「もしかしたらお前が7人目だったのかもな。
まぁだとしても、これで終わりなんだが」
衛宮士郎は、死を覚悟した。
数秒後には、目の前の青い装束の男が持つ槍がまっすぐに突き出され、無慈悲に自分の心臓を貫くだろう。
まったく意味がわからなかった。今日自分は、夜の学校で繰り広げられる化け物じみた力を持つ人外の男達の戦闘を、偶然にも目撃してしまって……。
そしてその光景を何も理解出来ないまま、必死にその場から逃げ出し、その逃げ込んだ先で無残にも殺された。
死んだハズだった自分が、暗い校舎の廊下で目を覚ます。するとあの青い男の槍によって穿たれたハズの自分の胸の傷は、知らない誰かの手によって何故か綺麗に治療されていて。
自分は未だ虚ろな意識のまま、何もわからないまま身体を引きずるようにして帰宅した。
家にたどり着いた後も、あまりの疲労感と精神の消耗からしばらく動く気にはなれず。
どれだけ身体が空腹を訴えようとも、いつものように食事を作って食べる気力などありはしなかった。
…そして現在、再び自分はこの青装束の男に襲撃を受け、今まさに二度目の死の瞬間を迎えようとしている。
あまりにも理不尽に。あまりにも、意味のわからないままで。
「じゃあな坊主、今度は迷うなよ」
…ふざけるな、と思う。
何故自分が、こんな所で殺されなくてはならないのか。
名前も知らない優しい誰かが助けてくれたこの命を、何故再び、奪われなくてはならないのか。
そんな事は許されない。おとなしくあきらめて納得なんか出来ない。
自分は、自分の命を助けてくれた誰かに、まだ一言のお礼すら言えていないのに。
死ぬ事は出来ない。こんな理不尽な事は、許せない。
なにより自分は、まだ¨正義の味方¨になるという爺さんとの大切な約束を果たしていない!
爆発的な怒りによって埋め尽くされた感情は、数瞬後の確実な死への恐怖すら吹き飛ばす。
己の無力さなど、相手の力の強大さなど今は関係ない。
胸に思うのは、たった一つの、強い想いだけ。
―――ふざけるな!!
―――お前なんかに、このまま殺されてなどやるものか!!
青い男の槍が自分の心臓へと突き出されようとしたその瞬間、士郎の視界は突然の、強烈なまばゆい光によって奪われる。
思わず自分の腕で目元を守る。
「マジかよ! まさか本当に7人目か!」という、青い男の言葉が聞こえた気がした。
…そして、その光の中から。
人の形をした¨赤いナニカ゛が、士郎の背後から彼を通り過ぎ、勢いよく前へと飛び出した。
……………………
………………………………………………
「……ええーーーーーーーーーい!!」
「おっ…! って何だてめ…ぐほぉおーーっっ!!!」
光の中から突然現れた赤いナニカが、まるでウルトラマンのような両手を前に突き出したポーズのまま、高速で青タイツの腹に突っ込む。
そのままの青タイツの男と共に〈ズザザザザ!〉と折り重なって地面に倒れこみ、勢いそのまま青タイツの腹へとまたがり馬乗りの体勢へと移行した。
「ええーーい! えいえいえいえい!ええーーーーいっ!!!!」
「ごっ…! ちょ…! お゛前…! こら゛っ…! や゛め゛っ……!!」
〈ゴスッ!!ボゴッ!ゴスッ!〉と連続した打撃音が鳴る。
赤い人型のナニカが馬乗りの態勢からマウントパンチを繰り出し、何度も何度も青タイツ男を打ち付ける。
規則的なリズムで、重い打撃音が鳴り響く。
突然起こったその光景を、士郎は地面に座り込んだままの姿勢で呆然と見つめていた。
ボゴッ! ゴスッ! バキッ! ボゴッ! ゴスッ!!
こんがりと焼けたパンのように茶色く、藤ねぇの家のバランスボール程もある彼の大きな顔。
まるで先ほどの士郎の怒りが乗り移ったかのような怒りの表情で、パンチを打つ度に上下へとブンブンと揺れる――――
背中に装着した焦げ茶色のマントは、左右交互に打ち下ろすダイナミックな動きに合わせて大きく暴れ。
黄色いまんまるの手が繰り出す破壊力は、もはやその見た目の愛らしさとは程遠く――――
そして彼の服の胸部にある黄色いスマイルのマークだけが、眼前の光景を¨いい笑顔¨で見守っていた。
ゴスン!! ゴスン! バキィ! ドゴン! ゴスン!!
「…この゛っ゛!! …おま゛っ! え゛っ! う゛べっ! …いい加減にし
「アンパンマン!新しい顔よ!!」
突然どこからか女の子の物らしき大きな声がした次の瞬間、青タイツの男の側頭部に、強烈な勢いで飛来した大きな球体が直撃する。
バレー選手のアタックもかくやという速度で投げつけられた球体の『ボゴォーン!!』という音を伴う衝撃に、青タイツの男の首は一瞬、あらぬ方向へと曲がる。
視線を向けた士郎が見たのは、パン屋さんのような帽子をかぶった、一人の女の子だった。
「ぐべっ!! …お、オイちょっと待……
「新しい顔よ!新しい顔よっ!新しい顔よッッ!!」
ボゴン!! ボゴン! ボゴォーン!!
突如この場にあらわれた¨女の子¨は、謎の大きな球体を矢継ぎ早に投球し続け、それは連続して青タイツの頭部へと直撃する。
その度に男の首が、はじけ飛ぶようにぐにょんぐにょん曲がる。
「あんあんあん!! う゛う゛ーっ! あんあん!!」
あの女の子が一体何なのかもわからないまま。それどころかまだ赤いナニカの事すらまったく理解が出来ていない状況のまま。
今度は、なんの前触れもなく一匹の¨茶色い犬¨が突然その場に現れ、あんあんと勇ましく吠えながら一直線に青い男の方へと走っていく。
そして『ガブゥ!』と男の足に噛みついたその茶色の犬は、まるでイヤイヤとするように食いちぎらんばかりの勢いで顎を左右へと振る。
ぐ~~~~あ゛ん゛あ゛んあんあん!!!
「こんにゃろうめ! こんにゃろうめ!」
「成敗です! 成敗です!」
ごすごすごすごすごすっっ!!!
そしてまたしても虚空から、突然二人の人型のナニカが現れる。
アンパンマン(?)と呼ばれていた赤いナニカと一緒になって、倒れている青タイツをゲシゲシとストンピングし始める。
片方は、¨カレーのような色の服を着た¨人型。そしてもう片方は、¨食パンくらい白い服を着た¨人型のナニカ。
二人ともアンパンマン(?)と同じ様な恰好で、とても大きな頭部だ。
「…っ! ……! ……ぉ゛……………。」
しだいに青タイツの男の動きがだんだんと鈍くなり始める。
えいえい!あんあん!顔よ顔よ!
ひと昔前の漫画のような土煙をモクモクとあげてボカスカと続けられた多人数の攻撃がようやくいったん収まった頃、
そこには、ぐったりと地面に倒れ伏し『フシュ~…』と全身から小さく煙を上げる、ボロ雑巾のような青タイツ男の姿があった。
トドメとばかりに赤、黄色、白の三人がタイツ男の足を掴み、そのままフワリと小さく空中に浮かび上がる。
彼らは三人がかりで男を掴んだまま、まるで竜巻のように空中でブンブンと回転を始める。さながらジャイアントスイングだ。
ブンッ!……ブンッ!………ブンブンブンブンブンッッッ!!!!
そしてその恐ろしい遠心力により強制的に¨万歳!¨のポーズを取らされた青タイツ男が、『せーのっ、とあーーーーっ!!』という掛け声のもと、一気に発射された。
ドッゴォオオオオオォォォォーーーーーーン!!
ガラガラガラ~!
フシュ~……………………。
………………………………………………
舞う埃の中…、士郎は未だ現状をまったく理解出来ず。
何も出来ないまま、ただじっとその光景を見つめていた。
「ほっほっほ。みんなご苦労だったね。もうその辺で許してあげよう。」
放心状態で座り込む士郎の背後に、今度はあの女の子と同じ¨パン屋さんの帽子をかぶる中年の男¨が現れた。
「あ! ジャムおじさん!」「はい! 了解しました!」「あん! あんあんあん!」
先ほどアンパンマンと呼ばれていたナニカとその仲間たちは、嬉しそうに中年の男と士郎の傍に駆け寄る。
笑顔で皆を労う、温厚そうな中年の男性。
その右手に、パン生地を引き伸ばす時に使う長い棒が握られている事に、士郎は気が付いた。
登場するのは皆より少しばかり遅れた中年の男だが、その鈍器を、この場で一体、何に使うつもりだったのか。
未だ小さく煙を上げて横たわっている青い男の身体を見ながら、士郎はふとそんな事を考えた。
「やれやれ、大変な目にあったようだね。大丈夫だったかい?」
パン生地引き伸ばし棒(鈍器)を左手に持ち替え、ジャムおじさんと呼ばれていた中年男性は士郎の手を取り、優しく立たせてやる。
女の子は士郎をパシパシとはたいて服についた土埃をはらってやり、茶色の犬が嬉しそうに士郎の足にじゃれている。
「…あ、あの。 …えっと俺は…。」
「大丈夫だよ。わかっているからね。
とにかく、君が無事で本当によかった。ほっほっほ。」
優しい顔のジャムおじさん。その隣でうふふふと微笑む女の子。
「へへん!」と得意げに胸を張るカレー色の服の男に、さりげなく士郎の肩を支えてくれている食パンみたいな顔の男。
皆、今夜立て続けに起きた出来事に憔悴している士郎の心を優しく包み込むような、そんな暖かい笑顔だった。
「もっと君と話をしていたいけれど、あまり長い時間我々がいると
君に負担がかかってしまうかもしれないからね。
我々はいったんお邪魔する事にしようか」
「そうねっ、じゃあ後はアンパンマンに任せて、私達は帰りましょうかっ」
「えー! そりゃないぜー!」「了解しましたジャムおじさん!」「あんあん!」
そう言ったジャムおじさん達の身体が、なにやらキラキラとした光に包まれ、そしてだんだんと透明に薄くなっていく。
それを見た士郎は非常に驚き、慌てた。
「えっ! こ、これいったいどうなって…! おい!ちょっと待ってくれよっ!」
「大丈夫、我々はまたいつでも君のもとに駆けつけるからね。後の事は全部、アンパンマンが君に教えてくれるから。」
「それじゃあまたねっ!」「これからよろしくな! 少年!」
「君ならきっと大丈夫さ! ではさらば!」「あんあーん!」
そしてキラキラした光はあっという間に収まり、ジャムおじさんとその仲間達は、消え去ってしまった。
目の前で幻のように消えてしまった人達、ただただ混乱する士郎。辺りを見回してみても、もうすでに彼らの姿は無い。
何もわからない。今夜の全ての事が理解出来ないままで、それでも士郎が思った事。
それは、俺は魔術師のくせにただ呆けていたばかりで、彼らに助けてもらったお礼すらちゃんと言えてなかった、という事だった。
………………………………………………
「これでよしっと! …あ、みんなもう帰っていったんだね!」
〈ビックゥ!〉と士郎は一瞬で“きをつけ!“の体勢になり、マサイの戦士のような膝のバネを使わないジャンプでその場から飛び上がる。
急ぎ声の方に振り返ると、そこには何故か手にロープを握り一仕事終えたようなご満悦の顔で額の汗を拭う仕草をする、先ほどの赤い服の人がいた。
彼の胸にあるスマイルマークと見事シンクロした、にこやかな笑顔だ。
士郎がふと彼のすぐ後ろに目をやると、そこには丈夫そうなロープで頭から足先までグルグル巻きになっている青タイツ(らしき)男が、地面に転がされている。
「本当は召喚されたらすぐ自己紹介をしなくちゃいけなかったのに、
まさかランサーがいるなんて思いもよらなかった。
無事でいてくれて、本当によかった。
諦めず勇敢に立ち向かった君の勇気があったからからこそ、
ぼくは君のもとへ駆けつける事が出来たんだ」
でもやっぱり最初の挨拶はしたかったなぁ。問おう、貴方が私のマスターかってやりたかったのに。練習してたのになぁ。
赤い服の彼は、なにやら残念そうに小さく呟く。
「それじゃあ改めて、自己紹介をしよう!」
彼は、士郎の手を両手で包み込むようにして、力強く握る。
満面の笑みで、強い意志と限りない愛を湛えた瞳で、目の前の少年と向かい合う。
この日。少年は、運命と出会った。
「ぼくの名前は¨アンパンマン¨。君を守る為にやってきた
……未だぱちくりと目を見開いたままの、この少年の笑顔が、見てみたくって。
アンパンマンは、そっと自分の顔の一部を小さくちぎり、少年へと差し出す。
―――この食べやすい大きさにちぎられた、ちいさなアンパン。
――――――それが彼と少年の、契約の契り(ちぎり)。
【CLASS】ヒーロー
【マスター】衛宮士郎
【真名】アンパンマン
【性別】男性
【属性】秩序・善
【ステータス】
筋力EX 耐久B(E) 敏捷A 魔力D 幸運C
()内は頭部。
【宝具】
『ナイツ・オブ・パン』
ランク:B 種別:対軍宝具 最大捕捉:100人