終局特異点を乗り越え、遂に奪われた明日を取り戻した、人理継続保障機関「カルデア」
これは、そんなカルデアが新年を迎えた目立たい日に起こった、小さな歪みのお話。

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主人公くんが服を脱いだ姿を北斎ちゃんに描いて貰えるよう駄々を捏ねるお話

 終局特異点を突破し、死闘の末に魔人王を撃破、長く続いた人理修復の旅に終結を迎えたカルデアは、この度めでたくも新年を迎えていた。

 恋焦がれた「明日」を掴むために過ごした激動の日々は過去に置き、しかし誰もが忘れることが無いよう、胸の奥底にしまい込み、現在カルデア内は新年会の空気に満たされていた。

 特異点の発見と介入に全力を尽くしていたスタッフの多くはネクタイを緩め、料理自慢のサーヴァントが全霊を込めて作り上げたお節を含む様々な美味なる料理で舌を喜ばせ、久しく遠のいていたアルコールの香りに安堵する。

 無論、ゲーティアの消滅を確認したからと言って、不測の事態が起こらないとも限らない。その為、万が一に備えて司令室には複数人のスタッフが常駐し、楽しげに騒ぐ仲間たちの声に涙と怨嗟の声を噛み締めながら、平穏に過ぎて行く世界に目を光らせ、来たる査察に向けて今までの記録を纏めていた。

 

 そんな平和な喜色一色に染まったカルデアで、新年早々に縁を辿ってやって来たサーヴァント「葛飾北斎」は、生前と変わらず片付かない部屋にて、一枚の巨大な画用紙と、彼女の主である藤丸立香が神妙な面持ちで対面していた。

 

 

「ねえ、北斎ちゃん、俺は思うんだよね。裸って神秘だと」

「はあ」

「人類はみーんな、服を着ずにお母さんのお腹の中で育まれた姿のまま、おぎゃあ! と産まれてくるんだよ」

「おー」

 北斎ちゃんは気のない返事を返し、ただ近い位置にあったという理由で手にした、色気の欠けらも無い湯呑みに宴会場から拝借した無銘の日本酒を手酌で注ぎ、一口だけ呑み込む。

 僅かに喉を焼く感覚と吟醸酒特有の甘い香りを楽しみながら「産声の真似上手いなコイツ」と頬を上気させて何やら語り続けているマスターを眺めていた。

 そんな彼女など気にならないとばかりに演説は加速し、北斎ちゃんの傍でふよふよと漂う黒タコは、空いていない酒瓶にまとわりつき封を開ける。

「つまりだよ、どれだけ高貴な産まれだろうと、どれだけ貧しい身分だろうと、望まれようと望まれまいと、母親からおぎゃぎゃっと産まれた瞬間は、誰もが平等で、等しく自由なんだ」

「んー」

「そしてそれは、きっとどれだけ歳を重ね、成長しても変わらないと、俺は思う」

「ほほー?」

 ここで北斎ちゃん、何やら風向きが変わったことに気付き、黒タコは楽しげに一気飲みを始めた。

「むしろ、年を経て、酸いも甘いも苦いも塩っぱいも酸っぱいも酸味も経験した今だからこそ、知識と身分と社会という衣を纏ってしまったこの時だからこそ、裸っていうのは大切だと思うんだ」

「おい、酸っぱい経験三回もしてんぞ」

 あ、こいつさては酔ってるな? と北斎ちゃん。

 時としてテンションに任せて突飛な発言をすることで有名なマスター・藤丸立香くんではあるが、ここまで奇妙奇天烈な話を長々とする様な人間ではないことは、まだ付き合いが短い北斎ちゃんでも理解していた。

 カルデアには数多くの英雄が召喚されているが、多分悪い大人に呑まされて、おまけに変な知識まで植え付けられた末にココに逃げてきたんだろうと推察。

 子供が知ったばかりの知識を披露しているようで微笑ましいような、内容が内容だけに素直に和めないような、不思議な気持ちで湯呑みを再度一口煽る北斎ちゃん。

「だからね、北斎ちゃん。立香くんは提案します」

「おう、なんでぇ」

「俺の裸を見てくれ――!!」

「大筆でなで斬るぞ」

「なんっっっで!?」

(やっぱ酔ってるわコイツ)

 清潔感のあるいつものカルデア制服を、キメ顔でゆっくりと脱衣しようとする立香くんを、呆れ100パーセントの半目で見詰めながら言い放つ北斎ちゃんと、爆笑しているのか酒瓶片手(片触手?)にぷよぷよと揺れる黒タコ。

「どうしてさ! 裸であることが素晴らしいのはさっき話したよね!」

「おう、右耳で聴いた言葉を左耳で外に逃がしてたぞ」

「じゃあどうして俺のお願いを聞いてくれないの!」

「聞き流したからだよ」

「ぬああぁぁぁ!! 葛飾北斎ィ! 芸術家が、絵描きを、春画描きを名乗る者がそれでいいのかァ!」

「絵描きが何でもかんでも題材にすると思うなよ唐変木。次また春画描きっつったら痛く叩くかんな」

 春画描きを否定しないのは別に恥とは思っていないし、叩きたいのは大声で叫ぶことでもないからだ。

「だったら良いから! 絵にしていいから! もう好きなだけ描いていいから! なんならボディペインティングしてもいいから!」

 そう言いながら、いそいそと制服を脱ごうと動き出す立香くん。

「なんの交換条件にもなってないぞ。あと脱ぐな」

「わかったよお! 正直に言うよォ!」

「勝手に盛り上がってんじゃない」

「純粋に俺の裸を描いて欲しいんだよぉ・・・!」

「話を聞け酔っ払い」

「僕の、裸体を、記憶に、形に、残してほしいんだよ・・・・・・!!」

「やめろ、五体投地しながら歯軋り混じりに懇願するのを止めろ気色悪い」

「脱衣王よりかは劣るかもだけど引き締まってるからあ・・・・・・」

「だつ・・・? ああ、金ピカの――ぎるがめっしゅ? だっけか。あの人も相当な傾奇者だよなあ。おまけに美人と来たもんだ。こんど描かせてもらえるか聞いてみるか」

「やっぱり顔かよクソっ」

 諦めたのか、吐き捨てながら立香くんが立ち上がると、羽織っていた白い上着が「とさり」と軽い音を立てて床に落ちた。

 どうやら五体投地しながら脱いでいたらしく、立香くんは下に着ていた黒のインナーシャツ姿になっていた。

 それを目にして苦笑しながら、酒で唇を濡らす北斎ちゃん。

「器用だな、ますたあ」

「伊達に世界は救ってないよ」

「なるほどね・・・・・・ははーん?」

「な、なに北斎ちゃん、そんなしたり顔なんかして」

「いやいやあ、おれのますたぁも可愛い所があるなって思いましてね?」

「なんのことかな!」

「くくく、照れるな照れるない」

 可笑しそうに笑いながら、資料を纏める職員の言葉を思い出す北斎ちゃん。

 目の前の立香という少年が進んできた記録は、公式には残せない事案らしく、本来であるならば英雄として名を残してもおかしくない筈が、彼の名前は歴史に名を残すことなく、極一部の人間のみが記憶するだけで終わってしまうらしいのだ。

 それを立香くんは納得した上で今日まで駆け抜けてきたのだが、やはりそこは男の子、大きな事を成したと言うのに何も残らないのは悔しいから、こうして皆に黙って、せめて自分に絵を描かせて何かを残して置こうと考えたのだろう。

 そんな小さな我儘を告げるのが恥ずかしくて、今までおどけていたに違いない、と北斎ちゃんは考える。

(まあ、脱ぎ出したのは酒入ってるのがデカいだろうけどな)

 酔っ払いは脱ぐもの。

 この法則は古今東西みな同じである。

「安心しな、ますたぁが辿った軌跡は、おれがしっかりと絵に描いて飾ってやるからよ」

 そう言いながら、傍らに置いてある画用紙を指さす北斎ちゃん。

「え・・・・・・」

「頼まれちまったのさ。今まで切り開いた道を、どうにか形に、目に見える物として残したいから、ってさ」

 まだ何も描けちゃいないのが面目ねぇけど、と酒を煽りながらシシシと笑う北斎ちゃん。

「そうだったんだ」

 

 と、どこか切なげに呟くますたぁに、完成した絵を見せたら感動して泣いちまうんじゃないかと創作欲を燃やされながら、口を開く。

「そういやあ、さっきから気になってたんだけどよぉ」

「んー?」

「ますたぁ、うすーく隈が出来てるが、最近夜更かしでもしてんのかい?」

「ああー、これ?」

 と、酔っ払い特有の力の入らないふにゃふにゃの笑みを浮かべて、目元を撫ぜるますたぁ。

「そうなんだよ、最近寝られなくってさあ。僕が寝ようとすると、小さい子が手を引っ張って起こすんだよ」

「おいおい、大丈夫か? なんなら、おれが言って聞かせてやろうか」

「いやー、良いよ。少し我慢して寝たフリすれば、諦めて出ていくし」

 と、口元を歪めて語るますたぁ。

 このカルデアで小さい子供と言えば、なぁさりぃだろうか、それともじゃっくか、じゃんぬ・だるく・おる・・・・・・おるたりりぃ当たりだろう。

 今度、それとなく注意しておくか。

「それにねー、その子をやり過ごして眠れたと思ったら、今度は枕元で誰かが呟くんだよね〜。気持ちよく眠れてますか、良い夢を見れていますか、みたいな」

「ソイツは清姫だな、間違いない。それに関しちゃお手上げだ。観念して我慢しな」

「そんなあ」

 もしかしたら静謐か頼光さんかもしれないが。

「でねでね、今度こそ寝れた。と思ったらさあ、夢の中で色んな人が出てきてずーーっとお話しなきゃなんだよ。僕、起きたら喋り疲れちゃって眠れた気がしないんだ」

 こーんなにたくさんの! と小さな子供の様に、腕を大きく広げて見せてくる。酔うと幼児退行でもするのだろうか、この男は。

「あちゃー、ますたぁは色んなやつに好かれてるからなぁ」

 サーヴァントと強い絆を結んだ者は、特殊な夢を見ることがあると聞いた。

 きっとそれだろう。

 おれは、まだそんな夢を見た事が無いから、ますたぁとそこまで深い仲に慣れていないんだろう、と何故かもやもやする胸中に首を捻りながら、数々の不眠の原因に納得する。

「くくく、折角世界を救って安心して眠れるってのに、人気者は辛いねぇ。ま、英雄に好かれる英雄ってのも絵になるか・・・・・・どうだい、描かれてみるかい?」

「あはは、やめてよー。僕はそんな人間じゃないって」

「まったく、さっきまで騒いでた奴の台詞とは思えねぇな」

「ごめんて」

 おまけに好いてくる女性は、どいつもこいつも別嬪さんときた。まったく、羨ましい限りだ。

 ・・・・・・話していたらいい構図が浮かんできた。月並みで平凡な絵になってしまうが、むしろその方がこの少年には似合っているだろう。

 笑顔の仲間たちに囲まれて、同じく笑う立香の絵。

(単純で描きやすいっちゃそうだが、人数が多いなぁ)

 総勢何人だよと指折り数えながら誰を何処に配置して描き上げるか頭の中で纏めていく。

 ああ、楽しくなってきた。

 そんな時だ、何やら黙って白い画用紙を見詰めていたますたぁが、ポツリと呟いたのは。

「ねぇ、北斎ちゃん。やっぱり僕の裸の絵を描いてよ」

「またかよ」

「うん、僕気付いたんだ。誰かに裸の自分を見せるのは、もしかしたら凄く気持ち良くてスッキリすることなのではないかって」

「おーいおい、その考え方は危ないぞー?」

「だってね、北斎ちゃん」

 ああ、ますたぁの頬はまだほのかに赤い――っておい、いつの間におれの湯呑みを取りやがった。

 舐めるように日本酒を口にすると「うわ、キツい」と呟いてから、真っ直ぐにこちらを見詰めて語り出す。

「裸の僕は、きっと沢山の色で濡れていて、きっと沢山の気持ちが渦巻いていて、きっと沢山の傷が疼いてて、とてもアーティスティックだと思うから」

「はあ?」

「ほら、ね。見てよこの手。僕は特異点を歩いてきて、沢山たくさん血を流して、この手は真っ赤に染まったよ」

「あー、そうらしいな。でも、その血は世界を救う為に、ますたぁが痛みに歯を食いしばりながら流した、努力の証ってヤツだ。なんで泣きそうな顔してんでぃ、誇って良いんだよ、それは」

「とてもそんな気持ちにはなれないよ。だって痛かったと思うから」

 そう言いながらプイっと顔を背けたのは照れ隠しだろうか。あまりに子供っぽい動きに、思わず吹き出してしまう。

「ぷふっ、なに恥ずかしがってんだよ。人に話する時は目を見て話せよー?」

「だってさあ――」

 背けた顔が戻ってくる。

 茶化されて酔いが覚めたのか、先程までの酒気は消え、赤らめた頬は元の肌色に戻っていた。

「北斎ちゃんがいつまで経っても僕の話を聞いてくれないから、少し嫌になっちゃって」

「はあ?」

 おれが、ますたぁの話を聞いていない?

「何言ってんだよますたぁ。おれはさっきからちゃあんと話を聞いて」

「この手の血は、僕の色じゃない」

「なに――」

「この手は、僕が明日を掴むために振り払った人の色で染まってる。この身体は、特異点で出会った人を見殺しにした色で濡れている」

 ゆっくりと、シャツに手を掛ける目の前の少年。

 表情は、消えている。

「――――――」

「沢山の声を聞いたよ。色んな人をこの目で見てきたよ。知らない世界に、歴史に触れてきたよ。楽しかった、とても」

 ゆっくりと、緩慢な動作でアンダーシャツを脱いでいく、この少年は誰だ。

「そして同じくらい、悲鳴を聞いたよ。死体を見たよ、崩れていく文明を感じたよ」

「一歩踏み込めば助けられた命があった」

「もっと早く動けていれば流れない血があった」

「疑っていれば隣で笑い合うあの人を救えた」

「巻き込まれただけの命が燃え尽きる景色が頭から離れない 」

 畳み掛けるような吐露は、おれの身体に重く積み重なっていく。

 喉が渇く、舌が乾く、言葉が乾く。

「けど、よ。そもそも、ますたぁが居なけりゃ世界が終わってたんだ。だから、」

「だから僕が生きて他を犠牲にしてでも生きて、死んだあの人たちは特異点が直れば、記憶を引き継がず元通りに生活し出すから気にするなって? あの時場所で、例え歪められた歴史の中だったとしても、確かにあの人たちは生きていたのに? 苦しんでいたのに? 助けてって叫んでいたのに?」

「ますた」

「分かってるよ、分かってるんだよ! あの人たちは、特異点で見掛けた人達は、死んだ人達は、修復された特異点の、正史の世界に戻るだけなんだって! でも!!」

 パサリという酷く無機質な音に、いつの間にか自分の視界が下がっているのに気付かされる。

 床を見詰めていた瞳に、黒いインナーシャツが映り込む。

「忘れられないんだ。力無く僕の手を引く、小さな子供の手が」

 ――僕が寝ようとすると、小さい子が手を引っ張って起こすんだよ。

 ・・・・・・その子は、だれだ。

「抱き上げた人が、耳元で生きたいって、死にたくないって声が、なぜ君は生きていて、気持ちよく眠ろうとしているのかって」

 ――枕元で誰かが呟くんだよね〜。気持ちよく眠れてますか、良い夢を見れていますか、みたいな。

 ・・・・・・その人は、だれ。

「焼かれた街で、ついさっきまで仲良く語り合っていた人達が、真っ黒になって居るのが」

 ――夢の中で色んな人が出てきてずーーっとお話しなきゃなんだよ。

 ・・・・・・何を話して、何を聞かされているの。

「――ねえ、北斎」

 ビクリと、身体が震える。

 下がった頭が、鉛のように重い。

「描いてよ」

 視界の端から、傷跡だらけの手が、おれの顎に優しく添えられ、徐々に上を向けさせられる。

 サーヴァントである膂力を以てすれば、軽く振り払えるはずなのに、何も出来ない。

 視界の隅に映る令呪は、三角とも残っていた。

「ねえ、描いてよ、僕の身体」

 いつから、この男は僕と言い出したのだろう。この男の一人称は、俺ではなかったか。

 息が上手く吸えない、呼吸の仕方は、どうすればいいのだったか。

「何も着ていない、僕の、裸の僕を」

 視界が開かれていくにつれて、男の上半身が見えてくる。

 息を呑む。

 そこには、男の歩んできた道が刻まれていた。

 専門家ではないので分からないが、綺麗な筋肉の付き方ではない。必要に迫られて鍛えられた肉体である様に感じさせるその肢体には、大小様々な傷跡が見受けられ、この男の介入してきた世界が、どれほど過酷だったかが伝わってくる。

 特に、大火事にでも巻き込まれたかのような火傷跡と、それに追随するように肌が弾けてくっ付いた様なモノが強く印象付く。

 そして気付く。

(・・・・・・?)

 戦闘痕に紛れて見える、小さな傷跡。

 ミミズ腫れのようにうっすらと、しかしだからこそ浮き彫りに目立つ――爪痕だ。

 それも傷付ける為に、故意に力を掛けたようなものでは無い。誤って引っ掛けてしまったような、或いは、力無くずり落ちる手で掻かれたような

(離したくないのに、無理やり引き離された時に爪を引っ掛けてしまったような)

 そんな小さな傷跡が至る所に見える。

 服の上からこんな傷が着くわけが・・・・・・。

「レイシフトってね、身体を霊子化――つまりは精神を、魂を形にしている様なものでね」

 おれの顎に添えられた手を離し、ゆっくりと、撫でるように爪痕に指を這わす男。

「僕の記憶に、精神に特に印象付いたモノが、本当の肉体に表層化する可能性があるんだって」

「じゃ、じゃあ、その爪痕・・・・・・」

「うん、僕が助けられなかった人の、助けようと抱き締めて、でも命が消えてしまった人達の、証」

「あ――」

「ね、凄いでしょ。こんなに沢山の跡があるんだ、僕」

 酷く悲しげに――或いは苦しげに――顔を歪めて、こちらを見詰める、男・・・・・・カルデアの制服を脱ぎ捨てた、藤丸立香。

 その瞳は、背筋が凍るほどの熱を孕んでいた。

「沢山の人を殺して一つの世界を救った、えいゆうって奴を、裸の僕を、絵に残して欲しいんだ」

「明日が欲しいなんて当たり前のこと、僕以外の誰かだって望んでいたのに」

「未来のためにって、特異点に挑めるのは僕だけだからって、そんな与えられた理由を盾に、リセットされるからと逃げ道を作って目を背けた僕を、余さず描いてよ」

「ねえ――葛飾北斎」

「――っ」

 気が付けば、真新しい筆――確か、これはますたぁがお近づきの印にと渡してくれた物――を手に取り、適当な絵の具へ押し当てる。

 おれは、何を描こうとしている。

 分からない。分からないけれど、何か描ける気がする。

 とと様の描く絵に、近付ける何か。

 目の前の藤丸立香から目を逸らさずに、この手が導くまま、筆を振るう――

 

「みつけましたっ! ますたあぁぁぁ!」

「清姫さん! ここは北斎さんのお部屋で――先輩!?」

 

 突如、一切の躊躇をなしに開かれた扉から、白く美しい髪を慌ただしく靡かせて、お姫様が飛び込んできた。

「あれ、二人ともどうしたのさ、血相変えて?」

 と同時に、黒いちびタコ(とと様)が大吟醸を抱き締めながら、おれの傍にふよふよと駆け寄ってくる。

 今までの姿が夢であったかのように、目の前で佇んでいた藤丸立香は、いつもの柔らかな物腰と優しげな口調で突然の乱入者に応じている。

 ――いつの間にか着ていた黒いインナーシャツ姿で。

 そして、露出している腕には、薄く戦闘痕が見受けられこそすれ、爪痕のようなものは、一切見つからない。

「あら、あらあらあらあら? ますたあは、なにゆえ肌着姿で北斎様のお部屋に?」

「はっ、そそそうです先輩! なんでその、インナー姿で北斎さんと二人きりなのですかっ。詳しい説明を要求します!」

「おっとっと、待て二人とも、俺は無実だ。北斎ちゃんに俺の鋼の肉体美を絵にしてもらおうと頼んでただけだよ」

「むむむっ、清姫さん、判定は!」

「――嘘は付いていません。ふふふ、勿論わたくしは信じておりましたとも、ええ」

「と言うか、もしかして先輩、酔ってます?」

「酔ってないよー!」

「嘘です」

「もー! ドレイク船長に引っ張り回されてた時ですねー!」

「アッハッハッハッハッ」

「先輩! 未成年の飲酒は危険ですとナイチンゲールさんにあれ程注意されていたのに」

「HAHAHAHAHAHA」

「勝手にフラフラっと居なくなるし! もー!」

 ・・・・・・さっきまでの光景は、やはり夢だったのだろうか。うん、そう思おう。

 そうした方が良いと、とと様も言ってる気がする。

「あー、お前さんたち、痴話喧嘩なら他所でやってくれよ。こちとら漸く絵の構図が決まりそうなんだ」

「ちわっ」

「これは申し訳ありません、北斎さん。ほら、先輩行きましょう」

「ちわっ、ちわっ痴話喧嘩とは男女の色恋に関する喧嘩のこと・・・・・・つまり、わたくしとますたあは実質夫婦・・・・・・!! きゃー!」

 火照った頬を両手で包んで廊下の向こうへ消えていく清姫。

(いつもの事ながら、暴走してるねぇ)

「ちょっ、清姫さん、どこに!? 先に行きますね、先輩。絶対、絶対にキッチンに戻ってきてくださいよっ。北斎さん、失礼しました!」

 すったかたーと清姫を追って部屋を出ていくマシュ。

 あの子も大変そうだ。

「さて、俺も行くよ。ごめんね、長居しちゃって」

 と、床にポツンと脱ぎ捨てられていた白い上着――カルデア制服を軽快に羽織りながら、扉を越えて廊下へと足を掛ける。

「おう。呑みすぎんなよ、未成年」

「あっはっは! 悪い大人に呑まされちゃうかもだけど、気を付けるよ」

 楽しげに笑いながら、制服のファスナーを上げるますたぁを眺めながら、やっぱりアレは夢かタチの悪い悪戯だったのだと安堵する。

「じゃあ、またね北斎ちゃん。次に遊びに来た時は部屋の片付け、手伝ってあげるよ」

「んな世話いらねーよ。早く行っちまえ」

「あはは、ああそれと」

「ん、まだ何かあんのかい?」

 カチャカチャと留め具を弄る音がする。

 

「――僕の絵、描いてくれるの待ってるから」

 

 パチン、留め具が止まる音がするのと、部屋の扉が閉じたのは、ほとんど同時だった。

 





タイトルに偽りなし。

学校や仕事から帰った人達は、取り敢えず服を着替えますよね。
逆に出掛ける際も、服を着替えて、身嗜みを整えて「行ってきます」する訳です。

服、とりわけ制服って言うものは、意識を切り替えるスイッチのような物だと思いまして、本作を書き上げてみました。
ここまで読んでくださっている皆様はどうでしょう。
オンとオフの切り替えに、使っているモノがあるのではないでしょうか。

カルデアで「人理修復」という重い責任を背負いながら、だからこそ、何時でも特異点に向かえるように、カルデアから支給された魔術礼装を私服同然に着続けていた主人公くん。
オルガマリーとの、ロマンとの、マシュとの出会いに着ていたそれは、果たして単なる「装備品」としてカテゴライズされるのでしょうか。
スイッチ入りっぱなしだった主人公は、終局を突破して漸くオフになったスイッチで、カルデア制服=人理修復に挑む主人公を脱いだ、裸の自分=一般人の主人公に戻って、張り詰めた糸に乗っかっていた重すぎる事実に、苦しんだりしたんじゃないかな・・・・・・っていう妄想話。
お相手役に北斎ちゃんを選んだのは、参入時期と戦闘・・・・・・と言うか、凄惨な事案から遠い位置にいて、尚且つ「裸を見せる」という行為に違和感があまり無いキャラクターだったから。

好きなキャラクターだったから(重要)


いやあ、北斎ちゃんの喋り方が分からなすぎて、喋らせる度にキャラが遠のいていく蜃気楼現象がですね・・・・・・。
やはり力不足。精進せねば。

では、ここまでお読み頂き、ありがとうございました。












もっと楽しい話書きたい(小声)

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