ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

84 / 86
懇談会《Chaos Fes》

 

「くそ、眠い……」

 

 薄暗い森の奥。

 渚は一人で草木を掻き分けながら歩く。

 "ルオゾール大森林"に比べれば幾分(いくぶん)かマシな道だが、それでも悪路なのは間違いない。鬱蒼とする木々にため息を吐きたくなるのを我慢してひたすら足を動かした。

 

「レギーナの奴、俺を過労死させるつもりかよ」

 

 レギーナへの借金返済のため色々とお遣いを頼まれているのだが休む時間がない。フェニックス領まで行かされた後から様々な雑務を押し付けられた渚はとにかく忙しい。寝る間も惜しんで働かせているので正直ベッドが恋しかった。

 ふと森の中に小さな光を発見する。近づくと焚き火が燃えており人がいた形跡がある。

 

『背後に敵反応。反撃の是非を問う』

 

 ティスからの警告を受けて霊氣を繰り出そうとするがやめる。それから数秒と待たずに敵意がやってきた。

 

「はい、捕まえたにゃん」

 

 ふわりといい香りがしたと同時に後ろから首に手を回された。気づけなかった事に驚くが平静を装う。振り向こうとすると硬い金属の棒を頬に突き付けられた。

 痛いんだが……。

 

「んで? 誰だい、あんた?」

 

 見知らぬ女と男に背後を取られながらも渚は手を挙げて降参の意思を見せる。

 

「争うつもりは無い。俺はヴァーリ・ルシファーに会いに来ただけだ」

 

 ピリッと背後の両人から殺気が放たれる。どうやら返答を間違えたらしい。

 

「ふぅん、ヴァーリの追手(おって)ね。面白いにゃん」

「あぁ、だな。オイラ達は秘密裏に冥界に来たつもりなんだがよ? どうやって見つけたんだい?」

 

 レギーナに言われてきた、で通用するだろうか? しないだろうなぁ……。ヴァーリがいると思いきや知らない顔が出てくるとは全く運がない。

 

「二人ともその辺にしておけ。下手に刺激すると火傷では済まない。何より俺が先約だ」

 

 ヴァーリが出てきて二人を止める。有り難いがコチラから手を出すつもりは無いのに危険人物みたいに言わないでほしい。

 

「("先約"、ね)」

 

 やはりヴァーリとは(いず)れはバトらないといけないようだ。ルフェイの件で約束してしまった手前、受けないわけにはいかないだろう。……憂鬱である。

 

「アーサー以外にも仲間がいたんだな」

「"禍の団(カオス・ブリゲート)"にも色々あってね」

「大変そうで何よりだよ」

「あぁそれなりに充実はしているよ。こうも様々な方向から敵意を向けられるのも中々に悪くはない」

「……そーですか」

 

 どんな思考回路をしているのだろうか? 流石は戦闘狂である。

 

「さてなんの用だい? ルフェイを取り戻しに来たんなら遅かったと言わざる得ない。彼女なら治療した後にアーサーが連れて言ってしまったよ。実家辺りに連れて行ったんじゃないかな?」

「心配ではあるけどルフェイの事じゃないんだ。別件というかレギーナからの依頼を持ってきた」

「へぇ、依頼というからには報酬があるのかい?」

「アーサーにはルフェイの無罪放免。受ければシアウィンクスに加担した事に目を(つぶ)るそうだ。あー、そんでアンタにはだな。──死闘を捧げるだとよ」

 

 こんな報酬があるだろうか? なんのメリットもない。少なくとも自分なら間違いなく蹴る。だがヴァーリは興味深いと言いたげにニヤリと口元を歪ませた。

 

「聞こうじゃないか」

 

 もうヤダ、コイツ。なんでこんなに楽しそうなのさ……。

 

 辟易しながら渚はレギーナの計画を口にする。

 

「このままじゃ世界が滅ぶらしくてな」

「世界が滅ぶとは大袈裟だな。全神話体系が最終決戦を始めるか、オーフィス(無限の龍神)グレートレッド(夢幻の真龍)が直接対決する位の出来事が起こると言いたいのか?」

「らしいぞ。なんでも"聖書の神"と"二柱のムゲン(オーフィスとグレートレッド)"が手を組んでも倒せず封印した怪物がいるみたいでな。その厄介モンが近い内に目覚めるって話だ」

 

 一柱でも世界を滅ぼす最強の龍種二体と神器(セイクリッド・ギア)なんていう世界のバグ技を産み出した神様ですら滅ぼせず封印する他なかったっていう冗談みたいな相手だ。そんなのがホントにいるのか今でも半信半疑であるがいたとしたら絶対に関わりたくない。けどやらなきゃ家に帰るドコロか家のある世界が消える。

 なんという理不尽なのだろうか……。

 

「俺たちは戦力が足りずに困ってるから使えそうな人材を探すために奔走している訳だ」

「そんな者がいるなんて聞いたことがないね。いたらとしたら神話に残っていそうだが……」

「コイツは神々も生まれていない遥か彼方の過去の化物だそうだ」

「神話より古き者か。……興味深いな、受けよう」

「アッサリだな。普通は考えるだろうに」

「楽しそうだからね」

 

 不適に笑うヴァーリの横で彼の仲間も似たような顔をしていた。

 

「へへへ、どれほどのもんかなぁ。ワクワクすんなぁ」

「ん〜、冥界旅行のいい思い出になりそうだにゃん」

 

 まるで臆した様子がないヴァーリの仲間たちだった。

 ちなみに男の方は美猴(びこう)、女の方は黒歌(くろか)というらしい。

 とりあえず軽く自己紹介してから三人と別れた。別れ際にヴァーリが嬉々として渚の戦闘力を褒めたせいで質問攻めにあった。

 

「アイツら類友かよ。……理解できねぇ」

 

 疲れ果てた様子で渚は森を後にする。まだまだする事は多いのだ。

 

 

 

 

 

 ◯●

 

 

 

 

 

「……気が重い」

 

 ヴァーリたちと別れて数時間後、渚が表情を引き釣らせながら街中を歩いていた。胃がキリキリ締め付けられている。両サイドから剣呑な重圧を飛び交うのを肌で感じている為である。そんな渚の心労を知ってか知らずか元凶が口を開く。

 

「よもや貴様と肩を並べて歩く事があるとはな。……虫酸(むしず)が走る」

 

 左から高圧的の言葉が通り過ぎるが、これは渚に対する台詞じゃないので黙って見送った。

 

「仕方あるまい、全ては冥界のためだ。不快だろうと我慢しろ、ガイナンゼ」

 

 今度は逆から力ある声が通り過ぎた。

 

「指図か? いい気になるなよ、サイラオーグ」

 

 バアル家の兄弟が渚を挟んでバチバチと火花を散らしている。合間にいて気まずい自分の事も考えてほしい。

 

「人を挟んで喧嘩すんな。仲良くしろよ、アンタら兄弟なんだろ……?」

 

 渚が左右にいる大王(バアル)家の方々へ物申す。

 雰囲気のあるサイラオーグとガイナンゼが喧嘩なんかしたら目立つ。こんな街中で言い争いなんて辞めてほしい。ほら、周りの人たちが勝手に道を開けて避けて行くじゃないか。自分も逃げたいのに(あいだ)に立っていて身動きが取れない状態を哀れと思うのは過剰な反応だろうか? ……多分、違うだろう。

 渚が殺伐サンドイッチの具材になっていると嫌悪感を剥き出しにした声が飛んで来た。

 

「仲良く? あり得んな、いつか殺す相手だ」

 

 左にいるガイナンゼ・バアルが(いか)つい顔を更に(いか)つくした。

 

「ちょ、殺すって兄貴だろ?」

 

 確かサイラオーグが長男でガイナンゼは次男だったから間違いない。けれどガイナンゼの言い方はあまり良くない。渚が反論するも右隣にいたサイラオーグが手で(せい)した。

 

「構わんさ、渚。我らはこういう家に生まれたのだ」

「こういう家ってバアルはどんな場所なんだよ……」

 

 おいおい(いく)らなんでも笑えな過ぎてヤバいぞ。大丈夫か、バアル家よ。

 確かにガイナンゼといい、エルンストといい、ロクな奴じゃないが家族同士で殺し合うのは何処(どこ)か切なく感じてしまう。

 他人事なのに気にし過ぎだろうか。

 渚が深く考え込んでいるとサイラオーグが(ほが)らかに笑う。

 

「ふ、お前は優しいのだな」

「お、お、おぅ?」

 

 ガシガシと頭をグシャグシャにされて変な声が出る。

 力強く大きな手だった。まさか撫でられるとは思わなかった渚は面を食らった。

 

「あぁ、すまん。昔はよく弟にこうしていたのだ」

「……お、弟?」

 

 渚がお化けを見るみたいにガイナンゼに視線を向けた。

 コイツとエルンストがサイラオーグに頭をナデナデされてる光景は中々に刺激的だったからだ。

 

「こっちを見るな。やられていたのは(すえ)のマグダランだけだ。……この男に触れられるなぞ不快(きわ)まる」

「ですよね~」

 

 渚とガイナンゼの会話を見ていたサイラオーグが苦笑した。

 

「さて、そろそろ会場だ。あまり粗相(そそう)はするな、ガイナンゼ」

「ぬかせ。貴様こそ他の者に(あなど)られぬことだな、無能が……」

 

 渚は目的地に到着して建物を見上げる。ここは新人悪魔の懇談会(こんだんかい)の会場だ。サイラオーグはそれに参加するため、渚はリアスと再開するため、各々(おのおの)が目的のためにここへ足を運んでいる。ガイナンゼはレギーナの指示で来ているので良く分からない。

 ともせず渚にとっては場違いな所だ。

 

「では眷属を待たせているので先に行くぞ。渚、ガイナンゼを頼む」

「荷が重すぎるんだが……」

 

 この男の戦闘力と狂暴性は戦った渚が一番理解している。一緒にいて(ぎょ)せるなど思えない。

 

「お前なら大丈夫だろう」

 

 サイラオーグが自信ありげに言う。

 

「嫌に確信的だな」

「自信を持て。あのレギーナ・ティラウヌスの(たくら)みを阻止した手腕は見事だった」

 

 渚の肩に手を置いて去って行く。

 残された渚はガイナンゼを一瞥して疲れた表情をした。

 

「今はそのレギーナの企みに巻き込まれてる最中なんだけど……」

「何をボサッとしてる、貴様は行かんのか?」

「はいはい、行きますよ」

 

 歩き出すガイナンゼへ付いて行く。

 しかし分からないものである。本気で命を奪い合い、相容れないと思っていた奴とこうして歩いている。

 渚はガイナンゼにあまり良い感情を抱いていない。シアウィクスに対する行為や態度からして仲良く出来るとは到底考えられないのだ。

 

「(それはコイツも同じだと思ってんだけど……)」

 

 意外な事にガイナンゼから渚に対して敵意や害意を感じない。サイラオーグには凄まじい嫌悪感を()き出しにしていたのに渚へは不自然なくらいに負の感情を向けてこないのだ。

 

「なぁ、アンタは俺に文句の一つくらいないのか?」

「意味の分からん問いだな」

「あんだけ()り合ったんだから思うことあるだろ。殺したいとかブッ潰したいとかないん?」

「貴様に負けた事は(かて)になった。思うことはない、それにレギーナ様から貴様との戦闘は禁じられた」

 

 驚きである。

 唯我独尊の狂犬みたいな奴と思いきや忠犬タイプらしい。一体、何をどうやってレギーナはこんな怪物みたいな男を飼い慣らしているのだろうか。

 ともせずガイナンゼに付いて行く。中々に広い建物で一人では迷いそうだ。

 

「貴様にこれを渡しておく。レギーナ様より(たまわ)った代物だ、粗末に扱う事は許さん」

 

 ガイナンゼが後生大事に腕に抱えていた暗い色の衣服を渡してくる。綺麗に畳まれた布を渚はバサッと広げる。

 

「ロングコート?」

「これは認識阻害の術式が()まれた衣服だ。悪魔のイベントに(ただ)の人間が紛れてもバレない為の配慮だそうだ。あの方のご厚意を有り難く教授するが良い」

「……気遣い痛み入るね」

 

 渚は歩きながらレギーナより渡されたフード付きのロングコートを羽織(はお)る。レギーナのセンスなのか、漆黒に近い紺色のロングコートは中々に良いデザインをしている。

 

「フードを使えば声にも阻害能力が乗り、効力自体も飛躍的に高まる仕様だ。さっさと被れ、ここは上位の悪魔が集まる場所だ。鋭い奴は貴様の正体に気づく」

「あいよ、仰せのままに」

 

 フードを目深(まぶか)(かぶ)り、怪しいナリになった渚がため息を吐いた。ズカズカと先を歩くガイナンゼの背中を眺めながら進んで行く。

 エレベーターを使い、上層へ移動した後も更に移動が続く。広過ぎだろと呆れつつも黙って足を動かす。  

 通りすがり何度か扉を見たが、どれもこれも大きさといい、デザインといい、同じ物ばかりだ。

 

「着いたぞ」

「ここか?」

「そうだ。──行くぞ」

 

 ガイナンゼから殺意が駄々漏れて渚の肌をビリビリと刺激する。

 え、なんでそう殺気立ってんの、急にどうしたんだ? もうコイツの感情スイッチがどうなってんのか訳分からん。

 困惑しながらも渚は危ない気配をさせたガイナンゼの背中に"待った"をかける。

 

「待て待て、なんでそんな敵意満々なんだよ。この中に(かたき)でもいるのか?」

「ここから先は権力のある悪魔の巣窟だ、私ですら簡単には手を出せん。──なんとも不愉快な場所だ」

 

 だから何なんだ? 自分よりも偉い奴が嫌いなのか? ……あり得る、ガイナンゼとの関係は薄いがシアウィクス(がら)みの一件からして普通の悪魔じゃないのは身に()みて理解している。

 自分みたいな貧相な一般ピープルは敵意の対象外ですか、そーですか。……助かります!! いや、そうじゃなくて、このまま入れていいかを考えろよ、俺。

 まるで今から戦争に行って敵を殺戮してきそうな巨漢をなんとか(なだ)めようとする渚に気付いたのか。危険な雰囲気を収めるガイナンゼ。

 

「ふん、貴様の考えは杞憂(きゆう)だ。私はレギーナ様の(めい)でここへ来ている。あの方の顔に泥を塗るような蛮行はしない」

「ア、ハイ」

 

 し、信用出来ねぇ~。せめてその(くすぶ)ってる殺気を(おさ)えてから言ってくれ。

 渚の心配を他所(よそ)にガイナンゼは扉へ入っていく。

 

「はぁ~。なんかすげぇトコだな」

 

 そこは二階層の広い劇場と言えばいいのか。

 舞台を取り囲むようにバルコニーが設置されており上から見下ろせる形になっている。

 渚が今いるのはバルコニーだ。そこには食事が出来そうなテーブルが並んでおり、高級そうなボトルやグラスが上に置かれている。周囲では上流階級の身なりをした悪魔たちが軽い食事や談笑に花を咲かしている様子だ。

 しかしコチラを見るや悪魔たちはチラチラと盗み見しながら耳打ち声で話し始めた。

 渚は好意的ではない悪魔たちの視線に刺されながら指定席へ椅子を腰を下ろす。

 

「なんだ、随分と不躾(ぶしつけ)な視線を感じるぞ。もしかして正体がバレたか?」

「有り得ん、レギーナ様の作品に不備などない。大方、私がここにいるのが余程珍しいのだろう」

 

 お前、レギーナ様の事、好き過ぎだろ……。

 その言葉が口に出そうになるが違う台詞を被せて発言を改める。

 

「アンタ、有名なのか?」

「私はレギーナ様直属の"エリミネーター"だ。本来ならこのような退屈かつ無意味な舞台へ顔を出さん」

「えりみねーたー? サイボーグか何かの仲間?」

「……粛清(しゅくせい)生業(なりわい)にする部隊の名称だ。"エリミネーター"はレギーナ様の名の下に秩序を乱す悪魔を葬る役割を(いただ)いている。要するに殺し屋だ」

「あ、そう」

 

 粛清部隊(エリミネーター)ってマジかよ。そんなのあるなんて聞いてねぇよ。あ、俺まで変な目で見られてる……。ありゃガイナンゼの部下かなんかだと思われてるな。確かに今の姿はアサシンにも見えなくもない。

 明らかに変な誤解をされている様子に渚は肩を落とす。

 

「部長に会うためなら、わざわざここじゃなくて良かったろうに」

「私に言うな。レギーナ様からの頼みでなければこんな場所に来なかった」

 

 互いにとって嫌な場所なようだ。渚は周囲から来る嫌な視線に耐えきれず用意された席を立ち、(きびす)を返す。

 

「疲れる。悪いけど少し席を外すぞ」

「勝手にするがいい」

 

 短いやり取りをしてから部屋から逃げるように去る。あんな空気の中にいるなんて我慢ならない。ガイナンゼと違って自分は神経が図太くないのだ。

 適当に時間を潰してイベントが始まってから戻ろうと決める。

 

「さて、少しブラつきますか」

 

 渚はそう一人で呟くと適当に足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「うん、やらかした」

 

 気晴らしに探検を始めたのは間違いだった。

 似たような廊下に似たような扉。加えて人通りもない。適当にブラついた結果、完全に迷子である。

 取り敢えず近くの扉を開くが何もない部屋だった。この建物、大きい割りに何故か窓がないので更に迷ってしまってる。

 さて、どうしようか。

 そう頭を悩ませていると下に繋がる階段が現れた。

 

「下かぁ」

 

 行くだけ行ってみる事にした。もしかしたら人がいるかもしれない。そんな願望も空しく下の階も似たような風景が広がるだけで上とあまり大差ない。やはり戻ろうと階段に足を掛けた時だ。

 奥から派手な破壊音と地響きが届く。

 

「……っと、なんだ?」

 

 何事かと音の方へ素早く駆け出すと壁に大穴が空いていた。大穴の中は何かしらの部屋らしく、言い争うような声が聞こえてきた。どうやら揉めてる内に誰かが魔力で壁を撃ち抜いたようだ。

 空いた穴から剣呑な気配が伝わってくる。経験則から面倒ごとだと分かってしまう。

 

 行くべきか迷う。

 

 渚の手元には武器がない。御神刀は譲刃、魔拳と洸剣はシアウィンクスに預けている。もし戦闘になったらどうするか考えて「あっ」と思い付いたように自らの内に声を届けた。思い浮かべるのはティスでは無くもう1つの超存在だ。 

 

「(戦闘の可能性がある。力を貸してくれ)」

『分かりんした、(ナギサ)さま。今回はワタクシがお供をさせて(いただ)きんす。万全を()するため牢より()で、具象化を行う勝手を許しておくんなし』

 

 渚の申し出に"彼女"は意気揚々と返事するとドス黒い霊氣が内から放出されて人の形になった。初めて会った時の色気がヤバい美女の姿だ。渚が慌てて目を逸らす。頑丈そうな首輪に両手足には重そうな鎖。極めつけは色々と布面積の足りないボロ切れ同然の服である。少し動いただけで見えてはイケない部位が(こぼ)れ落ちそうだ。

 

「どうしんした、(ナギサ)さま……? ハッ!? やはり、ワタクシの具象化がお気に()さないのでありんす!? ごめんなんし、()ぐに消え()せす!」

「あ、違う違う! ちょっと驚いたが消えなくていい! ただ目のやり場に困るというか……」

「はい?」

 

 渚の顔を覗く"彼女"。胸の谷間どころか先端が見えそうだ。更に視線を逃がすが"彼女"は疑問符を浮かべながら「(ナギサ)さまぁ〜?」と渚の目を追跡する。

 そんなに揺らすな、見えちまうよ……。

 

「だぁー! 服を着ろぃ!! なんでその姿なんだ!? なんとかなんないのか?」

「ワタクシは(いや)しい雌犬でありんす。この見窄(みすぼ)らしい姿が似あいんす」

 

 ドヨーンと重く肩を落とす"彼女"に渚はたじろぐ。

 

「いやいや、なんでそんなネガティブなん?」

「大罪人なので。しかし(ナギサ)さまがお許しゅうださるならば姿見は変えられんす」

「分かった、許可する。だから普通の服に着替えてくれ」

(ナギサ)さまのお望みのままに」

 

 "彼女"の首から下が闇に(おお)われるとボロ切れだった衣類から着物姿に変わる。

 ゴクリと生唾を呑み込む。それ程までに隔絶した美しさだった。露出を無くしてなお妖艶(ようえん)さが隠しきれていない。危うい魔性を放つ"彼女"だったが渚の視線に気づくや体を小さくモジモジさせ始めた。

 

「どう、でありんす?」

「あ、うん、凄くいいと思う。……多分、細長いキセルとか似合いそう」

 

 思ったことをそのまま口にする。"彼女"は闇色の長髪を揺らしながら瞳をふやけさせて顔を赤くした。

 

「……(うれ)しんす」

 

 なんだ、これ? 可愛いぞ……。

 妖艶さを(まと)いつつ初心(うぶ)な反応を見せてくる。あまりにアンバランスな姿に一瞬だけ"彼女"の危険性を忘れた。

 

「…………そろそろ動こう。それとバレると面倒だから俺の名前は極力呼ばない方向で頼む」

「ではこの場では(ぬし)さまと呼ばせて貰いんす」

「まぁいいけど」

 

 渚は頭を振って思考を切り替える。無駄話も早々にティスが何も言ってこないのなら大丈夫だろうと"彼女"と共に行くことにした。

 

「(こっから先は出来るだけ穏便(おんびん)にな? 間違っても食べるなよ?)」

了承(りょうしょう)しんした。ワタクシ、純然たる"暴力"を(つかさど)る身ゆえ力無き者は霊圧だけで戦意を(うしな)いんす。よもや無血で済むやもしれんせん」

「(期待してる。じゃ行こうか、──"レイセン")」

 

 "彼女"の名を呼ぶと霊氣の出力が急激に上昇した。鈍い渚でも分かる。これは歓喜から来るものだ。

 "彼女"は分霊とはいえ、"蒼獄"のピスティス・ソフィアの対である"黄昏"のアルキゲネドールだ。(いま)だにソレが(なん)なのかを理解している訳じゃないが霊氣を司る存在なのは分かっている。ピスティスもアリステアも口を揃えてこう言うのだ。──霊氣の果てに辿り着くモノ、と。

 だから、そこから取って霊辿(れいせん)と名付けた。

 色々考えたが本人が気に入っている様子なので渚も密かに安堵している。

 

「さぁ(ぬし)さまの信頼に応えるため、逆らう愚者は喰らい尽くして()りんす」

 

 ふんすっと気合い入れがちなレイセン。

 微妙なすれ違いを感じる……。あ、あのレイセンさん? 俺が期待してるのは"暴力"の部分じゃなくて無血で済ますってトコですよ? 俺、穏便って言いませんでした? なんで殺る気満々なんですかね? 

 

 やはり超常存在の思考は分からないと渚は不安になるのだった。

 

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 渚が部屋に入るとレイセンも後ろに控えるように着いてきた。随分と派手にやったようで元は小綺麗だった大広間はテーブルや装飾品やらが破壊されており床も砕けていた。

 

「(結構な数がいるな)」

 

 ぱっと見て二十人以上はいる。それぞれが複数のグループに別れていた。それを見てサイラオーグが参加している若手悪魔たちの会合なのだろうと悟る。ならばリアスもいる筈だと渚は顔見知りを探す。

 だが渚の視線を轟音が奪い去った。フードの奥にある瞳で音の元凶を追う。

 広い部屋の中央で二つのグループが苛烈な殺意を(もっ)て睨み合っていた。どうやらあの二つが対立した結果がこの部屋の惨状らしい。

 

「(うわ、殺し合いが始まりそうだよ……)」

 

 予想はしていたがロクな状況じゃなかった。

 

「ゼファードル。こんな所で戦いを始めても仕方なくて? 死ぬの? 死にたいの? ここで殺しても問題ないかしら」

 

 対立していた片方、眼鏡を掛けた女性悪魔が冷たく言い放つ。すると相対していた柄の悪い男性悪魔が口元を歪めた。

 

「ハッ! 言ってろよ、クソアマァッ! 名家の女ってぇのはどいつもこいつも処女くせぇたらねぇぜ。だから俺が直々に開通してやろうってんだから泣いて感謝しろっつの。なぁ、シーグヴァイラちゃんよぉ!?」

「そんな下品な誘いに乗ると思って?」

「弱ぇくせに吠えんなや! けどよぉ、テメェやアッチのシトリー、今から来るグレモリーは顔だけは上玉だ。(まと)めて仕込んでやんよ!」

 

 渚はゼファードルと呼ばれた柄の悪い悪魔の言動に「うわぁー」と引く。少し前にシアウィンクスやルフェイに迫ったエルンスト・バアルの顔が思い浮かぶ。言葉や態度こそ違うが根底にあるのは己の欲を満たしたいという濁った願望だった。

 渚は少し不快になり歩を進めた。そしてシーグヴァイラとゼファードルの間を割るようして入る。

 

「話の途中に失礼する」

 

 周囲の悪魔たちが「なんだ、アイツ?」的な目で見てくる。全身を青黒いロングコートで隠した男が急に現れたのだから当然な反応だろう。

 レイセンも後ろから静かに続く。気配を殺し、音もなく瞳を閉ざし何も言わない。

 

「あ? んだ、てめぇ? どっかの眷属か?」

「いや、ただの通りすがりだったんだが、ちょっと見過ごせなくてね。失礼だがアンタはもう少し言葉を選んだ方がいい。そんな女性軽視の態度じゃ彼女が怒り出すのも無理はない」

 

 渚がそう言うと場が静まり返る。

 あれ? なんだこの空気? 

 

「あなた、そんな事を言うために私たちの間に割り込んだの? なんの得にもならないのに?」

 

 近くにいるシーグヴァイラが(いぶか)しげに言う。

 はて? 何か変なことを言っただろうか? 

 

「それもあるが放っておくと死人が出そうだったんでな。これから冥界のお偉方に会うアンタらが死んだら何の為の集まりか分かったもんじゃない。……違うか?」

「確かに少し思慮が足りなかったわ。魔王様も来られるのに軽率な行動は慎むべきだった。助言、感謝します」

 

 冷たい殺意を収めるシーグヴァイラ。

 案外と物分かりが彼女の態度に渚は内心でため息を吐く。対するゼファードルの小さく肩を揺らすと大笑いをして渚を見下す。

 

「はははははっ!! どこの木っ端悪魔かは知らねぇが俺に説教かぁ!? 余程、死にてぇらしいな!!」

「ただの助言のつもりだったんだが……」

「俺に抱かれるってのはなぁ、女として最高の待遇なんだよ。こちとら童貞臭いテメェと違って女の扱いは嫌ってほど知ってんだよ、バカが。……しかし、へぇ、イイの連れてんな? ソレを寄越すなら半殺しで許してやるぜ?」

 

 後ろにいるレイセンをイヤらしい目で見るゼファードル。(うるわ)しい見た目だけで判断しているようだがまるで分かっていない。彼女はアリステアや譲刃といったデタラメな戦闘力を持った者たちから危険物扱いされてる暴力装置だ。迂闊(うかつ)に手を出して良いものじゃない。

 

「彼女はやめとけ。手に余るぞ?」

「オイオイ、俺が誰か分かってんのかよ、三下ぁ?」

 

 残念だが分かるのは盗み聞いたゼファードルという名前だけだ。目の前の男が何者かなどサッパリである。

 ゼファードルは渚に近づくと胸ぐらを掴んだ。見た目といい行動といい、絵に書いた不良みたいな奴だと渚は思う。

 

「死んだぞ、テメェ? ブチ殺す前に教えてやるよ。俺はゼファードル・グラシャラボラス様だ。じゃ消えな、三下悪魔ちゃんよぉ?」

 

 ゼファードルが渚は突き飛ばすと間髪入れずに魔力を撃ち込んで来た。(さいわ)いギリギリ回避が間に合う。背後でつんざくような炸裂音がし爆風が轟く。

 壁に空いた大穴からして、並みの悪魔なら粉々にする威力の魔力弾だ。

 まさかあのレベルの魔力弾を平然と撃ち込んでくるとは……。

 グラシャラボラス家にどんな教育を行っているのかを問い正したい。

 普通なら死んでる攻撃をされた渚は驚きよりも呆れが(まさ)る。アレが将来有望されている悪魔とは冥界の未来(さき)が不安になってしまう。

 

「暴れん坊だな。グラシャラボラスってのはアンタみたいのだらけなのか?」

「ハッ! 雑魚にしてやるな。次はどうだぁ?」

 

 第二撃が放たれた。明らかに一撃よりも大きい魔力弾だ。下手に避ければ周囲に被害が行くだろう。

 渚はダメージ覚悟で受けようとする。

 刹那、背中から恐ろしい重圧を感じた。空気が水中にいるように重く体に(から)まり、酸素が少なくなったと錯覚を起こすぐらいに息が上手く出来ない。

 圧倒的な存在感と死の前兆が否応なく襲ってくる。

 何事かと振り返ろうとする。するとレイセンが渚の前に出て魔力弾を軽く握り潰す。

 

「……(おの)が身の程を(わきま)えれ、金茶金十郎(たわけ者)

 

 低い声で呟く声が聞こえた。その瞳は闇より(くら)く感情がない。レイセンの下にある影からギチギチと奇っ怪な音……いや()()が聞こえた。

 本能が見るなと訴えるが吸い寄せられるように目が行ってしまう。

 そして激しく後悔した。

 それは影というには余りにも恐ろしいモノだったのだ。流動し(まばた)く眼球、生まれ出ようとする(あぎと)、立ち上がる暗爪。獲物を探す舌。

 人の形をした黒い海の中には理解できないモノらがいる。まるで混沌を人型に押し込めたような恐怖が(うごめ)いている。それが()だか()だかとレイセンの影の中で解き放たれるのを待っていた。

 渚の第六感が告げる。

 

 ──ヤバい、死人が出る! 

 

 レイセンの中にあるモノはこの場にいる全て者にとって害悪だ。外に出たが最後、魂さえも喰らい尽くされる。

 

「おい、何する気だ?」

「コレは我が主さまに大層なご無礼を働きんした。──万死(ばんし)(あたい)しんす」

 

 渚は恐る恐るレイセンの顔を(うかが)う。光のない(くら)い瞳は渚の知る何よりも魅力的で美しく、同時に精神の均等が崩れそうな程に禍々しくも(おぞ)ましかった。

 

 ──誰がこんな怪物を止められるのだろうか? 

 

 喉が渇き、指先が恐怖で冷たくなる。

 しかし止めなければない。自らの力であるレイセンが殺しを行えば渚が殺したも同然だ。ゼファードルの事は好きになれないが、だからと言って周囲を巻き込んだ虐殺をするなど馬鹿げている。

 

「おいおい、さっきから熱烈な視線を送ってくるじゃねぇか。その全身黒っぽいゴキブリ野郎から俺に乗り換える気になったのか?」

 

 まるで状況を理解していないゼファードルに渚は唖然とする。火に油を注ぐとはこの事を言うのだろう。

 案の定、レイセンがスゥーと目を僅かに細めた。瞬間、彼女の影が()ぜる。混沌の影から伸びたのは巨大で鋭い闇色の五指、それがゼファードルを鷲掴(わしづか)みにする。それはまるで腕の形をした暗黒そのものだ。

 

「ぐがっ! な、なんだ、コイツ!?」

「おのれは我が主様を侮辱しやしたね? 金茶金十郎(たわけ者)、その身を八つ裂きにして塵芥(ちりあくた)(かえ)すとしんしょう。──さぁ最後の(とき)でありんす、可愛らしい悲鳴(こえ)で泣いておくんなし」

「ちょ、調子にぃ……乗んじゃねぇよ!」

 

 ゼファードルがゼロ距離で魔力弾をレイセンに浴びせた。大広間を轟かす爆発が起きる。かなり強力な魔力攻撃で上級悪魔にも通用する威力はある。確かに若手でアレだけの力があれば増長もするだろう。

 けれど今回は相手が悪い。

 

「そよ風など起こして、なんのつもりでありんす?」

 

 攻撃を受けたレイセンは全くの無傷であり、本当にそよ風に撫でられた程度にしか思っていない。

 そして返礼と言わんばかりに鋭い"獸"の五指にゆっくりと力を込め始めた。ミシミシと生々しい音をさせながら体を圧迫するレイセンの影にゼファードルが焦りだす。

 

「はな、放せ、放しやがれ!!」

 

 そんな要求が通る筈もなく、ゼファードルの全身は強烈に圧砕されて肉が千切れ、骨が軋む。

 

懺悔せよ、後悔せよ、嘆き、苦しみ、そして身を捧げろ。優しき主の名の元に我が"暴力"の全てを()して生き地獄へ誘なう事を誓う

 

 レイセンが狂ったように"暴力"を()そうと殺意を撒き散らす。あまりの異様な変化に渚は付いていけず、驚愕と悪寒にされるがまま言葉を発せずにいた。

 

「ぐ、が、あ、たす、たすけて……」

 

 ゼファードルも"獸"から逃れようと抵抗するが解放される気配は一切ない。やがて締め付けに耐えきれずガクリっと動かなくなる。血と泡を吹いて動かなくなったゼファードルをレイセンは(くら)い瞳で見据え続ける。

 

起きろ、起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ

 

 狂気が乱舞する。レイセンはブツブツと呪詛のようにゼファードルに言う。

 渚は密かに身を震わせた。

 レイセンから滲み出るソレは人や悪魔を超越した存在が放つ攻撃性のある神威とも言えるものだ。まともに受ければ狂気が伝搬して生きとし生ける存在の精神を害する。

 まさかここまでの激情を胸に秘めているとは渚にも予想外だった。確かにアリステアやピスティスが彼女を危険と言うのも今なら頷ける。幸いその狂気を帯びた神威はゼファードルにのみ向けられているがいつ周りに広がるか分かったもんじゃない。

 渚の焦燥を他所にレイセンが指先を優雅に泳がせた。瞬間、空間を喰い破って闇一色の"獸"の(かしら)が現れる。そしてブチブチと引き千切るように大口を開けて霊氣を収束し始めた。

 渚は目を見開く。

 この"獸"が放とうとしている霊氣は、かつてバアルの一軍を消し去った"冥天崩戒の魔拳(シュバルツ・ゲペニクス)"の"漆黒の焉撃(ジオ・インパクト)"に匹敵ないし凌駕する威力を内包している。下手をすると建物どころか街ごと消し飛ぶ。

 

 ──どうやったら止まる? 

 

 怒れる厄災となったレイセンに渚は手を伸ばす。肩に触れられたレイセンが振り向き、深淵よりも昏い瞳をギョロリと渚へ向けた。心臓が潰れてしまいそうな戦慄に気圧されるが腹に力を入れて声を出す。

 

「やめろ」

「何故で?」

 

 レイセンは首を傾げた。殺してしまうのが当然だと言いたげに見つめ返す。本能のままに殺戮をしようとする"獸"に渚は顔を歪めた。

 どう説得すれば良いのだろうか。

 渚が言葉を選んでいると見慣れた紅い髪が視界の端に映る。

 

「……あっ」

 

 思わず声が溢れる。

 それはリアス・グレモリーだった。隣には先ほど別れたサイラオーグもいる。二人は並んで部屋へ入って来るやレイセンに半殺しにされているゼファードルを見て、驚いた表情を浮かべた。

 リアスの後ろから一誠や朱乃、祐斗や小猫も入ってくる。グレモリー眷属を見るや妙な懐かしさを感じる。その中に何故かゼノヴィアがおり、彼女の隣には眼鏡を掛けた小さい女の子もいる。誰だろうか? 

 再会の嬉しさを噛み締めていると直ぐに現実に舞い戻る。レイセンによって消滅させられそうな場所に大事な仲間が来てしまったのだ。

 

「ちっ」

 

 渚は危機的な状況を終わらせるため霊氣を拳に込めてレイセンが()び出した"獸"の(かしら)を容赦なく殴り潰す。渚の霊氣はそのままレイセンの影に落とされて中に潜む混沌の怪物すら鎮圧した。

 案外なんとかなるものだなと安堵しながらレイセンへ静かに言い聞かせる。

 

「……誰がここまでやれと言った?」

 

 緊張しているせいか、いつもより声が低くなってしまった。レイセンはそれを怒りから来るものと勘違いしたのか。顔を青ざめさせて全身を震わせた。

 

「こ、この者は我が主を愚弄(ぐろう)しんした。殺さないまでも再起不能にするが当然でありんしょう……?」

 

 チラチラと渚の感情の機微を伺うレイセン。怒られないように言葉を選んでいるようにも見える。まるで子供だ。

 

「こんな場所でレイセンの力を使えば周囲に被害が出るとは思わなかったのか?」

 

 責められた思ったのかレイセンは「ひゃうっ」と身を強張らせた。

 

「う、有象無象などどうなろうと問題ないかと……」

「本気で言ってるのか?」

「あ、う、その……」

「もう一度言うぞ? やめろ、まだやるって言うなら俺は許さん」

 

 渚の言葉にレイセンの顔は真っ青を通り越して死人のように白くなる。

 

「も、申し訳ありんせんッ! まさか()(よう)な下等生物らに偉大なる御身がお心を()くとは思わず勝手をしんした!!」

 

 ガバッと頭を下げて土下座するレイセン。

 カタカタと小さく体を震わせている。これでは自分が苛めている様にも見えてしまう。しかし悪魔たちを下等生物と断じて丸ごと滅ぼそうとするなど(なん)とも危険な考えだ。

 まぁそうなるのも少しだけ理解できる。

 レイセンは形こそヒトだが根本的な部分ではヒトではない。だからあらゆる基準が違う。けれど自分に合わせてくれる知性を持っている。そこに訴えかければ無闇やたらと命を奪う行為は止めてくれるはずだ。

 

「レイセンがスゴい存在なのは分かっている。だから周囲の生物を取るに取らないものに見えるかもしれない。けれど簡単に"暴力"で解決しないでほしい。俺の心臓に悪いからな。……出来るか?」

「お望みのままに。不快な思いをさせた事の罰は如何様(いかよう)にもしておくんなんし……」

 

 化物じみた力の持ち主が床に頭を着けて許しを()うている。先ほどまでレイセンに(おのの)いていたが、ここまで下手(したて)に出られれば恐怖は薄まる。むしろ主人に従順な大型犬に見えてきてた。

 渚は床に伏するレイセンの頭をポンポンと優しく叩く。

 

「罰なんていらないさ。俺のために怒ってくれたレイセンを責めるわけないだろう」

「か、寛大な処置に感謝を。このレイセン、誠心誠意尽くさせて貰うでありんす」

 

 レイセンが立ち上がる。さっきまで危うかったとは思えないほど穏やかな表情だ。

 

「大袈裟だよ。けど……」

「このレイセンの"暴力"、我が主の意思により振るう事と誓いんす」

「それで頼む」

 

 取り敢えず全部が消し飛ぶという最悪の事態は避けられた。半殺しにされたゼファードルは気の毒だが犬(最狂)に噛まれたと思って諦めて貰う。これで周囲に迷惑を掛けないように改心してくれれば良いのだが、こればかりは渚の裁量ではどうにもならないだろう。

 

「見ている限り俺たちごと滅ぼされると思ったんだがな」

「仲間がやり過ぎて悪いな、サイラオーグさん」

 

 話しかけてきたサイラオーグが僅かに目を見開く。

 なんだ、そのリアクション? 

 まるで名前呼びが意外みたいな表情である。

 

「……何者だ?」

「え、俺だよ?」

「会ったことがあるのか?」

 

 ふざけているという訳では無いようで真面目に問うてくるサイラオーグ。そこで渚は自身が認識阻害のロングコートで武装していたことに気づいた。

 

「渚だよ。ガイナンゼから人間ってバレないように認識阻害のコートを貰ったんだ」

「渚だったか。しかし凄まじいものだ、一切何者か分からんぞ」

「レギーナ様々が作ったらしい。粗末にしたらガイナンゼがキレる代物だよ」

「そうか。……それでどうする? 目的の人物(リアス)は近くにいるが?」

「……すんげぇ、警戒されてるよ」

 

 リアスたちは渚に対しては距離を取っていた。ゼファードルを半殺しにしたレイセンの主人なのだから当たり前過ぎるリアクションだ。同じ危険人物と判定されても仕方ない。取り敢えず、それなりの言い訳を考えてから話し掛けよう。

 

「どうすっかな」

「少し間を置いたらどうだ? あれだけの騒ぎを起こしたのだ、リアスだけじゃなく他の者も警戒している」

「そうする。周囲の目もあるし、なんか身バレしたくない状況だ。あとでコッソリ話し掛けるよ」

「なら近くにいろ。周囲の者には俺の関係者と説明する。正体不明の何者かよりは(いささ)かマシな対応をしてくれるだろう」

「助かる」

 

 渚が礼を言うとサイラオーグが小さく笑む。

 

「お前といると飽きんな」

「ソレ、褒めてるのか?」

「そのつもりだ」

 

 どうにも納得いかない渚は肩を落とすが、取り敢えずレイセンがボロボロにしたゼファードルの治療をするため(ふところ)から効き目抜群の回復薬を出す事にした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。