士郎くん、ごめんね。
ぼくはもう、君とお別れをしなくちゃいけない。
君の事が好きだった。
きみが¨正義の味方¨になる所を、見てみたかった。
守ってあげられなくてごめん。
ずっと一緒にいてあげられなくてごめん。……でも、見ていてね。
ぼく、がんばるよ。顔がつぶれたって負けたりしない。
だから、士郎くん………
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士郎は、夜空を見ていた。
一人、アンパンマンが好きだといっていた、冬木の星空を。
3日前、アンパンマンに「元の世界に帰る」、と聞かされた。
言峰綺礼は現在、聖杯を汚染している原因だという¨穢れ¨、その力の一旦を借り受ける形で、生きている。
言峰の魂は、欠損してしまっている。。
自分達が聖杯の穢れを払ってしまえば、それで言峰は、生きていられなくなる。
それを、アンパンマンが、救うのだという。
アンパンマンの命の源であり、その身体に宿る力の源『いのちのほし』
それを言峰の身体に譲渡し、言峰の魂の欠損を、埋めるのだという。
それによって聖杯の穢れが無なくなった後も、言峰が生存する事が出来るのだと。
アンパンマンは、俺にそう聞かせてくれた。
俺は、「ふざけるな」と叫んだ。
自分が間違っているのはわかってる。アンパンマンが正しい事をしようとしているのも、わかってる。
それでも俺は、アンパンマンに、ふざけるなと叫んだ。
何か方法があるはずだと。そんな事は間違ってると。ガキのようにわめき散らした。
魂を¨作る¨事なんか、出来ない。
例え英雄でも、ばいきんまんでも。そんな事は出来ない。
そんな事は、俺にだって、わかってる。
サーヴァントの短い命だから良い? どうせ消えるものだから良い?
そんな言葉に、俺は我慢が出来ず、叫んだ。
……お前、それでいいのかよ。
今の生活、楽しくなかったのかよ。
俺達との日々は、そんな簡単に捨てられるような物だったのかよ。
¨今、生きている人間の命をとる。¨
それが間違いようもなく正しい事だって、わかってる。正義の味方のする事だって、わかってる。
でもお前、なんでそんな、簡単に言うんだよ。
お前、言ったぞ。「傷つくのが怖い」って。
お前、俺に言ってくれたろ。
自分を粗末にするなって、ちゃんと考えて大事にしろって。
あの時俺に、そう言ってくれたんだろ。
自分の好きな、誰かを想えって。自分を好きでいてくれる、誰かを想えって。
お前が俺にっ! そう言ったんだろうがっ!!
自分の事だったら、どうでもいいのかよ!!!
俺がお前を想う気持ちは…、どうでもいいのかよ!!!!!!!
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「もういっそ大会でもやってよ、スパッと決めちまわねぇか?」
「あのよ? もうこれ毒気もくそもねぇだろうが。この¨聖杯せんそう¨ってのはよ」
「毎日毎日マスター連中は、みんなで仲良く公園で遊んでたりしてたんだぞ?殺しだの襲撃だのの雰囲気じゃねぇだろコレ」
「寺だの公園だのの、広い所に全員集まってよ? そんで不殺の、とーなめんと戦?
だのなんだのやって、ケリだけ先に付けちまえばいいだろうが。」
「そんで負けたサーヴァント共は後で時間作って皆に挨拶してからでもよ?
全員で『またなっ!』って言って一斉にスパッと帰んだよ。
それでいいだろうが。」
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あの日から士郎は、帰って来なかった。
家族みんなは心配し、そしてセイバーが士郎の傍についてはいるようだが、士郎はアンパンマンらの待つ衛宮家には、帰らなかった。
まるで、自分が帰らなければアンパンマンが消えたりしないと、信じているかのように。
ランサーの提案した『大会』は、結界の設置や会場周辺への安全確保の準備を経て、今日この日、開催される。
イリヤや桜達はサーヴァントとの別れをとても嫌がったが、本来聖杯戦争とは、長々と行う物ではない。
冬木の街の安全は当然としても、本来サーヴァントの存在そのものが、奇跡の賜物なのだから。
ゆえに『大会』は迅速な準備を経て、今日この日に行われる事となった。
決戦の会場となるこの¨りゅうどう寺¨のリングは、英雄王や、ばいきんまんが準備した。
これによりキャスターも力を出せるし、今日は小次郎もこちらへ移動できる。
リング周辺には少し離れて、関係者観戦用の設備も整い、そこにはギルガメッシュが準備した『闘魂、それいけ!アンパンマン』と大きな文字が書かれた横断幕が、風に揺れていた。
「大丈夫?アンパンマン?」
アンパンマンが石畳の広大なリングの上にあがり、ぽすぽすと音を立てながら足で踏んでリングの状態や滑り具合を入念に確認していた時。
その真剣ながらどことなく元気が無さそうな雰囲気を見つけ、キャスターが声をかけた。
「緊張するのはわかるけどね、気負いすぎてはダメよ?
大丈夫、貴方ならきっと良い戦いが出来るわ」
「うん。ありがとうメディアさん。ぼくがんばります」
「ふふふ。あんまりアンパンマンに頑張られすぎちゃったら、
ちょっと私は困っちゃうかもしれないけど♪」
優しく微笑みながら、キャスターはアンパンマンを気遣う。
「あの坊や、まだ帰ってきてないんだってね……。心配?」
「えっと……、大丈夫です士郎くんなら。
士郎くんは強い子だし、セイバーさんだってついてくれていますから」
「そうなの。……でも寂しいわねアンパンマン。
大丈夫! いざとなったら、私がここに引っ張ってきてあげるわよ♪」
「ん……。いいんですキャスターさん。ぼく大丈夫です。
きっと士郎くんに聖杯、とってあげますから。ぼくがんばります」
何気なく二人で、観客席の方を眺める。
キャスターとの優しい時間だったが、二人が眺めたその先に、大切な少年の姿はなかった。
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今、会場は熱気に包まれている。
観戦スペースではバタコさん、しょくぱんまん、カレーパンマン、チーズが声援を上げ、桜と慎二が応援し、保護者席にてジャムおじさんやアハト爺が優しく戦いを見守っている。
現在行われているのは、『マスターの部』
戦闘能力を持つ人間勢、遠坂、葛木、バゼットがエントリー。優勝者に聖杯の権利(一回)が贈られる。
抽選の結果葛木がシードとなり、今は第一試合である『遠坂 VS バゼット戦』が行われている。
「全然効かないんですけどッッ!全然ガンド効かないんですけどこの人ッッ!!」という遠坂の焦りにも悲鳴にも似た声がこだまするリングを遠くから見つめながら、アンパンマンは一人、ウォーミングアップに勤しむ。
遠くに「ねえさーん!ふぁいとでーす!」「あんあーん!」という客席の歓声も聞こえ、アンパンマンは、少しだけアンパンの顔に、笑顔を取り戻した。
「「………すっ、すいませんジャムおじさんっ!!!まだエントリーって、間に合いますか!!」」
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屈伸運動で下を向いていたアンパンの顔を横に向けると、そこにはあの少年、士郎くんがジャムおじさんの方へと走ってきたのが見えた。
傍らにはセイバーも付き添い、少年の顔は遠くから見てもわかる程に、涙と鼻水でグシャグシャになっていた。
アンパンマンは柔軟体操の動きを止め、それを見ていた。
やがて遠坂VSバゼットの試合が終わり、ボロ雑巾と化した遠坂がタンカでリングの外へと運ばれてから。
短いトイレ休憩を終え、即座に第二試合、士郎VS葛木宗一郎の試合が行われる。
少年は、泣き腫らした赤い目のままで、リングに上がって行った。
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試合内容は一方的な物になり、葛木の¨蛇¨の拳に、士郎は滅多打ちにされた。
瞬く間に顔は腫れ、防御する腕は下がり、足はがくがくと震えた。
頭に拳を浴びるように受け、顔を打ちぬかれて、その度に士郎の身体は崩れ落ちそうになる。
しかし、士郎は倒れる事なく、その度に踏みとどまった。
審判を務めるばいきんまんは何度もドクターストップをかけ試合を止めようか迷ったが、打たれても打たれても抵抗をやめない士郎に、ただずっと見守る事しか出来ずにいる。
やがて、葛木が左腕の¨蛇¨の拳ではなく、空いた士郎のガードの隙間を縫うように右腕による強力な打ち下ろしの拳を放つ。
それは「ゴシャッ!」という音を立て、士郎の頭部へと直撃した。
跳ね上がった士郎の頭。ガクッと落ちる膝。ゆっくりと地面へと倒れこむ身体。
しかし、士郎はそのまま、「葛木の腰へと組み付いた――――」
ゴスン! ゴスン! ドスンッ! ゴスンッ!
連続的な打撃音が、会場へ響いた。
ゴスン! ドゴォ! ゴスン! ゴスンッ! ゴスンッ!!
葛木の身体へ馬乗りになり、士郎が拳を打ち下ろし続ける。
させるかとばかりに下から何度も士郎の顔面へと拳を打ち込み、反撃する葛木。
それでも、士郎のマウントポジションからの拳は、けして止まる事はなかった。
「 俺ひとりの力でお前に勝たねぇと、
アンパンマンが安心して元の世界に帰れねぇんだッッッ!!!! 」
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「……アンパンマンっ! ……俺っっ!! 俺さっっ!!」
顔を腫らし、まるでアンパンみたいになった士郎が、彼に駆け寄った。
「…ごめんっ! 負けちまったっ! ……俺負けちまった!!
アンパンマンに見せてやりたかったのに!! 俺がひとりでも大丈夫だってトコを、
見せなきゃいけなかったのにっっ!!!!」
今から始まるバーサーカーとの対戦。
リングへと続くその花道を歩くアンパンマンに、士郎は涙でグシャグシャになりながら語り掛ける。
そしてアンパンマンは足を止め、ゆっくりと士郎へと向き直り、静かに言った。
「士郎くん、ごめんね。
ぼくはもう、君とお別れをしなくちゃいけない」
「君の事が好きだった。きみが¨正義の味方¨になる所を、見てみたかった」
「……守ってあげられなくてごめん。ずっと一緒にいてあげられなくてごめん。
でも、見ていてね。」
「ぼく、がんばるよ。顔がつぶれたって負けたりしない。だから、士郎くん………
「ぼくの背中を、見ていてね」