黒い外套を羽織り、ファスナーを上げる。腰に刀を一振帯び、部屋の外へ出た。
「待たせたな」
俺はあの男の旗印の元、雇われる事となった。揃いの黒衣に身を包み、夜闇を駆けて血を纏う。
ヴァリアー暗殺部隊。それが俺の所属する組織。
まあ、下っ端の下っ端になるのだがな。若人の中で己が刃を研磨するのも良い刺激になるだろう。 しゃらりと久方振りにも感じる髪飾りの重みにやはりこうでなくてはと思う。
「あら、素敵な髪飾りねぇ〜!私物かしらぁ?」
「うむ。やはり普段身に付けているものは、外せば物足りなくなる物だな」
ルッスーリア殿の肌の艶が良いのを言えば、スキンケアを変えたのだと嬉しそうに言ってくれる。
「やはり女人はいつの時代も美しいものだ」
「それこれ見てマジで言ってんのミカヅキ……」
「同上」
「ちょっとぉ!ベルちゃんマモちゃんそれどういう意味?!」
からからと笑っていれば荒々しく扉が開けられ、スクアーロ殿が現れる。
「ゔおぉ゙ぉお゙い゙!!!うるせぇぞぉ゙!!」
「お前のがうるせぇっつーの」
何か言ったかベルぅぅゔゔ!!大股でやってくる彼の頭に花瓶が飛んでくるのを"見送る"。
パァンっ!
「うがっ?!」
「黙れカス共」
花瓶が粉砕し、スクアーロ殿の髪に花と水が被る。
「……お前が三日月か」
「ああ、俺が三日月だ。……無駄な口上はお主には不要だろう?精々上手く使ってくれ」
「……ふん」
燃ゆる斜陽。名をザンザス。自らを薪として怒りを燃やす。
黒い髪に紅い目。
彼の炎はどこか懐かしさを感じて心地好い。
そんなこんなで顔合わせと相成った。
次の任務について司令を渡し、去っていく雇主に礼をする。その姿が扉に消えたと同時、隣に立つスクアーロ殿の髪から硝子の破片を指で摘んだ。頭を振る為、先程から水滴が掛かっている。
「これ、乱雑にするな。破片が飛ぶ。髪にも悪い」
「ン゙なちまちまやってられっかぁ゙!」
「禿げるぞ」
「ゔぉ゙おおい゙!!下ろすぞてめぇ゙ぇ゙!!!」
「すまぬが、ルッスーリア殿……ルッスーリア嬢?手拭いか何か貸してくれぬか?」
「まあ♥勿論いいわよぉ」
「聞けぇ゙え゙ええええ゙ッ!!」
「……ふん」
「てめぇ゙は何を笑ってやがるレヴィ゙!!」
「変なのがまた入ってきたよ……」
「しっしっし!使えなかったら王子の的だけどな!」
中々の濃い面子だな。はっはっは。
*
ボスが若い為か、揃った幹部も皆年若い。それこそ俺の見目よりも。
実力は折り紙付きなのだが、その分精神的に若く癖も強い。
「オッタビオ殿も大変だな。取り纏めるのもさぞ骨の折れる事だろう」
新人という事もあり、俺は副隊長であるオッタビオ殿と2人組をとり、此度の任務に当たっていた。
「ははは……でも、志を同じくする仲間ですから」
「ボス殿の魅力に惹かれた者、か。うむ、俺も分からんでもないぞ」
あの燃え盛る紅色は闇に生きるものには鮮烈に灼き付く。
「その心根に、その強さに、その生き様に。それぞれあれど彼の何処かにそういった、かりすま、を感じたのよな。お主もその口だろう?」
「!ええ!そうなんです……!」
どうやらオッタビオ殿はボス殿が幼少の頃から仕えていたらしい。世話係から腹心へ。ヴァリアーの幹部の中では最年長として。
ザンザス様は何れボンゴレファミリーの10代目ボスになられるお方なのだ。
オッタビオ殿は移動中、俺に如何にボス殿が素晴らしいのか熱弁し、そう締め括る。
「─────、うむ。ボス殿の威光、恐れ入った。やはり凄まじいお方なのだな」
「……!は、す、すみません、私とした事が……」
「いや、いや。聞いたのは俺だ。謝罪など不要よ」
紛れも無く、今現在のヴァリアー幹部……つまりスクアーロ殿らは天才なのであろう。でなくば未成年者が多く幹部に就任出来るはずもない。勿論ボス殿に合わせて同年代を集めた……と言われればそれまで、然し組織を成すとなれば話は変わる。それには少なからず、オッタビオ殿の手腕が関わっている。
幹部の内ひとりだけ、20歳を超えている彼はボス殿とは違った意味で中心であり柱。彼もまた若いというのにその熱意と忠誠心でここまで来れたのだ。これは敬意に値する。
……といった事を簡易に伝え、目的地手前に着いたため車から降りた。
まあ、ボス殿が自ら選んだ才ある者が、或いはその背を追った者が全て同年代であったというのなら、それはそうでオッタビオ殿の心労は計り知れないが。
「……っ、」
「……?オッタビオ殿?」
「す、すみません。そう言ってくださると……冥利に尽きます」
……何故彼は涙ぐんでいるのだ?
さて、今回の任務は潜入任務である。第一に、とあるボンゴレファミリー傘下のマフィアが所有する某計画書の詳細を探り、他の者の手に渡る前に抹消。第二にその計画に携わるボスの腹心の暗殺である。
ボス殿の腹心であるオッタビオ殿と共に任務をするのは何故かというと、俺の実力を見極める為、という一言に尽きる。普通であればヴァリアーの一般隊員と任務を熟す事になっていただろう。まあ、実力によってはこれから先ずっと一般隊員と、……となったりするのだが。
今回ばかりは、俺も油断なく行こう。最初から役立たず扱いは多少、思うところがあるのでな。
潜入する事は簡単だ。
ここ最近このマフィアは他の同盟マフィアだけではなく、小規模の新興勢力をも呼び寄せている。それもまあ、怪しまれない程度に代表のみの数人ずつであったりするのだが、所詮は浅知恵か。それに紛れる形をとる。実在するマフィアの架空の人物となるには対象に事欠かないという訳だ。
元々、このファミリーは破落戸の集団であった。それ故に傘下であるとはいえ、監視がついていたのである。浅はかにも紛れ込んだ密偵の存在を知りもしない彼らは、ボンゴレファミリーという名を笠に着てふんぞり返るだけでは飽き足らず。天下のボンゴレの名を穢す行為に手を出そうとしている。紛れも無い叛逆行為である。
そもそもそんな集団を神の采配と謳われし超直感を持つゴットファーザーが重宝する等有り得ない。秘密裏に密偵を遣わされ、更には最終的にこうして実行部隊であるヴァリアーも動き出すというまでに到った。
いつでも俺はお前達を見ているぞ。
計画書の抹消と指揮を執る腹心の暗殺。
これの真価は、誰にも気付かれずに熟すという点にある。
ボンゴレファミリーが派遣した密偵は規定時刻に屋敷の監視カメラを止める。その間に変装した俺たちは招待された新興マフィアの遣いを装ってターゲットに接触、計画書の原案の場所を聞き出し暗殺。という流れで行う。
警備が笊だ。屋敷の内部には容易に忍び込めた。
本物の遣いの者を待ち伏せし、人気のない場所で背後から強襲、気絶に追い込んで荷物を物色し隠蔽。紹介状を手に堂々と屋敷に入り込む。
監視カメラが機能を落とす時刻から、期限は余裕を持って3時間もあった。
「案外広いな」
「そうですね。趣味は……あまりよろしくありませんが」
「これが精一杯なのだろう。我らと較べては見劣りするのも仕方あるまいよ」
オッタビオ殿は大胆過ぎる俺の作戦を呆れ混じりに賞賛した。今も緊張せず、リラックスして俺に任せてくれている。
それでも、自分の真の所属、名前を口にする愚行はしない。
俺は警備の数と逃走経路にさり気なく目を遣る。
ここまで全て情報通り、密偵の精度はかなり良い。とあるマフィアがアポイントをとってあるという情報といい経路といい、それを利用しないのは勿体無い。
指示された場所に、なるべく人目につかない場所を通って辿り着く。
「どうやって書類の場所を聞き出すおつもりで?」
「はっはっは。……分かり切った事を言う」
「……確かに、違いありませんね」
互いが黒い笑みをたたえ、世間話でもするように穏やかに語る。いや、俺には黒い笑みを浮かべた自覚などなかったのだが。
ターゲットのいる部屋の扉をノックして入る。
「ああ、君たちがかのファミリーの遣いか。入ってくれ」
「ありがとう」
何かの作業をしているのか、理知そうな壮年の男は俺に背後を向けている。
「茶でも出そう、」
「いや、いや。我々はあくまで使いっ走りの下っ端。気遣いは無用だ。……それよりも、いち早く本題に入りたい。いつ彼らの目が向けられるか、我らがボスは危惧されている。貴方がたは彼らに目を掛けられているから心配無用ではあるがね」
「む……そうか。うむ。そういう事ならば」
男はデスクに置かれたファイルを手に俺に差し出した。
「草案は出来ている。人数は多ければ多い程手取りが上がるからな。書類の持ち出しは出来ん。この場で確かめてくれ」
「ああ」
かなり分厚い"企画書"だな。
人身売買に麻薬、武器の横流し……。
この原案がコピーの心配は……無さそうだ。情報の持ち出しは流出に繋がる。この男が下手に莫迦ではなかった事を幸運としよう。
オッタビオ殿と視線を交わす。強く、頷きが返る。
「……、……うむ。確認した。一言一句違わず、我らがボスに伝えよう」
「ああ、では……ガッ?!」
「ああ。では、死んでくれ」
スーツの袖から飛び出した短刀が、警戒なく背後を見せていた男の喉笛を掻き切った。
血が伝う。何が起きたか分からぬと言いたげな顔が俺を振り向いて、そのままデスクに倒れ伏した。
血糊の付いた短刀を懐紙で拭い鞘に仕舞い袖口へ。
ファイルをバッグに押し込み自然に外へ出る。此処で処分するのは危険だ。死体がバレれば外部の人間が真っ先に疑われる。
まんまと屋敷から抜け出した直後、俄に屋敷が騒がしくなるが、それは抜け出した後の事だ。廃工場でバッグごとファイルを燃やして、任務完遂。僅か30分の事だった。
「帰るか」
「ええ」
近辺に停めていた車に乗り込み、オッタビオ殿がそれを走らせる。
「……やはり、うむ。俺に殺し屋の真似事は向いていないな」
暗躍より正面から刀を合わせたいと思わなくもない。仕事を選り好みする訳では無いが。
「貴方に向いていなかったら、殆どの人間が向いていませんよ」
オッタビオ殿は苦笑してそう言った。
オッタビオ殿に教わりながら報告書を纏め、そのまま提出。一先ず今日は休んでいいとの事。
お言葉に甘えて談話室で茶でも飲もうと足を向ける。時刻は昼時過ぎ、軽食のみではやはり腹持ちが悪い。
「あらぁ、ミカちゃんじゃなぁい」
「おおルッス嬢」
今日は非番だったらしい。ピンクのエプロン姿のルッス嬢が厨房前に立っていた。
この前から互いにルッス嬢、ミカちゃんと呼び合うまでに仲良くなったのだ。中々、女性よりも女性らしい所があり、話のネタを尽きさせない気遣いといい、まさにヴァリアーの姐さんである。時折野太い声を出している事もあるがそこは言わぬが花である。完璧な肉体美が性癖だという事で、ルッス嬢の部屋には多く死体があるというのも知らぬが花である。
「何か作っていたのか?」
「ええ!カップケーキとクッキーよ」
気晴らしにね、サングラスに隠れていて分からないがウインクしたらしい。
「作り過ぎちゃったの。幾つか貰ってくれないかしらぁ」
「それは嬉しいな。丁度小腹が空いていた所だ」
「まあ!それじゃあ、少し早めのティータイムでもしましょうか」
にこにこと紅茶の準備に入る彼女に、先に持っていけるものは持っていく、とトレイを手に取った。彼女の作った菓子はどれも美味そうだ。
「……摘み食いしていいか」
「ウフフッ……だぁめ。お茶が来るまで待ってて♥」
「はっはっは。これは手厳しい。あいわかった、じじいは大人しく待っていよう」
ベルフェゴールにとって三日月は後輩だ。ほぼ同時期に入隊したといえどそれは変わらない。
自分を王子と敬わない存在はとても気に食わない。だから何れ幹部の全員をぶっ殺してやろうと思っている。ボスを倒すのは無理。王子でも王には逆らえない。それだけは弁えている。
「ん、ベル殿ではないか」
「!三日月じゃん」
談話室に気配を感じ顔を出せば、隊服ではなく珍しくスーツを着た、相変わらず美しい三日月の姿があった。そういえば今日もオッタビオの奴と任務だったっけ、とベルは思い出す。最初の頃、ベルもオッタビオと共に任務に行った事がある。あの時は誤って血を流してしまい、オッタビオにも斬りかかったのだったか。
ベルはオッタビオの事があまり好きではない。
王子の上に立つこと事態許せる事ではないし、何より彼は小言が煩わしいのだ。
「ししっ。随分帰りが早くね?失敗したの?」
「任務は終わった。だが……暗殺は性に合わんな。個人的には次は護衛任務だと嬉しい」
「えー、護衛とか逆にめんどくね?オレは殲滅任務がいいなぁ」
「ベル殿らしいな。……そういえば、ベル殿はこれから暇か?」
ルッス嬢から菓子を貰ってな、今茶を頼んでいる所だ。
……正直、三日月のこういう大らか過ぎる器に関しては理解出来ない。あのオカマを女扱いとか何考えてんの。
三日月は絶えず穏やかな笑みを浮かべて、その瞳の三日月を細めている。
こうして見れば到底人斬りには見えないのだが。
「三日月って、天然……?」
「ん?」
「……何でもねーよ。ししっ、王子の舌を満足させられる菓子なの、それ」
「む。うーん……美味そうな匂いはするのだが……。王族はどんな菓子を食うのだ?こういった洒落たものを食べるのも久方振りなのだ、俺にはよく分からん」
「しししっ!しっかたねーな!オレが教えてやんよ!」
「本当か?」
所作が何処かジジ臭くても。見た目が何より美しくても。それ以前に三日月はベルの後輩で、ベルは三日月の先輩なのだ。
ベルは、三日月の事は嫌いではない。
「あら?ベルちゃんじゃない。貴方もお茶会に加わるのかしら?……カップ、多めに持ってきて正解だったわねぇ」
「うむ。ありがとうルッス嬢」
すっと立ち上がって椅子を引く三日月にルッスーリアは甲高くお礼を言う。
「オレミルクティーな。不味かったら針千本だから」
「あらまっ!失礼しちゃうわぁ」
「暫くお預け状態だったからな……腹が更に減ってしまった。ルッス嬢、もう食っていいか」
「勿論よぉ♥」
ルッスーリアと三日月の茶会はメンバーを変えながら時折談話室や中庭で開かれる事となるのである。
*
「ザンザス様、三日月さんの報告書になります」
オッタビオはザンザスに紙束を差し出す。
ザンザスはそれを一瞥し、興味なさげにまた目を閉じる。
「彼の能力は素晴らしいものでした。それこそ、レヴィさんが所有する雷撃隊の練度を上回り、我ら幹部に匹敵する程に」
「……」
「幹部は人数が揃っていますが、候補としては充分重用できるかと」
幹部の人数はマフィアとしての慣例に沿い6人が最大とされている。ヴァリアーもそれを適用していた。
「……」
ザンザスは何も語らない。
オッタビオはその笑顔の裏に、自分でも気付かない程の焦燥を滲ませた。
三日月も言ったが、幹部は皆若い。明らかにオッタビオだけが突出しているようにも思える。
ザンザスの傍には今まではオッタビオがいたが……。オッタビオは、時に痛め付けられながらも獰猛に、忠実に、王に付き従うあの鈍色が、……知らず邪魔に思い始めていた。
ザンザスは語らない。幼い頃から付き従っていた自分には。あの鈍色……スクアーロにはその目に怒りが見えたという。自分には何も分からなかったというのに。
ザンザスは語らない。……オッタビオはザンザスの事を、何一つ理解していなかったのだと、考えたくなどなかったのだ。
ザンザスは語らない。……自分には、何一つ。
退室したオッタビオの手は、爪が食い込む程に握り締められていた。
任務は某暗殺ゲーリスペクトでお送りした。しんどい。