鋼の鬼   作:rotton_hat

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ブリタが所属していた冒険者チームの詳細が欲しいところです。


邂逅

 早朝、宿屋一階にある酒場の一角を陣取りエルスとブリタを含む警備チームの顔合わせが行われた。

 昨夜は結構な量の酒を飲んだ筈だが特に二日酔いもなく、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を外しているエルスの表情はサッパリとした様子、一方のブリタは頭を抱えているところを見るにまだ昨日の酒が残っているようだ。

 

「大丈夫っすかブリタ。今日お仕事行けるっすか」

「…大丈夫、昼には抜けると思うから。おやっさん、水ちょうだい」

「ったく。お前さんも一端の冒険者なんだから自己管理ぐらいちゃんとしろ!」

「耳に痛い…って言うか頭に痛い。反省するから大声出さないで」

 

 眉を寄せて水の入ったコップを持ってくる酒場の主人に、ブリタが平謝りしながらコップを受け取り水を一気に流し込む。ぷはぁと気の抜けた息を吐きながら眉間を指で揉む彼女に仲間たちが苦笑した後、全員がエルスの方へと向き直る。

 

 ブリタの所属するチームは彼女を含め七人のパーティーだった。デザインに統一性はないが鱗鎧(スケイルアーマー)を着用しラージーシールドを背負う戦士が三人、軽装に杖を持った魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人、神官衣を鎧の上から羽織った信仰系魔法詠唱者が一人、迷彩色のフード付きローブを羽織った軽装の野伏(レンジャー)が一人、それに紅一点でブリタが加わっている。

 実際には他にも仲間がいるらしいが、とりあえず班を分けたときにブリタが加入するチームだけを連れて来たらしい。結構な大所帯である。

 

「うちのが迷惑かけるね。さて、エルスさんだったか。ブリタの紹介で今日は俺たちの仕事を手伝ってくれるみたいだけど、お互いどんな事ができてどんな事ができないかを把握しておかないとうまく連携できないだろう? 自己紹介もかねて自分の得意分野や苦手な分野を挙げていきたいんだが構わないか?」

「問題ないっす。飛び入りなんで自分から紹介させてもらうっすよ」

 

 チームのリーダーと思われる魔法詠唱者に促されエルスは先に自己紹介を済ませることにする。

 名前以外は殆ど偽っていないが、エルス(クロエル)の冒険者としての設定は以下の通りだ。

 

 得意分野は前衛、アタッカー兼レンジャーの能力を持っている。

 装備している全身鎧も業物なのでやろうと思えばタンクの真似事もできる。

 戦士職なので魔法を唱えるのは苦手。回復されるのも苦手。アンデッドじゃないよ。

 呪いのせいで突然皮膚が裂けたりするが何時ものことなので驚かないでほしい。

 

 ユグドラシル時代の彼女の数少ない友が聞いていたら「もっと忍べよ!」と突っ込みを入れていたかもしれない。それくらいに彼女は明け透けだった。

 前衛職に加えて索敵もできると聞いて感心していたブリタたちも、最後の呪いで皮膚が裂けるという紹介には目を丸くする。冒険者の暗黙の了解で他人の詮索はご法度だったが、神官の男は呪いと聞いて興味を持ったらしく思わず聞き返してしまう。

 

「失礼、というとその顔の傷も?」

「ちょっとあんた!」

 

 神官の隣に座っていたブリタが、すかさず彼の耳を遠慮なく引っ張る。「ごめん、取れる! 取れるから!」と降参のポーズをして必死に謝罪する神官を可笑しそうに眺めながらエルスは気にした風もなく応えた。

 

「構わないっす、これは最近の奴っすね。友人と模擬戦をしたときにハッスルし過ぎて…まぁ、とにかくよく動くと皮膚が裂けるっす。慣れっこなので特に問題はないっすよ」

「治療や解呪は…」

「治しちゃうと直ぐ裂けるんすよね。傷跡が残ってる方が裂けにくいので治療はしないっす。解呪はそもそも無理っすね」

「…そうですか」

 

 場の空気が重くなるのを感じてエルスは慌てた。

 当の本人からすればいつもの事なので全く気にならないことだったが、他人から見れば悲惨な境遇に見えて居た堪れないのだろう。ご心配は痛み入るがこんなお通夜のような空気は望んでいない。

 場の空気を和まそうとエルスが「このプリチーな顔もそのうち見納めになるから、今のうちにしっかり記憶に留めるっすよ!」とお道化て見せれば、突然ブリタが立ち上がり「忘れない! 絶対忘れないからね!」と声を震わせ抱きしめてきた。違う、そうじゃない。

 

 すったもんだの挙句に漸くお互いの自己紹介を済ませた一同は、続く警邏の詳細、金銭の話なども詰めていき、やがて思い思いに席を立ってベルトの位置を修正したり身体を解すように伸びをしたりし始めた。話し合いの時間が終わったのだろう。

 エルスも兜を被って完全武装したことを確認すると警備チームへと向き直る。魔法詠唱者が代表して言葉を出発の号令を行う。

 

「よし、表で待たしている他の連中もいい加減焦れてる頃だろうし出発しようか。今回は通常の街道警備に加えて、近辺に塒を構えた盗賊どもの調査も行う。場合によっては戦闘もありえるので各自気を緩めないよう頼むぞ。それじゃあ出発!」

 

 応っと全員で元気よく魔法詠唱者に応えると、一同は外で待っていた他の仲間たちとも合流、エ・ランテルの門を潜って外の世界へと出立していくことになる。途中、門を潜る際にエルスがちらりと背後に広がる街並みに一瞥をくれたが気に留める者はいなかった。

 いや、正確には一人を除いてと言った方が正しかったか。街の外へ出てからブリタがそのことを指摘してきたからだ。

 

「どうしたのエルス? もしかして何か忘れものでもした?」

「いや、クーちゃん…友人もこの街にいるのでばったり出くわさないかなーとか少し期待していただけっす」

「なんだ、帰ってくれば時間はあるんだからその時にでも探せばいいでしょ」

 

 それもそうっすね、と返し、エルスはエ・ランテルで別れたクレマンティーヌの事を思い――途方に暮れる。

 

 心に余裕ができてから彼女は改めて思う。自分はどうすべきなのだろうか、クレマンティーヌをどうするべきなのだろうか、と。

 彼女が危険な人物だと知った上で、目先の好奇心に負けて彼女をレベルアップさせてしまったのは他ならぬエルスだ。

 

 クレマンティーヌの弁を信じるならば、今彼女に打ち勝てる戦士はプレイヤーかスレイン法国に居るという神人くらいしか考え付かない。

 拮抗した力を持っていた者たちを大幅に追い抜き、本当の意味で人類最強クラスの力を持ってしまった彼女がその衝動のままに殺人を繰り返すのは最悪の未来だ。冒険者になった今、彼女の着ていた鎧がどれだけ禍々しい代物だったのかも理解している。

 

 ならば斬るか、とも考えるがエルスはその考えに躊躇する。この肉体を得てから己の精神も変質して人を斬ることに抵抗はない。しかし勝手に与え、勝手に殺すのかという思いに決心が定まらなかった。何より彼女はクレマンティーヌの事が嫌いではないのだ。

 しかしこのまま放置すれば他の多くの人が殺される可能性を否定できない。昨日、無理矢理にでも彼女を自分の手元に引き留めておくべきだったかとエルスは懊悩する。

 

 どこまでも迂闊で、どこまでも独善的で、どこまでも傲慢な苦悩に頭を悩ませる彼女は、どれだけ超人的な肉体を得たとしても、やはりどこまでもただの一般人でしかなかった。

 人種ではなく異形種として肉体を得ていたのなら、こんなことで思い悩んだりはしなかったかもしれない。

 

(…帰ったらクーちゃん探して真面目に話し合わなきゃ駄目っすね)

 

 内心ため息を付きながらも今後のことに思いを馳せて、しかしすぐに気持ちを切り替え今の仕事に専念する。やれることから一つずつ、それが不器用な彼女が出した結論だった。

 

(しかし外に出るまで自分のことを観察してた人は誰っすかね? 最初はクーちゃんかと思ったけど見たら男の人だったっす)

 

 エルスは探知スキル〈手負いし獣の第六感〉でエ・ランテルを出るまでにこちらを警戒しながら窺う人物を特定していたが、クレマンティーヌではないと分かると特に気にせず放置していた。

 

(…あっ。ここいらに塒を構えたって言う盗賊団の斥候の線もあったっす! …事後報告になるっすけどリーダーに報告した方がいいっすね…はぁ、いきなり失敗しちゃったっす)

 

 エルスはとぼとぼと警備チームのリーダーに近づくと街の中にいた監視のことを報告する。案の定「何でもっと早く教えなかった!」とこっぴどく怒られたが索敵の腕は評価され、以降索敵の任務も担当させてもらえることになったので結果オーライである。

 

 ちなみに街中での監視者に対するエルスの予想は当たらずとも遠からず、と言ったところだ。街で警備チームを…エルスを監視していた秘密結社ズーラーノーンが高弟カジットの弟子は、彼女がエ・ランテルの外へと旅立ったのを見届けると急ぎ自分のアジトへと踵を返していた。

 

 

 * * * *

 

 

 街道の警備の仕事は順調に進んでいた。

 特にエルスの活躍は目覚ましく、野伏(レンジャー)として仕事を振れば広範囲を正確に索敵し、前衛として仕事を振れば瞬く間に現れたモンスターを斬り伏せてみせる。

 その有能さに警備チームの誰もが驚愕し、ついでに呪いが発動したのか面頬付き兜の隙間から血をボッタボッタと垂れ流している彼女の姿に小さな悲鳴を挙げてと忙しかった。

 呪いの発動を実際に目の当たりにしたブリタが青い顔をして「あんたはもう働かなくていいから!」とエルスの両肩を持って激しく揺さぶった為、血の飛沫が近くにいた仲間たちへと降りそそいだのは微笑ましいハプニングというべきか。

 

 そんな一行の冒険は忙しくも和やかに続く。

 やがて情報にあった盗賊の塒の近辺に辿り着くとそこに野営を設置して、ひと時の休息に皆が和気藹々と談笑に花を咲かせた。

 動きがあったのは夕焼けも褪せて夜の(とばり)が降り始めた頃だった。盗賊たちの塒の様子を監視させていた斥候から、塒の異変を告げる一報が入ったのだ。

 

「盗賊どもの塒で戦闘が始まった、か…どうも賊の方が劣勢にあるらしいが…」

「調査の必要があると思います。予定通りチームを二つに分けて慎重に情報を集めましょう」

 

 報告を聞いたリーダーの呟きに仲間の一人が予定通り作戦を進めようと進言する。彼はそれに黙って一度頷くと、真剣な面持ちで仲間の顔を見渡して静かに指示を出し始める。

 

「皆、聞いての通りだ。奴らの塒で動きがあった。予定通りチームを二つに分けて行動を開始するぞ。作戦に特に変更はなし…いや、エルスは初仕事だし後詰めとして罠の設置を担当するチームに入ってもらう予定だったが、あの働きを見た後じゃな…エルス、お前も強行偵察のチームに入れ。期待してるぞ」

「任せるっす!」

 

 自信満々といった感じに自身の胸を叩くエルスに一瞬誰もが相好を崩し、すぐに表情を引き締める。当初の予定と違って盗賊の塒には第三の勢力の加入が確認されている。ここから状況がどう動くのか全く予測がつかないのだ。チームの警戒度は否が応でも高まった。

 

「賊と敵対している連中が冒険者だったら話は早いんだが…いや、楽観視せずに常に最悪を想定して動かないとな。よし、皆行くぞ!」

 

 こうして警備チームによる盗賊の塒の調査任務が決行された。

 夜は、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

 * * * *

 

 

「……どういうつもりだ、らしくもない。殺さんのか?」

「…んー。こう張り合いないと興覚めっていうかさー…というか、この街では極力血の匂いはさせたくないんだよねー」

「…この部屋なら何ら問題ないと思うがな」

 

 何らかのすり潰された植物や薬品の匂いが籠る薄暗い部屋の中で、ランタンの光に照らされながら二人の男女が立ち話をしており、その周辺には五人の人間が転がっていた。

 立ち話をしに興じるのはクレマンティーヌとカジットだ。そして周囲に寝転がっている面々は「漆黒の剣」といわれる四人の冒険者たちとこの屋敷、リイジー・バレアレ店の主の孫にあたるンフィーレア・バレアレという見習い錬金術師の少年である。彼らは死んでいるわけではなく、クレマンティーヌの一撃によって全員気絶していた。

 大幅なレベルアップにより身体能力の強化されたクレマンティーヌが本気で不意打ちを決行したなら、たかだか五人程度目撃されずに無力化するのは容易なことだった。

 

「ふん。よほどエルスとやらが怖いようだなクレマンティーヌよ。心配せずともその者は今この街にはおらん。そして、我らの計画は今宵の内に全て終わるだろうよ」

「ふーん。そうですかー、そうだったらいいですねー」

 

 特に感情のこもってない気だるげな返事を返すと、クレマンティーヌは気絶しているうちの一人、ンフィーレアを片腕で軽々と担ぎ上げた。

 他の倒れている漆黒の剣のメンバーに用はないが彼は必要だ。ンフィーレアは生れながらの異能(タレント)を持っており、その異能の効果は「あらゆるマジックアイテムを使いこなす」という類稀なものだ。

 彼が居ればクレマンティーヌがカジットに渡した叡者の額冠を扱うことができる。死の祭典を行うためには確実に確保しなければならない道具の一つだった。

 

「ふはははは。これで必要な道具は揃った。あらゆるマジックアイテムを使うことのできる生れながらの異能(タレント)に、着用者を超高位魔法を詠唱するだけの道具に変える叡者の額冠! この二つが合わされば第七位階魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を行使することができる!」

 

 担ぎ上げられたンフィーレアを見ながらカジットが興奮気味に捲し立てる。無理もない、彼はこの死の祭典――正確には都市壊滅規模の魔法儀式「死の螺旋」を行うために五年という歳月をその準備に費やしてきたのだ。長年の悲願が目前まで迫っているというのに興奮するなというのが土台無理な話なのだ。

 店を後にし、墓地へと急ぐカジットの背中を冷めた目で見ながらクレマンティーヌは考える。

 

(死の螺旋ねー…アンデッドが集まる場所には強いアンデッドが産まれて、その強いアンデッドが集まるとまた更に強いアンデッドが産まれるっていう悪循環だっけ…そこで死の力を集めれば不死の存在になれるって話だけど、そんなに上手くいくもんかなー?)

 

 レベルアップには良さそうな狩場だけど、と考えてからクレマンティーヌは苦笑する。短い付き合いだったが随分とクロエルに毒されたものだ。

 

(…エルちゃんか)

 

 クレマンティーヌがクロエルに抱く思いは畏敬に近い。

 快活で軽薄な人間性を持ちながら、レベル100という遥か高みに至った武の化身であり、クレマンティーヌの持つ忌まわしき傷を癒してくれた優しき女神でもあった。

 破壊と慈悲の混沌のような彼女をクレマンティーヌは恐れ、そして好ましく思っている。

 

 今回彼女がンフィーレアを護衛していた漆黒の剣の面々を殺さなかった理由は、ひとえにクロエルに殺しを悟られるのを恐れたためだ。彼女は見逃すかもしれないが、それでも失望されることは間違いないだろう。場合によっては責任と表して斬り殺されるかもしれない。

 だから、クレマンティーヌはエ・ランテルでは殺しは我慢しようと心に決めていた。我慢するだけで、殺しを止めようなどとは微塵も思わない。これまで積み重ねてきた人生によって形成された人格を、今更否定することなど不可能だった。

 

(…もう一度話をしたいとは思うけど、それもこの後次第かなー?)

 

 今回クレマンティーヌはカジットの計画に一応の協力はしているものの、その姿勢はどちらかと言えば見届け人といった方が近いかもしれない。

 死の螺旋を試金石に、クレマンティーヌは自分の今後を見極めようとしている。失敗してエ・ランテルが残るならクロエルともう一度会い少し深いところの話し合いを、成功してエ・ランテルが滅ぶのであればそのまま去るつもりなので、もう二度とクロエルと会うこともないだろう。

 警邏の仕事が通常通り行われるなら明日までは確実に帰ってこないだろうが、あのイレギュラーな存在が中にいて、予定通り事が進むとは思えない。

 クレマンティーヌは予定よりも早く戻ってきたクロエルが、カジットの計画を引っ掻き回す光景を想像して少しだけ愉快な気分になる。陰気なアンデット軍団を相手にクロエルが暴れまわる様はさぞ痛快だろう。

 

(あ。そういえば後二人カジッちゃんの障害になりそうなのが居たっけ)

 

 そこでクレマンティーヌが思い出したのは、巨大な魔獣を使役する漆黒の戦士と、美しい魔法詠唱者の姿だった。

 

 クロエルがエ・ランテルを出立してからカジットに呼び出されたクレマンティーヌは、ンフィーレアの動向を探るために忙しく街中を回っていた。

 入ってくる情報によれば彼は冒険者を雇ってカルネ村へ赴いたとのことだったのでそう都合よく帰ってくることはあるまいと踏んでいたが、結果としてンフィーレアの凱旋を目撃しクレマンティーヌは奇異な偶然に目を丸くしたものだ。

 そしてそのンフィーレアと共に凱旋した人物の一人、絢爛華麗な漆黒の鎧に身を包み、巨大な魔獣に騎乗した戦士をクレマンティーヌは特に警戒していた。

 クロエルという強者の力を肌で感じたからか、レベルという概念を知ったからか、それともレベルの成長を体感したからなのか…いや、恐らくすべての体験からだろう、クレマンティーヌの天性の才能は、この短期間のうちに相手のレベルを感じ取る感覚をおぼろげながらに掴み始めていた。

 

(確か戦士の名前はモモン…あと美人さんの方がナーベ、だったかなー…(カッパー)級みたいだけどかなりの実力者だね、あれは。魔獣の方はそこそこって所かな…あの冒険者たちならもしかしたらカジッちゃんの計画を阻止しちゃうかもねー)

 

 その予想にクレマンティーヌは面白くなさそうに眉を顰める。

 クロエルが阻止するのは構わないが、彼女の中でモモンとナーベの二人は部外者の立ち位置だ。大事な試金石をどこの馬の骨とも知れぬ冒険者に水を差されるのは全く持って面白くない。まぁ、それでも彼女は結末を見届けるために、ンフィーレアの運搬以降は傍観に徹するつもりだったが。

 

(エルちゃん戻ってこないかなー。警備なんかよりこっちの方が絶対楽しいのに)

 

 クロエルの帰還を待ち望む気持ちに気付いて、クレマンティーヌは自嘲する。

 また会いたいのなら、素直に自分から会いに行けばいいのに、と。

 

 

 * * * *

 

 

 クレマンティーヌがバレアレ店を去ってから数刻後、エ・ランテルの近郊、森にありながら幾多の岩が突き上げる草原地帯、いわゆるカルスト地形が広がる場所で――

 

「ぜぇいんッ、逃げるっすゥ!!!」

 

 ――〈闘気〉を纏いながら、大太刀を構えて叫ぶエルスの姿があった。

 

 エルスを除いた強行偵察チームの面々が緊迫の面持ちで、皆が皆、ある一点を注視しながらジリジリと後退していく。

 

 その視線の先――盗賊の塒の入り口で、怪しく煌めく赤い双眸が冒険者たちを見下ろしていた。

 


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