ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

86 / 86
今更な覚悟《Preparedness》

 

 色々とカオスだった(もよお)しが終わった。

 堅苦しい会合は終わり、あとは懇談会と称されたパーティーが行われるとの事だ。

 別室に用意された会場に渚も何食わぬ顔で同行する。

 相変わらず頭から脚までを隠した怪しいロングコート姿なのだがサイラオーグの"兵士(ポーン)"を初めとして似たような格好の者も複数いるので怪奇な目を向けられるのは避けられていた。

 

 ──これで部長に話し掛けられるな……。

 

 そうと思っていたのだが中々どうして上手く事は運ばなかった。渚はフードの奥に隠した瞳を隣へ向ける。そこに居たのは魔王セラフォルー・レヴィアタンその人だ。

 

「キミはドコのドナタなのかな☆」

「……ティラウヌスの領土から来たレギーナ様の使いです」

「違う違う、お名前だよ☆ あ、これ美味しいよ、食べて食べて☆」

 

 魔王の一角が料理を食べさせようとして来る。

 渚は丁重にお断りすると「むぅ〜」と頬を膨らませる。肩書きに似合わず可愛らしい魔王だが少しあざとい気もした。

 

「(どうしてこうなった?)」

 

 急に会場に現れたセラフォルーはソーナと眷属達に和気藹々(わきあいあい)と挨拶を交わし終わったら何故か渚も元へやって来たのだ。

 

「……どうしてこうなった?」

 

 何度も思った事が(つい)には口から出てしまう程度には困惑している。

 本来なら若手悪魔同士の懇談パーティーだが、それ以外の者は参加出来ないなんて事は無いらしい。周囲を見ればチラホラとお偉方の悪魔が若手悪魔と会話している。

 魔王様が来るのは分からないでも無いが、まさか自身と接触してくるとは思いもしなかった渚は対処に困っているのが現状だ。

 

「ねぇねぇ☆ 話、聞いてる?」

「ア、ハイ」

「どうしてお顔を隠してるのかな☆」

「一身上の都合です。名前も気軽に名乗れない身の上なのでご容赦ください」

「ミステリアスな子なんだね☆」

「ご無礼をお許しを」

「良いんだよ。キミはソーナちゃんを守ってくれたんだもん、許しちゃう☆」

「寛大な処置に感謝します」

「そんな堅くならずにね☆ そっちの子はキミのお友達?」

「仲間、ですかね」

 

 渚からレイセンに視線を移すと「へぇ〜、美人さんだね☆」と言いながら好意的な目を向ける。

 それにしても、この魔王様はなんか距離が近い。今もグイグイと身体を押されている状況だ。周囲もチラチラとコチラを見てヒソヒソと話している。

 

「……チッ」

 

 レイセンが舌打ちした!? あ、こら、そんな「気安く見るな、下郎」みたいな怖い目を魔王に向けないで? というか君んトコの影にいる冒涜的な邪神みたいなの(うごめ)かさないくれ。マジ、怖いからね? こんな場所でSAN値(正気度ポイント)をゴリゴリ削りそうな狂気の化物を出されたら違う意味のパーティーに変貌しちまうよ。暴れないで、マジで……。

 

「嫌われちゃってるみたいだね☆」

 

 ゲ、気づいてる……。

 

「申し訳ありません。あとで言って聞かせておくので」

「いいよ~☆」

 

 取り敢えずセラフォルーには早々と撤退して貰おう。俺の精神安定のためにも! 

 そんな風に考えていた渚が手早く事を済ませるためストレートにセラフォルーへ言葉を投げ掛ける。

 

「……セラフォルー様は自分に何かご用がお有りで?」

「うん? 用って言うよりお礼だね☆ わたしも魔王だからあの場ではソーナちゃんを庇えなかったんだ。冥界のトップが一部の人を贔屓したら叔父様や叔母様の方々から反感買って現政権に……サーゼクスちゃん達に迷惑だしね」

「魔王とは冥界最大の権力者ではないのですか?」

「そうだけどなんでも出来る訳じゃなくてね。私たち四大魔王はこう見えて比較的に若い方の悪魔だから、より冥界と長く生きた悪魔との対立も多いんだ。特に今日の集まりに来ていたのは冥界で名を馳せている古くからの権力者たちだから気を使ったよ☆ だから、ありがとね」

 

 どうやら思っているよりも魔王というのは好き勝手出来ないようだ。渚は冥界の暗部に触れた気分になる。

 

「大変ですね」

「そうなんだよ☆ 下手なことすると魔王から引きずり下ろそうとするし、たまに暗殺紛いな事もされちゃ……イケナイイケナイ、コレは口止めされてたっけ。内緒にしてね、特にソーナちゃんには☆」

 

 おい、今、暗殺とか行ったぞ……。冥界ってやっぱりヤバい場所だよ。早く駒王町に帰りたい。

 流石は悪魔の住処(すみか)だと思いつつ渚は不安になる。

 

「今のは聞かなかった事にしますが辞めたいとは思わないんですか?」

「ううん、絶対に辞めないよ。今はわたし以外に魔王レヴィアタンを名乗らせないって決めてるからね」

 

 何かに思いを馳せるように言うセラフォルー。誇り(プライド)とは少し違う。誓いのような鮮烈さを瞳に宿した表情だ。レヴィアタンの名はそれ程までに彼女の中で大事な物なのだろう。

 それからセラフォルーは渚に対して素性やら(なん)やらを質問してきたがレギーナの名を借りて上手く回避した。

 

「それじゃあバイバイ、ヒーロー君☆ そっちの彼女も邪魔してごめんね☆」

「はい、お元気でセラフォルー様」

「……さよならでありんす」

 

 なんやかんや話し込んでしまい満足したのかセラフォルーは去って行った。

 悪意がないのは分かるが魔王を相手にするのは精神的に疲れる。少し離れた場所でシーグヴァイラと話していたソーナと目が合うと申し訳なさそうに会釈してきた。

 

 ええんやで、会長(ソーナ)はん……。

 

 エセ関西人みたいな台詞が()そうになる。あの人が姉だと会長は色々と振り回されてそうな気がする。

 そう思うと生暖かな目になる渚であった。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

「ふざけないでッ」

 

 ようやく手が空きリアスへ話し掛けようとする渚に怒声が耳に届く。

 

「またトラブルか……」

 

 ここに来て何度目だよ。

 揉め事が多い(もよお)しにそう辟易(へきえき)しながら視線を動かせば目的の人物であるリアスが誰かと言い争っている。

 

「しかし元は私たちの物なのですよ、グレモリー嬢」

 

 リアスの怒りを受けて退かずに返したのは燕尾服を着こなす壮年の男性だ。

 

「貴方達が何をしたか分かっているの!?」

「私、ケルヴィン・アーネロストンドは当事者ではないので分かり()ねます。飼い猫を元いた場所に返す。ただそれだけの話です、ご理解頂きますように願います」

 

 ケルヴィンと名乗る男は小さく頭を下げる。

 

「ガーボンズ家は小猫を……私の眷属を傷つけた元凶じゃない!!」

「お言葉が過ぎますぞ。あなた様がなんと言おうと()()はガーボンズの悪魔です。返さぬと言うのならグレモリーが秘密裏に匿っていたと公表しても良いのですぞ?」

「よくも今さら抜け抜けとッ」

「"今"だからです。これはグレモリー嬢、あなた様のミスでもあります」

「何を!?」

 

 壮年の男は呆れたようにリアスを見た。

 

「あなた様は彼女を強く育て過ぎました。ガーボンズ家は常に"白音"の動向を監視していた。はぐれ悪魔との討伐記録、フェニックスとの非公式ゲームの内容、堕天使との戦い。それらで力を見せた"白音"をガーボンズの当主は再評価したのです」

「強くなったから返せとは傲慢ね。けれど小猫は渡さないわ。私の全てを使ってでもね」

「成る程、いざとなれば魔王をも利用すると言いたい訳ですか。それはそれは恐ろしい。では我らも相応の手を使わせていただきましょうか」

 

 男性が一枚の紙を出すとリアスへ見せ付けるように前に出す。それはガーボンズ家から脱走した眷属の捜索状だった。リアスはその文を読んでも何食わぬ顔だったが書類の最後に刻まれた紋章のような印に目を見開く。

 

「その印は……」

「レギーナ・ティラウヌスが直々に発行した発令文です。彼女に逆らうのは余りお勧めしませんよ。……冥界の番人たるティラウヌスは秩序を乱す者には容赦しない。例えあなた様が魔王の血族だろうと必ず粛清される」

「私が権力に臆すると思って?」

「では仕方ありません」

 

 壮年の男性が何処かへ連絡すると転移陣が発動する。

 光の中から出て来たのはガイナンゼだ。

 

「(おいおい、なんでガイナンゼがここで出てくるんだよ……)」

 

 状況を窺っていた渚だったがガイナンゼの登場に嫌な予感がしてならなかった。

 そんなガイナンゼが不機嫌そうにリアスを見下す。

 

「貴様がリアス・グレモリーだな?」

 

 暴力的な威圧感を隠そうともしないガイナンゼにリアスは一歩も引かずに睨み付けた。一色触発な二人の空気に緊張が走る。

 

「ガイナンゼ・バアルッ」

「私を知るか。ならば話が早い、ガーボンズ家の言い分に従え。これはレギーナ様の(めい)でもある」

「たかだがバアルの宰相がグレモリーの次期当主に命令出来ると思っているの?」

 

 リアスは不快げに顔を背ける。まるで意に介さない態度である。

 

「(うあー、ヤバい)」

 

 ガイナンゼの忠誠心は狂信的なまでに高い。どんな形であれ、ガイナンゼの前でレギーナを扱き下ろしたら殺される。短い付き合いだが彼の危険性は戦った渚がよく知っている。

 

「"たかだかバアルの宰相"だと? 言葉が過ぎたな、リアス・グレモリー」

 

 ガイナンゼが魔力を高めて拳を振り上げる。それが放たれるも一誠が凄まじいスピードで割り込んで受け止める。渚も感嘆してしまう程に素早い反応だった。

 

「部長に手を出すんじゃねぇ!!」

 

 赤龍帝の篭手が展開して龍圧に会場が揺れた。ニ天龍の力を前にしたガイナンゼだったが表情一つ変えはしない。

 

「邪魔だ、半端者め」

 

 ガイナンゼが受け止めれた拳をそのまま圧し付けると一誠が立っていた床が軋み、ひび割れた。

 

「ぐぁ、重い!?」

 

 一誠が歯を食いしばって耐える。次の瞬間、祐斗が聖魔剣でガイナンゼに斬りかかる。

 

「させないよ」

 

 その聖魔剣をガイナンゼは上体を軽く動かして避けるが頬が小さく裂けた。

 

「迷わず首を狙うか、だが惜しかったな」

「さてどうだろうね」

 

 祐斗がそう言うと背後からゼノヴィアが聖剣デュランダルを振るう。

 

「宗教上の理由で敵対する悪魔には容赦できなくてね。悪いが抜かせて貰ったよ」

 

 あらゆる聖剣の中でもトップに位置するデュランダルの一撃は悪魔にとって必殺になる。完璧なタイミングでの攻撃に回避も不可能だ。

 

「(ゼノヴィアの奴、デュランダルを出しやがった!?)」

 

 悪魔だらけの中で"最強の聖剣(デュランダル)"を使ったゼノヴィアに渚は色々と驚く。

 

「聖剣、当たれば消滅は必至だろうが闇雲に振って当たるものではない」

「なっ」

 

 ガイナンゼが踏み込み、デュランダルの刃の腹を拳で殴り付けた。斬撃は逸れるが触れた拳は灼け爛れていた。

 

「赤龍帝、聖魔剣、デュランダルか。よくも揃えたものだ。少し前の私なら最高の(かて)だと喜んだが最早、貴様等では物足りない。──なぁ?」

 

 チラリと渚を見るガイナンゼ。誉められてるようだが全然嬉しくない。

 

「あんま舐めんな!」

「赤龍帝よ。仲間共々、控えていろ」

 

 ガイナンゼが一瞬、三撃を繰り出す。

 右腕で一誠を壁に吹き飛ばし、左手で祐斗を地面に打ちのめし、右足でゼノヴィアを薙ぎ払う。

 

「ゴホッ。こいつ、強ぇ」

「くっ、速い」

「……やってくれるねっ」

 

 ダメージを負いつつも立ち上がる三人をガイナンゼは無視してリアスを見下ろす。

 

「力も覚悟も全てが軽い。──終わりだ、リアス・グレモリー」

 

 ガイナンゼが魔力を(ほとばし)らせた。明らかに殺す気だと周囲が気付いた時にはリアスの眼前には"滅び"を纏わせた拳が迫っていた。

 しかしその凶行を二つの影が止める。

 一人はリアスを潰そうとするガイナンゼの腕を抑え、もう一人は背後から肩に手を当て制止する。前者は渚で後者はサイラオーグだ。

 

「させると思うか?」

「ガイナンゼ、場を弁えろ」

「貴様達には関係のない事柄だ、大人しくしていろ」

 

 ガイナンゼが魔力を更に高めて威圧する。

 

「俺がここにいる目的を分かって言ってんのか?」

「従姉妹が殴り殺される様を見過ごす程、薄情ではないつもりなのでな」

「ならば私はレギーナ様の意向に従うのみだ」

 

 実力のある三人が戦意を高めると会場にいた悪魔達が自衛のために身構えた。

 このままバトルに突入すると思った矢先だ。

 

「──ここでの争いの一切を禁ずる」

 

 引き寄せられるような有無を言わさない静かな声音に空気が一変した。場の圧力が数段重くなり、誰もが動けなくなる。

 その命令に最初に反応したのはガイナンゼだ。片膝を突いて(こうべ)を下げる。

 

「お言葉のままに」

 

 彼がこんな態度を取るのは一人しかいない。ガイナンゼが向いてる方向へ目をやれば肌の露出を許さない闇色の豪奢なドレスを着た女が立っていた。その素顔を隠す漆黒のベールのせいで表情は窺い知れない。

 

「レギーナ・ティラウヌス」

 

 冷鉄を形にした女帝が厳かに周囲を見回す。ガイナンゼとは全く違う種類の威圧感が場を支配する。

 

「ここは私が処理します、下がりなさい」

「畏まりました」

 

 レギーナの後ろにガイナンゼが控える。

 

「貴方達も、これから先の出来事には口を出さないように。これを破れば各々が持つ大事なモノを失うと心得なさい」

 

 渚とサイラオーグへを投げ掛けた言葉は脅しにも等しい。逆らえば渚はシアウィンクスを、サイラオーグは次期当主の座を奪われる。二人は急所を抑えられているだけに動きを完全に奪われる形となった。

 

「……レギーナッ」

「そう睨み付ける事もありませんよ」

 

 渚が顔を歪めて怒りを露にするが、レギーナは介せずに歩き出す。渚とサイラオーグの間を通り抜け、リアスの横を過ぎ去り、小猫の前に立ち塞がった。

 その顔は暗いベールの奥に隠されている筈なのに鋭い視線で小猫を見下ろされているのが分かる。

 

「お前が(くだん)の悪魔だな?」

「──ッ」

 

 冷たい圧に小猫が怯えるも淡々とレギーナは続けた。

 

「選べ。行くか、残るか」

「……えっ?」

「何を呆けている? これはお前の問題だ。自身の此れからは自分で決めろ。よく考える事だ、自らが持たらす利益と不利益のどちらが大きいかを……」

 

 小猫がレギーナとリアスを交互に見ると息を荒くする。

 

「行きたくな──」

「ガーボンズ様は諦めませんぞ?」

 

 ガーボンズの使いであるケルヴィンが横やりを入れる。

 

「貴女たち、いい加減にッ……」

「私は貴方ではなく彼女に聞いている」

 

 小猫に近づこうとするリアスの首筋にレギーナが閉じた扇子を(あて)がう。

 

「(──なッ)」

 

 渚はリアスの首が跳ぶのを幻視した。いやこの場にいる殆んど者が同じモノを見せられた。これはレギーナが殺気でリアスを制止した為だ。リアスは口を小さくパクパクさせて冷や汗を流していた。圧倒的な実力差を直に感じて硬直している様子だ。

 

「私を敵に回すとコレが現実に起こると知りなさい。私は超越者の血縁だろうと容赦はしない」

 

 鋼よりも固い冷鉄の意思によって宣言する。

 リアスの死を間近で幻視した小猫は呆然とした表情をしながらペタンと地面に崩れ落ちた。

 

「このままグレモリーの眷属でいるならばお前の主人は間違いなく無用な災禍に(おちい)るだろう。さて賢しき選択がどれかは分かるな?」

 

 それは悪質な問いだ。

 幻覚とはいえリアスの死を見せつけられた小猫に選択肢など無いに等しい。

 

「…………行きます。わたし、行きますから」

「小猫!?」

「結構、話は終わりだ」

 

 身を翻して小猫から離れるレギーナにケルヴィンが声を掛ける。

 

「ティラウヌス様が自ら直接交渉してくれとは驚きです」

「ガイナンゼでは止められない(やから)が居たので来たまでだ」

「我が主人に代わりお礼を申し上げます」

「不要だ。今回の件はガーボンズ家に理があった。あの娘はグレモリーに預けられていただけで所有権はガーボンズにある。有るべき場所に在るべき者を帰しただけに過ぎない。早々に連れて行け」

「ではご厚意に甘えさせて頂きます」

 

 ケルヴィンが小猫の手を取り去って行く。

 

「ま、待ちなさい! こんな事が許されるとでも思っているの!?」

「貴様は所詮は"預り"の立場だ。本来の所有権はガーボンズ家にある。例え"悪魔の駒(イーヴィル・ピース)"を使用したとてソレは変わらない。逆に占有権を犯したとして貴様が裁かれる立場になってもおかしくはないと知れ」

「くっ」 

 

 リアスが小猫の手を取ろうとするがガイナンゼが間に入り邪魔をする。

 

「裁定は(くだ)された。無駄な足掻きはやめろ」

「退きなさいッ」

 

 リアスが怒りのままに魔力の塊を放つ。ガイナンゼは微動たりせず正面からリアスの攻撃を受けるが容易く弾かれて霧散する。

 

「この程度か……。アレが慕うから()()()かと思ったのだがな」

 

 期待外れだと言いたげに去っていくガイナンゼ。そしてレギーナや小猫と共に転移の光に包まれる。

 

「……部長、私、大丈夫ですから」

「行ってはダメよ、小猫!!」

 

 消えて行く小猫の姿にリアスは走り出す。しかし伸ばした手は届かずに空振りする。

 渚は無言で(きびす)を返す。それを見たサイラオーグが声を掛ける。

 

「何処に行くつもりだ?」

「レギーナの所に戻る。話せる状況じゃなくなった」

「不甲斐ないが俺はこの件には手が出せん。……頼むぞ」

「あぁ」

 

 レイセンを引き連れて早足で会場を後にする渚。

 やることは既に決まっている。可愛い後輩を好き勝手してくれたレギーナに直談判するのだ。

 ダメでも絶対に取り戻す。冥界の法なんて知りやしないが、あんな方法で別れさせるなんて許されるはずかない。

 渚はレギーナの古城へ怒りのままに帰還するのだった。

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 レギーナの巨城。

 渚は街を離れるや疾風のような速さで野を越え、山を越え、高々とそびえる山脈に囲まれたレギーナの巨城に舞い戻る。来る者を拒むように堅く閉ざれた巨大な門を力づくで開けて場内へ入った。怒りを(たい)で示すような大歩きでレギーナの書斎を目指す。

 目的の部屋が見えてきた。

 渚は扉を力のままに開け放とうと手を伸ばすが、そこで動きを止めた。感情が先行し過ぎていている。このままでは激情に呑まれて罵詈雑言しかでない。

 そんな自己満足に走れば解決までの道のりが遠ざかる。

 深く深呼吸する。

 少しでも冷静さを取り戻そうとする行為だが思いの外、効き目があった。一呼吸、終えた後に取っ手から指を離して扉をノックする。ギリギリだったが己を保つ事か出来た。

 

「話がある」

「どうぞ」

 

 短い返答を得て書斎に入る。

 積み重なった書類を黙々と処理するレギーナは視線はそのままに声だけで向けてきた。

 

「グレモリー眷属(けんぞく)の件ですね?」

「そうだ、なんであんな事をしたんだ?」

「それが正しい在り方だからです。元々あの猫又の少女はガーボンズが所有する悪魔なのですよ。リアス・グレモリーはガーボンズ家から脱走した悪魔を匿っていた。人間世界で言うなら誘拐という事になります」

 

 責めるような渚の口振りにレギーナ至極冷徹に返した。

 

「だからと言って──」

「今の冥界は良くも悪くもレーティング・ゲームが中心となっているのは知っていますね?」

 

 渚の言葉を切るようにレギーナが声を重ねた。

 

「何が言いたい?」

「その中核を成す眷属が容易に王を変えられるとしたらどうなるか想像してください」

「それの何が問題なん、だ……」

 

 そこまで言って渚は黙る。

 他者の眷属を簡単に引き込めたら強い力を持つ眷属の奪い合いが始まる。それこそ強い眷属の主である(キング)は暗殺や謀殺される可能性もあり得る。悪魔にとってレーティング・ゲームは遊戯であると同時に力の誇示でもあるのだ。勝てば栄光、負ければ凋落。遊びであって遊びではない戦争なのだ。

 

「察した様子で結構。その実、ソレで消えた一族も一つや二つではない。過去には魔王すら動かざる得ない巨大な内紛まで発達した事例もある程です。(ゆえ)に眷属の所属は好きには変えられないように法が()かれた。これは貴方が思っている以上に血が流れる由々しき問題なのですよ」

「……それでも搭城はリアス先輩の元に居たかった筈だ」

 

 これは間違いない。あの場にいた渚は小猫が行きたくないと心から思っていた事に気づいている。

 

「当然でしょう。ガーボンズ家はあの猫又の力を引き出す為に拷問紛いの行いをしています」

「やっぱり、そんなんじゃないかと思ったよ。リアス先輩の怒り具合からマトモじゃなかったからな。……そんな場所にあの子は行ったのか?」

「気に入りませんか?」

「この話のどこに気に入る様子があるんだ?」

 

 抑えていた怒りが沸々と再燃し、渚の霊氣が揺らぐ。そこでレギーナはやっと顔を上げて渚を見る。

 

「分かりました。ではチャンスを与えます」

 

 まるで用意していたような口振りでレギーナは言う。

 

「チャンスだと?」

「本来なら法を遵守するティラウヌスですが、今回は込み入った事情があります。上手く噛み合えば例の眷属を助け出せるかもしれません」

「聞かせろ」

「ガーボンズの当主が現政権を裏切り、旧魔王派、更に言えば"禍の団(カオス・ブリゲード)"に寝返ったという情報があります」

「その証拠を探ればいいのか?」

「いいえ。ガーボンズ家は冥界でも屈指の力を持つ一族。そんな彼らが証拠を残すはずが無い。私が貴方には求めるのは現ガーボンズ家当主の──抹殺」

「な、に?」

 

 軽く目眩がする。レギーナは渚に"殺し"の依頼をしてきたのだ。流石に直ぐには頷けない。

 

「ガーボンズ家は既に敵に寝返っていると私は考えています」

「どうして言い切れる?」

「最近出来た協力者からの情報です。その者自体はあまり信用していませんが」

「そんなヤツからの情報で抹殺なんてあり得ないだろうがッ」

 

 訝しげな表情をする渚にレギーナは即答した。

 

「そうする理由がガーボンズ家にはある。彼らが欲しがっているモノが"禍の団(カオス・ブリゲード)"にあるのですから。それこそ何を犠牲にしても欲している筈です」

「テロリストになるほど欲しいモンってなんだ?」

「寿命ですよ。"禍の団(カオス・ブリゲード)"の象徴である"無限の龍神(オーフィス)"の力を分け与えられれば命の期限から開放される。それこそが狙いだと私は考えています」

「よく分からないな。桁違いに長命な悪魔が寿命を無くしてどうすんだよ」

「ガーボンズの悪魔は特異体質で寿命が極端に短い種族です。平寿命は200歳と言われています。人間で言えば生後数ヶ月で死ぬ様なモノです。他の悪魔がのうのうと生きていくのに自分達は直ぐに死ぬ。それは命の時間を羨んでも仕方の無いことでしょう」

 

 確かにそれは短いと思う。だがその話を信じるならばガーボンズ家が小猫を連れ去った意味も理解出来る。

 

「搭城は確か"仙術"が使える」

「寿命を延ばす方法の一つとしては最適解です。仙術は生命エネルギーをコントロールする術。その手を借りれば限りある寿命を生命力の活性化という方法で誤魔化せる。ガーボンズ家は寿命を延ばす保険として仙術の使える者を置きたかったのでしょう。尤もあの猫又の少女一人では種族全体を救うには到底足りないですが……」

「ガーボンズ家は延命が目的って事は分かった。搭城やオーフィスがその手段を持ってるのもな。けど殺すほどか? 捕まえれば良いんじゃないのか?」

「ガーボンズ家は他にも追求されていない罪状があります」

「どんな?」

「天使や堕天使、果ては他神話に住む者らを(さら)って人体実験を行なっています。寿命に関係ある能力を持つ者や種族が対象です。それこそ表に出れば戦争に成り兼ねない悲惨なモノ。故に内密に処理します」

「ウソだろ……」

「現当主は寿命を延ばすため節操なく命を奪っている。そしてソレを上手く隠蔽しています。私すらガーボンズ家の暴挙を知ったのは最近なのです」

「つまりレギーナとしては真実を闇に葬って戦争を回避するのが目的って訳かよ」

「はい。これは(おおやけ)にする訳にはいきません。──やりますか?」

「抹殺……か」

 

 命を奪うのは初めてではないが今回は少し事情が違う。

 今までは敵意が向こうからやって来たから仕方がなかった。もっと言えば正当防衛という大義名分が存在した。だがガーボンズ抹殺はコチラの都合で押入り、アチラの命を奪う悪辣な略奪行為に近い。

 今更何を言うのかと笑われるかもしれない。けれど渚の人間性が忌避してしまう。

 しかし小猫を思うとレギーナの依頼を拒否出来ない。

 

「迷っているのですか?」

「笑えよ。ソッチの兵隊を殺しまくって躊躇してるんだからよ」

「貴方は少し(いびつ)です。日常を求めながら戦いに自ら赴く感性といい、誰よりも殺す機能を所有していながらその力を自分の為に使わないのに他人の危機には迷わず使用する。……生き難くないですか?」

 

 最後の一言にはレギーナらしくない情が乗っていた。まるで心配するような声音に若干の驚きを感じつつも茶化さず心のままに応える。

 

「……かもな、けど後悔したことはないよ」

 

 そして思い返す、自分がどういう人間なのかを……。

 力を持っていても借り物に過ぎず、所詮は矮小な精神しか持ち合わせていないボンクラ。今までもそうだったように自らが救いたい者を"蒼"という分相応な力で勝手に助ける傍若無人の利己主義者(エゴイスト)が自分なのだ。

 

「(全くどうして俺みたいなガキにティス()レイセン(黄昏)は相応しくねぇな)」

 

 真面目に自嘲するがどうするかは決めた。借り物とは言え、力がある以上は頼りにさせて貰う。

 渚はレギーナへ言葉を投げた。

 

「その依頼やるよ」

 

 人殺しをやれと言われればやりたくない。しかもガーボンズ家はかなり大きな力を持っているという。リアスやレギーナが正面から実力行使で潰そうとしない事からも相当なのだろう。危険だが放っておくにはヤバい連中だ。小猫の件もあるが、もしかしたら優秀な治癒能力を持つアーシアやフェニックス兄妹にも魔の手が伸びる可能性がある。

 ならばとこのまま無視という選択肢は渚の中には無かった。

 

「……俺はガーボンズ家から搭城を助け出す」

 

 こうして自らの願望のため他人の命を刈り取る悪辣な行為に(おもむ)く渚であった。

 

 





誤字を修正しました。
渦の団→禍の団。
恥ずかしながら今まで"渦"だと思ってました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。