転生したら天災(♂)だったし一夏は一夏ちゃんだしハーレムフルチャンやんけ!! 作:佐遊樹
全三話の超短期連載です、どうぞ。
00:Introduction
――篠ノ之束は天才である。
それは自他ともに認める事実だし、細胞単位でオーバースペックな彼女におよそできないことはない。
最大の功績として挙げられる『
で、第一の問題は俺がその天才になっているということ。
それだけじゃない。
第二の問題がここに提示される。
俺が前世と言うべきであろう記憶の中で読んでいたライトノベル――『IS-インフィニット・ストラトス-』の中では、篠ノ之束は確かに女性であったというのに。
何を隠そう、現在10歳児である俺こと篠ノ之束は、
01:
小学校に通う俺は、夏休みの宿題を初日に全て終わらせたのをいいことにリビングでごろごろしていた。
キッチンで母さんが夕飯の準備をしている音が聞こえる。確か今日はそうめんだったはずだ。父さんは道場に行っている。このご時世に剣術道場一本で食ってるのはすげえよ。素直に。いや母さんもパートしてるけどさ。
10年の間に、とりあえず身体のスペックは確認できた。何でもできる。いやホントに。
筋肉がどう動いているのか自分で分かる。人の目の動きから深層心理まですべて読み取れる。
一度目にしたものは二度と忘れない。咄嗟の反射行動スピードが常人の限界を超えている。
テレビでアスリートの動きを見れば、それを勝手に脳が分析し自分の身体に最適な動き方でトレースする。初めて見る論文の内容を理解できるだけでなく、要旨を抽出しかみ砕いて再構成することができる。
できないことはない。何もない。
こりゃ人生飽きて人格破綻者になるわけだよね。
しかし幸いなことに、今の篠ノ之束はその生来のスペックを維持しつつ俺という凡人の思考回路を有している。そのギャップによる弊害は現在まで感じられない。つまり人格者の天才が爆誕したわけだ。
――いわゆる『白い束』である! 無敵! ハイパームテキだよこれ!
生まれた時から自我があったわけじゃないが、幼稚園に入るころには既に俺という人格は成立していた。もう細かいことを考えたくはないので、篠ノ之束=俺である、と自分ではケリをつけている。なんだよ転生したから身体の元々の意識が云々~って、あほらし。俺は俺だ。もうどうにもできん。ここに存在する以上誰も俺の存在を否定することはできない。
ならば
幼稚園、小学校と順調に進んできたが、なんと箒は女の子である。ちょっと全キャラTSに対して身構えていたのでホッとした。乙女ゲー世界に転生とか男サイドだったら絶対嫌だよ。
今はまだ2歳だが、将来絶対美人になるだろうなって14年後を知らなくても断言できる。そう、何を隠そう俺は兄馬鹿だ。妹が可愛くて可愛くて仕方がない。
ただ心を鬼にせねばならない。彼女には既に、抜群の相手がいるのだ。
そう、織斑一夏。唐変木オブザ唐変木と名高いあの主人公野郎だが男としてみればハイスペだ。箒を安心して預けられる。そのためにも原作イベントをこなしつつ箒と仲を深めてほしいってお兄ちゃんは思うワケ。
つまり……黒幕ルートしかあるまい。
亡国機業もなんのその、俺という天災スペック+原作知識という最強の組み合わせの前にはひれ伏す。
自分で言うのもアレではあるんだが、黒幕としてあまりにも最適だと思うんだよね。
もちろんマイルドな束さんだからあんまりひどいことはしない。特に人命がかかっちゃうようなこと。臨海学校は二人で素直に楽しんでほしいと思います、まる。
「にしても、いつごろIS造ればいいんだっけか……」
何を隠そう、俺は今まで天災らしきことは何もできていない。
ちょっとしたスーパーウルトラハイスペック万能イケメン男子小学生として暮らしているだけで、両親とも仲は良いし積極的に箒の育児を手伝っているだけの、よくできた子供だ。
いやだって発明とか機材がないとできないっしょ。束博士(原作の篠ノ之束博士は敬意を払ってこう呼んでいる)って、小学生のころからバリバリ発明してたっけ? いやーそうだとしても14歳の時にIS造ってりゃいいんだから余裕余裕。
すべてが始まるのは俺が14歳、ISを公表し、織斑一夏とマイスウィートラブリーシスター篠ノ之箒ちゃんが出会う年だ。
「…………あれ?」
箒の寝息が聞こえるリビングでごろついていた俺は、ハッと身体を起した。
待て待て待て。14歳になってから、の前提として、確か一夏と千冬って……いや、おいおいおい! 今まで全然気づかなかった! 自分の身体に夢中になってたわ!
なんてこった、インフィニット・ストラトス・マイルドを実現するための最適解がこんなところにあったなんて。
「束、どうしたの? おなかすいた? もう少し待っててね~」
「……
「はい?」
俺はダッシュで部屋に戻って財布を引っ掴み、血相を変えている母さんに内心謝罪してから家を飛び出た。
そう! よく考えたらもう織斑姉弟確保していいよね!
02:
究極の人間とは人によって異なる概念だろう。
頭の良さ? 身体能力? 外見? 再生速度?
まあ各々の究極点は分かるが、それをまるっと全部実現しちまおうぜ、という狂った計画がある。
インフィニット・ストラトス12巻で明かされたことだが、
読んでて「うーん、知ってた!」以外の感想は出てこなかったよ。みんな予想してたわ。
何にせよ、そもそもこの計画がないと箒ちゃんの運命の相手が現れないので、計画自体を事前に潰しちまおうぜ! とは思わなかった。
適当なタイミングで接触して「ほらほら俺という究極体がいるから無駄だぜー? でもその子たちはくれよな」みたいなことすりゃいいだろと思っていたが――
――適当なタイミングていつだよ?
今でしょ!
というわけで織斑計画の研究所前に着きました。気分としてはローカル番組にあるジャンプしたら場所が変わって着地するあれと同じだ。ちなみに移動は貯めてた小遣い全部使って公共交通機関を使った。
関東圏で良かったよ本当に。……いや、これでいいのかよ織斑計画。めっちゃ近いやんけ。
「明日やろうは馬鹿野郎、ってな」
ちなみにここを探り当てるまで半日かかかっていない。
スマホから日本国内の建造物を片っ端からハッキングし、建物内部のサーバーに蓄積されたデータをものの数時間で掌握し、該当する場所を発見した。天災スペックにできないことはないのだ。
日は暮れてしまったが、どうにもでなるだろ。親を心配させるつもりはない。
というわけでやっていきましょう、いざ!
たのもーっ!!
03:
はい、交渉成立しました。
10歳のちーちゃんと、2歳の一夏、マドカを確保。完璧すぎるな。
俺がやったことは実に単純で、まず俺という究極の人類を証明した。そもそもこの研究所を突き止めた時点で只者じゃないと分かっていたのか、素直に信じてくれてよかった。もちろん色々実験された末の結論だ。あんまり遅くならなくてよかったよ。
門番から銃を奪い取って内部に押し入った甲斐があったよ――あ、軍人の動きなんて完璧に先読みできるし、腕力のない身体で相手をブチのめす戦い方は親父からコピってるし、何より俺の速さなら撃たれてからでも避けられるので武力制圧しに来た部隊は制圧し返しました。さっすが
まあ交渉に関しては割と綱渡りだったので若干緊張したけど、うまくいったので良しとする。
そも、原作で束博士という人工物の限界を上回る自然の産物が発見されたということが織斑計画を凍結する要因となっていたわけだが、これやっぱおかしいよな?
問題は『
俺からの提案は、織斑計画の産物と俺を共に住まわせることで経過観察しろよベイベー、というものだった。実際成長の度合いによっては、途中で俺が追い抜かれることもあるかもしれないし。
そんなことありえねえって知ってんだけどな!
身柄の安全を確保して一定期間の成長を挟んだらちーちゃんと一緒にこの研究所をブッ潰しに来てやんよぉ!!
とりあえず生活費とかを振り込んでもらうこと、一定期間の経過観察を終えるまでは新規ロットを製造しないこと、これを約束として取り付けた。最低系あるあるムーブすぎて頭がおかしくなりそうだ。
当然俺を解剖したいみたいな意見(ニュアンス)もあったが、笑顔で銃口を向けて黙らせた。いや無理だわ。キモい。無理。
研究所の車で家の近くまで送ってもらってから、俺と千冬は
絶対父さん母さんめっちゃ怒ってる……怖い……
「……篠ノ之、くん」
「あ、束でいいぜちーちゃん」
ち、ちーちゃん? と千冬が眉を寄せた。その腕に抱えているのは愛しいきょうだいだ。
俺も背中に、ぐっすりと寝ているマドカを背負っている。
「これから一つ屋根の下で暮らすんだからさ、よろしく頼むぜちーちゃん」
「……どうして、助けてくれたんだ」
む、と思う。助けるという表現が出てきた。
これやっぱ研究所での待遇あんまよくなかったよな。そもそもが究極の人類の母体として造られたわけで、ぶっちゃけ人権のないマシーンって感じだし。やっぱあの研究所は即に潰しておこうかなあ。でも金くれるのはでかいし……うん……俺が発明でちゃんと稼げるようになったら即座に潰す方針でいこう。
思考に浸っている俺を、千冬が不安そうに見ている。
あーいかん答えてない。もしかして新しい研究所の人か何かだと勘違いされてる? 勘弁しろよ。
「それはだな……」
「それは……?」
「…………えっと」
原作再現して妹に彼氏作るためです――言えるかボケ!
「研究所に行ったのは俺の存在を教えてあげたほうがいいと思ったからだ。普通に時間と金の無駄だし、これからどんどん生み出される生命がかわいそうだ」
口に出してから、とても傲慢な考えだと気づいた。
頭をかく。特に千冬は機嫌を損ねてはいないが、俺にとっては最悪な言葉だった。天災かつ原作知識を持っているとさも神のような視点で見てしまうが――そんなことはない。俺は確かにできないことはおよそないが、地球の裏側の人が今何を考えているのかは分からない。それができてこそ神様なんだろうよ。
大体これ君らを助けた理由になってないですもんね。はい。ちゃんと答えます。
「あとは、ちーちゃんに一目ぼれしたから、とか?」
「…………は?」
オリ主ムーブすればころっといくかなと思ったら、とんでもなく冷たい声が返ってきた。
「冗談。冗談だよ」
手を振って誤魔化す。
「結局、教えてくれないというわけか」
「少なくともちーちゃんたちを害するためじゃない……予定が狂った節はあるけどさ」
そう付け加えてから、俺は千冬が腕に抱える、彼女の『きょうだい』を――
――
TS一夏ちゃんやんけ。
箒ちゃんの彼氏、なし!w
うせやろ? 将来予定、もとい家族計画が一瞬でパァになったんだけど。
成功試作体見せられて絶叫しそうになったわ。XY染色体は安定しなくて一度も成功しなかったらしい。そこで千冬量産計画が発動し、マドカと一夏が生まれた。なので今俺が背負っているマドカ、全然計画外じゃない。まっとうな成功量産型だ。
というわけで家に女子が三人増える。二人は幼児だ。
父さん母さんには迷惑をかけるが、もう俺は育児テクってるし(目にもとまらぬ速さでおむつを替えられる)、金も振り込まれるし、頑張って説得しよう!
「あ、ちーちゃんってそうめん好き?」
「きゅ、急に何だ」
「今晩はそうめんだからさ」
そうめんを増やしてもらおうと、背中のマドカが揺れないよう気を遣いつつスマホを取り出した。
父さんと母さんから着信が鬼のように来ていた。ごめんなさい。
04:
土下座しまくってなんとか、三人は家族の仲間入りを果たした。
養子にしようかとも父さんは言ってくれたが、俺が将来は別の家族にしようと提案をゴリ押しした。これにはちゃんと訳があるから後で説明する。
織斑家構成。
長女、織斑千冬。
次女、織斑一夏。
三女、織斑
マドカの漢字考えるのめっちゃ苦労したわ~。いや円夏ってなんやねん。おらんわそんなやつ。でもカタカナだと絶対いじめられると思って苦心の末に決定した。
なんやかんやで、父さんも母さんも喜んでいるような気がする。最初は意味不明過ぎて俺を怒ることすらできない状態だったが、あれから半月経って、二人はすっかり親馬鹿を発揮していた。
散歩に連れ出したり転入する学校ノリノリで決めたり(俺と同じとこに落ち着いた)、ランドセルのカタログを見てああでもないこうでもないと唸ったり。
俺の時もこんなんでしたね。ほんとこれから離散させるの申し訳ねえな。まあ黒幕だし、多少はね?
「……私たちなんかが、こんなに幸せでいいんだろうか」
自室で俺がくつろいでいると、神妙な表情でドアを開けたちーちゃんが、床に座ってからそう言った。
幸福だったことなんてないと、突然のハッピーに対応できなかったりするんだろうか。まあどうでもいい。
その時、俺は普通にキレていた。
「うるせえ! 俺が幸せにするから黙って幸せになってろ!」
「……束、おまえは本当に、何なんだ?」
「天災だよ天災! 俺、天災なんだから、三人分の幸せを創り出すなんてちょちょいのちょいだっつーの!」
回答に呆れたように笑って、ちーちゃんは――ほろりと、涙を流した。
天才なので心理が読める。読めてしまう。これはうれし泣きだ。
「……すまない、おい、見るな」
「幸福も不幸も分かち合っていけば、それだけで人生は満ち足りるもんだよ。だから一緒に幸せになろうぜ、ちーちゃん」
大体考え直したらあの研究所クソムカつく。
人の生命勝手に作って成功だの失敗だの、何してやがんだ。ちーちゃんが試作体ナンバー1000だから、999の生命が踏みつぶされてる。やっぱ許せねえよユグドラシル!
「おねーちゃん?」
ひょっこりと、一夏が、俺の部屋に顔を見せた。後ろにはマドカもいる。二人とも最近は走りっぱなしだ。
「いーちゃんにまーちゃんか」
束博士に肖って、こんな呼び方にしてみたがどうでしょう。
まーちゃん呼びは恒常星5殺みたいでちょっと楽しい。
「おねーちゃん、いたいの?」
「ち、違うんだ、いちか。私は……」
「よっしゃ! じゃあ二人でさ、ちーちゃんをぎゅーってしてやれよ!」
笑顔でそう言うと、ちーちゃんがはぁ!? と声を上げた。
ハリーハリー! と手で示せば、いーちゃんもまーちゃんもとてとてと歩いてきて、左右からちーちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「あ、あのなあ、おまえ……」
「温かいのは幸せってことだよ。生きてるってことだから」
俺はそんな三人を、観念したちーちゃんが二人の頭をなで、そして二人の妹が気持ちよさそうに目を細めるのを眺めていた。
――――はい、これハーレム狙えますね。
将来全員美人になる。一夏ちゃんが美少女だってハーメルンのみんなが証明してくれてるし、千冬とマドカは言わずもがな。
きた。完全に時代が来てる。内心で拳を天高く突き上げた。
世界は今、俺を中心にして回っていた。転生ありがとう! 最高です! 美少女三人に囲まれ、さらには妹も美人! 何だこれすげえなオイ!
そのために養子縁組を却下したのだ。正直最後の方はマジで気迫だけで押し切った。
つまりあとは、原作を再現するだけだ。
ISを発明し発表する。白騎士事件を穏便に起こす。IS学園ができるぐらいの影響力を、ISに付与する。そうして物語が始まっていく。
あー女性にしか使えないんだっけ。あれ、俺使えねえ! 今更気づいたわ!
まあ原作だと一夏にだけ使えるようにしてたのは束博士っぽいし、その辺はちょちょいのちょいで俺にも使えるだろ。
学園に入るころには三人とも俺にべったりの状態にしてやるぜゲヘヘ……!
やましい内心をおくびにも出さず、俺はちらりと壁を見た。
俺の部屋の、勉強机に向かったらちょうど正面に見える一枚の画用紙。
幼稚園の頃、おぼろげになりつつある記憶を必死につなぎ合わせて描いた原初のIS『白騎士』。
まだそのころは絵画の技術を模倣してなかったので、幼稚園児らしいきたなくも想像力豊かなイラストだ。クレヨンなので細部の線も書き込めていない。悲しいぐらいにシルエットしか分からないが、これはこれで味があるってもんだろ。
そう、あとはISを開発するだけだ。
04:
あとはISを造るだけ。
04:
ISを造ればいい。そうなんだけど。
0■:
序:天災の条件
織斑千冬は誰もが認める美少女である。
このたび地元の公立中学校に入学し、初日からほぼ全校生徒の話題をかっさらったクールビューティーだ。
入学初日で剣道部に入部し、見学の一環として行われた部員との試合で全員を叩き伏せた、という伝説まで作った。
しかし彼女は入部しつつも、その練習には不定期の参加となっている。それは顧問の教師も認めたことだ。
単純な話。
織斑千冬は、家庭のためにアルバイトをしなければならない。
現在住んでいる一軒家には、大人二名、子供が五名暮らしている。そこに至るまでの過程は複雑だが、少なくとも千冬にとって大人二名は、両親だった。
来年度には小学校への入学を控えた子供が三人いる。
金が足りない――自分の家族が健やかに暮らしていくためには、絶対的に金が必要だった。
道場のみでは足りない。父親は道場経営を委託し、派遣社員となった。母親は毎日パートタイム労働に行っている。千冬もまた、新聞配りなどで生計の足しになればと日銭を稼いでいた。
両親は、千冬がわずかな賃金を持って帰るたびに泣きそうな顔をした。それを拒めない、そんなことはしなくていいと言えない自分たちのみじめさを痛感していた。
剣道部顧問は、『織斑がいい家に生まれていれば』とこぼした。千冬は頭の中の一部が白熱するのを感じた。めまいがするほどの怒りだった。震える拳をスカートのポケットに突っ込み、必死にこらえた。
自分が転がり込まなければ。あの日、彼の申し出を断っていれば。
誰もが不幸にならずに済んだ。疫病神は自分自身だ。
制服に着替え、家路を歩きながらずっとそう考え込んでいた。
一夏とマドカと箒は幼稚園に通えていない。集団行動の基本を覚えずに小学校へ入ることになる。三人とも、既に自分たちの環境が他の人と違うことを察しつつある。家の中ではずっと黙ったまま、時折三人で、幼児教育雑誌をめくっている。何度も読み込んでいる。同じ本。新しいものを買うこともできていない。同じ本を読み、ページが擦り切れる程に熟読している。
千冬は一度、彼女たちが熱心に見ていたページを、確認してみた。
特集は『親子で行きたい自然のスポット』――雑誌を握る手が震え、しゃくりあげ、気づけば涙を紙面にこぼしていた。行く余裕はとてもじゃないがない。
鍵を取り出し、ドアを開けた。この家のローンもあった。考えれば考えるほどに、打開策はなかった。父親の飲酒の量が増えていることに、薄々気づいていた。家に人気はなかった。住んでいる人間自体が、段々と薄っぺらくなっている。日が暮れたら、生気のない父母が帰って来る。
千冬はキッチンに上がって、鍋に作りだめしているカレーを確認してから、リビングに出た。床で一夏とマドカと箒が寝ている。何もすることがないから寝てしまった。三人に擦り切れた毛布をかけた。一夏の足がはみ出ている。それをどうにもできない自分が歯がゆくて、千冬は逃げるように階段を上がった。
一階にはリビングと両親の寝室。
二階に並ぶ部屋は、一夏とマドカと箒の部屋と、千冬の部屋と、そしてもう一つ。
最後の部屋は物置だった。人が住む部屋ではなかった。わずかに二畳しかないスペースに彼は住んで、学校にも行かず引きこもっている。本来は今日、彼も千冬と共に中学校へ行く予定だった。彼が部屋から出てこないことを両親も千冬も予期していて、それを受け入れた。
知らず知らずのうちに、千冬はそっと足音を殺して、その部屋に近づいていた。
中にいるのは人生の恩人にして、篠ノ之家がこうなってしまった、ある種の元凶。だが、家族の中で最も収入を得ているのも彼だった――それは開発した機材の権利から得られる、まとまった収入。それでも足りなかった。
「クソッ、クソッ、なんでだよ」
薄いドア越しに聞こえる呻くような声――千冬は自分の口を手で覆った。視界がにじむ。呼吸が荒くなり、廊下に座り込んだ。
「こんな、
彼がかつて暮らしていた部屋は、今は千冬の部屋だった。壁に置き去りにされた画用紙を、千冬はまだ剥がせずにいる。
「俺は天才、天才のはずだ。なんで分からない、なんで造れないんだよ、なんでっ」
追いかけ続けている夢はあまりにも遠い。それこそ、無限に手を伸ばしても届かない成層圏の彼方にあるような夢。
「
千冬は天井を見上げた――かつて手にした気がしていた幸福は、いつの間にか消え去っていた。
単純な話。
彼は天才だったが、天災ではなかった。
既存の知識を吸収して応用することを可能にする頭脳。
それは生まれ持ったスペックである。
では、
ここに――天才と天災の差が存在した。
篠ノ之束のスペックを彼は持っている。
篠ノ之束の思考回路を彼は持っていない。
故に、彼女に造れたものが彼には造れないことが発生し得る。
篠ノ之束は――天災の条件をクリアできなかった。
マジでマジの貧困家庭ではないですが子供五人はいやーきついっす
ネタバレ
(頭の中が真っ)白い束
(設定したハードルに対する当人の能力が)最低系主人公