魔力の覚醒と邂逅
同化というべきか喰われたというべきか。
スクイブだと思っていた僕が魔力を発動させて生き残ったということで、おばあちゃんはとても嬉しそうにしていたが、孫が死に掛けて嬉しそうにするのはいかがなものだろうか。
8歳という年齢はもっと甘やかして育てられてもいいのではないだろうかと僕は考えるようになっていた。
自分への自信が極端といえるほどにないネビル・ロングボトムは、5年生になりDAでの練習で自信が付いたため、隠れていた勇敢さや忍耐力が頭角を現し出す。薬草学が好きで、魔法薬学とその教授が苦手な、だけどとても優しい子だと8歳にして理解してしまった。
僕の頭の中に、別の人間のマグルの情報が、ここをパラレルワールドとした小説の情報が、一気に詰め込まれたようだった。
僕の頭は良くなかった。物事を理解するのに時間がかかり、自分を表現する術を持ち得ていなかった。
なのにこの情報は、まるで自分が体験して得た知識のようだった。1人の男が両親に愛されながらもちゃんと学校を出て自立し、就職と婚約を果たしたのに、若いうちに交通事故で死んでしまった記憶。
[君は誰?]
[俺は君だ]
[僕はネビル・ロングボトム]
[じゃあ俺もネビル・ロングボトムだな]
僕は自分の中で別人格とも言えるべき男と会話をしているように感じたが、全ての会話が僕の考えのようだった。魔力と同時に新たな人格が発現するのは当たり前なのだろうかと考えもしたが、この新たな人格のおかげでそうではないことが分かっている。別人格とも言えるべき男は別人ではなくてまぎれもない僕だったのだ。
50ccの水と50ccの水を混ぜ合わせたら100ccの水になるように、ネビル・ロングボトムという器にネビル・ロングボトムと別の誰かの記憶が入ったところで、それは結局ネビル・ロングボトムだった。
僕が寝ている間に別人格が起きるのではない。僕と別人格を足して僕なのだ。
こんなことを考えたことは今までなかったのだが、この新しい僕がそう考えさせていることを僕は知っていた。
「ネビルや!ついに魔力に目覚めたんだね!アルジー!よくやった!」
「いやぁ、つい手を離してしまったんだが良かった!手を離して良かった!エニドもよく話しかけてくれたね!」
僕が新たな記憶と知識に混乱している横で、おばあちゃんとアルジーおじさんとエニド大おばさんは手放しで大喜びだった。
「おい!死ぬとこだったんだからまず謝れよ!」
辺りがシンと静かになった。
誰も僕がこの発言をしたとは思っていない。
おばあちゃんがやっと僕が言ったんだと気づき、急に顔を皺だらけにして、大声で叱ってくる。
「ネビルや!おじさんに向かってその口の利き方はないだろう!アルジーのおかげで魔法使いになれたんだよ!」
「いや、僕の脚を掴んで2階からぶらさげたんだぞ?殺人未遂だろ!僕が魔力に目覚めてなかったら殺人犯だぞ!?」
僕がそういうと自分のしてしまったことを理解したアルジーおじさんは顔を青くして言葉も出ないようだった。
「だからと言ってそんな口の利き方を教えた記憶はありませんよ!」
「あぁ悪かったよ、おばあちゃん。でも僕はアルジーおじさんには謝らないからな!」
僕は今までおばあちゃんに口答えをしたことがない。
目を丸くしたおばあちゃんは口をパクパクとさせていたので、僕は踵を返して自分の部屋に戻ることにしたのだった。
「とりあえず部屋に戻るから、夕飯出来たら呼んでね」
そう言い残して、家族の視線を背中に感じながらも自分の部屋に帰ってきた僕は、ありったけの本という本を読み漁った。僕の記憶では、ヴォルデモートはまだ生きていて、約10年後には戦争で多くの人間が死ぬ。
僕は多くの人間を救いたい。ついでに、僕を虐めると本で読んだ、あのドラコ・マルフォイやセブルス・スネイプに隙を与えたくない。しかも僕はなぜかあのドラコ・マルフォイと仲良くなりたいと考えてしまっているし、スネイプ先生を死なせたくないとまで考えていた。
今のうちから覚えられる魔法は全部覚えてしまいたい。
あんたは選ばれなかった子だよと昔おばあちゃんに言われたことがあるが、確か、ヴォルデモートを倒すのはハリー・ポッターじゃなくて僕でも良かった筈だ。予言ではその者を自分に比肩する者として印すとあったから、ヴォルデモートに予言の該当者として襲撃されて額の傷を印されたハリーになったんだけど。
聖28族に数えられる古くからある純血という立場を存分に使わせてもらおう。才能はハリー・ポッターよりはないかもしれないが両親とも闇払いだ。自信さえあればネビルはなんだってできる。マグル育ちのハリー・ポッターには負けない。僕は勝手にライバル意識を芽生えさせながら、魔法の本を時間を忘れて読み耽ったのだった。
##
「ネビル!誕生日おめでとう!ホグワーツから入学の手紙が届いたよ!」
あれから僕はとてつもないスピードで魔法理論を頭に詰め込んでいった。杖はないし、杖無し魔法の存在は知っていたがあれは難しすぎて魔力が暴走するだけだったから、理論を理解することだけに全てを注ぎ込んだ。おかげで、この家の中にある魔法書の中で僕が理解できないものはない。
実践していないから不安ではあるが、とりあえず11歳としては上々だろう。目標は7年生でダンブルドア超えだが、今年は最悪、賢者の石さえ守れれば良い。
「誕生日おめでとう、ネビル!これは俺達からのプレゼントだ!」
朝起きてリビングに行くと、おばあちゃんとアルジーおじさんが僕を出迎えてくれた。8歳の事件の頃からアルジーおじさんは僕にちょっかいを出すのを止めてくれたのだった。しかも誕生日には新しい本をたくさん買ってくれるようになったのだ。
「ありがとう、アルジーおじさん!」
「とりあえず椅子に座って、ホグワーツからの手紙でも読まないか?今日は部屋に引きこもって本の虫になる暇はないぞ?」
ニヤリとアルジーおじさんが言ってきた。昨年から本の虫とからかわれているのだ。僕の誕生日には毎朝ウチに来ていた。
トースト片手におばあちゃんから手渡された手紙をざっと読んで顔を上げる。おばあちゃんは、多少の行儀の悪さは目を瞑ってくれるようになったがそれでも良い顔はしていない。食事の時も本を読んでいたので最初の頃は怒られたが、そのせいで食事も取らずに本を読むことが多くなって更に怒られたのだった。食事を取るなら仕方ないとおばあちゃんが折れる形となった。おばあちゃんを知る者は「オーガスタを折れさせるとはたいしたボウヤだ」と口をそろえて言うが、血縁者なのだからそういうこともあるだろう。なにより「一族の誇りたれ」というおばあちゃんだ。本を読んで知識を得ようとしているのであれば少しのことくらいは目を瞑るのではないだろうか。
「それを食べ終わったら、ダイアゴン横丁に行くよ!ゆっくりと噛んで食べなさい!」
「うん、分ったよ!」
それでも基本的に小言が多いおばあちゃんに苦笑しながら、おじさんがプレゼントしてくれた大量にある本のうち1冊を手に取り、包装を開けた。ジグムント・バッジ著の魔法薬之書だった。僕は目を輝かせながらアルジーおじさんの方を見るとおじさんはまたニヤリと笑った。
「ネビルは魔法薬学と薬草学が特に好きだろう?魔法薬は金になるからな!いずれ俺にも作ったやつを分けてくれ」
魔法薬之書は上級魔法薬よりもさらに難しい魔法薬が載っている本だ。杖を使う呪文は簡単にできないが、大鍋と材料さえあれば魔法薬は挑戦しやすい。といっても、難しいものはおばあちゃんに監督してもらってはいる。事故が起きると何が起こるか分らないからだ。
僕は新しい本を片手に持ち、残ったベーコンとスクランブルエッグとヨーグルトを平らげた。
「じゃあ出かける為の準備をしてくるよ」
「アルジーは仕事があるからアタシが一緒に行くよ!今日は大忙しだから急いで準備しなさい!」
プレゼントされた本1式を部屋に持って行き、パリっとした灰色のシャツと黒いズボンに着替えた。マグル式の服装を着こなしていても、隣にあのおばあちゃんがいたら意味がないかもしれないが、僕は目立たない格好が好きだった。鏡に映ったその姿は、僕が知っているネビルよりも、だいぶ痩せていた。変なところがないか確認してから階段を降りていった。
「準備できたよ、おばあちゃん」
「よし、じゃあ先に行って待っておきなさい!」
「アルジーおじさん、本ありがとう。大事に読むよ!仕事がんばってね」
「あぁ、ネビルも元気でな!杖を手に入れても魔法薬は作り続けろよ!」
おじさんにお礼を言ってから、煙突飛行粉を掴んで暖炉の火に向かって投げつけて暖炉の中に入った。
「ダイアゴン横丁!」
いつも通り若干の気持ち悪さを覚えながらもちゃんと着地できるようになった僕は、おばあちゃんが来るのを待ちながら、漏れ鍋の店内を見回した。朝早い為か以前来たときよりだいぶ人が少なかった。
初めて煙突飛行粉を使ったときは、ちゃんと着地するどころか具合が悪くなりすぎておばあちゃんに怒られたものだが、魔法酔いをすることも最近ではなくなってきたものだ。
「あ!ドラコ!」
「ん。あぁネビルじゃないか」
とても嫌そうな顔をしていて漏れ鍋にいたようだが、声をかけたのが僕だと気付くと、若干頬を赤らめてちょっと笑顔を浮かべた。
最初に会ったのは8歳のあの事件より前で、その時は全くお互いに接点を持とうとはしていなかった。けれどもあれ以降の僕は、ドラコは純血主義ではあるけれど根は良い子だということを知っていた。といっても連絡先などは全く知らないし、マルフォイ家との付き合いなどロングボトム家にはない。だから最初はふくろう便を送ったのだ。ふくろう便で僕の純血に対する考え方やマグルと魔法使いの違いを細かく書いたり、マルフォイと友達になりたいということを書いたりもした。そうしているとマルフォイもだいぶ打ち解けてくれるようになり、小さな悩み相談をされたことも何回かある。元々頭も悪くない為、純血主義に対しても柔軟な思考を持つようになっていた。だが、ドラコの立場上、血を裏切る者になるのはまずい。ホグワーツに行く前から父であるルシウス・マルフォイとぶつかるのは得策ではないということを手紙で送ったのは最近の話だった。
「ドラコも今日来ていたんだね!教えてくれたら良かったのに!」
「あぁ。いや・・・実はネビルを待っていたんだ」
「僕を?」
「あぁ!誕生日おめでとう、ネビル」
顔を真っ赤にしながら早口で言ったドラコは鞄の中からプレゼントを取り出して、僕の胸のところに押し当てた。
「誕生日にまっすぐここに来るだろうと思ったからな。いらなかったら捨ててくれてかまわない」
「なに言ってんだよドラコ!開けてもいいかな?」
そう聞くとドラコは小さく頷いたので、しっかりと包装された包装紙をきれいに剥がして箱を開けると、中にはドラゴン革の杖ホルダーが入っていた。夏だというのに雪を連想させるくらい白くひんやりとしている。手触りはしっとりとしていて馴染みやすく、腰にも脚にも自由に巻けるようベルトは収縮自在の魔法がかかっていた。僕はそれをすぐに腰に巻いて見せた。
「君ってやっぱり最高だよ、ドラコ!僕、友達からプレゼント貰ったのって初めてだ!」
「そ、そうか!それは良かった・・・実は僕も同じのを買ったんだ」
そういうとドラコは着ていたマントの下から色違いの、黒い杖ホルダーを見せてきた。
「とっても似合ってるよドラコ!」
「当たり前だ!本当はネビルと一緒に買い物に行って、一緒に杖を見たかったんだが・・・今日は父上も母上も用事があるから僕の学用品の買い出しは来月なんだ」
「それなのにわざわざ来てくれたんだ・・・ありがとう」
「おや、貴方がドラコかい!?」
僕達が会話をしているとおばあちゃんが上から顔をのぞかせてきた。
「びっくりするじゃないか、おばあちゃん!見てよこれ!ドラコが僕にプレゼントしてくれたんだ!」
「おやおや、ありがとうねぇ。こんなに嬉しそうにしているネビルを見るのは久しぶりじゃないか・・・いつも難しい顔をして本を読んでいるんだから!」
「は、はじめまして!ネビルから話は聞いています!」
「えぇえぇ、そうでしょうとも。これからもネビルのことをよろしく頼みますよ」
そういっておばあちゃんはドラコに優しく微笑んだのだった。おばあちゃんが他人に優しい顔をしたのを見たのは初めてだったので心底驚いたが、それよりもマルフォイ家に良い感情を持っていなかったおばあちゃんがドラコに対してその笑顔を向けたことが何よりも驚きだった。
「何て顔をしているんだい、ネビル!・・・それよりもドラコ、一緒に回るかい!?」
「いえ、先ほども言いましたが僕は来月来ることになっています!今日はネビルにどうしても手渡しでプレゼントしたかっただけなので、僕はもう帰ります!じゃあまたな、ネビル!ホグワーツで会おう!」
そう言って、顔を赤くしたまま暖炉に入っていったのだった。おばあちゃんの威圧感は優しい顔をしたくらいではなくならない。僕は慣れているからいいけれど、初対面であれだけグイグイ来られるとたいがいの人は引いてしまう。僕はジト目でおばあちゃんを見るが、おばあちゃんはそんなことは何も気にならないようで、ドラコを見送るとすぐにダイアゴン横丁に足を向けた。
「何をボーっとしているんだいネビル!早く行くよ!まずはグリンゴッツ!その後に服を作って、最後に教科書だよ!どうせ本屋に長く居座るだろう?」
「え、おばあちゃん・・・杖と大鍋は!?」
「大鍋は家にたくさんあるだろう。好きなやつを好きなだけ持っていきなさい!杖は・・・」
おばあちゃんはおばあちゃんの杖とはまた違った杖を鞄の中から取り出した。とてもきれいで握りやすそうな杖だ。
「本当は、人それぞれに合った杖を選ぶんだけどね。あたしは、ネビルにはフランクの杖を使って欲しいと思っている」
そういって渡されたお父さんの杖を握った瞬間、心が温かくなり、僕の魔力が杖に向かって流れていく。杖の先端から小さく綺麗な光をキラキラと振り撒いて、それを見ていたおばあちゃんも同じようにキラキラとした涙を浮かばせた。
「あんたは本当に立派になったね、ネビル・・・その杖の素材は桜で、杖の芯はユニコーンのたてがみだ。長さは33cmある。父に恥じない魔法使いになりなさい」
僕はこの杖の存在を知っていたのに今の今まで忘れていた。そうだ僕の1本目の杖だ。僕はこの杖を絶対に失わないようにしようと心に決めて、ドラコから貰った杖ホルダーに挿した。
「分ったよ、おばあちゃん。僕は立派になることを、この杖に誓うよ」
この杖が折れることのないように。
そしていずれ両親を治療して、父にこの杖をきれいなまま返せるように。
新たな決意を胸に僕達はやっと漏れ鍋を出ていった。