ」

「貴方の安全は含まれないのですか?」

「それは二の次だ」

「良いでしょう」

 

 納得など出来ない。悔しいが、それでもこれが現状の最善だ。敵に降るのは本意じゃないが無理をすれば守るべきものが全ての失われる。

 冷静にメリットとデメリットを天秤に乗せて渚はレギーナの契約を受けることにした。

 

「ナギ」

「ステア、頼む。時間が経てばティスたちも目を覚ます、そうなったらどうにでもなる。あの人は強い。消耗しきった俺たちじゃ移民たちを助けれない」

「……共に行きます」

 

 渚とアリステアの会話を静かに眺めていたレギーナのベールが小さく揺れた。

 

「お前の同行は許可しない」

 

 アリステアが少し項垂れると目が前髪で隠れた。

 第六感を初めとした全身から警告が発せられる。それは殺意にしては重く、憎悪にしては無機質なナニかだ。

 渚は慌てて止めようと手を伸ばすが、その前にアリステアの肩に触れた者がいた。──譲刃である。

 

「ならわたしはどうかな、女帝さん?」

「私は蒼井 渚とシアウィンクス・ルシファーの身柄と言ったはず、それ以上は必要ない」  

「妥協と誠意を見せないとステアちゃんだけじゃなく、わたしも本気になっちゃいますよ?」

「何もかもがアンバランスなお前が私を害せると?」

「あれま、弱いと思われてる? まぁしょうがないか、実際欠陥だらけの譲刃さんだからねぇ。でも一つだけ貴女に対して出来ることがあるんですよ」

「言ってごらんなさい」

「──天獄への水先案内人」

 

 轟ッ!! と譲刃が霊氣を高めた。

 アリステアの言い知れない気配をも消し飛ばす純粋な"武"が降臨するや戦意を滾らせた。強力なんて言葉じゃ表せない重厚かつ鋭利な力の奔流が暴風となってレギーナを威圧する。

 敵意のない純粋な戦意を纏う"武"の化身が朗らかな笑みを作る。

 

「さ、やるかな?」

「……素晴らしい。お前の刃は私にも届き得る」

 

 レギーナは譲刃を見て呟く。感情と呼べるものこそ読み取れないが純粋な称賛を贈ったようにも見えた。

 

「それはどうもな事だよ」

「侮った謝罪に同行を許可する」

「ふぅ安心した。ステアちゃん、これならどう?」

「譲刃。……良いでしょう」

 

 アリステアは渋々といった様子で譲刃に頷く。

 余程に信頼しているのだろう。アリステアの意見を曲げれる人間がいるとは驚きである。

 キレそうだったアリステアが落ち着いたのを見た渚は彼女に言う。

 

「ステア、ルシファー領の人たちを頼む」

「不本意ですが引き受けます。終わり次第、迎えに行きますので」

「穏便に、な?」

「約束はしませんが努力はします」

 

 不安である。正面からバアルの領地に喧嘩を売るような真似だけはして欲しくない。

 そんな嫌な想像をしながら渚は譲刃に支えられてシアウィンクスの側に行く。

 

「悪い。これが精一杯だ」

「いい。誰も死なないならこれでいい」

 

 そうは言うも手が小さく震えている。

 当然だ、今から行くのは敵地のど真ん中。怖がるなというのが無理な話である。

 渚は戒めと誓いを胸にシアウィンクスの震える手を取った。

 

「絶対守ってやる。……このナリじゃ説得力ないかもだが信じてくれ」

「そんなことはない。あたしの命、渚に預ける」

 

 そんな二人を譲刃は交互に見やると納得の感情を見せてポンッと手を叩く。

 

「あ、もしかして新しい現地妻?」

「「──なっ!?」」

 

 ニマニマと笑う譲刃。

 お願いだから、その顔をやめろ。アーシアはそんな変な笑みは浮かべない。

 

「手が速いなぁ、ナギくんは」

「譲刃ぁ!?」

 

 なんて言葉を使うんだ! てか新しいって何さ!! そんなもの作った覚えがないんだが!? 

 シアウィンクスだって顔を赤くして怒ってるぞ。

 

「な、何を言うか貴様!?」

「あはは、真っ赤だね、魔王様。いい青春してるかな」

……赤くなんてなってない赤くなんてなってない赤くなんてなってない

「ふふ、冗談よ。……ほぐれた?」

「あんまりからかうなよ、譲刃」

 

 ほら、シアが顔を赤くして怒っているじゃないか。ただ譲刃の冗談で確かに幾分か気が楽になった。

 どうやら渚自身も大分緊張していたようだ。譲刃に感謝を伝えようとするも首を振られた。気にするなという事らしい。渚は感謝をしながらレギーナに歩み寄る。

 

「あまり思い通りに出来ると思うな」

「留めておきましょう。交渉成立の握手を」

 

 レギーナが手を差しのべる。渚は迷うことなく、だが挑むように取った。無言の握手を終えた瞬間、レギーナを中心に地面から光が放たれる。転移陣だ、渚は招くレギーナに対して力強くその中に踏み込む。そしてその身は光の中へ消えていくのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。