ハイスクールB×B 蒼の物語   作:だいろくてん

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一章の終わりが近い気がする。



思想による死相《Deep abundance》

 

「お前は弱い、戦士として欠陥が目立つ。──去れ」

 

 それはかつて所属していた戦闘部隊を指揮する者から言われた言葉。才能がないだけなら、これだけで諦めていただろう。

 だが自らに流れる堕天使の血がそうはさせてくれなかった。不幸にも彼女の父と母は戦場で名を馳せた戦士だったのだ。多くの敵から味方を守り、最後は組織の大幹部を庇って死んだという。

 誇りだった。自分もそうやって生きて死にたいと憧れたし周り者もそう期待していた。

 しかし、どう歯車が狂ったのか少女に力と才能は受け継がれなかった。

 内包する光力は並以下、武術の才も同じく。

 戦場に出れば武勲を立てるどころか生還するでやっとだった。やがて周囲は彼女に期待しなくなり、孤独になった。だから力を求めた。必死で自らを高めようと努力した。

 それでも両親には遠く及ばない。劣等種とも揶揄される中、一人の同族がこんな話を教えてくれた。

 

『"神 器(セイクリッド・ギア)"って知ってるかい? あれはね後天的に移し変えられる異能なんだ。強くなりたければ、才能が無いのなら──奪えばいい』

 

 誇り高い堕天使がそんな真似できるかと反論したが同族は(わら)う。

 

『お言葉だが、誇りだけで何が出来る? 貴方には力が足りない、それでコカビエル様にどう(むく)いる?』

 

 同族の手が伸びる。

 

『さぁ選べ。誇りに(すが)って(みじ)めに()ちるか、力を求めて生を駆け抜けるか』

 

 この手を掴めば力が手に入ると甘美な(ささや)きが聞こえた。

 彼女の"誇り"は"力"への渇望により黒く染まる。

 同族へ名前を聞いた。どうして自分に手を差し伸べるのか、も。

 

「名前? そうだな、カラワーナという。助力の理由は──まぁなんとなく、だね」

 

 

 

 

 ○●

 

 

 

 

 薄暗い部屋の一室で天野 夕麻(あまの ゆうま)──レイナーレは目覚めた。懐かしい夢を見ていた気がする。

 身体をゆっくりと起こす。

 (さび)れた部屋だった。木製の床は所々が抜け、閉められたカーテンは虫食いの穴が目立つ。日光がこぼれている事から昼ぐらいだと(さと)る。

 レイナーレは()だるい身体(からだ)鞭打(むちう)ってボロボロのベッドから立ち上がった。

 目眩(めまい)と頭痛が酷い。

 最悪の気分で部屋の隣に備え付けられた洗面台を目指す。

 途中、ギシギシと鳴る汚い床が(わずら)わしかった。

 

「……ハ、何これ?」

 

 鏡に映る青ざめた自身の顔に笑う。まるで死人だ。

 瞳は充血し、目元は濃い(くま)。肌に色はなく唇も青い。いつしか公園で出会った"居眠り男"も酷かったが自分も相当だ。

 顔を洗おうと洗面台の水を出す。ふと水場に備え付けてある棚に化粧水や香水などと言った小物を見つけた。少し前に自分が(だま)した少年のために用意した物だ。今思えば女らしい事をしたのはアレが初めてだった。

 

「兵藤 一誠」

 

 自分が殺そうとして失敗した少年。

 神器の略奪(りゃくだつ)という名目(めいもく)で近づいて害を成した。

 思い出すと胸が痛むが、これは神器を取り込み過ぎた影響だと自分を納得させる。

 今回で七つ目、神器の同時所有は大きな負荷が掛かる行為だ。神器は魂に宿るため取り込めば取り込むほど魂を圧迫する。特に一誠を襲ってから急激に体調が悪くなった。天罰という言葉が一瞬だけ頭に浮かぶ。

 

「馬鹿馬鹿しい、堕天使が何を言うの……」

 

 忌々(いまいま)しく吐き捨てると部屋のドアが軽くノックされる。用が済んだ洗面台を抜けてドアを開けるレイナーレ。

 

「あ、おはようございます、レイナーレ姉さま!」

「ミッテルト、どうしたの?」

「いえ、ちょっと最近元気がないから気になったっつか……」

「問題ないわ。ドーナシークとカラワーナは?」

「ドーナシークは待機してるっす。カラワーナはよくわからないっす」

「そう、少し外に出てくるわ」

「ウチも行く! ……ご、護衛役でっ」

「勝手にしなさい」

 

 邪険に(あつか)ったのに満面の笑みで後ろから付いてくるミッテルト。

 堕天使ミッテルトはレイナーレにとって謎の存在だ。

 ドーナシークは"神の子を見張る者(グリゴリ)"の戦闘部隊にいた頃からの古い付き合いになる。カラワーナは神器の略奪方法を教えてくれた同志だ。そのカラワーナが連れてきたのがクラフトとフリードである。ミッテルトだけがこれといって接点がない。急に現れて部下にしてくれて頼まれたからなんとなく配下にしただけの存在。居ても居なくても困らない奴なのだ。

 

「わはぁ、今日はいい天気っすねっ。レイナーレ姉さま!」

 

 拠点から出て太陽を浴びる。

 何が楽しいのかゴスロリ服を着た堕天使(ミッテルト)が騒いでいた。

 レイナーレは黙って歩く。

 やがて小さな公園にたどり着く。

 いつぞやだったか一人の少年が爆睡していた場所だ。

 ベンチに腰掛ける。少し歩いただけなのに気分が悪くなった。しばらくは立つのもままならないだろう。

 ミッテルトがブランコで遊びながら手を振ってきたので無視する。護衛とはよく言ったものだ。

 

「身体の衰弱(すいじゃく)に加えて術式経路の縮小も始まっているか。……これは長くないわね」

 

 自分の生存限界を(さと)る。

 無理をして力を求めたのだから、こうなるだろうと覚悟はしていた。内から色々な物が砕けるのを感じる。

 

「……落ちこぼれが、よく持った方か」

 

 そろそろ計画の()めに入るべきかだと決断した時だった。

 

「ご気分が優れないのですか?」

 

 (やわ)らかな声音がレイナーレを包む。

 いつの間にかベンチの傍らに金色の髪を持った異邦人がやって来ていた。白いワンピースがよく似合う優しそうな少女だ。

 

「……誰?」

 

 表には出さないように身構えた。こんな状態で(悪魔)などに接触したら面倒になる。

 

「はぅ、急にお声を掛けて申し訳ありません! 私、アーシア・アルジェントと言います!」

 

 どうやら声の主は人間のようだ。

 レイナーレは静かに警戒を解く。

 

「あ、そ。私は大丈夫だから放っておいて構わないわ」

「で、ですが──」

 

 しつこいと苛立つ。

 

「あ、この間の"デートの人"」

 

 追い払う為、キツく当たろうとしたレイナーレの前に例の"居眠り男"が現れた。二本のジュースを手に寄ってくる。世間は狭いな、とレイナーレは少々ウンザリした。

 

「その"デートの人"って私のことかしら、"居眠り男"?」

「そう(にら)まないでくださいよ」

 

 ヘラヘラと笑いながらアーシアにジュースを渡す"居眠り男"。

 

「あ、ありがとうございます。蒼井さんは、この方とはお知り合いで?」

「少し前にね。よかったら貴方もどうですか?」

「いらないわよ」

「相変わらずトゲトゲしいですね」

「刺し殺すわよ」

「それ口癖ですか……?」

 

 一週間以上も前だというのに、よく覚えているものだと僅かに感心した。

 人と話せる気分ではないで立ち去りたいが(いま)だ立つこともままならないので我慢する。

 そんな中、ブランコで遊んでいたゴスロリ堕天使が驚愕(きょうがく)の表情でこちらを見た。それから何やら爆走して"居眠り男"へ飛びかかる。

 

「てめー、ウチの姉さまに気安く近寄ってんじゃねー!」

「──ぐぼあ!!」

 

 ドロップキックが"居眠り男"の(わき)に直撃し、回転しながらカッ跳ぶ。

 

「きゃああああ! 蒼井さぁぁん!!」

 

 アーシアが悲鳴を上げながら"居眠り男"に駆け寄っていく。体を張ったコントを見ているようで少しだけレイナーレは面白くなった。

 

「護衛完了ッす」

「ミッテルト、あまり目立ちたくないから控えなさい」

「うっすッス」

 

 レイナーレの隣に座るミッテルト。ソワソワとした様子でレイナーレをチラチラ見る。

 

「ご、護衛っす。また変なのが来たら大変だから」

「どうでも良いわ、好きにすればいい」

「えへへ」

 

 そんな会話しているとアーシアに支えられながら"居眠り男"もとい"蒼井さん"が戻ってきた。

 

「い、いいキックだったよ……」

「キショ! Mかよシネ!!」

「お、俺、君に何かした……?」

「あぁぁん? 自分の胸に聞いて見ろっす。あとその手にあるジュース寄越せ」

「えぇ……」

 

 横暴(おうぼう)なミッテルトに唖然(あぜん)としつつ、ジュースを与える蒼井。随分とお人好しな人間である。会話のドッジボールが続く中、レイナーレはアーシアへ目をやる。

 

「随分と可愛い彼女さんなのね、デート?」

「はぅ! で、デートなんて、そんな違います! 今日は町の案内をして下さっているんです……」

「ふふ、デートじゃないんですって、残念ね"居眠り"?」

「言われなくて知ってますよ」

 

 そういう割には微妙に気にしている口調だ。ミッテルトも「お前みたいに中途半端な顔じゃ釣り合ってねぇっすよぉ」とバカにしていた。蒼井はコメカミに青筋を立てていたが、年上の威厳で耐えている様子だ。ちゃんとケアをすれば、それなりの顔になるとレイナーレは思ったが胸に秘めておく。

 

「町の案内だったら早く行きなさいな。なにこんな場所で油売ってんのよ」

「もう一人とここで待ち合わせしてるんです、実はそいつが案内する事になってまして。俺はこの街に来て半年しか経ってないんでまだ細かい場所とか知らないんですよ」

「は? じゃあアンタがいる意味は?」

「この機によく街を知ろうかと……」

「役立たずなら帰れば?」

「"デートの人"がひどい!?」

 

 小者めいた良いリアクションだ。中々にからかい甲斐(がい)のある人材だと評価を改めるレイナーレ。

 だがあまり長い時間、外にいられる身ではないので帰ろうと立ち上がる。

 

「……病院、行きませんか?」

「またソレ?」

 

 生意気にも蒼井はレイナーレの体調を気にしてきた。アーシアとミッテルトも無言で心配そうな目を向けてくる。隠しているつもりでも他人からは丸分かりのようだ。

 

「その顔色、疲れとかじゃないですよね。もっと悪い何かでしょう?」

「余計なお世話よ、じゃあさよなら」

 

 レイナーレが歩き始めると公園の入り口から人影が小走り向かってきた。多分、蒼井とアーシアの待ち人だろう。顔も見ずに通り過ぎようとするが相手側が急に立ち止まる。

 

「ゆ、夕麻ちゃん……?」

「……え?」

 

 この名前を呼ぶのたった一人しかいない。

 顔をあげると目の前には自分が殺そうとした少年がいた。悪魔化したと聞かされていた元彼氏──兵藤 一誠だ。

 冷たく凍り付いた胸に熱が灯り、頭が真っ白になる。

 

「イッセー……くん?」

 

 思わず親しかった時の名で呼んでしまった。

 嬉しそうに笑う一誠。

 ──バカな、と思考が高速で回転し始めた。

 なぜ笑う。なぜ愛おしそうな顔をする。お前を騙して殺した女にする顔じゃない。

 

「顔色、悪いよ? 大丈夫?」

 

 優しい言葉が胸を刺す。

 痛い、どうしようなく痛い。この男に自分がこうも反応してしまう理由が分からない。

 何度か電話で話して、たかが一度だけのデートを楽しんだ仲だ。ただの一度だけ自分を価値ある少女として扱われただけだ。

 一誠の手が伸ばされる。

 不味いと危機感がレイナーレを襲った。あの手は自分にとって猛毒だ。触れれば大事な物が決壊する。

 

「さ、触るなぁ!」

 

 人目も(はば)からず光の槍で一誠の腕を振り払う。

 

「ぐあ!」

「あ……」

 

 光に焼かれた一誠を見て、さらに不快な気分になる。

 苛立つ。

 この感情は──罪悪感というものだったからだ。

 

「イッセー!」

「兵藤さん!」

 

 蒼井とアーシアが一誠に駆け寄る。

 

「だ、大丈夫、腕を掠めただけだ」

「隠すな! くそ、どこが掠めただけだ、骨までいってるぞ。──アルジェントさん、頼む!」

「は、はい!」

 

 アーシアが一誠の傷に手を当てると傷が癒える。

 

神 器(セイクリッド・ギア)……?」

 

 呆然と癒される一誠を眺めるレイナーレ。

 蒼井が立ち上がり、一誠とアーシアの前に立つ。

 

「まさか天野 夕麻とは思いませんでした」

「……私もあんたが兵藤 一誠の仲間とは思わなかったわ」

 

 光の槍が蒼井へ突き出された。

 

「消えなさい、一度は見逃してあげるわ」

「優しいんですね、殺されると思っていましたよ」

「暇じゃないのよ」

「嘘ですね。イッセーを殺したくないんじゃないですか?」

 

 確信めいた一言だ。レイナーレは蒼井を睨み付ける。

 

「何を根拠に言ってるのかしら?」

「イッセーを傷つけた時の表情です。驚きと後悔が隠せてませんでした」

「戯れ言を……。私は堕天使よ、ソレはもう敵──ゴホッ!」

「お、おい!」

 

 レイナーレが今までに感じたことがない目眩に襲われる。胃から生温かいモノが込み上げくるのを耐えきれず吐き出してしまう。吐瀉物(としゃぶつ)かと思ったが濃い鉄の臭いと味からして全て血だと思い(いた)る頃には世界が反転していた。

 

「……ちくしょ……こんな……タイミングで……」

「レイナーレ姉さま!」

「夕麻ちゃん!」

 

 ミッテルトが遠くで何かを言っていたがレイナーレの意識は遠くへ落ちていく。

 最後の瞬間、誰かに体を支えられる。抱き止めたのは知っている腕の感触だった……。

 

 

 

 

 ●○

 

 

 

 

 時刻は夕方。

 渚の部屋にオカルト研究部の面々が集まっていた。急な集合理由は思わぬ形で捕らえる事に成功した堕天使レイナーレの件である。重たい雰囲気の中、来たばかりのリアスが渚に聞いた。

 

「堕天使レイナーレはどこ?」

「寝室です。今、ステアとアルジェントさんが看てます」

「そう。で、そこの渚の後ろに隠れている堕天使は何者?」

 

 鋭い声だ。いつもの優しいオカルト研究部の部長ではなく、グレモリー眷属の"(キング)"としての威厳がミッテルトにのし掛かる。

 

「う、ウチはミッテルトだ、覚えとけ!」

「口の聞き方がなってないわ」

 

 リアスから魔力とおぼしきオーラが流れ始める。力量の差を知ったミッテルトは渚の後ろから少し離れた一誠の背後へ待避する。

 

「ふん、男の後ろに隠れるしか能がないようね」

「は、はぁああ? 少し強いから良い気なんなよ!」

「や、やめろって、ていうか俺の後ろに来るなよ堕天使」

「うっせ! お前、レイナーレ様の味方じゃないのかよ! 身の程知らずにも惚れてんだろ!?」

「うっ……」

 

 ミッテルトの言い分に一誠が困り果てるのを渚は見た。

 半分正解で半分間違いなので応え難いのだろう。レイナーレに危害を加えたくないのは事実だが、リアスのまた一誠にとって大恩ある人なのだ。なんとも動きにくい立場である。

 

「あー、グレモリー先輩、これは放っておいて話をしませんか?」

「部長、私も蒼井くんの言葉に賛同しますわ」

 

 渚と朱乃の進言にリアスが魔力を収めた。

 

「そうね。小猫、祐斗、あの堕天使が妙な動きをしないように見張っててもらえる?」

「分かりました」

「……はい」

 

 リアスの"騎士(ナイト)"と"戦車(ルーク)"が目を光らせる。

渚の目算になるがミッテルトの戦闘力は二人に及ばない。悪魔に成り立ての一誠よりは強いだろうが、渚も負けないだろう。

 

「今回はお手柄だったわ、渚」

「手柄とは言えませんよ。戦う前に相手が倒れた訳ですし……」

 

 アレには渚も驚いた。

 戦闘に入ろうとした場面でレイナーレが大量の血を吐いたのだ。

 倒れる前に一誠が支え、ヒーラーであるアーシアに治癒を頼んだが効果は(かんば)しくなかった。

 だから渚の部屋まで連れて帰り、知識人であるアリステアに看てもらっている。

 そこにリアスが来て、今に至る訳だ。

 

「ミッテルト……でいいか? "デートの人"──レイナーレは、どうしてあんな状態なんだ?」

「……言えない。レイナーレ姉さまの情報は絶対渡さないからな!」

 

 (かたく)なだった。忠誠とは違う親愛を彼女から感じる。嫌いなタイプではないが、この駒王に()いてミッテルトは侵略者だ。侵略されたリアスが沈黙を許さない。

 

「黙秘権なんて期待しないことね。貴方たちはこの街を危険にさらしているわ。全て答えてもらうわよ」

「死んだって答えないっつてんだろ! 二度も言わすなっす!」

「良い覚悟ね」

 

 リアスが剣呑な瞳でミッテルトを見据える。一触即発な空気の中、寝室からアリステアとアーシアが出てきた。

 

「夕麻ちゃんは!?」

「レイナーレ姉さまは!?」

 

 一誠とミッテルトが同時に声を荒げる。

 二人に呆れ顔をしながらアリステアはキッチンの冷蔵庫へ脚を運ぶと、そこから紙パック牛乳を取り出して勝手に開けるや飲み始めた。まさかの1000mlをラッパ飲みするという家族がいれば非難を浴びる行動である。因みに渚の買ってきた物だ。買った本人を許可なくソレをやってのける彼女は暴君か何かなのだろうか?

 

「それ買ったばかりなんだが……?」

「いきなりやってきて堕天使の介護をさせたんです、これぐらい大目に見て下さい」

「だったらせめてコップぐらい使ってくれよ」

「私は気にしないので残りは差し上げますよ」

「だからそれ俺の……」

「おい! スかしてんじゃねぇっすよ!! ウチの言葉を聞いてたっすか、銀髪!! レイナーレ姉さまはどうなんだって言ってんすよ、ボケてんすか!!」

 

 マイペースなアリステアにミッテルトが大声で突っかかる。その言動を聞いたアリステアは、なんとも詰まらなさそうに視線を向けた。アイスブルーの瞳には殺気も怒気もない。だが確実に部屋全体の雰囲気を変異させた。

 蔓延するのは異様に冷たく、異常に深く、特異かつ巨大で強大な気配。異質な空気を醸し出す元凶は穏やかな口調で言う。

 

「一度は見逃しましょう。──意味は理解できますね、堕天使ミッテルト?」

「あぅ……あ、ああ……」

 

 子供にでも言い聞かせるような優しい声音。

 だが裏に隠れた死刑宣告は絶大な効果をミッテルトに与える。アリステアという人間がうまく認識できなくなっているのだろう。

 人の皮を被った"ナニカ"の片鱗に触れたミッテルトはガクガクと全身を震わせていた。リアス達も銀の"ナニカ"に釘付けになる。まるで別世界の存在に出会ってしまったという錯覚が圧し寄せるのだ。

 

「こら、なに怖がらせてんだよ。"イジメ、格好悪い"だぞ、ステア」

 

 そんな中で渚が疲れたようにアリステアへ言う。

 

「イジメとは心外ですよ、ナギ。これは礼儀を欠いた者への意趣返しに、少し洒落(しゃれ)()かせてみただけです」

「お前の洒落のセンスは最悪だ。この雰囲気を見ろよ、周り引いてるだろうが……」

「これは失礼。──堕天使レイナーレの件でしたか?」

「頼む、出来るだけ簡潔にな」

 

 渚の軽口で異質な気配が霧散する。

 アリステアにとってはイタズラ混じりの威圧だったのだろうが、遊ばれたミッテルトは本気で怯えていた。

 いい性格に辟易しつつも渚はアリステアの言葉へ耳を傾ける。

 

「彼女の不調は"神 器(セイクリッド・ギア)"を所持し過ぎたのが原因ですね。七つも保有していれば無理もありません。魂に多くの異物を(おさ)めた事による負荷が生命力の低下に繋がっています。あのままでは近い内に死ぬでしょう」

「治す方法は?」

 

 一誠とミッテルトに代わって、渚が重要な部分の説明を求める。

 

「生命力を何かしらの方法で維持し続ければ生き永らえるでしょうが穴の空いたバケツに水をくべるような行為です。根本的な解決をしたいなら取り入れた"神器"を剥離(はくり)するのが絶対です」

「"神器"の取り出す方法はあるの……ですか?」

 

 面識の少ないアリステアに一誠が慣れない敬語で聞く。

 

「以前、古い書物で似た術式を見た事があります。必要な知識と技術があれば剥離は可能です。というより既に六つは摘出しました。あと一つは少々時間が掛かりますが助けられるでしょう」

「──ッ! ありがとうございます、アリステアさん!!」

 

 バッと頭を下げる一誠をリアスが微妙な面持ちで見ている。敵である堕天使を気にかける姿に感じるモノがあるようだ。この件に関しては被害者側なので当然といえば当然だが……。

 

「礼には及びませんよ兵藤 (なにがし)。摘出した"神器"ですが、姿を隠す隠密系に始まり、炎、水、木、雷の攻撃系、あとは毒を操る特殊系ですね。リアス・グレモリー、どれも下位の"神器"なので頂いても?」

「ええ、好きにしていいわ。悪用はしないでね?」

「勿論です」

 

 ひとまず話が終わる。まだまだ聞かなければならない事もあるが、レイナーレが目覚めてからでもいいだろう。渚がそう考えていると服を強く引っ張られた。

 

「人間、その、レイナーレ姉さまを助けてくれたのは礼を言っとくっす」

「俺じゃなくてあっちな?」

 

 アリステアを指すとブンブンと頭を振って拒否する。どうやら相当怖いようだ。無理もないと渚が軽く同情する最中(さなか)、アーシアがトコトコと寄ってきた。

 

「良かったですね、ミッテルトさん」

「ま、まぁ、お前には感謝してるっす。一生懸命、治癒してくれたし?」

「私でお力になれたのなら嬉しいです」

「う、うん、ありがと」

「はい!」

 

 照れたミッテルトが顔を背ける。アーシアの真っ直ぐな好意に居たたまれなくなったらしい。

 

「部長、レイナーレはここから動かせないとの事ですがどうしますか?」

「そうね、今日は全員このマンションに泊まりましょうか。渚とアリステア以外の住人は居ないのだし」

「ではそのように、部屋割りは──」

 

 リアスと朱乃がこれからの話をしていた。

 

「……渚先輩は今日はどこで寝るんですか?」

「あ、そっか。ベッド使われてんだよな」

「……私達も泊まりになるようですから、お布団も持ってきましょうか?」

「頼めるか、塔城?」

「……お安いご用です」

 

 小猫が嬉しそうに頷く。

 妙に尽くしてくる小さな少女。

 好感度をあげるような真似をした覚えがないだけに謎である。

 勿論、嫌われているよりは何十倍もマシだ。

 渚が小猫から離れて祐斗に手招きをする。

 

「どうしたんだい、蒼井くん?」

「あのさ、塔城って人見知りだよな?」

 

 これは学校での印象である。

 小猫もまた学校では人気者だ。マスコットみたいな扱いを受けている。しかしオカルト研究部員の者以外と親しくしているのを見たことがない。壁と言えばいいのだろうか、他人にそういったものを敷いているように思えるのだ。

 

「そうだね、彼女も少し生まれが特殊だから色々あったんだよ」

 

 祐斗も同意してくれる。

 

「そんな娘が俺なんかと会話してくれてるのが謎なんだが……」

「それは僕からは言えないかな、ごめんね」

「やっぱ理由はあるのか?」

「あるよ。ただ君が忘れてるだけじゃないかな?」

 

 それ以上は祐斗も教えてくれない。謎は深まるばかりだった。

 

「ナギ」

「お、どした?」

 

 一誠に声を掛けられる。

 

「夕麻ちゃん、どうなんのかな?」

「こればっかりはグレモリー先輩の采配だな」

「殺されたりしたらどうしよう……」

 

 天野 夕麻(レイナーレ)はリアスにとって外敵でしかない。しかも七つの"神器"を所持していた事から少なくとも一誠を除いた六人の人間を殺している。端から見れば危険人物だ、渚だってそんな人外が敵であるなら斬る。だが、どうにも夕麻に関しては性根から悪と断ずることが出来なかった。

 あんなボロボロになってまで戦う理由が気にかかる。それに公園で初めて会った時も口は悪かったが、渚に情のある態度を見せた。

 

「なんらかの処罰はあるだろうけど、命だけは助けてもらうよう頼んでみよう、な?」

「……そうだな」

「なんつか最近、元気がねぇぞ? 色々あるのは分かるけど笑えよ。落ち込んでるなんてお前らしくない。……ほら、こんなに綺麗どころが揃ってんだから……なんだ、その、お胸を拝見して元気出せ?」

 

 最後の方が小声だった。

 無理をして元気づけようとする渚に一誠が苦笑する。

 

「まさか、お前からおっぱいを見ろと言われる日が来るとは思わなかったぜ」

「すまん、イッセーの好きなモノといえばこれしか浮かばなかった……」

「はは、まぁ好きだぜ? 確かに言われてみりゃとんでもない光景だ」

 

 リアス、朱乃、小猫、アーシア、ミッテルト、そしてアリステア。驚くほど容姿が整った女子しかしない。

 ふと一誠がアリステアを見た。

 アーシアとは紹介を済ませている一誠であるがアリステア相手にはまだなのだ。

 

「あのおっかな超美人、アーシアを連れてきた時もいたよな? お前とどんな関係なの? ……まさか彼女とかか?」

「そんな甘い関係ならどんなに良かったか……。手を出すどころか嫌らしい目で見ただけで危ないから、特に控えろよ?」

「き、肝に命じておく」

 

 さっきの恐ろしい雰囲気を思い出したのだろう。冷や汗を流して渚の言葉に同意する一誠。

 

「でもちゃんと話せばいい奴だから、そう恐がらないであげてくれ」

「ずいぶんと肩を持つのな?」

「アイツは家族……みたいなものだから」

「そういえば、お前とよくツルんでいるのにプライベートは詳しく知らないっけ……」

「色々と俺も訳ありでな、いつかお前にも話すよ」

「そっか。じゃあ俺、夕麻ちゃんのトコに行ってくる」

 

 寝室に向かう一誠を渚は見送る。

 ふと、部屋のチャイムが鳴った。

 セールスかと思い、早足で玄関へ向かってからドアノブに手を掛ける。

 

「──ナギ、そこから離れてください!」

 

 急にアリステアがリビングから声を張り上げる。

 瞬間、背筋に悪寒が走った。

 ──殺気だ。

 ドアの向こうから殺意が肌を刺す。

 反射的に防御体勢に入ると、目の前のドアが爆発した。

 衝撃で玄関からリビングまで弾き跳ばされる渚。

 

「──ガッ!」

 

 背中から落下し、爆発で飛び散った破片が身体の至る箇所に傷を作っていた。

 痛みに耐えながら風通しの良くなった玄関を睨む。

 そこに居たのは神父姿の少年だ。渚と同じくらいの歳だろう。

 大口径の銃と光る剣を両腕で持ちながら笑う。

 

「はっじめましてーん! 悪魔絶対殺すマンを自称してるフリード・セルゼン神父でぇす。チャイム押しても出なかったんで、ちょっと大きめのノックをさせて頂きましたー。用件? そんなの悪魔殺しのついでにウチのお姫様を取り返しに参上しましたに決まってんじゃんよ」

 

 それは宣戦布告にも等しい悪意のある自己紹介。

 邪悪な笑みを携えた神父が、悪魔とその関係者を殺しにやってきた。

 





ここから章の終わりまで一気に駆け抜けます。
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