ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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夢語りにて威を借る《Chaos Fes 2》

 

 渚のせいで色々と不穏だった空気は、なんとか振り払われて若手悪魔たちが挨拶をする程度には回復していた。

 

「私はシーグヴァイラ・アガレス。"大公"、アガレス家の次期当主です」

 

 メガネの良く似合う金髪の綺麗な女性が先陣を切るように挨拶をする。その紹介を聞いた渚はフードの奥に隠された両目を丸くした。

 "大公"とは魔王に代わって悪魔たちに命令を出す存在、()わば四大魔王やバアルの大王に()ぐ冥界のNo.3がアガレスだ。数ある純潔の悪魔でも名家の中の名家だ。

 

「私はソーナ・シトリー。シトリー家の次期当主です」

 

 駒王学園の生徒会長であるソーナもシーグヴァイラに続いた。相変わらずのクールビューティーな人である。その後ろには元士郎を初めとして学園で見たことのあるような面子(めんつ)(そろ)っていた。どうやら彼女の眷属も駒王学園の生徒が中心のようだ。

 

「俺はサイラオーグ・バアル。次期バアル当主候補だ」

 

 サイラオーグが言う。候補なのは今現在、兄弟同士で家督を争っているからだ。とても大変そうなのに態度や雰囲気には全然出ていないのは流石である。

 

「ゼファードル・グラシャラボラスだ、クソッタレ」

 

 ゼファードルが渚の後ろに控えるレイセンを忌々しそうに睨みながら自己紹介する。その目には怒りに隠された恐怖がある。渚がライザーから分け与えられた"フェニックスの涙"をゼファードルに使って無ければ、彼はこの場には居られなかっただろう。レイセンの折檻(せっかん)が相当に()いたのか、かなり大人しくなっている。自業自得とはいえ少し(あわ)れだ。

 

「僕はディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主です。皆さん、よろしく」

 

 優しげに挨拶してくるディオドラ・アスタロト。第一印象は穏やかなで虫も殺せなそうな青年だ。だが次期当主の悪魔を名乗るのだから争い事が苦手なんて事は無いかもしれない。

 

「私はグレモリー家、次期当主のリアス・グレモリーです」

 

 最後にリアスも挨拶する。彼女に付き従うのは一誠や朱乃、祐斗や小猫だ。懐かしい顔ぶれに頬が(ゆる)む。今にも近くに駆け寄って挨拶でも()わしたいが()めておく。ここでは人の目がある。渚の現状を説明するには色々と言ったらヤバイ事が多すぎる。

 

「……しかし驚きだな」

 

 リアス達の方へ目を向けて呟く。その先にいるのはゼノヴィアだ。

 

 ゼノヴィアは悪魔の気配をさせてリアスの眷属に加わっていた。少し前まで教会の戦士だったのに一体なにがあったのだろうか? 

 そんなゼノヴィアの後ろから来た者も知らない顔だ。小さく華奢(きゃしゃ)な眼鏡を掛けた少女らしき者は見るからに落ち着きが無く、周囲を不安げに見渡していた。リアスと共に来たのだから眷属なのだろうが見ていて可哀想なくらいビクついている。

 

「(あの子は随分と弱々しいけど大丈夫か?)」

 

 自分が不在だった時に色々あったようだ。機会があれば挨拶しようと思う。

 

 ともせずグレモリー、シトリー、バアル、アガレス、グラシャラボラス、アスタロト。この六人が今回、期待された新人悪魔たちと言うわけだ。

 渚が将来有望な悪魔たちを眺めていると案内人らしき者が訪れて皆を(もよお)しの場へと先導し始める。渚もまたそれに着いて行くため部屋を後にする。

 

「来て早々、災難だったな」

 

 新人悪魔たちが騒動を起こした部屋から(もよお)しの舞台に案内されている最中、サイラオーグが気遣うように話し掛けてきた。先の揉め事を言っているのだろうが本当に災難なのはレイセンに痛め付けられたゼファードルの方である。だが少し派手にやり過ぎたのは(いな)めない。

 

「ガイナンゼ辺りにキレられそうだ」

「奴とて場は(わきま)えるだろう、心配はない」

「そりゃ帰り道で絞られるって事かよ……」

 

 そんな感じで会話しているとスッと一人の女性が早足で渚に近づいてきて歩調を合わせる。その相手にサイラオーグの後ろにいた眷属が警戒するが彼は手で制す。

 

「急で失礼ですが、よろしいですか?」

「どうした、シーグヴァイラ」

「そちらの御仁に一言、お礼をと……」

「成る程。……だそうだぞ?」

「俺か?」

 

 渚が自分を指差すとシーグヴァイラが頷く。

 

「貴方が止めなければアガレス家の者として品性のない行いをする所でした。貴方は勿論、そちらの方もありがとうございます」

 

 渚の一歩後ろにいたレイセンにも頭を下げるシーグヴァイラ。まさかこうやって礼を尽くされるとは思わなかっただけに少々戸惑う。

 

「いや、礼を言われる事じゃない。俺はアガレスとグラシャラボラスの優秀な悪魔が争い出したら(もよお)し自体が無くなるかと思ったから出しゃばったんだ。自分の為に動いただけに過ぎない」

 

 それっぽい事を言って退散しようとするがサイラオーグに捕まる。

 

「その割りにはシーグヴァイラを背にしていたではないか?」

「サイラオーグさん、だから……」

「そんな不機嫌な声を出すな。シーグヴァイラ、彼もこう言っている。あまり気にするな」

「恩着せがましい真似をされるとは思いませんでしたが、まさか突っぱねられるとは意外です」

「気に障ったか?」

 

 アガレスにまで目を付けられたら安心して暮らせる自信がない。どうにか嫌われない方向で話を納めなくては……。

 内心で必死な渚だがシーグヴァイラは小さく笑う。

 

「いいえ、貴方がソレで良いのならこの話は終わりにしましょう。改めて私はシーグヴァイラ・アガレス、貴方は?」

「あー、俺は……」

「すまんな、シーグヴァイラ。彼は訳あって名を明かせんのだ。本来なら今から遭う冥界の上層の席にいるべき者。我々の所に来たのはちょっとした手違いがあったからだ」

「あら、サイラオーグの眷属かと思ったけど違うのですね」

「そういうことだ」

「なんか、悪い」

「構いません。ではMr.アンノウン、(えん)があればまた自己紹介しましょう」

 

 シーグヴァイラが去っていく。意外に話しやすい人だった。

 

「新人悪魔では無いとすれば道にでも迷いましたか?」

 

 今度は違う女性の声がしてソッチを振り返る。すると見知った顔があった。それは駒王学園の生徒会長を(つと)めるソーナ・シトリーである。どうやら新人悪魔ではない事を聞かれていたようだ。

 

「か……」

「『か?』」

 

 危うく会長と呼ぼうとして止める。思わぬ不意打ちに素が出そうになる。

 しかし今の渚は完全に存在を秘匿(ひとく)した怪しい男だ。そんな者によく話し掛けようと思ったものだ。

 

「失礼、可憐なお人だと思いまして」

「私はどちらかと言うと地味な方ですが?」

 

 確かにソーナの風貌は金髪のシーグヴァイラや紅髪のリアスに比べたら華がない短めの黒髪である。だからと言って両者に劣るなど決してない。ルックスは負けてないし、凛々しい顔立ちからは上に立つ者に相応しい気位が見て取れる。

 

「グレモリーやアガレスに勝るとも劣らない気概を感じるよ。あまり自分を卑下しない方がいい、眷属が悲しむ」 

「……気を付けましょう」

 

 渚の言葉にソーナは目を逸らして指先で髪の毛先を弄る。

 照れてるのだろうか? もしそうなら意外に可愛らしい人だと渚は思う。

 

「ソーナよ、一体どうした。お前から彼に話し掛けてくるとは少し驚いたぞ」

「サイラオーグ。私たちは次代を期待された悪魔で、それなりの力を持っています。しかし彼の従者はその一角を圧倒した。その主人たる彼に興味を抱かない訳が無いのでは?」

「つまりコイツ()の強さに興味があるのか?」

「邪推するつもりはありませんでしたが、アガレスとの会話で解決しました」

「冥界の上層にいるべき者なら納得か?」

「はい。何故、あの場にいたのは謎ですけど……」

「先に言っていた通り、道に迷ったんですよ。サイラオーグさんがいる部屋に来れてラッキーだった」

「意外に抜けているのですね。もっと厳格な方かと思いました」

「それは失礼した」

 

 ソーナが意味深に笑う。初めて見た笑顔は引き寄せられるくらいに綺麗だった。

 

「おい、お前、会長を変な目で見るんじゃねぇ」

「サジ」

「会長、こんな名前も名乗れない全身を隠した男になんて話しかけちゃダメっすよ」

 

 ピリッと首筋から寒気がする。見ればレイセンが元士郎をニコニコしながら睨み付けていた。

 笑顔の下に殺意が見える……。 く、喰うなよ? コイツ、友達なんだ。

 レイセンの手前、渚は敵意剥き出しの元士郎をどう(いさ)めるか考える。

 

「匙 元士郎か」

「あ? 俺の名前を知ってるのか?」

「勿論だ。シトリーの兵士(ポーン)にして邪龍ヴリトラの神器(セイクリッド・ギア)を宿す者。シトリーの兵士(ポーン)に相応しい逸材だと認識しているよ」

 

 とりあえず褒める。そうすれば自分に向けられた悪感情も幾分か和らぐ筈だ。

 

「お、おう。そ、そっか、ありがとうよ」

 

 お、照れた。よし、いい感じの方向に転がった。

 

「これからが楽しみだよ、匙 元士郎。頑張ってくれ」

 

 渚が激励を送ると元士郎は(かすか)かに気落ちする。

 

「まぁ応援は有り難いがアッチに俺よりビッグネームがいるから(かす)んじまうよ」

 

 元士郎が見る先にいるのは一誠だった。どうやら同じ兵士(ポーン)であり、ドラゴンの神器(セイクリッド・ギア)を宿す身としては気になる相手のようだ。

 

「確かに兵藤 一誠も素晴らしいと思う。あの"赤龍帝"だからな」

「……まぁな」

「けれどお前だって"龍王"だ。胸を張れ、何を負けた気になっている」

「励ましてくれるのは嬉しいけどよ、アイツは二天龍……。しかもアレでもう手柄も立ててる。アイツら俺たちの住む街を何度も救ってんだ」

「さっきの威勢の良さはどうした、匙 元士郎。例え龍としての格が劣っていても他で補えばいいだけだ。それに手柄がないみたいな言い方をしたがシトリーの力が無ければグレモリーは勝てなかった。お前たちが裏で結界や情報収集でサポートしていたのは知っている。全てはシトリーの助力があってこそ勝利だ。正面から叩き潰しあうだけが戦いじゃない 」

 

 卑屈になった元士郎に思わず口が回る。全てが事実であり本心だ。確かに表立って戦ったのはグレモリーだろうが戦いやすく場をセッティングしたのはシトリーだ。ソーナや元士郎がいなければ今頃、駒王の町は廃墟と化していたかも知れない。だから見えないところで体を張っていたシトリーの面々に敬意と感謝を持っている。

 

「よくご存知で」

 

 ソーナが目を見開いて言う。

 

「知っておくべき事だからな。それにきっと駒王で戦った者たちこそアナタ達に一番感謝しているだろう」

「……少しこそばゆいですね」

 

 耳が少し赤い。部外者なのに偉そうなことを言って怒っているのだろうか? 

 渚が謝ろうとした時だ。

 

「ありがとう! フードさん!!」

 

 元士郎がガシッと両手を握って涙目になっていた。

 ビックリしたぁ。前から思っていたがコイツは少し涙腺弱くないか? 

 ブンブンと腕を振るう元士郎。見れば少し離れた場所にいるシトリー眷属の皆さんも感激したように渚を眺めていた。

 

「ふ、中々に良いことを言ったな」

 

 サイラオーグが感心したように言う。

 

「少し偉そうなことを言った気しかしないよ」

「お陰で周りの目も変わっているぞ」

 

 サイラオーグに言われて周囲に視線を伸ばせば渚に対する警戒が幾分か和らいでいた。リアスも謎の全身隠者コートの渚を感心したように見ている。今なら話し掛けられそうだが目的地の扉に着いてしまった。

 シトリーと短い挨拶を交わしてレイセンを引き連れサイラオーグと共に扉をくぐる。

 

 この後、何も起こりませんようにと祈りながら……。

 

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 

 当然であるが入った瞬間、上から多くの目線が降り注ぐ。渚のいる場所を取り囲むように冥界の重鎮たちが見下ろしてくる。ワイン片手に見世物を見るような視線が大体を占めておりあまり居心地は良くない。

 渚は取り敢えずサイラオーグの眷属の近くに居ることにした。レイセンも無言で付いてくる。

 

「邪魔するよ」

 

 眷属らしき者に挨拶する。渚と同じく全身を隠した風貌の者だ。ソイツは小さく会釈するとフードの奥にある目で渚をマジマジと見つめてくる。

 

「……一つ問いたい。主の客人よ」

 

 短く答えるは気品と荒々しさが混じる不思議な声だ。

 

「何か?」

「貴方は何者だ?」

「……質問の意味が分からないんだが?」

「失礼した、忘れてほしい」

 

 それだけ言って会話を打ち切られる。もしや人間とバレたのだろうか。ふとレイセンが渚に耳打ちしてくる。

 

(ナギサ)さま、あの者は神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる存在でありんす。恐らく"蒼"に共鳴したのかと」

「──アレが?」

 

 渚は驚愕しながら再びフードの者を見るがどう見ても人型である。

 

神器(セイクリッド・ギア)ってあんなのもあるのか、スゲェな」

「ムッ。(ナギサ)様、ワタクシの方が性能では上回ってるでありんす」

 

 鼻息を荒くして顔を近づけてくるレイセン。まるで主人に構って欲しい犬である。……とはいえ絶世の美女が鼻先に触れそうな距離にいるのは精神的に頂けない。

 

「分かったから、顔が近い近い」

「し、失礼しんした」

 

 赤くなって下がるレイセン。恥ずかしいなら止めとけば良いのにと思う。

 渚がなんとなく上を仰ぐとガイナンゼと目があった。その顔は眉を潜めてこう言っている。

 

 ──何故、そこにいる? 

 

 怖っ! 不可抗力だ。渚は逃げるように視線を逸らす。

 次々と優秀な新人悪魔が入場してきた最終的には六組ほどのグループが整列した。渚は目立たない様にサイラオーグの眷属へ擬態する。そんな見知らぬ男を快く列に入れてくれるサイラオーグの眷属たち。

 ありがとうございます、眷属さんたち……。

 会釈して列に入った瞬間タイミング良く会場が少し暗くなる。

 

「──よく来てくれた。我らは次代を担う悪魔たちを歓迎しよう」

 

 急に頭上から声がして見上げれば紅い髪の男性が微笑を浮かべていた。ガイナンゼがいるバルコニーよりも高い位置にある四つの席からだ。そこに座るのは冥界のトップである四大魔王の面々だろう。

 

「バアル、グレモリー、シトリー、アガレス、アスタトロト、グラシャラボラス。若き悪魔たちよ、今日は次世代を担うキミらの顔を改めて確認するために集まって貰った」

 

 サーゼクスは固い言葉のわりに優しく(さと)すような口調で続ける。

 

「キミたちは家柄、実力共に申し分のない次世代の悪魔だ。レーティング・ゲームのデビューも近いだろう。お互い競い合い高め合って冥界を支える者になってほしいと私は思う」

 

 初めて生で見る魔王サーゼクスは穏やかな印象を与える。リアスの兄だけあって情にも厚そうだ。

 渚が魔王サーゼクスに感嘆しているとサイラオーグが一歩前に出た。

 

「魔王サーゼクス様、失礼を承知で質問があります」

「何かな、サイラオーグ」

 

 サイラオーグの急な言葉にお偉方はざわめくも、当のサーゼクスは気にした様子もなく質問を受けた。

 サイラオーグは何を言うつもりなのだろうか? 

 

「我々も"禍の団(カオス・ブリゲード)"との戦いに投入されるのですか?」

「それは分からない。しかし私個人としては投入は避けたいと思っているよ」

「なぜです。我らとて悪魔の一端を担う者です。冥界の危機に何も出来ないのは──」

「サイラオーグ、キミの勇気と熱意は認めよう。けれど若い悪魔を戦場で死なせでもすれば、私たちの後に続く者がいなくなる。冥界の未来の為にも今は成長することを考えてほしい。キミが思う以上に我々に取ってキミたちは宝なのだよ」

「……分かりました」

 

 サイラオーグは大人しく退()いたが不満そうだ。

 渚が魔王相手にスゲェなと感心していると視界の隅でガイナンゼが馬鹿馬鹿しそうな表情をしてるのが目に入った。

 なんであんなにサイラオーグさんの事が嫌いなのかね、アイツ。俺には良い兄貴にしか見えんのに……。

 渚が呆れていると上の席から嘲笑が聞こえてきた。

 

「あれがバアルの無能か」

「魔王に対して口の聞き方がなっていないな」

「イヤだわ、新人の癖に生意気ね」

 

 聞いていてあまり気持ちの良い声ではない。渚は不愉快に思いつつも敢えて意識を外に向けた。

 

「さて長くなっても詰まらないだろう。最後に君ら夢……目標を聞かせてはくれないだろうか?」

 

 サーゼクスの問いに最初に答えたのはサイラオーグだ。

 

「俺は魔王になるのが夢です」

 

 いきなりスゴいことを言い始めたサイラオーグに渚は唖然とした。次期当主になるのも大変そうなのに更に上の目標があるとは中々に野心的な人である。

 周囲のお偉方の反応は二つに別れる。何を無茶なと肩を竦める者と面白そうに彼を見る者達だ。

 

「大王家から魔王が出るとしたら前代未聞だ」

 

 お偉方の一人がそう言うとサイラオーグは(おく)さず高らかに言い返す。

 

「俺が魔王に相応しいと冥界の民が認めればそうなるでしょう」

 

 自信ありげに言い切ったサイラオーグにリアスが続く。

 

「私はレーティング・ゲームの各大会で優勝して行く事が近い将来の夢ですわ」

 

 サイラオーグと違って堅実な夢を語るリアス。

 彼女らしいなと渚は笑う。

 こうして次々と自らの夢を告げる若手悪魔たち。

 最後に前へ出たのはシトリーの次期当主、駒王学園で生徒会長を務めているソーナだ。あの真面目そうな人がどんな夢を語るのか渚は興味が湧く。

 そしてソーナ・シトリーは言う。

 

「冥界にレーティング・ゲームの学校を建てる事です」

 

 渚はそれを聞いて純粋に驚く。

 冥界に於いて学校という概念はかなり薄い。探せばあるだろうが恐らく希少な部類だ。シアウィンクスが学校を知らなかったのだから間違いない。

 学びたければ"家"が専門家を呼び、跡取りや後継者にマンツーマンで学ばせる家庭教師スタイルが基本なのだろう。確かにその方法なら質良い"知識"は得られるが学校という場でしか学べないものもある。

 渚が素直に感心していると上のお偉方が騒ぎ始めた。

 

 ──ハハハハハッ! 

 

 聞こえたのは嘲笑が混じる大笑いだ。まるで馬鹿げた事を言ったみたいな雰囲気に渚は困惑する。

 

「……なんだ?」

 

 そんなにおかしい話だっただろうか? 至極まともな夢だと思うだけにお偉方の反応が理解出来ない。

 

「傑作だ、そう思わんかね?」

「全くだ。まさかそんな戯言を言うとは場の盛り上げ方を分かっている」

「フフフ、まるで夢見る乙女ね」

(みな)、そう笑ってやるな。若さゆえに見えないものもある」 

「しかし、シトリーの次期当主として余りにも現実味のない夢ではある」

 

 ソーナの語る夢を嘲笑う悪魔たちに渚は胸がモヤモヤする。流石に馬鹿にし過ぎでは無いだろか?

 

「なんでお偉方は会長を、シトリーをあんなに批判する?」

「上級、下級、そして転生悪魔の間には大きな(へだ)たりがある。古い悪魔ほど傲慢で閉塞的だ。高貴な血こそが至高という考えるが蔓延している。下級悪魔や転生悪魔など差別の対象でしかないのだ」

「……くだらねぇ」

 

 渚の言葉にサイラオーグは上には聞こえないように肯定した。

 

「そしてレーティング・ゲームはその上級悪魔たちが最も力を入れている競技のひとつだ。その上位ランカーの殆んどは純血悪魔で埋め尽くされている。そこに下級悪魔や転生悪魔が上り詰めてくるのは不可能と思っているのだろう。実際、純血の悪魔は強いからな」

「……頭が固いな、俺の知ってる転生悪魔は将来性がある」

「伝統というのは中々(くつがえ)せん。……歯がゆいがな」

「伝統、ね」

 

 一誠を筆頭に強い神器持ちや朱乃のような光力を使えるイレギュラーな悪魔もいるのだ。もしもグレモリーから自立して"(キング)"となりレーティング・ゲームへ挑めば上位勢の名も入れ替わる可能性もある。

 そんな想像も出来ない冥界のお偉方は視野が狭いように感じる。いや長命族だからこそ過去の風習に囚われているのかもしれない。

 渚がウンザリしているとソーナの前に人影が出た。

 

「黙って聞いてりゃ好き放題に! そんなに会長の……ソーナさまの夢がおかしいんスか!! まるで叶わないように言って! 俺たちは本気なんスよ!!!」

 

 匙 元士郎(さじ げんしろう)の怒号が響く。感情的な元士郎にお偉方の笑いが止まる。

 

「口を慎め、貴様は転生悪魔か? ソーナ殿、下僕の(しつけ)がなってないぞ? そんなでは例の夢も夢のままで終わりそうですな?」

 

 一方的な言い分に元士郎が怒りに任せて言い返そうとする。しかしソーナは冷静な口調で止める。

 

「控えなさい、サジ。……申し訳ありません、あとでキチンと言っておきますのでご容赦ください」

「な、なんでですか!? この人たちは俺たちの夢をバカにしてるんスよ! どうして言い返さないんですか!?」

「お黙りなさい。この場はそういう主張をするトコロではないのです。私は望まれたから将来の夢を語っただけです」

「……会長、俺は──」

「今は耐えなさい」

 

 クスクスっと嫌な笑いが周囲から降り注ぎ、ソーナたちの心を磨り潰そうとする。

 元士郎が悔しそうに顔を歪めた。良く見ればソーナも口許をキツく閉じており、体も小さく震えている。

 

「……クソ」

 

 友人のあんな顔を見せているのに何も出来ない自分に腹が立つ。

 

「渚、シトリーの夢に賛同するのか?」

「いい目標だと思うよ。少なくとも俺は笑えない」

 

 サイラオーグの問いかけに渚は即答する。

 

「この場はな、見込みありと判断された若手悪魔を見極める為のものだ。だがシトリーの夢はここにいる悪魔たちにとって余りにも不都合なものだ。最悪、妨害工作もあり得る。かつてのフェニックスのようにな」

 

 サイラオーグが僅かに顔を歪めた。自らが原因で起きたあの事件は彼にとっても苦い経験だったのだろう。

 

「例え冥界に不都合だろうとバカにして良いことじゃないだろ」

 

 渚の言葉を聞いたサイラオーグは愉快そうに口許を歪ませた。

 

「ならば前に出ろ、渚」

「……はい?」

「聞こえなかったか? お前がシトリーの夢を擁護して来いと言ったのだ」

 

 急に何を言ってるのだろうか? 

 部外者であり悪魔ですらない自分が出てなんになる? ただ場を混乱させるだけだ。

 渚の疑問に対してはサイラオーグはガイナンゼの座るテーブルを指差す。

 

「あそこは元々レギーナ・ティラウヌスに用意された席だ。今は代理が使用しているがな」

「ガイナンゼはレギーナの代理だったのか」

「違うな、代理に任命されているのはお前だ。ガイナンゼはその護衛にすぎん」

「……ん?」

 

え? 初耳なんですが……。レギーナ宰相、何してんの? 会ったばかりの人間を代理になんてするなよ……。

 

「まるで理解できない……」

「つまりこの場に於いてお前の行動は、()()レギーナ・ティラウヌスのモノと見なされる。それは魔王に等しい発言力と権限を有するという意味だ」

「魔王って……。あの人ってそんなに偉いのか?」

「かつて新魔王を決める際に彼女の名も上がったと聞く。断ったそうだがな」

「思った以上に権力者だった……。とんでもねぇな、あの人。けど部外者の俺がレギーナの威を借りて好き勝手するのはどうなんだ?」

 

 それは幾らなんでもやり過ぎだ。そんな真似はしたくない。それにレギーナの権威を勝手に振り回すような事をしたら彼女を慕うガイナンゼが怒り出すかもしれない。ガチで殺しに来そうなのが嫌すぎる。

 そんな渚の疑問を悟ったのかサイラオーグが口を開く。

 

「冥界で生きて来た俺からアドバイスだ。──使えるモノは全て使え。でなければ終わった後に得るのは一生の後悔と拭えぬ喪失感だ」

 

 サイラオーグの言葉には妙に重みがあった。これは"持たざる者"として生きて来て得たサイラオーグ自身の教訓なのかもしれない。

 それでも迷っているとサイラオーグが肩に手を置く。

 

「安心しろ。俺とガイナンゼはレギーナ・ティラウヌスより蒼井 渚の発言や行動はティラウヌス家のモノとすると仰せつかっている。その命令がある以上は誰がどう言おうとお前はティラウヌスの悪魔だ。──心のままにシトリーを救ってこい」

「…………分かった、やってみるよ」

 

 これだけ後押しされてしまってはやらない訳にはいかないだろう。屈辱に耐えるソーナや元士郎の助けになれるなら虎の威を借る狐を演じ切ろうじゃないか。

 渚は覚悟を決めて前に歩き出すとレイセンが微笑みながら付いてくる。まるで、その判断を称えるような機嫌の良さだ。

 

「我が主を不快にさせた下級生命に格の違いを見せてやりんしょう」

 

 俺はただの人間なのだが背中を押された以上はやるしかない。

 渚の無意識に放った霊氣が風を起こす。羽織ったロングコートがバサリっと広がり、まるでヒーローか何かが悠然と現れたような絵面になった。

 それは、まるでソーナとシトリー眷属を庇うみたいな登場である。

 

「あ、貴方は……」

 

 クールな生徒会長も急な渚の乱入に驚いてる様子だ。会場全体から奇異な視線を向けられる。

 この空気どうすりゃいいんだよ? 

 渚がフードの奥で冷や汗をダラダラ流しながら思考を巡らせる。こうなったらレギーナ・ティラウヌスの名を全力で利用するしかない。本意ではないが存分に使わせてもらう。

 

「…………俺はティラウヌスに連なる者だ」

 

 震える内心が表に出ないよう腹に力を入れて言葉を放つと、自分でも意外なほど低くて威圧感のある声になった。

 ザワザワと会場全体が騒がしくなる。サイラオーグの言う通りレギーナの名前は効果覿面(こうかてきめん)だ。

 あ、ガイナンゼがメッチャ見てる、怖……。

 

「てぃ、ティラウヌス家の方が、どうして私の前に?」

 

 あのソーナ会長が狼狽(うろた)えている。そこには畏敬の念が感じられた。レギーナが凄い奴なのが更に分かった気がする。渚はボロが出ないように懸命に取り(つくろ)う。

 

「ソーナ・シトリー、アナタの夢は笑い者にされるようなモノではない。レーティング・ゲームの学校、素敵な目標じゃないか。是非、実現させてくれ」

「あ、ありがとうございます」

「それに眷属も良い。匙 元士郎、主のために動く姿には心を打たれたよ。素直に格好良かったと称賛させてほしい。本来、部外者が出しゃばるべきで無いと重々承知なのだが、どうか素晴らしき夢を追うシトリーの者らの前に立つ事を許してくれ」

 

 自分でも歯に浮くセリフに身震いした。カッコ付けすぎて今後絶対に正体を明かすまいと誓った。

 恥ずかしくて死ねる。あ、サイラオーグさんがニヤニヤしてる。わかってるよ、似合ってねぇですよね!?

 

「ふ、フードさん! ありがとうございます!!」

 

 声を掛けられた元士郎が背筋を正して頭を下げる。同級生にそんな態度を取られて苦笑してしまう。

 レギーナの認識阻害コートのお陰で正体はバレていないようだ。

 渚は一呼吸おいて上を見上げた。

 

「古きより冥界を見てきた先人達よ、ティラウヌスはソーナ・シトリーを全面的に支持したいと考えている」

 

 渚の言葉にお偉方が剣呑な雰囲気となる。

 口論になったら終わりだ。元々口が回る方じゃない。ハッキリ言って今も心臓がバクバクいって喉もカラカラだ。緊張で冷や汗も止まらない。

 そして遂にお偉方の一人が口を開いた。

 

「貴様は、……いや貴殿は()()レギーナ・ティラウヌス殿の使いだというのか?」

「冷鉄の魔女が、こんなバカげた夢を指示するだと……?」

「わ、私もシトリーの夢は素敵と思いますわ……!」

「は、はははっ。レーティング・ゲームの学校? 良い夢じゃないか? ははは……」

 

 はて、様子がおかしい。アレは怯えだろうか? お偉方が次々と手のひらを返していく。

 一体、何が起こっている。

 

「あの態度はなんだ?」

「それほどティラウヌスの名は凄まじいのだ。勝手に使おうもの社会的にも物理的にも冥界から消される。彼女は現冥界を支えてきた第五の魔王とも言われている存在だ。力も権威もある意味では魔王を上回る」

「レギーナ様、怖っ」

「まぁよくやった。見ていて気持ちが良いものだった」

 

 サイラオーグが笑うと後ろでレイセンもに満足げに小さく微笑んでいた。

 まぁ無事に擁護できて良かった。

 他人の権力にすがったが、これでシトリーを影から妨害しようとする輩はいないだろう。

 

「ん? ちょっと待て。シトリーって今の魔王がいる家だよな? 確かセラフォルー・レヴィアタン様だったか?」

「ふ、気づいたか」

「おい、俺が何もしなくて手を出されないじゃねぇの?」

「そうかもしれんが、後ろ楯は多いに越した事はない」

「そんなもんか」

 

 無駄なようで無駄じゃない渚の行動である。

 まぁソーナ会長には頑張って貰うとしよう。なんか疲れた。

 渚はなんとなく天井を仰ぐと魔王の席でセラフォルーらしき女性がサーゼクスの服を掴んでコチラをキラキラした目で指差していた。

 

「何してんだ? あの魔王さま……」

 

 こうして次代の悪魔が集まった催しは幕を閉じたのだった。

 

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