動画配信で食べていく   作:キ鈴

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ツンデレ配信者①

「庭瀬さん……話が違うんですけど」

 

 17時。初めての案件動画を投稿して一時間後、その日の夕飯代に困っていた倉敷良は、庭瀬小春の口車に乗せられ東京都心にあるビル8階へと連れて来られていた。

 

「あら?私ちゃんと言ったじゃない。『パーティー』に行くわよって」

 

「確かに言ってましたけども!けども!BUUUMさんと仮契約した僕の歓迎会みたいなやつだと思うじゃないすか!なのにこれはどういうことです!」

 

 倉敷は眼前に広がる奇妙な光景を指さした。

 庭瀬に連れてこられたビル8階の大ホール。そこには小さな丸机と椅子が規則性なく、ホール全体に所狭しと配置されていた。

 

 それぞれの席には年齢、性別多様な人達が座っており、机に並べられた豪華な食事を楽しみながら談笑に耽っている。

 

「だからパーティーだってば。ただし集まってるのは『有名配信者』と呼ばれる人と私達MCNの人間だけどね。配信者業界の懇親会的なやつよ」

 

「なっ……!聞いてないっすよ!」

 

「まぁ確かに言ってはなかったけど……むしろ何のパーティーだと思ってたの?」

 

「俺の歓迎会的なやつかと思ってました」

 

「……倉敷くん、あなた案外逞しいわね」

 

 倉敷はホールの入口からもう一度、パーティー会場に目を向ける。なるほど、有名配信者ばかり集めているというのは嘘ではないらしい。中には倉敷も知るような日本一の配信者と呼ばれる者の姿まで確認できた。

 

 全員がパーティーを楽しんでいる。だが倉敷はそこに交ざる気にはなれなかった。

 

 ここは倉敷にとって完全なるアウェーなのだ。

 元々、倉敷はコミュニケーション能力が高いワケではない。コミュ障という程ではないが面識のない人、それも大勢と話すというのは苦手だった。ようは人見知りするのだ。それが仕事の関係であれば割り切ることも出来るのだがこの華やかな場ではそうはいかない。

 

 倉敷は自身の歓迎会を開いて貰えるのだと思い、パーティーにやってきた。それは自身の歓迎会であれば主役である自分は色々気を使って貰えるのでアウェーでも何とか楽しめるだろうという打算があったからだ。

 

 だが実際に来てみれば自身が主役などと言うのはただの勘違い。全員が対等な配信者パーティーだった。

 

 ホールでは既に配信者同士、グループのようなものが出来上がって談笑をしている。恐らくは、元々配信者同士、面識があったのだろう。だが倉敷は違う、ここに彼の友人などいないのだ。

 

「庭瀬さん……俺やっぱ帰ります」

 

「ここまで来て何言ってんのよ」

 

 帰ろうとする倉敷の襟首を庭瀬ががっちりと掴み離さない。

 

「嫌ですよこんなの!かんっっっぜんにアウェーじゃないですか!知り合いも誰もいないのに交ざっても『こいつ誰?』みたいな顔されて終わりですよ!俺は無駄に傷つきたくない!」

 

 振りほどこうと藻掻く倉敷を羽交い締めにし庭瀬は説得を試みる。ここで倉敷に帰られては彼女の目的は達成できない。

 

「大丈夫だから!倉敷くんが知らなくても向こうは君を知ってるから!それに倉敷くんだってお腹空いてるでしょ?食事してから帰りましょ?ね?」

 

 そうなのだ。一文無しの倉敷は今晩の夕飯すら確保出来ていない、それどころか昨晩から何も食べていないのだ。だからこそお腹ぺこちゃんの彼は食事を確保するためにこのパーティーに来たのだ。

 

「……そもそも何で此処に俺を連れてきたんすか」

 

「いやー……このパーティーって色んな配信者が集まってるじゃない?だからあわよくばうちに引き抜いちゃおうと思って」

 

「それなら俺いらないじゃないですか……」

 

「そうもいかないのよ。ほら、このパーティーって配信者の為のモノじゃない?そこにMCNの人間が一人で参加する訳にもいかないのよ」

 

「知りませんよそんなの」

 

「くっ……まさか倉敷くんが人見知りする子だったなんて……普段あれだけはっちゃけた動画投稿してるくせに」

 

「カメラに向かって話すのと人に向かって話すのじゃまるで違います」

 

「いいわ。とりあえずあの誰も座ってないテーブルに座りましょ。それならいいでしょ」

 

「まあそれなら……」

 

 庭瀬に誘導され、二人はホールの一番隅のテーブルに陣取った。テーブルの上にはローストチキン、刺身、パスタ、数種類のケーキその他もろもろと言った煌びやかな料理が所狭しと並べられている。

 

「いただきます」

 

 老倉の妨害のおかげで日頃から貧しい生活を強いられていた倉敷は空腹を抑えることができず直ぐにローストチキンにかぶりついた。チキンはあまりに柔らかく、歯を使う必要がないほどで唇だけでちぎる事ができた。

 

「……うまい」

 

 咀嚼すればするほど口の中を芳醇な油が満たした。それも下品な油ではない、澄み渡った、どことなくオリーブを連想させるような上品な油。

 

 次に倉敷は刺身に手を伸ばす。オレンジ色に輝くサーモンを箸で持ち上げるとぷるんっと身が震えた、それだけでこの身の中にどれだけの旨み成分が詰まっているのかは想像に難くない。倉敷は醤油に浸すこともなくそのままサーモンを口に放り込む。

 

 ただ幸せだった。この数口で既に倉敷はこの場にきて正解だったと思う様になっていた。単純なものである。

 

 だがその幸せな時間は直ぐに終わりを告げる。

 

 次にパスタを食べようとした倉敷は辺りが何となく暗くなっていることに気がついた。

 

(ん?照明でも落ちたのか?)

 

 不思議に思い目の前の食事から目を離しあたりを見渡す。するといつの間にか倉敷と庭瀬の座る円卓を取り囲むように大勢の人が立ち並んでいた。辺りが暗くなったのは照明のせいではない、人の影によって生じたものだったのだ。

 

「ねっ!君って『桃太郎』さんだよね?」

 

「え……はい、そうですけど……」

 

「うっわ、やっぱ本物だ!」

 

 倉敷の直ぐ隣に立っていた男が倉敷のHN(ハンドルネーム)が桃太郎であることを確認すると周囲の人間にも聞こえる音量で騒ぎ立てた。それを聞いて周囲はざわざわと色めき立つ。

 

『実在してたんだ……』

 

『まじかよ、写メとってTwitterに投稿しねぇと』

 

『桃太郎ってこういうオープンな場には参加しないんじゃなかったの?』

 

『いや、でもこの昨日のPUGGの公式放送に参加してたらしいぜ?』

 

『ここにいるってことはもうどこかのMCNに参加してるのかな?』

 

 

 動画配信者界隈で倉敷こと桃太郎の存在は一種の都市伝説のようなモノになっていた。桃太郎のチャンネル登録者は現在40万人。これは所謂『大物配信者』と呼ばれるに相応しい数だった。その為、彼の人気にあやかろうとこれまで多くの関係者が仕事やコラボ依頼のメッセージを彼に送った。だが誰一人として彼とコンタクトを取ることはできない。いつしか彼は本当は既に死んでいて、天国から配信を行っているのではないかという噂が立っていたほどだ。

 

 実際のところは、田舎に置いてきた婚約者から逃げる為に外部との連絡を絶っていただけなのだがそんなことは当人達以外には知るはずもない。

 

「ねっ!桃太郎さん!一緒に写真とってもいいかな?」

 

「えっ、……いいですけど」

 

「なあ!桃太郎くん!君と噂になってる『老倉』って子いるじゃん?その子とはどう言う関係なのか教えてくれよ!」

 

「あいつは……中学時代からの後輩っすよ。昔は俺の後ろをちょこちょこついてくるだけの可愛らしい奴だったんすけどね……」

 

「ふーん。婚約者うんぬん言う話は?」

 

「その話はできればそっとしておいてください……」

 

 

   ・

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「ひどい目にあった……」

 

 ホールで大勢の人間に囲まれた30分後、次から次へと投げかけられる質問に耐え切れなくなった倉敷は『ちょっとトイレ行ってきます!』とその場から逃げるように撤退した。

 

 現在はビル1階のエントランス、そこで庭瀬に買ってもらったペットボトルの紅茶を飲み休んでいる。

 

「あのくらいでへばってちゃだめよ。ファンに囲まれた時とかどうするのよ」

 

「考えたくもないっすね……」

 

 庭瀬の苦言に辟易とした様子で返答する倉敷。

 

「ところで庭瀬さんはここにいていいんですか?スカウトしたい人がいるとか言ってましたけど」

 

「うーん、ずっと探してはいるんだけど全然見つからないのよね。噂じゃかなりシャイな子みたいだからどこかに隠れてるのかも」

 

「配信者の癖に恥ずかしがり屋なんですか。変な奴ですね」

 

「君も人のこと言えないでしょ」

 

 カメラに向けて喋るのと人の目を見て喋るのではまるで違う、そういうことなのだろう。自身と似た感性を持つその配信者に倉敷は少し興味を抱いた。

 

「そいつどういう奴なんですか?」

 

「ツンデレよ」

 

「ツンデレなんすか……」

 

 その人がどんな人間なのか一言で把握できてしまうのだからツンデレとは便利な言葉である。もし庭瀬が老倉やかげを何かに例えるのならヤンデレになるのだろうか。

 

「そっ、『わらびもち』ていうHNで動画では毒舌系とも呼ばれてるわ。ゲーム系をメインにしてる女性配信者でチャンネル登録者は現在10万人、数ヶ月前から伸び始めてる娘ね」

 

「はー、毒舌系って需要あるんすね」

 

「需要というよりは彼女の人気は他の要因による所が大きいかしらね」

 

「他の要因ですか?」

 

「その娘、可愛いのよ」

 

「なるほど……」

 

 倉敷は納得いった。可愛いとは力なのだ。それは配信者界隈でも変わらない、むしろそれだけである程度の地位にまで上り詰めることができる。

 

「身長は155cmくらいで黒髪のショートカット、警戒心剥き出しで八重歯がやたら尖ってる娘よ。……動画を見せたほうが早いわね」

 

 庭瀬はスマホを取り出しそれを倉敷に見せる。画面には庭瀬の言う通りの女性……というよりは少女といった雰囲気の女が映っていた。

 

(あー……確かにツンデレって感じの娘だな)

 

 マナーモードなので彼女の声を聞くことはできないが倉敷はその娘のツンデレオーラを動画越しに感じ取った。だが確かに可愛らしい容姿をしている、特に笑った時に見える犬の様に尖った犬歯が彼女の雰囲気とあいまってとても魅力的だ。

 

「この娘を見つけたら私に教えて頂戴、うちに引き抜くから」

 

「それはいいですけど、何でこの娘なんですか?他にも配信者は沢山いたじゃないですか」

 

「それはこの娘が貴方の信者だからよ。だから貴方がうちに在籍している今なら引き抜ける公算がある」

 

「……信者?」

 

 信者とはある特定の物や人物の熱狂的……あるいは狂信的なファンのことだ。信者は度を越した発言や行動が多いため、世間ではあまり良い存在であるとは認知されていない。

 

「確証はないけどね。でも可能性は高いと思うわ。さあそろそろ会場に戻りましょう、続きは歩きながら話すから」

 

 庭瀬に促され倉敷は再び8階のパーティー会場へと向かう。だが二人の後方から10mほど離れた地点、その物陰から件の配信者『わらびもち』こと北長瀬 咲花(きたながせ さくか)が二人の背中をジット見つめていることに二人が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 老倉やかげは激怒していた。

 

 怒りの余りぷるぷると震えるその右手にはスマートフォンが握られている。画面に映っているのは某SNSサイトに投稿された一枚の写真。

 

 その写真にはパーティー会場のような場所で、顔を紅潮させて名を知らぬ女性と肩を寄せ合い、笑っている婚約者の姿。

 

 もう一度言う。老倉やかげは激怒していた。

 

「………」

 

 だが老倉やかげはただの一言も発さない。ただスマートフォンを鞄にしまい、足早にどこかへ向かって行った。

 

 


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