Untold Myth   作:トラロック

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#1-22 片翼剣姫

 

 階層主の部屋から脱出したもののゴライアスの誕生を阻止しなければ下の階層に多大な迷惑がかかる。先ほどのドレッドノートによる攻撃でも殲滅までには至っていないのは確認した。

 避難所でアイズ・ヴァレンシュタインと向き合うリヴェリア・リヨス・アールヴは頭を痛めていた。

 壊れた部屋はいずれ修復される。それがどんな規模だろうと。しかし、終わりの見えない戦いは想定外だ。

 

「……崩壊が始まったようだな。部屋を壊し過ぎた」

 

 それ以前に部屋全体がひび割れていた。ポラン・ブーニディッカがやらなくてもいずれは崩落していた。だから、それを責める気は無い。

 大量発生したゴライアスの大部分は殲滅した。同程度現れると仮定しても今しばらくの猶予がある。ある筈だ。

 初めて見る技ではあったが制御まで想定されているとは思えない。モンスターの攻撃でもあるのだから。

 それよりも元々の肉体の持ち主の影響か、ポランは先ほどから呻いている。

 

(無数の咆哮(ハウル)を受けて半死半生といったところか。これでは今しばらく戦闘は無理そうだな)

 

 リヴェリアの目から見ても絶対安静が必要だと思った。

 先程回復薬(ポーション)を飲ませたのでアイズに彼女を木陰に休ませておけ、と命令する。

 今の段階で止めを刺すかは分からなかったが、様子を見る分にはアイズは戦闘を再開する気が無いようだった。

 

(……さて、問題は階層主の部屋だが……。どうしたものか)

 

 第一級冒険者はこの場にはリヴェリア一人。事態の鎮静化を図るならば助っ人が欲しくてたまらない。

 ――それにしても予想外の事態が起きるとは。いや、そういう光景を目撃したことは運がいいのか、と疑問に思う。

 王族(ハイエルフ)であるリヴェリアは杖を持ち、ゴライアスがどうなっているのか安全な位置を確認しつつ様子を見てみようと思った。

 歩いている途中から土煙が一八階層に流れ込む。本格的な崩落が始まったようだ。

 あまりに規模が大きいと笑うしかなくなる。

 

        

 

 何体か――何個かの肉の塊が転がり出たので魔法でいくつか焼いてみる。

 それぞれの強さに差異は無さそうだった。だが、それにしても見れば見るほど気持ち悪い姿だ。肉塊のゴライアスというものは、と。

 

「……ふむ。口を地面に着けたら……咆哮(ハウル)の反動で動くか……。それが無数にいればより動きが読みにくくなるな」

 

 ただ、倒せないわけではない。これで無敵ならもはや迷宮都市オラリオは終わりだ。

 それだけではなく地上世界も遠からず浸食する可能性がある。――無限に湧き続けたら、という話しだが。

 分析していたリヴェリアの下にこの階層で生活している冒険者が数人近寄ってきた。

 

「単体であればお前達でも対応できよう。今のうちに倒しておけ」

「おう」

「それより、こいつらはいつまで出てくるんだ?」

「それは私が知りたい。とにかく、駆除しない限り地上へは戻れん」

 

 冒険者は応援を呼んで転がり出てきた肉塊を討伐していく。

 肉塊を観察していたら、一つが反動でリヴェリアに向かって飛んできた。彼女は慌てずに手を添えるように当てて事なきを得る。これが近くに居る者であれば吹き飛ばされているところだ。

 レベル(シックス)の【ステイタス】であるリヴェリアは見た目からは想像できない程に『力』がある。

 

「……な、【九魔姫(ナイン・ヘル)】。武器を貸そうか? 魔法より負担が小さい気がするぞ」

「人を何だと思っている。……同族の前ではしたない戦い方が出来るか」

(そんなことを言っている場合かっ!)

 

 多くの冒険者は心の中で抗議した。

 涼しい顔の王族(ハイエルフ)はどんな状況でも高貴さを失わないよう――同族の前では野蛮な戦い方は控えていた。しかし、それはあくまで他の【ファミリア】の者が居る前でだけだ。

 【ロキ・ファミリア】だけならば多少の荒事も平然とこなす、可能性がある。

 だが、周りの抗議めいた視線を受けて、さすがのリヴェリアもばつが悪そうに適当な武器をよこせと命令した。すると森妖精(エルフ)の冒険者が恭しく様々な武器を持ち寄ってきた。

 王族(ハイエルフ)であるリヴェリアは殆どの森妖精(エルフ)の冒険者から慕われており、それは最強と名高い【フレイヤ・ファミリア】に所属する同族(エルフ)でさえも(こうべ)を垂れる。

 集まった武器を手に取り、一つずつ肉塊に突き刺していく。

 彼女はいとも簡単に(おこな)っているが一般の冒険者はゴライアスの強固な肉体に武器を突き刺すのに苦労する。

 『力』の差が圧倒的に違うために起きる現象である。

 

「……よくこの巨大な肉塊に突き刺せるもんだ。見た目は細い手をしているのに」

「これでも苦労しているぞ」

 

 そう言いながら涼しい顔で――握力を確かめるように――手を振る王族(ハイエルフ)。実際には僅かな疲労しか感じていない。

 少しよそ見をしたところにゴライアスの口が眼前に迫り、咆哮(ハウル)を喰らうも翡翠色の長い髪が激しく揺れただけでケガや武具がボロボロになったりはしなかった。だが、近くに居た冒険者の何人かは吹き飛ばされた。

 

「……確かにうるさいな。見ろ、折角整えた髪の毛が乱れてしまった」

(……そういう問題じゃねぇんだよ)

(第一級冒険者の身体はどうなってやがる!?)

 

 他の冒険者と()()()()触れ合っている様子を遠目から見ていたアイズはゴライアスに対してリヴェリアならば特に問題が無いと判断し、赤毛の少女ポランの様子を窺う。

 多少うなされているが疲労により、今は眠っている。

 

        

 

 肉塊ゴライアスの数は加速度的に増えているわけではないが気が付くと数十個になっている。あまりのんびりとしていると手に負えなくなるのは確かだ。

 倒しても倒してもまだまだ転がる出るモンスター。それも階層主というのは初めてではないかとベートは少しずつ疲れてきた。戦闘を再開したアイズも同様に。

 倒すのに時間がかかる事も疲労の原因の一つだ。

 だが、それらとは無縁の戦いを繰り広げているのが王族(ハイエルフ)であるリヴェリアだった。

 彼女にかかれば屈強な階層主も単なる厄介な肉団子だ。今もプスプスと武器を突き刺して簡単に倒す方法を模索していた。

 

「やはりひとまとめに魔法で燃やした方が……」

「それだと俺達も一緒に焼かれるんですがね」

 

 肉塊ゴライアスの発生以外で異常事態は起こらず、新しいモンスターの出現も無かった。

 それからしばらくはリヴェリア達に任せ、アイズはポランを持ち上げて場所を変える事にした。

 身体を洗う水辺があるところに。そこでなら誰にも邪魔されない。まして、女性陣が水浴びするところでもある。男性の多くは来ない筈だ。来たら撃退すればいい。

 そうして眠るポランの面倒を見ながら一時間が経つ。数が多い冒険者と狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガとリヴェリアが居れば()()()()が無い限り平和を保てるはずだとアイズは思った。

 痛みと疲労が蓄積していたのか、しばらく起きなかったポランが目覚めたのは辺りがすっかり暗くなる頃であった。

 この『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれる一八階層の天井には水晶が散りばめられている。それは地上の時間に合わせて輝きが変わる。当然のように夜間は辺りが真っ暗になる。――だが、ここは地下のダンジョンだ。太陽の光りも届かない深い場所である。

 

「……う」

 

 右目の黒さは変わらないが左目は元の碧玉を取り戻していた。

 ずっと黒い目が印象にあったので彼女の本来の瞳の色が意識から抜け落ちていた。しかも今は薄暗い。白か黒くらいしか今の時間帯では認識できないほど。

 

(……野営地に行った方がいいよね。モンスター化も解けているようだし)

 

 声掛けして現在地を認識させた後、アイズはポランを抱き上げる格好で運び込んだ。

 前もって自分達の寝床の用意はしていたが一八階層には宿もある。ただし、宿泊料は地上の何倍、何十倍も高い。

 【ロキ・ファミリア】のみならず、深層域で活動する冒険者はだいたい自前の野営地を設営する。資金に余裕がある者か特別な用事でもない限り宿泊施設を利用することは無い。

 まず他の冒険者に死者が居ない事を告げる。気絶している間によその冒険者を殺めていると知れば途方もなく落胆し、最悪その場で舌でも噛み切ってしまうかもしれない。ポランは基本的に大人しくて優しい女の子だ。アイズとは違い諍いを望まない平和主義なところがある。

 

「……外が騒がしいのは階層が崩落したから。今、みんなで対策を練っている」

「……うです……」

「……でも、休んでいる暇はない。……だけれど……」

 

 迷いつつアイズはポランを抱き起し、真面目な顔で――言葉が拙いながら()()()()を告げていく。

 あまりに端的な言葉で『ポランを殺す』になってしまった。すぐに言い直そうと必死に頭を働かせる。

 間違っているけれど表現としては合っていない。詳しく言いたいけれどうまく言葉が出せない。

 

(……ごめん。……戦うしか能がない【姫剣】で……)

 

 そんなアイズの苦悩をよそにポランは彼女の言いたいことは理解していた。

 目的は右目に寄生するドレッドノートの討伐。それこそが本来の目的だ。個人的にはポランを殺す理由は元より無い。いくら敵対【ファミリア】だとしても。

 そうでなければ気絶している間に殺している。

 アイズよりも頭が回るポランは大体の事を忖度(そんたく)する。それに――彼女自身も覚悟を持ってダンジョンに潜る事を決心した。

 

        

 

 どれくらい眠っていたかはポランには分からない。借りた剣も自分の武器も見当たらない。おそらく階層主の部屋に落としてきたのだと――

 そんな様子に気づいたアイズは新たな剣をポランに渡した。壊れる事を想定して何本も用意していた。もちろん、アイズが直接購入したものだ。

 休んでいる間も他の冒険者は湧き出る肉塊ゴライアスの討伐に奔走していた。

 アイズは目がモンスターに向いている間にポランに剣を握らせて野営地を出る。

 

「……これからポランに戦い方を教える。……それと同時に貴女と戦う。そのモンスターを殺すために」

「……い」

 

 自身の小剣『デスペレート』を構えた。その作法は我流である。

 お互い向かい合わせとなり、ポランに動きを真似るように指示する。

 鏡では無いので右手で武器を持った場合、相手は左手に持たないと分かりにくい。その齟齬をアイズなりに試行錯誤して解消する。

 

(横並びだと少し体勢が崩れる。やっぱり向かい合わせじゃないと)

 

 多少なりともポランの賢さに任せ、動きに集中する。

 剣と剣を合わせるようにアイズが先導し、数度の打ち合わせが奇妙な音楽のように響いていく。

 月の速度を上げていけばいくらポランとて追いつけなくなる。その手前まで誘導する。

 

「……貴女はもっと強くなるべき。……ここで失うのは勿体ない」

 

 将来の敵を作るかもしれない。けれども強い敵が居た方がアイズ自身の増強になる気がした。それに知りたかった事もある。

 モンスターを倒すごとに増える【ステイタス】の秘密などを。

 打算だと言われるかもしれないが、それを否定する気は無い。

 

「……出来るだけ私の動きを真似て。……よく見ることが……、大事、だよ」

「……は……」

 

 身体の動きを真似ても【ステイタス】の差は歴然。教えた程度で同レベルになることはない。

 だが――勤勉なポランであれば後々実力を付けて――

 夢を見ることは悪い事か、とアイズは様々な思いに駆られる。この行為も無駄だと言われれば否定しきれない。

 

(……これでいい。私は武器を振るうしか出来ない。……上段、中段、下段。これに体術も合わせる。……やはり彼女本来の『力』は私に当く及ばない)

 

 劇的な変化が無いのは自身に受ける感覚で理解する。

 剣を打ち合わせる速度を上げ、時には蹴りをお見舞いする。

 アイズにとっては鍛錬程度だがポランにとっては()()重労働だったようで見る見る汗まみれになっていく。

 れを毎日のように繰り返せば実力の上昇を体感する事が出来る。だが、僅かな時間では実感を伴うほどの成果はあげられない。それが一般的だ。

 

        

 

 周りが騒然としている最中、アイズとポランは暢気に剣の稽古を始めている事に異論が出ないわけではない。それらは保護者を自称するリヴェリアが周りを黙らせていた。

 どの道、アイズが参加しても肉塊ゴライアスの討伐はそれほど捗らない。これは手を負傷しているからだ。

 今の彼女は本来の力の一〇分の一も出せない。であれば無理に参加させるより()()を達成させた方がいい。ある程度の責任を負う事も辞さない、と王族(ハイエルフ)は決意を固めていた。

 数時間にわたる剣戟の末、疲労困憊でありながらポランはアイズの動きを必死に追った。

 合間に打ち据えられる声劇で口から血を垂らす程、内臓を痛めつけられていても――

 ただひたすらにアイズの教えを守り続けた。

 

「……【目覚めよ(テンペスト)。エアリエル】」

「……て、んぺ……」

 

 風の付与魔法(エンチャント)の余波で身体がよろめくも必死に体勢を維持しようとする。それを見たアイズは口元をほころばせる。

 身体に風をまとわせたアイズはそのまま鍛練を続行する。

 吹き荒れる風によって思うように身体が維持できないが、アイズはそれでも剣を構えるように言いつけた。

 体力の限界であろうと無駄な時間は無い。

 いや、これはアイズ自身の為だ。時間が無いも全て。

 

 今日を()ってポランを、ドレッドノートを殺すために。

 

 言わずとも剣を構え、同じ動きが取れるようになった後は実際に身体を突くように命令する。

 今のポランでは当てることは出来ても深く刺すのは難しいし、あっさりと刺し込むことを許さない。

 ――それでも軽く頬を切って血を出してしまうが軽傷の内は無視する。

 それを体感的に一時間、続けた。

 最後の仕上げとして互いの剣が届く位置に立ち、相手の隙を突くように剣で切ったり刺したりを繰り返す。アイズは手加減するがポランは本気で攻めように、と。

 離れた位置から見れば見合ったまま子供同士が剣で切り合う凄惨な現場に見える筈だ。

 アイズは自分の身をほぼ守らない。痛みを知り、逃げずに突き進むために。

 

(……不思議。……ポランは私の要望に応えてくれる。こんな斬り合いに……)

(………)

 

 ポランはただ無心で教えを守る。無駄な思考をしないせいで攻撃が時間を追うごとに洗練されていく。だが、それでもレベル差があるのでアイズを追い詰める事にはならない。

 胸の中心を突いた筈なのに硬い皮膚で弾かれるような、理解できない事態が起きる。

 斬撃も力を入れている筈なのに薄くしか切れない。

 同年代の女の子の筈なのに。

 あと安心したせいか、気が緩んだ為か――突き出した右腕の半ばまで刃を受けてしまった。それは今まで感じた事の無い重い斬撃だった。

 切断こそ免れたが思わずアイズは相手を凝視する。すると朦朧とした、目の焦点が合っていない顔のポランが血だらけのまま動いているのが分かった。

 急に自由が利かなくなった腕に驚きつつも蹴りにて距離を離す。それで鍛練を終わりにした。

 

(……怖い。この子は不意に想像を超える。……それが彼女の強みかもしれない)

 

 地面に転がり、激しく呼吸を繰り返すポランを眺めつつ回復薬(ポーション)で傷を塞ぐ。腕に問題が無い事を確かめた後はポランの全身に回復薬(ポーション)を振りかける。

 満身創痍のまま戦闘する気は無かった。

 

        

 

 鍛錬は終わった。これ以上は無粋――いや、もう満足しなければならない。

 ここより先は修羅に徹する。

 まずポランのケガをある程度直しておく。弱り切った相手を(なぶ)るのはアイズにとって気が引けたし、彼女に申し訳が立たない。これは友達というか仲間というか、言葉にするのが難しい感覚だった。

 

(……不意の攻撃……、当たり所が違っていれば私はここで死んでいた。彼女はそれが出来る冒険者だ)

 

 曲げ伸ばしをしながら右腕の調子を確かめる。

 傷が治ったポランに申し訳ない気持ちを抱きつつ立ってもらった。

 一定距離にお互いが経ち、もう一度鍛錬すると()をついて。

 一度背中を向け、そのまま回し蹴りを繰り出すアイズ。不意には不意で応える。

 レベル(スリー)の身体能力を()ってポランの意識を狩る。失敗しても成功するまで。

 今の彼女では駄目だ。だから、多少乱暴な方法を取る。

 ドレッドノートは報復するモンスターだ。それにかけて実行する。

 

「せぇい!」

 

 ロングブーツの一撃は武器を構えようとしたポランでは対処できなかった。ゆえに派手に吹き飛ばされて沈黙する。

 最悪、首の骨が折れてしまうかもしれないと思いつつ。

 彼女の『耐久』がもし減っていなければ即死は免れる筈だ。そこまで力は込めていない。だが、変な手加減ではただ痛みを与えただけで終わってしまう。

 しばらく反応が無かったポランがゆっくりと上体を起こした。

 

「……ウゥアァ……」

「武器を持って。構えて、モンスター」

 

 アイズの言葉に辺りを見回して武器を探す。剣を見つけて掴むと首を傾げた。

 ポランの意識は無事に飛んだ事に安心しつつ気を引き締める。ここからが本当の戦いだ。

 頭部を蹴りつけたので戦闘を拒否するかもしれないと思ったアイズはすぐに新たな回復薬(ポーション)を取り出し、ポランに振りかける。

 回復したかは確認せずにデスペレートでポランを打ち据えて攻撃を促す。

 威嚇したことに安心し、態勢を整える。

 

「……あなたはここで倒す。……鍛錬はポランの為、あなたの為じゃない」

「……イズ……。……グゥゥ」

 

 アイズが剣を手元に引き寄せ、天井に剣先を向ける構えになる。

 ポランは少しだけ逡巡したのち、アイズと同じ格好になる。

 意識はモンスターであるはずなのに先ほど教えた事を実践してくるところから、ドレッドノートは先ほどまで意識があった事になる。だが、それを確認するすべは無いので憶測にすぎない。

 ポランの意識を横取った結果かもしれない。

 

「……【目覚めよ(テンペスト)】」

「……テンペスト」

「……それでいい」

 

 身体に風の魔法をまとわせたアイズは一気呵成に攻め込んだ。

 掛け値なしの本気の突きを繰り出す。するとポランでは到底反応できない速度に対応してきた。それでその速度はモンスター由来だと判断する。

 ポランとドレッドノートは互いにある程度の能力を共有している、と予想する。実際にはモンスター側の一方的な搾取かもしれない。

 突きを剣の腹で受け流され、がら空きになっている腹に左の拳が撃ち込まれるも魔法の障壁に阻まれた。だが、僅かばかりの衝撃が伝わってきた。

 激痛ではないが僅かな嫌悪感があった。

 

(反応が早い!? やっぱりそんなに弱いわけじゃないんだ)

 

 身体を捻って繰り出した回し蹴りも、きちんと見てから避ける。

 先ほどまでレベル(ワン)の駆け出し冒険者だった存在が急激に強くなったとしか言いようがない。

 剣速も半分以上を見切られた。これは少し予想外だった。いや、ポランの姿だから無意識に手加減しているのかとさえ思ったほど。

 そんな筈は無い、とアイズは自分に言い聞かせる。

 それからはポランとの鍛練と違う戦いの筈なのに延長戦の様な有様となった。

 優位に立てた時と違い、今は同じレベルの冒険者が研鑽を積む状態に匹敵する。一進一退。互いに少しずつケガを増やす。

 アイズは既に手加減はしていない。本気である。それなのに圧倒的に優位性を確保できない。

 これではまるで――

 

 先の戦闘のよう。

 

 初めてドレッドノートと出くわした光景が脳裏によみがえる。そして、胸の内に高まるのは怒りだ。

 指を落とされた事に対する憎しみではない。単純なモンスターへの殺意だ。

 私怨をもって冒険者となったアイズ本来の黒い感情。それが剣を振る度に大きくなる。

 

(……殺す、殺す、殺してやる。避けるな、モンスターのクセに)

 

 少しずつ大振りになるもののすぐに修正して小技を絡める。だが、それでも早い段階からドレッドノートも学習して対処してくる。

 体術には体術で返す。

 頭に血が上っていたことに気づいたのは随分と後だ。その時にはお互い武具はボロボロ。全身は傷によって血だらけ。それでも致命傷というほどのケガは負っていない。

 ポランが構えればアイズも条件反射のように構える。

 

(……殆ど裸同然なのに全く怯まないなんて。まるで……女戦士(アマゾネス)みたい)

 

 そう評するアイズも裸同然になっていた。

 辺りが暗くなっているお陰もあるし、夜目に慣れている為、それほど戦闘に支障を感じない。

 普段は沈着冷静、または冷酷な殺戮人形と言われる程、アイズの表情は一定している。けれども実際はモンスターを前にすると怒りに染まる。特に強敵を前にした時は顕著な変化が見られる。――そして、それは今現在そうなっている。

 袖もブーツもボロボロ。それにも関わらず、剣を握って敵と相対している。対するポランは感情そのものが抜け落ちているのか、喜怒哀楽が感じられない。いや、多少は怒りを見せている。人間的な表現が難しいだけだ。

 暗い中で時折光るのは剣と剣がぶつかった証拠。激しい剣戟の音はリヴェラの街に置いてアイズ達だけのものとなっている。

 明るい内は仲睦まじい共だった。それが僅かな時間で殺し合う関係に発展している。

 

(……こちらの攻撃が通じにくい。……モンスターとしての意識があったせい?)

 

 自身のクセを読まれている気分に驚きつつ、納得する事もある。

 いくら鍛練したからといってすぐに身につくほど技術というのは容易くない。だが、充分な下地があれば可能となる事もある。

 ドレッドノートは元々学習能力が高く、戦闘技術も高い。だからこそ出来る芸当ともいえる。

 

(……そう、それでいい。手心を加えなくて済む)

 

 これが他の冒険者であれば窮地に陥って慌てるところ。しかし、アイズは元々の目的の一つに強敵の戦闘が含まれている。(むし)ろ歓迎する事態だ。

 大振りの攻撃に移ろうと腕を引いたところに袈裟懸けの斬撃が飛んできた。それを紙一重で避ける。ただでさえ辺りが暗いので長引けば不利になる。

 避けたつもりであったアイズは距離感が狂い始めていた事を悟りつつ自身の身体の状況に驚く。

 前面を薄く切り込まれ、一気に戦闘衣(バトル・クロス)内着(インナー)が垂れ下がる。いや、殆ど地面に落ちた。だが、相手も手負いだ。左胸に剣を突き刺せたものの逃げられてしまった。

 

(……お互い下の下着くらいしか無事なところが無い。勝負を付けたいけれど……、なかなか手強(てごわ)いな)

 

 怒りは疲労によって和らぎ、呼吸が荒いがまだ戦える。

 対するポランはモンスター化しているせいか余裕そうに見える。しかし、そんなことは無い筈だ。ケガの度合いはアイズ以上に酷い。

 内股から血が垂れているので血尿が出ている、ように見える。身体機能も無理矢理に高められている為か、異常に呼吸が荒い。

 放っておいても死にそうだが、それではモンスターを倒したことにならない。

 アイズは剣を構え直し、決死の攻撃に移る事にした。

 

(……戦いを終わらせる。この一撃をもってドレッドノートを殺し尽くす!)

 

 暗闇の中にあってアイズの金色の瞳が輝いた。

 全身から立ち上るのは闇と同化する憤怒のオーラ。普段、緑色に近い風属性のものとは(おもむき)が違う。

 

「……覚悟、して。……【起動(テンペスト)】……【復讐姫(アヴェンジャー)】」

 

 静かに唱えられるのはリヴェリアより使用を禁じられたアイズの隠された能力。

 不確かなオーラはよりはっきりとした負の色を強くする。

 ただひたすらにモンスターを殺す彼女の内面が現れたそれは純粋な殺意。

 十ニ、いや十三歳の少女が抱くにはあまりにも凶悪な想いである。

 

 だが――

 

 対する相手も只者ではない。低階層のモンスターですら恐れ戦くほどの強い力の威圧にも決して怯まない。それどころか挑発するように笑ってさえいないだろうか。

 強敵に相まみえた者が見せる狂喜。

 

(……それでいい。あなた(モンスター)はその顔がお似合い)

 

 ポランもまたアイズを(なら)って剣を構える。いや、掲げる。決戦が近い事を悟ったように。

 会話は今に至っては不用のもの。無粋な説得を試みる者も居ない。

 見た目は幼い両社だが共に冒険者であり、殺し殺される事を良しとする戦士である。いや、狂戦士(バーサーカー)

 

「……テンペスト……」

 

 生憎ポランは技の名前だけ。何の効力も発揮しない。元より彼女に特殊技術(スキル)は備わっていないのだから当たり前だ。

 先程見せた技は確かにドレッドノートの()()ではあるが――本質というものでもない。それにかのモンスター(ドレッドノート)の真の名は――

 

        

 

 スキルを発動させたアイズの金の瞳は憎悪に染められたように黒く変化する。

 内面から溢れ出る力を今は解放した。しかし、本格的に運用するのはほんの僅かだけ。長くは使えないし、自身の戦闘練度はまだまだ足りない。

 ――それでも一撃か二撃くらいは持つはずだ、と。

 

「……(ポラン)にはもっと強くなってほしい。それは間違いようのない私の気持ち……。それにはお前(ドレッドノート)が邪魔だっ! 暴れ吼えろ(ニゼル)】!

刻み殺せ(ガラ)

 

 アイズの威圧に対応する程の漆黒の波動が迎え撃つ。

 既に裸足となったアイズが脚力によって地面を抉り飛ばし、疾走する。対するポランは少しだけ身体を屈めた。

 人間からモンスターだった時のか前に似た前傾姿勢の必殺へ。

 【剣姫】と違ってポランは魔法もスキルも持っていない。モンスターであるドレッドノートは先の戦いで疲弊しきっていて満足な能力が発揮できない。

 しかし、この一撃だけは違った。

 無理矢理の行使によって背中が弾け飛び、鮮血が吹き出す。

 小手先の動きはお互い取らない。アイズの突進に対し、ポランは避けずに相対する。

 

「しっ!」

「サァ!」

 

 二人の少女の短い絶叫。そして、互いに地面を踏み抜くような強烈な一歩を――

 アイズが狙うのはポランの右目。ただその一点のみにデスペレートを突き出した。

 膨大な能力の反動で全身がねじ切れそうになり、あちこちから皮膚が裂けて鮮血が吹き出るも構わず前に進み続けた。

 単なる一突きに対しては過剰戦力ではあるのだが、それは【剣姫】としての矜持によるもの。

 自身が認める冒険者への敬意とも。

 誰よりも速い神速に至る突きは驚くほどあっさりと――何の抵抗もないほどに彼女(ポラン)の右目に深く刺さり、沈んでいく。

 勢いがついてそのまま頭部を貫通したがアイズの視界からは分かりにくい状況となった。だが、深く刺せたのは手応えからも間違いない。

 

(……これで……終わった、はず……)

 

 高速戦闘による思考の速度は早まっていたが、拍子抜けするほどあっさりと終わった気がして嫌な気持ちになる。

 つい数瞬前まであった負の感情はどこへ行ったのかと疑問を覚えるほど。

 だが――その慢心は油断を生む。相手から離れて確認し、それで動きが無ければ勝利である。そうでない場合は――

 アイズの突きを深く受けたポランが黙っているわけがない。彼女の意識外で動かされた腕の動きは【剣姫】並み。

 それもそのはず、本来ポランはレベル(ワン)の駆け出しだが、意識の無い間はレベル(スリー)に匹敵する【ステイタス】を持つモンスターだ。

 速度の乖離がアイズを惑わせる。

 ポランであれば出来ない動きであってもドレッドノートならば出来る。出来てしまう。

 ――とはいえ、殆ど()(たい)であるモンスターに出来るのは一度きりの攻撃くらい。その一度がアイズに戦慄を与える。

 迎え撃つ形でアイズの剣を受けたポランは腕を軽く振った。風切り音――それが戦闘後に彼女の耳に届いた。

 暴風に晒されている筈なのに、やけによく聞こえた耳慣れた音。いや、それは自分が良く知る斬撃のものではなかったか。

 

 相手が油断している時こそ最大に警戒しなければならない。

 

 勝ったと思ってはいけない。少なくともアイズは可能な限り警戒していた。それなのに――

 何故、ポランは動ける。そんな疑問が膨らんでいく。

 相手は既に()(たい)の筈だ。いや、そうじゃない。ポランは確かに行動不能だ。だが、モンスターは違っていた。

 宿主がどうなろうと関係なく、ドレッドノートは滅びる瞬間まで戦う意思を持っていた。そうでなければ納得できない。

 

        

 

 下から振り上げられるように剣を持つ腕が見えた。そして、反動がついたまま後方へ倒れ込んでいく。

 頭部に深くデスペレートを突き刺されたままのポランが。

 剣にはしっかりとアイズの手が握り込まれている。だが――当のアイズは不可思議な光景を目にしていた。

 戦闘が終わり、一息つこうとしたのか。それとも目の前の光景が信じられないのか。ただただ()()()()()()()()

 赤毛の女の子の頭部に突き刺され、顔の一部の皮膚やら筋肉などがめくれ上がる凄惨な光景と共に自分の意思とは関係なく――彼女と共に倒れ込もうとする己の腕を。

 それはもう自分の意志で戻ってこない。

 

「……ぎぃ! ……うぅあぁ!」

 

 激しい激痛は遅れてやってきた。

 通常の切り傷よりも痛く、甚大な喪失感が全身を駆け巡る。それはとても耐えられない嫌悪感の権化。

 一気に意識が遠のきそうになるほど気持ち悪くなった。

 指を落とされた時よりも甚大なケガなのは理解できる。だが、認めたくない。どうしてこんな事になったのか、と自問自答しつつ必死に痛みに耐える。

 止血をしようにも肩口から切断されたようで何処を押さえればいいのか分からない。

 大きな部位を失った事で重心が狂い、立っていられない。歯を食いしばり、痛みに懸命に耐えつつ倒れていくポランを見つめる。

 起死回生の一手を打つ様子は――見られない。だが、これだけの攻撃で本当にモンスターを倒しきれたのか、アイズは分からなかった。自信も今は無い。

 

(こ、殺した。ポランを殺した……。だけど、モンスターはどうなったの? 灰にならない?)

 

 肩口から血が溢れ出る。それを止める手段はもはやない。

 互いに全力を出し合った。その結果がどんなものであろうとも勝者となった者は立っていなければならない。

 過剰な失血により意識障害が始まる。それに懸命に耐えつつ震える脚に力を込めて。

 アイズは前に進んだ。

 それから先の事を【剣姫】はよく覚えていない。慌てたベート。怒りとも落胆とも知れぬ顔をするリヴェリア。

 血まみれのアイズを見て驚く他の冒険者。そして、死体同然となった赤毛の少女の――(アイズ)を失った右腕はデスペレートを強く握ったまま墓標のように――顔面に突き刺さっていた。

 

        

 

 湧き出るゴライアスがどうなったのか。ポランがどうなったのか。地上に運ばれるアイズ自身は思考を放棄した。

 敵に勝利したのに何か大きなものを失った気がした。それは腕なのか友達なのか、それとも好敵手だったのか。

 本拠(ホーム)に戻った後のことは記憶に無いが全身包帯まみれになった姿に気づいたのは何日も後になってから。

 切断された腕はしっかりと保存液に入れられて守られているという。対外的にも罰が必要だと団長のフィン・ディムナにより不自由な身体で過ごす事になった。

 ――これはギルドのみならず【ヘスティア・ファミリア】への謝罪が込められていた。

 かの神は怒鳴り込んでくることは無かったがアイズに少なからずの悪感情が芽生えてしまった。だが、客として来た場合は拒否はしないと涙ながらに言っていた。

 

「アイズ、聞こえているかい?」

「……はい」

 

 食事も喉を取らない日々が続いて傍目(はため)からもげっそりとしているアイズにフィンは優しく声をかけた。

 激闘の疲れとケガが大きかった事への弊害か、何日も寝込んでいたアイズはフィンの執務室にて少しずつ食事を食べる。今は食堂よりも少人数で話し合う場所の方が気が休まるのでは、と判断した。

 

「レベル(フォー)にランクアップ出来るそうだよ。僕は君を応援する立場だ。今回の戦いも色々と根回した僕にも少なからずの責任がある。だから、というわけじゃないけれど……。早く立ち直る事だ」

 

 それから、と言葉を続けたフィンは箱をアイズの前に置く。

 神ヘスティアが用意したアイズの好物だという。

 

「今はまだ怒っている、という事になっているから来店するのを躊躇(ためら)うんじゃないかってね。元気になってからでいいから礼を言っておくんだよ」

「……ヘスティア様はどうして……」

「さあね。確認したければ元気になって直接聞くといい。それよりも僕らはギルド受付に投げつけたヴァリスによる後始末の方が大変だったよ。後、矢鱈(やたら)と増殖したゴライアス……。あれ、かなり多くの冒険者に討伐してもらったから、もう大丈夫だ」

 

 アイズ達を地上に上げた後も数日は出て続けたらしい。最終的にどれくらい現れたのかはみんな疲れて数えるのを諦めた。近くに居たリヴェリアは元から数えていなかった。

 ――その説明で更に疲れる事になった、とか。

 

「………」

 

 様々な事後報告を受けたが一番聞きたかったことはただ一つ。

 ポランがどうなったか、だ。

 正直聞きたいとは思わない。けれども聞かなければならない。

 

(……ポランを殺した事に誰も怒ってない? そんな筈は……)

 

 敵対【ファミリア】との抗争において人死にが出るのは情報として知っている。闇組織も迷宮都市オラリオには存在する。

 だからといって殺人が合法であるわけではない。過度な殺戮行為は冒険者の資格を剥奪されるおそれがある。

 かの【フレイヤ・ファミリア】でさえ無闇な殺人は犯さない。

 

「……お姫様が知りたいのは……、やっぱり彼女(ポラン)の事かい?」

「……うん」

「そうか。……そうか。隠し事をするわけじゃないけれど……、君は自分が手にかけた眷族を心配するのかい?」

「……彼女自身に罪は無い。……罰は共に受ける……。私の目的はモンスターだけ」

 

 フィンは折角目覚めたアイズに嫌な気持ちを抱いてほしくない。けれども言わずにいることは出来ない。

 もし、聞きたくないと言ってくれれば――それがどれほど楽だったか、と。

 苦笑気味にアイズの顔をしばらく眺めた。

 

        

 

 ダンジョンから戻ってきたアイズのボロボロになった姿を見て、まず信じられなかった。そして、驚いた。

 どんな強敵と戦ったのか、思わず自身の得物である(フォルティア・スピア)を探した。

 沈着冷静で頭脳担当と言われている【勇者(ブレイバー)】がこの時はとても慌てた。

 

(年甲斐もなく『敵は何処だ!』と叫んだのは久しぶりだ。当分は話しの種にされそうだけれど……)

 

 利き腕を落とされた【剣姫】――

 冒険者が様々なケガをするのは珍しい事ではない。その中でも自身の強みを奪われる事は――確かに少ない。

 そんな偉業を成したのが(くだん)の冒険者ポランであり、怨敵ドレッドノートというモンスター。

 アイズの惨状に【ロキ・ファミリア】は騒然となった。それは間違いない。

 彼女を背負ってきたベートと地下に残っているリヴェリアは殆ど教えてくれなかった。今はだいぶ喋ってくれているけれど。

 

(……片腕を無くした【剣姫】か……。ランクアップで予想される新たな二つ名が【片翼剣姫】だとか。だが、アイズはおそらく享受しそうだ。それだけはロキに阻止してもらいたいな……)

 

 不慣れな左腕だけでの生活。指を無くした以上に困難が予想される。それなのに今のところアイズ自身から腕についての弱音は出ていない。

 腕よりもポランを気にしているような気配があった。

 彼女にとって掛買いの無い存在、というところまで来ていたのかもしれない。

 

「……あっ」

 

 ここにきてアイズは重大な事を思い出した。自身の腕よりも気になる事を。

 急に表情を青ざめさせるアイズにフィンは何事かと心配になった。

 

「……受けた依頼……忘れてきちゃった」

「……うん。それは、それで大変だね」

 

 詳しく聞けば素材採集の依頼だとか。それも最近懇意にするようになった【ミアハ・ファミリア】のもの。

 特別期限は設けられていないが長期療養が必要になったアイズの事を伝えなければならない。場合によれば他の眷族に依頼を託すことも出来る。

 団長としては今しばらくダンジョンに潜ってほしくない。ただ、依頼不履行にするより手柄を他の者に譲る形でいいかアイズに尋ねた。

 

「……フィンの言う通りにする」

「随分と素直になったね。……今は食事療法や再生について話し合った方がいい。……それにしても」

(しおらしくなった。激高も少し予想していたけれど……。とにかく、【剣姫】(お姫様)には今しばらく開店休業してもらわないと)

 

 話しを切り上げ、折角もらったジャガ丸くん抹茶クリーム味をフィン手ずから食べさせる。

 甘いもの以外も食べるように、と言い添えて。

 

        

 

 アイズ・ヴァレンシュタインとの凄絶な戦いを終えたポラン・ブーニディッカという赤毛の少女。健全で誰からも好かれ、誰からも拒否された元冒険者。

 【剣姫】を打倒した噂は瞬く間に広がり、駆け出しに倒せる筈のない凄腕冒険者を再起不能にした、などの流言飛語は日を経るごとに悪化していく。

 更に眉唾ではないのはアイズの変わり果てた姿が真実であった事を証明した。

 

(せっかくレベル4になったっていうのに)

(どうすれば【剣姫】をあそこまで追いつめられる? オッタルくらいしか浮かばないぞ)

 

 噂の下である【ヘスティア・ファミリア】の主神は黙して語らず。というより詳細についての情報をほとんど持っていないので答えられないだけ。

 神はダンジョンに潜ってはいけない規則(ルール)がある。状況説明は全て【ロキ・ファミリア】に聞くように、と押し寄せる質問者に言い放った。

 当事者の一人である狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガは近づく者達を威嚇して追い払う。それと答える気が全く無いし、アイズとポランの戦闘に関しては見物していないので詳細は知らない。

 彼自身は色々と知りたい欲求があったが戦いに水を差したくない気持ちを優先させて肉塊ゴライアスの討伐に勤しんだ。

 それから数日、数週間と時間が経ち、冒険者達が『豊穣の女主人』にて下火になりつつある噂についての考察を始めた。とはいえ、当事者が口を閉ざしているので推測しか出来ない。

 

「……しゃいま……」

 

 注文を貰いに小柄な店員がやってきた。歳のころは十二歳ほど。

 常連はしばらく休んでいた『ポーラ』という女性店員の変わり果てた姿に驚き、新規の客は違う意味で驚いた。

 他の店員は見目麗しい女性ばかりなのにポーラだけは包帯を顔中に撒いている有様。お盆を持つ手も何重にも撒かれた包帯で包まれている。

 他の店員にしごかれたのか、と危ぶむが主人である偉丈夫のドワーフ『ミア・グランド』は否定する。なにより彼女が最も可愛がっている店員だ。そんな不届き者は潰している、と豪語する。

 

「そ、そう……」

「いいから注文しな。あんたらが飲み食いに金を落とせばそれだけこの子の治療費の足しになるんだ。たくさん食べてたくさん稼ぎなよ」

「おう」

 

 ミアは新規の客に『彼女(ポーラ)はあまり重い物は運べない。時間はかかるがそれはご愛敬』と告げて料理を作り始める。

 ポーラという女性店員は左側が赤毛で右側が白い変わった頭髪になっていた。

 右目は眼帯で隠されているが見えている右の眉毛も白い。それと言葉が(つた)いのは喉が潰れている為だと他の店員が言った。

 元冒険者で死にかけるほどのケガを負った弊害で記憶喪失気味になっている。だから、どんな冒険者なのか本人は覚えていない。

 分かるのは『ポーラ・ニーカ』という名前だけ。

 

「どこの【ファミリア】かも分からない? 背中を見ればいいんじゃないのか?」

「……すみません。そういう個人的な質問は規則違反ですよ、お客様」

 

 流暢に喋るのは長く働いている店員の一人だ。

 彼女達や常連は知っていて黙っている。ポーラが何者かを。ただ、彼女(ポーラ)自身は本当に過去を思い出せない。分かるのは断片的な事だけ。

 腰に下げた小剣が誰に借り受けたのかは覚えている。しかし、それらを含めても朧気にしか思い出せない。

 

(…………普通に考えてポランというのが私の事なんだよね。……でも、知らない振りをしろって言われているし……。神様が来たら看破されると思うんだけど……、ミア母さんはどうするんだろう)

 

 言葉が(つたな)いお陰で説明する手間は省けている。けれども、ポーラ――ポラン・ブーニディッカ――は自分の状況をよく理解していた。とても記憶喪失とは思えないくらいに。だが、それでも思い出せない事はある。

 何の為に迷宮都市オラリオに来て()()()【ファミリア】に所属して()と戦いズタボロになって今に至るのかを。

 噂を集めていけば神ヘスティアに行くつく。しかし、そこに本当に所属していた、という実感がまるで無い。――だからこそ記憶喪失ということにしている。

 仮に記憶が戻った場合、様々なところで迷惑をかけている今、かの【ファミリア】に戻るのはとても危険だ。特に主神が危うい立場になる。それだけは避けなければならない、という強い想いがある。だから、今のまま(記憶喪失)でいい。

 もうポランは冒険者に未練は無かった。ここから新たな出発をすることが大切である、と今は思い前を向く。

 

 

 

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