「もしかしたらお前が7人目だったのかもな。まぁだとしても、これで終わりなんだが」
衛宮士郎は、死を覚悟した。
数秒後には、目の前の青い装束の男が持つ槍がまっすぐに突き出され、無慈悲に自分の心臓を貫くだろう。
(………オイ坊主ッ、何だよさっきの連中はよッ。全員非戦闘員じゃねぇか真面目にやれよッ)ボソボソッ
(いや俺だってわかんないよそんなのッ、でもみんなすごくいい人達だったんだってッ)ボソボソボソッ
士郎とランサーは、顔と顔を寄せ合い小声で何かをこそこそと話す。
「…………うぉっほん!!じゃあな坊主、今度は迷うなよ」
そしてランサーは棒立ちのまま、余裕を感じさせる程のわざとゆっくりした動作で心臓の位置へと槍の穂先を添え、まるで目の前の脆弱な獲物が死に絶望する様をゆっくりと楽しむかのようにニヤニヤと醜悪に笑いながら命を刈る準備を終える。
その雰囲気を感じ取り、爆発的な怒りによって埋め尽くされた少年の感情は数瞬後の確実な己の死への恐怖すら吹き飛ばす。
胸に思うのは、たった一つの、強い想いだけ。
―――ふざけるな!!
―――お前なんかに、このまま殺されてなどやるものか!!
青い男の槍が自分の心臓へと突き出されようとしたその瞬間、士郎の視界は突然の、強烈なまばゆい光によって奪われる。
「マジかよ!まさか本当に7人目か!」
……そして、その光の中から
………………………………………………
『いや、迷うだろうねそんなナマクラの腕じゃ。士郎くんが死にきれずに苦しんでしまうのがオチだよ』
黒いスーツをだらしなく着こなす、タレ目の男が現れた。
「……オイおっさん!なんだテメェいきなり!」
「そうよ山岡さん!クーフーリンさんは凄い英霊さんなんですよ!」
光の中からもう一人、同じくスーツを着た栗色の髪の毛の女性が現れる。
「黙っててくれ栗田くん。まったく士郎くんが可哀想だよ。こんなぬるい突きで殺されるなんて、彼が浮かばれるハズもない」
その山岡という男にプリプリと愛嬌のある顔で怒り、彼に詰め寄っていく栗田さん。
士郎は、今はどうかわからないしこの先すごく時間もかかるのだろうけど、この二人はいずれ結婚して結ばれたりヤフーニュースに載ったりするのだろうな、と思った。
「やいテメェ!いきなり現れたと思ったら何だ不躾に!『俺の腕がぬるい』だとぉ!!何様だってんだよお前!!」
「そうよ失礼ですよ山岡さん!彼の腕は本物よ!きっとどんな相手だって敵わない程に凄い実力を持っているハズだわ!」
「やれやれ。救いようのない」
山岡と呼ばれた男は肩をすくめたと思えば突然真剣な表情でランサーへと向き合い、その目をまっすぐに見つめる。
『――――2時間ほど時間をください。貴方に本物の¨突き¨という物をお見せしますよ』
そう言うと山岡はポケットに手を入れてスタスタと歩き出し、「もー!山岡さぁーん!」とプリプリと文句を言いながら後を追う栗田さんと共に、ここを去っていった。
………………………………………………
「何だってんださっきの野郎は!! おうおう見せてもらおうじゃねぇかその『本物の突き』ってのをよ! 約束をたがえやがったらタダじゃおかねぇぞアイツ!!」
ランサーは悪態をつきながらもその場の地面に胡坐をかいて座り込み、しばらく待機してあの不躾な男を待った。
士郎も、なんか色々言いたい事はあるものの黙ってそれに付き合う。
「おうそろそろ二時間たつんじゃねぇのかぁオイ! あの野郎ふざけやがって! 怖気づいたのかよ! やっぱこの俺を前にして『本物の突き』なんて見せられるわきゃーね
「お待たせしました、ランサーさん」
そして再び山岡と栗田が、見知らぬ男を一人連れてこの場へと戻ってくる。
「やいテメェ! やっきはよくもぬけぬけと大層な事を言いやがったな! お前約束たがえやがったら承知しねぇぞオイ!」
「これを見てください、ランサーさん」
山岡は、事前に準備をしてきた人間の大きさくらいの砂袋を二つ、その場に設置する。
「ではランサーさん、さっきの士郎君とのやり取りのように、この砂袋を片方、槍で突いてみせて下さい」
「上等だぁテメェ! 良いかぁよく見てやがれ! えっとあの時は確か、こうやって棒立ちになった状態で槍をそっと添えてっと……」
ランサーの槍が、見事に砂袋を貫く。
「どうだぁ山岡ぁ! 俺の槍の腕は! お前今度あんな事をぬかしやがったらタダじゃおかね
「では斎藤さん、お願いします」
――――次の瞬間、もう片方の砂袋は、完全に中身さえ飛び散り粉砕していた。
「………………な、なんだあの野郎の突きは。山岡の指示が言い終わるやいなや、何の躊躇もなく」
「それにあの突きの威力たるやどうだ。認識出来ないくらいのスピードで迷いなく突き出されたであろう剣の先があのでけぇ砂袋を跡形もなく完全に粉砕しちまってるじゃねぇか」
「あんなもん出されたら、並のヤツじゃなくても突かれたのに気付くまえに死んじまってるよオイ…。あの突きの秘密は何だ…?」
「………そうか! あの構えか! あの腰を大きく落として左腕一本で構えられたあれは、あの態勢から大きく身体の捻りを加え腰を入れて回転させ! そしてその低く落とした腰からくる膝のバネを存分に活かし認識出来ない程の猛スピードで突進しながらその刀を前へと突き出す為の物だったのか! それであの突きの威力が天井知らずのとんでもない物へと昇華してやがるんだ!!」
「それにあの男の迷いの無さ、躊躇の無さはいったい何だ? あれじゃああの男と敵対した瞬間に…いや、もうたとえどこで何をしてようがあの男に¨敵¨だと認識されちまったその時点で、もうすでにそいつはぶっ殺されててもおかしくねぇハズだ…! それほどの迷いのない動きだぜ! ありゃあ!!」
「ランサーさん、彼は『斎藤一』 元新選組の隊員、るろうに剣心の登場人物の男です。」
「なぁあにぃいい! 新選組の斎藤だぁああぁぁ!? あっ、あの斎藤一かよ!?」
「ええ。『悪、即、斬』を信条とする元新選組。その動き、技に、一切の容赦はありません。それがあの突きの秘密だ」
「貴方はあの時士郎くんを殺そうと、獲物を前にまるで舌なめずりでもするかのようにゆっくりと槍を心臓に添え、無駄口を叩き、膝のばねも腰の回転もない棒立ちのまま片腕のみで槍を持ち、そしてそれで充分だと醜悪な笑顔を浮かべながら、突きを放とうとした。」
「……………………」
「そんなものが、¨本物の突き¨であるはずがない」
「格下を侮り、目の前の相手を敵だとも思わず、見向きもせず。ただ適当に埃でも払うかのような意思の、何の力もない適当な¨突き¨」
―――それが、あの時の貴方の¨突き¨だ。
「………………………」
ランサーは、腰が抜けたようにその場で膝をつく。
「ランサーさん。貴方は最高の英霊だ。日本ではともかく世界中で貴方の名前は大変に有名だ。それほどまでに貴方の槍の実力と偉大さは、突出しているんだ。歴史上でも貴方に並ぶ英雄など、数える程しかいない」
「………お、俺は慢心してっ。俺は目の前の坊主がなんの脅威もない相手だからって慢心して…ッ。それが俺の技の冴えをっ、大事な相棒の槍をッ! 錆びつかせちまってたってのかぁああッッッ!!」
ランサーは、自身の愚かさを悔いるように、両手を地面へとついた。
「貴方の本当の¨突き¨は、あんなもんじゃない。この聖杯戦争の戦いの中で本当の貴方の力がこの目で見られる事を、私達は、期待していますよ」
声をあげずに泣く、ランサー。
それを気遣うように、山岡は士郎の肩を支える栗田を連れ立って、外へと出ていった。
………………………………………………
その後の話をしよう。
ランサーはその後、聖杯戦争で大変な活躍をする。
アサシン、バーサーカー、ギルガメッシュをも相手取り撃退し、その武勇を英霊達の間に響かせた。
ランサーの槍は、この戦いにおいてその真価を開花させ。冴えに冴えわたっていた。
あの山岡という男の事を思い出す度に、今の自分があるのは彼のあの言葉があったからではないかとランサーは思う。
そして今日も、英霊達を相手にランサーの槍が唸る。
ふとランサーは、「そういやあの士郎とかいう坊主、殺してなかったんじゃねぇか?」と、そんな事を思う。
Dan Dan気になるのだった。
次回、『美味しんぼ / ホロウ アタラクシア』