ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

80 / 86

新たな契約は守るのではなく倒すこと……。



契約《Devil's Contract》

 

「……先輩、ナギ先輩」

 

 ユサユサと体を揺さぶられる。ボンヤリとした意識が覚醒する。そこは見慣れたオカルト研究部の部室だ。どうやらソファーで寝ていたようだ。

 

「ふぁ~。お早う、搭城」

「……寝坊助です」

 

 思わず大きな欠伸が出る。小猫の可愛い小言に苦笑する渚。ふと目の前のテーブルにティーカップが置かれた。顔を上げれば朱乃が微笑みを浮かべながら手にあるトレーからお菓子の入った器を渚の前に差し出す。

 

「姫島先輩?」

「あらあら、そんな物珍しそうに見つめられては照れてしまいますわ」

「あ、いや、すいません」

 

 渚の謝罪に朱乃はクスクスと上品に笑っていた。

 

「お、ナギじゃん、どうしたよ?」

「何かあったのかい?」

 

 部室のドアが開き、一誠と祐斗が入ってくる。

 ヒョイっと渚の前にあったお菓子の一つを口にする一誠。

 

「お、美味(うま)っ」

「来て早々に取んな。あ、確かに美味い。ほら搭城も物欲しそうにしなくてもいいから。祐斗も貰っとけ?」

「……いただきます」

「じゃあ、僕も」

 

 モグモグと並んでお菓子を楽しむ。

 なんかホッとする。幸せとは少し違う安堵感に心が安らぐ。

 

「渚、随分とお疲れのようね」

 

 部長専用のデスクからリアスが優しく声を掛けてくる。酷く懐かしく感じるのは、ここ数日が怒濤の日々だった反動だろう。

 

「なんか忙しかった……気がします」

「貴方はただでさえ無茶しがちなのだから自身を(いた)わりなさい」

「そうします。ところでアーシアが見当たらないんですけど……」

「アーシアなら、そこにいるじゃない」

「え?」

 

 ソファーの後ろにアーシアは立っていた。

 全然気付かなかった……。というか様子がおかしい。声も出さず、下を(うつむ)いて顔を見せてくれない。

 

「どうした、そんなトコで突っ立って」

「……」

「アーシア?」

 

 返事はない。いつもなら笑顔で挨拶してくるアーシアに違和感を覚えた渚はソファーから立ち上がってそばに歩み寄る。

 

「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」

「…………ない」

「ない? 何がないんだ?」

 

 心配になり顔色を覗き込もうとした瞬間、腕をガシリと掴まれた。(あと)が残るんじゃないかって位に強い力だ。

 

()ッ」

「下らない。こんなのがアンタの望みか?」

「お前、誰だ!」

 

 悪意のある笑みを向けてくるアーシアに渚は表情を強張らせた。声は同じでもアーシアは絶対にそんな顔をしない。

 

「誰かだって? よく見ろよ、節穴」

 

 刹那、アーシアの姿が歪むと別のものになる。

 長い黒髪に蒼い瞳。それはガイナンゼと戦った時になった自身の成れの果てだ。

 

「オレはお前だよ」

 

 鳥肌が一気に全身に広がる。

 見た目はティスや彼女が混じってるだけに美しいが、どうしても生理的に受け付けない。絶妙な精度で渚へ寄せてるから他人とは思えないのが原因だ。双子よりもっと近い存在。言ってしまえば極めて近く、限りなく遠い(いびつ)な自分である。どんな形であっても己がもう一人いるというのは気分が悪くなるものだ。

 

「お前、ガイナンゼとの戦いで声をかけてきた奴だな?」

「察しがいいな。こんな姿での顕現とは気が滅入(めい)る」

「コッチのセリフだ。大体、俺がお前ってどういう意味だ、訳が分からんぞ」

 

 (わめ)く渚に対してソイツは冷めた表情をした。

 

「そんな小さい事でいちいち騒ぐなよ、鬱陶しいうえ心底どうでもいい。──オレはアンタに言いにきてやったんだ」

「……何をだよ」

 

 寒気を我慢しながら言うとソイツは背後を指さした。すると部室内に強烈な風が吹き(すさ)ぶ。そして、いつの間にか部室は消失してに広野に立っていた。

 

「なっ! 皆は!?」

「そんな奴ら最初からいない」

 

 様変わりした風景の背後にはぽっかりと大きな穴が口を開けていた。地獄の底まで届いてそうな大穴から人らしき者が大量に這い上がってきて渚の足を掴む。

 

「なんだ、コイツら!!」

「忘れたのか? つい先日にご自慢の真っ黒い武具で殺し尽くしたバアルの尖兵たちだ」

 

 言われて気づく。

 ここは冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)を使ってバアル軍を壊滅させた広野。眼前に広がる大穴は渚の一撃で出来たもの、つまり大量殺戮の現場だ。

 死者たちは怨嗟の言葉を発しながら渚を穴へと引きずり込もうとする。

 

「相当にお怒りようだ。しかしアレだな、これだけ殺しておきながら当然のように表の世界で生きられると思っている思考回路は異常と言わざるえない。流石だ、流石だよ。──殺戮犯 蒼井 渚」

 

 自分の面影があるソイツはクツクツと嗤う。

 死者の冷たい手が次々と身体を絡め取り、最後には後ろから顔を掴まれて穴へと転落した。

 

「く、放せ、放せぇ!!」

 

 深淵に吸い込まれて憎悪と怒りが肌を焼く。

 断罪のように悪魔の呪詛が魂を苛む。

 顔を塞ぐ死者の手の拘束が若干(ゆる)んだ。指と指の間から見上げるとソイツは落ちる渚に対して冷たく言い放つ。

 

「蒼井 渚、聖なる罪人。神為らざる身で始源へ至った最も新しき古き(カミ)。其は無にして全。祝福されし破壊者であり呪われた創造者。──アンタに"安息"は二度と訪れない。その血肉、魂までも塵と化すまで止まることは(ゆる)されないんだよ」

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

「……はぁ」

 

 目覚めは最悪だった。

 そう暑くないのに全身から汗を流している。

 妙な夢を見たのは疲れているのだろうか。

 渚はノソノソとベッドから降りて窓に近づく。見えるのは連なる自然の山々だ。

 心の底から帰りたい気持ちになる。

 

「こんな場所に城なんか建てんなよ」

 

 ここは険しい山脈を城塞としたレギーナ・ティラウヌスの居城だ。招かれたのは二日前だが今のところ待遇は悪くない。風呂にも入れて食事も提供されている。譲刃やシアウィンクスとも部屋が隣り合っているので普通に会って話もした。牢屋にブチ込まれる覚悟をしていただけに少し拍子抜けである。ただ同時にレギーナから何かを要求されないのが逆に不気味でもあった。

 

 コンコン。

 

 部屋のドアが叩かれて開かれる。

 コツコツと靴を鳴らして現れたのは顔のないメイド服姿の人形だ。これはレギーナに仕える従者だ。彼女の城には不思議なくらい人がいない。城の雑務は全て人形たちが行っているのだ。

 無口なメイド人形がスッと両手に持った衣類を差し出してくる。着替えろとの事らしい。渚は訝しげに服を取るとさっさと着替えた。すると人形が頭を下げて丁寧な仕草で扉へ招く。口を聞けないだけで凄く礼儀正しい人形である。

 

「付いてこい、てか」

 

 どうやら休息は終わりのようだ。

 黙って人形の後ろから付いていく。

 歩きながら渚は内心に意識を跳ばす。

 

「(……居るか?)」

『いる』

 

 声をかけるのは久しぶりだが、いるのは分かっていた。だが一言くらい欲しいと思うのは勝手だろうか? 

 

「(起きてたんなら、一声かけろよ)」

『渚なら感知出来る。必要性を感じない』

 

 相変わらずドライな反応だ。それでも安堵したのはティスらしいからだろう。

 

「(それでも心配するさ。"彼女"は?)」

『奥に引き篭ってる。今回の件を大きく反省すると言っていた』

「(反省?)」

『ガイナンゼ・バアルとの戦いで起きた私たちの融合は"獸"の力によるもの。私と渚を喰らい糧として進化したのが先が"アレ"』

 

 "アレ"って例の美少女化事件のことだろうか? 思い出しただけでも身震いする。力は()(かく)、あの姿は鳥肌が立つ。女体化とか妙な属性が付きそうなので出来れば二度となりたくない。

 

『"アレ"はとても危険。力は莫大に上がるが渚の自我を私たちが押し潰しかねない。あの"獸"も分かっているから表に出ないように隠れた』

「(自我を押し潰す、か)」

『その気になれば"獸"は渚に取って変われた』

「なら、その気が無かったって事だろう」

『……肯定』

 

 ずいぶんと不服そうな肯定に苦笑が出てしまう。超然とした機械みたいなティスが、こうも感情的になるのは珍しい。余程、"彼女"とは反りが合わないと見える。

 ともせず彼女たちと融合した際の事は覚えている。

 酔いしれるほどの圧倒的な力。アレを使いこなせればシアウィンクスも完璧な形で救えただろう。ただティスが言うようにあの時の渚は人ではなかった。

 渚は自分の左肩を見た。そこには在る筈の先はない。腕は丸ごとルフェイに預けたからだ。

 

「あの時は腕くらいは別にいい。……なんて考えていたんだよなぁ」

 

 今になって自分が怖くなる。断言してもいい、あの時の自分は普通ではなかった。表面上では蒼井 渚だったが中身は人とは遠いモノだったのだ。まるで飴を与えるような軽率な感覚で四肢の一部を捧げる行為になんの疑問もなかった。

 狂っていたと本気で思う。

 例えルフェイを救うためでも自身を腕を根本から躊躇いなくバッサリ落とすなどマトモじゃない。人間性が超然的な思考に呑まれた結果がこのザマだ。後悔はしていないが反省はするべきだろう。今回の件でティスたちが人とは違うと再認識できた。

 

「("彼女"に程々にな、て伝えてくれ)」

『……許すの?』

「(あれは俺が求めて二人が答えた結果だ。反省するべきは"彼女"じゃなくて俺だよ)」

 

 しかし"彼女"、か。そろそろ名前をあげないといけないと思う。色んな行事が津波のように押し寄せたせいで後回しにしてしまったが、いい加減に"彼女"というのも不便きわまりない。

 

「名前なぁ」

 

 いざ付けるとなると悩んでしまう。犬や猫なら兎も角、人となれば難しく感じるのは自分だけだろうか……? 

 そんな事を考えてる内に人形が、とあるドアの前で立ち止まり道を開けた。

 "入れ"と言われている気がしてドアの先へ進む。

 そこは異様に長いテーブルが置かれた部屋だ。大金持ちが使うような食卓にはレギーナが座っており、食後なのか、静かにティーカップを口にしていた。何かを口にするときぐらいは顔を隠す黒いベールを外したらどうなのかと渚は思う。

 そして……。

 

「おはよ、ナギくん。少し顔色が優れない、悪い夢でも見たの?」

 

 出された高級料理を手際よくナイフとフォークで優雅に食しているアーシアもとい譲刃。すぐ近くのレギーナも気にした様子もなく紅茶を(たしな)んでいる。

 なんかすっごい馴染んでるよ、この剣鬼(ゆずりは)さん。

 

「(……うわぁ)」

 

 そんな彼女のお隣には恐ろしく剣呑な圧力を(恐らく極度の緊張から)(かも)し出すシアウィンクス様がいた。

 

「(怖っ)」

 

 なんか凄く黒いオーラが見える。シアウィンクスの中身を知らなかった直ぐにでも臨戦態勢になっているくらいだ。渚が混沌とした食卓に現れるやシアウィンクスはドス黒いとオーラとは程遠い歓喜と悲哀を宿した目を向けてくる。

 

「(た、助けなさいよ!)」

 

 魔王様が声無き声で悲痛に訴えて来る。

 いや、どうせよと? 

 素直じゃない彼女が人に助けを求めるまでに成長したのは嬉しいが状況を動かすには情報が足らない。

 取り合えず席に座ることから始めよう。

 渚は冷静になるためゆっくりと椅子を引いて腰を落とす。座ったのはレギーナと真逆、即ち三人から一番離れた場所だ。少しでも理解不能な雰囲気から遠ざかりたいと体が勝手に選択したと自分に言い訳をしておく。

 瞬間、三人が同時に渚へ顔を向けた。各々から感じたのは、疑問(レギーナ)、呆れ(譲刃)、絶望(シアウィンクス)だろうか。三者三様な者たちに渚は項垂れるしかなかった。

 

「(やっぱ、ダメかぁ~)」

 

 どうして、そこへ? 

 そんな視線が突き刺さる。根負けしたように三人に近寄ると負の視線から納得、賛成、安堵に変わった。

 渚がレギーナの側に腰掛けると人形がキビキビと配膳して料理を置いて去る。ここに来て何度が食事はしたがレギーナの前では初めてだ。

 譲刃やシアウィンクスが食べているから妙な細工はしていないと思う。

 

「警戒する必要はない、毒など入ってはいません」

「そうそう、美味しいから食べた方がいいよ」

「お前は警戒心が無さすぎだろう、譲刃」

「そういうシアウィンクスさんだって結構食べてるじゃない」

「いや、食べるけどさ」

 

 仲間二人が食べているのだから臆するわけにはいかないとフォークを握る。一口目は恐る恐るだが、絶品な味わいに次々と食が進み、あっという間に完食する。

 食事を終えて渚を見てレギーナがテーブルの上で腕を組む。

 

「さて、では始めましょう」

「……何を?」

「私と貴方の関係性の模索と結論を決める対話です」

「関係性って捕虜じゃないのか?」

 

 渚はそう思っているのだがレギーナはそれを読んだように否定する。

 

「繋ぎ止めるのを困難な者を捕虜とはいいません。蒼井 渚、貴方は少し自分の異常性を理解した方がよろしい」

「今さら普通の高校生ですとは言わないけど異常は言い過ぎだろ?」

 

 すっごく不本意だが"蒼"がとんでもないモノなのは理解しているつもりだ。けれどレギーナは「何も分かっていない」と言いたげに僅かだが肩を落とす。

 

「貴方を少し調べました。興味深い武勇伝が数知れず、なかでも冥界全土の問題に発展するであっただろう堕天使コカビエルの討伐は特に顕著です」

 

 あー、あれは確かに大変だった。コカビエルは聖剣を取り込んでパワーアップするし、空からヴァーリが結界をぶち抜いて乱入してくるわで、てんやわんやだった。

 渚がトラウマを思い出すように苦い表情をするがレギーナは話を続けた。

 

「あの戦いには白龍皇も介入してきたとあります。かなり混沌とした戦場だったのは想像に容易い。そんな難易度の高い戦闘を貴方は見事に終息させた。素晴らしい実績です。片や聖剣エクスカリバーを取り込んで神に近づいた堕天使、片や歴代でも最強になると名高い白龍皇。その両名相手に勝利するなど異常でしかない」

 

 嫌に評価が高いが、あれは渚だけの手柄ではない。レギーナはそこら辺を勘違いしているみたいなので訂正させてもらおう。

 

「勘違いすんな。あれは俺一人がやった訳じゃない。仲間に恵まれたからだ」

「……正気ですか?」

 

 なんだコイツ、正気かとはなんだ、失礼な。充分正気である。

 

「そこは許してあげて欲しいかな。ナギくんは自己評価がかなりズレてるのよ」

 

 譲刃が何故かフォローした。まるで間違ってるのは自分であると言われた気がする。解せぬ……。

 レギーナは小さく「成る程」と前置きしてから続けた。

 

「単身で万を越える軍勢を滅ぼす"個"。それは人の形を災害に等しい。そしてあのガイナンゼすら退けたとなれば戦う以外の道を模索するのが妥当です」

「その"戦い以外の道"っていうのが今の状況ってことか」

「そうなります。私にはシアウィンクス・ルシファーと彼女の連れていた難民の命を好きに出来るという優位性があった。それを材料に戦後処理の交渉をしたいと考えています」

「待て、レギーナ宰相。私を好きにするのは構わないが彼を巻き込むな」

 

 ピシリとレギーナのカップに亀裂が入る。

 シアウィンクスが怒りの顔を見せていた。魔力のない威圧感だけで水中に投げ出されたような息苦しさと恐怖による束縛が全身を襲う。

 シアウィンクスが凄まじく怒っている。渚を思っての行動を嬉しく思う反面、これではダメだと焦燥に駆られる。こんな怪物じみた重圧を向けれた相手は間違いなく危機感から反撃に移る。シアウィンクスの放つ威圧感は、あのアリステアですら即抹殺しようとする程に凶悪なのだ。

 

「シア、落ち着け。ここまで来たら最後まで付き合うさ」

「そこまでは求めていない」

「求めろよ。じゃないとここまで来た意味がない」

 

 レギーナの強さを直に味わった渚は敵対行為がどれだけ危険か分かっている。しかしレギーナはシアウィンクスの凄まじい圧を前に警戒すらしない。それ所かゆっくりと椅子へ背を預けるに留まった。

 そして感情が窺えない声音をシアウィンクスに向ける。

 

「それでどうする? 私を殺すか、魔王(ロードオブダークネス)

「渚を利用するなら、そうするしかないだろう」

「シア……」

 

 出来る筈がない。誰よりも死を意識する彼女が自らの意思で殺しなど不可能だと渚は思った。

 けれどその瞳に迷いはない。良い意味でも悪い意味でも覚悟が決まっている。今までの戦いがシアウィンクスを強くしたのだろう。

 

「良い気概だが、それを()すに見合った実力はあるのか?」

「私はルシファーの直系だぞ、侮るな」

「ヴァーリ・ルシファーならば納得も出来たがお前ではな」

「何が言いたい?」

「虚勢を張るな、シアウィンクス・ルシファー。持ち前の威圧感で武装し、口調を尊大に変えてもお前が歴代魔王でも最弱なのを私は知っている」

「な、に?」

「放つプレッシャーは他の追従を許さない程に凶悪だ。だからこそ全てを計り違える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とな。しかし私には通用しない。……何故か分かるか?」

 

 確信めいた口調から間違いなくレギーナはシアウィンクスの実力を知っている。アリステアやガイナンゼすら勘違いさせた凶悪な威圧感が張りぼてだと正しく理解しているのだ。

 シアウィンクスは顔を強ばらせて動かない、いや動けないのだろう。唯一の武器が通用しないのだから内心では震え上がっているはずだ。

 

「どうしてシアが虚勢を張っていると断言できる?」

 

 シアウィンクスを庇うように渚が聞くとレギーナは静かに告げた。

 

「簡単です。過去に()いてシアウィンクス・ルシファーの力を(はい)したのは他でもない私なのだから」

「…………え?」

 

 呆気に取られるアウィンクス。渚も一瞬言葉を失ったのだから当然の反応だ。詰まる所、ルシファーである筈のシアウィンクスが並み以下の力しかないのはレギーナが原因だったのだ。ただそうした理由が分からない。

 

「アンタは(なん)のためにシアの力を(はい)したんだ?」

「シアウィンクス・ルシファー、お前は五つより前の時の記憶がないでしょう?」

「それがどうした。それぐらいの記憶など無くてもおかしくはないだろう」

 

 魔王の仮面で口調を尊大にしているが僅かに震えているシアウィンクス。

 

「だからこそ気付かないし気付けないのだ。お前こそは先祖返りならぬ真祖返り……初代ルシファーの"原罪(ザ・シン)"を持った真なるサタン。その再臨は新政権に取って脅威だ。それを排除するため無力化を遂行した。ルシファーの真血でありながら非力な自分に疑問を持たなかったのか?」

 

 シアウィンクスが椅子を激しく倒しながら立ち上がった。

 

「持たなかった訳ないじゃないッ! それでも自分に力がないと納得させて生きてきた!! ルシファーの力を廃した? 今さら何を言うの!?」

 

 シアウィンクスとレギーナが言い争うのを渚は黙って見続ける。シアウィンクスを擁護したいが所詮は部外者であり、何を話そうにも軽くなってしまう。すると譲刃が渚に声を掛けてきた。

 

「そうか。ステアちゃんが()ていたのはシアウィンクスさんでも気付いてない"原罪(ザ・シン)"とやらだったようね。ソレがどんな代物かは分からないけどレギーナさんがバアルを使っても確保しようしたくらいだもの相当危険というのは予想できるわ」

「……だとして、どうして今なんだ? シアがヤバい存在だったとしたらもっと前に動くことも出来たんじゃないか?」

 

 渚の質問に譲刃は「あー」と前置きしながら答える。

 

「三大勢力の和平が実現したからだよ」

「…………ん?」

 

 三大勢力がなんだって? 

 耳を疑うような台詞を聞いた渚は首を傾げた。ついこの間、堕天使の幹部であるコカビエルが魔王の妹リアスを襲ったばかりだというのに和平なんぞ出来るわけがない。

 

「それを容認出来なかった旧魔王派は冥界から離脱して龍神オーフィスさんトコの組織に入ったみたいなのよ」

「ほ、ほう?」

「そこが全神話に喧嘩を売るテロリストみたいでね。旧魔王派筆頭のルシファーであるシアウィンクスさんも寝返ったと思われたんじゃないかしら?」

「お、おう?」

「結果は白だったけどルシファーの真血は色々と利用できるから危惧して動いた……そんな感じだと思うわ」

 

なるほど、俺が知らない間に色々起きてたんだなぁ……じゃないっ!!

 

「待て、待て待て待て。和平っていつ結ばれたんだ? つか俺がコカビエルと戦ったのって一週間くらい前だよ?」 

 

 悪魔、天使、堕天使のトップが集まり、会談をして議論して決まる重要な問題が簡単に決まるわけがない。コカビエルの件から三大勢力の関係はより(こじ)れると思っていただけに渚は酷く混乱していた。

 そんな中、譲刃は困ったように苦笑する。

 

「ナギくん、実はコカビエルの一件からもうすぐ二ヶ月になります」

「……………………What?」

 

 何故か使い慣れない英語がでてしまう。

 あれから二ヶ月? え? 二ヶ月って言った? 俺、二ヶ月も寝てたの? 一学期終わってない? 期末テストを受けた記憶がない……。もっと言うなら中間テストの時、(はぐれ悪魔討伐マラソンのせいで)赤点取ったペナルティ課題も途中だった。駒王って進学校だよな、これ不味くないか? 

 

「な、ナギくん? おーい、大丈夫?」

 

 譲刃が渚の顔の前で手をヒラヒラと揺らすが反応はない。今、渚の思考を塗りつぶしているのはこの文字だった。

 

留年だぁあああああ!!!!!!!

「わ、びっくりした」

「きゃ」

「……何事だ?」

 

 金切り声な絶叫にシアウィンクスとレギーナも言い争いをやめてしまった。冷や汗まじりで真っ青な渚がガタガタ震えだす。

 

い、いや、まだだ! まだ大丈夫だ。つ、追試というモノがある。それをクリアしてペナルティで出されるだろう課題をこなせばまだ取り返しが着く。……着くはずだ!!

 

 ブツブツと早口で自分を鼓舞する渚にシアウィンクスが寄り添うように近づく。

 

「どうしたの? リュウネンって何? 心配事があるならあたしで良ければ聞くわよ?」

 

 魔王さまが優しい。

 仏頂面なのに目だけは慈しみ満ちている。本当にアンバランスな娘である。いつもなら強がって見せるが今は心に余裕がない。渚はシアウィンクスに手で「心配するな」と告げてレギーナへ大股で歩み寄る。そしてテーブルにバンッと手を置く。

 

「時間が無くなった。アンタは俺たちに何を求める? 要求を聞くからさっさと帰してくれ」

「話が早くて助かります」

「無理難題だったら張っ倒すからな」

「難題ではありますが無理ではありません。まず旧ルシファー領土の利権を頂きます」

「利権って言うと?」

「旧ルシファー領をバアルが貰い受けて運営します。譲歩として出ていった民を受け入れましょう。どうです、シアウィンクス・ルシファー?」

「民を虐げないと確約するなら譲り渡そう」

「結構。これがシアウィンクス・ルシファーへの要求です」

 

 漆黒のベールで隠された顔が渚の方を見た。

 

「俺とシアは別個ってわけか」

「当然です。私たちから見れば貴方こそ戦犯だ。全てをひっくり返されそうになったのです。私の持つ軍勢は壊滅し、使える人材の大半が失われました。随分と暴れたものですね、異邦人」

「へ、へぇ。それは大変だなぁ」

 

 ヤバい、超嫌な予感がする……。

 目を泳がせているとレギーナが長方形の紙を渚の前に差し出す。その小切手のような紙を手に取ると数字が書いてある。端から数を追って行きながらソレが何かの値段だと気付き、桁を数えてみた。一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……まだまだ続く。なんだろう、これ? ちょっと数え切れない桁だ。国家予算でも見ない金額である。

 

「この戦争での被害総額です。蒼井 渚、貴方にはコレを支払ってもらいます」

「…………嘘やん」

 

 人生、オワタ。

 だってコレ、個人が払える額じゃないぞ! 全身切り刻んでも売り払っても全然足りない(個人換算)。

 

「お、おい、流石にこれは……」

「分かっています。誰も一括で払えとは言いません」

「払うの前提で話を進めんな!? おかしいだろ、国家規模でも見ない桁数じゃねぇか!! 何をどうすれば返済できんだよ!?」

「問題ありません。返済方法は考えてあります。貴方には依頼という形で私の仕事を手伝ってもらいます」

「依頼?」

「リアス・グレモリーから"はぐれ悪魔"の討伐を依頼された事はありますね? アレと似たようなものです。定期的に私が頼む仕事をこなして頂き、成功報酬を返済に使う。何せ人手不足になってしまった身です。貴方なら戦力的にも問題はない。無論、依頼内容が気に入らないのであれば断ってくれて構いません」

「死ぬまでコキ使われるのかよ」

 

 借金の額が額だけに返済する前に人生が終わりそうだ。いや確実に終了する。諦めたら試合終了? こんなん諦めなくても終了だよっ!! 

 

「良い値で雇います。成功の有無の関係無しに金額は発生します。そうですね、最低でもコレは出しましょう」

 

 レギーナが五本の指を広げた。五千円……いや五万か? 確かに失敗してもいいって言うんなら破格の値段だ。

 

「五万か。普通なら喜ぶんだけどな」

「何を行ってるんですか。一回、五百万です」

「ごひゃく!?」

「貴方にはそれだけの価値がある。どうです、これなら全額返済も不可能ではない。仕事の結果次第では更に上乗せします」

 

 旨い話には裏があるものだが、そんなことを言ってる場合じゃない。もし渚が断れば、この多額な借金はシアウィンクスに行く可能性がある。バアルから逃れるために、あらゆる財を使い尽くしたシアウィンクスに返済の宛はない。それこそ自らをバアルに売るしかないだろう。対する渚はレギーナからの依頼を受けてこなせば最低でも五百万の金が入る。しかも依頼は断ることも可能だ。破格の待遇とも言えるレギーナの提案を断る理由はない。戦争の敗者は勝者に何かを捧げなければならいのは世の常だ。ならば少しでもデメリット少ない方を選ぶべきだろう。

 

「受ける、ただ条件がある。俺は駒王から離れるつもりはない。そしてシアもバアルには残さない」

「問題ありません。貴方がたは私の保護下に置きますが束縛はしない。勿論、バアルにも手を出させません。依頼も駒王へ出しましょう。ですがシアウィンクス・ルシファー、貴女以外の旧魔王の血筋はテロリストに成り果てた事を考えて領地への帰還は禁じ、監視を付けます」

「シア」

「うん、いい。もうあそこに戻れなくても気にしないから……」

 

 嘘だ、故郷には帰れないのが辛くて悲しいはずだ。表情は変わらないが目の感情が豊かなシアウィンクスは(うれ)いを見せている。しかし、それは直ぐに消えてて小さな微笑みに変わった。

 

「渚が連れてってくれるんでしょ?」

「あぁ報酬だからな」

「誰得なんだかね」

「少なくとも俺とルフェイは得する」

「……ばかね、もう」

 

 渚とシアウィンクスの会話をニコニコと見守っていた譲刃が切り出す。

 

「さてレギーナさん。ナギくんはあなたに何をさせられるのかな?」

「気になるか、千叉 譲刃」

「それはもう。私見になるけど、あなたはそう簡単に決定を変える人じゃない。なのにナギくんの願望に()ってシアウィンクスさんの意に叶った方針にした。つまり其れ程までにナギくんを評価し、その評価に見合う代価を支払わせるつもり……というのが私の考えよ」

「その通りだ。私が蒼井 渚に出す最初の依頼は力を()してあるモノを討って貰う事だ。何、一度は通った道だ。二度目も問題ないでしょう」

「要領を得ないな、もう少し分かりやすく言ってくれ」

 

 よく分からない言い回しのレギーナに渚は表情を歪ませた。

 二度とはなんなのか。なによりさっき難題とか言ってたよな? もしかしてそういうツッコミ待ちなのだろうか? 

 渚がそんな下らない事を考えているとレギーナの顔を隠す黒いベールが小さく揺れた。

 

「では簡潔に答えます。初仕事ですが成功報酬は負債額の半分を出しましょう」

「五百万じゃないのか?」

「それは最低ラインです。内容次第で価格も変動します」

「あの馬鹿げた借金の半分とか恐ろしいんだが……」

「それだけ貴方を評価しているのです」

 

 レギーナが小さく息を吐く。

 笑ったのか? 

 そう感じさせる雰囲気だ。だが次に発せられた言葉に渚は凍り付く。

 

「近々冥界が滅ぶ可能性があります。それを阻止する案件に参加してもらいます」

 

 ……冥界が滅ぶって何さ。

 

「原因は貴方たちも知る所の(くだん)の"大森林"にあります。あそこに根差すは"無空の天星"またの名をルオゾール・ディ・ベネディクシオという神話よりも旧き者。それが近い内に目覚める。私が貴方がたに求めるは真神(カミ)と戦い、果ては無力化です」

 

 あ、声がマジだ。どうやら俺はまたヤバい事に首を突っ込もうとしているらしい。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。