動画配信で食べていく 作:キ鈴
本作のヒロイン。スマブラでの使用キャラはガノンドロフ、クッパ、キングクルール。
倉敷良
HN桃太郎。スマブラでの使用キャラはサムス、ゼルダ。
北長瀬咲花
HNわらびもち。スマブラでの使用キャラはスネーク、インクリング。
「スキ……あり!!!!」
告白されたと思ったら不意打ちを食らった。当時のことを倉敷は後にそう語る。彼の言に間違いはなく、正しくそれは不意打ちだった。
庭瀬の指示の下、動画配信者『わらびもち』の捜索に乗り出した倉敷はパーティー会場に入った途端に強烈なタックルを側面から受けた。その衝撃に吹っ飛びこそしなかったものの、体勢を崩した倉敷はタックルを放った少女と共に床に倒れた。
「いってぇ……、何しやがんだこのチビ」
「チ゛ビ゛じゃな゛い゛わ゛よ゛!!」
ボヤきながら倉敷が上体を起こすと彼の腰に抱きつき抗議する少女の声が会場中に響き渡った。少女の顔は倉敷の腰に埋められているためその表情を窺い知ることはできないが彼女の声から泣いているであろうことが推察される。
「えっ、なんでこの娘泣いてるの……タックルくらって泣きたいのは俺の方なんだけど……おーい俺なんかしたか?」
何故自分は名も知らぬこの少女に押し倒され泣かれているのか……倉敷は困惑していた。学生時代から老倉少女のよく言えば破天荒、悪く言えばイカれた言動で不測の事態にはある程度耐性のある倉敷にもこの現状は如何ともし難いものだった。
「何かしたか?じゃないわよ!!何もしなかったんでしょうが!この結婚詐欺師!!!」
北長瀬の叫びに会場が響めく。ただでさえ未成年に押し倒され泣かれている状況、既に周囲は奇異の視線を倉敷に向けていた。そこへ飛び出た『結婚詐欺師』という言葉に野次馬達は倉敷を有罪と判断し写真を撮るフラッシュの嵐が舞い、その画像は直ぐにネットの海へと放たれる。
『動画配信者桃太郎、未成年のわらびもちに手をだしたか!?』
『桃太郎が結婚詐欺!?涙ながらにわらびもちが語る!!』
『まさかの二股!?老倉とわらびもち本命はどっち!?』
「ちょ!!何撮ってんすか!!禁止!撮影禁止!もしもこんなところを老倉に見られたらどうなるか……庭瀬さんも見てないで止めてくださいよ!」
「え?ダメなの?こういうスキャンダル的なのも私としてはウエルカムなんだけど」
「いい訳ないでしょうが!!!てかお前はいつまで抱きついてんだ!!いい加減離れろ!」
「嫌だから!離したらまた逃げられる!」
「逃げも隠れもしねえよ!いいから離れろ、会話になんねえ!」
倉敷は北長瀬の顔を押し無理矢理に自身から引き離す。その際に彼女の鼻水が倉敷の服に糸を引き、なんとも言い難いシュールな光景を生み出していた。
「で?俺が結婚詐欺師ってどういうことだよ。なんで初対面のお前にそんなこといわれなきゃならんのだ」
「アンタが結婚詐欺師だからに決まってるでしょ!一年前、私と結婚してくれるって言ったくせに……老倉さんなんていう婚約者がいたなんて……絶対に許せない、、、私がどれだけ傷ついたと思ってるのよ!」
北長瀬のシャウトにまたも周囲が動揺した。それもそのはずだ、北長瀬は現在15歳。一年前と言えばまだ中学生だったのだ。もしや老倉から逃げ回っているのは彼がロリコンだからなのでは?という邪推がどんどん周囲に浸透していく。
引き離されても尚も腹部に抱きつこうとする北長瀬を倉敷は彼女の頭部を押さえ拒絶する。この相手が仮に老倉だったとすればその圧倒的フィジカルに倉敷は逃亡するしかないのだが相手が15歳の少女であるならば倉敷にも多少の余裕はあるらしかった。
「俺がいつお前と結婚の約束をしたよ……証拠があるなら見せてみろよ」
「証拠ならあるわよ!!」
そう言って北長瀬が取り出したのはスマートフォンだった。数度操作した後、画面を勢いよく倉敷に突きつけた。
『だったら俺みてぇに配信者になればいい。配信者がだめなら家政婦でもあんだろ。もしそれでもダメなら俺が嫁に貰ってやるよww』
不躾で、品のない笑い声と共にかつての倉敷の音声が再生される。
――まずい。
直ぐに倉敷は過去を思いだし状況を理解した。
言った。自分は確かにこのセリフを吐いた。だけど、それはあくまでもおふざけでしかなくて、誠意の欠片もない言葉だ。小学生が幼馴染と交わした将来の約束以上に意味も効力もないはずの言葉だ。
しかし結局の所、言葉の真意や意味などは受け取り手がどう捉えるかに一存される。今回の場合で考えてみれば疑う余地なく、勘違いの余地もなく、倉敷は北長瀬を嫁に貰ってやると宣言しているのだ。アーカイブとして証拠も残っているのだから言い訳もできない。
(助けて)
ことの深刻さとヤバさを理解した倉敷は視線で庭瀬に助けを求めた。その助けを受け、庭瀬は顎に手をやり考える素振りを見せる。「うーん、どうするのが面白いかしら」と聞こえた気がしたが倉敷は幻聴だろうと己に言い聞かせた。
「ねぇわらびもちちゃん。さっきの動画だと倉敷くんがわらびもちちゃんと結婚する条件は『わらびもちが動画配信者として成功しなかった場合』っていう風に聞こえるけど……わらびもちちゃん成功してるよね?」
庭瀬の言葉にわらびもちこと北長瀬は硬直した。その横で倉敷は『えっ!?こいつが探してたわらびもちなのかよ!?』と驚愕した。
「せッ、成功してないですけど……?」
「いやいや、チャンネル登録者10万人も抱えといてそれは無理でしょ」
「そうだ!そうだ!お前は成功してんだよ!だからあの約束はなし!俺は結婚詐欺師でもない!」
攻勢とみるや倉敷も責め立てる。しかし北長瀬は尚も倉敷の手を押しのけ彼に飛びかかる体勢を崩さない。
「だってある程度知名度がなきゃこの人には会えなかったんだもの!!現に今だってそう!このパーティに呼ばれてなかったら私は今日もこの人に会えてなかった!それに!!チャンネル登録者何人以上で成功とかそういうのは決めてなかったから!私はまだまだ成功してない!」
「むちゃくちゃか!?」
荒れ狂う二人を前に庭瀬は思考する。脳内での議題は『このめちゃくちゃ面白い状況をどうにか利用して動画のネタにできないか』。結論は直ぐにでた。
「分かったこうしましょう。二人でゲームで対戦をする。わらびもちちゃんが勝ったら倉敷くんと結婚。倉敷くんが勝ったらわらびもちちゃんはうちのMCNへ移籍……これでいきましょう!!!」
□□□□□
これは今から10年前、当時小学六年生だった老倉やかげが野イノシシにタイマンを挑み、初めての敗北を経験した直後のことだ。
時刻は早朝6時30分。老倉やかげの母である
「やかげ〜〜。ご飯出来てるから手ぇ洗って食べちゃいなさい」
老倉母は玄関まで届く大きな声で娘へと声をかけた。だが反応がない。いつもなら直ぐに『うん、わかった』という返事が帰ってくるのに。心配になった母はとてとてと玄関まで出迎えに行った。
そこにあったのは泥だらけになり、目元を赤く腫らした娘の姿だった。母は驚き娘へと駆け寄る。
「やかげちゃん!?何があったの!?」
「やかげのパンチ……イノシシに効かなかったです」
老倉母は瞬時に状況を理解すると共に絶句した。確かに、彼女もこの辺りにイノシシが出没することは知っていたし、彼女の管理する安納芋畑がその標的になるであることも承知した上で娘に畑の管理を任せていた。だが、それはあくまでも害獣の危険性や悪性を身をもって体感して欲しかったからであった。通常、野生動物はこちらから手を出さなければ襲ってくるようなことはまずない。
昔から大人しく、引っ込み思案な娘だ。イノシシに遭遇すれば直ぐに逃げ帰ってくる、そうすれば危険はないだろう───そう母は考えていた。
しかし、その大人しいはずの娘がまさか拳一つでイノシシに立ち向かうなどと誰が誰が想像出来ただろうか。
自身の教育不足で娘に何かがあったら───── 老倉母は背筋が凍った。
「けっ、ケガは!?やかげちゃん怪我はないの!?」
「はい。男の子が助けてくれました……」
「男の子……?あっ、そう言えば」
老倉母は娘を助けたという男の子に心当たりがあった。通常、老倉家の敷地内にある老倉少女の安納芋畑に男の子等いるはずはない。だが今日に限っては違う。それは昨日、老倉母が夕食の用意をしていた時の事だ。
ピンポーンというチャイムが鳴らされ彼女が玄関へ客を出迎えに行くとそこにいたのは娘と同年代くらいの少年だった。
『あら?あらあらあら?もしかしてやかげの友達かしら?』
今年小学六年生になる愛娘であるがこれまで友人を我が家に招くという事は一度もなく、それ故に母として娘の交友関係に対して気を病んでいた。
『やかげ?誰それ?』
どうやらこの少年は娘を訪ねてきたわけではないらしい。母は落胆した。
『ここ、老倉さん家だよね?明日の朝なんだけど畑の方に入らせてもらってもいい?カブトムシとかとりたくて』
『ああ、そういうこと。良いわよ、荒らさないようにだけしてね』
『うん!ありがとおばさん!』
そんなやり取りがあったのを老倉母は思い出した。おそらくはあの時の少年がやかげを助けてくれたのだろう。あの少年は確か倉敷さん家の長男だったはず……
「お母さん……」
「うん?やかげちゃんどうしたの?」
少年の家にお礼を言いに行かなくては、手土産は何が良いだろうかと悩んでいると聞いたことも無いような娘の声が聞こえた。様子がおかしい。いつもは堂々と無表情に言葉を述べるやかげが俯き、服の裾を掴み言い淀んでいる。
イノシシの恐怖に身がすくんでいるのかとも思ったがどうやら違うらしい。その頬は蒸気しやかげ自身困惑しているようでもある。
(おや?おやおやおやおや?)
見たこともない娘の表情ではあったが見覚えがないわけではなかった。母自身その表情を幾度となく浮かべてきたからだ。赤く染まり羞恥に身を焦がすかのようなその表情、まさに恋する乙女の表情に他ならない。
母は歓喜した。友達もつくらず、趣味もなく、ともすれば自分自身にすら興味がないのでは思ってしまうほどに娘は達観していた。よく言えば精神年齢が高いと言えるのかもしれないが母としてはそれは違う。人を育てるのは他人との触れ合いだ。励ましあい、競い合い、時に傷つけ合って人は成長する、その過程をすっとばした達観など張りぼてでしかない─────それが母の持論だった。
しかし、とは言っても他人との関係は母から強制するものでもないというのもまた老倉母の持論であり、故に母からできるのは『家の手伝いはしなくてもいいよ』と言うことくらいだった。まあそれでもやかげが安納芋畑だけでなく農場全体の手伝いを止めることはなかったのだが。
しかしそんな娘がちょっと目を離した隙に恋する少女になっている。
(イノシシに襲われていた所に颯爽と現れて助けてくれた謎の少年……そりゃ恋もするってものね)
俯く娘の前で老倉母は倉敷さん家の長男に親指を立てた。グッジョブ少年、お前がうちの婿だ。
「お母さん、何か……モヤモヤします」
「そっか、モヤモヤするか……うんうんモヤモヤするよね」
「……?母さんもモヤモヤすることあるんですか?」
「最近はないけどね。昔は父さんの事を思うとずっともやもやしてたわよ」
老倉母は若かりし日に想いを馳せた。懐かしい……あの時は夫を捕まえる為にあとを付け、交友関係、家族関係、趣味、将来の夢など全て調べ上げ少しづつ、少しづつ外堀を埋めていったっけか……あの時の努力があったからこそ夫を捕まえ幸せな家庭を築けている……こんな事を言えば夫は苦い顔をするだろうが母は本気でそう思った。
「父さん?父さんのことを考えてもモヤモヤしませんよ?」
「当ててあげる。やかげはそのイノシシから助けてくれた男の子の事を考えるとモヤモヤするんでしょ」
「!……はい」
「苦しい?」
「はい……」
「そっか。じゃあ治しにいかなきゃね。さっ!早くご飯食べてちゃって!そしたらうんとお洒落して倉敷さんの家にもやもやを治してもらいに行きましょ!」