動画配信で食べていく   作:キ鈴

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BUUUMネットワークへようこそ!

 

 

 倉敷が通常階段と非常階段のどちらを使ってビルから脱出するか思考を巡らせている中、対照的に老倉やかげの行動は早かった。

 

 そもそもこのビルに非常階段が設置されていると認識していなかった老倉は関係者専用フロアに逃げ込んだ倉敷が籠城を始めたのだと勘違いしていた。

 

 閉ざされた扉の前に立つ老倉には2つの案が浮かんでいた。

 

①先輩が痺れをきらし部屋から出てくるまで待つ。もしくは関係者の誰かを捕まえて鍵を取りに行ってもらう。

 

(この案ではダメですね。待っている間に先輩が何をするか分かったものではありません。もしも先輩が窓から飛び降りて脱出しようとして大怪我なんてされてはかないません)

 

②現在いる3階から階段を使って4階に移動→4階の窓から飛び降り3階の窓をぶち破って先輩の居る部屋に突入する。

 

(穴のない素晴らしい作戦です。これでいきましょう)

 

 自身の安全面など微塵も考慮されていない、というか一般人ならまず思いつきもしないような作戦を老倉は採用した。倉敷は彼女のこういう一面をみて彼女のことをやべー奴だと認識していた。正しい。

 

 作戦を決めた老倉の行動は早かった。まず生放送会場に設置されていた椅子や机を扉の前に置きバリケードを作った。

 

 ちなみに倉敷と老倉によってぶち壊された放送は今なお配信が続けられており視聴者数は過去最多を記録していた。人間はこういう痴情のもつれが大好きなのだ。

 

(これで私が上の階に移動している間も先輩は部屋から出られませんね)

 

 念入りにバリケードを積み重ねた老倉はその後、階段を使い4階へ移動した。4階は3階と同じく貸出用フロアとなっていた。現在は誰も使用していないらしく電気は消され薄暗く不気味な雰囲気を纏っていた……が老倉は怖がる素振り等まるで見せずズンズンと倉敷がいるであろうフロアの真上に向かった。

 

(……?)

 

 目的のフロアに到着し、さあ飛び降りるぞと窓を開けたところで老倉は何か引っかかるものを感じフロアを見渡した。そしてふらふらと何かに導かれるように何故かとなりのフロアへ廊下へ出て少し進んだところで彼女はスモーク張りになっている扉を見つけた。

 

(非常口……?こんなものがあったなんて…いや、この高さのビルなら付いていて当然ですね)

 

 老倉が非常階段を見つけたのは本当に偶然だった。本来の作戦ならフロアに入った時点で窓から飛び降り3階に突入していたのだ。理屈では説明出来ない、まさに神に導かれたとしか思えないような経緯で彼女は今、非常階段の扉の前に立っていた。

 

 こういう理由(わけ)の分からない彼女の豪運を恐れ倉敷は階段・エレベーター・非常階段のどれを使って脱出するか決断出来ずにいた。

 

(しまった!!なら先輩は間違いなくこの非常階段を使って脱出しています!)

 

 老倉は慌てて階段を駆け下りた。ちなみに老倉は倉敷が既にビルから脱出したと思っていたが実際にはまだ倉敷はビル内にいた。しかも彼女の立つ4階のすぐ下、3階の非常階段に。このまま老倉が階段を駆け下りれば10秒後には接触する。

 

(絶対に嫌です、絶対に嫌です、絶対に嫌です。今日こそは必ず先輩を連れて帰らないと……連れて帰らないと私はもう…!)

 

 老倉は焦っていた。今日ここで倉敷を捕まえられなければ次のチャンスがいつになるか分からない、また1年……いやそれ以上待たなくてはならないかもしれない。それは老倉にとって耐え難いものだった。

 彼女は階段を飛ぶように走った。ブレーキなどまるで考えていないトップスピードで、倉敷をみつけたら危険など顧みずそのまま飛びついてしまうであろう勢いだ。

 

「っ!!!」

 

 だから3階と4階中間地点にある踊り場に女性が立っていたと気づいた時には遅かった。ブレーキはもちろん間に合わない、女性を躱そうにも人一人分程度の幅しかない非常階段ではそれも出来ず老倉と女性は正面から衝突した。

 

ドンッ!!

 

 老倉がタックルをかましたような形で女性を弾き飛ばしてしまう、勢いがついたままの老倉も同じ方向に進み続ける。

 

 吹き飛ばされた女性が階段の手摺にぶつかろうかというタイミングで老倉が女性の手を取った。

 

「はぁっ!!!」

 

 老倉は掴んだ腕を力いっぱい自分の方へ引き寄せた。するとクルリと老倉と女性の位置が入れ替わる。女性は吹き飛ばされた力と引き寄せられた力が相殺され元々立っていた場所に綺麗に着地した。だが老倉は勢いを殺しきれずそのまま手摺に激突した。

 

「ぐぅぅ……痛いですね…」

 

「ちょっ!大丈夫!?怪我してない!?」

 

 女性がうずくまる老倉の元へ駆け寄った。女性は身長こそ165cmの老倉より少し低かったがビシッと着こなしたスーツに品のある薄い化粧から漂う大人っぽさから老倉より少し、恐らく2〜3歳ほど年上であることが予想された。

 

「大丈夫です……お姉さんこそお怪我はありませんか?」

 

「私は貴方のおかけで大丈夫だったけど……というかさっきの曲芸みたいのはなに?」

 

「良かった……お姉さん、私のせいで危険な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

 

 先程のアクロバットが何なのかについては返答しない。というか老倉もよく分かっていない。無駄に高い彼女の身体能力が生んだ技だった。彼女のこういうところも倉敷は恐れていた。

 

「怪我もないし特に怒ってはないけど……気をつけなさいね?もしかしたら大事故になってたかもなんだから」

 

「はい…」

 

「よろしい。ところで随分急いでいたみたいだけどもしかして桃太郎さんを探してた?」

 

「……どうしてそれを?」

 

 突然かけられたその言葉に先程までしょぼんと落ち込んでいた老倉の表情が引き締まる。

 

「私もさっきの生配信の会場にいたからよ。貴方の乱入で変な終わり方になっちゃったけど」

 

「すみませんでした……でも私は先輩を…!!」

 

「あー、分かってる分かってる。言わなくてもいいわ」

 

そう言って女性は階段の上を指さした。

 

「?」

 

 老倉は意味が分からず首を傾げる。

 

「あっち、桃太郎さんならすっごい慌ててこの階段を上っていったわよ」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ、だから行きなさい。今度はゆっくり走るのよ」

 

 だが彼女のその言葉に老倉は疑問を浮かべた。

 

(先輩はどうして上に?上に逃げても脱出は難しくなるだけじゃ…)

 

 このビルは5階建てで現在老倉は3階と4階の中間の踊り場にいる。老倉は4階の非常口から出てきたので倉敷は5階、もしくは屋上に向かったということになる。

 

(いえ、そういうことですか……私は先輩が下の階から脱出しようとしていると決めつけていた。だから先輩は私の裏をかいて上階に1度身を潜め私がこのビルを出たところを見計らって脱出しようと……)

 

「ありがとうございます!これでようやく先輩を捕まえられるかもしれんません!」

 

「そう、それは良かったわね。愛しの先輩とお幸せにね」

 

「はい!それでは失礼します!」

 

 そう言って老倉は下りてきた階段を再び上り始めた。その足取りは軽くまるで夢に向かって走る少年のようだった。

 

 

 

 

    ・

    ・

    ・

 

 

 

 

「……行ったわよ」

 

 老倉が居なくなり踊り場に1人残された女性がポツリと呟いた。

 

 その声に反応して下の階から1人の男が上ってきた。それは老倉が探し求めている男……倉敷だった。

 

「助かりました」

 

「お礼はいいわ。それより約束は守ってね」

 

「貴方とお茶するだけであいつから逃げられるなら安いものですよ」

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

「ふつーお茶するっていったら喫茶店とかじゃないんすかね」

 

「別に場所の指定はしなかったでしょ?」

 

「いやまあそうですけども」

 

 謎の女性の手を借り無事ビルから脱出した倉敷は電車に乗り神奈川県桜木町にあるとあるビルに連れてこられていた。

 

 駅からこのビルまでの道中、通行人のほとんどがスーツを着たサラリーマンと思わしき人達だった。サラリーマン達はこの真夏日に背広を羽織り、暗い表情を浮かべていた。この街は好きになれそうにないな……と初めて訪れたというのに倉敷は直ぐにそう思った。

 

「それでここは一体どこなんですか?」

 

 上階に向かって移動するエレベーターの中で女性に問うた。

 

「ここ?私の勤める会社よ」

 

「会社?そんなとこに俺を連れてきてどうす

 

チン

 

 倉敷が女性に尋ねようとしたところでエレベーターは目的の階に到着し扉を開いた。

その瞬間フロア内の冷房がエレベーター内へ移動し倉敷は背筋をゾクゾクと震わせる。

 

 女性は扉が閉まらないよう右手の人差し指で『開』のボタンを押しながら言った。

 

「ようこそBUUUM(ブーム)ネットワークへ」

 

 後に彼はこう考える。この時背筋が震えたのは冷房のせいなどではなく、危険に対する純粋な自己防衛本能によるものだったのではないか────と。

 

 

 

 


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