ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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蒼の物語、その裏側を知る者たちの密会。
それはまだ語られていない世界の秘密。




暗躍《You cannot go home》

 

 昔、ある魔女にこう言われた事がある。

 

刻流閃裂(こくりゅうせんさ)か。死を越えたモノすら斬殺する鬼の剣。人は戦鬼と畏怖するが私からすればソレは可愛い評価だ。

 千叉 譲刃、あなたは鬼なんて可愛いものじゃない。その在り方は命を刈り取るモノであり輪廻へ堕とす退還刀(たいかんとう)だ、正に閻魔の裁定者そのものだよ。

 だからこそ蒼井 渚は、あなたを(そば)に置いてるのかもしれないね。そう……』

 

 ──自らを殺せる刃として。

 

 せせら笑い浮かべた魔女王の言葉が今でも忘れられない。それは事実だったからだ。蒼井 渚は自らの危険性を理解し、自身を殺す刃として譲刃をそばに置いた。

 全く失礼な人である。私をなんだと思っているのか? 誰彼構わず斬り捨てる外道になったつもりは無いというのに……。

 かつての私は魔女王へこう言った。

 

「例え蒼井 渚の求める者が介錯の刃だとして何を嘆く必要があるの? この身は一振の刀なれば斬る事こそが唯一の奉仕、刃者(はもの)にそれを求められるのは至極当然よ」

『へぇ、なら蒼井 渚が求めたら迷い無く斬殺するんだ?』

「それはあり得ない」

『おやおや少し会話の流れがおかしくないか?』

「"蒼"を斬れる刀と認められたのなら喜びもする。千叉としては栄誉よ」

『つまり仲間としての考えは違うわけかい?』

 

 相変わらず理解が早い。譲刃は薄く笑みを浮かべて魔王が如くの魔女に言う。

 

「渚の願望(斬殺)は私の信念に反する。彼が千叉に求めるのが"死"という裁定だとしても知ったことじゃない。勝手に役割を押し付けるのなら、こちらも我が道を進ませて貰うわ」

『なんともまぁ自由な発想だ』

 

 クックッと愉快げに肩を揺らす魔女は煽るような態度だ。そんな挑発的な物言いには正面から斬り込もう。

 

「魔女王 アンブローズ・センツェアート、貴女が何故こんな話をしてきたのかは知らない。何か思惑が有るでしょうけど私には読み取れないわ。けれどこれだけは覚えておいて?」

『聞こうじゃないか、言ってごらん』

「蒼井 渚が自身を殺せと言えば千叉 譲刃は斬ってでも殺さない」

 

 己が信念を高らかに宣言すると軽薄な笑みだった魔女王は特徴的にとんがり帽子のつばを掴んで目深にかぶって顔を隠す。

 

『その歳で覚悟が決まり過ぎだね。……あなたは大物になるよ』

 

 それは千叉 譲刃が今の譲刃になる前の話、取るに足らない過去の回想である。

 

 

 

 

 

○●

 

 

 

 

 レギーナの古城。

 渚とシアウィンクスのデートを見送った譲刃は、レギーナの書斎へ向かっていた。

 約束した時間より少し早いが待たせるよりは良いだろう。

 人の気配がない長い廊下に靴音が響く。豪華な装飾品の数々を照らす蝋燭の灯火は譲刃を惑わせる鬼火のようである。そんな絢爛さと不気味さが同居した異様な城の中を臆せず、しっかりとした足取りで進む。

 

「はてさて私程度の会話力で何処まで聞けるやら……」

 

 自嘲しながら薄暗い道を歩く。

 所詮、自身は刃でしか物事を解決できない人斬り。知的な交渉の真似事なぞ荷が重い。それでも自らが戦場で葬った例の"鬼"の正体……つまりはバアル軍が使った"黄昏"の力を持つ霊薬について問わなければならないと強く思う。

 正直、会ったばかりの小娘に時間を作ってくれるとは思っていなかったがレギーナはあっさりと対談を許可してくれた。簡単すぎて肩透かしを喰らった気分ではある。もしかするとレギーナも譲刃に対して言いたいことが有るのかもしれない。

 目的の部屋へ辿り着く。一枚の扉越しに人の気配を感じながら譲刃はある事に気づく。

 

「(妙ね、全然魔力を感じない。気配遮断してるのかな? いつも顔を隠してるし、もしかして意外に"しゃいがーる"?)」

 

 レギーナに多少の違和感を持ちつつ、扉をノックしようとするが勝手に開く。

 

「少し待て、すぐ終わる」

 

 部屋の奥、小綺麗な机でレギーナは積まれた書類を処理しながら譲刃へ言う。慣れているのか、次々と右から左へ用紙が動く。やがてその手が止まると漆黒のベールで隠された顔をあげた。

 

「何を突っ立っている、入りなさい」

「では失礼します。私の為に時間をいただき感謝します、レギーナ宰相(さいしょう)

 

 入室するや譲刃は頭を下げる。

 

「千叉 譲刃。人として生まれながら人の理から外れた"刻流閃裂"の戦鬼。お前の"格"を考えるに敬語は不要だと知りなさい」

 

 刻流閃裂(こくりゅうせんさ)の名を出されて顔を上げる。(はた)から見れば田舎流派でしかない千叉の剣を警戒ないし称賛するなど、その()()を知っている者くらいだ。

 

「どうやら此方側(こちらがわ)についても詳しいようね」

「そんな話の為に来た訳ではあるまい。尋ねた理由はコレだろう?」

 

 レギーナが何処からともなく小瓶を出すや放ってきた。譲刃がそれをキャッチすると中身を覗く。間違いなくバアル軍が使っていた薬だ。

 どうやら目的はお見通しらしい。譲刃が言葉を発する前にレギーナが口を開く。

 

「欲しいのなら受け取りなさい」

 

 まるで興味無さげな声音のレギーナに譲刃は少々呆気に取られながらも直ぐに質問を投げ掛ける。

 

「コレの開発者は宰相?」

「精製したのは私だが原型は違う。私は古の知識を元に再現、改良したに過ぎない」

「古の知識ね。それは誰のもの?」

 

 さてどう出るか。

 譲刃の考えが正しければ知った名前が上がる筈だ。そして、それはレギーナが()()()について詳しい理由にもなる。

 譲刃が沈黙という刃を向け続けているとレギーナが遂に喋り出す。

 

「"聖書の神"。いや、ここは敢えてお前たちが良く知る言葉で呼ぶとしよう。彼の者は世界をこの姿に定めた賢人にして狂人、真名を"エル・グラマトン"」

 

 その名を聞いた譲刃が深い溜め息を吐く。正に予想のど真ん中を射抜かれたからだ。

 

「やっぱりエルくんが"聖書の神"だったか。けれど宰相は、どうしてソレを知ってるのかしら?」

「エル・グラマトンによって"蒼"と"黄昏"の知識を授けられた者たちがいるとだけ言っておく」

「そういうことか。それでこの霊薬で宰相は何をしようとしているのかな?」

「知れたこと軍事力の強化だ」

 

 即答するレギーナに譲刃は真面目な表情を向けた。それが本当と仮定しても無謀な行いだと知っているからだ。

 

「経験則から言うけれどその道は破滅と隣り合わせだよ?」

「危険性は承知だ。しかし歩みを止めるつもりはない、辞めさせたければその刀を振るえばいい。千叉 譲刃、お前は()()()()()()()()()()で命を奪うと聞く。その(ごう)を為すために来たのだろう?」

「ふーん。"罪花"……私だけが()えてるモノの事も知ってるんだ?」

 

 両者の間に緊張が走る。

 譲刃という存在の格を認めつつも挑発する物言い、それは即ち勝つ算段があると言うことだろう。しばらく視線をぶつけ合う二人だったが譲刃の方が剣呑な気配を解いた。

 

「困ったなぁ。どうも宰相は知り過ぎてる」

 

 これはアリステアが殺しに掛かりそうである。彼女(アリステア)は自分達の過去にとても敏感なのだ。かつてのイオフィエルの時が良い例……いやあれは悪い例になるのか。

 ともかくレギーナと直接会わせるのは避けた方が賢明だろう。

 ウチの可愛いステアちゃんを、あまり刺激しないで欲しいと譲刃は僅かに肩を落とす。そんな時だ、レギーナが質問を投げ掛けてきた。

 

「罪の花か。私のは、さぞ大きく花開いてるだろうな」

「別に罪花があるからって無差別に斬るわけじゃないかな」

 

 生きてる限り罪を犯し続ける者がヒトという生き物だ。(すなわ)ち罪花を持たない知性体は存在しない。それを全て(さば)いていたら出会うものを次々と斬り殺す大量殺人者になるのは明白である。だから罪花があるだけでは命を刈り取らない。その花を斬り落とすと決めるには条件があるのだ。

 そしてレギーナはその条件をまだ満たしていない。

 

「私は私のルールで命を斬ると決めているの。あなたはソコには至っていないわ。──今はね」

「随分と利己的な判断基準だが、その信念あればこそ斬った者よりも多くの者を救ったというわけか。ならばこそ刃を収めるべきなのか? お前はこの霊薬の危険性を理解しながら私を見逃そうとしている」

 

 試すような物言いに譲刃は真っ直ぐ答える。

 

「確かにソレの存在は"罪花"の在処(ありか)以前の問題でもあるから斬る理由にもなるわ。だけど早まって迂闊な行動をすれば取り返しの付かない状況になる可能性も否めないでしょう?」

 

 お互いの立場や現状を考えれば衝突は悪手である。最悪、渚にも飛び火してロクな事にならない。しかし譲刃の答えにレギーナは納得しておらず、更に問いを投げ掛けた。

 

「不可解な言い分だ。お前にとって霊薬は唾棄(だき)すべきものだと思っていたのだが?」

「間違ってないかな。ただコレがエルくんの作ったモノなら何か存在理由があるはずよ」

「随分と信頼してるのだな」

「あの人の行動はある程度予測できる。本当にある程度だけど……。それじゃあ聞きたい事も聞いたし退散退散っと」

 

 譲刃がレギーナに背を向けて部屋の扉へ向かう。

 

「待て。私を斬らない理由の説明を聞いていない」

「あれ? 今話したよ?」

「エル・グラマトンの話は建前であろう」

 

 いやはやバレていたか。

 そうエル・グラマトンの行動は善悪を(かえり)みない場合が多々ある。そして黄昏の霊薬という存在については完全に悪だ。それこそソコに触れてしまったレギーナは斬殺するに値する。

 しかし譲刃は見逃した。レギーナはそれを目敏く悟ったらしい。

 

「もう一度問う。千叉 譲刃が私の首を取らない真の理由なんだ?」

 

 そんな質問に脚を止めると譲刃が閻魔裁定の人為らざる瞳でレギーナへ告げた。

 

それは(ひとえ)(なれ)罪花(ざいか)(けが)れきってない(ゆえ)だよ、レギーナ・ティラウヌス

 

 "罪花"。

 ソレが見えない者からしたら幻覚に踊らされたような馬鹿げた理由。だが譲刃にとってはソレは斬る為の確固たる真理の一つなのだから……。

 

 

 

 

 ●◯

 

 

 

 

 譲刃が去り、部屋が静寂に沈む。

 周囲に人の気配がない事を悟ったレギーナは顔を隠した漆黒のベールを机に置いて素顔のまま窓へと近づいた。

 

 ──千叉 譲刃。

 

 見た目と言動に騙されたがアレもまた"蒼の眷属"の一柱、常人では見えていないモノを()ている。油断出来ない相手だ。譲刃が去り際に残した言葉がレギーナの頭を(よぎ)る。

 

「果たして罪の花とはどう穢れるのか、実に興味深い。しかし"蒼"に連なるモノが随分と良いタイミングで現れてくれたものだ」

 

 今から始まる戦いは本来は数十年は先になる筈だった。敵は"聖書の神(ヤハウェ)"──エル・グラマトンですら滅ぼせなかった存在。その力は龍神オーフィスや真龍グレートレッドにも並ぶ怪物だ。挑むなど無駄の極致でしかない。恐らく、魔王を筆頭に冥界の全勢力をブツけても敗色が濃厚な相手だ。

 ならば、どうしてそんな戦いに今から望むのか? 

 

 答えは二つある。

 

 一つは予測される復活時期が非常に不味いからだ。"ルオゾール"と呼ばれるアレは何もしなくても目覚めてしまう。そして猶予は遠くても三十年と判明している。そう、遠くともだ。その時間が早まる場合も有り得るのだ。

 世界を揺るがす問題であるならば早急に解決しておきたい。これは"禍の団(カオス・ブリゲード)"とかいうテロ組織にも言える。

 

「オーフィスも余計な者らに(かつ)がれたか。まぁいい、運命は私に良いカードを配ってくれた」

 

 そんな事を呟くレギーナは二つ目の理由に思考を向けた。

 

 ──蒼井 渚。

 

 彼はシアウィンクス・ルシファーを冥界から連れ出そうとしている。"原罪(ザ・シン)"を持つ悪魔を手元に置きたいレギーナだが難題(ルオゾール)へ対処できる"真滅倶(ディー・サイド)"の力を手中に納められるならば妥協はしよう。

 

 ──(いわ)()の者こそ真性の抹殺者であり、"神滅具(ロンギヌス)"の原型である"真滅倶(ディー・サイド)"。

 始神源性(アルケアルマ)と呼ばれる正真正銘の真神(かみ)を葬る救済者であり破壊者。人ならざる者にして神ならざる者が蒼井 渚という存在なのだ。そんなジョーカーがなんのイタズラかアッチからやって来た。しかも交渉を有利な条件で行える得点付きである。

 

「……ふっ」

 

 レギーナが人間らしい微かな笑みをこぼす。

 ここまで心が踊るのは久しかった。それ程までに実に容易く良い仕事だった。

 しかし自身がいつもより熱くなっていると気づいた彼女は胸の内を戒めるように笑みを消す。

 

「おやおや、悪い顔をしているね」

 

 レギーナしかいない部屋に彼女ではない声が静かに響く。どうやら招かれざる客人がやってきたようだ。本来なら不法侵入に罰を与える所だが、残念なことに目の前のコレは相手にするだけ時間が無駄になる。だからレギーナは客人を冷淡に見据えるだけに(おさ)め、少女の名を読み上げる。

 

「イオフィエルか。珍しいな、お前が直接会いに来るなど」

「なぁに、ついでだよ」

「ついで? あぁ成る程、もう彼に会ったか。確か連絡を入れたのは二時間ほど前だったが世界の壁を超えてくるには(いささ)か早いな。一応、智天使(ケルビム)の長なのだろう?」

「あなたのトコに渚くんいると聞いたら居ても立ってもいられなくてね。ミカエルの目を欺きアザゼルから転移装置付きの自動車を拝借して来たのさ」

 

 いつの間にか部屋の壁に背を預けて腕を組んでいるイオフィエルは随分とご機嫌だ。

 

「転移装置付きの自動車とはアザゼルも相変わらず妙なものを造る。それでその転移車は何処に?」

 

 アザゼル特製の転移装置に興味を惹かれたレギーナが問い掛けるとイオフィエルは首を横に振る。

 

「さっき事故で大破した。メイン動力が完全に壊れて再起は不能だよ」

「……アザゼルになんと説明する気だ?」

「説明なんてしないよ。だってそんな事をすれば、わたしが彼の愛車をパクッ……借りたとバレるじゃないか」

「まさか堕天使から物を奪うとは流石は叡知の近親たる天使だ、悪知恵も相当なものらしい」

「まぁね」

「褒めてはいないが?」

 

 どや顔のイオフィエルにレギーナが即答する。どちらが悪党か分かったものではない。少しだけアザゼルに同情する。相変わらず人を食ったような態度のイオフィエルにレギーナは怒りもせず只々(ただただ)呆れてしまう。

 

「それで蒼井 渚に会って何をした?」

「"軽く"挨拶だけしたよ。ルシファーの姫君とデート中だったんでね」

 

 "軽く"の部分が妙に強調されている事から普通の挨拶じゃないだろうとレギーナは悟る。きっと渚の度肝(どぎも)を抜く挨拶だったに違いない。天界に属しながら堕天してないのが不思議なくらいの不良が彼女なのだ。

 尤も今回は渚へのちょっとしたアピールも含まれていたのだろうと推測出来る。だがそれは無駄に終わったとレギーナは確信していた。

 

「大方、初対面のような態度を取られたか?」

「……へぇ、良く分かったね」

「私を見てもなんのリアクションを起こさなかったんだ。お前に対しても同じだと推察した」

「リアス・グレモリーから記憶喪失だと聞いていたけど他人の振りをされるのは(いささ)かね」

 

 落胆混じりの声。やはり覚えられていないことには多少なりとも思うところがあるようだ。

 なんだかんだでイオフィエルの乙女な部分を垣間見るレギーナ。

 しかし記憶喪失か……とレギーナは納得した。実はイオフィエルとレギーナは過去に渚とちょっとした接点がある。つまり久方振りの再開なのだが揃って覚えられていないとは滑稽である。

 

「愁傷様だな」

「む、含みのある言い回しじゃないか」

「知らない顔をされて随分と(こた)えたのでは?」

 

 レギーナの最後の一言に、やたら態度の大きかった天使がピクリと反応を見せた。

 

「酷い人だ、相変わらず。あなたは平気なのかい?」

「記憶喪失が無くとも過去など忘れられるものだ。そんなものに意識を()くほど暇ではない」

「出た出た鋼鉄発言。あなた精神は鉄みたいに冷めすぎて哀れだよ」

「お前は気にし過ぎだ。いったい(いく)つになる? 精神年齢も見た目に引っ張られてるのか? 嘆かわしいにも程がある」

「嘆かわしい? どこが? 執着は生物が持つ当然の欲望だよ」

「ならば一言だけ忠告を。我々にとってはそうでなくとも蒼井 渚から見たら我々は見知らぬ他人だ、お前は色々とやり過ぎるきらいがあるから距離の詰め方を誤って避けられんように注意することだ。尤もそうなったら、そうなったで見物だがな」

 

 冷徹な口調に対してイオフィエルは含み笑いを返してきた。

 

「意地が悪いね。そんなだから"冷鉄の魔女"とか言われるのだよ?」

「底意地の悪さはお互い様だろう。さて下らん談笑は終わりだ。ここに来たということは伝達は見たな? ならば私の提案に協力すると取っても?」

「久しぶりのラブレターにしては刺激的だったよ。ルオゾールの完全無力化だったかい? 本当はお断りしたい案件だよ。それにリミットまであと三十年近くはある計算だ」

 

 イオフィエルは「やれやれ」と言いたげにレギーナを見た。

 

「あくまで予想計算に過ぎない。期限が確実に分からない以上はすぐに対処すべき案件だ。なんの備えもなしに戦えるほど甘くはない相手なのは承知の筈だが?」

「説教はやめてくれたまえよ、アレの事はあなたよりも知っている。だが時期が悪い。オーフィスがテロ組織を率いて動き出した。三大勢力はその対処を優先するだろう」

 

 イオフィエルの言葉にレギーナは事も無げに言い返す。

 

「トップ陣は好きにさせれば良い。こちらには"蒼"がある。動くには十分な材料だ」

「やはり今動く理由は渚くんだったんだね」

「既に本人の承諾も得た。蒼井 渚が戦うならば(おの)ずと有用な駒も付いてくる」

「アリステア・メアと千叉 譲刃を駒扱いとは畏れ多い人だ。仮にも我らが創造主と同格存在だぞ」

「私には関係ない。使えれば使う、それだけだ」

「蒼の眷属が()()通りなら頼もしい。けれども揃いも揃って不完全だよ。そう言えばレギーナ、不完全と言えば渚くんの片腕が欠損しているのだけど、まさかあなたでは無いよね?」

 

 イオフィエルから一切の熱が消える。

 今までの機嫌の良さが嘘のように霧散し、奈落の底よりも暗い凍獄の瞳孔がレギーナを射殺さんと見つめて来た。死神が如く物騒な天使はレギーナの返答を待つ。答えを間違えば即戦闘になりかねない中、レギーナは殺意を正面から受け止め無感情に対応した。

 

「あれは自ら落とした。仲間を救う為にな」

「ははは、実に彼らしいね」

 

 アッサリと信じたイオフィエルが再び笑顔を見せる。嘘と言わないのはレギーナを信用しているからではない。これは渚に対しての信頼の現れだ。イオフィエルにとって彼ならそうするという確信がある。それだけの話だ。

 何にしても揉める必要が無くなったと思うレギーナ。

 

「話を戻すぞ。ルオゾールを攻略する当たって重要なのは戦力だ」

「戦力ねぇ。確かに今の渚くんに"ルオゾール"の相手をさせるのは酷かな」

 

 威圧的なレギーナにイオフィエルは考え込むような仕草で視線を流した。

 

「蒼井 渚は私との戦闘で(くだん)(つるぎ)を使用しなかった。やはり使えないのか?」

「みたいだね。記憶が関係しているのは間違いない」

「そうか」

「"蒼獄界炉の剣(ゼノ・イクス)"が使えないとなれば戦力不足は否めないよ、大丈夫なのかい?」

「足りない部分は補強すればいい」

「簡単に言うなぁ。君んトコの秘蔵っ子も出すの?」

「ガイナンゼか、それもいいだろう。加えてあと数名は確保できる」

「ふーん。他に宛があるようだけど半端モンは勘弁だよ。下手な雑兵じゃ死体が増えるだけだからね。むぅ~、数はわたしがいるからいいけど、もう少しちゃんとしたのが欲しいな。……ん? 渚くん、渚くんか」

 

 イオフィエルが「あっ」と何かに気づいた素振りで顔を上げた。

 

「何か妙案でも浮かんだか?」

「レギーナ、ちょうどリアス・グレモリーが冥界に来る予定があった筈だ。──巻き込まないか?」

「足手まといは必要ない」

 

 イオフィエルの提案をレギーナは一蹴する。

 リアス・グレモリーの血統が優れているのは認めるが、それだけの上級悪魔に用はない。そんなレギーナの判断をイオフィエルは嗤う。そして考えが浅いと言いたげにこう続けた。

 

「彼女の眷属には赤龍帝がいる。中々に面白い素材でね、渚くんのお供には相応しいだろう」

「面白いか。今代は白の圧勝と見ていたが赤の方もイレギュラーなのか?」

「いいや、赤龍帝は一般の学生だったよ。転生悪魔ではあるが白龍皇とは比べ物にならないくらい弱い。歴代最弱と言っても良いだろうね」

「片や最強、片や最弱とは運命とは時に非情だな。……してお前が面白いというのはどの辺りだ?」

「その最弱の赤龍帝は最強の白龍皇 ヴァーリ・ルシファーを退(しりぞ)けたんだ」

「ほう?」

 

 レギーナの口調に僅かな興味が宿る。

 

「赤龍帝となった兵藤 一誠は渚くんと親密な関係でね。恐らく世界で最も"蒼"の恩恵を受けている一人だ」

 

 レギーナはイオフィエルの狙いを()っした。

 聖書の神が造り上げた神器(セイクリッド・ギア)、その極限は世界の均衡を崩壊させる禁手(バランスブレイカー)に至る。これは知る人ぞ知る神器の真理だ。だがなぜそうなるのかを知る者は非常に少ない。

 神器の真理は謎に満ちている。その深奥の秘密をレギーナは口にする。

 

「"蒼"による神器(セイクリッド・ギア)への干渉を利用する気か?」

「そう。近縁種たる神器は"蒼獄界炉(クァエルレース・ケントルム)"からバックアップを受けられる。それこそ最弱が最強を圧倒するようなね。……で、どうする?」

 

 最強の白龍皇ヴァーリ・ルシファーを退(しりぞ)ける力を持つ赤龍帝。それが事実なら利用しない手はないだろう。レギーナは合理的に思考してイオフィエルの案を是とした。

 

「よろしい。リアス・グレモリーには冥界を救う一翼を担って貰うとしよう」

 

 暗躍の会合が進む。

 世界から害悪を排除する為、あらゆる者を踏み台にする悪辣で正々とした二人の策略が冥界に敷かれようとしていた。

 

 負けは全ての終わり、勝てば……。

 

 無感情が常であるレギーナの唇が僅かに弧を描く。けれどそれも一瞬だけだ。

 戦いに勝つために思考を加速させる。

 

「さて使える駒を増やすか。まずはそうだな、フェニックス領から手を着けるとしましょう」

 

 そう言ってレギーナは再び漆黒のベールで素顔を隠すとイオフィエルを無いものとして部屋から出て行った。

 残されたイオフィエルはその背を見送ると言葉を紡ぐ。

 

「レギーナ・ティラウヌス。祖と為る神(ソトナルカミ)の心臓を引きずり出そうとする漆黒の背徳者か」

 

 そう詩的に語るや、去ったレギーナへ向けて優雅に一礼した。

 

「だが、それでこそ我が共犯者だ。汝の歩む未来に神の祝福あれ」

 

 そして可憐な天使は霧のように姿を消すのだった。

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 渚です。

 突然ですが冥界の危機を救うことになりました。聞くところに拠れば"ルオゾール大森林"にいるトンデモ存在が目覚めて世界を滅ぼすらしいです。

 話が大き過ぎて笑ってしまいそうになるが、あのレギーナ・ティラウヌスさんの態度を見る限り本当にヤバい案件のようで、何故かそんな奴と戦わなければならなくなりました。もう気分はオーマイガーです。

 絶対に関わりたくない案件に身体が拒否反応を起こして胃がキリキリしています。そんな危ないヤツは四大魔王とか腕利きの最上級悪魔が相手をしてほしいのが本音です。

 けれどレギーナ・ティラウヌスさん(いわ)く「世界最強の龍神が動き始めて魔王はその対処に追われています」との事。なのでルオゾールの一件は大王バアルの管轄になったとかなんとか。どうやら冥界は思っている以上に平和からは遠いようで驚愕しています。

 もっと頑張れよ、魔王様がた……。ちょっと戦える程度な高校生が冥界の危機に見事に巻き込まれてますよ?

 さて今の心境を言ってしまうとこうです。

 

 ──ガッデム、マジふざけんなっ!!

 

「……って訳らしい」

 

 心で現実逃避しながら、口ではレギーナから知らされた情報を目の前にいる人達に伝える。

 とりあえず周囲を確認するが、聞かされた人達のリアクションはバラバラである。唖然とする者、訝しげな者、考え込む者、平静な者などなど様々だ。

 まぁ急に冥界が近い内に滅ぶと説明されても困るだろう。どうしようかと頬を掻いて、ある人物へ歩み寄る。

 

「信じられないよな?」

 

 話しかけられた人物は常に平静だったアリステアだ。

 今現在、レギーナの使者としてフェニックス領まで来ているのだが、いきなり現れた自分にライザー達は驚きつつも快く迎えてくれた。その際に自身がレギーナからの使いと説明して今に至るわけだ。

 この場いるのはフェニックス代表のライザーとレイヴェル。旧ルシファーのアルンフィル、ククル、カルクス。個人的な支援者であるサイラオーグと来て、相棒のアリステアだ。

 

「急に帰ってきたと思ったらそんな事ですか。信じる信じない以前にレギーナ・ティラウヌスの話は事実です」

 

 周囲がどよめく。

 

「あ、アリステアさん、何を言ってるんですの? 冥界が滅びる。まさかそんな話があるわけが……」

「仮に真実としても魔王が動かなきゃならんだろうぜ」

「お兄様の言うとおりですわ。話が飛躍しすぎていると思わざる得ません。アリステアさん、あなたは何を知っていますの?」

「そいつは俺も気になんな。渚の言葉を確信してる口振りから、それなりの情報を持ってんだろ?」

 

 訝しげに質問を投げ掛けるのはレイヴェルとライザーのフェニックス兄妹(きょうだい)だ。

しかしアリステアは返事をする気配がない。

 得意の秘密主義が発動しているのだろうが、今回は先を(うなが)す事にした。

 

「ステア、喋りたくないのは分かるけど譲ってくれ」

「安易に洩らせる情報ではありませんので」

「──頼む。成り行きでこうなったけど"ルオゾール大森林"は、なんつーか胸騒ぎというか妙に気に掛かるんだ。一度、あの森の深奥に立ち入ったけど違和感だらけの場所だった。口では上手く言えないけど放置は不味い予感がする。もしも何か知ってるんだったら教えてくれ」

 

 強めの口調で言うとアリステアは一つは息を吐いて説明を始めた。どうやら折れてくれたようだ。

 

「"ルオゾール大森林"に入った時、ある存在に類似したものを感じました。私たちはソレを"始神源性(アルケマルマ)"と呼んでいます。その力は星を破砕し、(そら)すら焼き尽くす深淵(しんえん)または天涯(てんがい)の者。貴方達に分かりやすく言えば"龍神オーフィス"や"真龍グレートレッド"に匹敵ないし上回る化物です。十中八九、"ルオゾール大森林"にいるのはそんな(たぐ)いのモノです」

 

 そんなバカな、アリステアが語った龍は世界最強のツートップだぞ! そんなヤツらと同格な(やから)が"ルオゾール大森林"にいる? しかも自分たちは、そんなのに喧嘩を吹っ掛けようとしている? 冗談抜きでヤバいじゃねぇか……。

 

「あの鉄仮面の宰相(さいしょう)、無茶を言いやがるッ。難題どころのレベルじゃねぇぞ!」

「面倒事に自ら進んで首を突っ込むのは最早ナギのお家芸ですね」

 

 イイ笑顔ですね、アリステアさん。こちとら不本意が限界突破だよ、ド畜生っ!!

 

「仕方ないだろ、向こうからトラブルがやって来るんだよ……」 

 

 日常を送りたいのは事実だが見過ごせない異変があるのなら対処するのは当たり前だ。放置してなんらかの被害が出て後に後悔する方がバカらしい。

 アリステアが呆れ半分で肩を竦めるとアイスブルーの瞳が片腕に向けられる。

 

「新しいのを生やしたのですか?」

「おい、人を植物みたいに言うな」

 

 さも当然と言いたげな口調のアリステアに物申す。失われていた片腕は元に戻っている。これはレギーナが作成した義手であり、見た目や触り心地も生身の腕そのものだ。いきなり付けられた腕だが実に見事な代物だった。霊氣を吸って動くので普通の腕のように動かせるし、鈍いが触覚も存在する。今は慣れない感覚もあって上手く動かせないが訓練を続ければ元の腕と大差ない操作も可能だそうだ。

 難点は霊氣でしか動かせないという点だ。個人的に一番残念な箇所でもある。魔力で動けば同じ義手仲間であるレイヴェルにも使えたというのに実に惜しい。何故レギーナは霊氣でしか動かない物を作ってしまったのかと勝手な不満があるのは胸に秘めておく。貰っておいて不満をブチまけるなどただのワガママだ。

 

「おう、渚よぉ。お嬢は大丈夫なのかぃ?」

 

 カルクスにガシッと肩を掴まれた。心配からか、カルクスの太い指が強張ってめり込む。

 正直、少し痛い。

 

「お馬鹿。渚が痛がってんだろに、この筋肉ダルマ」

「あいて。ちょ、叩くことねぇだろ、ククル婆」

「渚、悪いさね。こいつは見たまんま脳まで筋肉なのさ」

「心配なのは理解できますから。それとシアは割りと元気ですよ。レギーナ宰相も客人と扱ってくれてますんで安全です」

 

 カルクスとククルが安堵の表情を見せる。だが対照的にアルンフィルは笑っていない。

 

「渚くん。あなた~、レギーナ宰相と取引したんじゃありませんか~。例えばルオゾールの対処に成功したらシアちゃんを自由にするとか~」

「はい、しましたけど?」

 

 瞬間、場の空気が変わる。

 これはなんだろうか? 困惑と驚愕が入り交じった妙な雰囲気である。

 

「お前、マジかよ」

「なんだよ、ライザー。俺、なんかおかしいか?」

「いや、おかしいだろうが。お前、女一人のために冥界を滅ぼすかもしれねぇ災厄に挑むのかよ」

 

 本当にそうなら、どんなにカッコいいだろうか。

 シアを自由にしたいというのもあるが、実は人間界に早く帰って留年対策をしたいという超個人的などうしようもない目的もあったりする。ただ、これだけは口に出したくない。自分の情けない姿を他人に晒す精神力など持ち合わせていないのだ。ついでに言えば標的が世界最強クラスなど今知った。もう生きて家に帰れるのかすら怪しくなってきている。

 もしかしてレギーナさん、間接的に殺しに来てないか?

 

「……別にシアだけの為じゃ──」

「あ、蒼井さんはシアウィンクス・ルシファーと恋仲なんですの?」

 

 胸を抑えつけて訴えてくるレイヴェル。

 

「何故そうなる?」

「そうであれば納得が出来ます。愛する人のためなら(わたくし)だって災厄に挑めますもの」

 

 すげぇな、言い切ったよ。この()……。

 あれ? なんか目が潤んでないか? もしや愛する人の為に命を懸けた戦いに挑む人間に感極まったのだろうか? 流石に勘違いが過ぎる。そんな上等な理由じゃないのに感動しないで欲しい。仕方ない、ここはストレートに正論で誤魔化すとしよう。

 

「俺と彼女は恋人なんかじゃないよ。けど誰かが困っていたら手を差し伸べたい。……だろ、レイヴェル?」

「……あっ」

 

 ふらぁとレイヴェルが倒れそうになる。それをライザーが慌てて支えた。

 

「れ、レイヴェル! しっかりしろ!!」

「え、どした? レイヴェル、大丈夫か?」

「これが大丈夫に見えるのか、えぇ!? お前は不死鳥殺し(フェニックススレイヤー)の称号でも欲しいのか、クラスター爆弾ばりにヒデェもん落としやがる!!」

 

 ライザーが凄いキレた。え、なんで?

 

「爆弾!? なんの話っ!?」

「キメ顔でイケメン発言してんじゃねぇ! あぁクリティカルヒットしてんぞ、コレ。なんつーことしやがる、ウチの妹はこれで純情なんだぞっ!」

「キメ顔イケメンって誰だよ!?」

「テメェだよ!」

「はぁ!? 寝言は寝て言えよ! 学園じゃあ"生きたゾンビ"やら"生きたフリをした死人"と揶揄(やゆ)されたこの俺がイケメンだと!? いいかぁ、よく聞けよ。基本的にゾンビってのは顔が崩れて見られたもんじゃないんだよ。わははは、はい論破ぁ!! ……くぅ」

 

 コンチキショウ、目尻が熱いぜ。言ってて気づいたが、どっちのあだ名も結局ゾンビじゃねぇかっ!!

 

「仲がよろしいようで何よりです。それでどうするのですか?」

 

 アリステアが全体に問い掛ける。レギーナの申し出を受けるか否かだ。彼女が求めているのは戦力だ。大戦を生き延びた古強者の旧ルシファーの臣下たちに不死のフェニックス。それらを取り込みたいのだろう。

 フェニックス兄妹には断って欲しいのが本音だ。"ルオゾール大森林"の深奥を知ってるだけに危険さは身に染みているのだ。シアウィンクスの自由にしたいという明確な目的があるルシファーの者たちとは違う。わざわざ巻き込まれる必要もない。

 

「私達は受けますよ〜。ねぇ〜?」

「しかしよぉ、バアルの言いなりってのは気に入らねぃ」

「レギーナか。バアルの宰相は冷徹だが契約は守るヤツって聞くからね。気に食わんのはカルクスと同じだが、あたしゃアルンフィルに賛成さね」

 

 アルンフィルを初めとした旧ルシファー組は渋々ではあるがレギーナの計画に参戦するようだ。元凶であるバアルに思うところはあるが上手く行けばシアウィンクスは様々な(しがらみ)から解放される。

 

「俺らも参戦だな。"ルオゾール大森林"は旧ルシファー領ほど近くはないが一応フェニックス領に隣接してるからな。そこから災害が起きると分かっていて無視は出来んだろ」

「ライザー、かなり危険な相手だぞ」

「そういう手合いこそフェニックスの領分だ。他の奴等よりも死ににくいからな」

「えぇ。話を聞いたからに黙ってるなんて出来ませんわ。(わたくし)たちだけ除け者は許しませんわよ、蒼井さん」

「……分かったよ、けど危なくなったら逃げてくれよ?」

「残念だが、もう逃げないと誓ったんでね」

「最善を尽くしますわ。不退転の気持ちで!」

 

 意気揚々なライザーとレイヴェルの返事に頭を抱えたくなる。そんな中で一人の男が前に出てきた。

 

「俺も噛ませてもらうぞ、蒼井 渚。冥界の危機と聞いては黙ってはいれんな」

 

 サイラオーグ・バアルが参加を表明した。

 あのバアルの長兄、本来なら信じられないと一蹴するところだがサイラオーグの人柄は短い付き合いながら知っている。バアルでありながらバアルらしくない悪魔、剛健実直であるが誠実さもある。しかし瞳の奥には揺るがない野心が見え隠れしている。ただ悪意とは程遠い場所に立っている不思議な男。

 

「(サイラオーグ・バアルか。個人的には信用したいが……)」

 

 彼は多分、強い。実際、相対していないため実力の詳細は分からない。だが少なくとも並の悪魔などではないと第六感が告げてくる。

 どうしようか迷うなか、アリステアが耳元に唇を寄せた。

 

「ナギ。彼は使えますよ」

「ステア?」

「戦力としては悪くない、悪魔としては三流ですけど」

 

 サイラオーグを褒めたと思ったら、急に失礼な事を言ってくるアリステア。

 けれど、あの辛辣なアリステアが使えると言うのだから相当な戦力と見ていいだろう。

 

「渚よ、バアルの俺は信用出来ないか?」

「バアルには、色々とお世話になったんで……」

「正直な男だ」

 

 サイラオーグが嫌味のない笑いをこぼす。

 正直、バアルは最も嫌いな悪魔だ。けれど目の前の男はガイナンゼやエルンストとは違うのも知っている。バアルに苦しめられ、精神的に追い詰められたライザーが嫌悪感を無しに接している所からもサイラオーグが善い人柄なのが良くわかる。

 

「サイラオーグさん、俺はバアルが嫌いだ。俺の友人を酷く傷付けて今も付け狙っている」

「そうか、だが当然だ。バアルがやったことを考えれば、その感情は当然とも言えるだろう」

 

 バアルに対する感情を口にするが、サイラオーグは正面から受け止める。

 今にも頭を下げてきそうな雰囲気だ。そういう所を見せてくるのはズルいと思う。敵意をブツけ(ずら)いったらありゃしない。やっぱり一人や二人ぐらい悪いバアルの悪魔を見たからといって全てのバアルを悪者と決めつけるのは良くないな。

 

「けどアンタは良い悪魔だと信じたい」

「何故だ?」

「勘だ。アンタは少しだけリアス先輩に似ている」

「お前が慕うリアスに並べるとは光栄だな。素直に嬉しいぞ」

「……器、広すぎだろ。さっきから俺は大王候補者に随分と生意気言ってんだぞ?」

「リアスから色々と武勇伝を聞かされているのでな。いつかその力を間近で見たいと思っていたのだ」

「お手柔らかに」

 

 すごい期待されている。そういうのはあまり得意じゃないからやめて欲しいんだけど……。

 

「では渚、これからどう動きますか?」

「それはコイツに書いてある。レギーナが交渉に成功したら開けろと言っていた密書だ」

 

 渡されていた密書を開くと、この場にいる全員が覗き込む。そこには誰がどのように行動すべきか事詳しく書かれていた。

 

「あの女、マジかよ」

 

 色々な文章の中から特に目に入ったものに唖然とする。

 

 ──"赤龍帝"と"白龍皇"への協力要請の必要あり。

 

 頭を抱えたくなる。

 宿敵同士の二天龍は過去に何度も周囲に多大な被害を出す激闘を繰り返している。そんな二体が肩を並べるなど想像出来ない。

 そして何よりイッセーを巻き込むとはどういうつもりなのだろうか。アイツは自分以上に平凡な高校生だ。いくら神滅具を宿しているからと世界を滅ぼしかねない怪物と戦わせるなどあり得ない。

 ともせずレギーナが協力を求めるべきは二天龍ではなく魔王だろう。

 

「はぁ~、帰りたい……」

 

 波乱に満ちた冥界の救済が始まろうとしていた。

 

 

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