走る事を宿命付けられて生まれてきた乙女達、ウマ娘。

しかし彼女達の輝かしい栄光の影には、当然暗い闇も隠されている訳で……これはウマ娘達の暗部を、少し覗いてみた、そんなお話。

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馬娘競走録カズタカイザー

 ウマ娘。

 

 時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継ぐ、走る為に生まれた少女達。

 

 しかしレースに勝利し、人々から賞賛を受け、拍手の雨を浴びるウマ娘はほんの一握り。その影では、当然その何倍もの数と密度の闇も蠢いている訳で……

 

 今回の物語も、そんなウマ娘達の暗部の、ほんの一部に過ぎない……!!

 

 

 

 

 

 

 

 東京都府中市、「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」通称トレセン学園。

 

 全国のウマ娘トレーニング施設の中でも最新鋭かつ最大規模の施設で、入学を許されただけでも非凡な、選ばれたウマ娘の証明とさえ言われる程の名門である。

 

 さて、このトレセン学園には幾つかのチームが存在している。ウマ娘が競い合うレース「トゥインクル・シリーズ」に参加する為には、必ずいずれかのチームに所属していなければならない。有名所としては、トレセン学園最強とされる<リギル>や新進気鋭の<スピカ>などが挙げられる。

 

「ブツ……ブツ……」

 

 見るからに不機嫌な顔と表情、それに仕草で一人のウマ娘がトレセン学園内を進んでいく。

 

 体格も毛並みも、どんなモグリや駆け出しのトレーナーでも一目見て素晴らしいと断言するだろう。それほどに全身から発せられるエネルギー、オーラが物凄い。

 

 白く美しい頭髪が特徴的なそのウマ娘の名は、カズタカイザー。チーム<福本>所属である。

 

 彼女、入学時は才能の発揮を期待されていたのだが……

 

「……あ、あの……カズタカイザーさん……」

 

 三歩ほど後ろを歩いて付いて行くそのウマ娘は、ユキオー。カズタカイザーとは同期だ。

 

 良く言って地味、悪く言えばみすぼらしい風貌である。

 

 入学当初は、天才たるカズタカイザーが居た事もあってその影に隠れ、大成は出来ないであろうと思われていたのだが……

 

「え、えっと……」

 

 ユキオーがカズタカイザーからは見えないように、後ろに回した手には新聞が握られている。

 

 新聞には、一面記事で<ユキオー快進撃、圧倒的……! カズタカイザーいいとこなし!>とデカデカと書かれている。

 

 記事にある通り、カズタカイザーは最近はめっきり不調。素質は十分以上だし練習も真面目にやっているのだが、いまいち戦績が伸びない。

 

 対してユキオーは連戦連勝。波に乗りまくっている。

 

 自分を褒める記事が載っているのだから、本来ならば喜ぶ所ではあるのだが……

 

 しかし……

 

『ダメ……っ! この見出しは……っ!』

 

 胃痛を感じ、思わずユキオーはお腹に手をやった。

 

 何を隠そうこのカズタカイザーとユキオー、それぞれの父親が会社で上司と部下の関係なのである。

 

 いや、それだけならばまだ良いのだが、問題はその会社の性質である。

 

 実名は伏せるが、消費者金融を主体として、カジノやホテル、レストランなど多角的な経営を行う日本最大規模の巨大コンツェルンであり、しかもその会社の性質は、一言で言うならばブラック。それも漆黒……っ!! ブラック中のブラック……っ!!

 

 何しろ二位以下をブッちぎって最高権力者である会長の機嫌一つで、いとも容易く役員クラスの降格や解雇が行われるのである。噂では人命を懸けての非合法なギャンブルも行っているとか……!!

 

 そしてカズタカイザーの父親こそはその会長であり、ユキオーの父親はナンバー2候補の一人に数えられる実力者なのだ。

 

 当然そういう関係だから、ユキオーがカズタカイザーの機嫌を損ねたりしようものなら、そのまま連鎖的に父親の減俸や降格、あるいは失職まで有り得るかも知れない。一寸先は闇、毎日が地雷原を歩いているようである。

 

「まぁまぁ、カズタカイザーさん、これから巻き返せば良いだけですよ」

 

 慎重に言葉を選ぶユキオーであるが……

 

「!」

 

 ぴくっ、とカズタカイザーの耳が動いた。

 

 ぐるりとユキオーを振り返る。

 

「へぇ、そう思うの?」

 

「は、はぁ……カズタカイザーさんは、これからだと……」

 

「ほほう……」

 

 にやりと笑うカズタカイザー。

 

 この時、ユキオーは悪寒を感じて体をぶるっと震わせた。

 

 今までずっとカズタカイザーと付き合ってきた彼女には分かる。カズタカイザーは、絶対に良からぬ事を企んでいる。彼女がこういう時は決まってとんでもない無茶振りが来るのだ。

 

 ごくりと唾を呑んだユキオーは、再びお腹に手を当てた。今日からまた胃薬の量が増えそうだ。

 

 

 

 

 

 しかし次の日、想像を超えた思いも寄らぬ事態に。

 

 

 

 

 

「おはようございます、カズタカ……」

 

「おはよう、カズタカイザー」

 

「!?」

 

 ユキオーは仰天する。

 

 カズタカイザーが、ユキオーの事をカズタカイザーと呼んできたのだ。

 

 最初は寝惚けているのかと思ったが……

 

「え、いや私はユキオー……はっ!!」

 

 この時、ユキオーに電流走る……!!

 

 カズタカイザーが企んでいるのは、とどのつまり……ユキオーと自分との……入れ替え……!!

 

 そうして好調のユキオーがカズタカイザーとして戦績を伸ばした後に、しれっと元に戻って自分の戦績にしてしまうつもりなのだ。

 

「ううっ……!!」

 

 普通なら当然……このような横暴は拒否するものだろうが……

 

 しかしユキオーは彼女の父親がそうであるように……答え続けてきた……カズタカイザーの独善……エゴや無理難題……!!

 

 その全てに笑顔で……YESと……!! 「あなたは激辛100倍カレーを食べますか?」と聞かれたのなら「はい! 喜んで…!」と…!!

 

 そうする事で今までやってきた……!! いわばこれはユキオーにとって一つの……この世界を生き残る為の処世術……!! 周りが脱落していく中で……カズタカイザーのワガママに答え続けてきたからこそあるのが今……!!

 

 故に1択……!! ユキオーの答えは当然……

 

「は、はい、ユキオー……さん、今日も良い天気で……!!」

 

 入れ替わる……!!

 

 カズタカイザーがユキオーをカズタカイザーと言えば……必然、ユキオーはカズタカイザーに……!!

 

「何をやってるんだあいつらは……」

 

 やれやれと呆れたようにそんなやり取りを遠目から見るのは、チーム<福本>最強のウマ娘にしてトレセン学園の中でも最強の一角とされる実力者、ナリタブライオンである。最近はカズタカイザーと同じく調子が上がらず戦績も振るわないが、その才能に期待する者は未だ多い。

 

「またいつものカズちゃんのワガママでしょ。しょうがないんだから……」

 

 と、後ろからコメントするのはミココノチカラ。実力は正直言って物足りないが、個性的な風貌と理想的な人柄から根強い人気のあるウマ娘である。

 

「ふん、ウマ娘にとってはレースで勝つ事こそが全て。いかなる小細工も、力でねじ伏せるのみ。三週間後の安岡杯で、私がそれを証明してみせよう」

 

 そう言った所で、ナリタブライオンの視線はすぐ隣に立つウマ娘へと動いた。

 

「アーネス、恐らく次のレースは私とお前の一騎打ちになるだろう」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

 びくりと体を竦ませたのは、隣に立っていたウマ娘でアーネスエイジ。デビューからこっち不調続きであったが、最近はまるで「人が変わったような」素晴らしい走りを見せており、チーム<リギル>からもスカウトの声が掛かっているらしい。

 

「私のライバルとして、素晴らしい走りを期待しているぞ。それでは、私はトレーニングがあるので、これで」

 

 そう言って、ナリタブライオンは走り去っていく。後に残されたのはミココノチカラとアーネスエイジだが……

 

「うん?」

 

 ミココノチカラは、気遣わしげにアーネスエイジを覗き込んだ。

 

「どうしたの、アーネスちゃん……? 顔が真っ青で汗だくだけど……」

 

「い、いや……何でもないよ……!!」

 

 しかし、この時のアーネスエイジの心中たるや穏やかではなかった。

 

『言えない……!! 私が実はアーネスエイジじゃなくて、ナリタさんを倒す為の刺客としてヨーロッパからやってきたラムタルだなんて……!! その為にアーネスさんと入れ替わっているなんて、とても言えない……!!』

 

 世の中、大概の発想には先駆者が居るもので……カズタカイザーとユキオーの間で行われた入れ替えは、なんと既にアーネスエイジとラムタルの間で行われていたのである。

 

 どうにか流れを切り替えようと、アーネスことラムタルは別の話題を探して、そしてチームで見知った顔が居ない事に気付いた。

 

「そう言えば、ノーカンシゴロは?」

 

「一日外出券をもらって、名古屋の方に出掛けたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 こんな感じで各人各様の想いと、その裏にある中々に生臭い大人の事情、しがらみ、モラル……様々なものを抱えて、開催されるレース、安岡杯。

 

 まずはパドックにて出走するウマ娘の紹介があるのだが……

 

<1番、カズタカイザー。トレーニングを積んだのか、非常に大きくなりましたね。見違えるようです。心なしか髪の色まで違って見えます>

 

<続いて2番、ユキオーは少し絞りすぎですかね……髪も白くなってしまって大丈夫でしょうか>

 

 場内にアナウンスが響いていくのだが……

 

『いや、気付けよ……っ!! どこからどう見ても別のウマ娘だろうが……っ!!』

 

 と、心の中でぼやくナリタブライオン。

 

『私も人の事は言えないけど、そっくりな私とアーネスさんと違って、カズちゃんとユキちゃんは似ても似つかないでしょうが……っ!! せめて似たウマ娘連れてこいよっ……!!』

 

 これはアーネスエイジことラムタルの心の声。

 

『……って言うか、体格が全然違うだろうがっ……!!』

 

 と、ミココノチカラ。

 

『……それより、観客がこれだけ居るのに誰も気付かないのか? 誰かツッコんでくれ、頼むから……っ!!』

 

 ノーカンシゴロも心中穏やかではない。しかし所詮観客の目など節穴という事なのだろう。祈りは届かず、誰もツッコミを入れてくれない。

 

「え、えっと……大丈夫……? ユキ……い、いや……カズちゃん……」

 

「う、うん……?」

 

 隣にゲート入りしたミココノチカラがそう尋ねて、そして自分を振り向いた現カズタカイザー旧ユキオーを見て、ぎょっとする。

 

 現カズタカイザー旧ユキオーは、一言で言うとげっそりしていた。

 

 頬はこけていて、顔色も悪い。目の下にはくっきりと隈が浮かんでいた。

 

 無理もあるまい。全く別のウマ娘と入れ替わってここ数週間生活してきたのだから。誰でもストレスが溜まるだろう。

 

 こんな調子で、トレーニングにも身が入っているのか……

 

 しかし、まもなく出走。他人に構っている場合ではないと、ミココノチカラは気合いを入れ直す。

 

 そして……遂に出走……!!

 

 が……

 

<1番、カズタカイザー……スタート失敗、大きく出遅れました……>

 

 ダメ……っ!!

 

 現カズタカイザー旧ユキオーは、いきなり出遅れて最後尾に取り残されてしまった。

 

<先頭はユキオー! 続いて7番アーネスエイジ、そして11番ミココノチカラ……>

 

「ううっ……?」

 

 一方で思い切り策が裏目に出た現ユキオー旧カズタカイザーであるが、しかし今日の彼女は絶好調。トップを走るのが嫌なウマ娘など居はしない。最初は旧ユキオーが戦績を上げた後は入れ替えをやり直してその記録を自分のものにしてしまう心算であったが……この調子ならこのまま自分がユキオーに成り代わってしまうのも良いかなと、頭の片隅で思い浮かべる。

 

 だが、残り300メートルになって、波乱が起きた。

 

<大外を回って、ナリタブライオンが追い上げてきました!! カズタカイザーも来た!! 出遅れたにも関わらず怒濤の追い上げ……!! あっという間に先頭グループ!!>

 

 解説通り、最初は後方に付けていたナリタブライオンが、ここへ来て好調時の走りを取り戻したような、他とは異次元のスピードを発揮して猛烈な追い上げを見せてきた。同時に現カズタカイザー旧ユキオーも、元々好調の波に乗っているウマ娘であったので、その調子を落とす事無く、本来の実力を発揮してきた。

 

 トップを走るのは現ユキオー旧カズタカイザー、とアーネスエイジこそラムタル、そして猛追するナリタブライオンと現カズタカイザー旧ユキオー。

 

 4人のウマ娘による熾烈なトップ争い。

 

「やるじゃあないか、カズタカイザー」

 

 にやっと、ナリタブライオンが口角を上げる。

 

「元々素質はあるんだ。色々小細工するより、そうしている今のお前の方が、ずっと素敵だぞ!!」

 

 その上で勝つのは自分だと。最後の脚力をつぎ込む。

 

「ここへ来たら、もう偽物も本物もないよね……勝つか負けるかだけ!!」

 

 アーネスエイジことラムタルも、全てのしがらみが今は頭から失せていた。ここへ来て、彼女はウマ娘の宿命たる走る事に立ち戻ったのだ。

 

「…………!!」

 

 現カズタカイザー旧ユキオーは、無心だった。もう親の仕事も立場も関係無い。走る事、それだけに全ての感覚を集中させていた。

 

「勝つのは王たる私だ……っ!!」

 

 現ユキオー旧カズタカイザーもまた、今は全ての謀略が頭から失せていた。彼女には誇りがある。勝つべくして生まれてきた、誰よりも高みに到達する最高のウマ娘であるという誇りが。それを裏付ける為の鍛錬だって、一日だって欠かさずやって来た。その矜持が負ける事を許さない。

 

 4人全員が、一直線に並ぶ。

 

<カズタカイザーか、ユキオーか、ナリタブライオンか、アーネスエイジか!!>

 

 その時だった。わっと、歓声が上がる。

 

<あっ……>

 

 漆黒の影が、4人の間に差し入ってくる。

 

<猛追……っ!! 間からもう一人……!! 8番……? マ……マックロサキー……っ!?>

 

「「「「えっ!?」」」」

 

 4人が驚く暇も無く、いきなり現れたウマ娘・マックロサキーが1着でゴールインしてしまった。

 

 2着以降は、4人がほぼ同時にゴールインした。

 

「ふうっ……良い勝負だった。またやろう、ユキ……いや……カズタカイザー……」

 

「ええ……ナリタ……次こそは私が勝つわ」

 

 破れたとは言え、全力を出し切ったのだ。負けて悔い無し。さわやかに握手するカズタカイザーとナリタブライアン。

 

「災難だったわね、あなたも……カズ……ユキちゃん」

 

「ええ、アーネスエイジさん。でもこれでカズタカイザーさんも、少しは懲りただろうし……」

 

 

 

 

 

 

 

 ところが、その次の日……

 

 

 

 

 

 

 

「次のレース、頑張れよ。カズタカイザー」

 

「いや、私マックロサキーです」

 

 カズタカイザーは、ちっとも懲りてはいませんでしたとさ。

 



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