やはり俺の世直しはまちがっている。   作:識折 双未

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お待たせしました、プロローグその2です。
本当は2話で本編入りの予定だったのですが思ったより長引いてしまい、次までがプロローグとなります。
では、よろしくお願いします。


2

一年前、総部高校に入学した俺は、初日から事故に遭って見事に高校スタートをずっこけて切ることになった。

……まぁ、普通にスタートしたところでぼっち生活だったのは変わらないと思うが。と、そんなこんなで数週間遅れて始まった俺の高校生活は、わりとすぐに予想を裏切られた。生活指導の平塚先生に作文の内容について説教され、奉仕部なる部活に入れられたのだ。奉仕部というのは依頼を受けて、それを達成できるようにする努力を促す部であり……わかりやすくいえば、餌を与えるのではなく、餌の取り方を教え、できるようにする。そういった解決方法で依頼を受けていく部活だ。

そこで雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣という二人の女子生徒と出会い(どんな偶然か俺の遭った事故の当事者達だった)、持ち込まれた依頼をいくつかこなしていった。

 

──主だったもので言えば、文化祭の実行委員になった際の依頼や、一年生旅行の際の告白の手伝い、あとは、城廻先輩の生徒会長選挙のときか。

変わることに対して否定的な自分が、確実に変わったのだろうな、と多少なり認めざるを得なかったのはこの辺りだろう。本物が欲しいなんて泣いて言って、あんなの、今までではきっと考えられない。

あれから、体感でだが雪ノ下や由比ヶ浜との距離間が変わった気がする。しただけ、かもしれないけど。そんなこんなで、俺たちは二年目の学生生活を始めるはず……だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いいからこい、来るんだ!」

 

 

「嫌です! ちょっと、いい加減に……」

 

 

あれは予備校の帰りだったか。夜道を歩いていたときに男女の揉める声がした。こわやこわやと歩き過ぎ去るのが普通のはずだったんだが、女性の声の方がな、聞き覚えのある声だったんだ。

 

 

「雪ノ下さん……?」

 

 

雪ノ下雪乃の姉、雪ノ下陽乃。完全無欠の超人にして、仮面を自由に付け替えできる魔王様。そんな人の、耳を疑うような声にそっちを向いてしまったのだ。

そこにいたのは、確かに雪ノ下さんともう一人、男だった。暗がりで顔がよくは見えないけど、雪ノ下さんに無理やり言い寄ってる声の主なのは間違いないだろう。

 

 

「……おい」

 

 

昔小町──妹に「お兄ちゃん、基本捻くれてるけどなんだかんだ正義感強いよね」なんて言われたのはこの辺りのことなのだろうか。雪ノ下さん達の方へと歩いて行きながら声をかける。向かいがてら、警察には通報済みだ。

恐怖心はあった、あったけど、知り合いを──ましてや部活仲間の姉を見捨てるわけにはいかないわけで。

 

 

「なんだお前は」

 

 

「ひ、比企谷くん……」

 

 

「嫌がってるだろ、離せよ」

 

 

柄ではない。いつもならせいぜい警察を呼んだところで終わりだ。思えばこのらしくなさが命取りだったのかもしれない。後悔はしてるつもりはないが。

 

 

「うるさいガキだな……ここは大人の時間なんだ、子供は帰れ。

……お前も、いいのかそんな反抗的で。俺は別に構わないんだぞ、お前の家がどうなっても」

 

 

「っ!!」

 

 

雪ノ下さんの家がどうなっても……? どういうことだ。雪ノ下家の仕事関連の相手とかだろうか。

 

 

「わかればいいんだ、行くぞ」

 

 

「あっ……」

 

 

雪ノ下さんと目が合った。

──合って、しまった。

 

 

「おい、やめておけよ」

 

 

あの人の、魔王のようなあの人の諦めたような目を見て、おずおずとそのままにしておくなんてできなかった。

俺は暗がりから飛び出して雪ノ下さんの手を引く男の手を掴んだ。正義感? 違う。そんなたいそうなもんじゃない。あの人のあんな目、顔が見たくなかっただけだ。

 

 

「何をするんだ、離せガキ!」

 

 

「離すのはお前の方だろ……!」

 

 

力を込めて離すようにする。こんな力で腕なんか掴んでたら雪ノ下さんも痛いだろうが……!

 

 

「ひ、比企谷くん……」

 

 

「離せって……言ってんだろ!」

 

 

「ぬおっ!?」

 

 

「きゃっ」

 

 

両手で無理やり引き剥がして、雪ノ下さん腕は掴んだまま転ばないように支える。

男の方は離れた時の勢いで転んだのか、ゆっくりと起き上がりこっちを睨みつけている。どこかにぶつけたのか額からは血が流れている。

 

 

「ガキ……よくもやってくれたな……わかってるんだろうな」

 

 

何を言っているんだろうか。別におっさん一人がそんな睨みつけたところで何があると言うのか。

 

 

「通報があったから来たんだけど、君たちで間違いないかな」

 

 

さっき通報しておいた警察が来たみたいだ。これでひとまず終わりになるだろう。おそらく酔っ払いだからひと悶着くらいはあるだろうが──

 

 

「このガキが俺に暴力を振るってきたんだ」

 

 

「……は?」

 

 

「おいお前、俺が誰だかわかるな? 俺は"こいつに暴力を振るわれて、怪我をしたんだ"」

 

 

「えっと……何を言って……」

 

 

警察のおじさんに同意。この酔っ払いは完全に意識がどっか行っちゃってるのか、血迷いすぎだろ……

 

 

「お前、俺の顔がわからないのか?」

 

 

そういってずい、と警察に男が近づくと、警察の動きが固まった。……ん? なんだ……?

 

 

「っ!? あ、あなたは……」

 

 

「わかったならいい、はやく捕まえろ。現行犯逮捕だ」

 

 

「は、はい!」

 

 

「……え、ちょっと待てよ何言ってんだよ。こっちは正当防衛──」

 

 

反論の余地なく、俺の手は警察によって掴まれて──

 

 

「暴行の容疑で、君を逮捕する」

 

 

ガチャリと。まさか自分が聞くことになるとは思わなかった音が右手からした。そこには、冷たい鉄の感触と重み。手錠が、俺の手にかけられていた。

 

 

「"大人"を舐めるからこうなるんだ、ガキが」

 

 

呆然としている俺に、そんな言葉が投げかけられた。覚えている限り、これがあの時の最後の記憶だ。

 

 

 

 

 

 

そこからはトントン拍子だった。あれよあれよと喋る場所も機会もなく俺は暴行容疑で前科持ち。

どこかで期待してしまった雪ノ下家からの援護もなく、つまり雪ノ下さんは何もしゃべってないか、"言われたこと"を話しただけか。両親には面会に来た瞬間怒鳴られ、小町からは怖いものを見る目で見られ。

知り合いの危機のような何かに首を突っ込んだ結果、俺はあらゆるものを失った。正直、ショックだった。だからかそこから少し先まで一気に記憶が抜けている。それはそうだ、すぐに釈放されたとはいえ学校は退学確定、家にも居場所はなく、どうすることもできない。生きている理由が見つからないような状況だったのだから。

 

 

「比企谷さんに、お話があります」

 

 

そんな俺の記憶は、雪ノ下の家のお母様がやってきたところまで飛んでいた。

ある日の夜、全く話してなかった小町から呼ばれて降りてみれば、そこには雪ノ下と雪ノ下の両親がいた。

どうして、と思った俺や家族に、雪ノ下の父親が説明を始めた。

──ようするに、あの酔っ払いのおっさんは雪ノ下家でも及ばないようなお偉いさんで、うちのような小市民、ましてや高校生の子供では何もできるわけなくこういった結果になるということだ。両親はことの顛末を知り、呆然と俺を見ていたが。

 

 

「……なんで、話してくれなかったの……」

 

 

「話したら信じてくれたのかよ。無理だろ、お前らじゃ」

 

 

絞るような小町の声に、自分でも驚くほどの平坦な声で返す。お前ら、というのは親も入る。両親にお前なんていう子に育った覚えはないんだけどな……

 

 

「この結果を覆すことはできません、けれど、何もできなかったことのお詫び、そして、陽乃を助けていただいたことへの礼は全力で尽くすつもりです」

 

 

「……金っすか、つまり」

 

 

「違います。いえ、望むのであれば」

 

 

「いや、いりませんけど」

 

 

せめてものお詫びと礼ということで、退学ではなく、東京の学校へ編入。さらには保護観察という名目ではあるものの、雪ノ下の母親の知り合いという人が俺を預かってくれるそうで。下手なところへ送られるよりはよっぽど融通がきくところに下宿させてくれる、とのことだ。

 

 

「あの外道に、娘を食い物にされずに済んだ、その恩をこの程度でしか返せないことをお許しください……」

 

 

「許せって……うちの子はあんたたちのせいで──」

 

 

「かーちゃん、今更てのひら返すなって。俺からすればみんな同じだから」

 

 

「はち、まん……」

 

 

ああ、こんなことを言えてしまう。俺を涙ぐんで見る小町を見ても何も感じない辺りで、どうしようもなくわかってしまった。

──感情を理性で塗り潰す比企谷八幡という怪物は、いよいよもってその感情を殺してしまったらしい。

 

 

「……受けますよ。大学には行っておきたいし。前科持ちでも大学行っておけばまぁ繋げることくらいはできるでしょうから」

 

 

ついぞ最後まで膝の上で作った拳を握り震えたまま一言も話さずにいた雪ノ下を見ながら、俺はそう言ったのだった。




完全オリジナル回でした。無理やり感ありますが、こういった形から本編へと繋がっていきます。
ではでは、今回もありがとうございました。

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