動画配信で食べていく   作:キ鈴

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配信者と農娘とスカウトマン

 ギンギラギンと輝く太陽が地上に住む生物達に夏の恵みを与える8月の午後、とあるアパートの一室に一人、汗を滝のように流す青年がいた。

 

 青年の部屋にはエアコンが設置されていないにもかかわらず全ての窓が締切らており、ジメジメとサウナのような状態となっていた。少しでも暑さを和らげようと冷凍庫から取り出した氷は既にコップの中でぬるま湯になっている。

 

 そんな現代人が住むとは思えない環境で青年は一人ノートパソコンの前に座っていた。

 

 パソコンの画面には【雑談枠】と大きく書かれた文字を背景にいくつもの文字列が左から右へと流れていた。青年はその文字を読み、机の上にセットされたマイクに向かって語りかける。

 

 彼の名前は倉敷良(くらしきりょう)、動画配信で生計をたてている22歳の青年だ。現在この猛暑の中窓を締切り、一人マイクに向かって喋りかけているのはそんな彼の職業故だった。

 

『おい、明日PUGGの公式生放送に出るってまじか?』

 

 絶え間なく流れる文字列の中、一つのコメントが倉敷の目にとまった。

 

「お、耳が早いな。ちょうどその話をしようと───げっ……」

 

 待ってましたとばかりにそのコメントについて掘り下げようとした彼の目に新たに投下されたコメントが映った。その文字列に彼はあからさまに辟易とした声をだす。

 

『桃太郎は婚約者と農場を捨てたクズ 桃太郎は婚約者と農場を捨てたクズ 桃太郎は婚約者と農場を捨てたクズ』

 

 そんなコメントが大きな赤文字で他のコメントを押しつぶす勢いで連投されたのだ。【桃太郎】というのは彼のHN(ハンドルネーム)だ。

 

 この婚約者がうんたらかんたらというコメントは所謂(いわゆる)【荒らし】と呼ばれる行為で彼の放送に度々姿を現していた。

 

 通常なら荒らしは配信者はもちろん他の視聴者達にも嫌悪される存在なのだが…

 

『老倉ちゃんきたあああああ!』『神回確定』『これまじ?桃太郎最低だな』『老倉回待ってました』

 

 といった具合に荒らしの出現を歓迎するコメントが多数見受けられた。むしろ配信者側が野次られている。

 

「お前ら俺の視聴者なら俺の味方しろや!荒らしのコメントなんざ信じるな!」

 

『でも婚約者捨てたんでしょ?』

 

「捨ててねぇって言ってんだろ!そもそも老倉は婚約者でも何でもねぇ!!」

 

 倉敷は感情的になりながら視聴者達に弁明する。だがこの弁明に意味がないことを倉敷は頭では理解していた、視聴者は常に面白そうな方に味方するからだ。ぶっちゃけ真実なんてどうでもいいのだ。

 

『老倉ちゃん、この配信者こんなこと言ってるよ』

 

 視聴者の一人が老倉と呼ばれる荒らしにコメントを送った。するとしばらく間を置いて

 

『ひどいです…(泣)』

 

『やっぱサイテーだな桃太郎』『女を捨てたクズ』『老倉ちゃんの元に帰れ』『牧場に帰れ』

 

「何も知らんのに勝手なことばっかいいやがって・・・。お前ら分かってんのか!?俺が農場に帰ったらもう俺の動画は見られないんだぞ!それでいいのか!?」

 

『は?いいわけねーだろ』『牛育てながら配信しろ』『毎秒動画投稿しろ』『農業配信しろ』

 

「てめーらぁ……」

 

 倉敷は顳かみをヒクヒクと痙攣させる。視聴者とは勝手な生き物なのだ。

 

「あーーー、もうヤーメタ!!今日はおしまい!また次回よろしくお願いします!」

 

『おい逃げんな』『老倉ちゃん幸せにしろ』『責任とれ』『24時間配信しろ』

 

 彼が終了を宣言すると彼を非難する大量のコメントが画面を埋め尽くした。だが倉敷はそんなもの意にも介さず配信終了ボタンをクリックする。

 

「15時過ぎか……そろそろ飯くって出ねえと」

 

 配信(しごと)を終えた彼はぐう~と悲鳴を上げるお腹をさすりながら台所に移動し冷蔵庫を開ける。だが中にあるのは麦茶だけで腹の足しになりそうなものは何もない。数時間前にも確認していたがあの時のは見間違いだったのではないかという彼の希望は打ち砕かれ、また腹の虫がぐう~と鳴った。

 

 ならばと財布の中身を確認するが入っているのは数枚のアルミ硬貨だけだった。

 

「ひもじい……お腹すいた……」

 

 彼が元々勤めていた職場『老倉Farm』から脱走し動画配信者となって1年が経過していた。この1年、自堕落な彼にしては珍しく本気で動画配信者としての活動を続けていた……が彼の生活が豊かになる兆しはない、エアコンどころか満足に食事もできないほどに。

 

「こんなはずじゃなかったんだ……本当なら企業案件とか沢山こなしてがっぽがっぽお金を稼いでいるはずだったのに……」

 

 動画配信者の収入源は主に3つに分けられる。

 

①広告収入

 配信者は投稿した動画に企業等の作成したCMを埋め込むことができ、動画が再生されるたびに広告料を収益として得ることができる。広告料は1再生=約0.1円となっている。基本的に上限はない。

 

②企業とのタイアップ

 企業から依頼された商品を動画内で宣伝し報酬を得る、所謂ステルスマーケティングと呼ばれる仕事だ。

 報酬額は内容、配信者の知名度によってまちまちだが1再生=10円等、①と比較するとかなりの額が見込める。だがタイアップ動画には①の広告を付けられない、また報酬額には上限がある等のデメリットがある。

 

③他の番組への出演

 依頼を受け企業等、他の番組に出演し報酬をもらう仕事。②と異なるのはステルスではなく公式的に企業番組に出演することになり自身の知名度UPにつながる。ただし、自身のコミュニティ外での仕事となるため配信者としての真に実力が試される。

 

 基本的に動画配信者達はこの3つの仕事を同時にこなすことで生計を立てている……が、現在の倉敷の収入源は①の広告収入のみとなっていた。

 

「老倉が全部悪い、あいつの妨害さえなければこんなひもじい思いしなくて済むんだ」

 

 冷蔵庫の扉を勢い良く閉め忌々しげにつぶやく。

 

 原因は先ほどの生配信で現れた荒らしにあった。正体は既に判明しており名を老倉やかげという。老倉は倉敷が元々勤めていた農場の一人娘で脱走した彼を何とか連れ戻そうと倉敷の活動の妨害をしていた。『荒らし』もその妨害活動の一つだ。

 

 半年以上前、彼の元に1通のメールが届いた。内容を要約すると以下のようなものだった。

 

『桃太郎様に弊社のソーシャルゲームの紹介をお願いしたくメッセージを送らせていただきました。ついては打ち合わせの為に一度お会いできないでしょうか?』

 

 怪しいことこの上ないメッセージだったが当時の倉敷は小踊りして喜んだ。仕事の依頼が来るということは配信者としてそれなりに名が売れた証明だったからだ。当然OKの返事をした。

 

 待ち合わせ当日、生活が苦しいにもかかわらず購入したスーツに身を包み倉敷はウキウキしながら待ち合わせ場所に向かった。

 

 だが待ち合わせの犬の銅像の前に立つ女性をみて倉敷は固まった。女性は倉敷の存在に気づくとサイドポニーにまとめた髪を揺らしながら彼の方に体を向けこう言った。

 

 

『もう逃がしませんよ、せ ん ぱ い』

 

 

 女性は倉敷の良く知る人物、老倉だった。

 

 倉敷は走った。幼い頃から農場で動物と共に走り回っていた老倉からは逃げられないと理解しつつも走った。捕まれば農場に連れ戻されもう抜け出すことはできないだろう、そんなのは絶対に嫌だったのだ。

 

 直ぐ後ろでガッガッガッとその細い脚の何処にそんな筋力があるのか、力強くアスファルトを蹴る音が聞こえた。

 

          ・

          ・

          ・

 

 どれくらい走ったのか今自分が何処にいるのかも分からなくなったところで彼の足は限界を迎えて倒れた。彼は観念した。

 

「違うんだ、ちょっと一人暮らしってのを経験したかっただけなんだ。やっぱ男なら一度は憧れるだろ?決してお前から逃げたとかそういうわけじゃないんだよ」

 

 疲れ果て仰向けに倒れたまま彼はそうまくし立てた。どうせ捕まるなら老倉の怒りを少しでも鎮めようとしたのだ。

 

『……?』

 

 だが老倉からの返答も襟首を掴まれ引きずられる感覚もない。不思議に思った彼は体を起こし辺りを見渡す。周囲に鬼の姿はなかった。

 

『逃げ切った…?』

 

 本来なら彼が老倉から逃げ切ることはできない。だが老倉にとっては場所が悪かった。田舎育ちの彼女は人通りが多く、信号の多すぎる渋谷の街で身動きがとれずにいたのだ。おかげで倉敷は九死に一生を得た。

 

 ピロリン 

 

 乱れた呼吸を整える倉敷の元へメールが届いた。

 

『次は絶対に逃しませんから』

 

 それからというもの倉敷は自身へ届く案件依頼のメッセージを全て無視するようになった。また老倉に騙されれば今度こそ逃げられないと考えたからだ。

 

 だがその結果が今の貧乏生活だ。企業からの仕事に手をつけられない以上収入源は広告収入一本に限られる。だがその収益だけでは彼の生活はギリギリのモノとなっていた。

 

 彼の動画はクオリティが高く100万(ミリオン)再生を超える動画が複数ある。しかし1再生=0.1円である広告収入では10万円程度にしかならなかった。それでも月に大量の動画を投稿できれば十分な額にはなるのだが彼はクオリティ維持の為、編集・撮り直しに時間をかけ、月に投稿できる動画は1~2本+数時間の生配信程度となっていた。

 

 そんなこんなで彼は少ない収益と貯金とでこの1年を過ごしてきた。だが既に貯金は底が見え始めている。このままでは自ら老倉の元へ戻らなくてはならない──────そう考えた彼はついに動いた。

 

「公式配信の時間までのこり40分……少し早いがそろそろ向かうか」

 

 彼は唯一の友人である他の配信者に頼み込み自分と企業との連絡を仲介してもらったのだ。この方法なら企業を装った老倉に騙されることはない。

 

「今回の番組で信頼できるコネを必ず作ってやる……。そうすれば俺もタイアップや企業案件の依頼を受けることができる。この貧乏生活ともおさらばだ」

 

 そう決意を新たに彼はスマートフォンと空っぽの財布を手に部屋を後にした。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 モーモーと牛の鳴き声の響く牛舎にツナギ姿で食い入るようにスマートフォンを見つめる女性が立っていた。彼女の名は老倉(おいくら)やかげ、この農場を経営する夫婦の一人娘だ。

 

「くッ、私がコメントした途端に配信を中断するとは卑怯な先輩ですね」

 

 そう言うと両耳に付けていたイヤホンを外しスマートフォンと共にポケットへとしまう。その途端今までイヤホンでシャットアウトしていた牛達の鳴き声が彼女の両耳を支配した。

 

(先輩がこの農場から脱走してもうかなり経ちます……はやく連れ戻さないと…。こうしている間にも先輩の貴重な時間がどんどん失われています)

 

 婚約者が脱走して1ヶ月ほどの間はまだ彼女には余裕があった。その余裕は掃除・洗濯・料理・その他もろもろの知識のない婚約者は彼女なしでは生活できない、ましてや一人暮らしなんてとても不可能、必ず自分の元へ帰ってくるという根拠からくるものだった……が1年経った現在も婚約者は帰ってきていない。

 

(先輩のことを少し侮っていました……私の大切さを先輩に実感してもらおうと泳がせたのは失敗でした)

 

 婚約者の脱走から数日はまだ余裕を持っていた老倉だったが1ヶ月経っても婚約者が戻ってこないことに焦りを感じ彼女は知人をも巻き込んで婚約者の捜索に乗り出した。結果、老倉は婚約者が動画配信者として生計を立てていることを知った。

 

 老倉にとってこれは衝撃だった。まさか自分を捨てて何をしているかと思えばネット上でそんなことをしていたとは夢にも思っていなかった。そもそも動画配信者等という安定性とはかけ離れた職業を選んだ彼の考えに呆れた。呆れたが故にこう考えた。

 

『やはり先輩の手綱は私がしっかり握らないとですね……』

 

 彼を見放すという考えは彼女にはなかった。老倉は婚約者のことが大好きなのだ、だから絶対に見放さないし諦めない。きついお仕置きはするだろうが。

 

 そんな風に動画配信者という職業に否定的な老倉だが現に彼女の婚約者はなんとか食いつなぐことのできる程度には収入を得て、身体を壊さないていどには人間らしい生活ができているようだ。もしかしたら彼女のいないところで新しい女を作りその女性に身の回りの世話をさせているのかもしれない……そう考えた老倉の目はどす黒く濁った。

 

(このままでは何時まで経っても先輩は帰ってきません、それどころか誰かに取られてしまうかも……先輩はカッコイイですから)

 

 そう考えた老倉は行動を起こす。

 

 まず彼女はSNSを使って婚約者の目撃情報を洗った。動画収益で生計を立てられるということはそれなりに知名度があると考えたからだ。狙いは大当たりだった。SNS上には彼の目撃情報がいくつもUPされていた。中には女性とのツーショット写真まで含まれており危うくスマートフォンを握りつぶしそうになった。

 

 婚約者の目撃情報は東京と神奈川に集中していた。恐らくこのどちらかに住んでいるだろうと言うことは特定できたがそれ以上の情報は出てこない。

 

 次に目をつけたのは【荒らし】と呼ばれる行為だった。動画配信者というのは自身の個性や人気を売る、言ってしまえばタレントのような側面を持っている。その為彼女は

 

 婚約者の悪事を暴露する→ネット上での居場所を失くす→自分のところに戻ってくる

 

 と単純に考えた。故に荒らしを行った。

 

 だが彼女のその企みは失敗に終わる。理由は分からないがむしろ放送を盛り上げてしまっているのだ。不本意極まりない。

 

 二つの作戦が失敗に終わったところで彼女には手立てがなくなった。元々ネットにはあまり詳しい方ではないのだ。

 

「そういえば先ほど私がコメントを打つ直前に先輩が何か言いかけていましたね……確か公式放送がなんだとか……」

 

 老倉は握っていたクワを足元に置き、先ほどポケットにしまったスマートフォンを取り出し『桃太郎 公式放送』と検索した。

 

「これは……!」

 

 表示されたサイトを閲覧した彼女は直ぐさまスマートフォンをしまい家に戻り、外出用の服へと着替え車庫に向かった。老倉が車庫から取り出したのは一目で購入したばかりだと分かるほどピカピカのバイクだった。

 

 老倉はバイクに跨りエンジンをかけるとブルンブルンと轟音を発しながらそのまま発進した。

 

「今回こそ逃しません!」

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「またダメだった…」

 

 ため息を吐きながら桜木町の海に浮かぶ船を一人ぼんやりと眺める女性がいた。

 

「いや、どう考えても私は悪くない。会社が悪い」

 

 女性の名前は庭瀬(にわせ)小春(こはる)。彼女はBUUUM株式会社という所謂MCN(マルチチャンネルネットワーク)という会社の社員だった。

 

 MCNとはクリエイター……動画配信者達と契約を結び彼らのマネジメントや他の会社からの仕事の斡旋等を事業としている企業だ。

 

 なのだが……現在彼女が身を置くBUUUM株式会社には所謂(いわゆる)有名配信者と呼ばれるクリエイターは在籍していない。元々は複数在籍していたのだが近年メキメキと業績を伸ばし始めたsecondステージというライバル会社に全員が引き抜かれてしまった。残ったのは言葉を選ばず言うのであれば底辺配信者と呼ばれる者ばかりだった。

 

 焦ったBUUUMは現状どこの企業にも属していない即戦力となるクリエイターのスカウトに乗り出した。庭瀬も駆り出された社員の一人だった。

 

 だが今更フリーのクリエイター等そういる訳もなく、いても組織に属する気のない者や中級クリエイターばかりだった。

 

 このまま有力配信者を確保できなければ倒産してしまうのではと末端社員である彼女が心配するような状況となっている。

 

「田舎に帰った方がいいのかな……」

 

 もう一度ため息をつき船を眺めているとカバンの中のスマートフォンがぶーぶーと振動した。取り出したスマートフォンに表示されているのは後輩の名前だった。

 

「もしもし?何か用事?」

 

『小春先輩!大変です大変です!すっっっごく大変です!』

 

「井原にしては随分慌ててるわね。どうしたの?」

 

『桃太郎さんがPUGGの公式生放送に出るみたいなんですよ!』

 

「嘘っ!?」

 

『ほんとですです!』

 

 【桃太郎】……一年前に突如として現れた動画配信者で動画投稿数はそれほど多くはないものの高い編集技術やトーク力で瞬く間にファンを増やしていった今最も勢いのある配信者の一人だ。

 

 その勢いを手に入れようと数々のMCNが彼と契約を結ぶ為にコンタクトを取ろうとしたが誰一人として彼と連絡を取れた者はいなかった。もちろん庭瀬も彼に接触しようと幾度となくメッセージを送ったがその全てを無視されていた。

 

 その為、理由は不明だが配信者桃太郎は『仕事』として動画配信を行うつもりがないというのが業界での共通認識となっていた。

 

 実際は女から逃げる為に外部からの連絡を全て遮断しているだけなのだがそんな事情は当人達しか知らない。

 

(桃太郎は仕事を受けるつもりがないはずじゃ……、だけどこうして表舞台に出てきたってことはその認識は間違いだった?それとも今までは何か事情があったとか?)

 

「井原その放送の日時教えて、私が行くわ」

 

『今日の16時から、場所は東神奈川のよつやビルです!』

 

「30分後!?告知が急すぎるでしょ!でも了解!今から向かえばギリギリ間に合いそう!」

 

『ご武運を!』

 

 庭瀬は通話を切りスマートフォンをバッグにしまい駅へと走った。

 

 配信者と農娘とスカウトマン。それぞれの思惑を胸に、個性溢れる三人が東神奈川のビルに集まろうとしていた。


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