月が揺蕩う復活譚   作:マスター冬雪(ぬんぬん)

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ただいま!(死んだ目)


第41話

 

 

 

その日は少年にしてみれば、過去最高に最悪な日であった。

 

 

 

折角の休みは爆音で破壊され、ベランダは物理的に半壊するし、謎の子供を送り届けろと母と姉にパシられるし、その送り先では何やらかんやら物騒な目に遭うし。

 

「う、う〜ん……」

 

目を覚ませば何となく見覚えのない天井が見えた。眼鏡が外されている所為でぼんやりとしているが、鼻先を擽る烟るような不思議な香りからして、少年はそこを“見知らぬ”と判断する。

少しの間目を瞬かせ、枕元に手を伸ばして触れた感触を手繰り寄せて耳に掛けた。片目のレンズの割れた自身の眼鏡。

 

「ここ……どこ……?」

 

少年が寝かされていたのはどこかの家のベッドであったらしい。シンプルな色の和柄の掛け布団に、落ち着いた紺を基調とした物の揃った寝室。一際目を引くのは漆の塗られた衣桁(いこう)に掛けられた見事な着物だ。金の植物が美しい黒の着物。大切にされているのだろう、まるで芸術品のようだ。……そしてとてもお高そうだ。傍には細長い布に入れられた何か……多分、竹刀でも入っているのだろうというそれが立てかけられていた。

 

こんこんこん、というドアを叩く音に肩をビクつかせた少年は反射的に、はい!と声をあげる。

 

「おや、目が覚めたようだな」

 

─────目が冴えるくらいに美しい青年だった。思わず眼鏡を外して目を擦ってしまった程に。

象牙色の肌はまさに陶器と思わんばかりで、緩く笑んだ口元は慎ましやか。整った柳眉と高い鼻、長い睫毛に彩られた切れ長の目。人外味のある美貌も彼自身が纏う柔らかな雰囲気と物腰によって生を強く感じさせられた。

きらりと瞳に金色が見えた気がしたが、それはきっと見間違えだろう。

 

「ん、大丈夫か?まだなにか、頭痛でも……」

「い、いいいいえ!だいじょうぶです!!」

「そうか?無理はするなよ。お主は道端に倒れていたのだ……覚えているか?」

 

倒れて……?確か自分は、牛柄の服を着た子供を……。

ずきん!と頭が痛んで少年は考えるのを止めた。

 

「ああ、すまん。かわいそうに、さぞ怖い思いをしたのだろう……こんなに顔を青くして、」

「いえ、その、あんまり覚えてなくて」

「うむ、よいよい。詳しくは聞かんよ。それより、他に痛いところはないか?」

 

痛いところ。はた、と動きを止めた少年は包帯や絆創膏の貼られた腕や足に目を瞬かせた。目に見える場所は青年が治療してくれていたようだった。

大体は擦り傷で、恐らく転んだ拍子に擦ったのだろうという話だ。……それにしては、頬の傷は火傷のように痛んでいる気がしたが。

 

「俺の家の前で倒れていたお主を勝手ながら家まで上げて治療した、という訳だ」

「そ……それは、ご迷惑を……」

「いやいや、構わんさ。人間、助け合いの心が大切故な。……おっと、俺としたことが、そういえば名乗っていなかった。……俺の名は八朔政宗、並盛中学の数学教師をしている」

「あ……僕は入江、正一です……」

「ふむ。では入江少年。良かったらもう少し休んでゆくといい。何が理由といえど倒れたとあっては、直ぐに動くと身体に障る」

 

何せ今は盛夏なので。涼しくなったら家まで送ろう。

少年はそこまでさせるのは申し訳ないと恐縮しきりだったが、青年の意外に強い押しに、それじゃあ少しだけ休ませてもらって、家の近くの公園まで送って貰う事を受け入れた。

 

「電話を貸す故、親御さんに連絡でもしておくか?」

「あっ、助かります……」

「後で俺からも挨拶する故、話が終わったら代わってくれ」

 

顔も性格も言動も男前なので、少年は終始眩しげに目を細めていたという。

 

目を覚ました入江少年は青年の寝所を占領するのはと遠慮がちに言ったので、現在の場所はリビングである。

冷えた麦茶をちびちびと飲みながら、入江少年は青年の横顔をちらりと見た。

入江少年の自宅に繋がる電話を耳に当て、ゆったりとした声で丁寧に、自身の名前と勤め先(身の上)、倒れていた入江少年を自宅で預かっている事、万一をとって夕方の涼しくなる時間に家の近くの公園まで車で送る事を伝えている。

まるで天上の人のようだなあとぼんやり考えていると、青年とばっちり目が合った。同性ではあるがとんでもない美人がふぅわりと自分に笑いかけてくるので、入江少年はドギマギせざるを得なかった。

 

だって、仕方ないじゃないか!きっと芸能人とかと直接会うとこういう風になるのだろう。この人に会えばみんなこうなるに違いない。

 

「では、ご子息を送り届ける時刻にまたお電話差し上げますので」

 

そう締めて電話を切ったらしい。青年がニコニコと笑いながら徐に引き出しからエプロンを取り出した。

 

「入江少年、食べ物で何か好き嫌いはあるか?あれるぎぃ、なるものは?」

「……へ?」

「いやはや、独りでの夕餉は些か寂しくてなあ……手製で悪いが食っていって欲しい。御母堂には許可をもらっている」

「へぇぇぇ?!?!い、いやいやいや!!流石に申し訳なさ過ぎますってぇ!!!」

 

なんで許可出してんの母さん?!?!

白目でツッコミを繰り出す入江少年に青年はころころと笑っている。

 

「これも何かの縁だ。ゆっくりしていってくれ。な?」

 

こてりと首を傾げて言う青年に抗う術は、無い。

 

 

 

 

 

 

「ははぁ、外から悲鳴が聞こえると思っていたが、不運な子もいたものだなあ」

 

遠慮しいで、ツッコミ体質で、良識もあって。ちょっとツナに似ていたやもしれん、などと三日月は酷く魘されていた様子だった赤毛の少年を思い返す。

一般人があの喧騒に巻き込まれて、擦り傷で済んだのは運が良かったとも言えなくもない。何せ爆発音マシマシで、毒物特有の刺激臭もあって、発砲音が町中から響いて。今は夏休みだから、特に激しかったような、そうでもないような。

とはいえ最強と名高い彼の事だ、一般人に対して大怪我を負わせるなどという事は、万に一つもない……筈だ。うむ。ちょっと自信が無かったりする。彼のやる事なす事、色々と派手なので。

 

また雲雀殿の仕事が増えるなあ、また手伝いに行ってやるか、と考えながら、三日月は書斎の机にて、子飼いの戦力───桃巨会によって張り巡らされた“目”による報告書を読んでいた。表では中学教師をしている三日月は、リボーンの目もあって、イマイチ自由に動けずにいる。彼の並ならざる実力に対して多少の目零しはあれど、流石にヴァリアー隊の一員とバレればどうなるか。取り込まれるか利用されるか疑われるか。……疑われるのに関しては、将来的に沢田綱吉を強襲する事になる筈なので、遅いか早いかかなあなどと実は思っていたりするのだが。

 

「そういえば、あの少年の持っていた木箱に刻印された牛の角の紋様……何処かで見たような、見ていないような」

 

顎に指を当てて考えるも思い出せない。とうの箱も既に少年に返却してあるので、もう詮無きことか。

入江少年は帰り際にその箱を引き攣った顔で嫌々受け取っていたが、それもこれも自分を助けてくれた善人に、あんな危険な家と関わらせるなんてと遠慮した結果である。既に関わりがあるとは知らぬまま、知らぬが仏か。

 

「……さて」

 

庭先に佇む大梟の脚に報告書を入れた筒を結び付け、低くゆっくりと指笛を鳴らす。

小さな風切り音を立てて飛び立つその影を見送り、ふわりと欠伸を零した。

 

そうして、夜は更けていく。

 




よく考えなくても日常編書くこと少ねぇな????
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