いつまでたっても夢を見ている。
そんな自分に溺れている。


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バカは夢を見る

 

 〜〜〜

 

 

「そう。アイツはそれしか出来ないの」

 

 

 

 

 溜息をつくように、電話に向かって呟く。電話の相手は誰でもない。繋がってなんかいない。小さなワンルームマンションの203号室の、ベッドの上に座り込んで、一人で電話に語りかける。

 

「起きて、ご飯を食べて、仕事に行って、帰ってきたら私とセックスをする。胸をちょっと揉んだかと思ったら、すぐに服を全部脱がせて、ゴム着けて、すぐ腰を振るの。もうきっとそれしか出来ない脳みそになっちゃったんだわ」

 

 自嘲気味に笑ってみせる。諦めたように、肩を竦めてみせる。電話の相手は誰でもない。オーディションの本番では、浮気相手の役を演じる男の人が会話を続けてくれる。

 切れかかった電球でも、この小さな私の城を照らすには充分過ぎた。座り込んだ私の横に置かれたまだ綺麗な台本の文字も、はっきりと読める。

 

「私もう疲れちゃった。感じたふりをするのも、わざと喘いであげるのも。……アイツのことを好きになってあげるのも」

 

 そういえば、私が最後に恋愛をしたのは何時だっただろう?私が最後にセックスをしたのは何時だっただろう?

 ダメだ。今は演技の練習に集中する。

 

 女優になりたい。そう思って都会に出てからもう五年が経った。

 必死になって演技の練習をして、色々な舞台や映画のオーディションに応募して、アルバイトをして生活費を稼いで、時間とお金にほんの少し余裕が出来たら勉強の為にレンタルショップでDVDを借りる。色々なジャンルを観た。恋愛、アクション、ホラー、サスペンス、アニメ、時にはアダルトビデオすら観ることもあった。

 

 そうやって必死に生きてきた五年間の賜物は小さな映画のモブや、個人制作映画のチョイ役。確かに憧れていた「女優」にはなれたのかもしれないが、幼い頃思い描いていた女優では無いことは確かだった。

 

 あ、そうだ。最後にセックスしたのは二年前だ。ナンパされて、知らない男とお酒を飲んで、その勢いでホテルに行って……「俺、舐めるの得意なんだよね」って言ってた割にはあまり気持ち良くなかったことを覚えている。

 あの時のあの男は前戯はしっかりするタイプだったな……今の演技には参考になりそうにない。

 

 誰かに「どんな仕事をされてるんですか?」と聞かれた時に、「お芝居をする仕事です」と言いたくても底辺過ぎて言えないような私にもチャンスが巡ってきた。それが今回のオーディションである。

 それなりに大きな映画の、それなりの役。それなりに名の知れた監督が撮る、それなりに色々な所で上映される映画。そんなそれなりの映画のそれなりの役でも、私にとっては大きな大きなチャンスだ。ここで役を頂けたら、他の同業者達の目にも留まる筈だ。

 私は必死に台本を読み込み、役の心を創り、バイト中ですら「私がこの役ならどのように仕事をするのか」を考えながら生きてきた。その結果ミスをして店長に怒られたとしても、オーディションに受かりさえすれば些細な問題だ。

 

 二年もセックスしてなかったのか、私。恋愛はもっとしてないな。こっちに出てきてから二回しか付き合っていない。その中で突き合う仲になったのも一人だけだ。三年は恋愛していないことになる。

 

 ……ダメだ。今は役に入りきれる程、身体が他人の心を求めていない。外に出て、少し気分転換をしよう。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

「ねえ、私のこと好きになってくれるなら、あんな性欲モンスター捨てちゃって……三島君の女になるよ?」

 

 

 

 

 

 真夜中の街をふらふらと歩きながらも、考えていることは役のことだ。

 風が冷たくて気持ち良い。頭の中で台本を読みながら、情景を想像、いや妄想?しているバカみたいな私に「クールになれよ」って言ってくれる。

 喧騒が騒がしくて気持ち良い。役を演じている私と、浮気相手の男役を演じている名前も知らない二枚目の男性。顔は彫りが深くてキリッとしているし、背も高い。優しそうな声で甘い言葉を吐いて、私を快楽の海へ堕とす……バカな妄想をしている私に「もっとバカになれよ」って囃し立ててくれる。

 

 この役の女はきっと男を知らないな。私は台本を読んだ時からずっとそう思っていた。男なんて誰だって性欲モンスターだ。三島君だってきっと心の奥底では「そろそろこの女、ヤれる」って思ってるよ。実際最後の方のシーンではそういう描写もあるらしいが。アール指定は15。直接的な表現はしないんだろう。トップレスにはなる、と聞いているけど。

 私も都会に出てから初めて付き合った彼は、真面目そうで私の女優になりたい夢も応援してくれて、それでいて優しい素敵な人だと思っていた。付き合い始めて半年頃、身体を許してセックスした。この人ならいいか、って本気で思った。

 けど彼は身体を許してから冷たくなった。オーディションに落ち続けていた私を励ましてくれていた彼は、「辛いなら気持ち良くなって忘れようよ」と私を誑かして猿のようにセックスをしまくった。落ち込んでいる私が相手なら簡単に股を開くと思われている、と気付いた頃に私は彼と縁を切った。

 

 茶髪の男が私に声を掛けてくる。お姉さん、一人?奢るから一緒に飲んでくれない?と。いわゆるナンパだ。タダで酒が飲めるなら一緒に飲んであげてもいい。この男、顔も悪くないし。でも、今日はそんな気分になれなかった。やんわりと断り、夜の街を一人で歩く。

 お高くとまってんじゃねーよ、とか思われてるんだろうな。それとも、ちっ、すぐに股開く女かと思ったのに、とか思われているのかもしれない。

 

 短大を出て都会に出てきたからもう歳は二十五になる。そろそろ結婚を考えないといけない歳だ、そう考えるならホイホイ股を開いてでもいい男を探さないといけないのかもしれない。

 顔はいい方だと思う。背も低くないし胸もそれなりにある。スタイルには気を付けている……というか、太るほど豪勢にご飯を食べられる余裕が無い。だからナンパは割とされる方……だと思う。

 いや、ナンパはされる方でも無いか。そうやって付いていって、セックスしたのがそもそも二年前だ。ワンナイトラブがイコールでナンパの行き着く先、とは言わないが男について行って酒を奢らせたのもかなり前だった気がする。

 

 そういう面ではこの役の女の方が私より先に行ってるな。今の私には彼氏もいなけりゃセックスフレンズもいない。悶々としたら一人ベッドの上で自慰行為に勤しむだけだ。私のセックスフレンズは指とバイブ……哀しくなってきた。さっきの男について行って、胸の一つでも押し付けてホテルに行けば良かった。そうしていれば、こんな意味のわからない哀しさを感じなくても良かったかもしれない。

 

 バカバカしい。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 

 もう五年も芽が出ない底辺役者でも、身の丈に合わないチャンスが巡ってきたから「頑張らないと」って思ってしまう。

 二十五にもなって彼氏もいない、良いなと思える男もいない残念な女でも、ナンパしてくる男がいるなら「私でもワンチャンあるんじゃないか」って思ってしまう。

 歳下で私よりどう見ても演技が下手な子がテレビでチヤホヤされているのを見ると死にたくなるけど、何処かで有名な人の目にさえ留まれば私だって、と思ってしまうから生きている。

 

 私の人生は詰んでるのに、一発逆転のチャンスがあるように見えてしまうからもがいてしまう。

 

 それでも一発逆転のチャンスが欲しいからもがく。

 

 もがかなかったら、一発逆転のチャンスが巡ってこないでしょ?

 もがいた所でチャンスが巡ってこない可能性の方が高いのに。

 

 ……なんだ、ギャンブルか。

 

 そんな当たるも八卦当たらぬも八卦、みたいな賭けでこの役を奪われてなるものか。私の役じゃないけど。

 

「お姉さん、これから予定あります?カッコイイ男の子いっぱい集めてるんですけど」

 

 ホストに誘われるのは初めてかもしれない。申し訳ないけどホストには興味が無い。イケメンを演じようとしているのが見ていてイタイ。無視に限る。

 そういえば小さな映画のモブの仕事をした時に、ホステスの役をやった事があったっけ。実際画面に映ってた時間は一分あるか無いか。その時に勉強の為、と思ってホストに一度行ったのを覚えている。店を出る時の伝票の金額に少し驚いたことも覚えている。

 

「……帰ろ」

 

 気が付いたら、独り言を呟いていた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

「アンタが好きなのは私じゃなくて私の躰でしょ?」

 

 

 

 

 涙目で叫ぶ……っていう演技をしたいところなのだが、もう深夜一時を過ぎている。こんな時間に叫んでしまったらご近所さんから怒鳴られるのは目に見えている為、頭の中でのイメージトレーニングだけで済ませておく。また明日、バイトが始まる前にでもこの部分はやっておこう。

 ベッドにどさりと倒れ込む。役が抜け切らない。体が興奮して眠れそうにない。何かDVDを観ようか。何を借りていたんだっけ。

 レンタルショップの袋を開けると、中から出てきたのはコメディ映画とアダルトビデオ。コメディを観る気分でも無いのでアダルトビデオを観ることにする。

 

 基本的にAV女優はお芝居が下手だ。男優はもっと下手だ。それなのにAV女優はカメラの前で股開いてスケベな顔してたら男達がビデオを買うんだから性欲っていうのは素晴らしいと思う。

 まあ、AV女優は芝居が上手いとダメなのかもしれない。ドラマ仕立てのアダルトビデオで、普通の女優顔負けの迫真の演技で芝居をされたら、本番であるはずのセックスのシーンを見ている最中に「これも芝居なのかもしれない」と疑われるかもしれない。それがエロティックなシーンのない映画であっても、アダルトビデオであっても、作品というものはエンターテインメントでなくてはならない。男の竿を美味しそうに頬張っている女優は、男達に淫らな夢を見せるべきなのだ。現実を見せてはならない。

 

 やっぱり、このAV女優も演技が下手くそだ。ドラマパートなんか見ていられない。無理に演技しようとしてイントネーションがおかしなことになっている。田舎者が無理に標準語を使おうとしているのを見せられている感覚。セックスパートも違和感塗れだ。普通、あんなに喘ぐことは無いだろう。オーバー過ぎる。

 でも、そういうものに興奮して自慰をする男がいるからこの女優はビデオとして販売されたんだろうな。つまりこの下手くそで必要以上にアンアン言ってるこの下品で淫らな演技が必要とされているわけだ。

 

 私が得たチャンス。この役にはどんな演技が必要とされているのだろう?

 必要以上に下品で淫らに演じてやろうかしら。

 なんて、魔が差してしまう。この役にその演技は必要とされていない。

 

 じゃあどんな演技が必要とされている?

 

 じゃあ、どんな女優が必要とされている?

 

 私はこの役を演じるのに必要とされているの?

 

 小さなモニターでは私より大きな胸を揺らしながら、可愛らしい顔を最高に下品な顔で嬌声をあげる女優がいる。

 

 男達が好きなのはこの女の子じゃなくて「エロい」この女の子でしょ?

 この子じゃなくてこの子の躰でしょ?

 

 アンタが好きなのは私じゃなくて私の躰でもない。

 アンタが好きなのは一体何?

 アンタはどうしたら私を好きになってくれるの?

 

 アンタは誰?

 私の躰を使ってよ。

 私の心を使ってよ。

 やっと掴めそうなチャンスなんだ。

 

 気が付けば、ベッドの下に置いてあるバイブを手に取っていた。

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「……おはよう。いい朝だね。隣に、三島君がいるんだもん」

 

 

 

 目が覚めた。

 下を履いていない。自慰の最中に寝てしまったのだろう。

 

 いい朝なもんか。私の隣にいるのは三島君じゃない。昨日の夜中、私の中に入っていたバイブだ。

 時計を見る。午前八時二十六分。バイトは午後一時からだ。まだまだ時間はある。

 下着とズボンを履いて、トースターに食パンを入れる。テレビを点けて在り来りなニュースを眺める。スキャンダルで炎上している議員、不倫疑惑が持ち上がったアイドル、覚せい剤の所持が発覚した有名歌手。一年中誰かの不幸を流し続けている。

 

 こういったニュースは観ていてイライラする。

 例えば私が浮気したって、今出勤しようと電車に乗っているであろうサラリーマンが不倫をしていたって、このようにニュースに持ち上げられて世間から叩かれることは無い。いや、誰かからは非難されるだろうし、何かの関係は壊れることは間違いないが、全国ネットで恥を晒される事は無いのだ。

 どうして?簡単。世間は私やサラリーマンに興味は無い。ただそれだけだ。

 

 それが最高にイライラする。私を見てよ。

 今から意味わかんないことするからさ。

 最高にクレイジーなことするからさ。

 

 私はここに存在しているんだよ。

 

 少なからず役者やパフォーマーっていうのは、自己顕示欲が常人より多いと思う。

 私だってそうだ。私っていう存在を、私という女優を世界中に知らしめたい。

 

 その為に「私」じゃなくて、役の中の「誰か」を演じ切る。

 矛盾している?

 なんでも貫く矛と、絶対に貫かれない盾。

 ぶつかったらどうなるの?

 どちらも壊れて無くなるんだと私は思う。

 

 じゃあ、「私」を見て欲しいのに「誰か」を演じ切ろうとしている私はどうなるの?

 きっと壊れて無くなるんだと思う。

 

 壊れない可能性?あるかもね。

 人生ってギャンブルじゃん。どっちかにはなれるよ。

 

 パンはとっくに焼けていた。

 危なかった。オーブントースターで焼いてたら黒焦げになっている所だった。

 自論だけど、食パンは焦げる寸前が一番サクッとしていて美味しいと私は思う。だけどタイミングが難しい。少しでも焼きすぎると焦げて、あの真っ黒で苦い味を噛み締めることになる。

 私は多分もう焦げてしまっている。私という人間を何処から噛んでも、真っ黒で、食感も悪い、そして苦い。食べすぎると癌の原因になるんだっけ?そんな感じ。多分、オーブントースターで焼かれ過ぎた食パンみたいなもんだ。

 

 我が家のトースターはパンを差し込み、焼けたらポン、と飛び出すタイプのものだ。私もこのトースターで焼かれたかった。だったら真っ黒焦げさんにならなくて済んだかもしれないでしょ?

 食べ頃だよー、私をヒロイン役に使うなら今だよー、ってポン、って飛び出したかった。……いや、そうやって飛び出てみろ。「出る杭は打たれる」って言葉を知らないのか。

 

 議員にもなってセクハラで炎上している奴らだって、調子に乗ってポン、って飛び出した結果マスコミに叩かれてる。これも「出る杭は打たれる」だ。

 

 叩きまくって増長したマスコミっていう杭を打つ槌はないのかしら。

 マスコミさん、いっその事私を叩きまくってください。世の中には炎上商法ってあるでしょ。私っていう起爆剤にガソリンをぶっかけてください。まあ、私を燃やしたってお茶の間の視聴率は取れないでしょうけど。

 見てろよ、あと三年もしたら迂闊にナンパに引っかかってホテルに行けないくらい有名になってやるからな。

 

 ……五年前も同じ事考えてたな。その結果が今の私だ。

 

 バカバカしい。

 

 最低の朝だ。

 最高の朝なんかありゃしない。

 目覚めた以上、眠るまで生き続けなきゃいけないのだから。最高の夜はあっても、最高の朝なんかあるはずが無い。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

「ねえ、ちゃんと見てる?私の事だよ」

 

 

 

 見てるよ。

 私が一番アンタのことを見てるよ。

 三島君よりも、私以外のこの役をやりたいと練習している子よりも、誰よりも私が一番アンタのことを見てるよ。

 

 バカバカしい。

 

 なんで私は役の中の「私」に話しかけているんだ。

 舞台役者なんかは、ロングラン公演が終わった直後なんかは一週間程寝込む人もいるらしい。

 ずっと演じてきた役が抜けず、自分が誰なのか解らなくなっちゃうんだとか。まるで呪いのように自分の心の中に居座り続けて、「演じていた」だけだったものが「自分自身」に成り代わろうとするらしい。

 

 自分が、自分じゃなくなる。

 

 いっその事私は自分じゃなくなりたい。

 

 もし、この道を途中で諦めて、普通にオフィスレディとして働いていたなら、私は今頃どうしていたのだろう?

 答えは簡単。「そんなの私じゃない」が正解だ。

 

 私は私である以上、この道にしか進めなかったんだと思う。誰だってそうだ。何故なら私は「私」なんだから。

 もしこの役の女の子に「成り代わられたら」、この道を諦めて三島君のような男を探す女になるかもしれない。でもそれは「私」じゃない。

 

 私は私である以上、この道を進む。この道を進みたい。この道を進まなくてはいけない。この道しか残されていない。進まざるを得ないのだ。

 

 ひたすら進む。何があっても進む。進みたくなくなっても進む。

 クラクションが耳を貫いた。見上げると信号は赤色になっていた。

 

 現実では赤信号を見たら止まらなくてはならない。

 だけど「私」は赤信号を見ても、踏切がカンカンとけたたましく鳴り響いても、そこに道が無かったとしても、止まってはいけないのだ。

 

 どうして?

 

「ねえ、ちゃんと見てる?」

 

 何を見ればいいの?

 道は暗い。何も見えないよ。

 光が欲しい。灯りが欲しい。

 

 欲しいのはチャンスなんていう曖昧な光じゃない。

 今まで辛かったよね、なんていう軒並な慰めじゃない。

 美味しいご飯でも、安眠枕でも、気持ちの良いセックスでもない。

 

「ねえ、ちゃんと見てる?私の事だよ」

 

 ちゃんと見てるよ。

 ちゃんと見てるつもりだよ。

 今の私にはそれ以上「私」が見えないよ。

 

 どうか私に救いをください。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 私が欲しいのは微妙な光じゃない。

 救いの光が無ければ、私は私を見ることが出来ない。

 

「ねえ、ちゃんと見てる?私の事だよ」

 

 そう言うアンタは私をちゃんと見てるの?

 アンタは私をちゃんと見てくれるの?

 アンタは私を受け入れてくれるの?

 いや、解ってる。

 

 私を受け入れるのは私だけだ。私は私でしかないのだから、アンタが私を受け入れてくれる訳が無い。

 

 でも、それでも。

 私を受け入れてください。私を必要としてください。私を見てください。救いの光が届かなくて、真っ暗闇の中にいる私を見てください。女優としての私を必要として欲しい。人間としての私を受け入れて欲しい。女としての私を見て欲しい。それって強欲?いや、違う。

 

 それこそが人間だと私は思う。

 

 私を受け入れるのは私だけだ。でもアンタに受け入れられたい。

 私がアンタを受け入れて、私がアンタになるしかないんだろう。つまり、最初からそうしているだけだ。

 

 信号は、いつの間にか青になっていた。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 

「私を捨てたの?違うわ!私がアンタを捨てたの!」

 

 

 

 

 枕に向かって吐き捨てる。頭がフラフラする。さっき飲んだお酒が悪い方向に回っている気がする。体がぼうっとしている。自分の意識がぼやけていて、まるで私じゃない誰かが体を動かしているみたいだ。今なら、役を演じるのに最適なのかもしれない。

 私は今、アンタに私を貸してあげてるの。ほら、ムカつく元カレにもっと罵ってやんな。

 

 お酒というものは、私は最高にいかれてると思う。喉を通る時は体が燃えるように熱く、酔いが回り始めると体がぼうっとするように温かい。そして、酔いが冷めるとまるで凍土の中に閉じ込められたかのように冷えてくる。だけど、ちょっと調子に乗って飲み過ぎると、温かい蒸気ではなく生温い吐瀉物をぶちまけることになる。その度に「もうお酒なんて飲むもんか」と決心して、またバカになりたい時にがぶ飲みして吐瀉物をぶちまける。学習出来ないなんて人間じゃない。だけど、酒でこんなに酔えるのは人間だけだ。いかれてる。

 

 ほら、もっと言ってやんな。私の体を貸してあげてる今しか言えないよ?セックス中毒者!死んじまえ!って言わなくていいの?パイプカットでもしておくかい?それともお尻の穴をほじくり回してアンアン言わせてみる?

 愚痴なら終わってから幾らでも聞いてあげる。お酒も奢ってあげる。なんてったって私の体を貸してあげてるんだからね。

 私は絶対にアンタを捨てたりしないからさ。仲良くやっていきたいな、って私は思ってるんだよ。

 

 だからさ、私を捨てないでください。

 

 アンタは私の希望なんだ。

 救いの光なんだよ。

 こんな詰んでる人生のさ。こんな詰んでる女のさ、一発逆転のチャンスなんだよ。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 ここでチャンスを掴めなかったら、今度は私、いつまでこの真っ暗闇の道の中を進めばいいの?

 可哀想だと思わないかい?惨めだと思わないかい?

 

 そう思うなら、私を捨てないでください。

 

 枕に涙が滲む。

 あ、もう私の体はいいの?

 捨てたわけじゃないよね?

 体が冷えていく。酔いが冷めていく。もう少しバカになっていたかった。

 なんでこんなに悔しいんだ。なんでこんなに惨めなんだ。さっきまでバカだったから。バカには昔のことを思い出すなんて高等な事は出来ないから。何が悔しいのか、何が惨めなのか、全く思い出せない。

 

 枕に向かって思いの丈を吐き捨てる。言葉の吐瀉物が、枕じゃなくて私の心を汚していく。

 

 夜は、眠れない夜は、とても長い。とてもとても長い。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「会いたくない。だって……」

 

 

 

 携帯がメッセージの受信を知らせてくれた。一度練習を中断し、受信したメッセージを開く。

 高校時代の友達だった。「久しぶりー!元気してる?今度、元三年二組で同窓会やるよ!」という極めて短いメッセージ。

 

 同窓会。

 会いたくない。

 だって……バカみたいに女優を目指して都会に出た女の、哀れな成れの果てを見て欲しくない。詰んでしまった人生を見せたくない。

 もう二十五歳なのだ。友達の誰かが結婚していてもおかしくない。子供がいたっておかしくない。仕事が大変なんだよ、上司がウザくてさ、旦那ってばお皿をね……

 

 私には何がある?

 

「会いたくない。だって……」

 

 そうか、今の私にはアンタがいるね。

 でも残念ながら、アンタの話は同窓会じゃ出来ないよ。

 アンタが会いたくないのは三島君でしょ?会いたくない理由も乙女で可愛いと思うよ、私は。

 私が会いたくないのは昔の友達達。会いたくない理由も全然可愛くない、なんならダサい。ただただ自尊心と、プライド。クソみたいな私を見て欲しくないだけ。

 

 自分でも解ってる。今の私はクソだ。クソッタレだ。

 そんなクソッタレだけど、バカみたいにこれだけは練習しているんだ。バカみたいに今でも夢を見続けてるんだ。もう三十代に片足突っ込もうとしているのに、小さな頃からの夢を見続けてるんだ。

 

 オーディションを審査する審査員が私に会いたくなくとも、底辺のクソッタレ女優なんぞ見たくなくても、私はそいつらをあっと言わせたいんだ。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 三十になった時の同窓会には出よう。きっとその時には、胸張って女優ですけど何か?って言えるはずだ。

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「え?どうして?」

 

 

 

 意外とこういう単調な驚きを表現する芝居っていうのが難しかったりする。普通に驚いてしまうと非日常性が消える。オーバーにやり過ぎるとわざとらしくなり白けてしまう。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 本当にそうだろうか?

 この光は微妙な光なのか?

 この光こそ、私の求めていた救いの光なのではないか?

 それを証明するのは今でしょ?ねえ、アンタは楽しかった?私と居られて。

 私はね、楽しくなかった。ビックリするくらいに楽しくなかったよ。私が私じゃなくなっていく感覚、バカみたいにアンタになりきろうとしてた感覚、どんどん追い込まれていく感覚。それでもアンタが最後のチャンスだと思って。一発逆転のチャンスだと思って。淡い光に必死に手を伸ばしてた。

 

 必死に就活して、必死にオフィスレディとして働いて、必死に恋して、必死に結婚して。多分そうやって生きていく方が楽で幸せなんだと私は思う。同窓会の画像はSNSで見た。皆、幸せそうな顔をしていた。そんな中で私はゲロ吐きながら泣いてるんだ。理不尽だと思わない?それもこれもアンタのせいだからね。

 でも。

 

 それでも。

 それでも私は、都会に出る前にタイムスリップして、昔の私に「この道はやめといた方がいい」とは言えないと思う。

 

 どれだけ詰んでる人生でも、バカみたいでクソッタレみたいな人生でも、それが私の、それが「私」の人生だ。

 私は私に溺れている。自分を溺愛しているから、どれほどクソッタレみたいな人生でも生きていたんだと思う。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 

 私は私の命に、微妙な光を見出していたんだ。

 自己顕示欲の塊じゃないか。エゴイストだ、ナルシストだ。最高に頭がいかれている。

 

 でも、それが私だ。

 

 ここ最近、ずっと私の傍にいた。アンタなら解るだろ?

 ほら、私はアンタを捨てないからさ。

 お願いします、私に夢を見せてください。

 

 扉が開く。

 次が私の番だ。私と、アンタと、私と同じようにアンタになろうとしている二人の女の番だ。

 

 やっぱり私はアンタといて楽しかったかもしれないよ。

 え?どうして?どうしてかって言われてもなぁ……。

 孤独なんだよ、私は。

 孤独なんだよ。この歳になってバカ正直に夢を追いかけてる奴は。

 それが嫌だから何かに逃げようとするんだ。夢を追いかける為に、夢から逃げようとするんだ。

 酒に溺れる。ヤクに溺れる。セックスに溺れる。闇に溺れる。

 私は私に溺れる。私はアンタに溺れてる。私は有りもしない光に溺れている。有るかもしれない光に溺れている。

 光から逃げる為に、光を追いかけてる。

 

 そうしていたら、なんだか独りじゃないように思えたんだよ。

 

「え?どうして?」

 

 さあ?どうしてだろうね。

 まあ、なんでもいいや。

 

 アンタに捨てられるか、私を救ってくれるのか。

 

 私、ギャンブルはやったことないからなぁ。

 せいぜい救いの光にベットすることにするよ。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「そう。アイツはそれしか出来ないの」

 

 

 

 笑っちゃうよ。

 私は夢を追いかけることしか出来ないの。

 アンタに縋ることしか出来ていなかった。

 ギャンブルをしようとしていたのに、賭け金すら持っていなかった。

 

 勝てるわけないでしょ?アンタは私を捨てるも何も。最初から私を拾ってすらいなかったんでしょ?

 最初から最後まで、私の隣にいる振りをして、あの女の隣でずっと生きていたんだよ。

 私より歳下の。

 私よりいきいきとしている。

 私より「女優」で。

 私より才能があった。

 私の賭け金は「詰んでる人生」。あの子の賭け金は「カリスマの光」。

 バカバカしい。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 微妙な光なんて最初から無かったんだよ。私はそれを知ってた筈だ。

 

 昔は覚せい剤なんかで捕まるタレントをニュースで見ると「バカバカしい」と一蹴していた。今ならわかる。この世界は夢を追いかける為に悪夢を見たくなる。悪夢は最高の朝を迎えてくれる。だって、自分で今日を生きる必要が無いのだから。

 ヤクなんかやってないのに、有りもしない光をずっと求めていた私は一体なんなんだ?

 あの子は私のクソッタレみたいな演技を見てどう思ったの?

「下手くそ」

 うるせえよ。

「大根役者」

 ほっとけよ。

「いきおくれ」

 関係ないでしょ。

 

 被害妄想だと知ってる。あの子はそもそも私なんか見ていない。

 

 どれだけ罵られてもいい。

 

 私を受け入れてください。

 私を見てください。

 そして出来ることなら私を認めてください。

 救いをください。

 

 世の中、成功する人と成功しない人がいる。

 

 成功するような素晴らしい人間はあの子のようなことを言うのだろう。「普通じゃない」のだ。

 一目見ただけで解るでしょ?「あ、勝てない」って思う瞬間。「あ、奪われた」って思う瞬間。あの子は普通じゃなかった。演技の上手さも、一目見ただけで伝わるカリスマ性も、その声も、立ち振る舞いも、髪の毛の色も、瞳の奥から見える彼女の世界も、アイツを従えている女王のような雰囲気も。

 

 私が普通じゃなかったのは、この歳になってもただバカみたいに現実を見ずに、夢を追い続けていられたことくらいだ。

 

 また私は孤独になった。

 

 これ以上暗闇の中で泣きたくない。

 ワンルームマンションの、私の城に帰りたくない。

 慰めてくれる彼氏もいない。忘れさせてくれるセックスフレンズもいない。今酒を飲んだら死んでしまう気がする。

 最高にバカで惨めな女だ。酒を飲んでこれ以上バカになると人間に戻れなくなる。

 

 いっその事、死んでしまおうか?

 それでもちっぽけな自尊心と自己愛のせいで死にたくない。

 

 私には何が残っている?

 

「そう。アイツにはそれしか出来ないの」

 

 私にはアンタを繋ぎ止めることすら出来ないの。

 一人で暗闇を歩くことすら出来ないの。

 ただ蹲ることしか……

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「ねえ、私これだけ三島君に尽くしたんだよ!?」

 

 

 

 まだ私の中にはアイツの台詞が渦巻いている。

 何よ、あの子を選んだんでしょ。さっさとどっか行っちまえ。

 私だってどれだけアンタに尽くしてきたと思ってんのよ。

 

 ワンルームマンションの203号室。惨めな女にはお似合いの城だ。王子様はいない。お手伝いさんもいない。切れてしまった電球。泣き腫らした不細工なお姫様。ラジオから流れる無駄にテンションの高いDJの言葉だけが鳴り響く。

 

「ラジオネーム、「ステラ」さんからのお手紙だ」

 

 人生はいつも何処かに救いの光があるように見えて詰んでいるから生きにくい。

 私はアンタを救いの光だと信じていたんだよ?だから今でもアンタの台詞が頭に浮かぶし、あのオーディションでも最高の演技が出来たと思ってる。

 でもアンタは私なんか見ていなかったんだ。私程度の最高じゃ、底辺の最高じゃ敵いっこなかったんだ。

 

 楽しかった?私が惨めなりに必死にもがいていた姿を見るのは。私は楽しかったよ。アンタはもっと楽しかったんだろうね。だってピエロじゃん、私。

 ピエロが絶対に勝てないギャンブルに全額ベットして、必死に踊っている姿。私だって観客なら涙を流して笑っちゃうね。

 

「俺は笑わないぜ」

 

 うるせえよ。ラジオDJの分際で何言ってんだ。

 

「なあ、「ステラ」ちゃん。俺はアンタが最高に輝いて見えるぜ?いつまで夢見てんだ、バカじゃないのか、っていじめられたってな。夢は見ないと叶わないんだ」

 

 見たって叶わないよ。凡人は天才には適わないよ。

 その結果、人生が詰んでることに気がついて、私みたいになるんだ。

 

「凡人が夢を叶えることが出来ない?……うーん、確かにそれはそうかもしれないな」

 

 ほら見ろ。DJ、お前ムカつくな。

 

「でも考えてみろよ、「ステラ」ちゃん。ずっと夢を追い続けられる人は凡人かい?俺はそうは思わないな。そんな奴、俺の周りにはそう居ないぜ?つまり平凡では無いんだ」

 

 ……それだけじゃ、ダメだったんだよ。私は。

 DJのクセに知ったような口をきかないでよ。

 

「将来の夢って、いつからか皆言わなくなるよな。「とりあえず高校に」「いい大学に行けたら」いつの間にかそういう話に変わっていくんだ。小さい頃は純粋だからな。小さい頃は何でもなれると思ってるんだ」

 

 そうだね。小さい頃はスターになれるって信じてた。今の私はセックスジャンキーの元カレをフッて、新しい男を捕まえるけど結局フラれる女を演じることすら出来なかった。

 

「俺はな、本当に小さい頃のまま大人になれたら「何にでもなれる」と思うんだ」

 

 ……。

 

「小さい頃の夢を追い続けてると「いつまで夢見てるんだ」とか言われるだろう?違うよな。小さい頃からずっとそれが自分の「現実」なんだよ。素敵だろ?夢のある現実なんて」

 

 それこそ夢物語だ。

 心底腹が立つな。

 何言ってんのか全然わかんないよ。

 

「俺はそういう大人を笑わない。尊敬する。「ステラ」ちゃん、当然君のことも笑わない。俺はそういう夢追人の光に助けられて生きているんだぜ?本当さ」

 

 最近、枕を濡らしてばかりだ。

 今日もまた、枕を濡らしている。

 お前なんかに尊敬されたって嬉しくもなんともないよ。私は私はそういう夢追人になって光を失ったんだよ?本当よ?

 

「夢を追いかける人はそれだけで特別なんだよ。そんな奴がいるから世界は面白いんだ」

 

 うるせえよ。

 

「せっかく一度だけの人生だろ?思い切りバカになって、夢を追いかけてくれ」

 

「ほっとけよ……」

 

 涙が止まらない。

 なんなんだよ、本当に。

 私も。アンタも。「ステラ」も。DJも。

 

 人生は詰んでるように見えて微妙な光が見えてしまうから生きにくい。

 

 光なんて何処にもない。

 あるのはクソッタレみたいな人生が沢山。

 そんなクソッタレみたいな人生だけど。

 それでも。

 そんなクソッタレみたいな人生を生きてやるんだ。

 

 

 それが私の人生だ。お前に言われなくてもわかってるんだよ。

 バカにするな、私は元々バカだ。

 夢しか見られないバカでも死ぬまでもがいてやる。

 いつか後悔させてやる。

 

 見てろよ。

 

 

 これが私だ。これが「私」だ!

 

 

「これが私だよ!私なんだよ!」

 

 真夜中?ご近所さんに怒られる?知らないよクソッタレ。これが私だ。私だよ!

 

 

「それじゃ、「ステラ」ちゃんにこの曲を送ろうか。日本語に訳すと……「夢見る愚か者達に乾杯を」だったかな」

 

 ラジオからは外国人の女性の歌声が聴こえる。

 乾杯なんぞいらない。

 慰めならもう受け取った。

 

 救いをください。

 

 ふと、携帯が鳴った。電話だ。

 

「アンタにはそれしか無いんでしょ」

 

 私にはそれしかない。

 私には夢を追いかけるしかない。

 

 

 電球が不意に点いた。

 

 

 なんだ、まだ灯り。点くんじゃないの。

 もう少し早くから照らしなさいよね。

 電話を取る。

 

 その要件は……

 


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