ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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小さな少女は自らの存在意義を問う。



冥界合宿のヘルキャット
マヨイネコ《Stray cat》


 

 ──ピンチの時に助けてくれるヒーローはきっといる。

 

 理不尽から人々を救う存在はいる。

 邪悪から弱い者を守る正義の味方はいる。

 叫べば颯爽と登場して背に庇ってくれる人は居てくれる。

 

 それが滑稽(こっけい)な妄想と理解したのは何時(いつ)だっただろう。有りもしない夢物語に希望を抱き、己の幼さと愚かさを知った時には全てが遅かったのだ。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「明後日から冥界に行くわよ」

 

 夏休みに入って数日、一誠の実家の地下に作られた訓練場でリアスは眷属たちに言う。

 自分用に用意されたサンドバッグを叩くのをやめた小猫はピクリと身体を反応させる。

 

「……冥界」

 

 あまり良い思い出のない場所だ。正直言えば行きたくはない。だが主が行くと言うのなら仕方がないだろう。

 汗を流していた眷属たちがトレーニングを中断してリアスの元に集まる。それに習い、小猫も自分の訓練スペースから離れた。

 

「四日後、若手の中でも実力がある者達が集まる(もよお)しがある。私は勿論、皆も参加するのよ?」

「ライバル同士の顔合わせみたいなモノっすか?」

 

 一誠がそう聞くとリアスは頷く。

 

「魔王様も出席するからそのつもりでね」

 

 その言葉に眷属たちの表情が引き締まる。

 

「わわわわ、ど、どうしよう、僕、人前に出たくないですぅ」

「何を言っているんだ、ギャスパー。君の力は素晴らしいものがある。自信を持て、無理なら私が鍛えてやる」

「ぜ、ゼノヴィア先輩? なんで剣をコッチに向けてるんです?」

「死線を(くぐ)れば度胸も付くだろう?」

「いやぁあああ!? ししょー、助けてぇ~!」

「安心しろ、アリステアからも許可は取ってある」

「なんの許可ですかぁ!?」

 

 ゼノヴィアはニッコリと笑うと剣を振りかざしたままギャスパーを追いかけ回す。ギャスパーも時間停止を利用して上手く逃げていた。

 教会の戦士だった彼女も随分と打ち解けている。

 朱乃や祐斗もそんな二人を微笑ましく見ていた。

 

「もう、話の途中だというのに」

「あらあら、元気があっていいではありませんか」

「あれは放っておいて良いんすか、部長……」

「けど中々の避けっぷりだよ、イッセーくん」

「木場、ギャスパーの奴は半泣きだぞ」

 

 小猫はそんな風景をボッーと眺めていた。すると上に繋がる転移装置から人影が現れる。

 アザゼルとその半歩後ろを歩く夕麻(レイナーレ)だ。訪ねてきたアザゼルを客人として夕麻が案内してきたのだろう。

 

「よっ、来てやったぜ」

「アザゼル先生!」

 

 一誠がアザゼルの元に駆け寄る。あの二人は波長が合うのか妙に仲が良い。

 

「アザゼル、今日も指導に来たの?」

「まぁな。サーゼクスに頼まれた手前、サボるわけにはいかねぇんだよ」

「意外に真面目ね」

神器(セイクリッド・ギア)が関わってんだから真面目にもなるさ。さて誰から見てやるか」

 

 アザゼルがグレモリー眷属を見回す。

 

「ふむ、それじゃあ朱乃から──」

「結構です」

 

 明らかな拒絶。いつもは柔らかな笑みを浮かべる朱乃が無表情になりアザゼルヘ背を向けて自分のトレーニングスペースに去って行った。

 

「ちょっと待ちなさい、姫島 朱乃!」

「いいさ、気にすんな」

「アザゼル様、しかしッ!」

「アイツにも色々あるのさ」

 

 夕麻(レイナーレ)が声を荒らげるがアザゼルに止められた。

 

「なぁ先生って朱乃さんになんかしたの? 明らかに嫌われてないですか?」

「イッセーくん! アザゼル様に失礼よ!!」

「ご、ごめん。夕麻ちゃん」

「あー、やめやめ。俺が原因で痴話喧嘩すんな。……アイツのあの態度も無理はねぇ。"神の子を見張るもの(グリゴリ)"は朱乃の大事なモンを奪った。だから嫌われてんのさ。詳細は聞くなよ? 女の過去をベラベラと喋るのは趣味じゃねぇからな」

 

 ヒラヒラと軽薄な笑みで笑うアザゼルだったが小猫だけはその目が一切笑ってないと気づいた。

 そんなアザゼルがリアスに近づく。

 

「リアス、お前の里帰りにゃ俺も同行するからな」

「えぇ、お兄様から聞いてるわ。"禍の団(カオス・ブリゲード)"の件でしょう?」

「まぁな。旧魔王派がオーフィスに降った事についても話し合わなならん。旧ベルゼバブ、旧レヴィアタン、旧アスモデウスが寝返ったのは確実だが旧ルシファーが不明なままだ。なんか聞かされてないのか、リアス」

「私に入ってきてる情報は多分貴方より少ないわ。旧ルシファー領に監査が入ったのは確かだけど情報が統制されて回ってこないのよ」

 

 リアスの言葉に一誠が手をあげる。

 

「旧ルシファーってヴァーリの実家ですよね?」

「彼は血筋はそうだけど幼い頃からアザゼルと一緒だったらしいから殆んど旧ルシファー家とは関係ないと聞くわ」

間違(まちが)いねぇよ。ヴァーリはあの家から(うと)まれていたからな。小せぇ頃に俺が拾ってからは帰ってねぇ筈だ」

「そうなんだ。じゃあ冥界にはヴァーリ以外のルシファーがいるんですか?」

 

 一誠の質問にリアスは頷く。

 

「シアウィンクス・ルシファーという女性が現当主ね。一応、ヴァーリ・ルシファーの義母姉(あね)に当たるわ。まだ若い悪魔だけど恐ろしい人よ。昔、遠目に見たことあるけど威圧感は強者のソレだったわ。正直、気を張っていないと相対するだけで意識を失いかねない」

「こ、こわ……。流石、ヴァーリの姉貴、只者じゃねぇ」

「シアウィンクス・ルシファーか。俺も直接の面識はないが時代が時代なら歴代最恐の魔王になっていたと言われてる悪魔だ。ヴァーリの奴も"強い"と認めていたから相当なんだろうぜ」

「だから彼女(シアウィンクス)に対してはバアルの宰相(さいしょう)が動いているの」

「さ、宰相……?」

 

 一誠には聞きなれない単語ようで困惑している。

 小猫は小声でフォローする事にした。

 

「……トップの右腕みたいなものです。バアルの宰相は、それ以上とも聞きますけど」

「ほへぇ、小猫ちゃん、物知りだな」

「……別に普通です」

 

 小猫がぶっきらぼうに言うと一誠が苦笑する。

 

「へぇ、レギーナ・ティラウヌスが動いたのかよ?」

「先生も知ってる人なんですか?」

「冥界でも有名な奴だよ。旧魔王の振る舞いでメチャクチャになった悪魔の社会を一代で立て直した現政界の立役者。新魔王や初代バアルすらティラウヌスの言葉は無視できないほど多大な影響力を持つと聞く」

「その通りよ。お兄様いわく絶対に敵対したくない相手だそうよ。厄介な者同士が激突している旧ルシファー領にだけは私も近づきたくないわ……」

 

 リアスが本心から言っている。

 小猫は興味がない話から逃れるようにトレーニングスペースへ戻ろうとする。

 

「おっと、ちょっと待ちな」

 

 アザゼルが去ろうとした小猫を止める。

 

「……なんでしょうか?」

「お前、俺が用意したリストバンドを何個着けてる?」

 

 小猫が押し黙る。

 アザゼルは指導にあたって眷属全員に特製のリストバンドは配っている。これはデバフ盛り沢山の超負荷を装着者に()いて能力を向上させる道具だ。体力減少、精神疲労、身体能力低下、異能阻害などなど……。用意したアザゼルも片腕かつ日に1~2時間という制限を設けている相当ヤバい代物だ。無論、複数着ければそれだけ効果も跳ね上がる。

 

「……二つです」

「嘘が下手だな。俺の見立てでは両手両足に着けてるだろ」

 

 鋭い指摘が飛んでくる。

 その言葉を聞いたリアスを初めとしたグレモリー眷属のメンバーは愕然(がくぜん)とした表情を小猫に向けて来た。それ程までにアザゼル特性の負荷リストバンドはキツいのだ。

 

「大したもんだよ。普通なら動ける筈のねぇ負荷に耐える頑丈さは認めるが四つは張り切り過ぎだ。下手すると肉体と精神の根幹から狂いかねんぞ? その歳でベッドに寝たきりの生活が送りたいのか?」

「……強くなるためです」

「はぁ。リアス、お前からも言っとけ。俺の発明は優秀だが用法を間違えば効果がマイナスになっちまう場合がある。お前の眷属を再起不能にしたら間違いなく俺とサーゼクスが揉めるからな?」

「……小猫、無茶は()めて頂戴(ちょうだい)。これからゆっくりと強くなって行けばいいじゃない。何を焦っているの?」

「……ごめんなさい」

 

 リアスが悲しそうに懇願する。主人にそんな顔をされてはもう反論はできない。小猫は両手両足に着けていたリストバンドを取り外す。

 

「……少し頭を冷やしてきます」

「待ちなさい、小猫ッ」

 

 制止を振り切って逃げるようにトレーニングルームから出る小猫。

 転移装置を経て外に出ると(あて)もなく走り出す。真夏の日差しが肌を()くのを感じながらもペースは緩めない。

 

「……ゆっくりじゃダメなんです、部長。私は何も出来ない。そんなのが近くに居ても迷惑なだけです」

 

 そう、これまでがそうだったように()()()()()()()()()()()()。小猫は何かしらの期待されているからこそ良くされている。もしもソレに応えらなければ無能の烙印と共に捨てられるかもしれない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の前から消えた姉の顔が脳裏を(よぎ)ると古傷が開くように幻痛が全身に広がる。

 誰よりも大好きだった姉、愛されていると思っていたが違った。姉は何も言わずに自分を地獄に等しい場所へ置いてけぼりにして消えたのだ。リアスに拾われていなかった確実に生きていなかっただろう。

 ズキズキと胸の奥が痛み、指先が震え出す。愛していた者に裏切られた傷は(いま)だに心を(さいな)んでいる。

 

 リアス達がそんな事をするなど有り得ない。

 

 そう否定するには過去という裏打ちされた実体験があるだけに万が一という危機感が根付いていた。

 心の奥にある誰にも見せたくない疑心暗鬼な自分が言うのだ。

 

 ──また捨てられたいの? 

 

 この言葉が少女の胸の内を掻き乱す。

 リアスがいい人なのは分かっている。ただ一度捨てられた身として、あの時の恐れがトラウマとなって深く内面に刻み込まれている。

 

「……私はどうしたらいいのかな」

 

 搭城 小猫は、誰よりも孤独を忌避するなかで他人の温もりを恐れている。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 気付けば夕暮れ時になっていた。

 小猫は見慣れない海岸沿いの道から海を眺める。駒王町から随分と離れてしまったようだ。

 思考を止めて走っていたので一体どれぐらいの距離を駆け抜けていたのか分からない。アザゼルのリストバンドを外したせいか疲労はあまり感じれなかった。

 

「……そろそろ帰らなきゃ」

 

 来た道を引き返した小猫がトボトボと歩き出す。ふと頭上にあった青い道路標識を見上げる。駒王町のある県まで150kmと白い文字で書いてある。思ったよりも遠くに来てしまったようだ。

 小猫は長くなった自身の影を見下ろすと全然疲れていないのにその場にしゃがみ込む。

 

「……弱い、全然弱い。せっかくナギ先輩から力を貰ったのに活かせてない。本当ならもっと強い筈なのにまるで"蒼"を使いこなせてない」

 

 小猫は知っている。

 "蒼"により新生した自分は猫又や悪魔とは違う生命になりつつある。最近では光に対する嫌悪感や危機感も無い。それが致命的な弱点ではなくなっているからだ。

 猫又を捨て、悪魔を捨て、次はなんになるというのだろうか? ただ確かなのは生命体としては猫又や悪魔を凌駕する"ナニか"に変貌するということ。

 アリステアも小猫を指して神も殺せる器と断言していた。それだけのポテンシャルがある肉体なのに持て余しているのが現状だ。

 

 もっと頑張らないとダメなのだ……。

 

 背後から追われているような(あせ)りを感じる。

 早く強くなって役に立つと証明したい。

 (ねじ)れた承認欲求と焦燥感の間で精神が擦り切れそうだった。

 

「……ナギ先輩、私、頑張るから。見限られないように頑張るから」

 

 ここにはいない少年に誓うように拳を握る。

 そんな自分を追い立てる努力を蒼井 渚が見たら顔を歪めて止めるだろう。だがその渚は小猫のそばにはいなかった。

 

「気分が優れないのですか?」

 

 (うずくま)る小猫に優しげな声が届く。顔を上げれば一人の女性がすぐ目の前にいた。

 思わず目を奪われた。

 その容姿たるや女神を思わせる美貌であり、優しそうな瞳は心配からか少し陰りを見せている。日本人離れした容貌からして海外の生まれなのが分かる。

 だが小猫が驚いたのはそこではなかった。その女性の纏う雰囲気が余りにも似ていたのだ。

 

「ナギ先輩?」

 

 顔どころか性別すら似ても似つかないのに反射的に名を呼んでしまう。

 

「……申し訳ありませんが私はその方ではありませんね」

「あ、ごめんなさい。雰囲気が似ていたので……」

 

 罰が悪そうに謝罪するが女性は気にした様子もなく笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。

 

「ふふふ、構いませよ。他人の空似という言葉もあります」

 

 スッと手を取られて立ち上がらせられた。

 女性と目が合う。こうして見ると不思議な人だ。神秘的というか浮世離れした独特のオーラがある。だからと言って近寄り難いという訳ではなく、寧ろ包み込まれるような心地よさを感じてならない。

 

「やはり顔色が良くないですね。あそこで休みましょう」

 

 手を軽く引かれて歩道の脇にあるベンチに座らされた。

 

「……私は大丈夫なので」

「まぁまぁ、そう(おっしゃ)らず」

 

 見知らぬ他人と肩を並べて座る。

 会話がないまま時間が過ぎていく。ギャスパー程ではないが小猫も人見知りをする。本来なら苦手なシチュレーションだ。やはりここは何か言い訳を考えて立ち去ろうとした時である。

 目の前に白い物体が現れる。見れば女性の手には肉まんが乗っていた。さっきまで何も持っていなかったのどこから出したのだろうか? 

 小猫が少し警戒するが女性は笑みを深める。

 

「よろしければお食べ下さいな」

 

 美味しいですよーと言いたげにグイッと突き出される肉まん。そう言えば昼から何も食べていなかった。そう自覚すると空腹感が大きくなる。

 

「……ありがとうございます」

 

 一言礼を言って受け取ると女性も逆の手に持っていた肉まんを頬張る。上品かつ美味そうに食べる人だと思う。小猫も小さい口でモグモグと肉まんをいただく。

 

「良ければお話、聞きますよ?」

「……え?」

 

 肉まんを包んでいた包装を丁寧に(たた)みながら女性は言う。

 

「何かお悩みがあるご様子。見知らぬ他人だからこそ話せる事もありましょう」

「……どうして、そこまで?」

「ただのお節介です。気になると勝手構ってしまう性格でして、尤も身の程も(わきま)えろと思われれば無理にとは言いません。しかし言葉にするだけでも楽になる場合もあります」

 

 他意はないのだろう。だが相談するしても小猫の悩みは人間離れしたものだ。この女性に解決できるとは思えない。だから(だんま)りを決め込んでいると女性は小猫の目を覗き込むように視線を合わせてきた。

 彼女の瞳は虹色に輝く不思議な色彩を放っている。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど」

「……あの」

 

 急に納得したような顔をされて困惑してしまう。

 

「最初に謝罪を……。申し訳ありません、少し貴女を()させて貰いました。──可愛い悪魔さん」

 

 その言葉を聞いて勢いよく立ち上がり身構える。しかし女性は柔らかな笑みを浮かべたままだ。

 

「……あなたは何者ですか?」

「そう警戒なさらずに。勝手に貴女を()たお詫びに微力ながら力になります」

 

 女性は何もない空間に手を右手を差し伸べる。すると一冊の本が手元に現れる。小猫の中にある()()(おのの)き、その本に釘付けとなった。

 何らかの魔道書なのは間違いない。だが内包する力は小猫の理解できる範疇の外にある。本能と理性が警鐘を鳴らす。アレは小猫など一瞬で消せる力がある。

 

「──TOC(真性目録) Unlock(開錠)

 

 その持ち主である女性は本に命じるように呟く。

 

「──Touch wood(我、汝の幸運を祈る)

 

 更に続く言葉に本のページが目紛(めまぐる)しくパラパラと(めく)れる。そしてとあるページで止まると女性は紙片をビリっと破った。

 

「はい、どうぞ」

 

 正体不明の紙切れを渡された小猫は思わず手に取ってしまう。

 

「……あの、これは?」

「贈り物です。貴女は自らの価値を示すため"強さ"を欲しているのでしょう?」

「……なんで、それを」

 

 女性は笑みを携えたまま小猫の頭を撫でた。

 

「強く望めば"紙片"は力を与えるでしょう。必要な時にご利用下さい。そしてその先に貴女の救いがある筈です、白音さん」

 

 名前を呼ばれて驚く。

 どうして自分の事を知っているのか問おうとした。瞬間、強い風が吹きつけた。その刹那の合間に女性は小猫の真っ正面に立っていた。真横に座っていたのにいつの間に移動したのだろうか? 

 

「あなたは一体……」

 

 警戒、困惑、畏怖が混じった小猫に対して女性はロングスカートの横を摘まんで小さく頭を下げる。

 

「名乗り遅れました。私はマスティマ・テトラクティス、以後お見知りおきを。……あら、どうやらお迎えがきてしまったようです」

 

 女性──マスティマが視線を送った先に小さく人影が見えた。

 恐らく女の人だ。

 長い黒髪を風に靡かせながら不機嫌そうにマスティマを睨んでいるように感じる。

 

「セクが怒ってるので失礼しますね」

 

 最後まで穏やかな笑みを浮かべたままマスティマは颯爽と去って行った。

 小猫は黙ってその背中を見つめ続ける。やがて迎えの女性と合流したマスティマはコチラへ振り返って小さく手を振った。

 そして瞬きの間に忽然と姿が消える。

 夢か幻、そう思えるほどに忽然と居なくなった。けれど間違いなく彼女は存在した。それは小猫の手にある謎の紙片が物語っていた。

 

 

 

 

○●

 

 

 

 

 夕暮れを背に波の残響を聞く。

 気分がとても良い。偶然とはいえ"蒼"に近い者と会合したのだ。とても良い子であった。自らを無力と断じて他人の為と力を欲する。強欲だが純粋な心の持ち主だった。だから"紙片"まで託してしまったが後悔はない。

 

「随分とご機嫌じゃない? さっきの悪魔との会話がそんなに楽しかったの?」

「もしや()いてらっしゃるのですか?」

「な訳ないでしょ」

「相も変わらず素直じゃないですね。それじゃ彼氏の一人も出来ませんよ?」

「そんなのいらんわ」

 

 隣を歩くのは同胞──セクィエス・フォン・シュープリス。伊達メガネの奥にある目は不機嫌そのモノだが別に機嫌が悪い訳ではない。この娘はこれがデフォルトなのだ。綺麗な薔薇には棘があるを素で行く美しい人である。

 

「それにしても、なんて事してんのよ。……らしくない」

「はて何を()してのお言葉でしょうか?」

「"紙片"を渡したでしょうが……。あの子、()()()()()()。──まさか殺したいの?」

「殺すだなんて滅相もない。あ、肉まん食べます?」

「それもいらんわ。勝手にフラフラと食べ歩き漫遊するのは良いけど"本"の力を振り撒くの止めなさいよ。その力に耐えれるヤツなんて、そうそういないっつの」

「そうですかね? まぁ白音さんなら大丈夫でしょう」

「根拠は何よ?」

「女の勘です」

「なんたるアバウト。……て言いたいトコだけどお前の事だから確信があるんでしょうね」

「秘密です。あ、そうです! 折角だから焼き肉でも行きます?」

「絶対に、絶対に行かないわ」

 

 嫌そうに顔を歪められた。以前の焼き肉パーティー(アルマゲスト御一行)をまだ根に持っているようだ。

 

「今日の私は普通の格好ですしタコも出ませんよ? あ、皆も呼びます?」

「やめろ、それを一番にやめろ。アイツらは確実にいつもの格好でくるから。嫌な事を思い出せないで……。秘密結社を名乗ってるくせに堂々とし過ぎなのよ。真っ直ぐ帰りなさい」

「セクは不良さんみたいで真面目ですね」

「お前は真面目そうに見えてフリーダムね、マスティマ」

 

 説得は無理そうなので肉まんで我慢することにした。

 ふとマスティマは沈みかけた太陽に見る。赤く血のような不気味な星に笑みを消す。

 

「セク」

「何よ?」

「冥界で不穏(ふおん)な動きを感じます」

「魔王の血筋がテロリスト落ちしたんだから不穏にもなるわよ」

「それとは別件です。恐らく"ルオゾール"が目覚めます」

 

 セクィエスの不機嫌さに拍車が掛かる。

 

「もうそんな時期か、面倒ったらありゃしないわね。……それでどうするの?」

「私が出向きます」

 

 マスティマの言葉にセクィエスが「はぁ~~」と深く長いため息を吐く。

 

「そこは"私たち"だろうに」

「あら? いいのですか?」

「お前に死なれたら就職先に困る。私、社会不適合者だし」

「ふふふ、そうですか。なら守って下さいね?」

「別に守る必要ないでしょ。戦闘力お化けのアルマゲスト総主なんだから」

「そう言わずに~♪」

「コラ引っ付くな、暑苦しいっ」

 

 マスティマがセクィエスの腕に手を(から)める。嫌そうにされるが振りほどく力は強くない。仲の良い姉妹のように戯れる二人。

なんだなんだでマスティマに甘いセクィエスであった。

 

 

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