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───自己紹介。それは人間関係の始まりである。
───人間関係における第一印象というのは一度定着してしまうと良くも悪くもそれが変わることはあまりない。
「(先ほどの銀髪の行動に激昂しなかったのも全てはこの自己紹介という試練をより円滑に進めるため。さて…行くか)」
故に、この男に失敗は許されないのである。
「デュノアさん」
七瀬は他のクラスメイトがシャルルに話しかけるよりも先に彼に話しかけた。
しかし七瀬が先程のラウラの一件の関係者となってしまったことによるものなのか、シャルルは少し不安そうな顔をしていた。
「(やはり先程のことで警戒されてしまっているようだな。しかし、ここで引き返すわけにはいかないな)」
七瀬は改めて決意を固め、シャルルの前に立った。
「はじめまして、デュノアさん。俺は東七瀬。
初日から色々あって混乱していると思うが、同じ男子同士、仲良くしたいと思ってる。・・・いいか?」
慣れない自己紹介にはにかみながらも七瀬はシャルルに手を差し出した。
「(できることはやった。・・・さぁ、どうだ?)」
シャルルは差し出された手を不思議そうに見ていたが、すぐに顔を上げて七瀬の手を両手で握り返した。
「シャルル・デュノアです。
学校どころか、この国のこともまだ分からない僕だけど…仲良くしてね、東君!」
「…!あぁ、よろしく」
一瞬だが反応が遅れた七瀬。
よもや両手で握手されるとは思わなかったらしく、七瀬は緊張していた。
「(フランスでは握手は両手でするものなのか…?)」
困惑していた七瀬。しかし背後から送られていた生暖かい視線に気づき、シャルルと手を離してそちらを振り向いた。
「なんだ織斑、その子供の成長を見守る親のような目は」
「いやいや、なんでもないよ」
七瀬はクラスを見渡す。するとクラスメイトの数名も一夏と同じような目をしていたことに気がついた。
「あずさんが自分から人に接してる~。およよ…」
「もう茶化してくれた方がマシだよ」
本音にまでそんな反応をされ傷付く七瀬。
そんな七瀬を見た一夏は話題を変えることにした。
「そんなことよりお二方、一時間目はISの実習だ。
女子が教室で着替えるから、ささ、俺たちもアリーナの更衣室に移動しようぜ!」
「わわっ!?」
「お、おい押すな」
クラスに男子が増えたためか、えらく上機嫌な一夏はシャルルと七瀬を背を押しながら教室を出る。
「(こいつ、これからこんな調子で大丈夫か…?)」
普段とは違う浮かれた一夏を見た七瀬はそんなことを思うのだった。
**************************
「男子はアリーナの更衣室で着替えるんだ。
実習の度に移動するようだから早めに行動した方がいいぜ。今日みたいな日は特にな」
「今日みたいな日…?今日は何かあるの?」
「おい、そろそろ俺の背中を押すのを止めろ。
自分で歩ける」
シャルルと七瀬の背中を押して急かす一夏。
なぜ一夏がこんなにも急かすのか分からなかったシャルルだが、すぐにその理由を知ることになる。
『いた!こっちよ!』
「うわぁっ!?もう見つかったのか!」
HRが終わると同時に各学年のクラスから、転校生であるシャルルの情報を偵察に駆け出した者がいた。
この集団に捕まれば最後、質問攻めにされるあげく授業に遅刻。野郎三人揃っての千冬の特別補修に送り込まれてしまう。
『見て!織斑君が二人の肩に手を乗せてる!』
『うーん、けど東君は邪魔かな』
『失せろ!貴様にはノーマル(NLカプ)が似合いだ!』
「ネタでなければぶっとばしてるところだが…
イレギュラー(BLカプ)なんざこっちから願い下げだ」
各々が黄色い声やらボロクソを述べていく中、どんな反応をすればいいのか分からずにいたシャルル。
じりじりとゾンビのようにシャルルに迫る彼女たちの間に入ったのは七瀬だった。
「転校生に興味を持つのは分かりますが、織斑先生の授業に遅れるのだけは避けさせていただきたい」
彼女たちにそう言う七瀬。
しかし…
『東君、邪魔』
『どいて』
「すまない。俺ではどうにもできん」
「「意思弱すぎない!?」」
瞬殺だった。彼女たちの目が『邪魔するなら殺す』、とそう言っていた。恐らく七瀬が何を言っても彼女たちには聞こえないのだろう。
転校してきたばかりのシャルルですら七瀬の立場の弱さに驚いていた。
「あぁ、もう…皆!頼む!!
シャルルはまだ転校してきたばかりなんだ!初日から出席簿をくらうなんて嫌なスタートはさせたくない。
今回は見逃してくれ!」
役に立たない七瀬に変わって彼女たちに呼び掛ける一夏。
するとどうだろう。
『まぁ織斑先生の授業なら仕方ないか』
『あとでちゃんとインタビューの時間作ってねー』
この差である。隣にいたシャルルは七瀬を可哀想な物を見るような目で見ていた。
「・・・そんな目で見ないでくれ」
なんとも言えない雰囲気になりながら三人はアリーナへ向かうのだった。
*************************
「さっきは助かったよ。ありがとう、織斑君」
「いいって。俺たち三人、同じ男子同士、これから助けあって行こうぜ!
知ってると思うけど、俺は織斑一夏だ。一夏って呼んでくれ」
「うん。よろしく一夏。
僕のこともシャルルでいいからね」
持ち前の明るさで自己紹介をする一夏。
初対面の相手に話しかけるだけで試行錯誤を繰り返す、どこぞのコミュ障とは大違いである。
「(コイツのコミュ力はやっぱ化け物だな。
少し分けてほしいくらいだ)」
当のコミュ障は一夏のコミュニケーション能力の高さを再認識させられた。
「東君も。さっきはありがとう」
「何もできなかったが…」
「ううん。東君が僕を助けようとしてくれたことが嬉しかったんだよ。
ありがとう」
「・・・あぁ」
少しくすぐったそうにしながらそんな返事を返す七瀬。
「東君のことも名前で呼んでいいかな?
僕のこともシャルルって呼んでくれていいから」
「それはいいが…俺はデュノアと呼ばせてもらいたい。
まだ人を名前で呼ぶのに慣れていない」
「うん。分かったよ。七瀬君」
名前を呼ばれるのにも慣れていない七瀬はまたもくすぐったそうにしながら実習の準備をした。
********************
実習をするアリーナにて生徒たちは整列していた。そして今日の教え役である山田先生の指示を待つ。
教員用のラファール・リヴァイヴに乗って指示を出していた山田先生は他の生徒たちが訓練機を運んでくるのを待っていた。授業の用意から片付けまで自分たちでやらせる。それが山田先生の教え方である。
「各班用意はできたようですね。では授業を始めさせていただきます」
生徒たちの準備が完了したことを確認した山田先生は授業の開始を宣言した。
「今日はISの操作実習について行います。まずは専用機持ちの皆さんに搭乗から戦闘までの流れを実演していただきましょう。
凰さん、お願いできますか?」
「え?まあいいですけど...」
山田先生は鈴音に頼むようにして言った。それに大して曖昧な返事を返す鈴音。
「教師にははいと答えろ馬鹿者」
「は、はい!」
だが千冬は鈴音の曖昧な返事が気に入らなかったらしく、鈴音に怒鳴り散らした。
「山田先生、生徒相手にあまり下に出てはいけませんよ。
特にコイツのような相手にすぐに噛みつくタイプの生徒はすぐに調子に乗りますからね」
「なっ!?」
千冬からの酷い言いわれように鈴は絶句する。
「いいわよ、やってやろうじゃない!どんな奴だろうと返り討ちにしてやるわよ!!」
「その腰に手を当てて胸を張るのもやめろ。張れる胸もない癖に」
「ちょっと!今笑った奴、後で覚えてなさいよ!」
千冬の鈴に対する言葉に思わず吹き出した生徒がいた。
その者目掛けて鈴は視線を送り、プレッシャーを与える。
しかし、あろうことかその生徒たちは鈴にその胸を張ることで対抗してみせる。その姿はさながらこう語っているようであった。
『貧乳とは違うのだよ、貧乳とは』
「うぅっ……」
その生徒の行動が鈴の心を抉った。
そして鈴の涙を塞き止めていたダムが決壊する。
「うぅっ…い゛ぢがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!?おい馬鹿!スーツを濡らすな!」
鈴が一夏に泣きついた。そして鈴の涙が一夏のISスーツを濡らしていく。
「おっ◯いが全部じゃない!お◯ぱいが全部じゃないんだからぁぁぁぁ!!」
「わ、分かったから離れろ!あ、こら!俺で涙を拭くな!」
鈴を引きはなそうとする一夏。しかし鈴は離れない。
「(日本の学生っていつもこんな大胆なことしてるの…!?)」
転校してきたばかりのシャルルは異様な光景を目に焼き付けながら困惑していた。
「鈴さん!?あなた、どさくさに紛れて何をなさってますの!?」
「私だって一夏の胸で泣いたことはないというのに!」
「うるさいうるさい!!巨乳はよるな!!近寄るなぁぁぁ!!」
鈴の暴走を止めようと入ったセシリアと箒だったがすぐに一蹴されてしまう。
こうなっては止められる人物は一人しかいなかった。
「(俺になんとかしろっていうのかよ!?)」
「おりむー、そろそろりんりんを止めないと大変なことになるよ〜?」
「えっ?」
一夏は、本音が言っている意味がわからなかった。
しかし、周囲の女子たちがやたら熱い視線を送っていたことに気づいた一夏は本音の言っていたことの意味を理解した。
「お、おいバカ!!透ける!透けるから!!」
泣きついていた鈴音の涙が一夏のISスーツを濡らし、透かしてしまっていたのだ。
勿論、健全な女子たちはそれを止めるなどということはしない。むしろ各々が一夏の身体を永久保存しようと必死になっていた。
『保存班!撮影遅いぞ、なにやってんの!!』
『殺しはせん…体に聞くこともある』
「(こいつらもう駄目だな)」
七瀬は心底そう思った。
しかしながら健全な年頃であればこれが普通なのかもしれない。
「おい鈴!そろそろ離れてくれ!!
いろいろ不味いって!!」
「うるさい!こんなときくらい特権があってもいいでしょ!
いっつもいっつも胸の大きい娘がアンタの腕を占領してるんだから!」
「言い方ァ!言い方なんとかしろ!!
ま、待て千冬姉!出席簿だけは──」
千冬が一夏を睨み付けていた。不純異性交遊はいくら身内とはいえ許さないようだ。
「はぁ…鈴、俺はそんなことで人に優劣をつけたりしないぞ…?」
「……ほんと?」
涙で顔をぐちゃぐちゃにした鈴音が一夏を見上げる。
「当たり前だろ!そんなことで人の何が分かるっていうんだよ」
「うぅ……」
「体が変わったって鈴は鈴だろ。
何も変わらねぇし、今の鈴じゃない鈴なんて考えられねぇよ」
「一夏ぁ…ありがと...ありがとね...」
「お、おう...」
鈴音が泣き止み、スーツが透けるのを避けられたことに安堵する一夏。
「(鈴のこの癖、中学の時からずっと変わらないよな...気にする必要ないのに)」
服を濡らされるのは勘弁だが。そう付け足す一夏。
一夏の胸から離れた鈴音は再び腰に手を当てて胸を張った。
「それで、誰が相手なの?言っておくけど、今のあたしは手加減できないからね!」
『(調子のいい奴...)』
その場にいた全員が同じことを思った。
「凰さんの相手は…東君にお願いします」
「はぁ!?」
山田先生の選択に驚いたのは鈴音だけではない。授業を受けていた生徒たちもざわついた。
ISを使える女性よりも弱いとされる男を、それも専用機を持っていない七瀬を指名するなど、気が狂っているとしか思えないだろう。
「先生、俺は専用機を持っていませんよ」
「東君には学園の訓練機を使っていただきます」
「生徒の身で失礼しますが、自分を指名していただいた理由を教えていただいても?」
『していただいた』と言う辺り、七瀬はこの役を受ける気があるのだろう。
しかし、何の理由もなく採用されたのであれば自分でなくともよい筈だ。
七瀬はその理由が気になって仕方なかった。
「専用機と訓練機では搭乗の方法が異なります。
両方を実演してもらう上で、一番ISに乗っている時間が多い人を選びました。専用機持ちで一番多い時間ISに乗っているのは凰さん、訓練機に一番多い時間乗っているのは東君です。
ですからお二人を選ばせてもらったんです」
『先生、専用機と訓練機の戦いなんてすぐに終わっちゃうと思いますけど…』
生徒の一人がそんな声を挙げた。
しかしながら、これは当然のことである。
一国家の技術の粋を結集して作られた専用機と量産を目的として作られた訓練機の勝負など、結果は誰にでも見えていた。
「ならば、その短い時間の間に二人の操縦技術を研究しろ。それがお前たちの経験にも繋がる」
千冬の言葉に生徒たちは頷く。
すぐに終わってしまうとはいえ、専用機持ちの戦いはそうそう見られるものではない。その操縦技術を研究できる機会が手に入るのは操縦者として大きなアドバンテージになるのだ。
「では、自分は真打を使わせていただきます。」
「・・・いいわ。返り討ちにしてあげる。
後悔するんじゃないわよ!二人目の人!」
「名前くらい覚えてほしいものだな。
しかし、また真打に乗れるのは好都合だ!」
恋する乙女は盲目である。彼女にとって一夏以外の男性操縦者はおまけ程度にしか思っていないのかもしれない。
しかし、そんな鈴音の態度を見ていたセシリアと箒は、彼女がこれから迎えるであろう結末を予測していた。
「下調べも勝算もなしに勝利宣言とは余程の自信家のようですわね。
昔の自分を見ているようでなんだか複雑な気分です」
「お前にもそんな時代があったな。
あのときに比べて随分角が取れたな」
セシリアの言葉にそう返す箒。
昔こそ相手を見下すことのあったセシリアだったが今となってはそんなことはしない。
「東!機体の性能が全てではないことを鈴に教えてやれ!」
同じく専用機を持たない箒がそう言う。
「勿論だ。量産機だからといって長所がないわけではないことを教えてやる!」
七瀬がそう言って機体に搭乗しようとしたそのときだった。
『その通り、機体の性能がISの全てではないのです』
「え...?」
突然、箒の言葉を裏付けた者がいた。
その人物は生徒たちの集団に入ってくる。
「きょ、教頭先生...?」
『授業中に失礼しますね、山田先生』
教頭は山田先生に一言断りを入れてから生徒たちを見やった。
そしてシャルルの方へと歩み寄った。
『あなたが新しい男性操縦者ですか』
「はい。そうですけど...」
教頭はシャルルの前に立つ。
『まずは入学おめでとうございます。幸運な男性操縦者さん』
「幸運...ですか?」
『ええ。あなたは彼らのような不幸者と違って幸運ですよ。
容姿が女性寄りですからね。どうか彼らに毒されることなく頑張ってください』
シャルルは教頭の言葉を聞いて察した。この教頭は女尊男卑の思想にとらわれてしまっている人間なんだと。
「・・・はい」
しかし、それを分かっていながらもシャルルは頷くしかなかった。
ここに来たばかりで教師の怒りを買おうものなら異端児と判断されてしまい、今後の学園生活に支障を来すからだ。
「転校したばかりの転校生をチープな思想で汚して楽しいか三角眼鏡」
一人の言葉で授業の空気が凍りつく。
言うまでもないが声を挙げたのは七瀬である。
『気のせいでしょうか…?今汚らわしい男の声が聴こえた気がしましたが』
「アンタも人間なら聞き分けろ」
授業に参加していた生徒たちが青ざめる。
学園の中でも高い権力を持つ教頭にここまで逆らう人間はいない。
そんな愚行を働いた七瀬は、青ざめた彼女たちの目にどのように映っているのだろうか。
『はぁ…貴方のせいで学園の機体のほとんどが汚されましたよ。それに整備科の方々にまで影響を及ぼして…
貴方は自分がどれだけ害悪となっているか理解していますか?』
「害悪とは失礼な。
忙しい先輩方の代わりに機体の整備を無償で手伝うボランティア活動をしたまでですよ。…先輩方の整備技術をこの目で盗ませていただきましたがね」
無償ではないだろう、その場にいる全員がそう思った。
「と言っても先輩方からも腕を買われている布仏のサポートとして入ったに過ぎない。
さて教頭先生、そんな俺がどんな影響を及ぼしたと?」
今回七瀬はそこまで目立った改修や補修作業に携わっていない。そんな自分が整備科の精鋭たちにどんな影響を及ぼしたのか分からなかった。
自覚のない七瀬を見た教頭はため息をつきながら語った。
『貴方が真打の設計図に紛れ込ませて整備科に譲渡した拡張案です。
今整備科の一部生徒がその拡張装備の開発に力を注いでしまっています。そのせいで機体の整備に人員が回らずに訓練機の整備が遅れているんです』
それが今の整備科の抱えている問題であった。
そしてその整備科の問題は今のIS業界が抱えている問題に似ていた。
今のIS業界は最新の第三世代の機体の開発に人員を回しすぎて、現存している機体の整備や拡張が疎かになってしまっているのだ。
『新しい機体という形ばかりに囚われ、今ある技術を見失ってしまう。
形にばかりこだわる技術者など学園は求めていません。
この状況を作り上げたのは貴方です。憎き男性操縦者の東七瀬君?』
教頭の説明を聞いていた一夏は「やってしまった」と言わんばかりに額を手で覆っていた。
最近の一夏は箒やセシリア、鈴音との訓練を中心に活動していたため、七瀬の行動を知らなかった。
だが、よもや少し放置していただけでここまで大事を起こしているとは誰も思わないだろう。
『この責任を貴方はどう取るつもりですか?』
教頭は七瀬に問い詰める。
勿論七瀬に責任はある。訓練機の整備が遅れるというのは操縦者が抱える危険性も上がるからだ。
「(とはいえ、よくここまで早く嗅ぎ付けたな。
この教頭、どこまで俺を敵視しているのか)」
七瀬が呆れていると一人の生徒が声を挙げた。
「先生、せんせ~い」
『・・・なんですか?質問なら後にしなさい』
この場に合わない、どこかのほほんとした声。それが鬼気迫っていた教頭の調子を狂わせた。
布仏本音である。
「今日整備室を見に行ったけどー、整備予定の機体は全部整備が終わってたんですよ~。
だから~、先輩たちは時間に余裕があったから拡張装備を開発してたんだと思いま~す」
『!?』
表情こそ変わらないが、本音の言葉に教頭が驚愕する。
それもその筈、教頭は本日も整備科の生徒たちが整備予定になっていた機体に人員を回していなかったのを知っているからである。それを知っていて尚、整備科の生徒に注意を促さなかったのはこの一件を七瀬に押し付けるためだったのだろう。
『・・・いえ、そんな筈はありません。
先程整備室を見てきましたがまだ整備の遅れている機体は分解されたまま残っていました』
教頭は本音の言葉がハッタリだと信じた。
整備科の生徒が人員を回さなかったことも、自分が整備室に赴いてきたことも事実だからだ。
しかし、その考えも本音によって崩されることとなる。
「今ここに整備予定だった機体があるのがなによりの証拠だと思うんですよ~」
『なっ!?』
ここまで変化のなかった教頭の表情がようやく崩れた。
「(そう。その顔が見たかったのだよ、反面教師君)」
教頭の表情を見た七瀬が笑う。
まるで全てがうまく行ったと言うかのように。
「なんなら整備予定だった機体のコアナンバーと照らし合わせてみたらどうでしょう?
もし先輩方が整備した機体でなかったら、私の拡張装備が先輩方のお手を煩わせてしまったとして謝罪でもなんでもしましょう」
これが七瀬にとっての勝利宣言だった。
そう。この一連の事件全ては七瀬が仕組んだことなのである。
まず七瀬は匿名で整備科に真打の拡張装備の設計図を送りつけた。
整備科の生徒たちは何も知らないまま、それを学園から送られたものだと思い込み、拡張装備の開発を開始した。学園が既存の訓練機の整備よりも、真打の拡張装備の開発を優先的に進めるように指示を出したと思い込んだのである。
ここまでは教頭も知っていることだ。
しかし、彼女はあることを見落としていた。
「(何故俺が自分で拡張装備を作ろうとしなかったのか、とは考えられなかったのだろうか)」
そう。ここが落とし穴だった。
ロボット狂こと七瀬ならば他人に委託などせずに自分で作ろうとする筈なのだ。
ならば何故自分で作らず、こんなにも回りくどい方法で整備科に作らせたのか。
それは簡単なことだ。作れなかったのである。
そもそも拡張装備の基本設計をしたのは真打の開発元であるIS委員会であり、それに七瀬が多少の手を加えたものが今回整備科に渡った設計図である。
国連の機関であるIS委員会が設計した拡張装備は今の七瀬の技術では作ることができなかった。
だからこそ七瀬は設計図を整備科に送りつけ、拡張装備を開発させたのである。
「(それに、整備室に残されていた整備予定の機体の姿を見て何も不自然に思わなかったのか)」
先程教頭は整備予定の機体が『分解されたまま』残されていたと言った。
だというのにどうして整備予定だった機体がこの場にあるのか。
『ならあの分解されていた機体はなんだったのですか?
あれも整備予定の機体だった筈です!』
「分解されてたのは外装の損傷が激しい機体だね~。
今整備室にある資材だけじゃ直せない訓練機は資材が届くまで一度各部ごとに分解して使える部品と使えない部品を仕分けるんですよ~」
『資材が足りなかった…?
ならここにある機体はどうやって直されたというんですか?』
数機だけとはいえ資材もなしにどうやって整備修復を行ったのか。整備を行うことが少ない教頭にはそれが分からなかった。
「ニコイチではないでしょうか」
教頭の疑問に答えたのは七瀬だった。
「プラモ等で使われる製作方法です。
二つの機体を使って一つの完成品を作る方法です。
ISといっても壊れる部分や損傷の激しい部分は乗り手によって異なる。一度分解して壊れていない部分を集めて一つの機体として修復したのでは?
それなら数機しか修復されなかった理由が分かります」
『貴方には聞いていません!!』
自分が分からなかったことを目の敵としている七瀬に説明をされた教頭は堪忍袋の尾が切れた。
『そもそも、どうして貴方たち一年生がそんなことを知っているのですか!?』
「だから、前にも言ったでしょう。
俺と織斑、そしてこれからはデュノアもですが我々男性生徒は全ての科の授業に参加しなければならないのですよ。
様々な科の先輩方の背中を見て我々も学習しているんです」
教頭は七瀬が笑っていたのを見逃さなかった。
そんな自分を嘲笑うかのような七瀬の態度を見て教頭の中で全てが繋がった。
『まさか…全て貴方たちがやったというのですか…?』
「何のことでしょう?」
『っ…!!』
困ったような顔をしてとぼける七瀬。
教頭の言う通り、ニコイチと呼ばれる方法を使って機体を修復したのは七瀬と本音だ。
七瀬は敢えて、まだ自分に作れないものを整備科の生徒たちに作らせ、彼らの仕事である修復の作業を自分が行ったのだ。
言わば『仕事の交換』である。
「(先輩方を見て学んだ整備方法を試すこともでき、俺が使いやすい拡張装備の開発まで行えた。
俺を陥れるためだけに整備科の拡張装備開発を黙認していてくれたコイツには感謝しかないな)」
そう。七瀬は教頭の手段を逆に利用したのである。
教頭が拡張装備の開発に気付くところから仕事の交換まで全て七瀬の計画通りだったのだ。
「(例え整備科の生徒に整備の仕事をしたか確認を取ってもアンタの都合のいいようにはいかない。
彼女たちは仮にも自分の仕事をサボり、最新技術である拡張装備に興味を引かれてそちらに人員を回したという罪状があるからな。それから逃れるために『私たちは整備を行いました』と言わざるを得ない。
この嘘には整備科にとっても俺にとっても利点がある。契約のようなものだ。
・・・先輩方が拡張装備に興味を引かれるかどうかは賭けだったが)」
先輩たちの整備技術に自分に合った拡張装備。その二つを手に入れた七瀬のみが得をしたこの計画。
しかし新たな拡張装備を開発した整備科の生徒には学園から称賛が送られる。整備科の生徒にも得はあったのだ。
得がないのはただ一人、教頭だけだ。
「(まぁ、教頭先生の自業自得だな)」
二人の噛み合わない会話を聞いていた一夏は、教頭が七瀬の掌で踊らされていたことに気が付いた。
・・・心なしか一夏の表情も笑っていたが。
『貴方は私を利用したのですね…!』
「だから、先程から何の話をしているんです?
何故授業中にまで貴方に八つ当たりされなければならないんです?」
七瀬はとぼけ続けるが、何も事情を知らない周囲の生徒たちにはただ教頭が無知なだけで生徒である七瀬に指摘されたように見える。そしてその後の八つ当たりでもしているかのような態度を見て誰が教頭の味方をするだろうか。
少なくとも七瀬に非があるとは言わないだろう。
「それで、結局何の用があって授業に乗り込んで来たんです?
アンタとの決闘まで時間はまだあった筈ですが」
『・・・えぇ。そういえば、貴方の使う機体を聞いていませんでしたね。機体くらい選ばせてあげますよ』
追い詰められている状況だというのに教頭は不気味に笑っていた。作り笑いだということは誰の目にも明らかたったが。
「オーガント。俺一人では完成させられなかった、俺の技術集大成第一弾だ」
「えへへ~」
毎回のごとく自分を助けてくれている本音や一夏たちを見ながら宣言する七瀬。
『オーガント…?あぁ、それって───』
教頭の腕輪のような形をしたものから光が放たれる。
そしてそれは徐々に形を変えていき、一機のISが形成された。
教頭の腕輪は待機状態のISだったようだ。
「え…?」
展開された教頭の機体を見て声を挙げたのは本音だった。
「そんな…どうして待機状態に!?」
「どうして貴方が!?だってその機体は───」
セシリアと箒までもが困惑していた。
その機体は通常のISが持つものではない装備に一際目立つ肩部のスパイクアーマーが装着されていた。
「訓練機じゃなかったのかよ…
けど、どうしてアンタが!!」
一夏が叫ぶ先には、待機状態から完全に展開状態となり胸部装甲の『鬼面』が特徴的な機体が立っていた。
「プロト・オーガント……」
七瀬の目の前に現れたのは七瀬たちが作った筈の機体。そして彼らの技術集大成、プロト・オーガントだった。
『あぁ、オーガントとはこの機体のことでしたか。
ですが今はそんな名前ではありません。
教頭専用機『タイラント』です』
「(機体のデータ全てを初期化して訓練機としての機能をアンロックしたということか…
教頭め、たかが生徒一人を倒すためだけに手の込んだことを…)」
訓練機には操縦者に合わせて機体の性能の最適化を行う『フィッティング』と呼ばれる機能がない。これは誰でも使えるようにするためである。
千冬は訓練機としての機能をアンロックし、専用機として扱う動作の手間を知っていた。
機体を専用機として変更した場合、自動的に初期化が行われ、機体の設定を再度いじらなくてはならないためだ。その中にはエネルギーの伝達効率を変える『エナジーバイパス』の設定やソフトウェアも含まれるため、とても長い作業を必要とするのだ。
「あずさん…!!」
本音が涙目になりながら七瀬の腕を引っ張っていた。
当の七瀬は真っ直ぐにオーガントだった機体を見つめていた。
「あれはもはやオーガントではない」
本音や一夏が悔しそうな表情になる。
なぜこんな皮肉なことが起こってしまったのか。そんな気持ちがオーガントの開発に携わった者たちを押し潰していた。
ただ一人、七瀬を除いて。
「いいじゃないか!!」
そう叫んだ七瀬を本音たちは不思議そうに見つめていた。
七瀬の目は普段の光のない目から一変し、輝いていた。
「オーガントで問題視されていた部分を改良したか教頭さんよぉ!!
弱点が見つからん。一体どんな改造をしたんだ?え?」
変わり果てたオーガントを見上げながらそう語る七瀬。
「背部にはいかにも殺人的な加速を生みそうなバカデカいブースターを増設したか!
教頭さんよぉ。こんな改造するなんて、アンタ変態だよ。そこらの企業よりも突き抜けて変態だよ。
俺たちが作れなかった物を簡単に作っちまって…!!
・・・だが」
七瀬は『タイラント』という名前に変えられた機体、その操縦者を睨み付けながら叫んだ。
「勝手に俺たちの機体に手を加えたんだ。
どんな目に遭っても後悔するなよ?」
本音たちは七瀬が既に歯止めが効かなくなっていることに気が付いた。
そして彼が生粋の
「その変態武装、俺がいただく」
七瀬は教頭に改めて宣戦布告を送るのだった。
「(なんで一日目からこうなっちゃったの…?)」
自分はとんでもない魔境に足を踏み入れてしまった。
シャルルはそう思うのだった。
次回、教頭との戦い決着!因縁に終止符が打たれます。
祝!REバーニィザク発売決定!
バーニィ!もうMGから改造しなくていいんだー!!(アル風
今回もありがとうございました!
ロボット愛を込めた感想、高評価、お待ちしております!!
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