とある技術者の邂逅【短編】   作:皇我リキ

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中:───それだけは、否定しちゃいけない

 竜を造る技術があった。

 

 

「俺を認識して、俺の言葉が分かったのなら首を縦に触れ」

 それが原因だったのか、結果だったのか。龍に等しい兵器が彼等には必要で。

 

「よし、完成だ。……俺は作り上げたぞ」

「……私達の言葉を理解する竜、か」

 竜を造るという事は、生命を造るという事と同義である。

 

 

「……本当に人の言葉を理解する兵器なら、それは凄い事だよ。意思疎通が出来るという事実は無視出来ない」

「これは産まれたての竜みたいなものだ。人の言葉を持った、産まれたての竜。……つまり、間違えのない教育を施せば完璧な兵器にする事が出来る」

 いつかの時代。

 

 終わらない戦争の中で、人々は竜に心があると考える事はしない。

 そんな事を考える余裕もなく、そんな事を考える相手でもなかった。

 

 

 

「人造の竜。……お前は俺達の仲間だ。俺達を守り、俺達と戦い、俺達とこの戦いに勝利する! 龍に等しい兵器(イコール・ドラゴン・ウェポン)だ!」

 ならばもし。

 

 

 竜に心があるとして。

 

 

 造られた竜には心が宿るのだろうか。

 

 

 

 

 そしてそれは───

 

 

「……完璧な兵器、ねぇ」

 

 

 ───間違いなのだろうか?

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ただ、生きる事。生き延びる事。

 

 

 たったそれだけの事を掴む為に、沢山の物を失って。大切な物も対価に変える。

 

 そして、やっと伸ばしてソレを掴んだ手は───

 

 

 

「───龍?!」

 ───灰になって崩れ落ちた。

 

 

 

 暗雲の中で、黄金に輝く龍が大地に四本の脚を下ろす。

 そして一対の翼も、まるで五本目六本目の脚のように地面を捉えていた。

 

 二本の角の下にある鋭い瞳は滞空する竜を睨みながら、辺りで逃げ回る人々を次々とその牙と爪で屠る。

 

 

 悲鳴が上がり、血飛沫が流れ落ち、それを流す雨は少しずつ弱くなった。

 

 

 その雨が星の涙だとしたら、その涙を止めたのはその龍だろう。

 

 

 

 一度地に付けた脚を浮かせ、龍は竜と同じ高度まで飛び上がった。

 広げられた翼は、月の光を反射させて黄金に輝く。眼前の竜に向けて放った咆哮は、街の人々を恐怖で震え上がらせた。

 

 

 

「……っ。何を止まっているフラム! そいつも敵だ!!」

 青年が言うと、滞空していた兵器()は頭を持ち上げる。

 

 ただ、眼前で街の人々が襲われている間、竜は止まっていた訳ではなかった。

 龍への攻撃の為に、その姿勢を取った所まではサラのその瞳に映っている。

 

 

 ───しかし、止まったのだ。

 

 

 サラはその事実に舌を鳴らしながら、その横で声を上げているマルシャを見る。

 

 

 

「……こころ」

 信じられなかったし、今でも信じていない。

 だがもしソレが本当なら、あの(兵器)は欠陥品だという事を認めなければならなかった。

 

 それは彼等の負けを意味する。

 だからサラは、どうしてもソレを口に出す事が出来ない。

 

 

 

 継ぎ接ぎの甲殻や鉱石を軋ませ、竜は眼前の龍にその頭部を向けた。

 頭部の一部が開き、その奥に渦巻く焔の中心で、兵器に繋がれた少女()はかの龍を見据える。

 

 ───数瞬。ソレが放たれる間、人が瞬きをする時間もなかった。

 

 頭部から放たれる一筋の光。高温の炎を圧縮した火焔が、龍の翼を掠める。

 確実に捉えてはいた。しかし、龍はそれを感知し空中での高い機動力を生かして身体を翻す。

 

 

 龍の翼を一部消し炭にするのみに終わった火焔は、街の外の遠くの地に直撃し火柱を上げた。

 火焔の着弾地点は一瞬で全てが灰に変わり、炎が辺りに広がっていく。

 

 

 それを見て青年は再び口角を吊り上げた。

 

 凄まじい威力に表情は崩れ、自然と笑みが零れる。

 

 

「避けたと……思ってるのか?! 逃すなフラム、そのまま焼き払え!!」

 一度地面に降りた龍を見下ろしながら、青年は声を上げた。

 

 フラム・ロワの頭部から放たれる火焔は未だに放出され続けている。砲身───つまり頭部を動かせば、その業火の矛先を再び龍に向ける事が出来るのだ。

 

 

 これだけの高出力のエネルギーを放っているのは、炎の龍を模して作られた竜の力である。

 

 兵器の頭部で制御部として稼働している、竜機兵のコアとも呼べる少女()

 その身体は、大部分が炎王龍と呼ばれる龍の番いの素材で造りあげられていた。

 

 彼女が燃えよと願えば全てが燃える。それがこの世界の理たる龍の力であり、彼等人類が龍に等しい力をと願った力だ。

 

 

 ───しかし。

 

 

「な、何をしてる……? 早く仕留めろ!!」

 竜は火焔の放出を止める。

 

 砲身(頭部)を動かしてはいたが、放たれる火焔は徐々に勢いを落として黒い煙を放った。

 さっきまで降っていた雨等関係ない。かの龍の力なら豪雨が降ろうが吹雪になろうが、何もかもを灰に出来る筈である。

 

 

「……っ。失敗したってのか?! 俺の作った竜機兵に、何か欠陥があるだと? 何がおかしい……何が悪い?!」

「マルシャ、それは───」

 青年は手を払いながら声を上げた。

 

 眼前で滞空する竜はただ龍を見据えるだけで動かない。その内にも龍は近くを通った人間に牙を向ける。

 

 

 

「で、伝令です!」

「後にしろ!! 街に龍が来てるんだぞ!!」

 崩壊した建物を登って来た兵士が伝令を伝えようとするが、青年は声を上げて兵士を跳ね除けた。

 

「し、しかし!」

「……私が聞く。どうした?」

「あ、はい。……再び竜が街の周りで暴れ始めました。既に北と南の門が崩落、(つるぎ)(へび)の侵入を許しています!」

 突如現れた金色の龍、そして暴れ出した竜種と思うように動かない兵器。

 

 状況は絶望的で、地面を叩きながら「何故だ」と連呼している青年を責める事すら出来ない。

 

 

「……兵の七割を持って民を西に避難。最悪嘴付きの縄張りを無理矢理突破しろ。蛇の方には残りの三割を回せ」

「ま、街を捨てる気ですか……?」

「最悪、だ。早く動け」

 冷静に答えながら、サラは地面に転がっていた一対の剣を拾って腰に下げる。

 

 

「……さ、サラ……どうする気だ?」

「マルシャ、私はアレがなんで動かないのかなんて分からない。技術者じゃないからさ。……それはアンタの仕事だ、分かるだろ?」

 項垂れるマルシャに目線を合わせて、サラは優しく声を掛けた。

 

 

 青年はゆっくりと頭を上げて、自らの造った竜と自らの妻を見比べる。

 

 

「……私は、私の仕事をしてくるよ。マルシャは、マルシャの仕事をしな。……大丈夫、アンタになら分かる」

「ま、待て!! この状況で出て行くだと?! どうする気だ!!」

 立ち上がって声を上げるマルシャを、サラは手を向けて止めた。

 あまり表情を表に出す人間ではなかったが、その時だけは穏やかな表情で「大丈夫」と小さく呟く。

 

「また後でな。……煙草、勝手に吸うなよ」

「サラ……」

 崩れ落ちる青年を尻目に、女性は兵士を一瞥して付いて来るように諭した。

 

 

「まずは龍の周りの民を徹底的に避難させろ。誰一人として残すな」

「は、はい! しかし……つ、剣の方はどうすれば?」

 街では龍の他に、二匹の竜が暴れまわっている。

 

 

 兵の三割を投入してその内の一体を倒すとして、残りの七割は民の避難に回されていた。

 それでは、残りの一体は誰が───

 

 

「───私がやる」

 決意の篭った表情で、サラは二本の剣を手に走る。

 

 

 青年は、ただそれを見送る事しか出来なかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 もし造られた竜に心が宿るとしたら。

 

 

 その竜は───

 

 

「……私は信じられないけど、な」

 

 

 ───兵器として正しいのだろうか?

 

 

 きっとその答えは、誰も分からないだろう。

 

 

 

 龍の周りで、兵士達が人々の避難の為だけに行動した。

 龍に立ち向かう事は許さない。その場からの脱出以外は国家反逆と見做す。そんなサラの命令が遵守されるのは、彼女の人望故だった。

 

 

 

 そして当の本人──サラ──は、兵を数人連れて街の北側へと向かう。

 

 

 

 そこにはまるで巨大な剣のような尾を持つ、蒼炎の竜が待ち構えていた。

 剣を思いのままに振り、破壊の限りを尽くして暴れ回る竜の前に、両手剣を構えた女性が立つ。

 

 

 

「───生きている民の救助を急げ。……それ以外は許さない」

 サラの命令に数人の兵士が答え、一斉に散らばった。

 

 竜は黒い息を吐きながら、その一人に剣を向ける。

 

 

 

「……させるか!」

 両手剣を捻りながら走り、サラはその剣に割り込んだ。

 振り上げる二本の剣はまるで、フラム・ロワの放った火焔のように光り、振り下ろされる巨大な剣を焼き切る。

 

 鋭く堅い筈の己の()を斬られ、竜は悲鳴をあげた。

 

 

 サラは紅蓮を放つ剣を振って、炎を散らす。

 

 

「……ロワの為に狩った龍の素材、本来はロワの独立制御部用武器だが。こりゃ、良いな」

 炎の龍の素材を兵器運用したこの武器は、人が使っても一定の成果を挙げる事が出来るようだ。

 勿論、高温の剣をその手に持ち続けるのは難しい。一瞬だけ燃えていた剣は、直ぐに光を失う。

 

 

「───その代わり、この有様か」

 そしてその剣を持っていた彼女の手は、見るも無残に焼け焦げていた。

 辛うじて動くらしいが、もはや柄と手が溶けて熔着されてしまっている。

 

 良いのか悪いのか、剣を離す事すら出来なくなってしまっていた。

 

 

 竜にそんな事は関係なく、身体中から黒い何かを放出しながら暴れ回る。

 まずはアレを止めなければ始まらない。

 

 

「……もってくれよ」

 本来の使用目的ではない運用をしている兵器か、己の体か。

 それとも未だに滞空している兵器か、それに命令をしている筈の夫か。

 

 

 一度だけ瞳を閉じて、脳裏に浮かんだのは少しだけ昔の事だった。

 

 

 

 

 大切な家族との、なんともない一ページ。

 

 

 大好きな夫が居て、とても愛らしい娘が笑っている。

 そんな、なんともない日々が忘れられなくて。本当は、娘の身体を使うなんて反対だった。

 

 

 

 造られた竜は娘ではない。

 

 

 

 だからこそ、そんなモノに心が宿るなんて信じたくもない。

 

 

 

 でもそれはエゴだったのだろう。

 

 

 

 

 娘の形をしているからこそ、その存在を肯定出来なかった。

 

 彼女そのものを肯定する事が出来なかった。

 

 だからもしもを仮定したり、理解が出来たとしても、自分の中でその答えに納得する事が出来ない。

 

 

 だけれど、きっと彼なら分かる筈。

 

 

 彼ならその答えを導き出せる筈。

 

 

 

 だって既に彼はその答えを知っているのだから。

 

 

 

 

 だからこそサラは二本の剣に炎を宿す。

 

 

 

 彼の答えの邪魔をさせる訳にはいかない。

 

 

 

 この先に向かわせる訳にはいかない。

 

 

 

「……さぁ、取り引きをはじめよう。ここから先への進行は通行料を払って貰う。……通行料は───アンタの命だ」

 避難が完了し、他に誰一人居ないその場所で。

 

 

 人と竜が剣を交わした。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 彼には全くその理由が分からない。

 

 

 眼前に敵がいる筈なのに、兵器はその敵を葬ろうとしない。

 時折小さな爆発が起きる。しかし、フラム・ロワという兵器を開発した彼にとって、それは攻撃とも言えないものだった。

 

 

「どうして攻撃の手を緩める……っ!!」

 何がおかしい。全く理由が分からない。

 

 サラは自分なら分かると言っていたが、マルシャはただ頭を抱え込む。

 

 

 

 必死で考えても、出て来る答えはどうしようもない事だらけだ。

 

 

 

 整備が不十分の為に動けないのか?

 いや、攻撃は何度か成功している。だからエネルギーが足りないだとか、そういう問題でもない筈だ。

 

 

 あの龍を敵として認識していない?

 いや、一度攻撃しているし、今でも小規模爆発で牽制のような攻撃を続けている。

 

 

 制御部の教育が足りなかったのか?

 いや、少なくとも制御部は命令を聞いていた。今だって不十分ではあるが命令通りに攻撃はしている。

 

 

 なら、どうして出力を上げて本気で倒そうとしない。

 

 

 設計上の出力で攻撃すれば、何度も龍を殺す事が出来る時があった筈だ。

 

 

「……どうしてだ!! どうして!!」

 その叫びに答えるように、竜は大地に脚を下ろす。

 そして人々の住んでいた家を踏み砕き、巨体と翼による風圧で辺りを吹き飛ばした。

 

 

 

「……なんだ?!」

 気が付けば街の人々はその場に残っていない。周りを見渡しても、民の一人もいない状況になっている。

 

 その場にいるのは彼と竜と龍だけだ。

 

 

 

 甲殻と鉱石が軋む。継ぎ接ぎの身体はその脚で地面を捉えて、振り上げる頭部の中枢では火焔が渦を巻き始めた。

 

 それは、一度かの龍が滞空している時に放たれた攻撃に酷似している。

 龍は直感的に、その攻撃の射程外───つまり攻撃が放たれる範囲の外を感じ取っていた。

 

 

 金色の翼を持つが故の、自らの領域()すら放置したのは他でもない。

 

 地表ならばあの(兵器)は大きな攻撃が出来ないと、そう誤信していたのである。

 

 

 ───しかし、放たれる光。

 

 

 眼前を全て焼き払わんとするかのような火焔が、文字通り前方を全て灰にした。

 反射的に横に跳んで避けた龍は、地面を蹴って空を駆ける。

 

 これはマズイ。直感的な思考が龍を自らの領域へと誘った。もしそうでもしなければ、その時点で勝敗は決まっていただろう。

 

 

 竜の頭部から放たれる火焔は、その頭部と共に射線を持ち上げていった。

 薙ぎ払われた街は一瞬で業火に包み込まれ、空気すら溶かす光が龍を捉えんと空を切る。

 

 

 龍は空中で身を翻してそれを避けようとするが、翼の先に掠めた火焔がその身体を包み込んだ。

 

 燃え上がる龍の身体。追い打ちに竜は粉塵を排出し、翼を羽ばたかせて粉塵を龍に集めていく。

 

 

 ───瞬間、爆炎が龍を包み込んだ。

 

 

 さっきまでの停滞はなんだったのか。

 その圧倒的な力で龍を攻撃する兵器を見て、青年は再び笑みを浮かべる。

 

 

「ふっ、何かおかしな所はあるが……それを差し引いてもやはりフラムは最強だ。何が相手だろうが、フラムに勝てる奴なんていない!」

 高笑いをあげるマルシャの視界では、龍が炎に包まれながらも竜に取り付こうと飛翔を続けていた。

 

 しかし三度目の火焔が龍の翼を穿つ。

 完全に飛行が不可能になった龍は、上空からマルシャの立っている建物の下に叩き付けられた。

 

 

 建物が揺れ、真下からは龍の呻き声が聞こえる。

 これで詰みだ。そう思ったが、次に竜が起こすだろう行動を予測して───マルシャは急いで視界に竜を入れて身構える。

 

 

 倒れた龍にトドメを刺そうと、竜は再び火焔を放とうとしていた。

 

 

「ま……っ、い、いや───」

 待て。そう言おうとしたが、青年はそれを止める。

 

 竜は龍を討つために火焔を放つ筈だ。しかし、その射線上には自らが居る。

 あの威力の業火だ。この城が消し飛んでもおかしくはなくて、そうなれば自分がどうなるかなんて考えなくても分かる事である。

 

 

 しかし、それを止める事は出来ない。

 

 

 龍はこの世界の理だ。

 生かしておけばどんな反撃をしてくるか分からない。今ここで倒さなければならない。

 

 さもなければ、この国は終わる。

 

 

 

 竜の頭部で広がる光。

 

 覚悟は出来ていた。なんらかの咎を受けるつもりはあった。それがこの時だったというだけだ。

 

 無意識にポケットの中の物に手が伸びて、それを口に運ぶ。

 

 

「───っ、ぁ……ぁっ!」

 ───しかし、彼を業火が包み込む事はなかった。

 

 

 

 圧縮された火焔は分散し、竜はその動きを再び止める。

 

 

 

「……。……まさか───」

 膝から崩れ落ちた青年が勘付いた時には、既に遅かった。

 

 

 倒れていた筈の龍が立ち上がり、その場で暴れて建物が崩壊する。

 落下。しかし打ち所が良かったのか、意識を失わなかった青年が激痛に表情を歪ませながら見たものは、龍に翻弄される竜だった。

 

 

 先程までの圧倒は夢だったのか。そう思ってしまう程に、竜は何も出来ずに痛め付けられる。

 

 

 

 脚のような翼に身体を抉られ、突進によりバランスを崩した。

 しかし竜は反撃が出来ない。どうしてか、再び行動を停止する。

 

 

 

「な、何をしている……? お前は俺の作った兵器なんだぞ! そいつを倒せ、そいつを殺せ!! 何をしている!! なぜ動かない!!」

 まさか───という考えはあった。

 

 しかし、そんな理由で兵器が活動を止めるなんて事が信じられない。考えられない。

 

 

 

「───っ?!」

 青年が声を上げたからだろうか。

 竜が驚異の対象から離れたからだろうか。

 

 龍は竜の脚を潰して倒すと、青年をその鋭い瞳で睨み付ける。

 

 

 逃げなければ死ぬ。

 

 そう直感が告げるも、建物の崩壊に巻き込まれた身体は言う事を聞かない。

 詰め寄ってくる龍に恐怖を覚え、瓦礫の上を這ってでも逃げようと身体を動かした。

 

 勿論、そんな事をしても逃げられる訳がなく。

 

 

 

「……く、そ……が!」

 眼前に迫った龍に無意味にも毒突いた。持ち上げられた爪を持つ翼が振り下ろされ───轟音が響く。

 驚いたのは青年だけでなく、龍もだった。音の出元に視界を移せば、倒した筈の巨体がまた立ち上がりさらにまた倒れてくる。

 

 

 次の瞬間。龍は巨体の下敷きになった。

 

 

 衝撃で青年は吹き飛ばされ、何度も地面を転がる。

 激痛に表情を歪ませながらも、顔を上げた先にあったのは満身創痍という状態で龍を下敷きに倒れる兵器()だった。

 

 そして竜は己を焔で包み込む。

 本来は周囲からの攻撃を、自らに届くまでに蒸発させる為の焔の防御壁だ。

 しかしそれは、攻防を備える焔の鎧。下敷きになった龍はこれで確実に命を落とすだろう。

 

 

 

「……分からねぇよ」

 だが、そんな事をしなくても、そこまで損傷する前に倒せた筈だ。

 

 

 もっと簡単に、もっと前に、何度でも倒せる場面はあったのだから。

 

 

 

 ふと辺りを見渡すと、復興が絶望的に感じる程に崩壊した街が眼に映る。

 龍を倒す事は出来た。しかし、竜機兵はあの有様。街は壊滅状態。

 

 

「……何を失敗したっていうんだ、俺は」

 ただ失意の内に竜を見る。それが少し動いたのが見えて、ハッとした。

 

 

 

 ───咆哮と共に、竜が地面を転がる。

 

 

 あの巨体を跳ね飛ばしたのは、間違いなく押し倒されていた龍だった。

 黒い炎が竜を包み込んでいる。マルシャには何が起きたか分からない。

 

 

 翼を広げ、竜を退かした龍は今度こそマルシャに牙を向けようと彼を睨む。

 反射的に青年は地面を蹴った。逃げなければ殺される。

 

 

 

「……っ、くっそ、ふざけるなよ化け物め……っ!!」

 脚を引きずりながらも走った。背後で轟音が響く。

 

 振り向く暇なんてない。とにかく走れ。瓦礫を盾に、とにかく走れ。音が遠くなっても、とにかく走れ。

 

 

 

 

 

 

 ふと立ち止まったのは、視界に人影が映ったからだった。

 

 

 街は避難が終わっているのか、人影が全く見当たらなかったのだが。

 瓦礫を背に座り込んでいる女性が見えて、青年は我に帰ったように声を上げる。

 

「───さ、サラ!!」

 それは、青年の妻である女性だった。

 

 

 生気のない表情で俯いているサラを見て、最悪の事態を想像してしまう。

 しかし、マルシャの声に反応したのか彼女の頭が少し動いた。生きてはいる、しかし───

 

「サラ……お前……」

 直ぐに彼女に駆け寄って、青年はその場に崩れ落ちて声を漏らす。

 

 

 ───サラは見るも無残な姿で座り込んでいた。

 

 左手は肘の下から失われ、右手も殆どが黒く焼け焦げて人の腕の形を残していない。

 全身から血を流して倒れている彼女の瞳からは、生気が失われている。

 

 

 

「……マ……ルシャ、か?」

 そしてサラは、今にも消え入りそうな声で口を開いた。

 

「何やってんだサラ!! こんな……ば、馬鹿野郎。今すぐに逃げるぞ。医者を……医者は何処だ?! なんで誰も居ないんだ!! おい、兵隊は何をしてる!!」

「……そ、の……様子じゃ、色々ダメだったか」

 全く身体を動かさずに、サラは小さく呟く。

 

 マルシャはそんな彼女をどうしたら良いか分からずに、ただ狼狽えて頭を抱えた。

 

 

「無理に喋るな! と、とにかくここを離れるぞ……。抱き抱えて良いのか?」

「……お前、仮にも……生体兵器の、技術者だろ? ……冷静に考えなよ」

 そんな事は分かっている。そんな事は出来ないのも、もう彼女に先がないのも分かっているんだ。

 

 ただ、それを理解しろという方が彼には酷な話で。

 

 

「……なんでだよ」

「……アンタなら、気付けると……思ったから。……頑張って、一人で……竜を、相手したんだが。……いや、流石に……無理、し過ぎたね」

 サラは口だけを動かして言葉を繋げる。

 

 それだけでも彼女は辛そうで、しかしマルシャに出来る事なんて一つもなかった。

 

 

「分からねぇよ……。命令通りに動く筈なのに、攻撃も問題なく行う筈なのに、なんで動きを止めるんだ! 何がおかしいってんだよ!!」

「……マルシャ、アンタは気が付いてる筈」

「……はぁ?」

 サラの言葉に、青年は表情を歪ませる。

 

 

「……私には、理解出来ない。……だって、何言ってんだって、話……だし。……それに、ロワに心が宿るとか……それを認めたら、アンファが……消えちゃいそうで」

「フラム・ロワに心……? だから、どうしたってんだ?」

 彼女の言葉を聞いても、いまいち理解が追い付かない。

 

 

 竜に心があるとして。

 

 

 造られた竜に心が宿るとして。

 

 

 

 それが、何か問題なのか。マルシャにはさっぱり理解出来なかった。

 

 

 

「……アンタは、人格破綻……してるからな。まぁ、気が付けなくても……おかしくない、か」

 決して悪い意味で言っている訳ではなく。

 

 ただ、一人の人間として娘を失い。

 一国の責任者として、技術者としてその娘を兵器に変えるしかなかった。

 

 

 正気なんて保ってられる訳がない。

 

 

「……普通、さ。……仲間を巻き込むような攻撃、しないだろ? 少なとも───私達は、こころがあるから」

「……そりゃ」

「同じだよ」

 端的に、彼女はそう言う。

 

 内心理解はしていた。ただ、納得出来なかったのはきっと───彼のこころが壊れていたからだろう。

 

 

 

「フラムは……俺や街の人を攻撃出来なかった?」

 攻撃をしなかったのではない。

 

 

 攻撃が出来なかったのだ。

 

 

 

 もし造られた竜に心が宿っているのなら。

 

 

 その時の最善手だろうが、必要な事であろうが───仲間を巻き込む攻撃を躊躇するのはおかしな事ではない。

 

 

 

「……そんな、簡単な事で……俺は失敗したってのか。……ははっ、それじゃ、まるで……心がないのは、俺じゃねーか」

 青年は表情を崩して項垂れる。そんな彼にサラが出来る事は、今は声をかける事だけだった。

 

「……とんだ欠陥品を作ったって事だ」

「……そう思う、か?」

 項垂れるマルシャに、サラはそう問い掛ける。

 

 

「……心さえなければ、フラム・ロワは最強の兵器だった。……そうだろ?」

「……それは、そうかもな。……言われた通りに、全てを壊す。敵だろうが味方だろうが関係なく、言われた事を熟す。……それじゃ、それって……正しいの?」

 マルシャの答えに、サラはさらに問い掛けた。

 

 

「正しい……?」

 その問いに、マルシャは表情を固める。

 

 

「……もしあの龍が来た直後、龍を焼き払おうとしたら……街の人達は、巻き込まれていた。……国を守る為になら、それは……正しい事かもしれない。……でも、本当にそれが正しい事か? 無機質に、言われた行動を……取る事が、正しい事か?」

「それは……」

 そんな事はマルシャに分かる訳がなかった。

 

 

 勿論、そう言っているサラにだって分からない。

 ここまで言っておいても、竜に心があるだとか、造られた竜に心が宿るとか、信じられないのである。

 

 

 ───でも、彼なら。

 

 

「……私には、分からない。……でも、マルシャになら……その答えが分かる筈」

「……もう、遅い」

 その答えがどうであれ、もう全てが終わった後だ。

 

 街の復旧も、フラム・ロワの修復も絶望的。

 なにより、本当に大切な存在は目の前で今にも息を引き取ろうとしている。

 

 

 

 もう、何もかも終わりだ。

 

 

 

「サラ……俺は……俺はな……戦争なんてどうでも良かったんだ。ただ、家族で……幸せに……。だから、フラムを作る時に……いつか皆で、と……この竜に心が宿ったら良いな、なんて、思ってしまった。……そんなのは間違えだ!! 答え?! 決まってる、兵器にこころなんて必要ない。俺は失敗したんだよ!!」

 サラの手を握って、彼は声を上げる。

 

 もはや人の手とは思えないそれを強く握っては、指だった物が崩れ落ちた。

 

 

 

「……それだけは、ダメだよ」

 ただ、サラはそう答える。

 

 ハッとしたマルシャが頭を上げるが、サラの顔はそんな彼に視線を動かすこともなかった。

 口だけを動かして、サラはその思いを繋げる。

 

 

「……あんたが造った竜は、少なくとも……街の人達を何人も救った。私もマルシャも、アイツが制限なく戦ってたら……きっと龍が来た時点で、死んでる」

「それは……」

 そんな事は理解していた。

 

 しかし、だとしてもあの状況ならそれは正しい事の筈である。

 敵を撃つのが兵器の役割で、それが最善策なら。

 

 

「……じゃあ、さ。マルシャならどうした?」

「……は?」

「……マルシャがもし、竜機兵だとしたら。……私も巻き込んで、あの龍を……殺した?」

「そんな事出来る訳がないだろ!!」

 即答した。即答してしまった。

 

 

 マルシャはハッとなって、口を閉じる。

 

 

「……だったら───」

 ふと、サラの表情が柔らかくなった気がした。

 

 

 

「───それだけは、否定しちゃいけない」

 そう思うこころが己にあるのなら。

 

 

「……マルシャは、心がないのは自分じゃないか……とか、言ったけど。……大丈夫、ちゃんと……あるよ。……だからこそ、自分でそれを否定しちゃいけない。……マルシャが私を殺せないって言ってくれて、私は嬉しい。……もし、あの竜に心があって……私達を殺したくないって思ってくれたなら……嬉しいだろ? アンタがそれを……否定するのだけは、ダメだよ」

「それでも……もう、遅いんだ」

「遅くない」

 声を落とすマルシャに、サラは語り掛ける。

 

 

 未だに街の中心では轟音が響いていた。竜は戦っている。それだけは、サラには分かった。

 

 

 

「……アンファじゃなくても。……あの竜を───生命を作ったのは私達だ。……あの子は、ロワは……間違いなく私達の子供だろ? 一緒に商人をやるんだろ?」

「俺に行けって言うのかよ……。嫌だね。俺は、お前の手を握ってる。……もう終わりでいい。ここで、終わりにしよう」

 言いながら、マルシャはポケットから筒状の物を取り出す。

 

 

 最期に吸おうと、約束していたから。

 

 

 

「……それだけは、許さない。……取引だって、言ったろ?」

「……。……狡いじゃねーかよ」

 それだけは、出来なかった。

 

 

 彼女との約束だけは、破れない。

 

 

 

「……もう、さ。目も見えないし、手の感覚もない。てか、全身感覚ない。……自分が生きてるのか、どうかも……分からない。……だからさ、最期なら……家族皆で、煙草でも吸いたい」

「……連れて来いってか。……ふざけるなよ、お前……そんなの」

 言いながらも立ち上がる。

 

 

 

 ───不可能なんて事は、そんな事は分かっていた。

 

 

 

「……行って」

 本当は、行って欲しくない。

 

 寂しい。一人にして欲しくない。その手を握っていて欲しい。最期まで二人で居たい。

 

 

 でも、そんな事は許されないから。

 

 

 

「……俺はここに居るぞ。分かんなくても、手をずっと握っててやる」

「……うん、ありがとう」

 振り向いて、マルシャは口を開く。

 

 

「ちょっと俺もキツイからな、静かになるが。……きっと、フラムは勝ってこっちに来るからさ。……それまで二人で待ってようぜ」

「……あぁ、そうだな」

 少しだけ歩いて、振り向いた。サラは動きはしない。

 

 

「……少しだけ、待ってろ」

「……うん。待ってるよ」

 走る。

 

 

 意味はないかもしれない。彼が向かったところで、フラムと龍の戦いに影響する事はない筈だ。

 

 

 

 それでも、彼はその答えを示さなければならない。

 

 

 

 己の作り出した物の答えを、その目で確かめなければならない。

 

 

 

 

 

「───私も、アンタも……嘘吐きだなぁ」

 首を持ち上げて、彼女は小さく呟く。

 

 

 

 一筋の雫が、地面に落ちた。

 

 

 

 眼前で立ち上がる、剣を持つ竜が弱々しい咆哮を放つ。

 全身を切り刻まれて満身創痍の筈が、その傷口から黒い靄を放ちながらサラを狂ったような瞳で睨み付けた。

 

 その身体では、次の攻撃が最期の攻撃だろう。竜は口を開き、彼女を見据えた。

 

 

「……交渉成立だ」

 ただ、小さく呟く。

 

 

 

 彼を向かわせる事が出来て良かった。

 

 

 

「先に逝ってるよ、マルシャ。……ごめんね」

 業火が放たれる。きっとその身体は残りもしなかった。

 

 

 

 

 ただ願う。

 

 

 彼の事を思って。

 

 

 そして、また会えたら良いな。……なんて、そんな事を思った。

 

 

 

 

 先に逝ってるよ。

 

 

 

 ───待ってる。




後半といったな。アレは嘘だ(反省はしています)。
申し訳ないです。もう一話だけお付き合い下さい。

最後の話で、色んな事の意味とかの作品の答えを伝えられたらなと思います。

それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。
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