動画配信で食べていく 作:キ鈴
「いや~やっぱり一番印象的なのは3戦目ですよね!あそこで爆発を引き当てるのは持ってるとしか言えないですよ!」
「はは……そうっすね…」
神奈川県に建つとあるビルの一室に、初めての公式番組に挑む桃太郎こと
初めての公式番組への出演という事もあり始めは緊張していた彼だったが司会者や他の出演者のフォローに助けられここまで特に大きな問題もなく放送は終盤に差し掛かっていた。
だが彼はこの終盤の場面で焦っていた。なぜなら彼がこの世で最も恐れる女性の姿を見つけてしまっていたからだ。
(なんで……なんであいつがいるんだよ!!!)
その女性は観客席に座り司会者や他の出演者のこと等まるで興味ないとでも言うかのようにジッと倉敷を見つめていた。
(俺の出演が一般に告知されたのって確か放送1時間前のはずだったよな!?老倉Farmからじゃ放送時間内には間に合わないはずだろうが!)
倉敷はガタガタと震える脚を両腕で必死に押さえつけ平静を装う、そこへ番組司会者が最後のコーナーへの移行を宣言した。
「えー、ではお別れの時間が近づいてまいりました。最後に会場に遊びに来てくださった皆さんから出演者の方に何か質問がある方などいらっしゃいますか?スペシャルサービスで番組に関係のない質問でも構いません!」
司会者のその言葉にサイドポニーの女が直ぐ様手を挙げ、倉敷の両足の震えは一層ひどくなった。放送を見る視聴者達からのコメントにも『桃太郎なんか様子おかしくね?』と彼の異常に気づく者もいた。
「おっ、じゃあ一番最初に手を挙げてくれたそこのお嬢さん質問どうぞ!」
「はい」
指名を受けた女性は倉敷から目を離さずにゆっくりと立ち上がりスタッフからマイクを受け取った。
「桃太郎さんに質問です。桃太郎さんは婚約者の女性を捨てた、という噂が流れていますが本当ですか?」
倉敷と司会者の顔が引きつった。司会者としてもこんな非常識な質問をする観客がいるとは予想していなかった。
「あー、それ僕も気になってたんですよね。噂自体は結構有名ですけど実際のところどうなんです?」
倉敷のフォローをするべきかと思案した司会者だったが結局は女性の質問に乗る形をとった。ここで彼女を
「はは…やだなーそんなのガセに決まってるじゃないですか、ははは…」
冷房が効きすぎなほど冷えている室内で倉敷は冷や汗をダラダラと流しながらそう応えた。視線は決して女性には合わせない。
「そうですか…変な事を聞いてすみませんでした。……最後に一つよろしいですか?」
「なっ、なんでしょう」
「か え り ま す よ せ ん ぱ い」
「もう無理!!」
「桃太郎さん!?」
女性の放つプレッシャーに耐えられなくなった倉敷は生放送中だというのも忘れて立ち上がりステージの後ろにある関係者専用通路に出て鍵を掛けた。直ぐに追いかけてきた女性がガンガンと扉を叩く。
「先輩!ここを開けてください!別に怒ってはいません。少しお話をしましょう!」
「やなこった!開けた途端に絞め落とされて気づいたら牛舎に連れ戻されてるのが目に見えてんだよ!一人で帰れ牛女!」
「…酷い事を言う先輩ですね。それが婚約者の後輩に言う言葉ですか」
「ふざけんな!何が婚約者だ、お前が勝手にそう言ってるだけだろうが!俺のいないところで親父とお袋まで丸め込みやがって、とにかく俺は戻らねぇからな!」
「そんな事まで言うんですか…分かりました、先輩の言う通り絞め落として連れ帰ることにします。お話は牛舎でゆっくりとしましょう」
そう言い残し女性…老倉が扉から離れどこかに走り去っていくのを倉敷は足音から把握し、関係者専用口から非常階段へと出た。
(老倉がこの非常階段に出るためにはエレベーターか階段を使って上の階か下の階に一度移動しなければならないはず……)
このビルには通常時使用するエレベーターと階段とは別に災害時に使用するための非常階段が設置されていた。非常階段にはどの階層からも出ることができる造りになっている。
(エレベーターはダメだな、不確定要素が多すぎる。となると非常階段か通常の階段どちらから逃げるかだな。裏をかいて通常時用の階段から逃げるか?いや、老倉のことだ俺の裏の裏をかいてくる可能性も十分にある)
非常階段から逃げるか通常階段から逃げるか、相手の位置が分からない以上結局は運に頼るしかなかった。
(ダメだ……運であいつに勝てる気がしねぇ…)
倉敷は過去の経験から運任せで老倉に勝てないことを理解していた。倉敷の運が特別悪いのではなく老倉が天に愛され過ぎているのだ。
(何か……何か他の脱出手段を)
倉敷は必死に後輩女子から逃げ切る方法を考えた。時間は過ぎれば過ぎるほど老倉の足音が近づいてくるような錯覚に襲われながらも必死に脱出方法を模索した。
(フィジカルで突っ切るか!?…だめだ秒殺される未来しか見えない)
年下女子を相手に情けなくも正しい自己分析だった。
(そうだ!小学生の頃に非難訓練で使った布の滑り台みたいなやつ!あれならこのビルにも設置されてるんじゃないか!?……いや、ダメか、確かあれは一人では使えなかったはずだ)
(……あれ?もしかしてこれ詰んでいるのでは?)
考えに考えて彼の出した結論はそれだった。
(いや、いや、何か方法があんだろ。もっとよく考えろ)
考えても考えても良い案は浮かばない。だが無情にも時間は過ぎ去っていく。時間が経てば経つほど倉敷は老倉への恐怖で冷静さを失っていった。
(こうなったらやっぱイチかバチかで階段を突っ切るしか…!)
そう彼が意を決したところで彼の立つ非常階段の下層から誰かが上ってくる足音がした。
「きやがった!!」
倉敷は急いで扉を開け関係者専用通路へ戻った。直ぐさま鍵を掛けしゃがみ込み息を殺し何者かが過ぎ去るのを待つ。
コツ、コツ、コツ、といっぽいっぽ階段を上ってくる足音が響くたびに倉敷の心臓がバクバクと鼓動を速くした。
(頼む、気づくな、そのまま上に行ってくれ!)
だが彼のそんな願いは虚しく足音は扉の前でとまった。
ガチャガッチャガチャガチャガチャ
「ひっ!!」
扉を開けようとドアノブを激しく引く音に思わず声を上げてしまう。その反応を聞いてかドアの前に立つ人物はドアノブを引くのをやめた。
(まずい───ばれた)
しゃがみこんでいた体勢からゆっくりと顔を上げるとスモークガラス越しに人が立っているのが確認できた。
(ここまで……だな)
倉敷は覚悟を決めた。今の倉敷と老倉を遮る扉は先程のモノと比べ明らかに老朽化が進んでおり、老倉なら簡単に蹴破るだろうと悟った。
「そこにいるの桃太郎さんよね?」
「へっ!?」
聞き覚えのない声にまた声を漏らしてしまう倉敷。扉の前に立っているのは老倉ではなかったのだ。倉敷は一瞬安堵しほっと息を吐いた。
(いや、安心はできない。俺のHNを呼んだということは俺に用事があるということだ。老倉の協力者ということも考えられる)
「桃太郎さん、あの女性……多分噂の婚約者さんね?あの人から逃げてるんでしょ?」
「……」
「条件付きだけど助けてあげましょうか」
「……条件はなんだ」
「私とちょっとお茶してくれればそれでいいわ。別に難しい話じゃないでしょ?」
「…」
「どうする?早くしないとあのこわーい婚約者さんに捕まっちゃうわよ」
怪しいとは思った。だが現状倉敷には彼女に頼る以外の選択肢はない。彼は立ち上がりゆっくりと扉を開けた。
扉の外に立っていたのは綺麗な黒髪を肩のあたりで切り揃えた身長160cmほどの女性。この真夏日にクールビズなど知ったことかという風にスーツをビシッと着ている。もちろん倉敷の知人ではなかった。
謎の女性は扉から出てきた倉敷の腕を掴み満面の笑みで言った。
「即戦力GET♪」