竜を造る技術があった。造られた竜は生きていた。
なぜその技術が必要だったのか、なんのための技術だったのか。
どうしてこうなってしまったのか。
いつからこうなってしまったのか。
その本質をきっと、今生きている者は知りもしない。
ともなれば、これから生まれる者に知り得る術もなく。語り継ぐ物語でもなければ、何かが残り得る世界でもなかった。
目的も忘れ、理由も忘れ、結果は存在もしない。
そんな時代の中で、もしも物語をこころに残す者が居たとしたら。
───それはきっと、人でもなく、竜でもなく、龍でもなかった。
眼前に広がる炎。街を囲む火柱を見て、一人の青年が口角を吊り上げる。
歪んだ表情はやがて崩れ、青年は声を上げて笑い出した。
それを横で見る一人の女性は、ただ冷静に眼前の
騒つく街の上で滞空する人造の竜を、突如降り出した雨が濡らした。
「───さて、取引をはじめよう」
降りしきる雨の中、青年は天高くへ手を伸ばして言葉を漏らす。
これは簡単な取引だ。
己の命と、糧と、時間を全て費やした───謂わば商品。
その対価に見合う報酬は───
「───この下らない争いの終焉だ」
───ただ、それだけである。
☆ ☆ ☆
戦争があった。
現状の説明だけなら、それで十分だろう。
戦火は森を焼き、人里を焼き、ありとあらゆる物を灰に変えた。
いつしか目的と手段が入れ替わり、結果が原因となってそれが永遠と続く。
そんな時代があった。
何が正しいだとか、何が間違っているだとか、もはやそんな問題ですらなく。
ただ、それだけの話だった。
「煙草は?」
「……昨日切れた」
白衣のポケットから手を出しながら呟いた白髪の青年が、脇に立っている黒髪の女性にその手を向けてそう言う。
しかし返って来たのはそんな素っ気ない言葉で、彼の手はただ空で寂しく泳いだ。
「……酒は?」
「……アレは私の」
二度目の質問も即答され、青年はやり場のない片手をポケットに戻す。
溜息を吐くも、その息に煙が混じっていない事にすら苛立ちが募った。
ついにここまで来たか。いや、ここまで来てしまったか。
よくもここまで辿り着いたと、ただ自虐的にそう思う。
「まぁ……そうだろうな」
青年は生気の籠っていない瞳で目の前にある
「……不貞腐れるなよ。……ほら、最後の一本」
ただ、少し背の低い女性が青年に一本の筒状のような物を向ける。
青年は驚いた表情で一瞬固まってから、瞬間的にその手を伸ばした。
「……取引」
ただ、女性は素早く手を引いて青年の手はまた空を切る。
訝しげな表情を見せる青年を見て、女性はくすりと微笑んだ。
「……このご時世に取引だぁ? 俺はもう何も持っちゃいねぇぞ」
まさか身包みを剥がす気ではないだろうな。
疑いの表情を見せる青年に、女性は静かに口を開く。
「……生きて、生きて生きて。最期に吸おう。……一緒に」
「そりゃ、無理な相談だ」
女性の言葉に、今度は青年が即答した。
しかし暗い表情を見せる彼女の頭に、青年の手が乗せられる。
眉をひそめる女性の目の前で、青年は不敵に笑った。
「最期ってのは死ぬ時の事か? そんな、今から悲観した考えはごめんだ。俺達はこの戦いに勝つ。そんな、足掻いてもいつか死ぬなんて考えはしてねぇ」
その言葉を聞いた女性は目を見開く。そして「隙あり」と筒状の物を奪い去ると、青年は置いたままの手を持ち上げて二度軽く頭を叩いた。
「だからコイツはお守りとして頂く。……交渉成立だ」
「……バカ」
顔を赤くしてそっぽを向く女性を見ながら、青年は手に入れた物を持ち上げる。
「……これを吸う時は、俺達が負けた時だ」
目の前にある
まるで、現状を打破してみせると。そう言い張るように。
手に持った物を目の前の
「
彼の頭上には見上げる程の物体が天井から吊り下げられていた。
全長は竜二体分を遥かに超える。全高ですら成体の竜の全長に匹敵する巨大な物体───いや、
それ一つだけで人の身体を超える質量を持つ脚が四本。そして巨体に釣り合う長大な翼。頭部のような物に、尻尾。
まるで巨大な龍を模したようなソレは、竜の身体の一部や龍の身体がまるで継ぎ接ぎのように繋げられて形を成している。
部分的に鋼鉄や機械で補強された部分はあるが、間違いなくそれは
「この下らない戦争はどちらにせよ直ぐに終わる」
ポケットの中に入っていた筒状の物を口元に加えて、着火機を取り出してから、青年はハッとした表情でその手を口から離す。
文明の利器である火は着火機に着いただけに留まり、それも直ぐに消えてそのままポケットに戻された。
「あ、危ねぇ。下らない事で負けフラグ立てるところだったぜ」
「……なぁ、バカなの? 死ぬの?」
冷たい表情で青年に罵声を浴びせた女性は、腕を組んで溜息を吐く。
数分前に自分が言った言葉を聞かせてやりたかった。生きている録音機が在れば良かったが、生憎そんな物はもうこの世界に残っているかも怪しいだろう。
「ジョークだよジョーク。ナイスセンスだろ? サラ」
「ナンセンスだよ」
「……すまん」
そっぽを向くサラと呼ばれた女性に、青年は大きく頭を下げた。
サラはそんな彼を見下ろして、再び溜息を吐く。
ただ、そんな事をしても何も変わらないのは分かっていたのだが。
今はそんな事に時間を割く余裕というのを感じて、女性は少しだけ笑みを見せた。
「……で、名前は決めたの? マルシャ」
「アンファじゃダメか?」
「張っ倒すぞ」
女性の問いに答えた、マルシャと呼ばれた青年は許しを請うようにサラに口を開く。
しかし返って来たのはそんな答えだった。青年は溜息を吐いて、眼前の巨大な
「フラム・ロワ。炎の王だ」
そして真剣な表情で青年は口を開いた。
「……炎王龍と炎妃龍の素材を使ってるから? 安直」
「うるせぇ。コイツはこれまでの竜機兵とは違う。それこそこの不毛な消耗戦を終わらせる切り札になる。……だから、王だ」
自慢気に語る青年の横で、サラは半目でその話を聞く。
竜造技術。
数多の竜或いは龍の素材から竜───生命を作り出す技術があった。
人類がその域に達したから戦争が起きたのか、戦争が人類をその域に至らせたのか。
既に原因だったのか、結果だったのかすら分からない。
しかし人は今を生きる為に、命を作り出す。
その為に三十の命を使い果たすとしても、彼等はその技術に手を伸ばした。
竜造技術によって造られた、龍にも等しい兵器。
その力はこの世界の理に触れる物であり、その力こそこの世界の理である。
「……この戦争を終わらせる、か」
いつからか起きた戦争は、既にお互いが消耗し切るのを待つだけの戦いになっていた。
それを終わらせる。青年のそんな言葉に、女性は期待と不安を募らせた。
「コイツなら出来る。出来なけりゃ、何人の犠牲を払って龍を二体も倒したか分からねぇ」
この世界の理である龍は、強大な存在である。それこそ、現代最強の兵器である竜機兵を龍と等しい兵器と表現する程に。
目の前にあるソレを造り出すのに、そんな龍の素材を二体分使ったのだ。
手応えがなければ困る。
「さて、起動実験の前に制御装置の調整と行きますか。サラ、良いな?」
「……やりたければやれば良い」
そっぽを向く女性の横で、青年は目の前にいくつかあるレバーの内一つを引き下ろした。
すると眼前の竜の頭部が開き、垂れた頭の頭蓋から小さな物体が吊り下される。
滴る液体に濡れるソレは、人の子供のような姿をした何かだった。
巨大な頭部から一本の管で吊り下されたソレは、十代前半の少女の姿をしている。服は着ておらず、脱力したようにただ吊り下げられていた。
ソレにまるで人間味が無いのは、眼前の巨大な兵器と同じような特徴を有しているからだろう。
瞳は黄色と青に分かれ、長い髪の毛は赤と青が疎らに生えた歪な物だ。
裸体の節々に龍の素材を使われた、継ぎ接ぎの身体。
まるで何処か別の生き物の身体を取って付けたような、そんな身体を持つ少女。
人と呼ぶ方が難しいソレは、ゆっくりと首を持ち上げると、眼前の二人に視線を向ける。
両手足が力なくぶら下がっているだけの少女のそんな行動は、端的に何も知らない者が見れば───ただ気味が悪い。そういう光景だった。
「……俺が分かるか?」
青年はそんな少女に、優しく声を掛ける。
「……ぁ……ぇぅ」
対する少女は間を置いてから、言葉ですらない声を出して首を横に傾けた。
「……ちゃんと通じてるのか?」
「言葉を理解はしてる筈だ。言語中枢はアンファや他の人間の物だからな」
青年は眉をひそめながら口を開く。そうでなければ困ると、強い意志で少女を見上げた。
「…………ぱ……パ……マ…………ま……?」
そして、突然少女が発した言葉を聞いて二人は目を見開いて後退りする。
サラは信じられないといった表情で青年を睨んだ。
「……ど、どうなってる」
「いや、覚えてる訳がない。竜機兵と完璧な意思疎通を図る目的で、俺は人の身体を竜造技術で造っただけだ。アンファはもう死んでいて、アイツの脳なんて殆ど……」
混乱する青年は、頭を抱えて塞ぎ込む。
二人の前で竜の頭部からぶら下がっているのは、彼等が造りだした竜機兵の中枢───所謂
竜造技術が命を造り出す技術である以上必要不可欠な部分ではあるが、本来は人の形をしているものではない。
脳だけだったり、小さな竜を使ったりして、脊髄を本体と繋ぐのが一般的な竜機兵である。
しかし、その本来の竜機兵では人と言葉を交わし意思疎通をする事が難しい。
その問題を解決する為に彼等が利用したのは───
それが、二人の目の前で吊り下げられている
「……あ、アンファなのか?」
「アンファ……」
女性と青年は、夫婦の関係だった。
子供もいて、この戦乱の中でも幸せに生きていたのである。
しかし二人の子供は、ある日唐突になんの前触れもなく戦火に巻き込まれて命を落とした。
その子供──アンファ──の身体を使い、他の人間や龍を継ぎ合わせて造ったのが目の前の
人の言葉と意思を理解し、その意思の通り兵器を動かす。その為に造り上げた限りなく人に近い竜。───謂わば兵器の操縦装置。
しかしそれは人間の機能を有するだけの竜に過ぎない。
まして素体とした少女の記憶が残っている等という事がある訳がない。
コレは彼等の娘ではない筈。
「……ぉ……ぁ…………ぅ?」
首を傾けながら声を発する少女。しかし頭から下が動かないのは、その脳が繋がっているのが竜機兵本体だからだ。
自立して行動する事も出来、その場合でも少女は人工の竜としてそれ相応の戦闘力を有している。
つまりそれは、少女が人間では───彼等の子供ではないという事だ。
「お前の名前はフラム・ロワ。俺達の子供じゃない。俺の命令にのみ従う兵器だ。……理解したなら首を縦に触れ」
だから、青年は首を横に大きく振ってからそう声を上げる。
竜は考えるそぶりを見せてから、小さく首を縦に振った。
意思疎通が出来ている。
それだけで開発としては完璧だ。それ以上は必要ない。
「……ぁ……ぅ…………」
しかし少女は、突然人間で言う所の寂しげな表情を見せる。
それを見た青年は口を開けたまま固まって、女性は眉をひそめた。
「感情があるのか? こころが?」
「……私達が作ったのは竜だ。人じゃない。……竜に心なんてあるものか。それに、竜に心があったとして造られた竜にそれが宿る訳がない」
青年の言葉を否定する女性は、
少女はそんな女性を見るとまた表情を暗くして、女性はさらに眉間に皺を寄せた。
「確かにコレは俺達の子供じゃない。造竜技術で作った、ただの制御装置だ。……だが、案外竜にもこころってのはあるのかもしれないぞ」
「……バカを言うなよ」
「竜だって人間と同じ生き物だからな。……今そんな事を考えてる奴はこの世界に居ないだろうが」
声を上げる青年の横で、女性は眼前のソレを見上げた。
娘の面影を残す竜は、不安げな表情で二人を見ている。
それが少し不気味に見えて、サラは胸の前で手を握った。
彼等が街を一つ滅ぼして来いと命令すれば、少女は再び竜機兵と一体化してその翼を羽ばたかせ、近くの街を焼け野原に変えるだろう。
行動不可能になるまで竜を殺し尽くせと命令すれば、同じく射程内の竜を殺し尽くす筈だ。
そんな彼女に、心があるなんて事は微塵とも思えない。
少なくともサラは、そう考える。
「まぁ、この戦争が終われば……。そんな事を考える余裕も出来るかもしれない」
「……そういうものか?」
「きっと、な」
男は満足げに返事をすると、部屋の窓───その外へと視線を送る。
巨大な兵器を格納しているのは、城のようなさらに巨大な建築物。
大きな街の中心にある巨大な城。二人はこの街の責任者だった。
暗雲の空の下で疲れ切った人々が、ただ今日を生きる為に最善を尽くす。
明日の事すら考える暇はない。
今死なない為に、ひたすらするべき事をするだけ。戦争は最終的な消耗戦へと突入していた。
───だが、それも終わる。終わらせてみせる。
「戦況はどうなってたっけか」
「……そんなものはとっくの昔にあってないような物だけど」
「そうだったな」
いつからか、戦争が起こった。
もはや理由も原因も分からないその争いは、どちらかが滅ぶかどちらも戦えなくなるまで衰退しない限り終わらないだろう。
終わりのない戦い。
もし勝利条件を述べるとしら、それは敵の殲滅しかなかった。
それ程までに引き返せない所まで来てしまったのだろう。知らず内に、自らの手で。
だから終わらせるのだ。
「フラム」
「……?」
青年の声に首を傾ける少女。やはり首から下はまるで動かないが、何かを疑問に思っている───そう見えるような表情で、少女は青年の言葉を待つ。
「……頑張れよ」
青年がそう言うと、少女は瞳を閉じて笑顔を見せた。
自分で言っておいて唖然とする青年の横で、女性は頭を横に振る。
「……竜に心があるなんて、そんな事信じられない。そうだろ……?」
「隣の国が竜機兵を造った後滅びたって話は知ってるか?」
して、質問に質問で返されたサラは首を横に傾けた。話を逸らそうとしているようには見えない。
「……そりゃ、私達にとっては味方だし」
「もう一つ。何故国が一つ滅びたか」
「……作った竜機兵が暴れ出したからだろ? それで、私達はその点を解決する為にアレを作った」
淡々と答えるサラに、青年は満足げな表情を見せる。しかし、その意図はサラには分からなかった。
「なんで竜機兵が暴れ出したと思う?」
「……変な命令でもした?」
「いや、違う。……竜造技術は元々竜を作る技術だ。つまり、このデカブツは本来生きた竜と同じような物という事になる」
もったいぶって、何が言いたいんだコイツは。そんな表情を見せるサラに、青年は年齢に似合わない───しかし澄み切った表情でこう答える。
「───だから、本来竜機兵ってのは自分で考えて動く兵器なのさ。他の生きた動物と同じようにな」
そう言い切る青年に対して、女性は目をまん丸にして固まった。
何を言ってるんだお前は。そう言いたげな表情である。
サラは技術者でもなんでもないため、その辺りの考えについては無知という理由もあるが。
「ただこの世界に生きる生物として産まれた竜機兵が、素直に人の言う事を聞かなかったとしてもなんら不思議じゃない。俺が制御部を独立させる設計を考えたのは、それを懸念していたからだ」
巨大な
その
「……でもそれじゃ、ほぼ竜造技術で作った制御装置にも自らの意思があるって事になる。命令に従うだけの兵器じゃなくて、生き物って事になる」
サラは目の前にぶら下がっている
「……懸念している事象の解決策になってるか?」
人間の形をした物であれ、竜造技術で作られた小さな竜機兵のような物だ。
もしソレに自らの意思が宿っているのだとしたら、彼等が懸念していた竜機兵の暴走の原因になり得る。
「その為に意思疎通が出来るように作ったんだ。……竜騎兵が暴れたのは、俺達人間と意思疎通が出来なかったから。意思疎通が出来れば、完全に俺達の手中に収まる」
「……あー」
サラは彼をバカだと思う事が多々あるが、実の所この男は優秀な技術者であった。
そうでなければ一つの街の責任者になっていないが。
「そして唯一の不安要素も今解決した。もう俺達は勝ったも同然なんだよ」
青年はどこか寂しそうな表情で少女に手を伸ばす。
実の娘の形をしたそれは、ただ首を横に傾けた。
「……竜に心、ねぇ」
「まぁ、意思と心が一緒なのかは分からないけどな。竜が何を考えてるかなんて、俺達には分からねーし」
「……どちらにせよ、アレは竜なんだ。……私達の子供じゃない」
青年はそんなサラの手を取って、少し小柄な自分の妻を抱き締める。
「ごめんな」
二人の娘は数年前、戦争に巻き込まれて命を落とした。そんな娘の亡骸を制御部に使う事を決めたのは彼である。
酷な事をしている自覚はあった。
自分だって苦しい。
しかし───いや、だからこそ言わなければならない。
「……分かってるし、お前も勘違いしないようにしないとな。コイツはアンファじゃない。……フラム・ロワ。……兵器だ」
この戦争を終わらせる。その為に造った。
自分達の娘の亡骸さえ道具にして、自国の兵すら糧にして、龍を繋ぎ合わせて造った竜。
「───伝令! 伝令! 街の周囲にて竜種を複数確認しました!!」
二人が顔を見合わせていると、城の外から一人の兵士が焦った表情で駆けてきた。
どうやら二人の街の周囲に竜が現れたらしい。
「……複数って、どの方向からだ。群れているなら嘴付きか? だったら数に合わせて兵隊を向かわせるだけだろう」
街が竜に襲われるなんて事は、この世界において日常茶飯事である。
この街だって何度も竜に襲われていた。例外などない。
普段から兵を仕切っているサラは冷静にそう答えるが、兵士は慌てた様子で口を開けたり閉じたりと言葉を失っている。
「何かあったのか?」
「……おい、しっかりと話せ」
兵士の側まで近寄って、サラはその肩を揺らしながら声をあげた。
ハッとした表情の兵士は一度息を飲んで、ゆっくりと口を開く。
「ふ、複数の竜種が街の周りで暴れているんです。一種類ではありません、まるで徒党を組んだかのように……多種の竜が街の周囲で暴れているとの報告が」
「ば、バカな……」
竜が種の垣根を超えて徒党を組んだと言うかのような発言に、サラは後退りして唇を噛んだ。
多少の数ならいつも通り迎撃するだけ。しかし、街の周りを囲まれたとなれば話は別である。
「マルシャ!」
「……分かってる。……だが、ここでフラムを出すのか? いや、考えている暇はないか。ここで何もかも失う訳にはいかない。……最善の手だ。それに、コイツを試すのにも丁度良い」
焦った声で、青年は吊り下げられている少女を見ながら呟いた。
それを聞いた瞬間、兵士は希望の宿った表情を上げて口を開く。
「フラム・ロワ……完成していたのですね!」
「なんとかな。タイミングに救われたか、悪魔の罠か。……起動実験も兼ねて、フラム・ロワを出す! 兵士達には国民の避難準備と戦闘準備を同時に進めさせろ!」
青年が指示すると、兵士は活気の篭った声で返事をして城から出て行った。
「……上手くいくのか?」
「上手くいかなかった時はこいつを吸う時だ。……大丈夫、俺達の竜機兵は最強だ」
ポケットに入っていた筒状の物を持ち上げながら、青年は少女を見てそう言う。
何の脈絡もなく彼がレバーを引くと、辺りの壁が揺れ始めた。
吊り下げられていた少女が肉の塊の中へと引きずり込まれていく。
それを見る二人の表情は、何処か寂しげだった。
「命令だ、フラム・ロワ。……この街を襲う竜を殲滅しろ」
「……んぅ」
少女が完全に地肉に飲み込まれる寸前に、返事として声を落とす。言葉にすらならない、小さな返事を。
次の瞬間、当然魂が宿ったかのように巨体が動き出した。
身体に繋がれていたいくつもの管が外れ、千切れ、持ち上げられた巨体が城の天井を破壊する。
周りに瓦礫が落ちてくるのも気にせずに、青年達二人はそれをただ見守っていた。
「……なんで竜が同時に暴れ出した?」
「奴等にも心があって、意思の疏通をしてるのかもって話だ」
「……だから、そんな訳が───」
継ぎ接ぎの翼が空気を切る。辺りの軽い物は全て吹き飛び、巨体は遂に空へと舞った。
「仮定の話さ。……俺達に竜の意思は分からない」
「……そうだな」
今これだけの光景で、青年は笑いを必死に堪えている。
遂に完成した。龍にも等しい兵器が。
その力を今からこの目で見るとなれば、笑いが込み上げてくる。
「さて、戦況は……」
青年は転がっていた双眼鏡を覗き込んで、辺りを見渡した。
城の高い所に居て、さらに壁などが吹き飛ばされたお陰で街を良く見渡す事が出来る。
「……北に
街の周りで、何種類もの竜が暴れているのが確認出来た。
もしフラム・ロワが完成していなければ絶望的な状況だっただろう。門全てを守り切る事は出来ず、街へ竜の侵入を許したに違いない。
───だが、竜機兵が想定通りの力を有していれば問題はない筈だ。敵が竜であれ、なんであれ。
「……始まるよ」
サラが飛翔するフラム・ロワを見上げながら小さく呟く。
巨大な兵器。龍の形をしたそれを見た街の人々は、恐る事はなく歓喜に満ち溢れ勝利の雄叫びを上げていた。
「……さぁ、やれ! お前の力を見せろ!! 龍にも等しい兵器なら、この絶望を焼き払ってみせろ!!」
街の中心で翼を羽ばたかせるフラム・ロワの身体中から何か赤い粉末の様な物が広がっていく。
肉眼でも確認出来るそれは、計算的に動く翼が起こした風によって街の外まで運ばれていった。
「───……ばく、は」
フラム・ロワから粉塵が放たれ、数瞬───
───街の門の周り、木々の間。小さな国を囲んで暴れ回る竜の周囲を爆炎が包み込む。
竜達が見たのはそれが最後だった。
街の外で火柱が上がったかと思えば、空気中に放たれた粉塵に引火。
街の周りに散布していた粉塵は瞬く間に燃焼し、街の外は一瞬にして火の海と化す。
生き残った竜は一握りだ。生きていたとしても、動ける竜は一匹たりとて存在しない。
たった一度の攻撃で、街を囲む竜種を文字通り殲滅したのである。
「───ハハッ……アッハハ」
遂に笑いは堪えられなかった。
青年はその場に倒れ込んで生涯でなかった程に笑い転げる。
息が出来なくて過呼吸になる程、彼はただ笑い続けた。
そんな彼の横でサラは、呆然と空を見上げる。
「……これが、龍にも等しい兵器か」
唖然とするサラに同じく、街の人々もこれには驚きを隠せない。
恐怖する者は居ずとも、歓喜する者も居なかった。
それ程までに圧倒的な、兵器の枠を超えた竜。
街を包み込む業火は、突如振り出した雨に消されていく。
その雨はまるで、この星が泣いているかのようで。
それでやっと目が覚めたのか、青年は笑うのをやめて立ち上がった。
「……勝った。いや、終わった。もう戦争は終わったようなものだ。……見ただろ!! あの力を、圧倒的な力を!! ……っ、っく、ふ、あははは……馬鹿馬鹿しぃ、戦争にもならねぇ!!」
「……そうだな」
雨の降る街で騒つく人々を見ながら、サラは小さく呟く。
本当に凄い男だよ。そう付け加えてやりたかったが、直ぐに口を開いた青年によって、その言葉は遮られた。
「取引をしよう」
降りしきる雨の中、青年は天高くへ手を伸ばして言葉を漏らす。
「……気に入ったの?」
サラは短くそう質問した。
「……あぁ。この世界じゃもう、物の取引なんて合ってないようなものだ。……だけどそれも終わる。なぁ、この戦いが終わったら旅に出ないか?」
「……旅?」
怪訝そうにそう聞くサラに、マルシャは機嫌良くこう続ける。
「商人をやるんだよ。世界中を旅してさ、色んな奴に出逢いながら、物々交換で生計を立てて行く。煙草を集めたいし、色んな地方の酒を飲みてぇ。……俺と、お前と、アンファ───フラムで、家族で……旅をしよう」
「……アレも連れてくのかよ」
「嫌か?」
「……いや、良いよ。マルシャがそう言うなら、やろう。……商人、面白そうじゃん」
「だろ?」
得意げに微笑む青年の髪を雨が濡らした。
そんな事も気にせずに、青年はさらに手を高く伸ばす。
何を掴もうとしたのか、それは何処かで強く握られた。
「だから、これは最初の取引だ。取引相手はこの世界の理。俺達が欲しい物は、この下らない戦争の終結、そして安永な世界。その対価はこれまで俺がフラム・ロワに掛けてきた全てだ!!」
雨は止まない。
それでも、青年は空に向かって声を上げる。真っ直ぐに、ただひたすらに。
答えるように雲が一部引いた。赤く輝く星が、崩壊した城を照らす。
「───さて、取り引きをはじめよう」
不敵に笑う青年。
「───この下らない争いの終焉だ」
街の中央で翼を広げる
彼等を見下ろす金色の光は、ただ自然の理に従うように。真っ直ぐ大地に降りたとうと翼を畳む。
この世界を廻る理が、彼等の取り引き相手として街に降り立った。
「……なんだ、アイツ?」
それはきっと───
「───龍?!」
───この世界の理である。
そろそろ呆れられそうですが、匿名じゃないモンハン作品10作目になります。もうなんかごめんなさい。
さて、今回はかの大戦について触れる作品に手を出してみる事に。色々被りそうですが、私の答えを作品で出したいと思います。
ちなみに短編となっておりますが、長いので二つに分けました。上下でお楽しみ下さい。後半は5月5日に投稿予定です。
そして、作品に小ネタを一つ仕込んでおります。あとがたりでお話しますので、お楽しみに。
それでは、後半でお会い出来ると幸いです。