「トレーナー!放課後ボクシング部に来てくれ!」
「こら了平、学校では八朔先生だろう」
すぱーん!と職員室の扉が開かれたかと思えば了平が拳を握り締めて駆け込んできた。
あの日の少年は幾らか精悍となって、変わらぬ爛漫さを振り撒き、今日とて研鑽に励んでいる。
並盛中のボクシング部主将となって何度となく大会で名を残している彼が言うに、素晴らしい才能の持ち主を見つけたのだと。
「今日の放課後にスパーリングをする予定なのだ!是非ともトレーナーにも来てもらいたい!」
「おれはボクシング部のコーチでも監督でもないぞ?」
「だがオレのトレーナーだ!」
許可なら極限に貰ったぞと紙面を寄越す了平。うむ、なんと……前は思い立ったが吉日と、一直線だったというに。成長したなぁ。おれは嬉しいぞ。
「うむ、ならば良い」
「!という事は、」
「あいわかった、放課後にジムの方に顔を出そう」
「それでこそ我が専属トレーナー!待っているぞ!!」
きょくげーん!と出ていく了平を職員室の皆皆は相変わらずだと苦笑いしている。
「笹川ですか……今日の朝も何かと騒ぎになっていましたよ」
「ああ……誰かに引き摺られて登校してきたっていう……」
「パンツ一丁の、」
「1-Aの沢田ですな……」
「笹川程の体格の男を引き摺って全力疾走とは……」
ふふ。元気なものだな。子は元気なのがいちばんだ。
三日月は早歩きに───あくまで生徒の模範となるべき教師、脇目も振らず廊下を走る訳にはいかないのである───ちらりと時計を見遣りながら、ボクシング部の活動場所へと急いでいた。放課後の教員会議が少しばかり長引いてしまったのだ。この時間だともう始まっているだろう。擦れ違い様に声を掛けてくるそれぞれに応え、或いは手を振り返しながら、少しばかりの罪悪を抱きつつそぅっと戸を開く。
中堅の殺し屋と見紛う高速のラッシュを繰り出す了平と、それを巧みに避けるツナの姿───
了平は手加減が苦手ゆえ、紛れも無く本気。それを避けるツナの動体視力……いや、それだけでは無いと三日月は悟る。
直感、ともすれば、げに恐ろしきボンゴレの血───一般人の運動能力で避けられるものでは無いガトリング砲の如き拳を、難なく避けるだけでなく、反撃すらして見せるのだ。
「了平っ、」
受身を取れず真正面から顔面に食らった了平の身体が、人体のリミッターを切った100%の力によってリングから浮き上がるのを見て、三日月は咄嗟に受け止める。……勢い余ってたたらを踏んだが、きっちりと勢いを受け流した。
「ん?!おお?!」
「あれって、八朔先生?!」
「トレーナー!トレーナーではないか!!」
「先生が、京子ちゃんのお兄さんのトレーナー?!」
危ない危ない、今のままだと窓ガラスにぶつかる所だったぞ、と三日月は内心で大きく安堵した。今の衝撃から、ガラスすら破りかねない勢いだったのだ。
「真正面から食らいたくなる気持ちは理解するが、ちゃんと受身を取るかリングの内に留まらねば、余計な怪我をする。最後まで全力で戦えなくなるのは嫌だろう?今後の課題だぞ、了平よ」
「うむ!!!それより見たかトレーナー!!今の沢田のパンチを!!!」
「もー、お兄ちゃん嬉しそうな顔してー……。先生、ありがとうございます!」
「おお、妹御の方の笹川か。いやなに、怪我がなくて良かった」
我が校の誇るボクシング部の主将なのだからな、と三日月は微笑んで、無理強いはするなよと口にして離れる。
「先生はなんで此処に?」
「うむ。了平とは幼い頃からの付き合いでな、教師になる前に世話になっていた道場で体作りを手伝っていたのだ」
「そ、そうなの?」
「それからおれは了平のトレーナーなのだ」
もう2、3年になるか?と言えば、もうそんなになるのかと了平は上機嫌に笑う。
「沢田のボクシングセンスはプラチナム級だ!!是非とも入部、」
「(し、したくないってばーーー!!)」
好きな女子がいる目の前でその兄に強く言う事も出来ず、内心で絶叫する綱吉であった。
「ところでそこの御仁は誰だ?」
「ぱおーーん」
「(マサ兄もリボーンに気付いてないーーーー?!)」
うーむ、中々好きに校内を出歩くよな、リボーン殿も。
三日月は彼が他生徒の前に出たり、校内を出歩く度に手続きをいちいち熟すので、変装していると気付いている訳では無いが、消去法で彼の変装を見破っていた。
中々面白いレパートリーで三日月はかくれんぼのように楽しんでいるが、校内のあちこちに秘密の部屋や隠し通路を作るのはやめて欲しいと思いつつ、今日も知らぬふりをするのである。
これは雲雀殿が立腹するぞ、とは思うものの。
三日月は自室にて刀を抜き、慣れた手付きで手入れをしている。
ちょっと前にプルトーネとしての活動をしてきた。裏に出回り掛けた違法薬物を保存していた倉庫を幾つか燃やしたのだ。
どうにも、最近関東のヤクザのお上がこの町にちょっかいを出してきていた。
桃巨会の会長曰く、炙り出したいのは三日月……基、プルトーネである、と。
数年前に大きく動き過ぎたのもあるが、桃巨会の相談役になってから得た利益や名声が、筋の上の方の耳にも入る程になったと。
要するに、関東のヤクザの元締めがプルトーネを欲しているのだ。あわよくば引き抜いてやろうと、桃巨会に接触を図ろうとしている。
いや、三日月は大概気にしていないが、桃巨会の構成員に迷惑をかける事には少し良心が痛む。桃巨会の連中はどうにもプルトーネを尊敬しているようなので、自分達の事は気にせず好きなようにしてくれと声を揃えてプルトーネに言うのだ。その時ばかりは命を大事にしろと全員叱り殴り付けたものである。
まだ情報収集が終わっていない。
町に余計な火種を作らぬよう、送った書簡に要請を載せた。ヴァリアーの情報網にひっかかるか、自分の調べが確信を持てるまで───その後に、三日月はプルトーネとして。
画作したその組織に刃を向ける事だろう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
月の光を得て、刀は鈍く、鋭く、鋼に解けている。
☆次回はいつになるのか────