入学
「全員揃っていますね。それではSHRを始めたいと思います」
「どうしてこうなった」
IS学園の教室にて一人、七瀬はそう呟いた。
今まで他人の視線など感じなかった(というより向けられなかった)七瀬だが、この日だけは違っていた。
自分を省いたクラスメイト30名中、29名が女子。そんな状況の中で、出席番号上一番前の席になってしまう七瀬は後ろの席にいる女子生徒から向けられる針のように刺さる視線に緊張感を抱いていた。
「(そして俺の隣の席が例の織斑一夏か)」
七瀬は自分と同じくこの嫌な緊張感に悩まされている少年に目をやった。
「(お気の毒様、俺より目立つ席だな。…おそらく、俺たち二人セットで目立っているんだろうがな)」
七瀬は窓際の一番前の列の二番目、そして彼、織斑一夏は七瀬の隣である一番前の列の真ん中。二人セットで並んでいる以上、目立つのは必然的であった。なにせ二人とも世界に二人しかいない男性操縦者なのだから。
「私は副担任の山田真耶です。一年間よろしくお願いしますね」
「「よろしくお願いします」」
『………』
自己紹介した副担任の山田先生に反応したのは七瀬と一夏の野郎二人だけであった。
教室の女子生徒は未だに二人の席に視線を刺したままだった。
それに気づいた野郎二人は咄嗟に縮こまる。皆が静かな中、一人だけ声を出したら恥ずかしくなるというアレだ。
「(仮にも一年お世話になる先生だろうに…それでいいのか諸君…)」
七瀬は心底そう思うのだった。
一応、七瀬も世話になる教師に対してはそれなりの敬意を持って接する。七瀬が受けていた嫌がらせをもみ消した中学の教師には礼儀さえもわきまえなかったが。
「で、では一人ずつ自己紹介をお願いします…」
「(いかん、自分の生徒のあまりの無反応さに先生が半泣きになっていらっしゃる…)」
だがこの時、これから彼女が学園の教師の中で最大の苦労人になるということを七瀬はまだ知らないのだった。
「(というか今、自己紹介と言わなかったか?何も考えていないんだが…)」
七瀬の大嫌いな行事の一つ、それが自己紹介だった。
紹介できるようなことなど何も持ち合わせていない七瀬は新学期になる度にこの最悪の行事に悩まされていた。
「(とりあえず同じ男である織斑の自己紹介を手本にするとしよう…)」
「では次は…東君、お願いします」
「(あぁ、無理だ。俺、出席番号2番だったわ)」
出席番号1番の少女が自己紹介を終えると七瀬は指名を担任から受けた。
そう。これが彼が自己紹介が嫌いな理由の一つでもある。名前があ行であるため、基本的にいつも一番目か二番目というクラスメイトが注目するであろう順番に自己紹介させられるのだ。
嫌がらせにより、毎年友人ができないことが確定している中学のために自己紹介を家で考えてくるのも馬鹿馬鹿しいので今までは適当にやり過ごしてきたが今回ばかりは状況が違う。
この学園初の男子の自己紹介、それに耳を傾けない女子がいるわけがない。
「(クソ、織斑まで見てやがる。さてはこいつも自己紹介文考えて来なかったな?)」
自分がしようとしたことを棚に上げて言えたことなのだろうか。
七瀬は仕方なく席を立ち上がり一呼吸置いてから口を開いた。
「東 七瀬、です」
この後、七瀬の脳はフル回転した。数秒間の間に次何を言えばいいのか、どう繋げればいいのか模索した結果、自分が思っていることを率直に述べるという結論にたどり着く。
「ロボッt…ISには昔から興味があり、今日からこうしてIS操縦者の育成機関で学べるということをとても嬉しく思っています。右も左も分からないような状況ですがよろしくお願いします」
『……………』
教室が静まる。そして七瀬は緊張感で一気に頭に登っていた血が降りていくのを感じた。
「(何を言っているんだ俺は)」
自分でもそう思った。七瀬が言ったことは紛れもない本心であったがまず普段と口調が違う、そしてロボットという単語を瞬時の判断でISという単語に置き換えたのは流石に自重したのからなのか自分でも理解出来ていなかった。
「(慣れないことはするものではないな)」
七瀬がそう思ったそのときだった。
教室から小さな拍手が聞こえてくる。次第にそれは大きくなり、隣にいた一夏までもが拍手を送った。
「(受け入れてくれたのか…?)」
自分のこんな自己紹介を受け入れてくれたクラスを喜ばしく思う七瀬。当たり前のことかもしれないが、七瀬は高校一年にしてようやく自己紹介というものを成功させることができたのだった。
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「よ、よぉ。君がもう一人の男性操縦者だろ?」
「あ、あぁ。そうだ」
ぎこちない返事を返す七瀬。途中、隣の席の一夏が担任の織斑先生に殴られたり、織斑先生の登場による歓声で鼓膜が破壊されかけたりと色々あったが野郎二人はなんとか生き延びていた。
「さっきの自己紹介が有耶無耶になっちゃったから。ちゃんと挨拶しておこうと思ってさ」
「確かにたった二人の男子生徒としてこれからやっていくというのに、お互い関わらないままでは肩身が狭いしな」
「あはは…」
自己紹介文など何も考えていなかった一夏は先程の自己紹介で自分の名前を言っただけで終わってしまったのだ。
そんな自分の弟の自己紹介文が余程嘆かわしかったのか、二人の担任であり一夏の姉でもある織斑千冬はその手に持っていた出席簿を自らの弟の頭に振り下ろしたのである。
そのとき、七瀬を含めたクラスメイトが思うことはひとつであった。自分は絶対にあの鈍器(出席簿)で殴られまいと。
「(しかし、この二人、本当に姉弟だったとは…)」
七瀬は自分の仮説が合っていたことに対する驚きと世界の狭さを感じていた。
「俺は織斑一夏。趣味は…料理かな。これからよろしくな、東」
「あぁ、よろしく頼む」
七瀬は差し出された手を握り返す。こんなことを求められたことは今までなかったため、少し戸惑った七瀬だが一夏の性格を少しだけ理解しつつ、すぐに対応した。
「って…今の自己紹介をさっきできたらよかったな、俺」
「いや、その必要はないようだ」
「え?どういう…」
「ほれ」
七瀬が一夏に後ろを見ろと目で言うと教室の女子生徒たちは一番前の席の七瀬と一夏の方を見ていた。
二人の注目は教室内だけでは留まらず、廊下にまで侵食していた。他のクラスから情報を聞きつけたのであろう生徒が教室のドアに張り付いていた。
「怖ぇ、さすがに怖ぇよ」
これには流石にフレンドリーな性格であろう一夏も怯えていた。七瀬は顔にこそ出さないが今すぐにでも逃げ出したかった。
「けど、これで一人一人にもう一度自己紹介する手間も省けただろう。よかったな」
「他のクラスメイトにまで自己紹介することになるとは思わなかったけどな…」
廊下の生徒たちは各々メモ帳などに一夏の情報を書き込んでいた。七瀬は自分の情報が漏れなかったことに安堵する。
「あ、そうだ。早速なんだけど名前で呼んでもいいか?」
「名前で?まぁ、その方が呼びやすいならそれでもいい。だが、俺は織斑と呼ばせてもらいたい」
「そうか。分かったよ、七瀬」
やはり織斑一夏はフレンドリーな性格である。七瀬はそう確信した。だがそのおかげで早期に話し掛けられてよかったと思う七瀬がいた。
「話は終わったか?」
そんな中、二人の会話に入ってきた者がいた。
「箒…どうしたんだよ?」
「知り合いか?」
「あぁ。篠ノ之 箒(しののの ほうき)、俺が昔通っていた剣術道場の同門で幼馴染みなんだ」
目の前に現れた少女はいかにも大和撫子といった風格を漂わせており、そのツリ目は少し不機嫌そうにも見えた。
もっとも、彼女よりも目つきの悪い七瀬が思えることではないのだが。
「すまない、一夏を借りたいのだが」
「借りるって…俺は物か何かか!?」
普段の七瀬だったらすぐにでも構わないと返答をしていただろう。
だが、今回ばかりは状況が違ったので少し考えた。
「それを決める権利は俺にはない。だが、それはここを去らなければ会話できない内容なのか?」
「いや、そんなことはないが…私が一夏を借りたら何か問題があるのか?」
「あぁ。俺にとってはだが」
「どんなことだ?」
「簡単なことだ。女子生徒しかいない教室に男一人はキツすぎる。だから俺にとってはかなり重要な問題で──」
「一夏、行くぞ」
「……無慈悲だな君は。もう好きにしてくれ」
「そうさせてもらう。行くぞ、一夏」
「あ、あぁ…それじゃあ七瀬、また後でな」
七瀬を置き去りにして二人は教室を去っていく。廊下にいた生徒も大半は一夏と箒を囲むようにして去っていく。
「(さて、これからどうするか)」
1 携帯のイヤフォンで音楽を聞く
2 寝た振りをする
3 本を読む
「(……入学初日で1と2は最悪。3は…現在持っている本がラノベだけだから却下だな。結局どれも駄目か)」
『……の…な……』
いよいよどうしようもなくなった七瀬はこの場を切り抜ける方法を模索する。
自分に掛けられている声にも気がつかないくらい真剣に。
「(いっそ退室するか?ISの訓練のアリーナやら場所を先に把握しておくのは悪いことではないしな…いや、しかし時間が…)」
『あの~、聞こえてる~?』
「えっ?……ぬおっ!?」
七瀬は声のした方を振り向く。その先には顔があった。
比喩などではなくそのままの意味である。
七瀬が振り向いた先には一人の少女が七瀬の顔を覗き込んでいた。
超至近距離で少女と目が合った七瀬は驚き引き下がる。
「そ、そんなに嫌がられると私もショックなんだよ~…」
「すまなかった、別に嫌がったわけじゃあないんだ。だが流石に振り向いて目の前に人の顔があったら驚くぞ…それも見ず知らずの」
「あぁー、確かにそうかも~」
「(納得されたぞ)」
目の前のほんわかしたした少女を前に七瀬は対応に困っていた。
「えっと…君は?」
「布仏 本音(のほとけ ほんね)だよ~。布仏さんでものほほんさんでも好きなように呼んでくれていいよ~」
七瀬の前で少女は自己紹介をする。
記憶力が乏しい七瀬は初日からクラスメイトの名前をたった一回の自己紹介だけでは覚えられないのである。七瀬も自分の名前を覚えてもらった以上は相手の名前も早く覚えたいのだが。
「布仏、だな。俺は東 七瀬。俺のことも呼びやすいように呼んでくれ」
「じゃあ、あずさんって呼ぶね~」
「某軽音部の部員みたいだな…」
「それはあずにゃんだよ~」
「……あえて名前を隠したのが台無しだよ」
ネタが通じる相手で安心する七瀬。こんな些細なことでも今の七瀬にとっては緊張を解してくれることだった。
「あずさんはどうやってここに来たの~?」
「いろいろあってISを動かしちまってそれからはトントン拍子で連れて来られた、ってところか。君もニュースで見たことあるかもしれないが『エリア61事件』って知っているか?」
エリア61。七瀬が住んでいた地域のマップ上の別名である。
そこのISの稼働試験会場で起きたISによる襲撃事件、それが『エリア61事件』である。そしてそれは七瀬が初めてISを動かした日のことだ。
「知ってるよ~。ニュースでずっと取り上げられてたからね~」
ニュースの映像には規制のためか、本来あるはずの死体が映っていなかった。
死傷者もほとんど無しということで報道されていたが実際は大多数の人間が死亡した。
中学の頃の七瀬のクラスだけでさえ10人近く死亡していることがそれを証明している。
七瀬はそんな残酷な事件を本音のような女の子が見ずに済んでよかったとも思ったが。
「そのときだよ。俺が初めてISを動かしちまったのは」
「あずさんは襲撃してきたISと戦ったの?」
「あぁ。敵を撤退させるだけで精一杯だったがな…機体にも無理させちまったし、なにより敵の機体を鹵獲することができなかったのは悔しかった」
七瀬はあのときに敵のISを鹵獲出来なかったことを今でも後悔していた。敵の機体を鹵獲し、証拠として保管できれば政府が事実を隠蔽することも叶わなくなったからである。
七瀬が乗った『ラファール・リヴァイヴ』にもデータは残っていたが既に政府が回収。データも消去されてしまっただろう。
「でも、あずさんが乗った後のIS、凄く幸せそうだったよ~」
「それはどういうことだ?」
七瀬が乗って大破したIS、『ラファール・リヴァイヴ』の姿だけは包み隠さずに報道されていた。勿論、整備がどれだけ不十分だったかということも。
「あれだけ壊したのに、か?」
「私は整備科志望なんだよ~、だからあのISが持ち主さんにあんまり大事にされてなかったこともすぐ分かったよ~」
七瀬はあのISの状態を知ってから本来の持ち主に怒りをぶつけたい気持ちで一杯だった。愛機を大事にしないとは言語道断である、と。
「けど、だからかなぁ。あんな状態の自分でも少しでも多くの人を助けられたってことが幸せだったんだと思うよ~」
「……そうか。ありがとう」
七瀬は少しだけ肩の荷が降りた気がした。
「(確かに俺はクラスの奴らを助けられなかった。だが、少なくともあの機体にとっては無駄なことではなかったんだな…)」
夢への新たな挑戦権を与えてくれた、大破までして力を貸してくれた機体に自分は何もしてやれなかったと思っていた。
だが、あの機体も自分と戦ったことを幸せに思ってくれた。七瀬はそれが嬉しかったのだ。
「ほえ?私、何かお礼を言われるようなことした~?」
「機体は嘘をつかない、それを教えてくれたことに対しての礼だ」
「えへへ~」
出会ったばかりの少女に元気付けられた七瀬。
だが、この最初の出会いが後に学園すらも恐れる勢力の誕生となることを誰も知らない…
入学初日はまだ終わらない。
サブヒロインとは思えないかわいさの本音ちゃん登場。次回が代表候補生さんですね。