ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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可憐な智天使(ケルビム)(不良)再臨。



襲撃者イオフィエル《Max Nervous》

 

 レギーナ・ティラウヌスの居城。

 城主から(あて)がわれた一室でシアウィンクスは鏡と向き合っていた。写し出される顔は仏頂面を絵に書いた女子、つまり自分自身だ。

 

「……難しい」

 

 シアウィンクスは苦手のものが多い。中でも笑顔というのは壊滅的だった。硬い表情筋を操作して笑顔を作ってみた。

 すると、まるで悪の親玉みたいな邪悪な笑みの自分がいるではないか。

 

 ──ピシリッ。

 

 鏡にヒビが入る。

 

「……あり得ない」

 

 笑っただけで鏡を壊すなんて非常識だ。というより威圧感が凄いのは知っていたが自分のソレに物理的な力が働くのは認めたくはない。笑顔が攻撃になるなんて誰も近寄らなくなる。こんな自分を恐れずに接していた者たちは余程の物好き達なのでは……。

 

「カナリアおばさんのパンが恋しいな」

 

 残してきた皆は無事だろうか。

 その場にいたカルクスやククルには別れを言ったがアルンフィルには挨拶すらしていない。

 レギーナが"ルオゾール大森林"から旧ルシファー領の者達を安全に出す手筈だったが、ちゃんとやってくれただろうか。渚は「ステアもいるし、大丈夫さ」とか言っていたが心配である。

 

「渚、か」

 

 たった一週間くらいの付き合いだが物凄くお世話になった人。勝手な召喚に文句を言わず、こんな所まで付き合ってくれた恩人。そして先の無かったシアウィンクス・ルシファーに未来を与えてくれるお人好し。

 絶対に口には出さないが、一緒にいるだけで安心するし、どうしようもなく胸が高鳴る。

 顔を思い出すだけで頬が熱くなる。我ながらチョロいと思うが心と体を救ってくれた異性に好意を向けるなというのも無理な話だ。

 

「……はぁ」

 

 だが渚の周りには彼を好意的に見ている美人が多い。アリステア・メアに千叉 譲刃、そしてルフェイだって恐らくそうだ。

 鏡を見る。容姿は負けていないと思う。ただ生まれついての仏頂面がよろしくない。こんな不機嫌そうな女に男が(なび)くなど有る筈もなく、シアウィンクスは頑張って笑顔を練習する。頬をゆっくり吊り上げて微笑みを浮かべた。

 イメージするは最高に可愛い笑顔の自分。

 しかし出来上がったのは最恐に(おぞ)ましい笑顔の自分。

 どうしてこうなるのっ!? 

 思わず心の中で激しくツッコミを入れてしまう。

 

「なんでニッコリじゃなくてニチャアみたいな邪悪な笑みになるのよぉ」

 

 泣き言のような呟きだった。何度やって結果は同じになるのだから泣きたくもなる。

 ガクリっと項垂れるシアウィンクス。

 聞き分けのない表情筋をヤケクソ気味に両頬を手でムチャクチャにした。

 

「この、ころ、こりょお!!」

「……何してんの、シア?」

「ふぁっ!?」

 

 鏡越しで渚と目が合う。微妙に顔が引き()っているのは両方の手で圧迫されたシアウィンクスのマヌケ面のせいである。誰にも見られたくない変顔を一番見られたくない男子に見られたシアウィンクスの内情は推し量るべきだ。

 

「あー、一応言い訳させてくれな? ちゃんとノックもして名前も呼んだぞ? なんかあったと思って入っちまった。……ごめん」

 

 片方しかない手で謝罪する渚。

 謝られても困る。

 渚は悪くはない。部屋に居るはずの者がなんの反応もしなければ心配になって入ってしまうだろう。シアウィンクスとて同じことをする。だからシアウィンクスは羞恥(しゅうち)を隠すように澄ました声で言う。

 

「……で、何?」

「そんなに怒んなって」

「別に怒ってないし」

 

 そう本当に怒っていない。けど渚にはそう見えているのだろ。この仏頂面のせいで気を使わせてしまって申し訳なく感じる。

 シアウィンクスが自己嫌悪に(おちい)ってると渚が親指でドアをさした。

 

「良かったら気晴らしに行かないか? こんな山脈の中にある城の(ふもと)にも、ちょっとした町があるらしくてな。一緒にどうだ?」

「……それって」

 

 デートでは……? 

 一瞬だけ舞い上がるような気持ちになるが『イヤイヤ』と(たかぶ)りそうだった自身に抑え込む。

 きっと譲刃さんも一緒だろう。そう考えて少しだけ落ち込むが、こんな自分を誘ってくれただけ感謝すべきだと思い返す。

 中々、返答をしないシアウィンクスに対して渚が「ふむ」と小さな頷きを見せた。

 

「嫌なら別段断ってくれても──」

「行くっ」

「そ、そか」

 

 食い気味に答える。折角の誘いだ、例え二人きりじゃなくても断るなんて選択肢はない。

 しかし、この城から出られるのだろか。簡単には出歩ける身分じゃないのはシアウィンクス自身が分かっている。その疑問に渚は答えてくれた。

 

「これを腕に付ければ外出してもいいんだとさ」

 

 銀のブレスレットを渡される。渚は既に同じものを付けていた。

 

「これって何?」

「強制転移装置。レギーナが呼び出したい時に起動するみたいだ。さらに位置情報をバラされるっつう有り難くない代物だ。無理矢理外そうとしてもここに戻されるってさ」

「まぁ当たり前か」

 

 シアウィンクスはブレスレットを着ける。いい気はしないが、これだけで外出できるのだから待遇としては破格だ。

 

「そいじゃ、いつ行く?」

「今じゃないの?」

「いや、用意とかはいいのか?」

「用意も何も私物はないし、この服なら外出しても問題ないわ」

 

 敵地で寝間着でいるほど図太くはない。いつでも動けるようなハイキングタイルのシアウィンクス。それは豪華ではないが一般的に小洒落た服装でもある。

 

「確かに外出する姿と言っても違和感はないな」

「そういうことよ」

「なら行きますか。転移陣がある部屋は下だったな」

 

 渚と部屋を出ると譲刃とバッタリ合う。慌ててシアウィンクスは魔王の仮面を被る。威圧感のあるシアウィンクスに対して金髪碧眼の美少女は正に理想的な微笑みを浮かべて恐怖を撒き散らす魔王(人見知り)に近づいてきた。恐怖どころか警戒すらしていない様子にシアウィンクスもビックリする。

 こ、この()の心臓って鋼か何かで出来てるのかしら?

 強者であればあるほどドツボにハマる魔王の覇気を受け流す譲刃にシアウィンクスは背筋が寒くなる。唯一の武器が効かないのだ。

 

「(まぁ、バレてるしね)」

 

先日、レギーナと感情的に言い争った時にも彼女はいた。素の自分が弱いのは譲刃も先刻承知なのだ。

 しかしよくよく考えれば由々しき事態だ。

 譲刃はシアウィンクスなど一瞬で殺せる技量がある。敵対すれば命はない。思わぬ天敵の登場に身が(すく)む。だが当の譲刃は敵意の欠片なく話し掛けてきた。

 

「あ、ナギくんにシアウィンクスさん。もう行くの?」

「おう、譲刃。行ってくる」

「うん、楽しんできてね」

「楽しめるかは行ってからだな」

「それもそうだね。しっかりエスコートしてくるんだよ?」

「努力はするが期待に応えられるかは分かんないな」

「弱気だね~。シアウィンクスさん、ナギくんが下手を打っても許してあげてね」

「あ、ああ」

「じゃあ私は少し用事があるから行くね」 

 

 軽く手を振って去る譲刃。シアウィンクスはその背を安堵しながら見送ってから「ハッ」と我に返る。

 

「ゆ、譲刃さんは行かないの!?」

「行かないぞ?」

「二人きりなの?」

「い、嫌なのか」

 

 微妙に傷付いたような渚の表情。

 

「あ、ゴメン、違うの。てっきり三人かと……」

「城を探索したいってさ」

「そ、そう」

「譲刃も一緒が良かったのか?」

「そんなことないわ! さ、行くわよ!!」

 

 顔が赤くなるのを見せないために前へ出るシアウィンクス。嫌に高鳴る鼓動の音が渚に聞こえないかと心配しながらも城の転移室を目指す。部屋に着くまでに顔色だけでも戻そうとするが熱は全然抜けてはくれなかった。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

「この街、イアルダだったか。結構デカイ……というか大き過ぎないか?」

 

 城から麓の町まで来た渚は感嘆する。険しい山脈に寄り添う町は寂れていると思っていただけに驚きの感情が口調に混じる。

 イアルダと呼ばれる町は予想以上に(さか)えていた。多くの人が行き交い、立派な建物が並び立ち、道路も綺麗に整備されている。レギーナの城はあんなにも寂しいのにまるで対極だ。

 世話しなく人々や乗り物が動いており、出店の呼び込みが所々から届く。一言でいうなら町というより都市である。村寄りの町をイメージしていただけに意外であった。隣にいるシアウィンクスもまた渚と同様のようだ。

 

「ウェルジットよりも大きいわ、この街」

「ウェルジットってシアの領土で一番栄えた街だよな?」

「うん。多分だけどイアルダの街は冥界の現首都リリスくらいの規模だと思う」

「一日じゃ全然周りきれないな」

「一応ガイドを貰ってきたわ」

 

 折り畳まれた縦長の紙を広げて見せるシアウィンクス。

 

「いつの間に……」

「街の入口に案内場があったじゃない」

「シアが寄ったあそこって案内場だったんだ」

「なんだと思ってたのよ」

「休憩所みたいな?」

「なんで着たばかりのあたしが休憩所に行かなきゃならないの?」

「……トイレかと」

「最低な答えをありがとう」

 

 ジト目で睨むのはやめて欲しい。

 渚はシアウィンクスが開いている縦長の紙──パンフレットを覗き込む。

 中々に丁寧な作りだ。区画ごとに何があるのかが分かりやすく書かれておりオススメのポイントも丁寧にピックアップされていた。これなら迷わずに楽しめそうだ。

 

「ち、近いわ」

 

 シアウィンクスが避けるように半歩だけ体を遠ざけた。

 確かにいきなり近付きすぎたと渚は反省する。少しだけ傷ついたのは内緒だ。

 

「わ、悪い。取り敢えずこの店に行ってみよう」

「うんわかったここね」

「ちょ、早っ」

 

 スタスタと早足で去っていくシアウィンクス。

 なんだか今日のシアウィンクスは少しおかしい。情緒が不安定というか落ち着きがないというか。

 深読みしようにもシアウィンクスとの距離が離なされるので先に脚を動かす事にする。渚が少し慌てながら後を追っていると体が傾く。

 

「あ、いっけね」

 

 何も考えずに歩き出したせいで重心の位置を誤った。

 今の自分は片腕を丸ごと無くしているため腕一本分半身が軽い。意識していればなんて事ないが無意識だと慣れてないのもありバランスを崩してしまうのだ。

 転倒まではいかないがヨロヨロと体が思惑とは違う方向へ進む。

 

「ほら、掴まって」

 

 するりと腕を絡め取られた。いつの間にか戻ってきたシアウィンクスだ。寄り掛かって支えてくる姿からは先程までの不機嫌さはなく、労りと優しさが伝わってくる。

 

「助かった、けどもう大丈夫──」

掴まって?

「ア、ハイ」

 

 凄まじい威圧感。無害と分かっていても悪寒が全身に広がる。逆らってはダメだという本能に従い、首を縦にふる。

 

「無くなった手の事、気を使うべきだった」

「気にするなよ」

「無理よ。元はあたしが呼んだせいなのだし……」

 

 片腕を捧げた事は反省するが後悔などありはしない。懸念があるならリアスたちから問い詰められそうな事ぐらいだろう。だからシアウィンクスも今まで通りでいてほしい。無くなった腕を気にされて顔を曇らせてしまうのは渚の本意ではないのだ。

 

「こうなったのは俺が選んだ結果だよ。シアのせいじゃない。それにさ、俺の決断も否定しないでほしい」

「そう、だね。悪い癖が出た」

「心配してくれるのは素直にありがたいよ」

「ならしばらく有り難さを身に受けてもらうわ」

 

 腕同士を組まされるとシアウィンクスが支えながらもリードしてくる。

 

「さ、行こ」

「あ、歩き(にく)くないか?」

「そんな事より誰かさんがスッ転ぶのを阻止するほうが先決でしょ」

「もう大丈夫だから」

「今のを見て信じろと?」

 

 返す言葉もない。渚は諦めて主導権をシアウィンクスを渡す。

 

「あー」

「何よ?」

「いや、そのな?」

 

 シアウィンクスがジィ~と渚を窺う。

 

「困ったな」

 

 腕をキツく絡まれてるせいでシアウィンクスの柔らかな胸が当たっている。しかも本人は気付いていないときた。渚も男だ。普通は触れられない美少女の胸の感触に思考がピンク色に染まる。どうにか離れないと色々と不味い。どう言い訳しようかと考えているとシアウィンクスが俯いた。

 

「……ごめんなさい、嫌だったよね」

 

 意気消沈と言った具合に腕が離れた。渚の望んだ結果だが、どうにも勘違いがあるような気がした。

 

「嫌というかだな」

「解ってるから大丈夫。迷惑かけてごめん」

「え、なんの謝罪?」

「あたしみたいのが触っちゃった事のよ」

「どゆこと?」

「こんな可愛げのない仏頂面の女に引っ付かれた嫌でしょ」

「????」

 

 え、何言ってるの、この子? 可愛げがないとは誰の事を指してるのだろうか。

 

「シアさん、鏡見たことある?」

「当たり前じゃない、今日も見た」

「眼の病院、行く?」

「どうしてよ、両目とも2.0だよ」

「じゃあ何故にそんな結論に至る?」

「見ての通り可愛げは無いくせに威圧感だけは立派な悪の親玉みたいな女よ。近寄られるだけで迷惑じゃない」

「シアは結構可愛げあるぞ?」

「……嘘つき。こんな仏頂面がデフォルトの奴にあるわけない」

「あるって」

「ないっ」

 

 (かたく)なである、なら説明するしかあるまい。

 まずシアウィンクスが仏頂面なのは認める。容姿が優れているのも相まって近づき難いのも理解できる。けどアルンフィルやルフェイと話しているときは穏やかな表情だってする。仏頂面な場合が多いから勘違いしているだろうが、そこ以外は割と感情表現が豊かだ。照れれば頬は赤くなるし怒れば口調に出る。シアウィンクスへの恐怖感や警戒心がフィルターとなって大多数は気づかないが、素を知っている者からしてみれば声や態度に考えてる事が出るので簡単に読めてしまう。そこが可愛らしいと思う時があるのだ。

 

「──ってわけだ」

 

 一通り説明するとお得意の仏頂面が赤面していた。やっぱり分かりやすい。

 

「あ、あたしってそんなに分かりやすいの?」

「魔王さまじゃない時は特にな。あとシアが威圧感を出すのは気を張ってる時だから今とか全然怖くないからな?」

「ほ、ほんと?」

「ほんとだ。周りを見ろ、シアを怖がるドコロか気にもしてない」

「でもさ、やっぱり嫌じゃない? あたし、全然笑わないし、いても楽しくないよね」

 

 シアウィンクス特有のネガティブ思考が炸裂する。渚は目の前の困ったちゃんの腕を取るとネガティブ思考を吹っ飛ばすためストレートに攻める。

 

「楽しいよ。シアは美人だからな、男として嬉しくもある。さ、何時までウジウジしてないでデートしようぜ」

「デ、デート!?」

「折角だし、そう思わせてくれ。俺の気分が舞い上がるから」

 

 あたふたとするシアウィンクス。これの何処に可愛げが無いのだろうか。

 

「わ、分かった。今日だけ付き合ってあげる」

「ありがとさん」

「うふふ」

「なんだ、笑えるじゃないか」

「あ、え? あたし笑ってた?」

「可愛かったぞ」

「か、かわ!? ば、馬鹿!」

「正直な感想だよ」

「もう、無理しちゃって顔が真っ赤よ」

「慣れてないんだ、勘弁しろ。それにお互い様だ」

「えへへ、そうだね」

 

 初々しいカップルのように身を寄せ合う二人。

 腕を組み合いながら大通りに出る。瞬間、騒がしい悲鳴が聞こえた。

 

「なんだ、騒がしいな」

「な、なにアレ?」

「嘘だろ、なんでこんなモンがあるんだ?」

 

 誘われるようにその方向を見ればスポーツカーらしき自動車が猛スピードでこちらに目掛けて突っ込んでくる。まるで標的を見つけた猛獣が如くの運転に渚は絶句する。一体、運転手は何を考えているのだろうか。

 

「シア!!」

 

 渚はシアウィンクスを体の内に隠すと容赦のない暴走スポーツカーを蹴り穿つ。敢えて運転席を外しながら繰り出した渚の脚はボンネットへめり込み、フロント部分の大半を弾き跳ばす。スポーツカーは思ったよりも派手に大破した。

 

「なんとか止まったか」

 

 渚にこれと言ってダメージはない。むしろガイナンゼと戦う前より頑丈になった気がする。自身の肉体強度がドンドン人間離れしている事実に呆れ果てる。

 こりゃもう人間じゃなくないか……? 

 そんな感想が零れてしまうが今はシアだと思い直す。

 

「シア、無事──」

「大丈夫、渚っ!?」

「あばばばばッ」

 

 いきなり肩を強く掴まれて激しく揺さぶられた。焦燥感に染まったシアウィンクスが体のあちこちを改める。少し前にステアに似たようなされた事を思い出す。

 

「怪我はしてないから」

「なら良かった」

 

 シアウィンクスの瞳が震えていた。最悪の状況を想像したのだろう。これの何処が可愛げのない仏頂面な少女なのだろうか。

 

「それにしても、コレどうしよう」

 

 大破したスポーツカーに目を向ける。モノの見事にフロントが丸ごと潰れていて修復は困難なのが分かる。一応、運転手を殺さないように気を使ったので死者はいない。

 

「渚、これって車なの?」

「あぁ、スポーツカーに分類されるヤツだ。見るのは初めてか?」

「う、うん。あたしの知ってる物とは、かなり形が違うわ」

 

 実は冥界にも車はある。ただあまり出回ってはいない。同じ人間が開発した飛空艇や機関車は独自に進化、発展している中で車だけはその傾向が無かったりする。それは単に個人で移動するのにわざわざ自動車を使わなくても自前の翼がある事に加え、ワイバーンやグリフォンなどと言った車以上に便利な魔物を使えるからだ。

 だから悪魔は自動車という物に興味を示さない。ただ例外として現首都リリスだけは人間界の車を積極的に取り込んでいる。少し前にリアスから直接聞いた話だが、サーゼクスやセラフォルーは人間の技術力に惚れ込んでいるかららしい。

 ともせず、ここは首都リリスから遠く離れた街だ。そんな場所に新品のスポーツカーがあるのは大変珍しい。

 

「しかしアレだな。よくこの道で走ろうと思ったな」

 

 道は馬車などが通るため広いが車道や歩道の区別など存在せず、信号もない。勿論、優先道路なんて有りはしないのだ。通りの真横から人や馬車なんて来ようものなら大事故に繋がる。少なくとも人間界のような整備されていない道を時速180オーバーで走るなど誰かを殺しに来ているとしか考えられない。いや、むしろ今殺されそうだった。

 

「ホント、普通なら死んでるぞ」

 

 渚が大破したスポーツカーの持ち主に一言文句でも言おうとした時だ。

 

「よっこいしょー!」

 

 ドォンっと運転席側のドアがすごい勢いで蹴り飛ばされて少し離れた壁に突き刺さる。渚とシアウィンクスはドアが刺さった壁を数秒ばかり凝視して示し合わせたようにスポーツカーへ視線を戻す。

 ノソノソとスポーツカーの中から人が出てくる。

 

「参った参った。今の自動車は凄いね。まさかあんなスピードが出るとは意外だった。我ながら慣れないことをしたよ。さて轢き殺そうとしてなんだが無事かい、お二人さん?」

 

 スポーツカーから出てきたのは恐らく中学生くらいの少女だ。意外な物から意外な者が出てきて言葉を失う。呆ける渚を見た謎の少女は軽やかな足並みで渚に近寄ると小さな紙箱を差し出して来た。

 

「(いきなりなんだ?)」

 

 困惑気味な渚に少女はニッコリと笑う。

 

「ケーキだ。是非とも食べてくれたまえ」

「えっと……」

 

 どうせよと? 

 

「ふむ。成る程、順序を間違えたな。申し訳なかったね。他意はなかったが故意ではあった。いやはや運転とは存外難しかったよ」

「ア、ハイ」

 

 謎の少女は、ひたすらにニコニコと渚の顔を見上げていた。よく見ると凄い綺麗な顔だ。そんなエキセントリック美少女の視線が渚の片腕に流れた。すると何故か僅かに目を細める。だがそれも一瞬、すぐに太陽のような笑顔を変わった。

 

「しかしルシファーの姫君がいるとはね。随分と面白いことになっているじゃないか」

 

 その言葉を聞いた渚はシアウィンクスを隠す。

 どうして、それを知っている? 

 

「おっと争う気はないよ。ここで暴れたら君よりもわたしが捕まってしまうからね」

 

 渚の疑念に少女は無害を主張するように両手を上げた。

 

「どういう意味だ?」

「感覚を研ぎ澄ましてごらん。そうすれば解るさ」

 

 言われて注意深く少女の気配を探ると、とんでもない事に気づく。悪魔特有の魔性がないのだ。それどころか全く逆の聖性を持っている彼女は悪魔とはかけ離れた存在、光に属する者だと渚の感覚が伝えてくる。堕ちていない本物に会うのは初めてだが、こうも神聖さが違うものなのかと思う。

 

「……この感じ、天使なのか?」

「ご名答。わたしは天界で最も可憐な智天使(ケルビム)さんだ。イオフィエル……いやイオちゃんと呼んでくれて構わないよ?」

「なんでそんな位の高い天使が冥界にいるんだ?」

 

 素直に驚きだ。この少女は最高位である熾天使(セラフ)に次ぐ智天使(ケルビム)らしい。容姿は兎も角として口調や態度から天使さが感じられない。まぁ本物は初めて見たから渚の勝手なイメージなのだが……。

 

「おやおや、一番重要なニックネームはスルーかい。まぁこれはこれで新天地を開拓する材料になりそうだね。しかしこんな美人に塩対応とは随分と目が肥えている」

 

 ウンウンと両手を組んで頷くイオフィエルとやら。

 しかし、こんなナルシストかつ不真面目そうなのがホントに智天使(ケルビム)なのだろうかと渚は内心で首を傾げる。

 天界の上位天使が冥界でスポーツカーをかっ飛ばし、人間へ直接攻撃(ダイレクトアタック)をかます。まるで与太話のような現実に当事者である渚は辟易するしかなかった。これが天使を敬愛する教会にでも知られれば信仰が軽くハルマゲドンを起こすのではないだろか。

 ともせず、この娘と関わるのはよろしくない気がする。渚は早々と立ち去ろうとするが智天使(ケルビム)さんはそんな考えを見通してか立ち塞がった。

 

「こらこら、逃げようとしないでくれよ」

「えっと、まだ何か?」

 

 まさか車を弁償しろとか言わないよな? 車には詳しくないが目の前で派手に大破した真っ赤なスポーツカーは絶対ウン千万単位の高級車だ。そんなん高校生が払える額じゃない。寧ろ轢き殺されそうになったんだから許してほしい。渚が目を泳がせるが智天使はニヤリと笑う。まるで渚の懸念を悟ったように顔を寄せてきた。

 

「こう言ってはなんだがアレってかなり高いよ?」

「だ、だから?」

「別にぃ? わたしは弁償しろとは言わないさ。ただ……」

「ただ?」

「そう警戒する必要はないよ。ただ良き友人になってくれないかい?」

「それだけか?」

「ふふ、意外かな?」

「まぁ」

「そう訝しげな顔をしないでほしい。元々わたしが原因なのだし、責を求めるのは道理から外れるだろう?」

 

 フッと顔を寄せて耳元で囁く。中学生くらいの少女なのに魅惑的な声だ。心臓が高鳴り、我を忘れる。

 すると急に体が引っ張られて腕を強く絡まれた。シアウィンクスが不機嫌そうに渚を睨み付ける。

 

()()()()()()()()()()()

 

 魔王モードの口調と凄い威圧感から一瞬で魅了され掛けた精神が叩き直された。てか、マジ怖いんですけどシアウィンクス様? 

 

「いや、忘れてた訳じゃ……」

「言い訳などするな、見苦しい」

 

 ヤバい、なんかスンゲェ怒っとる。怖い、黙っておこう……。

 

「これはこれは驚いた。現当主は穏健と聞いていたが、その(じつ)誰よりも魔王らしいじゃないか」

「貴様、イオフィエルと言ったな? 何が目的で渚に近づく?」

「他意はないよ」

「だが貴様は先ほど故意とも言った。その馴れ馴れしい態度といい。渚に何かを求めているのではないか?」

 

 妙に刺々しいシアウィンクスに口を挟めずにいるとイオフィエルがニヤリと口元を釣り上げる。

 

「へぇ面白い考察だ。あなたは、わたしが彼を追ってきたと?」

「"凄まじい前例"が既にあるのでな。今さら高位の天使が追加されたとて驚きはしない」

「あ〜」

 

 その"凄まじい前例"とは間違いなくアリステアだと渚は思う。シアウィンクスとアリステアの初会合は殺伐としたものだったのだ。

 渚が微妙な思い出に耽っているとイオフィエルが不適な笑みを浮かべた。

 

「凄まじい前例ね。けど(おおむ)ね当たりだ。わたしは蒼井 渚を追ってきた。ある情報筋からバアルの宰相に囲われていると聞いてね、急遽やって来たわけさ。ここで会えたのは幸運だったよ。しかし若いのに随分と観察眼に優れているね、シアウィンクス・ルシファー」

「やはりか」

 

 素直に称賛するイオフィエルにシアウィンクスは静かに「フン」と警戒心を鳴らす。

 

「俺、君と初めて会ったんだけど?」

「……わたしはリアス・グレモリーと個人的な同盟を組んでいるが如何(いかん)せん日が浅くて信用度は低いんだ」

 

 イオフィエルが人差し指と中指を合わせると古い紙が現れた。それを渚に見せつけるイオフィエル。内容はリアスとイオフィエルが同盟を結ぶための約定だ。リアスの魔力が刻まれている事から本物と見て間違いない。

 

「本物だな」

「当然だとも。リアス・グレモリーとその眷属(けんぞく)たちは君を大層心配している様でね。それをわたしが連れ戻せばどうなると思う?」

「つまりリアス先輩から信頼を得るために俺を迎えに来たってことか」

「まぁそうだね。彼女と上手くやれば色々なメリットが発生するからポイントは稼いで置きたいのさ」

 

 イオフィエルが手を差し出す。これを取れば駒王町へ帰れるのだろう。なんとも魅力的な提案だ。

 ふと絡まれたシアウィンクスの腕に力が入るのが感じられた。そんな心配しなくて置いては行かない。

 

「悪いがやることがある。今は帰れない」

 

 あのレギーナを裏切ったら何をされるか分かったもんじゃない。彼女の望みを叶えることがシアウィンクスの自由に繋がるなら渚はやり遂げなければならないのだ。

 さてイオフィエルにはどうお引き取り願おうか。素直に引いてくれると嬉しいんだが……

 渚が説得しようと口を開くが、イオフィエルは自身の唇に指を当てる。

 

「あなたが帰らないというなら無理強いはしないよ。わたしは話の解る女だからね」

 

 そう言ってウインクするイオフィエル。

 

「それなら助かる。ついでにリアス先輩たちに俺は大丈夫と知らせてほしいんだけど、いいか?」

「いいよ。貸しにしとく」

「高く付きそうで怖いな」

「安くしとくさ、わたし基準でね。ではもう行くといい、ギャラリーが凄いことになってきてるよ」

「ソレはどうするだ?」

 

 車を見る渚にイオフィエルは(なん)でもないように言う。

 

「超天使パワーで適当に片しとくさ」

「超天使ってなんだよ」

 

 そのニュアンスが少し可笑しくて笑みが零れた。

 

「やっと笑い掛けてくれたね」

 

 イオフィエルも渚に釣られて笑う。その時、若干の違和感に気づく。常にどこか胡散臭い笑顔の彼女だったが、この瞬間だけは邪気のない少女のように微笑んだのだ。

 

「あー、それがどうした?」

「なんでもないさ、聞き流してくれ。さぁもう行きたまえ。またシアウィンクス・ルシファーが癇癪を起こされては敵わない」

「癇癪とは言ってくれるな、イオフィエル」

「違うのかい? てっきりお気に入りを横取りされそうになったからと思ったがね」

「知ったような口を聞く奴だ」

「おや、怒ったかい?」

 

 なんかシアとイオフィエルの間の空間が歪んでいる? とにかく嫌な感じがして冷や汗が止まらない。二人は引き離した方が良さそうだ。

 

「よし行こう、シア」

「あ、ちょっと」

「じゃあまたな、イオフィエル」

「うん、またね。渚くん」

 

 最初に渡そうとしたケーキの入った小さな紙箱を握らせるイオフィエル。……くれるのだろうか?

 

「これは(いわ)いの品だよ、受け取ってくれると幸いだ」

「祝い? お詫びじゃないのか?」

「いいや、祝いで間違いない」

「なんの祝いだよ」

 

 立ち止まった渚の質問にイオフィエルは答えず、ただ背中を優しく押す。呆気に取られていた渚だったがシアウィンクスが腕を組み、グイグイと引っ張って歩き出す。

 

「行くのだろう?」

「え、あ、シア」

 

 残したイオフィエルが少し気になり視線だけを後ろに向けると彼女は笑顔で小さく手を振っていた。口を開かなければ確かに天使だと納得できる愛らしさだ。

 

 ──再会のだよ。

 

 街の喧騒と人々の雑音に掻き消されたイオフィエルの言葉が渚に届くことは無かった。

 

 

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